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ー後戻り不可能ー

「…………………」


黙ってシュールを見るが、前にいる男に銃を構えたままでいる。黒いサングラスをかけていてわずかに緑色の瞳が見える。髪の色は青い。


「随分と早かったじゃないか。………『クロル』」


「………………」

「…………っく!!」

短身の男が凄いスピードでキルの方へ近づき、左手から黒い水のようなものを放出するも、ギリギリ左に避けて後ろに下がり距離を置く。


「何だって俺がお前らに殺されなくちゃなんねーんだよ!」

男は容赦なくキルに蹴りや素手で攻撃してくる。

「君には答える義務はないよ。なにせ、僕達にとっては不都合なんだからさ。今君を殺せば全てが僕達の計画に着手出来る」


「…………計画って…っ」

ギリギリ避け続けていると、男が左手を急に後ろに一端握り構え、黒い煙りが拳に巻きつく。


「悪いけど、これ以上の話しは無意味だよ」


真っ直ぐキルのお腹に拳を当てる。

「…っぁー!?」


顔を歪ませ、後ろに遠く吹き飛ぶ。


〈キル兄…ー!〉

ネリルが中から両手で口元をおおい叫ぶが、声が聞こえない。

そのまま店の壁に激突するかと思いきや、誰か聞き慣れた声が聞こえた。

〈“ウォーター・クッション”ー!〉

キルの後ろに大きな水でできたクッションのような物が現れ、キルを背中から受け止め壁との衝撃を和らげる。

どうやら激突はまぬがれたらしい。

「……なんだ?」

殴られた腹部を右手でかばいながらクッションのようなものを見ると、すぐに粉のように消えた。

「…………!?」

黒い影のようなものを視界にとらえ、男がとっさに空中で捉えてるネリルを見る。

「“ネリル”さん!」

黒いコートを着てる人物が素早くジャンプし、左手を水の膜にあてる。

「…………に…ー!?」

すると、吸い付くように膜が無くなっていき、落ちる前にネリルを抱えて地面に降り立つ。

「………お…、お前…」


「…………王子…!?」


誰が助けてくれたのかは声で分かった。

見ると、フードがクロルと同じように軽くかぶられ、顔が見える。シェアルの泉で助けてもらったフィリと呼ばれていた者だ。


ニコッと二人に微笑みかけた後、少し真剣な顔つきに戻し男を見る。


「………こんにちは…。……エディンさん…」

「もう結界を破ったんだね。流石だよフィリ」

男も微笑するように話す。

「…でも、念には念をしてあるんだよねー。そこのお嬢さんに」

「……………!」


パチンと左手の指を鳴らすと、ネリルが急にガクッと膝をつき、身体から黒い煙りが出る。


「……っ………に…ぃ」

「ネリルさん!?」


「ネリル!」


フィリが状態に気づき、キルもネリルに近づく。


「なぁに。ちょっとばかりこの子の体内にある奉器官と記憶をいじくっただけだよ」


小さく笑いながら話す。


「なんでそんなにネリルを巻き込むんだよ!俺だけ狙えばいいじゃねーか!」


「そうだね。僕だって出来ればそうしたいよ。………何も解らなければの話しだけど…」


クスッと笑い、すぐさま両手を前にかざして丸い複数の黒水を三人に発射する。


「うっ…ー!」

フィリが二人の前に乗り出し、水色の奉陣を両手からいくつも出して防御する。

「………キ…ル……にぃ…。……頭の中で…、何かが思いだそうと……してる…よぅ…」

ネリルが頭を両手でおおいながら途切れ途切れに訴えかける。


「何かって…」


「さぁ!早く思いだしなよ!」


男が術を変え、今度は地面から丸く大きな黒いバブルが10個現れ浮き上がる。

「“カットポイント”!」

10個のバブルが横に動き、カットしながら瞬速に向かってくる。


「……ネリルさん!」

フィリがネリルの名前を呼びかけ、必死で奉陣をだして防御を続ける。

相手へ攻撃するスキがない。

「………………ー!」

目を見開き、何か頭の中に映像が流れてくる。

〈ー……シ…ー…ぃ…ー〉


〈…駄目…ー…だ!…こっちに…ー来るな…ーー!〉



「……ー…ーー…ー!」

フィリが早口でボソボソと何か言語を唱え、左手を前に出す。
すると、楕円形を半分に分けたように巨大な水色の防御陣が現れ、無数に飛んでくる黒いバブルを何とか防ぐ。


「…おい………?」

様子がおかしいのに気づき、キルが声をかけるものの、全く反応しない。


〈ー……駄…目っー!〉


「ー………いや…」


微かに震え、小さく呟く。

「…………ネリル…?」

「……いや……。……嫌だよ……ー。……お願い………やっちゃ…ー」

「ほら!さっさとだしなよ!」

エディンが住人を襲ってる魔物に指示するように左手を横に振ると、ネリルとキルがいる場所に五~六匹襲わせる。

「……………ー!」

カッと目を見開き、頭をおおっていた両手を離し前を向く。


〈ー………ネリル…ー!〉



途端にネリルの身体とリングが白く光り輝く。

「……………!キルさん!離れて!」

「………………!」

フィリの言葉を聞き、後ろにバックジャンプして離れ、膝をついてネリルを見る。



「ーーーいやぁあぁァァアァァァッ!!」

ギュッと目を瞑り涙を流して叫ぶと、ネリルのまわりを高速に回転する吹雪が起こり、襲いかかってきた魔物全てをはじき飛ばした。

「…………な…っ…!」

右腕を額のほうに上げて目を見開くキル。


「………うっ……!」


フィリもキルと同じようにして、片目を閉じてネリルを見る。


「…………………」


口元だけ嫌に笑うエディン。

「ー………………!」

クロルが何かを感知し、遠くのキル達がいる大通りの方を見る。

「………………」

シュールもわずかに感知したようで、眉をピクリと動かす。

「どうやらエディンが記憶維持を操作するのに成功したようだな」

男が横を向いて話す。

「…………グレン…」

クロルが静かに男の名前を呼ぶ。


「記憶操作はこっちでも出来るんでね」


(…………似てる…)

シュールが心の中でグレンという名前の男を見て誰かと投影する。

「………………」

クロルが考えてる事を察したのか、シュールを見て少し俯く。

「……………?」

疑問に思うシュール。

「どうしたクロル。そんな表情なんかして。お前らしくない顔だな」

「………………」

「エディンという方は、あなたの隣にいた人物の事ですよね?」


シュールが聞きだす。

「まあな。そうそう、こんなところで俺の相手をしている場合じゃないぞ。お前等の所にいた女を記憶操作したからな」

「ネリル嬢を!?」

「ま、お前らを行かせる気はさらさらないが…っー!」

両手を広げ、グレンのまわりに数十個の黒の氷のナイフがまばらで現れ、先端をクロルとシュールに向ける。内側に振ると、全て真っ直ぐ襲いかかってきた。

「……………ー」

「くっ!」

クロルは片手を動かしながら青い奉陣を出して防御し、シュールは構えていた旗を使って鉄棒部分を両手で高速回転して氷をはじく。

「楽しませてくれないと、こっちも面白くないぞ?」

クククと笑い、まず標的を変えてクロルを見る。
そのまま右手を地面に向けて上げ、左から右に自分の顔の前でゆっくり移動させると、手を追うように黒い煙りが空中に漂う。

「余り多くは使えないのだがな…」


黒い煙りがつららのように形作られ、おそらく30個以上はグレンのまわりにただよっているだろう。

そして………、

「…………ー!」

バッと手をクロルに向けて広げると、4つの黒い煙り状のつららを飛ばす。
だが危険を察知し、膝を曲げてジャンプしてかわした。

しかし、グレンはそのまま右手をグッと握ると、一気に16個のつららを交互に飛ばす。

「…よいしょ…ー…」

空中でどうやったのか、そのまま二段ジャンプして11本の氷を避け、次に横に並んで向かってくる5本の氷の真ん中に右手で上から手のひらを向ける。

触る前に青い奉陣を出し、その反動で更に高く飛び上がる。

「………ちょこまかと動きやがって…っ。……なら…」

「………………」

標的を変え、残りの煙り状のつららを一気に6~7本、シュールに向けて飛ばす。


「……………ぁ…」

そのまま空中で逆さまになり銃をつららに向けて二発打ち込み二個のつららを砕く。

だが残ったつららが勢いよくシュールに向かうが、口の端が微かに上がって微笑し、布が無いほうの旗の棒の先端を前に真っ直ぐ向ける。

「えい♪」

ドンっと先端から緑色の奉陣をだし、軽々しく止めてはじく。



「………二人じゃ、やはりこっちが不利か……。…ときに、お前も闘い方がよく分かってるな」


グレンがシュールを見て話す。


クロルはそのまま地面に着地し、持っていた白い拳銃を顔の横に上げて構える。




「…シュール。……こっちも攻撃するから、グレンが逃げ出してもすぐに追いかけよう…」


クロルがシュールに言う。


「そのつもりですよ」


「追いつけるものなら追いついてみろ」

グレンがにやっとして二人を見る。

だが、やはり素顔は見せようとはしない。


「……………やる…ー」

構えていた拳銃をグレンに向け、手始めに一発撃つ。

「ふん。こんなもん」

横に避けて銃弾をよける。

「こちらからもきますよー」

シュールが明るい表情で旗を向け、魔術を唱える。

「“サンダー”!」


「……くっ!」

グレンの肩にバチっとあたり、コートの布が多少焼け焦げる。


「……………………」

白猫が何かに集中しているようで、グレンをジッと見ている。

だが二人に敵対心を向けているので気付かないグレン。

「面倒だな。さっさと終わりにしようか」

両手をゆっくり上にかかげ、地面からグレンを包み込むように黒い煙りが集まって上へ渦巻き、丸い球体となる。


「ふふふふ。もう逃げられないぞ…」


「…………!」

「……………ー!」


シュールとクロルが驚き、途端に白猫がカッと目を見開いて微かに左耳に飾ってる赤い鈴が光った。

「はぁっ!」

グレンが声をだし、技を出す………


…はずなのだが、球体が縮みなくなり、何も起こらず妙な沈黙がながれる。


「………………………あれ?」


間抜けな声をだすグレン。


「………………?」


クロルは首を傾げてるだけだ。


「お、おい!なんで秘術が発動しないんだ!」


もう一度両手をかかげるが、何もでない。




「……………なに……、やっているのですか…?」

シュールが遠くからグレンに質問する。


「う、うるさい!何故か術が発動しないんだよ!」


ブンブン手を横に振ったり縦に振って怒鳴る。



「…………シュール…」

「えぇ……」


クロルが拳銃を構え、シュールもニコニコして旗を構えて軽く頷く。


「…………ちょ、ちょっと待て……」


「待てませんよ~?何が起こったのかわかりませんが、これは私たちにとって良い状況だと思いますからね」


笑っているが表情に影がかかってる。


「は、反則だろうが…!」


必死にブンブン手を上下にまわし、ハッとする。


「…殺る……っ」

「えい」

クロルが銃を乱射し、シュールはお構いなしに火の玉やいかずちなどの魔術をバンバン唱える。

「貴様らぁぁァァァっっ!?」

後ろから弾や魔術が無数に飛び交い、必死に避けながらキル達がいる大通りへと走り出した。


「あ。……逃げた…」

「逃がしませんよぉ~♪」


二人共すぐに走り出し、グレンを追いかける。

白猫の赤い鈴飾りがチリンとなり、遅れて白猫も走って行った。

「……………………」


しばらくすると、ネリルのまわりで渦巻いていた吹雪は止み、その周辺は魔物が数体転がっていた。


「…ネリルさん……」


フィリが何か気づいたように、ネリルを見ながら名前を呟く。


「……やっぱりね。………この女もアトリビュートを………」


確信を持ったように呟き、左手を口元にそえる。

「……う………ぅぅ…っ」


ネリルはしゃがんだまま耳を両手でふさぎ、目を瞑ってポタポタと涙を流したままカタカタと震えている。



「…………お…、…おい………ネリ…ー」

キルがネリルの所に近寄ろうとした瞬間、後ろからシュールの声と足音が聞こえてきた。



「キルー。どいて下さ~い」


「はぁ?………うおぉォっ!?」


後ろを向いた瞬間危険を察知し、間一髪のところでしゃがむと、グレンがキルの頭上を飛び過ぎた。

背中には服が少し焼け、破れたあとがある。

「ふん…」

エディンが右に手を振り、黒く薄丸い奉陣を出す。

「だっ!?」

逆さまになったまま奉陣に背中をドカッと打ち、両足の膝を陣に引っ掛けて頭を地面に向けてブラブラする。

「……何やっているんだよグレン」


「………五月蝿い……っ」


「おや。惜しい!」

ニコニコしてキルの前に立ち止まる。

「惜しい!じゃねーだろこの野郎!?当たるとこだったぜ!?」


立ち上がりシュールに怒鳴る。

「…………………」

クロルも後ろから走って追いつき、シュールの横に立ち止まる。

「良かった…。間に合ったんですね」


フィリがシュールを確認し、クロルに笑いかける。

「……………ちっ…」

グレンが舌打ちをしながら体勢を整え地面に着地する。

それを見てキル、シュール、クロルとフィリは構える。すると……ー

〈ーーー……にい様ぁ~!!〉

遥か遠くからハルが叫び、リン、ミルと一緒にエディン達の後ろから走って来る。


「げっ!なんでこっち来るんだアイツら!?」

キルがうげっと苦い表情をする。

「……………はぁあ…。…結局今回もおあずけになったようだね。こうも大勢だと、流石に僕達でも面倒になる」

エディンが両手を肩まであげてやれやれと首を横に振る。

ハァ?っと声を出してキルが二人を見る。


「あいつ等が来ただけでかよ」

「後ろの彼女達の事を言ってるんじゃないよ。僕達に背反する堕者が近くにいるって事」


エディンが落ち着いた様子で喋る。


「タイミングが悪い。退くよ」

「……あぁ…」

グレンが右手を左斜めに振ると、黒い煙りが渦巻く。逃げ出すと気づいたのか、クロルがとっさに白い銃を向けて一発打つ。

「おっと」

エディンが気づき、弾丸が当たる前に左手を前に出し、詠唱無しで一つの巨大な水玉を出すと、弾丸を圧迫させて止める。

「そう焦らなくてもいいんじゃない?どうせ遅かれ早かれ、同じ時間で動くんだからさ」


「…………………」


グッと向けてる銃を強く握り締め、静かに声にだす。

「………だから…、時間構成を変化させるために俺達は行動している…」

クロルがエディンの言葉を訂正するように話す。それを聞いたエディンが、フンっと小馬鹿にするように無表情な顔で睨みつける。


「僕達の時間長閉されたって…、失う時間は戻らないんだから無意味なんだよ……」


「……………! そんな事…っ」

「言わなくていい…」


フィリが言い終わる前に吐き捨てるように言う。

「…何も分かっていないくせに……」

ギロッとフィリを睨みつけると、黒い霧が二人を覆い隠し、水玉がはじけると同時に霧がはれる。

そこにはもう、二人の姿はなかった…。

「…………」

悲しい表情をして俯く。


「キル。ネリル嬢に何かあったのですか?」

「そうだ…っ!ネリルが!」

シュールが旗をリングにしまい、キルに問いかけると、思い出したように声に出し、二人共ネリルの方へ向かう。


「……う…ぅっ…いや……、………イヤ…ぁ…っ」

目をギュッと瞑って涙を流し、まだ怯えたようにカタカタと震えている。

「…………ネリル嬢…」

シュールが状態に気づき、呟く。


「……っ…ごめんなさい…」


フィリが三人の所に近づいて頭を下げ、後ろからクロルも近づいて来た。


「僕が…、…僕がもう少し早く助けに来ればネリルさんは…」


キルがフィリをジッと見る。


「……別に…、お前が謝る事じゃねーよ…」


ボソッと小さく喋り、

「…俺も…、何もしなかったんだからさ……」


「………え?」

疑問を抱く言葉に顔を上げる。

「……………………」

シュールはしゃがみ、ネリルの背中をさすりながらキルを見ている。すると、後ろから白猫がゆっくりと歩いてきて隣に座りこんだ。


「……おや」

見ると、白猫は首を動かし、左の耳に飾ってある赤い鈴をチリンと鳴らすだけで、前を見てる。


と、まわりで街の住民を襲っていた魔物が次々と去っていき、街を出て行った。


「なんだったんだ…?」


〈ー…兄様~!!〉


ハルが全速力で叫びながらキルの方へ走り、その後ろからもリンとミルが遅れて走って来た。



『?』

名前を言われていないので、誰に対して呼んでいるのか分からず全員ハル達に視線を向ける。


「兄様!やっと追いつきましたわ!」


ハルがキルの目の前で立ち止まり、息をあげる。


「は?兄様?」


少し思考を張り巡らせ、

「…………もしかして…、俺の事言ってんのか…?」


「当然ですわ! キル兄様!」


「なんで兄がついてるんだよ!?」


「ツインテールの少女がそう呼んでいましたから。キル…、あぁ~…。素敵な響き…」


「うげ…。…コイツ大丈夫かよ…」


ハルの好意に全く気づかず、苦い表情をするキル。


『……………?』


フィリとクロルはフードを深くかぶり、顔が見えないようにしてハルを見る。すると、やっとリンとミルが走って追いつき、息をあげてハルの後ろで立ち止まる。特にミルの息が荒く、ぜぇぜぇ息をはいてる。


「は…、早い…です…っ、ハルお嬢…さ……ま…」

「…………」


リンは無言で膝に両手をつき、ミルは地面に四つん這いになって息をはく始末。


「全く。この位で息をあげてどうするのですか! ……あら…、その方…」

ハルがしゃがんでるネリルの状態に気づく。だが俯いたままで、シュールがネリルの背中をさすってる。



「ぁ……」


キルが気づいてフィリ達を見る。


「あの。とにかく一度この街の宿に行きましょう」


フィリが話すと、ハルが質問をしてきた。

「アナタ達は誰ですの?見るからに暑そうな格好で怪しいですわよ」


「え?あ。いえ、その…」

若干焦り、何を言おうか迷うフィリの隣からクロルがぼそっと喋る。


「………仮装…」

「いや…それ無理あるだろ…」


キルが目を細めてクロルを見る。



「そうなんですの? キル兄様」


「えぇ?ぁあ~。……まぁ…」


いきなり聞かれたので、とにかく頷く。

「そうなんですの。なかなかシックな仮装ですわね」


「納得すんのかよ!」

「キル兄様が言うのですから、信じますわ」

「いや~。こんなに気に入られて良かったですね。キル兄様♪」

笑い、ネリルをゆっくり立ち上がらせからかうシュール。

「お前まで言うな」



「あの、ハルさん…でしたっけ?」


フィリがハルに聞く。


「えぇ。そうですわ」

リンとミルがようやく落ち着いたようで、ハルの隣に立つ。

「この街に宿屋があるのをご存知でしょうか?」


「あら。それならわたくし達が寝泊まりする宿がありますわよ?」


「は?寝泊まりって、お前ら遠足でここに来たんじゃねーのかよ」

「そうですわよ?こちらには観光に来ていたのですから、どうせなら一泊しようという話しになりましたの」


「…ちなみに、センコーは?」

「ここにいませんよ~?」

ミルが応える。

「何でだ!?」


「遠足だからです」

今度はリンが応える。


「…コイツらの遠足って……」

もうなにが何なのかわからない。

「確かにこの子、状態が悪そうですわね…」


ネリルを見てキルをチラッとみるハル。



「………なんだよ…」


「…キル兄様がどうしてもと言うのならば…、わたくし達の部屋一室を貸してあげない事もないですわ」


「は?俺まだ何も言って…ー」


「ちなみにわたくしの部屋でキル兄様だけ泊まらせても…」


「いや、だから何も…ー」


「決まりですわ!早速向かいましょう!ミル、リン!案内しましょうっ」

話しを聞かずにすぐ大通りを早歩きするハル。


「だからまだ何も聞いてねーだろ!人の話し聞けって!」


「ま。いいじゃないですか。聞く手間が省けたのですから」

シュールがニコニコして言う。白猫は下で背伸びをしているだけだ。



「……………」


クロルが銃を青く光らせ、どこにしまったのか、バシュっと銃そのものが消えた。それから何かに気づいたのか、どこか遠くを見つめる。

「……フィリ…」

フィリに近づき、気づかれないように小さく呼ぶ。


「はい?」


クロルをみると、クイっと人差し指をさっき見ていた建物の間の方向に指す。


「……あ…。…………分かりました」


フィリも理解したように、キルとシュール、顔を手で覆ってるネリルを見る。


「あの………、キルさん、シュールさん。僕達はまたすぐ別の場所に行かないといけないんですが…」

「え?そうなのか?」


キルが平然とした表情で聞く。

「はい。ついでにこの街の治安と被害者、建物、あと生存者負傷者…悪くて死亡者や瀕死状態の方がいないか見回りに行かなきゃいけないんです」


「確かに。これだけ魔物による被害が大きいのですから、建物などの破損被害総額も半端な桁数に達するでしょうね」


シュールがネリルの背中をさすりながら周囲を見渡す。


子供をかばって傷を負い倒れている親。

魔物の牙や爪によって破壊された建物。

うつ伏せで倒れ、ぴくりとも動かない者。


それぞれがこの街でどれだけ魔物による被害をもたらしていたか分かる。

「私たちに手伝える事は…?」

「あ、有難うございます。でも…、僕達だけで大丈夫ですから」

「そっか…」

キルが小さく返事する。


「一つ質問、よろしいですか?」

「あ、はい?」

「何故私たちの名前をご存知で?」

「…………あ…」

少し困ったのか、ピクリと体を動かす。


「確か、シェアルの泉でお会いした時、アナタ方は私たちの名前を存じていませんでしたよね?」

「あ。そういえばそうだよな…」

キルも思い出したように声を出す。すると、クロルが声を小さくして応えた。


「………ごめん……。……今は秘密事項で…、…説明出来ない…」


「“今は”という事は、いずれ分かるという事ですか?」


『…………………』


二人共黙ったままだ。


「………ふぅ…。秘密事項ならば仕方ないですね」

「……ごめんなさい…」
フィリが申し訳なく謝り、顔を伏せる。

「………それじゃぁ…、……“また”」

クロルとフィリがキル達から離れ、さっき見ていた建物と建物の隙間に走って入って行ってしまった。

「………ネリル…。平気か?」

心配になったのか、キルがネリルに問いかけると両手で顔を隠したまま首を横に振る。

「……私には何があったのか分かりません。とにかく、話しはネリル嬢を宿で休ませてから聞きます。ハルという方は先に行っちゃいましたから…、案内出来ますか?」

シュールがリンとミルを見る。

「構いませんよ~」

「はい。こちらです」

ミルがゆったりと喋り、リンが案内するように歩き出す。続けてミルも歩き案内する。

「行きましょう」

シュールがネリルの肩を支えながら歩き出す。すると、ネリルのポケットからマイクが落ちそうになり、地面に落ちる前にキルがバッと片手で掴む。

「おっと、…あぶねー……………………ん?」


マイクを見て何かに気づき、眉をあげる。

「……このマイク…、破けてた布の部分が直ってる…」

ピンク色のマイクのリボンの布を見て、ネリルが最初にコルティックの武器屋で買った時の事を思い出すキル。


ーーー……………………………


「叔父さーん!そこのピンクのマイク下さいっ♪」

「誰が叔父さんだ!!」





「やっと武器買えたよぅ。長かったー。すこぶる長かった~!」

ネリルがキル達の前を通り過ぎようとした瞬間、段差もない意味のない場所で足をつまずかせ、前に倒れながらマイクが宙に舞う。

「………あ」

「んきゃあぁ~!?ボッチャンするー!」

「ん?大事なのか?」

キルが呑気に問う。

「大事な何も。おお大事!! 誰か取って!」

「ふーん…。……よっと」

先ほど購入し、手に持っていた二刀流の一本を投げつけ、マイクのリボンに貫通して壁にグサッと突き刺さる。


壁に刺さった剣とマイクを取り、ネリルにマイクを渡すキル。

「ほらよ」

「………ちょっ、今のスゴくない? ぁっ…、…あああぁあぁ~!」

キルとシュールの間でマイクを見ながら叫ぶネリル。

「マイクのリボンがー!
マイクのリボンがー!
マイクのリボンがー!
マイクの…」

「うるせーよ!! 何回言えば気がすむんだよ!? マイクがどうしたって!?」

「おや。先ほどアナタが投げた刃がリボンに刺さって破けてますね」

シュールがメガネに手をかけ上からネリルが持ってるマイクを覗き見る。

「………終わってるぅ」

マイクを見てボソッと言う。

「あぁ。こりゃ縫わねーと駄目っポイな」






……………………---






「…あの後、そのまま縫わずにこっちまで来たのに…。…どうゆう事だ?」

目を細め、マイクを見つめる。

「………………」

しばらく黙ってマイクを見たあと、ポケットにしまい、無言でシュール達が向かった場所へ追いかけるように走って行った。

「……………ふふ…」

キルが走った後、その近くにあった建物の壁に背をもたらせ、黒いシルクハットに赤い羽根と小さな白いハート、ダイヤ、クラブ、スペードが飾りつけられている帽子を深くかぶっている男が、小さく笑う。

「…面白いねぇ……。…プレイングカードの最後の切り札となるのは、果たして誰かな。……興味が湧いてくるよ……-」

金髪の長い前髪で目が隠れ、シルクハットを深くかぶるように手をおく。
服装は建物の影によってあまり判別出来ない。

「覚えているかい?
…真っ黒で…、
…漆黒で…、
…白色で…。
……そして、どんなに華やかな色をもつ色彩にも属さない黒と白という色しか存在しないモノクロームのジョーカー…。

覚えているかい?
…この先の過渡に…、
暗黙と…、
狂言と…、
痛言のように、濁世へといざなう結末に足を踏み入れた……。

覚えているかい?
……さぁ…、
もう後戻りは出来ない。
どんなに戻りたくても不可能なのだから……ー」

帽子のつばの部分を人差し指で少し上げて、髪の隙間から僅かに見える右目のシルバーの瞳が、太陽の光りに照らされ光りを灯す。

ー…いつの間にか外は夕暮れ、優しいオレンジ色に染まっていた。…けれどその暖かさを感じさせる色が、どこか切なさや悲しみを表現するように、日が暮れるまで今のシダンの街を照らし続けていく……ー。

「………………」

男はそのままの体勢で壁にもたれたまま、ゆっくりと顔だけ横に向け、オレンジ色の太陽が沈む夕日を見つめる。


街が赤く染まる。

真っ赤に燃えているように。

けれど、そんな赤みが混じったオレンジ色の光りは、穏やかに輝き続ける。

まるで破壊された街を、綺麗な優しい色で染めるかのように……ー





   ー後戻り不可能ー
          ー完了ー
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