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ー声ー


………―

聞いて…。




声を聞いて……。






今はまだ、私の地へ達していない。















また、夢か?



きれいな声だ…。










けれども、時間は進んでいっている。






事実を確かめる前に、真実から始まる。











はじめて聞く声…。


けど、なんだろう。





生気を感じられない。

声が生きているように思えない。




















いずれ知る事になる未来に、

アナタは今も、



運命に従えられる…?













それは所詮、


“夢”でしかないのだから…ー


























真っ白くて、眩しいくらいに輝く光が段々乏しく消えていく。



声も段々遠くへと。




聞こえなくなって、






それから俺は…










俺は……、夢から覚めなきゃならないんだ。

シダンの宿屋で一夜を明かし、俺達はまた、最初に会った洋館に向かう為にコルティックの街へ戻り、街道を歩いている。








早朝だっていうのに、昨日と同じように、街には人が溢れかえっている。



昨日のシダンでの一件が嘘のようで、同じ時間をまた繰り返しているとも知らずに。




「やっぱり、俺の意識で記憶なんだな…」


薬品店の中に入るシュールを遠くから眺め、ぼそりと呟く。



「お前だって、記憶を探すなんて事しなかったら、記憶共有せずに、知らず知らずに同じ時間をずっと歩んでいたんだ」


「こえー事言うなよ」

「事実だ」


赤毛の無表情な返しに、俺の隣を歩んでいたロリがくすくす笑う。





「笑うなよロリ」

「う、ねぇキル、そのロリってあだ名、やっぱり別のにしない? 恥ずかしいよぅ」





「もう決まった事じゃねーか」

「お前、ネーミングセンス無さすぎだ。こんなんじゃ、ガキが出来た時に苦労するぞー」


「お、大きなお世話だっ。大体、それだったら俺一人で名前を考える事でもないだろ」


「あれ? キルって好きな人いるの?」

 

ロリが不思議そうに聞いてきたので、若干顔を赤らめて否定する。


「居ねーよ。第一、女性とあんま接点ねーし、あるとしたら道案内とか、ちっせーガキだけだ」


「ほーほー。つまりは全年齢が守備範囲と。そういう事だろうな」

いや、違うと赤毛の結論を冷静に否定したが、ふとピンク色の髪の子を思い出した。



「そういや…あの子、俺の事知ってた感じがする」

「あの子って?」

「ピンク色の髪をした子。っても、お前には分からないだろうな」


「いや。知ってる」

え、と意外にも即答した事に驚いて赤毛に目を向ける。



「そいつ、俺らも知ってる。けどお前程記憶を共有していないから、どこの誰だかさっぱりだけどな」


「俺、夢で会ったんだよ。どこだか知らない海の見える森で、それでリリーって名前呼んでみたら、俺の名前も呼んでくれて」


「キルはリリーちゃんの事知ってるの?」


「いや、知らないけど、多分あってると思う。髪飾りに彫られてたから」


髪飾りねぇ…と、赤毛が意味深そうに繰り返し、腕を組む。

「ならお互い、どっかで会ってるんだろうよ。名の知れる程度なんだ。覚えていなくとも、奥深いところに記憶が残ってんだな」


「へー。でも私たちも知らないのって、やっぱりキルの記憶としか共有していないからかな」

「かもな」


「それはそうと、俺らの名前、もっと真剣に別のにしようか」

「お前ら…、まだ引きずってんのか」

「そりゃ引きずるよ。キルみたいなちゃんとした名前じゃなきゃ、なんか緊張感がなくなるし」


「そうは言っても、これから記憶を…」

「お願いキル! 時間はまだあるからそれまでに名前! 私もうちょっと女の子らしい名前がいいの」

「必死だな。会話文だけが一気に羅列する勢いだし」



なんて裏事情はさておき、名前なぁ~。


「本気で考えるのは難しいな。あだ名じゃないちゃんとした名前っていうと、考え方がまるっきし違うし…」


となると…、性格や見た目…とかか?


う~んと最初の適当な決め方よりも考え込んでおり、その様子を眺めていた二人はお互い、顔を見合わす。

「案外、親バカな面がありそうだよな。あれだけ名前を考えていると」

「だ、だね…」


はははと苦笑いして黒を見上げる。


「あ。じゃあよ、赤毛の方が闇で、ロリの方がヒカリでどうだ?」

「え? もう決まったの?」

ロリがぽけっとキルを見上げる。


「お。お前が光みたいな技出してて、赤毛が闇とか暗い技出してたし」

頭のバンダナを締め直し、真顔で今までに溜まった疲労をほぐすように肩を回す。


「へ~。キルにしちゃまだいい命名だな」

「キル、光と闇って言う事は…」


いよいよ自分たちの正体に気付いたのかと、ドキドキして見つめる。



「なんか色とかそれっぽかったし」

「色って…」


見た目イコール、色で判断したらしい。

というか色というよりも無彩色。




「そ…そう…だよね……。うん。キル…、絶対に子供が出来ちゃった時、真剣に考えなきゃね…」

「え、なんの事だ?」



はてなを沢山頭の上に浮かべ、何となく察し目を逸らす。


「闇か…。ダークネス…、ダーク…か。二つ名でダークネスだとかっこいいな」

「それなら赤毛が二つ名じゃねーか」

「そんな二つ名はいらねーよ」


先ほどから真顔なキルで、ボケからツッコミが反転している。





「闇ねぇ…。キル、俺の事はそのまま黒でいい」

「え、けど…」

「闇よりも、黒の方が馴染み深い。それに…」



少し間をおき、地面に目を落とす。

何を考えているのかと思っていると、キルに目を向ける。

「暗いイメージ、少しは半減するだろ…」

「あ……」


黒の言葉を聞いて、ジッと見る。



「私は、ヒカリが好きかな。黒と繋がっているようで、明るく照らす事が出来そうだから。もちろん、キルの事も…ね」

「……………」


小さな笑みを見せる黒とヒカリ。

「ねぇキル。アナタは、自分の名前が好き?」

ヒカリの問いに、何も応えずにいると、黒が黙って歩き出し、ヒカリが俺の手を取ってゆっくりと歩みを進める。




「……キルは、どうして自分の名前を嫌がっているの?」

「ぇ…別に…嫌がっては……」

「キル。俺達の名前を考える時、真剣に考えていたよな」


「ま……まぁ…」


「名前に対しては敏感だよな」


「………………」



公園に入り、遊びまわる子供やベンチに座って読書をしている大人達に交わる。

「俺らに名前のない名を一番に気にしてくれて。けれども、自分の名前を余り人に名乗りたがらない。だから俺らがお前の名前を知ってる事に、一番動揺して、驚いていたな」


「んな事…、お前らに分かる筈」

「分かるよ」

伏せかけた顔をもう一度手を握ったまま、前を歩く彼女の後ろ姿を見る。


「私達も、キルの気持ち分かるよ。だって、ずっと記憶を共有していたんだもん。この名前の意味が、どんな意味でつけられたのか分からない不安も、全部ね」

「………………」



「私も黒も、キルって名前、好きだよ」


「え…?」


「だって、世界中でただ一つの名前だなんて、凄くカッコイいじゃない」

無意識か、流行る気持ちが高まって行き、三人は洋館の道を走り出す。



「誰とも被らない名で、あなたはアナタだって主張できる。キルはキルなんだって、一人の人として、人間として」

「……チップを埋め込まれている、化け物みたいなのに…?」

「キルは人間だよ!」

顔だけ横に向けて、キルの目を見る。


「優しくて人一倍に誰かの事を真剣に考えてくれる、真っ直ぐな人。だから私と黒は、こうして夢の中でアナタに会ったんだよ」


洋館の門まで辿り着き、13番目の記憶のカードがちょうど出現し立ち止まる。


「だからキル。自分を嫌いにならないで。夢から覚めたとしても、あの世界ではアナタの事、ちゃんと見てくれている人が必ず居るから」

「……ヒカリ」

「俺らもちゃんと、お前に協力してやるからよ。道を間違わないように…」

「………赤毛…」

黒を見ると、目を細められた。


「おい。赤毛じゃねー、黒だろ。雰囲気台無しじゃねーか…」

「あ、わりぃ」

赤毛で定着していてつい呼んでしまった。


けど…、


「…ありがとう」

頬を指でかいてお礼を言ったら、なんだか照れくさくなってきた。



俺の事を余り知っていなさそうで、誰よりも理解している。


そうだよな。


「だってお前ら、“闇と光の属性”で、俺の中にいるんだもんな」


「まぁな」

「やっぱりキル、気付いてたんだね」


それぞれに笑いかけ、門の前に浮かんでいるカードに目を向ける。



白く光ったり、黒く光ったりと点滅を繰り返している。

光と闇が共有するかのように。

 
「13番目の記憶だな」


暗黙の了解、合図なんかなくとも、時間の流れにそるように、カードに手で触れる。



今までの気分を害する事態にならず、ぼんやりと周囲が白く染まっていく。



「わたしはアナタの身近な存在。それと同時に、とても遠い距離で存在しているわたし…」


直ぐ隣に立って、ヒカリが回想をはじめる。

これは、意識がこの世界に来た時、ここではじめてヒカリと会話した時だ。



「俺と身近で、遠い存在…か」


最初とは違い、理解しているかのように復唱すると、ヒカリは目を閉じたまま、言葉を繋げていく。





「わたしがキルを知っているのは身近な存在で、常にあなたと近い距離にいるから。でも……わたしは打ち消しあっていて、本来はこの場所に居ない、姿がない……」


「…あぁ………」


一歩前に足を踏み入れる。

時間を繰り返すかのようで、全く同じ変化ではない。


「今なら言ってる事の意味が分かるよ」


もう、理解したから。




「この場所はキルとわたし達にしか見えず、この地に立てない。キルの見ている場所がこの空間でもあるから、わたし達はここに居られる。あなたの身近な存在。だから名前も無い………」

一度言葉を区切って、途端に真剣な表情をして声をだす。


「…人型をした、ただの“人形”…………」


「…ヒカリ………」



ヒカリは言った。俺の意識を借りて、今自分達は意識を保てるのだと。

この洋館の中で目が覚め、何故、俺の記憶を消される謎を阻止し、解いて貰いたかったのか。


それは俺の脳にチップが組み込まれ、ダーク・アイの機関が操作をしているからだ。

けれどアイツは…、トレスという少年は言った。

“三年前の記憶が消されている”




何故三年前以前の記憶が消されていて、今、消された記憶を取り戻す事が出来たのか。

ダーク・アイの機関にとって、都合の悪い事なのか、なんにせよ、俺は、アイツらと何らかの関わりがあるのは確かだ。

けどな、ヒカリ。
お前らは元は人間だったんだろ?


人形だなんて、寂しい事言うなよ。




「これから現実と夢の硲(はざま)にある、アナタの定められた場所を見せてあげる…」

未来で起こる可能性がある時間、シェアルロードの泉か。


あの場所で、俺はまたいずれ、行く事になるのだろう。



「アナタにはこの場所から離れた時、選択を選ばなければならない…。こことアナタの場所に存在する境界を見せるだけ…。アナタの場所でもそこでまた、キルは選択を選ばなければならない」



あぁ…。分かってる。


逃げないって決めた。

知る事が嫌になって、逃げ出したかった。

俺じゃないもう一つの人格を持った、もう一人の俺…。


そんな自分が嫌で、拒絶し、逃避し、目を背けて記憶を戻したくなかった。

もう、見たくなかったから。



「聞いて、キル…。今のアナタはね?“夢を見ている”の…」


「そうだ。夢は夢のままなんだ」


それでも諦めたくなくて、二人の場所へ行った。


俺の知っているシュールやネリル、今まで会った人はみんな、“この世界には居ない”のだから。






「この世界は、キルが今まで過ごしてきた場所と全く変わらない、変わる事のない世界で、確かに今、ここにキルは生きてる。でも、ここはキルの知っている本当の世界ではなく、現実を元に創造された世界なの」



「つまり、お前が理解してる世界とは似て非なる場所って事だな。簡単に言やぁ、『現実と夢が混ざっちまってる世界』だ」


今度はヒカリの反対、俺の左隣に黒が立ち、静かに言葉を出す。



「そうだな。だからここは、俺が生きる世界なんかじゃないんだ」


今ならそう応える事が出来るよ。

お前等が教えてくれたから。



「なぁヒカリ、黒。聞いてくれないか」


数歩前に出て振り向き、二人を真っ直ぐと見つめる。



「俺はまだ、完全に記憶を取り戻していない。まだ分かっていない事だって、お前等の力になるのも知らない」


けどさ、思うよ。


そっと穏やかな表情で見つめると、二人も同じように、静かに聞いてくれる。

「どんなに覚えがなくても、お前等の力になれなくとも、それでも俺は、お前等を助けたい。俺を助けてくれたように、お前等を属性としてじゃなく、人として助けたい。その気持ちがある事を覚えて欲しい」



「……………」

「………」

互いに頷き、小さな笑みを浮かべている。

無表情な人形なんかじゃない。人の表情で。



「過去の記憶に縛られる俺と決別して、今を見てみる。だから、お前等は人形なんかじゃない。二人共、大事なダチだ」


「うん」

「あぁ…」

「これから洋館の中に入る。ここの門は、開けようと思えば、いつだって開けられるんだから。答えがあるかは分からないけれど、もしかしたら、ここでお前等と話せる最後かもしれないんだ」


スッと右手を前に出し、力を言葉に込める。



「話せなくなって、お前等の意識が保てなくなったとしても、それでも答えを探して見つけてやる。お前等の扱う属性の謎も、俺だって興味があるからな」

「ありがとう、キル。宜しくね」

そっとヒカリが手を握り、その上に黒が上乗せして握る。


「…宜しくな。キル」


「あぁ」


それぞれ笑みを浮かべ、今まで閉じられていた門にキル自身が手をかざし、錠前が赤く光ると、いとも簡単に崩れて門が開いた。





「さてと。行くとするか。二人共!」


「うん!」

「おぅ」

門をくぐり抜けて庭へ入ると、ギイィ…と音がして門が閉じられ、崩れた錠前も復元されて鍵を掛けられた。


ここからは後戻りが出来ないわけだ。

……………ーーーー




中は薄暗く、天井には巨大なシャンデリアらしき物体が見える。


今居るのはホールだろうか。

赤い絨毯の上を踏む足音が響くだけで、何が潜んでいるかも分からない地を、俺とヒカリ、黒の三人で進む。


壁にぼんやりと微かな光を漂わせるランプで照らされ、左右にある複数の扉がやっと見えるくらいだ。



神経を常に意識しているので、俺らの呼吸と足音だけが聞こえる。



東の練と西の練という文字が彫られた巨大な階段左右に立つ石柱を確認する。


外から見ただけでもデカく感じたのに、中に入ると更に広く感じる。


まるで迷路にさ迷うような感覚を覚えてしまう。




けど、気のせいか。
今が最後の記憶ならば、俺がヒカリ達とはじめて洋館内に入る記憶がカードになる筈なのに…、何故か落ち着かない。

体自体に見えない何かが当たるみたいにビリビリする。



階段を上った手前の壁に、巨大な肖像画が掛けられているのに気づく。




「………この肖像画…」


ぼんやりとしか見えない絵をジッと見る。


「…見覚えがある……」


その絵には銀髪の長い髪で、淡い桃色のロングドレスを着た女性が描かれていた。この建物内の主らしい、デザイン性のある木製の椅子に丁寧に腰掛けている。



だけど…ーー

「生きた眼をしていないな」

隣でずっと黙って見上げていた黒が、ぼそりと声を発した。

確かに瞳を見ると、青く澄んではいるが、光が宿っていない。

肖像画だというのに、まるでその人自身が生きているようには見えない。


「…この人…」

「白、何か分かるか」

黒が問いかけるが、複雑な表情をしてこう応えた。


「…なんだろう。知っているような気がするんだけど…、他人でもないし、…なんだか自分を見ているみたい…」

「自分?」

ヒカリの言葉に妙だと感じ、顔を向ける。


「知っている筈なのに、もやもやしてる。んー…、ごめん。なんだかよく分からないや」

そうか…と黒が相づちを打つ。


俺はもう一度肖像画の彼女に目を向けた。

みた感じ、印象的に残る。

けど、人じゃなく、人形に近くも感じてしまう。


彼女は本当に実在する人物なのか?

そんな疑問すら生まれてしまうような絵だった。


「おいキル。そろそろ進むぞー」

「ぁ、おお」


先に階段を上り、巨大な鉄扉の前に立つ二人を追うように遅れて階段を登っていく。

開けるぞと黒が来たのを確認しながら重い扉を手のひらで押し開ける。


ギィ…と扉の両サイドから鉄と留め具同士がこすれた音がして、ゆっくりと開かれる。


中は漆黒で、一つも灯りを宿していない。


何かがいる気配すら錯覚させる、何も見えない。

この部屋自体が闇の空間みたいだ。



「変な感じだな。ジワジワくる」

何がいるかも分からない場所で、黒が感覚的に呟く。




「でも凄く広いと思うよ。だって私たちの声が響いて、あまり反響しないもの。ここって…」

「しっ」

何かの気配を感じて、とっさにヒカリの口を手で塞ぎ、空いた手の人差し指を自分の口にそえる。


「………何かいる」

暗闇に紛れ込むように、何かが息を潜めている感じがする。


黒もヒカリもお互いに黙り、未だ入り口の方で留まっている俺に合わせてくれている。


「………」




重苦しい室内へ足を踏み入れ、暗い中を双剣に手をかけながら進んでいく。

床は絨毯なのか、布の上を歩いてるようで余り固い感触がない。


だいたい中央に来たか…、前には巨大な四角い物が見え、まだ離れているのでそれが何か判断出来ない。


「なぁ黒、ヒカリ。前に見えるのって…ー」

ふと後ろを振り返ると、先ほど入ってきた扉が勢いよく閉まり、真っ暗闇になってしまった。


「な、なに?」

互いに姿が見えなくなった状態で、ヒカリが光に包まれた杖を出して周囲を見渡す。


「ヒカリ、お前の属性でこの場所を灯す事出来ないか」

「あ。うん。やってみる」



杖の先にある硝子玉にそっと触れ、ポゥ…と微かな灯りを灯す。


黒やヒカリの姿形は認識出来たが、遠くは相変わらず真っ暗で何も見えない。


でも無いよりかはマシだ。


「珍しく便利な事をしてくれたな」

「もう。珍しくは余計だよ黒」

い~っと黒に憎まれ口を叩かれ、悔しい仕草を見せる。



「何も出てこないな。気のせいなわけでもない気がするんだけど」

「もしかしたら、幽霊が出てきたりして」

「あはは。何言ってんの黒。そんなワケっ」


俺の前を通り過ぎたヒカリがグシャリと何かを踏む音が聞こえた。


何を踏んだのか確認する為に足元を見ると、目を見開いて倒れた男性の顔が灯りで灯された。

 
「オバケぇぇぇぇぇ!?」

ドサッと後ろにのけぞり、尻餅をついてしまった。

「落ち着けヒカリ。この人…、人間だ」

ヒカリの隣に座って倒れている人物をよく見る。

見たところ、三十代くらいで目元に少しシワが寄ってる。服装も確認すれば、上質そうな黒いスーツだ。


「え。人間って…」

「けど、もう死体だな」

黒も立ったまま見下ろしてそう言う。

「死んでるって…」


何でもないように聞こえた言葉で、一瞬ゾクリとした。

けど気配は尚も肌に感じる。

意識を何とか冷静に保つようにして、周囲を見渡し口を開く。


「この人、この洋館で使えていた使用人か何かじゃないか?」

俺が黒に顔だけ向けて質問をぶつけてみるが、変わらず無表情のまま考え込んでいる。


「洋館ね…。宮殿でも屋敷でもないこの場所で、主人が居た事になるか…。それ、よくよく考えれば変だよな」

「変って…」

黒の言いたい事、主張したいのが何となく分かるけど、この場所はただの洋館じゃないのは確かだ。


「街から孤立していて、木と近くの森に囲まれた場所に佇んでいる。まるで…、何かから隠したいようだ」

「なら、ここの主人ってあの肖像画の…」

そこまで会話をしていると、ヒカリがふるふると震えているのに気づいて目を向ける。


「ヒカリ…?」


「二人共…、よく…れ、冷静に会話…出来るね」

ひくひくと口の端を動かし、青ざめて俺達に見えるように顔を上げる。

けど、ヒカリが灯してる杖の光が真下から照らしているので、こっちから見ればヒカリの顔の方が影を帯びていて凄く怖い。


「ひ、ヒカリ。今はお前の顔の方が怖く見える」

「へ!? ひゃ、わわわ!」

バッと慌てふためいて立ち上がり、杖を顔の上にかかげようとするが、スルリと手から滑り落とし、拾おうとしてまた腰を下ろす。


それが丁度俺の目の前で運悪くも、足に体重の乗せ方を誤ったヒカリがそのまま俺に突進してきた。


「うわ!?」

「きゃぁ!?」


互いに崩れ倒れ、ゴンっと後頭部を打ち、ヒカリはと言えば、両手で杖をガッチリと握り締めたまま俺の腹で目を丸くして気絶している。


「何がしたいんだよお前!?」

打った箇所が流石に痛く、つい怒鳴ってしまった。

マジでこいつらで大丈夫なのか。

「兎に角、こう暗くちゃ…」

ハッとして黒を見れば、その後ろで何かが動いたように見えた。

気配も直ぐ近くだ。


「黒! 逃げろ!」


とっさに出た口で黒が直ぐに反応し、前へ思いっきり飛んだ。


その動きと同時に何かが横に振られ、空(くう)を切るのが見えた。


段々暗闇に目が慣れてきているようで、回りも沢山の気配に囲まれているのに気付いた。



「黒、大丈夫か」

「何とかな…」

スッと俺の隣に立ち、落ち着いた口調で応える。


「こ、この感じ…、魔物じゃ…」

ヒカリも立ち上がって杖をグッと握り締め、俺の隣に立って目を動かす。


お互いに背中を合わせ、警戒を強めた。

じゃなきゃ、直ぐにやられそうだと思う位に、重苦しい重圧感が襲っていたから。


「おいヒカリ…、俺とキルでフォローしてやるから、お前はここの空間を見えやすいよう、光で周囲を灯してくれないか」


黒に目を向け、俺もヒカリに目を向けたり、周囲を見渡す。

これだけ暗いと、全く見えない。

だから黒は視覚と視野が見えやすいように指示を促しているんだ。


「黒…、ヒカリって…」

今まで白と呼ばれていたので、ほんの少しだけ、名前として呼んでくれたのが嬉しく思ったみたいにクスリと笑みを浮かべた。



「うん。キルもいい?」

目だけを俺に向け、頷いて見せた。


「ヒカリ…、黒…。俺はもう、属性を拒んだりしないから…」


両手に握りしめた双剣をクロスさせ、目を閉じて意識を一気に剣へ集中させる。


「キル…?」

「……………」


二人共ジッと眺めるように見て、事を待つ。

双剣の刃がカタカタと震えていき、僅かに赤く灯っていくのが肉眼で捉えられる。

「お前…」

黒が僅かに笑みを零す。

こうして自分から使うのはどれくらいだろうか。


色々と、吹っ切れさせてくれたのも、お前ら二人のおかげだな。



「いくぜ、二人共!」


二つの刃から真っ赤に燃え盛る炎をまとわせ、下へ振り下ろして構える。


「うん!任せてキル!」

「あぁ!」


ヒカリが返事しながら杖に意識を集中させ、光を増幅させていく。

黒は少し離れて立ち、両手から闇で巨大な斧を作り出し、構える。


俺は炎の光りで更に周りが見えるようになり、前方を確認すると、ゾンビに似た魔物が周囲に存在しているのが分かった。

直ぐ横で動いたのを目視し、左の双剣で防御体勢を取った。

「くっ」

相手の行動を見極める為に取ったが、どうやらこちらもゾンビ系の魔物で、全身と顔が全て、骨でできている。

刃で受け止めているのは、そいつが持っている頑丈で太い骨だった。


「はあぁぁぁぁ!」


カタカタと相手が動き始め、もう一度振りかざそうと隙を見せた途端、体全体を回転させて右手に持った双剣で脇腹に当てた。

するといとも簡単に身体の骨が分解するようにバラバラになり、崩れ倒れていった。

どうやら、動きも遅く、崩れやすいようになっているようだ。


カシャンと前から音が聞こえ、ハッとして前方を見る。


ヒカリが照明を広げてくれているおかげで、この室内に居るのが全て、ゾンビ系の魔物だと分かり、俺達を囲むように何十体と群れを成して近づいてきている。


地面は真っ赤な絨毯で、想像とは裏腹に広すぎると思う位、巨大なホールと認識出来た。



「いくぞ、黒!」

「了解」


カチャリと二つの双剣の刃をこすって、特殊属性である火の力を更に増幅し、上体を低くかがめる。


ガッと地面を思いっきり蹴り、頭に巻いた白いバンダナが勢いよくなびきながら目の前に居る魔物に振り上げる。

ガシャンと音を立てて頭上に刃が当たり、骨が溶けながら崩れていく。

休む間もなく直ぐ周辺で近づいていた奴らも、俺に向かって押し寄せてきた。

「………っ!」

キッと青い目を見開いて集中力を上げ、全身全霊、腕と剣に意識を持っていきながら炎をまとった双剣を振るい、次の攻撃の間合いが来る前に相手を崩していく。


崩れたモノは、暫くすると、白く灰になっていくのも目に見えた。


何でこんな魔物が洋館内に居るのか分からないけど、今は兎に角生き延びる為に剣を振るわなきゃならない。



「散れ…」


黒が両手で持っていた巨大な斧を横に振り、風圧と共に周りの魔物を崩し倒した。


やっぱり闇の属性であって、強い力を持ってる。


その属性を俺が持ってるとなるのが、実感がわかなくて不思議な感じだけど。


次々と魔物をホール中央を軸にして黒と倒していき、最終的には床の絨毯が全て、白い灰で埋まっていき、魔物が居なくなっていた。

「ハァ…ハァ…ッ」


ブワッと刃に纏っていた炎が消え、地面に膝をついて息を整える。

「キル…」

「キル!」

強力な光を放つ杖を置き、ヒカリが近寄ってきた。黒も斧をしまい、俺の横に立って声をかける。

「俺は平気だ。けど…」

「けど?」

ジッと心配そうな顔を見せるヒカリに顔を向けて、やんわりと笑みを浮かべる。


「なんか、色々とスッキリした」


ずっと特殊属性を使うのが嫌で、また自分じゃなくなるのが怖くて使わなかったけど、今こうして二人と一緒に信じたら、俺のままで居られた。


「お前らのおかげだよ」

「……キル」

ヒカリもホッとしたように安心した表情で、フッと黒も口の端を緩める。


「お前ら、やっぱ強いな。安心して戦えたよ」


「私はキルや黒と比べたら…ー」



照れ笑いを浮かべるヒカリだが、その後ろで何かがゆらりと立ち上がった。


見ると、暗闇でヒカリが踏んだあの倒れていた男性で、ブルブルと震え出した。


「ヒカリ! 後ろだ!」

「え…、っきゃ!?」


ガッと手を振ってヒカリの腕に当たり、横へ飛んで強く床に打って倒れた。


「う…うぅぅ…っ」


グシャリと皮膚が破れ、死んでいた筈の男性は悲鳴を上げながら、先ほど沢山倒していったゾンビへ変化しだした。



「な!…っが!?」


黒までもとっさの事態に反応が遅れ、振り下ろされた太い骨で突き飛ばされてしまった。



「ヒカリ! 黒!」


床に倒れる二人に呼び掛けるが、痛みをこらえているのが分かった。

直ぐに目の前に立っている魔物に目をやると、もう此方に来ていて骨を振り上げている。

ついさっきまでの人間の形が無くなったように。


「止めろ! あんたは…っ」

ブンッと勢いよく振り下ろし、直ぐ横に転がり避け、空気を斬った。


「ァ…グガァ…ッッ」


おぼつかない骨の足でカタカタと動き、もう一度振り上げる。


「何であんたは…っ」

それでも自我が完全に無くなっているようで、またキルへ向かって振り下ろしてきた。


「ぐっ」


左の剣でとっさに防ぎ、ギリギリと相手を睨みつける。



それでも人間であっただろう“彼”は、力を込めていく。

「ハァ…ハァ…ッ」


ブワッと刃に纏っていた炎が消え、地面に膝をついて息を整える。

「キル…」

「キル!」

強力な光を放つ杖を置き、ヒカリが近寄ってきた。黒も斧をしまい、俺の横に立って声をかける。

「俺は平気だ。けど…」

「けど?」

ジッと心配そうな顔を見せるヒカリに顔を向けて、やんわりと笑みを浮かべる。


「なんか、色々とスッキリした」


ずっと特殊属性を使うのが嫌で、また自分じゃなくなるのが怖くて使わなかったけど、今こうして二人と一緒に信じたら、俺のままで居られた。

「お前らのおかげだよ」

「……キル」

ヒカリもホッとしたように安心した表情で、フッと黒も口の端を緩める。


「お前ら、やっぱ強いな。安心して戦えたよ」


「私はキルや黒と比べたら…ー」



照れ笑いを浮かべるヒカリだが、その後ろで何かがゆらりと立ち上がった。


見ると、暗闇でヒカリが踏んだあの倒れていた男性で、ブルブルと震え出した。


「ヒカリ! 後ろだ!」

「え…、っきゃ!?」


ガッと手を振ってヒカリの腕に当たり、横へ飛んで強く床に打って倒れた。


「う…うぅぅ…っ」


グシャリと皮膚が破れ、死んでいた筈の男性は悲鳴を上げながら、先ほど沢山倒していったゾンビへ変化しだした。



「な!…っが!?」


黒までもとっさの事態に反応が遅れ、振り下ろされた太い骨で突き飛ばされてしまった。



「ヒカリ! 黒!」


床に倒れる二人に呼び掛けるが、痛みをこらえているのが分かった。

直ぐに目の前に立っている魔物に目をやると、もう此方に来ていて骨を振り上げている。

ついさっきまでの人間の形が無くなったように。


「止めろ! あんたは…っ」

ブンッと勢いよく振り下ろし、直ぐ横に転がり避け、空気を斬った。


「ァ…グガァ…ッッ」


おぼつかない骨の足でカタカタと動き、もう一度振り上げる。


「何であんたは…っ」

それでも自我が完全に無くなっているようで、またキルへ向かって振り下ろしてきた。


「ぐっ」


左の剣でとっさに防ぎ、ギリギリと相手を睨みつける。



それでも人間であっただろう“彼”は、力を込めていく。

「…っんで」


ギリッと歯を噛み締め、ガッと腕を横に振って相手を無理やり押しのける。


「ああァァァァァ!!!!」


そのまま勢いよく相手の身体へ刃を振るい当て、バラバラと宙に浮いて床に落とした。


息を上げゆっくりと振り向いて確認すると、シュウゥと音を立てて白い灰になっていった。


「人間から…魔物に? …それじゃぁ、さっきの奴らも…」



訳が分からない。
追いつこうにもグルグルと思考が回転して混乱するだけだ。




〈キル……ー〉



「………!」

悩んでいる頭に直接、誰かの声が響いた。


〈これは…現実じゃない…。タダの夢幻で、あの人が見せている夢…ー〉


「現実じゃ…ない? …この声……」



なんだ?

女性の声が直接、頭に聞こえる。


それにこの声、記憶を戻した時に、一瞬だけ聞こえた覚えが…。


頭の中で考えていると、ヒカリと黒が上体だけ起こし、意識を取り戻した。

「ヒカリ、黒!」


すぐに駆け寄り、大丈夫かと聞くと二人共力無く頷いた。


「何だったんだろう。さっきの人」


腕をおさえながら呟くヒカリに、さっきの声がもう聞こえなくなっているのに気付いた。


「声が聞こえた…」


え、と二人は口に出す俺を見る。


「女の人の声が、脳に直接訴えるように、声が聞こえたんだ。…ここは、現実じゃなく、夢幻だって」

「声って…」


黒が目を細めて言葉を繰り返す。けど直ぐに押し黙り、ふと横に顔を逸らし何かに気付く。



「なんだ…?」


遅れて俺とヒカリも黒が見ている方向に顔を向けると、暗くて見えなかった四角い物が、ハッキリと見えた。


それはこのホールとは場違いな、茶色く古びた衣装棚が佇んでいた。



「あれって…」


ふと黒に目をやると、手が透明になって黒い粉が指先から舞い上がっていってるのに気付いた。


「な、お前それ」

「あぁ。気にすんな。さっきの打撃の影響じゃねぇから」

「気にすんなって…」

ヒカリの方も見ると、黒と同じように白く粉の光りが指先から舞っている。



そういえば、俺が夢の意識に入って今日が三日目になる。

二人が意識を保っていられるのは…ー。


「お前ら…もしかして…」

ヒカリも黒も、互いに押し黙って動かないが、ヒカリが頷いて見せた。

「もう、お別れだね」

ぼそりと口にして、タンスに目を向ける。


「じゃぁ、その姿も」

「保てなくなって、タダの属性になっちまうな」

黒が言葉を繋げて、何でもないように立ち上がり、しゃがんでいる俺に粉状に散る手で差し伸べる。

「ほら、行くぞ」


「行くって…」


「もう分かってるだろ。お前の事なんだし」

「大丈夫、最後まで私たち、傍に居るから」


ヒカリも立ち上がり、そう言うと、しまっていた棚がひとりでに左右に開き、強い光りが差し込むように照らす。

黒の手を借りて立ち上がったが、それでも消えていく姿に動揺してしまう。

「大事なもん、最後まで身につけろ」

双剣を勝手にしまい、二人共光りを出している衣装棚へ向かう。

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