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-短編集-


ーハルのプリティー作戦ー
 

「ねーねーキル兄~。見て見て! これ最近話題のペット、ハグポゥなんだけど、かぁい~よ」


赤い瞳をしたキルに、ネリルが水色の丸いハグポゥを抱きながら見せる。その近くを歩いていたリリーもハグポゥを見る。


「……ハグ…ポゥ?」


「に! この子無害の魔物なんだけど、林檎とか果物しか食べないみたいで、その愛くるしさと人懐っこさでこの街で人気No.1に駆け上ったんだって! 触るとぽよぽよしてるから触ってみてー[A:F37E]」


「…ぇっと………」


恐る恐るといった感じに手をハグポゥの頭にのせると、ぽよんと柔らかく跳ねる。



「……凄い………」


「ほら、キル兄も触って~」

「…んなの、只のペットだろ。いい…」

「そんな事言わないで、ほらっ」

キルに向かってポーンとボールのようにハグポゥを上に投げる。

「…………!」

そのまま両手でハグポゥをキャッチすると、じっと赤い目でハグポゥを見る。


「…………………」


「ね? 面白い手触りでしょでしょ?」


「……………あぁ…」



フッと小さく笑い、ネリルにハグポゥを返す。


そんな彼らを影から見ていた人物が居た。




「キル様…」


ハルだった。


「笑いましたわ……」

壁に隠れたまま呟く。

すると、ハルの後ろから誰かが声をかけてきた。

「一体どこまで付きまとうつもりですか? ハル嬢」

シュールだった。



「あら、アナタいつの間に居たんですの? わたくし今お取り込み中でして、用ならまた今度お願い致しますわ」

ジッとキル達(主にキルだけ)から目を離さず言い返す。


「ストーカーまがいな事をしていると流石に放っていられませんよ? この街に着いてからずっと居ますよね?」


「えぇまぁ。ここの『パール女学院』に用がありましたの。それで帰ろうとしたら偶然見かけまして…、いつ声をおかけしようか今悩んでいますの」


「見かけて二時間も悩んでるんですか。意外にシャイな性格なんですね」

「あら。わたくしはシャイですわよ。可愛らしいではありませんか」



「お姉ちゃん。僕からすれば嫌みを言われてるように聞こえたんだけど」


ハルとシュールの後ろから金髪の男の子が歩いて来て、口を挟む。

この少年はハセ。

ハルの弟であり、ハンナやクロルを初対面だったにもかかわらず、何故か父母と呼ぶ。




詳しくは
【迷子の親子ごっこ】参照






「あらハセ。もう見学は済みましたの。早いですわね」

「うん。走り回ってたら直ぐ見終わったんだ」


「私はハセの体力に無限を感じられますね。パステルの街はパール女学院も建てられているので、全て回るのでも結構な時間を食う筈なのですが」

「子供だしねー」

「子供にも限度がありますよー」


シュールとハセが互いに目を合わせて笑い合う。

「アナタ達、仲が宜しいんですね…」


「あ、お姉ちゃん。お姉ちゃんが好きな人って誰だっけ?」

「あらハセ。わたくしの好きな方をもうお忘れですの? 全く、どこかのサングラスの方と同様に仕方ありませんわね」


「すみまっせーん。私の仲間をさり気なく口にするのは止めてもらえませんかー?」






〈サングラス=ク○ルさん〉
「え、俺?」←









「お姉ちゃんが好きな人は、あちらに立っている黒髪のコートを着た方ですわ」

「あの人? へー」


ハセの肩に手を置いてしゃがみ、キルを指差すハル。

彼を興味津々に見つめるハセ。



「あの方の名はキルと言って、何度もわたくしを助けて下さったの」


「へー」


「厳密に言えば、“達”ですけどね」


シュールが人差し指を立てて解説する。


本編の【後戻り不可能】参照。




「何か、前と雰囲気が違うような…?」


頭にはてなマークを沢山だし、キルを観察するように眺める。すると、リリーの背後に何故か帽子を深くかぶった男性が立ち止まった。よく見ると、ポケットから少しはみ出てる革か布のような物に手を伸ばしている。



「あ。もしかして、お姉ちゃん! あれ!」


「あら、何ですの?」


「あの人スリしようとしてる!」

「まぁ!」


ハセが指差す方向をバッと見て、直ぐに教えようと口を開く。

が…、

「………っ!?」


とっさにキルが男の手を掴み、上に上げる。



「…テメェ……、人前でスリたぁいい度胸してんじゃねぇか……」


ギリギリと力を強め、リリーとネリルも気づく。


「ぇ……?」

「にっ!?」



「…ぁ……ぐっ」





「…ウセロ…………」





バッと離すと、男が帽子を押さえながら一目散に逃げて行った。




「………………」

「にぃ……」


「はぁ…。人間が多すぎんのも疲れるな……」

男が逃げた場所を見て居なくなったのを確認すると、クルッとリリーに顔を向ける。



「何も取られてねーよな…」

「ぇ…、う…ん」

こくんと頷く。



「………ありがとう…」





「………………ふん……」





何も言わず、スタスタと街を歩きだす。そんな彼を遅れてネリルがリリーの手を引っ張り、追い掛けて行った。


「に! 待ってよぅ」

「…………」














「…………はぁー…。兄ちゃんカッコイいなぁー」


壁の影から様子を眺めていたハセが呟く。すると、ハルが後ろにクルッと回転して両手を頬で組み、ほんのりと頬を赤く染める。




「はぁ~…。なんてクールで素敵なのでしょう…。キル様…」


「お姉ちゃん?」



じ~んと目を閉じて妄想に入り込むハルに、ハセが不思議そうに見上げる。



「これは一種の病気ですよハセ君」


「病気?」


シュールがハセにそっと耳ぞえする。


「えぇ。ごく一瞬だけ引き起こる、『妄想アリス症候群』という病気です」


「妄想アリス症候群。それってヤバいんじゃないの先生!?」


「安心して下さい。一時の病で、ただ有り得ない想像をするだけなので、本人にも支障ありませんし、他人にも危害は一切ありません」


「なんだ。良かったぁ~」


適当な事を教えるシュールの言葉を信じる子供のハセに、ハルが途端に二人を集める。

「決めましたわ!」


「おや、一体何を?」


「わたくし、キル様が喜ぶようなプレゼントを差し上げます!」


「プレゼント? お姉ちゃん、あの兄ちゃんが好きな物知ってるの?」


ハセが首を傾げて姉であるハルに聞く。

自信満々、意気揚々と宣言する彼女が出した応えはやはり…



「知りませんわ!!」


だった。





「ぇ…、じゃあどうやって好きな物…」


「それを今から調べるんですのよ? 幸い、こちらには先生がいらっしゃいますし、キル様の愉快なお仲間達にも聞き込み調査を行おうかと思いますの」


「やや。私まで巻き添えですか。困りましたねー」


「先程から暇そうでしたし、丁度いいでしょう?」


「図星をつかれてはしょうがありませんね。では私も知ってる限り、それから出来るだけハル嬢に協力を致しますよ。なんせ、面白そうですから」


「先生、今さらっと笑顔で言っちゃったね」




満面の笑みを浮かべるシュールに絶対に何か企んでると予感したハセに笑いかける。


「鋭いですね。流石子供です。ハル嬢の弟なだけに立派ですね」



「ぇ…そ、そうかな…!」

てへへと髪をかきながら照れるハセ。



「それ、わたくしに対する嫌みですの…?」


ハルが冷静に聞くがシュールはスルーする。

「そうと決まれば早速情報収集ですわ!先生?ズバリキル様はどのような物がお好きですの」


三人共話しがしやすいように広場へ場所を移しながら歩き、ハルがシュールに聞き出す。



「ふむ。最初で直球は余り面白くないですし、開始して僅か六ページ目にしてプレゼントが決まって渡し終わるのも、私としては抵抗ありますね」


「さり気なく裏事情を言うのはいけないと思うよ先生。しかも冷静に…」

ハセが隣で冷静な先生に対して冷静に指摘する。

「ではヒントを少しずつ教えて下さい。わたくしが必ず謎を解き明かしてみせますわ!!」


「お姉ちゃん、推理小説スッゴい好きだもんね」



「そうですねー。まず先程の彼の表情がヒントでしょうか」

「先程? という事は、スリの時ですの?」


「いえいえ、それよりももう少し前の出来事です。ほら、見てましたよね。ネリル嬢がハグポゥを抱えてキルに見せていたのを」


「そういえば…」


顎に人差し指をそえて思い出す。


それからハッとしてシュールを見る。



「そうでしたわ!!彼、ハグポゥを見て笑ってました!」



「そうです。それです。彼はハグポゥを見て笑った。ハグポゥはこの街でNo.1の癒やしペット。そんな生物を見て笑った彼はズバリ…」


シュールがビシッと人差し指をハルの顔に向ける。



「…………可愛い物好き………でしたのね……」

指を真剣な顔で見て確信をもつ




「あ、あれ? そうなのかな~? 僕は違う気がすると思うんだけどなぁ~?」


ハセが汗を流しながら姉を見上げると、バッと手を横に振る。


「いいえハセ。今のキル様はめったに笑わないんですの。そんな彼がハグポゥを見て笑ったという事は、可愛い動物系が好きという決定的証拠となりますわ!わたくしの目を見なさい!!」


ハルの目はキラキラと輝いている。


「おや、ハル嬢。何気にコンタクトだったのですね?」


シュールが目を見て笑う。




「そ、そんな事今は関係ありませんわよ!!」


反対に焦って目を合わせないハルに、ハセが更に汗をかく。


「……………」

「ではやはり、可愛い動物がお好みでしょうか…」

「さて、可愛いにも人それぞれですし、見た目が可愛いだけでもNG(エヌジー)かと思います。性格も見極めなければ」


広場に辿り着き、三人は円になるように見合わせる。



「ですけど、ハグポゥはペットですのでキル様にあげる事など出来ませんし、動物をプレゼントにするのはやはり無理があるような気もするのですが…」


「それには及びません。用は可愛い物がキルの役に立つようならば、彼も受け取るでしょう」


「可愛い物が役に立つ? それは一体どういう事ですの」


「善は急げ。その意味は直ぐに分かりますよ。そろそろ来る頃でしょう」


そう言って顔を横に向けると、突如として上空からドンッと何かがハル達の目の前に光りとなって降りてきた。


「きゃっ!?」

「な、なに!?」


驚くハルとハセ。
何が降りてきたのか確認すると、徐々に光りがおさまり、砂煙の中から咳き込む声が聞こえだした。



「げほっ…ごほっゴッホ! 有名な画家の名前が出たっス!」

「けほっ…い……意味が分からない…」



煙りが晴れると、そこに居たのは特殊石から意志を持ち、自我を持ったスペクトルという種族のエメラルドとアクアマリンが居た。





「まぁ! アナタ方、お久しぶりですわね!」


口に手をそえて2体を見る。と、ようやくハルとハセの存在に気づき、パンパンと毛についた埃を落としつつ見上げる。





「お~。ハルさんじゃないっスかー」

「お久しぶりです。元気にしてましたか?」


「えぇ。アナタ方も変わりはないようですわね」

「先程の登場シーンを見て平常心を保つのに引っかかりを感じますが、確かに変わりないです」


「ん?」


ハセに目を向ける2体。
見ると、まじまじと不思議な顔で2体を見てる。

「お~! 誰っスかこの可愛い少年はっ」

エメラルドが大声をあげると、ビクッとしてハルの後ろに隠れてしまう。


「……………?」


その行動に首を傾げる2体。



「あ、こちらはわたくしの弟、ハセですわ。そういえば、アナタ方はお互い、まだお会いした事がありませんでしたわね」

「お~。ハセっすか~。俺っちはエメラルドっス!」

「僕はアクアマリン。宜しくお願いします。ハセさん」


「よ、宜しく…っ」





「ところで、シュールの旦那に呼ばれて来たっスけど…」

「私ならここに居ますよ」

後ろに立っていて、2体に声をかけるとようやく気づく。


「あ、そこに居たんですね。で、僕達に用とはなんですか?」


「実はかくかくしかじかでして、このチョイスに関してどう結論をつけた方がいいかと思いましてね」


簡単に説明するシュールを見上げ、むむ、と真剣に考える2体。



「そうっスねぇー。俺っちとしては良い案と思うっスけど、今の旦那はどんな反応するか微妙に分からないっスから何とも言えないっス」


「同意見です。僕もその案はいいと思いますけど、プレゼントにするのとではやはり少し違うような気もします」


「あら…、ではやはり他の物がいいのでしょうか」



「とりあえず見せてみてはどうでしょう?」

「見せる?」

シュールが意見する。


「はい。実際に役立つような可愛い系の動物を本人に見せてみて、キルがどんな反応をするのか見るんですよ。意外と効果が分かると思いますよ?」


「そ、それは良いアイデアですわね……」

むぅ…と考え


「ですが、今そのような見た目が可愛いらしい生物は見つけていないのですけど…」


「それには及びません」


「俺っち達の出番っスね」

「違います」


エメラルドが自信満々に言った言葉を即否定する。



「パールの出番です」

「パール…ですか?」



聞き慣れない名前に首を傾げるハルに、エメラルドとアクアマリンが反応を示した。

「お~。パールと言えば俺っち達と同種族のパールっスよね?」


「はい」


「確かに、見た目も淡いピンク色で優しい感じがしますし、羽根も生えて大人しく可愛いというイメージにピッタリですね。リリーさんに仕えてるんでしたっけ?」


「えぇ。まぁアナタ方と同様に、こちらに呼ぶ事が出来ますが、この街はパール女学院があり、本拠地ですからね。直ぐに飛んで来ると思います」

「見てみたいな~」

ようやく2体に慣れたのか、ハセがハルの背から出てくる。


「試してみる価値はありそうですわね。先生、お願いしますわ」



「分かりました」






ふっと眼鏡の縁に下がってる石に触れ、パールを呼びだす。

案外早く来てくれて、直ぐにハル達が居る広場にふよふよと飛んで来て姿を現した。

「これは…、なんと可愛いらしい姿なんでしょうか…」


パールを真正面から見るハルがうっとりする。


「リリーさんが羨ましいですわ」


キラキラと光る羽根をもち、ピンッと跳ねた耳にくりっとした目でハルを見るパール。


「オッス。パール久しぶりっス」

「お久しぶりですパール」


「………………」



口がなく会話が出来ないので、エメラルドとアクアマリンに軽いお辞儀をする。


「エメラルド達みたいに喋れないの?」

ハセがシュールを見上げて聞く。


「えぇ。ですが、人や魔物の言葉はちゃんと理解してますよ」


「こ、この子、抱いても平気ですの?」

おずおずとハルが聞いてきた。


「ちゃんと話しは通してるので、大丈夫ですよ」



「そうですの。………では…」


そっとパールを両手で抱きしめる。浮かんでいるので重さはないが、ふわふわな羽根と毛並み、更に愛くるしい姿にまた笑みをこぼす。



「このままお持ち帰りしたいですわ…」

「それは無理です♪」



妙なやり取りを終え、パールを抱きしめたままキルを探しに向かうと、丁度一人で街を歩いてるのを発見した。

(ちなみにハル以外、シュール達は近くの壁から様子を伺っている)

「キル様!」

「………………」


駆け足で近寄って来るハルに気づき、振り向いて立ち止まる。



「ぁ…あの。お久しぶりですわね。キル様」

「……ハルか」


「あぁ、あの、この子をご存知でいらっしゃいますか?」


ぎゅっと緊張をほぐすようにパールを抱き締め、キルに見せるように見上げる。


「パールか…。それが何かあんのか」

「えっと…、実は先程エメラルドとアクアマリンにお会いしまして、お話しをしているとこの子も来ましたの」

「へぇ…」



何となく理解したようだが、反応が薄いキルに対し、影から様子を伺っていたシュールがぼそっと呟いた。


〈相変わらず素っ気ないですねぇ~〉

〈うん。やっぱり前の兄ちゃんと感じが違うや〉


「そ、それでわたくし、少しだけこの子と散歩をしていたのですが、途中キル様を見かけましたのでそのまま声をかけたんですわ」


「…そ………」


「ぁ…あの………」


「なんだ…他に用でもあるのかよ」


「…この子、パールは可愛らしいですわよね。キル様もそう思いませんか?」

どんな反応をするのか気になり、ドキドキしながらキルに聞いてみる。



「…………………」


暫く黙ったままパールを見る。



「……………(ドキドキ)」


(…ひょっとして…そんなに可愛いのが好きではないのかしら……)



何も反応せず、ただジッとパールを見てるキルに対して段々不安になってきたが、フッと口を僅かに緩める。



「………どうかな…」


「…………!//」



突然小さな笑みを見せた事にドキッとしてしまい、パールを抱いたまま真っ赤になり硬直してしまう。


「…ぁ…ぁ……っ」

「…………?」


「有難う御座いましたわ!!//」


そう言って赤くなっていく顔を隠すように、パールを抱いたままキルに背を向けシュール達の方へ逃げてしまった。

















「………何でお礼を言われたんだ……」


去っていくハルの背中を眺め軽く首を傾げる。

「はあ…っはぁ…はぁ!」


「どうでしたか? ハル嬢」


バッと顔を上げる。



「最高ですわ!!」


「何が最高なんですか」

まだ興奮が抑えられないハルを見上げるエメラルド達。



「旦那笑ってたッスね」

「笑ってましたね」

「ハルはもうキル様以外好きになんかなれませんわぁ~!!」

グギギギとパールを力強く抱き締めるのに気づき、シュールがなだめる。


「興奮するのはいいですが、パールを離してくれませんか? 物凄く青ざめてます」


「……………|||」




「しかし、未だにプレゼントとして渡す物が決まっていないのですけど、どうしましょう」

パッと離すと、ふらふらとしおれるようにポテっと地面に落ちるパール。

「大丈夫ッスかパール!? しっかりするっス!!」

「これは…、そうとう締め付けられましたね」

エメラルドとアクアマリンがパールに近寄り心配するが、ハルはもうそれどころではない。


「先程の反応を見る限り、確かに笑っていましたが、『あげる』となるとやはり受け取ってはくれないかもしれませんね」

「それは当然じゃないかな?」

ハセが冷静に呟く。



「他の方に意見を聞いてみましょう。幸運な事に、私の仲間が丁度近くにいますし」


「?」



シュールが見てる方向を見ると、噴水広場の方にフィリとクロルが立って話しをしている。



「あの方達に伺ってみるのですね?」

「えぇ。案は多い方がいいですからね」


という訳で、スペクトルをそっちのけに二人に聞いてみる事になった。

「え? キルさんにプレゼントですか?」

きょとんとした顔でフィリが声に出す。


「えぇ。残念ながら、わたくし、まだキル様の好みを詳しく分かりませんの。ですから、日頃行動を共にしていらっしゃるアナタ方の意見を参考にしたいのですが、どうですか?」



「う~ん、キルさんの好みですかぁ」

「…………………」


二人共考えるものの、思い当たる物が何もないようで、迷いをみせる。



「裏のキルさんが好きな物と言っても、なかなか思い付かないです」

「…俺も同じく」


「そうですか…。やはり難しいですわね」



「あ。でもこの前猫の着ぐるみを見て笑ってましたよ?」

フィリが何となくといったように思い出すと、すかさずハルが反応を示した。


「それは本当ですの?」

「うぇ? は、はい」


「着ぐるみですか…。やはりキル様は可愛らしいのがお好きなようですわね…」


「………でもその時って…」


クロルが言い終わらない内にバッと駆け出し、携帯でどこかに連絡をかける。


「もしもし、ご機嫌よう。わたくしですわ。至急、猫とうさぎの着ぐるみをパステルに居るわたくしのところまで届けに来て下さいませ」


「………………」


「色などは任せますわ。ではっ」







「………携帯持ってたんだ…」


別のところに反応するクロルに対し、ハルがまたこちらに目を向ける。


「直ぐに届くと思いますので、暫く待ってて下さい」


「準備が早いですね」

「行動力が誰よりも早いですからね~」


笑うシュールと苦笑を浮かべるフィリだが、暫く待っていると、ハルの使いの者らしき人物が大きな箱を抱えてやって来た。



「ハルお嬢様、只今参りました。こちらが猫とうさぎの着ぐるみでございます」

「有難う。下がって宜しいですわ」


「はい」


パカッと開けると、白いうさぎの着ぐるみとアメリカンショートヘアーの猫の着ぐるみが入っている。

「わぁ。可愛いです!」

「届くの早いね…」



「当然ですわ」

「着ぐるみを準備したのはいいですが、一体誰が着るんですか?」

「勿論わたくしですわ。ですけど、どちらが宜しいのか迷いますわね」


「僕なら猫がいいと思います。癒やしがありますし」

「あら。うさぎも可愛らしいですわよ? ですが、癒やしもかねて、猫もいいかもしれませんわね…」



二人で話し合っている姿を見て、クロルが小さい声でシュールに聞く。



〈…ねぇ…プレゼントの方向からズレてない…?〉

「それを言ったらおしまいですよクロル。面白いので、このままの状況でいましょう」

「はぁ…」




まだ盛り上がっている二人だったが、少し離れた場所からネリルとリリーが声をかけてきた。



「にぃ~。みんなして何してるの?」

「……着ぐるみ…?」



「あら。お久しぶりですわね」



パッと二人に顔を向ける。

「ハル姫ちゃん久しぶり~☆ ねね。何してるの?」


「どの着ぐるみを着ようか迷っているんですわ」

「着ぐるみ? わわ、かぁい~[A:F37E]」


2つの着ぐるみを見比べる。



「いいな~。あたしも着てみたい」


「あら、ならどちらか着てみます? わたくしどちらでも構いませんので、アナタが決めて下さい」



「ありがとー! ん~と…じゃぁうさぎさん!」

うさぎの着ぐるみを指差す。



「ではわたくしが猫ですわね。服はそのままで宜しいので、着てみましょう」


「に!」













~10分後~










「わたくしは着れたのですが…、ネリルさんが…」


猫の着ぐるみを着た状態でネリルを見ると、着ぐるみがぶかぶかでサイズが合ってない。




「にぃ~! 誰か手の方引っ張って~、脱げないよぅ~」


「だ、大丈夫ですかネリルさん!」


フィリが手伝ってくれ、ようやく着ぐるみを脱ぐ事が出来たが、ハルが残念そうな表情をみせる。


「出来れば、他の方も着ぐるみを着てくださったら心細くないのですが、サイズが合わなければ仕方ありませんわね…」

そう呟くと、ネリルがとっさに顔を上げる。


「に! 姫ちゃんに着せたらどうかな?」

「…………え?」



「確かに、リリー嬢ならサイズが合いますし、うさぎの着ぐるみも似合うと思いますね」


そう言うと、ハッとしてハルがリリーを見る。



「だ、駄目ですわ! リリーさんはいつもキル様の近くにいらっしゃるもの!!」

「おや。そうは言っても、恋愛対象外かと思いますよ?」


「それはそうかもしれませんが…、やはり心配ですわ…」


「ふむ。そうですか…」


「大丈夫だよお姉ちゃん」

ハセが急に声をかける。


「お姉ちゃん、可愛いから兄ちゃん気に入ってくれるよ」


「…………ハセ…」


その言葉に自信をもてたのか、グッと拳を握りリリーを見る。


「分かりましたわ! リリーさん、着ぐるみを着て下さい! どちらがキル様に気に入ってもらえるか勝負致しましょう!」


「………ぇ…」





「ナイスですハセ」

「いつもの事だから」


お礼を言うシュールとしれっとするハセ。



(どっちもたまに黒いなぁ…)


心の中で呟くクロルだった。


そんな訳で、何故か可愛さ勝負に巻き込まれたリリーはうさぎの着ぐるみを着る事になった。











~10分後~














「…可愛いですわ……」


着終わったリリーを見て呟くハルだが、直ぐに顔を横に振る。

(いけませんわ。最初から弱気では、意味がありませんわよね)



「可愛い~。二人共似合ってるよ~」

「ほんとに似合ってますよ」

「…………………」


ボーっと立ってるリリーだが、ハルが直ぐに歩き出す。


「有難うございます。さぁリリーさん。キル様の所へ行きますわよ」


「行くのはいいですが、彼がどこに居るのか知ってるんですか?」


シュールが肝心な事を聞くと、ピタリと立ち止まる。




「………し…知りませんわ…」

力無く振り返るハル。



「わたくしとした事が…、こんな単純な事に気づかないなんて…」



「そえばキル兄どこに行ったんだろうね?」

「意外に近くに居るかもしれませんよ? 噂をすればなんとやらと、よく聞きますし」


「そんな都合よく…っ」


信じないハルだが、リリーの後ろに目を向けると、遠くにキルの後ろ姿が見えた。

「居ましたわぁ~!!」


声を張り上げてビシッと指差す。



「さぁリリーさんっ、行きますわよ!!」

「……………」



ガシッと手を引かれ、無理やり連れて行くハルを、フィリが心配する。



「だ、大丈夫でしょうか…?」


「まぁ大丈夫でしょう」



すたすた歩いてるキルに近づき、声をかける。



「キル様ー!」


「…………?」



声に反応し、立ち止まって振り向くが、ギョッとする。



「…………ー!?」



「はぁ…、はぁ、ま、またお会いしましたわね…っ」


リリーと並んで立ち止まり、息を整えるハル。着ぐるみ姿の二人を見比べて何事かと口を開く。



「…お前ら…なんだその格好」


「キル様!」


バッとキルに顔を向ける。


「どちらが可愛いですか? 選んで下さい!!」


「………………」


一瞬なにを聞かれたのか理解出来なかったが遅れて反応する。


「………はぁ?」




そんな三人の姿を、シュールとハセ達が見守る。



「もうプレゼント関係ないよね…」

「クロル。それは言っちゃいけませんよ?」





ジッと怪しそうに目を細めるキルに対し、構わずハルが言葉を並べる。



「キル様! ハルは真剣に考え、可愛いものとは何か。キル様が好むような可愛いものはあるのか探し、着ぐるみに辿り着いたのです」


「なんでだ…」



冷静にツッコミを入れるが尚も話す。



「ですが、成り行きでリリーさんも着る事になり、御一緒に来ました。いつもキル様とリリーさんは近くにいらっしゃるので、正直、わたくし不安ですわ」


「いつもじゃねーよ」



「そろそろ決着をつけたいと思ってましたの。さぁキル様! どちらが可愛いですか!!」



真剣な顔で聞くハル。
そんな彼女に困ったような表情を見せる。




「………どっちかって…」

「別に可愛いのが好きじゃねーよ」


「…………………」



さらっと言った。


言ってしまった。




「………ぇ…、では…」

「だからどっちも選ばねーよ」


「…………………」




カチンと固まるハル。

キルの言葉に理解するので遅れているようで、口が半開きになっている。




「……………そ…、…そう…ですか」



ふらりと振り返り



「…分かり…ました。……御迷惑をおかけして申し訳ありません…でしたわ……」


力無く着ぐるみを脱ぎ、パサッと地面に落としてふらふらとみんなから離れて行く。



「…ぁ……、あぁ…」



取りあえず返事をするキルだが、リリーは突っ立ったままハルを見ている。



「ハル嬢。私からは何とも言えませんが、これでも飲んで元気出して下さい」

シュールが瓶に入ったミルクを一本、ハルに渡すと力無く受け取る。



「…有り難う御座いますわ…」



そう言い残し、ふらふらと噴水広場の方へ歩き去って行ってしまった。






「にぃ…、ハル姫ちゃん…大丈夫かなぁ」


「相当ショックを受けてましたね…」


「…………お姉ちゃん…」



全員が心配そうに見えなくなったハルを見て声にだす。






「…………………」



キルはというと、暫く立ったままで、ハルの背中を見えなくなるまで見ていた。




「何だったんだ…結局……」


「アナタの為ですよ。キル」



「…………………」



リリーの隣に立つシュールを見る。




「ハル嬢は、アナタにどのようなプレゼントを贈ろうか必死に考えていたんです」


「俺に?」


「えぇ。結局、プレゼントとは関係なくなってましたが、どうしても何かをあげたかったのでしょうね」


「何で…」


聞こうとすると、くすっと笑みをこぼす。



「…さぁ、何故でしょう。それを私に聞いても、意味が無いのではないですか」



「………………」

「………なんだか…、一人で空回りしてしまいましたわ…」


両手でミルクが入った瓶を握りしめ、ぽつりと呟く。

広場に着くと、噴水が噴き出す塀に座り、ミルクを一口飲むとハァ…と溜め息をつく。



「わたくし…、いつもキル様の迷惑な事しか出来ませんわね……。……それが分かっているのに、どうしても諦めきれなくて…ー」


ぽたりと無意識の内に涙を流し、視界が歪む。





「……………っ…」



ギュッと目を瞑り、瓶を握る手の力が緩む。





「…簡単に……諦めきれるわけありませんわ……っ…」




声が震え、瓶を落としそうになるが、ひょいっと落ちる前に誰かが取り上げる。



「飲まないんなら俺が飲む…」


「…………ぇ…?」



顔を上げ、誰なのか見上げると、目の前にキルが立っていた。







「………………」



「……キル…さま…」



涙を溜めたまま見上げていると、また声をかけてきた。




「いいんだな…?」


「………え」




そう言うと、取り上げた瓶に口をつけ、残ったミルクを全部飲みほす。




「あ…!」



とっさに声を出す。



「そ…それは先程、わたくしが飲んだ…っ」



口を腕でふき、飲みほした瓶をポンっとハルの手に投げ、自然とキャッチすると、ずいっと顔を近づけジッと目を見る。





「……………!」




顔が近い距離にありドキッとするが、突然の事が連続するので押し黙る。







「…………………」


「…やっと引っ込んだか……」


ぼそっと呟き、顔を離す。


「ぇ…な、何がですの?」


何のことかさっぱり分からず聞いてみる。



「…涙だよ」


「…………ぁ…」


ようやくいつの間にか涙が出ていないのに気付き、そっと濡れた頬を拭く。



「……どうして…、こちらに来ましたの…?」


「別に…、俺が原因で泣いてたら、良い気分しねーから…」


そっけなく返す。



「それに、まだ貰うもん貰ってなかったしな…」

それを聞いて、目をそらすハル。

「………ですけど、あげる物がまだ…」




「ん」


ビッとハルが持ってる空になった瓶を指差す。





「それ貰ったからいいんだよ」


そう言って、言いずらそうに目をそらす。





「その……、……さんきゅ」



「…………………」




ジッと見上げていると、不意に笑みをこぼしてしまった。



「…くす」

「………なんだよ」



急に笑ったハルに顔を向ける。




「お互い…、不器用ですものね…?」


「…………………」


笑みをこぼすハルを見て、キルもふっと小さく笑う。



「…………そうだな…」









そんな二人をシュール、ハセ、フィリとクロル、リリーは影からそっと様子を見ていた。




「やぁ~。元気を取り戻したみたいで良かったですね~」


「シュール…、最初からキルの好きな物が牛乳だって教えれば良かったんじゃ…」



「クロル…」


くるっと顔だけ向け、シーっと人差し指を口にそえる。


「それは言ってはいけませんよ?」



「………………」




「この着ぐるみ…どうすればいいのかな…」



リリーが手に持っている猫の着ぐるみをみんなに見せる。

ちなみにまだうさぎの着ぐるみは着たままである。




「えーっと、後でハルさんに返しましょうかリリーさん」



「……分かった」


こくんと頷くと耳が揺れる。






「っていうかリリーお姉ちゃん、まだ着てたんだ…」



「ちょっと気に入ったから…」

ふんわりと微笑むリリーを見て、シュールが一言呟いた。



「真に喜んでくれたのは、リリーお嬢様ですね」


後にハルに交渉すると、結果的にうさぎの着ぐるみは貰ったらしい。




ー終わりー

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