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ーもう一つの夢現ー



「…………黒…」


深夜のシェアルロードの泉、湖の前で白い花を触る白が、小望月の月を見上げる黒に話しかける。






夜の冷たい風が、どこか切なさを運んでいる空気を味わうように、月を見上げたまま返事を返す。


「ここで待ってて…いいのかな……」


「………………」

「キルは……、もう目が覚めないかもしれないし、覚めたとしても…」


「白…」

言葉を制止し、ゆっくりと月の光で水面が煌びやかに反射して光る湖を見つめる。




「……それでアイツを放っちまえば、本当に現実(いま)を拒絶しちまう…」


「でも……、…こんなの…っ」

ザッと立ち上がり、視線を落とす。







「……悲し過ぎるよ…」



「……………」



アイツは……、どう選択するか……。








「…これが夢現(ゆめうつつ)だったら、“夢”ならいいのに…」


「…………え?」


「それだったら…、あいつも悩まずにいられるのに…」



寂しい声で小さく息を吐くと、白に顔を向ける。








「…待とう……。あいつの記憶が消えるまで…」




「………………」



何も言わず、コクンと小さく頷く。






これが…


夢ならば………ー。

「………………」



フッと目を覚ますと、暗い月明かりに照らされた天井が見えた。



横の机から僅かな優しい灯りがあり、そちらを見ると、置き手紙がデスクスタンドライトにはさまっていた。


中に着ていた薄着の白いティーシャツのまま重い身体を起こし、見ると丸字で一言書かれていた。






『シェアルロードの泉でまってます』



「…………多分あいつだな…」


ロリが書いたんだろう。それにここ、シダンの宿屋だ…。


窓から見ると見覚えのある公園が見える。




「…服の破れた箇所が直ってる…」


赤毛の奴に刺された所も…何故か傷一つない。



………記憶が…ある…?









「……何時もと違う…。俺が俺でない時の記憶が…」


手のひらを見つめ、記憶を振り返る。





青い炎。赤い目。


……自分が自分でなくなる瞬間、どうにも出来なかった…。




記憶があっても、俺は二人を……。





「……………」



二人はあの場所で待ってる。




次の出現ポイントなんだろう。



俺は………どうすればいい…?





「…本気で殺そうとしていたのに…あいつらはそれでも…」




目を閉じ、ギュッと手を握り締める。







「………俺は…」






そっと月を見上げる。




夜の街と、暗闇を消すように、世界の全てをぼんやりと優しい光りで照らしている満月の前の月。







仄かな光りに温かさを感じさせる気持ちにさせてくれる…。







月…か………。

シェアルロードの泉で二人が黙って待っていると、ザッと誰かが草地を踏み進む足音が聞こえてきて、そちらに目を向けると、黒い上着を着たキルの姿を目視する。




「………キル………」



「…………………」




白と黒がキルを見つめ、目の前で少し距離を置き立ち止まる。




「………ごめんな…、二人共。あの時……」


「別にいい。あれはお前の意思じゃないのを分かってるから…」



視線を落として謝るキルに無表情で応える。


白が心配そうにキルの様子を眺め、話しを繋げる。



「体の具合は大丈夫?」


「…あぁ………」



静かな空気が流れ、沈黙が起こる。



何も言わない彼に、黒が湖に身体を向けながら話を切り出す。










「…12番目の記憶はまだ少し時間がある…。だから…」


「もういい」




黒の言葉を制止し、目をキルに向けてピクリと眉を動かす。








「……もう…いいんだ…」


俯いたままの彼は、青い瞳で小さく囁く。




「……お前らも、ここで待たなくていいよ。…俺に合わせなくていいから……」



「……キル…」


白が名前を呼びかけると、ぴくりと反応し僅かに笑みを浮かべる。




「…キル…か……。……何で、こんな名前なんだろうな…。……殺す意味、人を殺すだけの為に生きてる名前…。全くその通りじゃねーか」


力無く笑うが、視線を地面に落としたままで、悲しい目をしている。

自分に対して、嫌悪しているかのような口振りで…。







「…だからいいんだ…。俺が現実に生きて目を向けたら駄目だって事、充分にわかったから…」




「……………」




名前を呼ばず、黙って見る黒と白に顔をあげると、悲しそうな笑みを浮かべてはっきりと伝える。































「もう、記憶を取り戻したくないんだ…」









切ない声で、そう言う。

今にも泣きそうな表情なのに、涙も溜めず笑みを向けて。






「………だから…さ……、お前らもここに居ないで、休んで…」


「でもキル…」



何か言おうとする黒だが、ギュッと目を閉じて否定するように首を振る。

「もう、嫌なんだ!」



声を張り上げるキルに、ビクッと肩をあげる白と、ジッと見つめる黒。






「記憶を取り戻していけば戻す程、頭の中に流れ込むのは誰かを殺すのが見えてくる。覚えがないのに殺した時の手の感覚まで感じる」


ばっと顔を上げ、地面を一歩踏み込む。




「それが段々現実になってきて、また誰かを殺しかけた。最初の時も、今属性であるお前らだって…!」


感情的になるキルから目を逸らすように視線を落とし、黒が小さく声をだす。




「でもそれは…お前を誰かが…」



「操ってるんだろ? でも、誰がチップを埋め込んだのか分からない。いつからあるのかも…、誰も…」


だったら、



「だったら尚更、記憶を取り戻さない方がいいだろ?」



「………………」


額に手をあて、俯きながら倒れそうになる身体を前に進んで踏みしめる。





「俺は……っ」



「キル…………」


ふらつく彼を黒が支えると、俯いたまま肩の腕を握り締める。







「俺に…記憶を取り戻さないでくれ…。見せないでくれよ……ー」




苦しそうに訴えかける彼に、黒も白も無言で何も言わない。



何も………。















「…………………」
















悲しくて、
切なくて、
自分が嫌いになって、
誰かを傷つけたくなくて、

こんなにも苦しくなるなら、何も知らない方が良かった。









だから俺はもう…ー

「生きてるから…」


小さく声を出す黒を、ゆっくりと顔をあげる。




その表情は、いつも浮かべている無表情なのに哀みが混じっていて、キルに目を向けてこう言った。








「お前が生きてるから、俺達はいるんだ…」




小さく言う彼の口から、白が繋げるように近寄って話しかける。






「キルが今、こうしてまだ生きているから、私たちはここにいる…。それは眠っているキルが、今のキル自身が心のどこかでまだ諦めてない証拠……」


キルに目を向ける。




「だから…、ここに来たんだよね…?」



そう言って顔を傾けて小さな笑みを浮かべると、ゆっくりと涙が頬を伝い流れ落ちる。




「“生きる事を望んでるんだよ…。キル…”」


月の光に涙が反射し、綺麗な雫となってポタリと流れ落ちる。





「……………っ」



黒に支えられながら俯いて地面に膝をつき、涙が滲み出てギュッと目を閉じる。


白と同じように涙が頬を伝い、地面に落ちる。


止めたくてもどんどん涙が溢れ出て、止められない。




















ばかだ…俺……。




自分でも分かってたのに目を背けて、このままここに来ないで本気で諦めようとした。


でも………
だけど、







本当は諦めたくなくて、二人の所に来た。


長い道を歩いている間も、途中で引き返そうと考えても誰かに、…二人に諦めるのを止めさせたくてここまで来た。







現実に戻りたかったから…。








「………キル…」

「……………」


黒の隣で白が呼びかけながら膝を落とし、キルの手に自分の手をそっと重ねる。










あたたかい……。








仄かに光る月と、冷たい風で静かに湖の水面が音を奏でる。

周囲の木々も、頬をなでる風でさわさわと優しく揺れる。












「…ありがとう……」







泣いたままお礼を言うと、白も涙を浮かべたまま笑みを浮かべ、黒も小さく笑いかける。






優しく重ねた手は、夢で会った彼女を思い出させる。





あの時も、涙を浮かべて笑いかけていた。




すごく優しい海の音と一緒に……、




優しく呼ぶ名前で…ー

シュンッと近くの方で音が鳴り響き、見ると、光をおびた記憶のカードが浮かび上がっている。




「………記憶が出たんだな…」



涙をふいて立ち上がり、近寄る。


黒と白も黙って眺める。








「…大事な記憶は…それぞれの道を辿っていく……。声、聞かせてくれよ…」




手をカードへ伸ばし、フッと触れると記憶が流れ込んできた。

ー………ー……







二人の黒いコートを着た人物がリモートコントロールの左右にいて、二人共灰色の平たい鳥に似た機械に乗ってこちらを攻撃してきていた。


「またアイツらかよ!?」



女が攻撃を避けながら前を見ると、シェアルの泉が見え、まだ満月ではなく半月の月が水面に写ってる。


「よし! 行けるぞ!」


「い、行けるって…?」


「“過去”に行けるんだよー」



「これからあの泉に突っ込むぜ? いいな。掴まってろよ!」






「……う………!」


とっさに目を横に向け、遠くの夜空を見る。




「…………ぇ…っー」




…………………ーー







「……なん…だ……?」





遠くの森の方角を見ると、そこには高い夜空の雲から青白い光りとなって森へと落下する物体が見えた。







(…………あれって…)
















ーー…ドクンッ

















猛スピードで彗星のように落ちるのを見て、心臓が大きく高鳴る。









「次元断層に入るぞ!!」



「…………っ…!?」






ドボンと水の中に入る感覚がしてギュッと目を瞑る。

























ー………ーー…

目を開けると、シェアルロードの泉、湖が見えた。





何故か耳鳴りも起こらず、気分も悪くない。




拒絶してないからか、それか、記憶を殆ど戻したからなのか…。






最後に見えたあの光り、あれはなんなのかまだ分からないけど、これからまた知る事になるだろう。






その為には…、あと二つの記憶を取り戻してからだ。









「……なぁ、実体出来るのは、明日で限界なんだよな」


後ろに立って様子を眺めていた黒と白に、二ッと微笑して振り向く。



「明日まで宜しくな。二人共!」




澄み切った青い瞳で見る彼に、二人共笑みを見せて頷いた。





「…あぁ」


「うん!」



















現実で待ってるシュールやネリルが居る。


僅かに覚えているあの夢で会った子も、俺の名前を知っていた事も関係しているのだろう。













だから、諦めない。












諦めたくない。






さらさらと頬と髪を撫でる風に心地よさを感じながら、いつの間にか満月に変わっている月を見上げる。










それはとても綺麗で、光りが導いてくれている気がした。




   ーもう一つの夢現ー
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