ー傷ー
同じ朝、少女がベッドからゆっくり起き上がる。
いつもと同じ夢から覚め起きるのは、慣れてるとはいえ、あまりいい気分ではない……。
少女はベッドから降り、外にでた。
まだ朝の六時で、町はずれの森で一人暮らしをしているため、誰もいない…。
「…………………」
無言で森を見渡すが、特に変わった形跡は無い。
しばらくじっとしていると、少女が見つめている森の先から3、4匹小さい青やピンクの色が飛んで近づいてきた。
よく見ると、チョウチョがなんの迷いもなく少女に近づいて来る。
「…………わたしって……、なに?」
誰かに対しての意味ではなく、ただ単に独り言をつぶやいた。
今度は周りにいるチョウチョに言葉を発した。
「…私には、 このまま死ぬまでこんな化け物みたいで生涯を送らなきゃいけないの?…」
チョウはただ飛び回っているだけで、 なんの反応も起こさない…。
「…………………」
森に再び沈黙が流れる…。
…ふと気がつくと、さっきまで赤や青い色のチョウが全員一斉に緑色に染まっている。
「……え、……なに?、これ…。こんなの初めて…」
本当に見たことがなかった。
しばらくすると、近くの草や木が急にざわついた。
まるで何かに怯えているように…………。
少女がチョウをじっと見ていると、突然すぐ目の前から何か黒く光る青い物体が飛んできた。
ー………その物体は少女の腕をかすめ、地面に突き刺さる。
「きゃっ!?」
後ろに倒れる少女に、更にまた同じ物体が飛んでくる。
ものすごい速さで。
(………ダメ!!)
とっさにギュット目をつぶる。
…しかし、まわりにいたチョウが少女の前に飛んできて、まるでバリアを張るように緑色の光をだしながら、飛んできた物体をかき消した。
(………えっ!?)
一瞬何が起きたのか分からなかった。
ただ、まわりがグラッと傾いて、なにがなんだか理解出来ない。
少女は目の前がかすれてなお、言葉を発した。
<……誰か、助けて!>
目の前が真っ暗になり、そのまま意識を失った。
………苦しい…、痛い……。
…さっきの腕の傷から血が止まらない…。
…やっぱり何かがおかしい…。
〈………!〉
〈……………りしろ!〉
………なに?
……誰かの声が聞こえる…。
〈……起きろ!目を閉じちゃ駄目だ!!〉
………アナタは…、誰なの?
一瞬、毎日見ていた夢を思いだしたが、どんどん力が無くなっていく…。
………ダメ…、もう…。
少女はやがて、ゆっくりと目を閉じた…。
‘…ザッザッザッザッ’
紫色の忍者服を着た女の人が木の枝から枝へ素早く移動しながら考え事をしていた。
目的地はただひとつ、過去を変える為に、あの人に会わなければいけない…………。
「………………!」
突然、急いでいる足をピタッと止めた。
なにか音がした。
あまり遠く離れていない。
‘ドーン!!’
やはりそら耳ではなかった。
女は急いで音のする方へ行った。
数分後、周りを木に囲まれた一軒の家を見つけた。
「・・・・・・・・・・・!!」
家の前に一人の少女が倒れ、無惨にも、その少女の周りに何十匹のチョウの死骸が、剥製(はくせい)のように灰色に固まっている。
「一体なにが…」
そんな事を考える暇もない。すぐさま倒れてる少女の方へ駆け寄った。
「しっかりして!」
少女はなんの反応もない。
試しに左手首の脈を計った。
……トクン……
トクン……………
トクン………ー
「良かった。まだ生きてる…。でも、この腕、なぜ血が止まらないんだ?このままじゃ、出血多量で…………。しかし……」
女はなにかを考えたが、結論をだしたのか、無言で少女の腕の傷に右手をそっと置いた。
「…………ごめん…、師匠…。この子を助けるよ…」
そう言うと、女の右手から狭い範囲で赤色に光った。
‘…パーーーーーー………’
「……くっ、やっぱりここでは効き目が悪い。傷自体、痕が残るかもしれないな…」
それからしばらく、そのままずっと手を当てた………。
「わぁ。美味しそうな食べ物が沢山ありますねー。こっちもやっぱり良いのがそろってます」
「…あんまり…はしゃぐな…………」
「えへへ。はい」
黒いコートを着た長身と短身が【シダン】という街を歩いていると、いきなり叫び声と共に、誰かが二人に近づいてきた。
「うっきゃあぁぁぁ!ちょちょちょ止まってぇぇぇェェェー!?」
ピンク色の服をきた黒紫髪のツインテールの少女が、猛スピードで短長のコートを着た少年に向かってくる。
「きゃあぁぁ!!!よけてーーー!!!!」
「………え?」
時は既に遅し。少女と少年は呆気なくぶつかってしまった。
「わわわ!?」
「痛っ!?」
「…………。大丈夫…?」
長身の男が倒れている二人にボソッと話しかける。
「うう………、痛い……」
「あ…あのぉ~…、すみませんがどいてくれますか?…身動きが出来ないのですが…」
少年が地面にうつぶせに倒れ、その上に少女が横でうつぶせになっている状態になっている。
「え?ああ!ゴメンごめんご!!」
慌てて立ち上がり、離れる。
「いえ、いいんです」
ズボンを軽く叩きながら明るく言う。
「んあ!?あたしの“シューリング”がぁぁ!!」
少女が前に駆け出し、地面に落ちてるピンク色のブレスレットを両手ですくうように拾う。
「ふぁぁ…!やっちゃったよぉ~」
ぺたりと脱力したように座りこんだ。
「どうしたんですか?」
「にぃぃー…。あたしの…あたしの“シューリング”が壊れちゃった…」
「それは大事な物なんでしょうか…」
「大事ななにも!おお大事!これは…!って、言っちゃ駄目じゃんあたし!」
自分で自分にツッコミをいれる。
「すみません。僕の不注意でした」
「んなぁ!誤らなくていいんだよぉ。あたしの責任だから」
「ですけど…」
「………じれったい…。…貸して…」
長身の男が少女からブレスレット(?)を取り、手を一度振った瞬間、微かに青く光った。
「…………治った……」
少女に差し出す。
「…………え?治った…?」
「あ、あの…治ったというよりも……」
苦笑いして耳打ちをする。
〈………いいんですか?ここで使って…〉
小声で話す。
「………特別……」
「…ふあ…。ほんとだ…治ってる…。え?マジック?」
「………………………」
無言でコクンと頷く。
(本当は違いますが…)
「ふあー!ありがとう!爽快、気分爽快!」
「それは良かったです。…………ぁ」
短身の少年がそう言った途端、風でコートのフードがはずれた。
「……………に…」
「わわ、す、すみません。僕達はこれで!」
慌ててフードをかぶり、二人は歩こうとした。
「うあ!…あの!」
「……はい?」
少女に呼び止められ、クルリと振り返る。
「なっ、名前は…?」
「僕ですか?」
「…ん……!」
「僕はフィリと言います。では」
フードで顔ギリギリまでしか見えないが、ニコッと笑ってまた二人は歩き去った。
「…………にぃ~。何だろう…。良いなぁ…」
少女はしばらくボーっと見ていた…。
「顔…、見られちゃいました。てへへ」
「一般人ならいいと思う…」
「…良かったです」
「………もうそろそろ道具の買い出しはいいかな…」
「あ、それじゃあ行きますか」
「…………………」
無言で頷く。
「………ねっむ…!!」
目がうつろになりながらも、シュールが実験薬を作っているのを見るキル。
「………何作ってんだよ」
「回復薬と解毒薬。後ウイルス予防薬に身体強化薬などなど…」
試験管からボワっと紫色の煙を出しながらキルに説明する。
「…あぁ……なる…(なる程の略)」
キルが四、五本持ってる小さなボトルを細い目で見る。
「え?…なんでいきなりこんな展開になってんだ?」
「えっとですねぇ~。私たちは命を狙われているからです」
「だから身を守る為に作ってんのか」
「後、戦い慣れもしていませんからね。私たちは」
「慣れしてないっていうよりも…」
言いかけるが、キルの目の前でシュールが試験管から青い煙をわざとふかす。
「……って!あぶねーだろっ!?んな満面の笑みでいきなり!!」
「遊んでるだけです♪」
「いやいやいやいや!!ギリギリ目に入りそうだったぞ!?もう少しで!本当に後少しで!!」
右手をブンブン横にふり、もう片方で薬品を持つ。
「おや?そうでしたか。これは失礼しました♪」
謝る気が全く感じられないシュール。
「さてと…、買いに行きますか」
出来た薬品を小さいポシェットに入れ、外出の準備をする。
「へ?買うって何を?」
「武器を買いに行くんですよ。さすがに鉄製の物は私でも作れませんから」
「…これも身を守る為にか?」
「どうせあちらから来るようですしね。準備は万全にしておいた方がよろしいでしょう?」
ドアに手をかけ、キルに顔を向ける。
「んじゃ、行くか」
キルも身支度をし、シュールと一緒に研究室を出る。
ー…………………………。
「……よし…。………応急処置は済んだ……。だが…」
少女の腕から手を離し立ち上がり、紫色の忍者服を着た女性は心配そうに少女を見る。
「…………………」
“………カサ…”
「……………………ー」
少女は自分の家のベッドに眠ったままだが、カラフルな風車が窓の枠にささっていて、風で回転していた……。
忍者服をまとった女性は…、既に姿を消していた…。
「………………え?」
キルがポカーンと口をあけながら、品物を選んでるシュールを見る。
「おや?どうしましたか?馬鹿みたいな顔をして」
「お前一言余計なんだよ!…じゃなくて、……………なんで旗…?」
何故かシュールは通常売られている武器に目もくれず、店の隅に飾られている旗を選んでいる。
「興味があるからです」
「……………武器は?」
「武器ならあるじゃないですかぁ~」
「………………どこに?」
「ここに♪」
旗を指差す。
「…………わりぃ、…俺はそんなもんで戦いたくねーぞ…。…つーか、まず旗で戦いずれーだろ」
「おやおやぁ~?旗もれっきとした武器ではないですかぁ~?ま。アナタは接近戦タイプで後先考えない単純な戦い方しかわからないのですから。…こんな事言っても無駄ですよね」
「うるせぇーよ!?なんでいちいち余計な言葉まで発言するんだよ!接近戦タイプでもいいだろ!」
「すみません。失礼でしたか。気づきませんでした♪」
そう言って、シュールは星に似たマークが描かれた旗を手にとり、何やら商人と交渉しだした。
(………旗って戦える物なのか…?)
キルがそんな事を思いながらも、シュールと商人の方に少し近づき、盗み聞きしてみる。
(……何話してんだ?)
〈ー………お客さん…、困りますよ~…。…その旗は売り物ではなく飾り物としてこの店に置いてるんですから〉
〈そこを何とか出来ませんか?〉
〈駄目なもんは駄目だよ〉
〈そうですか…、ならば、取引をしませんか?〉
〈…取引?〉
〈えぇ…。アナタ見たところ、猫がお好きなようですね〉
〈・・・・・・・・・・・・!?…何故それを!?〉
〈そりゃあ、これだけ猫が店中にいれば、誰だってわかりますよ~〉
まわりを見渡して見ると、確かに猫が五、六匹は店内にいる。
(…そういやぁ、前々から猫が多すぎだと思ったら…、主人が猫好きだったのかよ)
〈それで、一匹猫が逃げ出したみたいですね?〉
そういってヒラヒラと迷い猫探してますと書いてる紙をワザとらしく商人に見せつける。
〈あぁー。見てくれたのか。そうなんだ。その猫俺の飼ってる内の一匹で、3日間戻って来ないんだよー…。あんなに白くて一番大切にしていたのに…〉
すると、シュールのメガネが怪しく光る。
〈この紙には、見つけてくれた方に一つ“タダ”で店の商品をあげると書いてますが……〉
〈………う…、なんだ……〉
商人が一歩後ずさりしてシュールを見る。
〈この猫をあの盗み聞きしているツンツンの友人と一緒に探し見つけます♪〉
キルを指差す。
「バレてたのかよっ!!?」
シュールの方に駆け寄る。
「ほ、本当か?」
「えぇ。その代わりと言ってなんですが、その旗を貰い受けますよ」
ニコニコして言うシュールを見、ため息をするキル。
「ハァ?んなの駄目に決まってんじゃ…」
「引き受けた!!」
商人がシュールと握手して心よく承知する。
「……って!?いいのかよ!?」
「取引成立ですね♪」
ニコニコ笑う。
「…………マジかよ…」
「あ。そうそう。猫を探しに行く前に、前払いとして旗を貰い受けてもいいですか?」
ニコニコしながら笑いかける。
「お前なぁ~…、そこまで引き受ける商人がいるとでも…ー」
「喜んで!!」
「って!!ここにいたよ!!」
「実は、この旗はこの店のシンボルにしていたんだが、まったく知れ渡っていなくてね。もう別の旗に変えようかと思った不良品なんだ」
「おいこの商人、今さりげなく衝撃的な発言したぞ」
「シンボル…ね………」
呟く。
「広がっていないほうがこちらとしては好都合ですよ。あ、キル。アナタも何か武器を買いませんと、…まさか素手で外に出る訳ではないですよねぇ~?」
シュールが深み笑いしながらキルを見る。
「んな訳ねーだろ。もう決めてはいるけど…、通常の剣がいいか、二刀流がいいか迷ってんだよなぁ…」
「おや。どれとどれですか?」
「この二つだよ。」
カウンターの後ろに飾られた剣の武器に顔を向けるキル。
「あの武器と…」
右にある大きくて重そうな剣を指差す。。
「そっちの武器」
続けて左に飾られた腰に巻ける左右にクロス状に設置されてる少し短めの二刀流の剣を指差す。
「あぁ~。なる程。アナタならこれよりもあちらの武器が似合ってると思いますよ?」
シュールが端っこに置かれてるピンクのマイクを指差す。
「誰がんなもん買うか!!しかもこの店マイクも武器に使えるのかよ!?」
「おや残念」
「お客様、力が強い方ですか?」
カウンターにいる女性店員が話しかける。
「ん?……まぁ…、どっちかっつーと普通だな」
「でしたら、二刀流の武器をお使いするのがオススメだと思います。あの大きな剣は、結構な重量がありますので、お客様のような体格ですと、振り上げるのにやっとだと思います」
ニコニコしながらワザとらしく嫌みを言う。
「………俺にケンカ売ってんのか?」
「いいえ。正しく言ったまでです」
「……おいシュール。この街はこんな奴らしかいないのか?」
「ハハハハハ♪」
「笑って誤魔化すな!!」
「失礼。ですが、私もその二刀流がいいと思いますがぁ~?軽く振りやすく、刃も鋭いですからアナタでも扱いやすいでしょう」
「………まさかこんな形で武器が決まるとは思わなかったよ…」
ため息をつき、二刀流の武器を購入するキル。
「叔父さーん!そこのピンクのマイク下さいっ♪」
「誰が叔父さんだ!!」
キルの隣に立ち止まり、ピンク色のフリフリ服を着た黒紫色のツインテールヘアーの女の子が、元気よく猫好きの商人に声をかける。
「マイク………」
一瞬、間をおいて女の子に声を張り上げるキル。
「マイク買う奴いんのかよっ!?」
「んに?」
キョトンとしてキルを見上げる女の子。
「まぁ、一応。一般的に出回ってる武器ですから、驚く事でもないでしょうね」
話しに入ってきたシュールにも顔を向ける女の子。
「はい嬢ちゃん。524ギル(お金の単位)だよ」
「あ。はーい♪」
商人にお金を渡し、マイクを受け取る。
「やっと武器買えたよぅ。長かったー。すこぶる長かった~!」
女の子がキル達の前を通り過ぎようとした瞬間、段差もない意味のない場所で足をつまずかせ、前に倒れながらマイクが宙に舞う。
「………あ!」
「おっと♪」
ちょうど隣にいたシュールが前に倒れそうな女の子の両肩を掴み、支える。
「あ。ありがとう…。じゃなくて、マイクマイク!」
マイクを見ると、遠くに置かれている水槽の中めがけて飛んでいる。
「んきゃあぁ~!?ボッチャンするー!」
「ん?大事なのか?」
キルが呑気に問う。
「大事な何も、おお大事!!誰か取ってーっ」
「ふーん…。……………よっと」
先ほど購入し、手に持っていた二刀流の一本を投げつけ、マイクのリボンに貫通して壁にグサッと突き刺さる。
「………んあっ!?」
『おおぉぉー…』
店にいた客や店内にいた人たちが今の状況を見て歓声をあげる。
「お。ホントだ。扱いやすい」
壁に刺さった剣とマイクを取り、女の子にマイクを渡す。
「ほらよ」
シュールが手を離し、女の子はマイクを受け取る。
「…ちょっ、今のスゴくなくなくない?」
「いや?普通だろ?」
「アナタの普通は他の方々にとっては普通ではないですよ」
「何だとメガネ」
「本当の事ですから♪」
キっと睨みつけるキルの視線を無視する。
すると、マイクをジッと眺めていた少女が突然、二人の間から悲鳴のような声をあげる。
「あああぁあぁァァァーッッ!?」
「うるさっ!?んだよいきなりデケー声だして」
「マイクのリボンがー!
マイクのリボンがー!
マイクのリボンがー!
マイクの…」
「うるせーよ!!何回言えば気がすむんだよ!?マイクがどうしたって!?」
「おや。先ほどアナタが投げた刃がリボンに刺さって破けてますね」
メガネに手をかけ上から女の子が持ってるマイクを覗き見る。
「………終わってるぅ」
少女がマイクを見つめてボソッと言う。
「あぁ。こりゃ縫わねーと駄目っポイな」
目を細めるキル。
「ちょっ、人事みたいに言わないでよぅ」
「だって仕方ねーのは仕方ないだろ」
「うにいぃ~」
反論せずただマイクを見る少女の横で、キルは呑気にベルトを腰に巻き、後ろに剣をクロスさせるように装備する。
「あぁーああー。ちょっと失礼」
キルと少女の間から顔をだし、シュールが少女に声をかける。
「んえ?」
「先程アナタがここの戦闘用装備品を購入したということは、独自で戦う事が出来るという事ですか?」
「はうっ!そうそう!全然全くその通りです!」
「何故武器を買いに?武器を買うという事は、外に出るか森や泉などに行く為ですよね。何か理由があって買いに来たようですが?」
「あぅう~。鋭いとこつくなぁ~。あたしは人探しをしてるの」
「人探しぃ~?」
キルが隣で眉をひそめる。
「そそ。あたしこの街の出身じゃなくて、マイクを買いにこっちまで来たの。えーっとねぇ~…、“黒いコートを着た二人組”を探してて…」
「…黒いコート!?」
キルが目を見開く、
「それでぇ~、その二人の内身長があたしと近い方がいて……」
「そいつらどこにいた!!」
キルがガシッと少女の両肩を掴む。
「んにっ!?」
ビクッとする少女だが、更に問い詰めるキル。
「その“黒いコート”の奴らはどこにいたんだよ!」
肩を激しく揺らす。
「あう、あう、あう~。あーたーしーにーきーかーれーてーもぉー」
「いいから答えろ!」
「キール~♪彼女が話そうにも話せませんよぉ~」
隣でニコニコしながらシュールが教えると、ようやく気づく。
「…………あ」
揺さぶっていた手を止めると、少女は目を回して疲れていた。
「はぅう~……」
「わ、わりー」
肩を掴んでいた手を離す。
「はぅぅ~…。一体全体何?黒いコートの人たちに何か縁があるの?」
「……………♪」
とっさにシュールが何かひらめく。
「縁があるといやぁある!俺はその二人組に一発ぶん殴っ……んがっ!?」
言いかけた途端、シュールがキルの口をふさぐ。
「失礼。今の言葉は妄言なので気にしないで下さい♪」
「んがががぁ~!(訳:妄言じゃねぇー!)」
「んえ?」
キョトンと二人を見る少女。
「この口うるさい方の話しは放っておいて、アナタはこの街を出て二人を探しに行くのですね?」
「そそそ!こっちの街にも探しに来たんだけど、見つからなかったー。はあぁ~……」
ガックリと肩をすくめる。
「こっちの街………。……………………ふむ…」
呟いて何やら考える素振りを見せ、ニコッと少女に微笑みながらまた発言するシュール。
「実は、私たちもその二人組を探しているんですよ。アナタは戦闘慣れしていますか?」
「全っ然!!」
得意げに言う少女。
「んな自慢げに言われてもな……」
キルがさり気なくツッコミをいれる。
「アナタ一人で外へ行くのは危険ですね。私たちも一緒に二人組を探しに行きますよ」
「んえ!?マジマジマジ!?」
「そ~の~か~わ~り~。二人組を探しに行くついでに、猫探しにも協力してくださいね♪」
迷い猫のビラを少女に見せる。
「に!♪カッワイイ♪」
(……なんか…、怪しい勧誘をしてるようにしか見えねー……)
キルが二人のやりとりを見ながら思う。
「え!?ってことはあたしは両手に薔薇!?」
「……………は?」
「薔薇ですか…。まぁ、花でもいいんですけどね」
「いや、何の話してんだよ」
シュールを細い目で見る。
「もっちろん喜び感激大歓迎で協力します!」
そして心よく引き受ける少女。
「今日知り合ったばかりなのになんだこの展開は!?」
「ではもうここにいる必要はありませんね♪」
キルの言葉をスルーするシュールだが、またさっきの猫好きの商人が近寄り、キルたちに話かけてきた。
「なぁお前たち」
「何ですか?もうアナタに用はないのですが?」
「さりげに冷たいなお前」
キルが隣から静かに言う。
(ツッコミ専門?)
「酷い言いぐさだな…。君ら三人、外に行く気なのかい?」
「うんうんそうそう」
コクコクと頭を縦に頷く少女に、僅かに口を端にあげ、
「なら、こんなの欲しくないか?」
商人が三人の前に何かを握っている手を出し、ゆっくり開いて指にはめるような灰色のリング三つを見せる。
「なんだこれ?」
「おや。これはこれは」
「んえ?知ってんの?」
少女がシュールを見上げる。
「これは“ミクロバックリング”という指にはめるリングですよ」
「あ。それ聞いた事あるぜ?確か、旅人や“エンジリック兵士”とかが、必ず所持して指にはめてるヤツだろ?」
「エンジリック兵士?何なに?その兵士って」
少女が聞いてくる。
「……………お前…、エンジリック兵士も知らねーのかよ…?」
キルが聞くと、自信満々に、応える。
「あったり前だよ♪」
「“エンジリック兵士”とは、ここ、【コルティック】の街や偉大中心都市の【ミスティル】などの、全ての街に必ず居る護兵士ですよ」
「護兵士?」
「外や門番みたいに、保護兵士として街の人々を魔物や得体の知れない族から守る、世界の名、“エンチャント”で最も多い護兵士。街のあちこちで必ず見かけますので、常識的ですよ?知らない筈ありません」
シュールが眼鏡に手をかけ、少女に不思議そうな表情を向ける。
「………ふーん」
だが、曖昧な返答をするだけだ。
「あ、じゃじゃ。その“ミクロバックリング”ってどんな役割を持ってんの?」
「見せた方が理解しやすいでしょう。試しにリングをどこでもいいので指にはめてみて下さい。あ、一つお借りしますね?」
「あぁ。いいとも」
シュールが商人の持っていた灰色のリングを手に取り、少女に渡す。
「んー。どっこがいっかなぁ~♪」
少し考え、小指にはめた。
すると、リングが光りだし、白い色になってサイズも自動的に合った。
「おおぉ~!何これ何コレおもしろ可愛いカックイい~!!」
「おもしろ可愛いカックイいって結局どっちだよ」
目を輝かす少女をキルがすぐにツッコミをいれる。
「リングをはめてる手を空に向けるように手のひらを下にして、この迷い猫のビラを私が上に軽く投げるので、小指に意識を集中して下さい」
「はーい♪」
シュールがビラを上空に投げ、少女が意識を集中すると、リングから白い光りが出てビラを包み、小さく縮んでいきながらリングの中へと入っていった。
「わ!ちっちゃくなった!」
「物をミクロ化してリングの中に収めるので、最高で一万個以上は入りますよ。大きさにもよりますがね」
「すっご!マジまじスッゴい!叔父さんいいの持ってる~♪」
「だから誰が叔父さんだ!?アンタたち、言っておくが只でリングを渡すとは言っていないぞ」
商人が少女を睨みつけ、キルとシュールを見る。
「はあぁ?タダじゃねーのかよ」
「当たり前だろう。物凄く高価とまでは言わないが、高い品物なんだから、ある程度お金を払って貰う」
「いくらだよ?」
「三つのリング合わせて15000ギルだ」
「高っ!ぼったくりだろ!?」
「いいや、ぼったくりじゃない!払わないのならそのリングを返して貰おうか」
ネリルがはめてるリングをジロっと睨む商人。
「はぅ……」
後ずさりするネリル。
「…ほぉ~………」
シュールが声を低くし、眼鏡に手をかけながら商人の方に一歩足を踏み入れる。
「…な、なな、なんだ……」
冷や汗をかく商人。
「ならばアナタの猫を探すのはやめます」
にっこりと何も気にしないような笑みを見せる。
「…………はぁい?」
「リングをタダにしてくれないのなら、猫探しを諦めます」
「じゃ、じゃあ、他の人に頼む!」
「いいですよ~?でも絶対に探してくれる方はいないと思いますよ?」
「な…、なんでだ…」
「だってー。この貼り紙。全て私が持ってるんですから~♪」
ふところから数十枚束になってる迷い猫の貼り紙を見せる。
「……………!?」
大量の紙を見て仰天し、バッとシュールに顔を向ける。
「この貼り紙がなければ、どんな猫か特定しずらくなりますよね。また、ビラを作るとしてももう既に三日も戻っていないのですから、出来た頃には飢え死にしているかもしれませんしね」
「お前、いつの間にんなの集めたんだよ…」
「さぁ?いつでしょうね。誰かが集めてくれたんじゃないでしょうか」
「…………………」
シュールの笑みと普通の対応に返事を返す気も失せるキル。
「なんて奴だ!!」
商人が声を張り上げる。
もう、今更な感じがしてならない。
「こうゆう性格だから仕方ないですよぉ~」
「いや、だから認めちゃ駄目だろ認めちゃ」
「は、旗もあげないんだぞ…?」
「価値のある物をとった方がいいのではぁ~?」
「ん~にぃ~。すっごい説得力あるぅー…」
少女がシュールに感心する。
「さて、どうします?猫を諦めるか。それともリングをタダにして猫探しを再開するか。どちらにせよ、私達以外に猫探しをする方は居ないような気がしますねー。何せ、こんなに沢山いますし」
「ケチだしねー」
「そうだなー」
ネリルとキルも声を伸ばしてシュールの味方をする。いつの間にか脅しになってる。
「ぐっ…う……!」
少しひるむが、それでも商人は提案を持ちかけてきた。
「じゃ、じゃあこうしよう…。猫探しで猫を見つけてくれたら、リングをタダでくれてやる。その代わり、旗は無しだ」
「いいですよ。旗をその間貸してくれるなら」
「即答!?おい、いいのかよ!?」
「いいんですー♪いやぁ~。いいものが見つかりましたねー」
「…………そう、だな…」
(…めちゃくちゃ良い笑顔だし……)
「ほら…………」
商人が嫌々で飾られていた旗をシュールに渡す。
「後リングもいいですか?」
「な、何故リングも!?」
「猫をしゅうの……っ…、いえ、道具が溜まるかと思いまして♪」
「今猫をリングに入れる気だっただろ!?」
「おや。そう聞こえたんですか。別に入れてもいいですよ?」
「…………わか…った…」
残り二つのリングも渡す商人。
「ありがとうございます。ではお二人共、出ましょうか」
「はーい♪」
「……そうだな」
シュールと少女が笑いながら店を出て、キルは申し訳なさそうに出る。
「リングを見せなきゃ良かった……」
商人が呟いた後、ドアがバタンと閉まった。
「いやぁ~。まさかこうもうまくいくとは私でも驚きましたぁ~」
リングを一旦上に投げ、キャッチする。
「ある意味すげぇーよな…」
「だっよねー」
街の出口にさしかかり、シュールが立ち止まって少女を見る。
「さて。そろそろ私たちも私たちで自己紹介をしましょうか」
「に?あ。そえばはっきりクッキリまだだったっけー?」
「えぇ。はっきりクッキリまだでしたよ」
「はっきりクッキリって何だよ」
「アナタのお名前は?」
「ふっふっふー!聞いて驚いてよー?」
「驚いてどうする」
バンバン横から突っ込みを入れる。
「あたしは『ネリル・フロット』。年齢17才♪」
「なんだ。ガキじゃん。見た目通り」
「にぃ~。ガキじゃない~。そゆ君はいくつなの?」
「18」
「一個!一つ!一才しか変わんないじゃん!?」
「その割には俺よりすっげー身長低いじゃねーか!!」
「ううぅぅ~!」
「なる程。ネリル嬢ですか。私は『シュール・コルク』といいます。で、こちらの青黒髪のツンツンが『キル・フォリス』と呼ぶようです」
「余計なの紹介すんじゃねーよ!!しかも呼ぶようって本当に呼ぶんだよ!!」
「ふあぁ~。なっるほどー。ちなみに年齢はいくつ?」
ネリルがシュールに聞くと、満面の笑みで直ぐに応える。
「40です♪」
「よっ!?よよよよ40ぅ~!?40ぅ~!?40ぅ~!?よんっ…ー」
「うるせーよ!?だからなんでいっつも連呼すんだよ!!」
「どうやらキル君は連呼がウザいと感じるようですね」
シュールが分析するように発言する。
「だってだってだってー!!どう見ても40に見えない言えないあの空の下!!」
「最後の文章になってる!?ってか、お前40じゃねーだろ!?なに子供相手に嘘ついてんだよ!?」
キルがシュールに叫ぶと、いきなり真顔になり眼鏡が光る。
「子供だからこそ嘘をつくんですよ」
「真顔で言うなボケ!!」
「んえ?じゃじゃじゃ。本当の年齢はいくつ?何歳?」
「40を2で割って下さい♪」
「偉く遠まわしな解答だよな……」
「ん~にぃにぃ~……」
ネリルが両手を広げて計算する。
「ん~…。ん~」
しばらく計算し、自信満々に答える。
「2で割ったら15になったー♪」
「おや。私は15才ですか。キルやネリル嬢より随分若いですねー」
「その答え、30を2で割った答えだよな……。そしてシュール。間違いに乗るな…」
細い目で二人を見るキル。
「冗談ですよ。ネリル嬢。私はちょうど二十歳(ハタチ)で20才です」
ニコニコしてネリルに教える。
「ふあ~。わっかーい」
「それ程でも~♪」
「………コイツらは…」
頭を抱え二人の会話に呆れるキル。
「あ、そうそう。外へ行く前に、リングをはめましょうか」
キルにリングを一つ投げ渡す。
「お。サンキュー」
右手でリングを受け取り、観察するように見る。
「最初は灰色なんだな。リングをはめる指はどこでもいいのか?」
シュールに問いかける。
「えぇ。では私は………」
左手の中指にリングをはめるとサイズが合い、
微かに緑色に光ると、リング自体も灰色から緑色に変化する。
「俺もはめよ」
適当に考え、右手の人差し指にリングをはめる。
シュールと同じようにサイズが自動的に合い、赤く光りながらリングも赤く変わる。
「これでいいんだよな」
「はい♪」
「ねーねー」
ネリルがシュールの裾を引っ張る。
「はい、何でしょう?質問ですか?」
シュールがニコニコしながらネリルを見る。
「さっきから疑問に思ってたんだけどー、なんでそれぞれリングの色が違うの?」
手を離し、両手を後ろに組んで首を傾げる。
「おや。良いところに気づきましたね~」
「そういやそうだよな。何でだ?」
指にはめたリングを見ながらキルも聞く。
「そうですねー…」
ポケットから黄色い羽根ペンみたいな物を取り出し、空中で字を書きだす。
「“アトリビュートスペシャル”。直訳すれば、“特殊属性”…」
キルとネリルの目の前で黄色く浮かんだ文字を書きながら説明する。
「“アトリビュート…スペシャルぅ”?」
ネリルが言葉を繰り返す。
「正式な名前は長いので、一般的には“特殊属性”と読んでいる方が多いんですよ。私もそう読んでいますね」
「う~ん…。特殊属性っつー言葉は聞いた事あるけどよぉ~。それって限られた人間にしか持たない“奉秘術”(ほうひじゅつ)だろ?」
「そうですね~。通常の“奉術”とは違い、“特殊属性”は特別な効果を持つ奉術です。奉術や奉魔術という上級奉術よりも更に上の階にいった力です。キルが言った通り、限られた人間にしか扱えず、特殊属性、奉術、魔術を同時に結合した術の事です。まぁ…、特殊属性も奉秘術と言われていますが、どちらかと言えば仮奉秘術とされますね」
「に?“奉術”?」
呟き二人を見るネリル。
「いわば、奉術の“最上級”授術ですよ」
「だな」
二人で納得すると、ネリルが複雑そうな表情で頭を抱える。
「ん~にぃ~い~!なに何!?何なの!?意味不明で訳分からない語句を言われてもあたし分かんないよ!?」
「おや。話しについていけない方がいますね」
シュールがペンをポケットにしまい、黄色い文字を左手で触り振って消す。
「…お前さぁ、頭わりぃの?」
キルがネリルに聞く。
「……に…。ど、どうだろー…」
右足を軽く曲げ、ひや汗をかく。
「……どうやら、アナタには基本的な知識が備わっていないようですね」
直ぐにネリルの頭の良さを見破った。
「で、でもでも、決してバカな訳じゃないよ!?ホントにホントに本当だよ!?」
「では奉術の事を私達に説明出来ますか?」
「……………………」
妙な間があく。
「駄目じゃねーかよ」
「…にぃ~……」
「やれやれ。仕方がないですねー…」
シュールがポケットから小さな茶色い一冊の本をネリルに渡す。
「に?なにこれ?」
両手で本を受け取り、シュールを見上げるネリル。
「この国で一般的に知れ渡っている知識が詰まった本です。しばらくアナタに貸しましょう」
「にぃ~……、気持ちはありがたいけど…、あたし勉強はちょっと……」
返そうとするが、バッサリと断られる。
「駄目です。このままのアナタでは説明したくても全て説明しなくてはいけなくて面倒です。分からないところがあれば私が教えますから」
ニコニコして眼鏡が怪しく光る。
「………分かったよぅ~…。…………よろしくお願いします。先生」
ペコッとお辞儀するネリル。
「ははははは。先生ですか。確かにそう言う呼び名もありますね」
「君もよっろしくねー。キル兄(にい)♪」
額にピースして右目を瞑り、ウインクするような仕草でキルに言う。
「………キル…兄……」
目を細めてネリルを見る。
「さて…、自己紹介が済んだという事で、外へ行くとしましょうか♪」
持っていた旗と薬の入ったポシェットを上空に軽々と投げ、リングにしまうシュール。
「ん?旗をリングに入れんのかよ?」
「えぇ。只でさえ長くて重いので、リングに入れておいた方が楽ですから。ネリル嬢も本を中に入れておいては?」
「に。了解~」
ネリルもシュールと同じように本を上に投げ、リングの中に収納する。
と、ここでキルがあることに気づく
「そういや、あの大量のビラはどうしたんだよ?」
「それならもう主人のいたカウンターに置きましたよ」
「え」
「会話をしている間隙を見て台の上にそのまま置いたんで、多分今ごろ主人はビラに気づいているでしょうね」
「へー………」
「よーっし!先生!キル兄!」
ネリルが間に入り、二人の腕を掴む。
「外の世界へレッツゴー♪」
手をひいて歩き出す。
「レッツゴー♪」
シュールもネリルにのり、手を自然と離して歩く。
「………………ハァ……、この先こんな明るすぎるペースについていく俺の身は持つのか……?」
ネリルに手をひかれたまま目を細めるキルの呟きも虚しく、外の世界へ足を運ぶ三人である……………ー。
ー傷ー
ー完了ー