このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

ーもう一つの夢現ー



「……………え…?」




さっきまで賑やかだった声も、時計の音も、何一つ聞こえない無音。




音だけではなく、店内にいた客も一切“動かず止まっている”。






「ー………まさか……」


シュールの声が聞こえ、ハッとして見ると、微かに動いているのが分かった。



「シュール!!」

止まっていないシュールを見て少しホッとして、後ろから小走りで近寄る。


「良かった。お前も……ー」

後ろから肩に右手を置きながら横に並んで見るが、唖然としている。



「………外が……」


声を押し殺して呟くシュールを見て、キルも前を向いて外の様子を見る。






「…嘘…だろ……?」





目を見開いて小さく声に出すキル。











ー…外にいる住人が、

止まっている……。





…言い直せば、その場で街の全ての住民が止まっている………。




………ーー










「………ん?おいシュール」


「なんですか?トイレですか?」


「ちっげーよっっ!!お前何こんな非常時にふざけてんだよ!!前の建物見ろよ!」



「前………?」



広場から出てしばらく森道を歩き、街から若干離れた場所にある誰も住んでいない洋館を見ると、門の方に黒いコートを着た人物が立っている。



「あいつ、さっき見かけた黒いコートの奴だよな?」



「…………………!
…あの方も動いています…!」


門に右手をかざしている。



「じゃあ、アイツも俺たちと同じじゃねーか?行ってみようぜ!」



「あ、待って下さい。キル!不用意に近づいては………………!」




ザザ……ーッ

「…お前らも余計な行動をしなければ…、こうはならなかったのにな……」



「………くっそ!」

シュールを見た後、ギュッと目を瞑る。




























ー…………ドクン…











………ドク…ン………





















ーー…ドクン………











「…あっ……!? …ぐぁ…っ!! ………目が…っ」





とっさに両目に激しい痛みを感じ、手で覆う。



「………ん…?」



異変に気づき、少し後ろに足を踏む。







「アァァ…ッ! ぐぅッアアァァァッッー!?」





両目が赤くなり、まわりを青い炎が渦巻くように囲み上を見上げる。



「ー…………っ…!?」



男の左腕に火がうつり、すぐに後ろにバックジャンプして離れる。




「…………………ー」



渦巻いていた炎がはれ、真っ赤に燃え盛るような赤い瞳で、男をゆっくりと見据える。



(………なんだ……?………さっきと全く違う……)



腕の火を振り消し、注意深く見る。



「…………………ー」



ゆっくりと右手を上に上げると、まわりの青炎が渦巻く速度が上がり、手を横に振ると同時に青炎が男に向かって飛びかかってきた。



「……………チッ!」



黒い氷の剣を目の前で回し、青炎をバリアするものの、炎の量が多すぎて半分くらってしまった。




「うぁ…っ!?」



とっさに体を縮めるようにガードをする。

だが、火傷をしたのか、多少フラつきながら立つ。



「……………………ー」


気絶をしているシュールを、キルがジッと見る。



「………お前…、一体何なんだ……っ…!」




「…………………ー」



何も言わずに視線を男に向けなおして近づくと、頭を踏みつける。



「……ぐっ…!?」


「……………………ー」

一気に男に殺意を抱き、踏んだ足をよけて顔に左手をゆっくりかざす。



「………………っ…」



























「…………死……ね…ー」










…………ーーー

「………うっ…ーー」


流れ込んできた記憶を見て、とっさに口元を手で抑えつけて膝をついた。


「な……ん…だよ……今の…」


心臓が早く鼓動し、自分でも抑えきれないくらいにガタガタと震えている。

気分が悪いんじゃない。吐き気もない。


だけど、今思い出した記憶は…、


“覚えていない記憶”まで見えた。



「……あんな…のって…」


呼吸を必死に繰り返し、ボソボソと呟くキルに心配なってロリも目の前で膝をつく。



「キル…、大丈夫?」


「なぁ!? 今の記憶は、本当に俺がやった事なのか!?」

とっさにロリの肩を掴んですがるように聞くと、驚いた表情を見せる。



「時間が止まって、みんなが動かなくなったのは分かる。でも! 俺が青い炎を出して、それで…、コートの奴を殺そうと…」


なんだ…これ。
落ち着かなきゃならないのに、自分の意志が抑えきれない。


「まさか…、本当に殺して…っ」

「キル…」


どう言えばいいのか迷うロリの肩から手を離し、自らの頭を抱え込む。



「……いや、殺してない」


「……………」

赤毛の声が曖昧に聞こえ、顔を上げると、もう一度はっきりと言葉にする。



「お前は、誰一人殺してなんかいない。……誰かがあの時、お前を止めてくれたからな…」


「………誰かが?」


立ち上がり、まだ鼓動が早いまま相手を見据える。



「誰かって、一体誰が…」

「それが分かれば、とっくに言ってる…。あの場に居た眼鏡の野郎も気絶していて分からなかったらしいし、お前の覚醒状態も見てない。俺らも関係してないしな…」


「……………」


でも俺は…、あれは間違いなく…。





「使わないって…、ずっと抑えてたのに…」


「…使わない…ね…」


赤毛が眉をひそめ、意味深げに同じ言葉を呟く。



「アトリビュートスペシャル。特殊属性の事だろ?」

「……………」

黙り込んだ俺に身体を向けてそっけなそうに口を開く。

「別にいいんじゃねーの、使っても。使えるやつなんて限られた奴にしか使えないんだしさ」

「………っ、そんな簡単に言うなよ…」


「なぁ、キル」

「…………!」

自然に、始めて名前で呼んだ赤毛がジッと目を見る。



「なんでそんなに自分の力を使う事を拒む? 何故そうまでして躊躇するんだ?」


「………それは…」


「お前の事だ。その力のせいで、何か嫌な出来事があったんだろ」

「……………」


見透かされている。
特殊属性を拒む事と、そのきっかけを。



「ガキの頃の記憶がなくても、今の記憶はあるんだよなぁ? だったら、お前の記憶はいつから見えてるんだ?」


「……………」


いつから?

いつから…だった?


シュールと会ったのはかくまってくれた頃からだっていうのは知ってる。

でも、どういった経由でシュールに居候させて貰って、どこではじめて出会ったのかはっきりと分からない…。


なんで俺は…、力を恐れてるんだ。

そんなの…、決まってる。




「………誰かを…、力で傷付けたからだ…」

静かに吐き捨てる俺を、ロリが黙って見つめ、立ち上がる。


「他に理由なんてあるか? …今でも俺は使いたくない。きっとこの先ずっとだ」


断言すると、赤毛がやれやれと息を吐いて公園へと向かい歩き出した。


「どうかな。その力だって、一つの方法とは限らねえしな」


「んな事…っ」


「次のカードの出現時間は直ぐだ。今から歩いて行けば少し余裕を持てる。この先の記憶が知りたければ着いて来いよ。この世界の主人公さんよ」


面倒そうにスタスタと先を歩く赤毛の背中を見て、むっと苛立ちが湧き出てきた。


「…言われなくても着いて行くって」


赤毛の後を追うように足を動かし、ロリがキルを見つめて目線を落とす。


「…………」

だが直ぐに二人の背中を追うようにして、公園へと戻って行った。

「次のカードは五番目だな…」

コルティック出口付近で呟く赤毛だが、結構ゆったりと歩いている。



「そんなゆっくり歩いてていいのかよ。次のやつは時間が近いんだろ?」


「三日間の記憶をそのまま一日にとどめてるからな。時系列に関しては俺がよく知ってる。ゆっくり歩いてもいい時間だろうよ」


「ふーん。四番目は昨日取り戻したからいいとして、五番目は外に行かなきゃならないんだな?」


「だな。ったく、一体誰がこんな回りくどい記憶操作したのか…」


「記憶操作………。…やっぱ俺…普通の人間じゃない気がする…」

落ち込むような態度を見せるが、赤毛は気にしない感じで外に出る。


「でもお前は人間だから記憶を持ってる」

「え…」

「人間だから、眼鏡や人と会話出来ている。俺らには出来ない事を、お前はなんなくやってるだろ」


「………慰めてるのか?」

「違うね。事実を言ってるだけだ。分からない事だらけでも、俺らだって分かる事があるんだ。俺や白だって、お前が人間じゃないだなんて思ってない」


「……そう…なのか?」

ロリに聞くと、にこっと優しく笑いかけられた。


「うん」

頷いた後、小声で耳打ちしてきた。


「きっと黒は慰めてるんだよ。素直に表へ出さないだけで」

「おい、なんか言ったか」

ギロッとロリを睨む赤毛に知らん顔して目を逸らす。


「別にー?」

「………………」



そんな二人のやりとりを見て、思わず笑みを浮かべて笑いを吹きこぼしてしまった。


「なんかお前ら、いい奴らだよな」


「そうかぁ?」

「そうかな?」

互いに同じ反応を示した。


ほんと、いい奴だよ。

ザッザッザッザ





歩くいても歩いても周りはただの道と草が茂ってるのが見えるだけ。所々に木が生えてあるだけで、対して変わり映えのない景色を眺めながら俺ら三人は歩いてる。


「んで、今歩いて向かってる場所ってのはどこなんだ?」

「んー、何だったっけか…」

「は?」

「名前がいまいち思い出せないんだよなぁー…」

なんだそれ。


「お前はどうなんだ? 覚えてないか?」

ロリに聞いてみるが、赤毛と同じように少し眉間にしわを寄せる。


「私も…名前が思い出せないや」

「二人して覚えてないのかよ」

「森とか、湖があったのは覚えてるんだが、名前がはっきりと覚えてないんだよ。つっても、お前の記憶の影響だろうがな」

「俺がはっきりと覚えてないっていうのかよ」

「かもしれないね」

ロリがさらりと返したので、複雑な気持ちになる。


「や、しょうがねぇよ。俺だって何もかも全部覚えてるわけじゃねーし…」

「とは言ってもなぁ。なぁーんか妙な気分なんだよなぁ。さっきから」


…妙?


曖昧な言葉を言う赤毛に続けてロリも頭をポンポンと記憶を思い出そうと軽く叩いてる。


「なんかね? さっきまで覚えていた名前が、今になってど忘れしたような感じなの」


「へぇー。二人して急に忘れるって、なんか変だな」


苦笑いを浮かべるだけのロリと、まだ思い出そうとしている様子の赤毛。

そんなに気になる事なのか?






ぷらぷらとゆっくりなペースで歩いていると、ふと遠くから奇妙な音が聞こえて立ち止まる。


「あれ? 今なにか音が聞こえなかったか?」

「へ?」

「ん?」


二人共立ち止まったキルに続いて立ち止まり、耳を澄ますと確かに何かが迫ってくるような音が聞こえる。




「なんだ? この音」
「わかんね。地震でもねぇよな」








ドドドドドドドーー








「な、なな、なんか怖い…」


三人共前を見ていると、遠くの方で砂煙が物凄い速さで立ち上り、こちらへと近付いてきている。




「なななな、なにあれ!?」

「魔物かもしんねーな。構えておいた方が良さそうだ」

「まじかよ!?」


警戒体制に入る三人の元へ近づく者。

それは次第にはっきりしていき…ー

「キャッハハハハハ!! 広いひろ~い! これが高原? きゃはははは!」

目の前で砂煙を撒き散らしつつ急停止し、ハッとして此方に気づくと、手に持っていた眼鏡をくるくる回す。

見ると、金髪混じりの茶髪で短く頭にゴーグル。それとは似つかわしくないダボダボな白衣を着た青年。

青年というよりも、身長がキルの腕ぐらいしかなく、どう見ても子供に見える容姿。





「どもども。やっべ~。俺天才? 一発でコンタクト取れちゃったよ。すっげー!」


「………は?」


「ねーねー。今さ、ハンナっち達がヤバい状況になりかけてるから急いで目覚ましてね。チップの事はこっちに任しといて! もう何でもこいだよ。俺も暇じゃないからさぁ~。あれだよアレ。前の機関の連中とも連絡も来ちゃって大変なんだから」


マシンガン並みに一方的にキルへ話しかけるので、何の事なのかさっぱりな内容。


「…は、ハンナ? チップ? なに…機関?」


「おにゃ? なになに? まだ記憶全然取り戻してない感じ? やっべー。ちょっとキツいかなぁ~。まいいや。ね~お兄ちゃんとお姉ちゃん」


ぐるんといきなり赤毛とロリに顔を向けて話しをふってきたので、ロリがビクッと肩を上げて返事をするが裏がえった。



「なな、なんでしょう?」

「ちょっとここら辺、ツンツン兄ちゃんの記憶戻し手伝うからさ、暫く俺も一緒に居ていい?」

「え」

「いいぞ」

「はぁ!?」


あっさりと承知した赤毛にロリとキルも驚く。


「いいのかよ!? 子供連れまわす事になるし、言ってる事もなんの事か全然わかんねーのに」


「全部本当だろうよ。じゃなきゃ、今俺達がお前の記憶を戻してるだなんて、知ってる筈もない」

「…あ」

そうだ。
俺の記憶なら、シュールみたいに記憶でしかないアイツが生きてるだけなんだ。


「え…、じゃあお前は…」

男の子を見下ろすと、にぱっと満面の笑みを見せる。



「俺、ホーリー・アイ(聖なる瞳)に所属してる特別情報研究者、『トレス』です!」

「ホーリー…、アイ…」


「その反応を見る限り、まだ機関の事探せていないんだね」

ふんふんと眼鏡を白衣の胸ポケットに入れると、ビシッと太陽を指差す。

「だが安心してくれぃ! 俺が来たからには兄ちゃんの記憶を全て思い出させてやらぁ! って、一度は言ってみたかったんだよね~」

キャッキャと一人高いテンションで笑うトレスという少年に、赤毛がハァ…と面倒くさそうに息をはく。


「…ど、どう反応すればいいのか困るな…」

「私も…」

ぽかんと見てるだけのロリだが、苦笑を浮かべる。


「じゃあ、お前は今眠って俺の意識に接触してるのか?」

「おー。話しが早くって助かるなぁ。うん! 俺ちょっとばかし機械いじくってダーク・アイ(闇の瞳)のハッキングしちゃってんだけど、長くは持たないかもね。だって長時間だとこっちも精神が削られてくし、死にたくないしねー。こんなとこで死ぬのなんて御免だよ」


…すげー喋るな。


「ってーと、俺が今どうなってるのかも知ってるんだな」

「まぁね。年上だから敬語使えってハンナっちに言われてるけど、実際俺の方が年上だから敬語はいいよね。とりま時間もない事だし、みんなレッツラゴーグルぅぅぅ!」

おーっと一人拳を太陽にかかげて意気揚々と笑いかける。


「な、なんか、清々しいくらいにさっぱりしてるね」

「こうゆう奴、なんか俺見覚えあるんだけど…、まだ記憶戻してないけど」

「微かに頭に入ったままなんだろ」


もやもやとシャンクの面影が脳裏に浮かび上がってくるが、肝心な顔が全く思い出せず、直ぐに思い出すのを諦めてトレスにまた話しかけてみる。


「手伝って貰うのは有り難いけど、お前武器も何も持ってないよな? 魔物が出た時危ないんじゃ…」

「そこは心配しなくていいよ兄ちゃん。あ、名前キルであってる?」

「まぁ、あってる」


「俺、ちゃんと武器持ってっから」

そういう彼は手ぶらで、どこにも武器らしき物を持っていない。




「……どこに?」


「それはなんかが来たときのお楽しみっ! さあ行こう! 勇者キル兄ちゃんに導かれし、仲間入りを果たしたトレス一向。記憶は果たして無事取り戻す事が出来るのだろうか! 乞うご期待!」


「アニメみたいな言い回しだな」


ペースについていくだけで疲れそうだけど、本当に武器なんて持ってんのか。


まさかと思うけど、さっきポケットに入れた眼鏡が武器って訳じゃないよな…。

キルの心配をよそに、赤毛の案内により、トレスを率いてある森に辿り着く。



「んー。あ、そうだ。思い出した」

赤毛が森を見上げると、ロリの方も思い出したようで、パッと表情を明るくする。



「そうだよ! ここ、【シェアルロードの泉】だ!」


「あ。お前らも記憶共有してんだな」

俺はシュールに教えてもらってたから、知ってたけど。



「へぇ~。ここがねぇ。ただの森にしか見えないけど、泉があるの?」


「まぁな。中央付近に広大な湖があるから、結構広いらしいぜ」

「あれ? 湖? 俺もこっちにははじめて来るんだけどさ、名前に泉ってかいてるのに、何で泉じゃなくて湖なの?」


「情報研究者なのに知らねーのかよ?」

「こういった雑学は専門外だからね~」


にゃははと笑いかけるが、確かに妙だ。



「それって、名前を間違えたとかじゃねぇか?」

「それはどうかねぇ…」

赤毛が眉を潜め、否定で返す。



「湧き出る水でたまった湖が出来た。ここは別の形で、湖の水自体が、湧き出る事があるんじゃねーかな」

「湧き出るって、そんなの無理に決まってんだろ。ただの溜まり水なんだし」


「…なにか引っ掛かるんだよな……。多分、お前の記憶に答えがあるかもしれないな」


「…俺の記憶に?」

「共有してんだから、お前の記憶だって少しくらい知ってんだ。ま、もう少し記憶を戻さなきゃ分かんねーだろうけどな」

中へ入り、全員赤毛の後に続いて歩む。



湧き出る湖…。
泉と湖のどちらも意味があり違いがある。


でも、赤毛の言う通りだとすれば、ここは何なんだ? なんで俺はここに来たんだろう。


さっきの記憶の後に、何かあってからここに来たとは思うけど…。


謎は謎のままだ。


前に進まなきゃ分からない。




「…進むしかないんだよな」

「……だな」

呟いた言葉が聞こえてたらしく、赤毛がぼそりと応えた。

「行くぞ」

先に前を歩き、ロリも隣を歩いて行く。その後ろから俺とトレスという子供もついて行く形に中を歩くが、やっぱりこの子供には気になる事がある。



「……………」


「らんらんら~。ん? なぁに?」

こちらが見ているのに気づいたので思い切って聞いてみる。



「あのさ、お前、本当に俺を知ってるんだよな」

「あ。信じてないでしょ~。俺はコールドスリープに入ってる君をハンナっちから聞いたから、ここに来たの」

「は?」

また分からない言語が出てきた。

コールドスリープ?


理解してないのを察し、付け加えるように人差し指を宙に回しながら得意げに説明する。

「コールドスリープっていうのはね? 睡眠をして時々覚醒する《冬眠タイプ》と、長期に渡って覚醒する《冷凍タイプ》があるんだけどー…」

「いや、まてまて、いきなり動物の話しされても困る」


「動物? あ、そのコールドスリープじゃなくってね? 君ってチップの事知ってる?」

「…なんだそれ」

「ありゃりゃ。ハンナっち言ってないのか。あ、でも言ったとしても奥にしまわれるから意味ないか。メンゴめんご」


軽い調子で手を顔の前にだして謝る。


「まぁ記憶を埋める事に繋がるから、こっちでそのまま言っちゃお。君の脳内に、“チップ”が埋め込まれてんの」


「……………」



信じないような目を向けて見てると、焦って両手をふるふると振り必死に伝えようとする。


「ほんとだって! そ、そんな顔しないで!? クラミルⅣとシリアングルがあるんだけど、肝心のシリアングルがⅠ、Ⅱ、Ⅲのどれか分かんないから、今解析も進めてんだけど、ブロックがなかなか堅くてさ、今の技術じゃお手上げ状態なんだよ。時間もないし、仕方ないから君にコンタクト取ってるわけ」

疲れたように息をはく。


「………悪い、お前が言ってる事が…よく…」


「だよね。うん知ってる。でも…」

ふっと無邪気な表情から一変し、視線を落として落ち着いた雰囲気を出す。

 
「必ず知る事になるから。少なくとも、この夢で今まで忘れていた記憶も、思い出すと思うよ…」

「………………」


さっきまでの雰囲気とは違う。コイツ、やっぱりただの子供じゃない。ちゃんと理解してるし、つじつまだって通ってる。


「ま、今はペラペラ言ってもどうせ分かんないし、理解出来ないだろうねー。君に任せるよ」


ふらっと歩くようにまた先程のペースに戻る。

ころころと調子の変化が激しいな。


結局どれが本当で…、なにが冗談なのか。


まぁ、全部本気かもしんねーけど…。






ドンッ



歩いていると、直ぐ近くで何かがぶつかった音が響き、全員立ち止まり当たりを見渡す。



「な、なんだ今の音」

「魔物かもな」


赤毛が冷静に言うと、また音が響き渡る。どうやら移動しながら誰かが戦っているらしく、どんどん遠くなっていってる。


「行こう!」

「あぁ!」

全員音を頼りに走って向かい、前方を見ると、黒いコートを着た二人組の男が獣の魔物と戦っていた。


一人は水色の短髪、もう一人は青いサングラスをかけた少し長めの髪をした奴だった。

「くっ、沢山いてキリがない、もう少し広い場所へ行きましょう!」

「…………」

短髪の少年が数体いる魔物の攻撃から避ける際に、水のような物を手から発射させ、ドンッと木を倒して一体を押し消す。

そのまま直ぐに移動し、物凄い速さで魔物と共に四人の前から姿を消した。




「な、なんだったんだ今の…」


「さっきの凄い音、これだったんだね」

ロリがしゃがんで倒れた木を眺める。

近寄って見ると、所々に穴が数カ所あいており、水の威力によってそのまま倒れたようだ。

「へ~。技で直接倒すんじゃなくて、こうゆう戦い方もあるんだ~。あったまいぃ~」


「関心してる場合かよ」

呑気なトレスに冷めた口調で返すと、周囲から殺気を感じ取る。



「……ヤバいな…」

「いつの間に囲まれたんだろう」

赤毛とロリが構えを取る。


俺もとっさに双剣に手をかけて前を見ると、木と木の間や茂みの中から沢山の魔物が現れ、威嚇しだす。



「成る程、キリがないってのはこうゆう事か」

「冷静に言ってる場合か! おい逃げるぞ! こんだけ囲まれて一辺に襲われちゃたまんねーよ」


「キャハハハハ! 鬼ごっこだ~!」


先程の二人組が向かった場所を向き、前方に突っ込んで走りつつ、立ちはだかる魔物を双剣で切って道を作り囲みから全員抜け出す。



満面の笑みを浮かべながら走るトレスをよそに、背後からは多くの魔物が追いかけて来る。



「おい、あれって湖じゃねーか!?」


前方に広大な湖が見え、広い場所へ出て立ち止まり構える。


ずっと逃げて体力を削るよりかは、ここで一気に片付けた方がいい。


周囲を見渡すが、何故か二人組の男は見当たらなかった。

「ねぇ、ここは俺だけに任せてくれない?」

なんの武器も持っていないトレスが、突然俺らに顔を向けず話し、前に出て距離をおき振り返る。


「お前が…?」

「そ。俺が。だってわざわざ手伝いに来たんだから、何か役にたつ事したいもんね」

「けどお前、武器なんか何も持って…」


「だぁ~かぁ~らぁ~。ちゃんとあるんだよこれが」

両手を横に広げると、紫色の光りが現れ、形が具現化し、周りに浮く鎖鎌が形成された。



「「……………!!」」


全員が驚いてそれを見ていると、パシッと鎖鎌を持って構え、にぱっと笑いかける。


「お、お前…、どうやって…」


「零力(レイチョウ)にして持ってたんだよ」



単調に話すが、いつの間にか背後から走って来て、直ぐ近くまで寄っていた魔物がトレスに飛びかかってきていた。



「あぶなっー」


「…………ーーー」


ザシュッ!



背後にいた魔物を鎌を振って消し、残り追いかけてきた魔物へ鎖を振り回しながら突っ込み、素早い動きと動作で鎖鎌を操り瞬時にして魔物を切り裂いて消していく。


「ほら!」


最後の一体を縦に鎌を振り下ろし、消滅したのを確認すると、鎖鎌を紫色の光りで包み込み、また手ぶらで何もない状態に戻した。



「強いでしょ?」

振り向いてにこっと笑顔を浮かべる。




「……な……なんだ今の…」


本当に一瞬だった。

あんなにも沢山いた魔物を一撃で全て正確に切って消し、しかも充分な程に使いこなしていた。


戦い慣れしてる。


さっきまでのおちゃらけた少年とは別人と思う程に。

「ささ、あのカードを取っちゃお」

ぱたぱたと大股で湖の近くまで行き、浮き上がっているカードへ向かう。

五番目の記憶だ。



「良かったね。間に合って」

振り返って笑いかける少年。

その笑みは、ただの子供にしかやはり見えない。



「ど…、どうも…」

改まってしまいつつ、カードを真っ直ぐ見る。目線と同じ位置に浮き上がる記憶。


この記憶に、先程見た黒いコートと青い炎の意味がわかるかもしれない。


「…よし」

フッと触れ、光輝き、一瞬の静寂と激しい耳なりが起こった。

ーーー………………







「君もよっろしくねー。キル兄(にい)♪」

額にピースして右目を瞑り、ウインクしてキルの名前を呼ぶ。




「………キル…兄……」




「よーっし!先生!キル兄!」

ネリルが間に入り、二人の腕を掴む。


「外の世界へレッツゴー♪」

手をひいて歩き出す。

「レッツゴー♪」


シュールもネリルに乗り、手を自然と離して歩く。



「…………ハァ……」










 

「…………ここ…」


「【シェアルロードの泉】という場所のようですね」



























「…………ふぁあ~。ここが泉?」


広く聡明にすんだ泉が広がっており、まわりの木々や青空が反射して鏡のように水の表面に映し出

されてる。






















「うっわ!?なんだこれ!?」

ついた途端、すぐに声を出すキル。

「木が倒れ落ちてますね…」

三人の目の前に大きな木が横に倒れてる。

「………先ほどの音はこの木が倒れ落ちた音だったのでしょうね」

木に近づき、しゃがんで調べるシュール。





「…………なんだこの丸い粒みたいなのは?」

倒れた木と切り株になって切られた部分を見ると、僅かに丸い小さな粒で穴があいてる形が所々にある。

「……に?……ホントだ」

ネリルも見て疑問に思う。

「って、うおわぁぁ!?な、なんだこれ!魔物か!?」

「わわっ、ごめんなさい。人がいるなんて気づきませんでした」

「は?」


木の上から声が聞こえ、三人とも上を見上げると、短く水色の髪をした男が黒いコートを着て枝に座ってキル達を見ている。

「あ!王子!」

「王子?」
 
シュールがネリルを見る。


















「猫は解決したっつーわけで、俺はお前らに聞きたい事が……ー」

キルが一歩足を前に踏み入れた途端、フィリも何か感知したようにハッとしてキルを見る。




「“キル”さん!」

「え、………ー!」

キルも危険を察知し、何かが物凄いスピードで向かってきた。

「……………ーー!」


ガッ



黒い氷の鋭く尖った先端が、キルの顔の目の前でピタリと止まった。


「……お…、…お前…」


「……………来る…」

「は?」

男がそう言った途端、持っていた氷がシュウ…、と音をたてて粉のように消え、もうすでに行動にうつっていた。

「う、わっーーー!?」

「キル!」

「キル兄!」





ザザァッ…ザッー


















「……なんだったんだ…?」

キルが腕組みをして首を傾げる。


「に?」

ネリルが膜を見ると、上から下に向かって消えていき、術が解ける。

「……あのお二人が向かったのはコルティックの方向でしたね…。このまま街に帰れそうにありませんから…、シダンという街に向かった方がよろしいのではないでしょうか?」

シュールが眼鏡の縁に指をかけ、ニコニコして二人に言う。


「……この状況でよく笑っていられるな…。お前」

キルがシュールをゆっくり見る。

「では、早くここを出るとしましょう」

猫をチラッと見ると、座っていた状態から立ち上がり、出口に向かってゆっくり歩き出す。

「…………この猫…、状況分かってんのか…?」

キルが片眉を上にあげる。

「さぁ?どうでしょうね」

「猫ちゃんかぁいー♪」
ネリルが猫を追いかけるように歩き出す。

「まいいか。行こうぜ」

「………………えぇ……」












ザアァァー…ーーー

目を開け、シェアルの湖が目の前に映る。

「ぁー…、そっか。なる程…」


あの不自然な木の穴。
あれってあの二人が関係していたのか。



でも、肝心の黒いコートの奴が分からない。

しかも二人、確か昨日の今日、四番目の記憶で思い出した二人組だったか…。



「ぁ~、くそ。耳なりがキツい。なんとかなんねーかな」

「いや、無理だろ」

赤毛が周囲を見渡し、



「五番目か…。次でやっと半分を取り戻す事が出来るな。なげーなげー」

「お前らが一番面倒くさい事にしたんだろうが。俺だってなぁ」

最後まで聞かずに先へ向かう。


「あはははー。あの赤毛のお兄ちゃん、シカトうまいねー」

呑気に笑うトレスという少年。

んなの今に始まった事じゃねーよ。



「ねぇキル」

ロリが俺に話しかけてきた。



「ん?」


「あの…、やっぱり…何でもないかも」

「は?」


なにか気にしている様子なのに、区切りの悪い止めかたをする。


「ほんと、何でもないから、気にしないでっ」

にこっと笑いかけ、赤毛の後を追う。




「俺たちも向かおっか」

「ん、あ、あぁ」



二人の後ろ姿を眺め、後を追う。


なにか…、違和感を抱いてしまう。

ー……ー…ー………














「あーぁ。こんなのってないぜちくしょ~」


シャンクの声が、ある洋館に渦巻く曇り空に響き渡る。


「まんまとやられたな。あの野郎、一人で抱え込みやがって」

高い瓦礫の上で腕を組み、遠くの洋館をただ眺めているハンナ。

二人共白いコートでフードをしているが、やはり声で判別がきく。


「こんなってないよなー。なーんでこうなっちゃったんだろーねー」

枝をぶんぶんと振り、退屈なのか、ぶっきらぼうな様子を見せる彼。


「おら、ぐちぐち言っても仕方ねーぞ。今アイツらが向かってんだ。時間の理が今正しければ、間に合ってるだろ」


「はいよ。じゃ俺らはアイツの安否を確認しますかー!」

ポイッと枝を捨て、二人共とある森へと向かって行った。























「あれ?」


森を抜けた先少し手前の方に、先に向かった赤毛とロリの姿が見える。

その目先にはカードが浮いている。



「もう次の記憶の出現場所なのか。早いな」

近寄りつつ隣まで来ると、カードを見つめたまま応えかける。


「おかしい…」

「………?」

無表情の顔だが、ジッとカードを見つめている。



「この記憶…、黒ずみがある…。ってか、何か変な属性があるな…」

「属性?」


「何だろう。私もよく分からない。…ねぇ黒……」

「……けど、仕方ねーだろ」

キルに向き直り、カードにくいっと顎を向ける。



「出現時間も限られてる。取れ」


「いや、今の会話聞いてる限り」

「いいから取れ」


ほぼ強制的に押し付けるかのように、命令を下す赤毛。

「わかったって。はぁ」



言われた通りにカードに触れる。

ー…………ーー




猫がいきなりピクリと立ち上がる。

「に?猫ちゃん?」

ネリルも立ち上がる。

「…………………」
  
自然に、ゆっくり空を見上げる。

「…………?」

「……に?」

「………………」

キル、ネリル、シュールが猫につられて空を見上げると、どこか遠くの場所の青い空に一カ所だけ渦巻き状の黒い雲が集まり、その真下に今まで見たことがないくらいの紫と緑、黄色が混じった大きな落雷が落ちた。





‘ドシャァアァアアンッッー’!!!!





「にっ!?」

ネリルが耳を塞ぎ、目を閉じながらしゃがむ。

「な、…なんだよあれ……?」

キルが唖然とする。

「……………雷……」

まだ空が落雷によって光り輝いているのをシュールが見ながら呟く。

「な…、なになに!?今の一体全体何だったの!?」

ネリルがまだ耳を塞いだまま立ち上がり、渦巻き雲を見る。


「……“自然現象”、には見えませんね…。奉魔術か、それとも本当にただの落雷でしょうか……」



「……あんな落雷初めて見たぜ?」

と、猫が突然毛を逆立て、三人の真後ろから後ろを向いてシャーッと鳴きながら警戒しだした。



『…………?』


三人共後ろを振り向くと、今度は白いコートでフードを深くかぶり、顔を隠してる人物が一人こちらを見てる。













「…………………」

黙っているだけで、黒いコートと少しデザインが違い、その人物はキル、シュール、ネリルと左から順番に顔を動かし最後に警戒してる猫を見下ろす。

「おま…、誰だよ?」


「んー……。コイツ等…ねぇー…」


フードで隠してる頭をかいて喋る。少し声が高めだが、男性特有の低さもあり、男なのだろう。


「は?」

「アナタはどこのどちら様ですか?まさかまた私達を襲う敵ですか」

表情はにこやかだが黒い笑みで話しかけるシュールに、両手を前にだして首を横に振る。

「そんな敵だなんて滅相もない。俺はただある任務でこっちに来てるだけなんだって。これマジ本当だから」


「に?じゃじゃ、お仲間さん?」



「おぉ!?アンタネリルちゃんじゃん!久しぶり~。大きくなったな~。って、顔見えないから分からないよなそりゃ」

「に!?アタシのお知り合いさん!?」

驚くネリル。

「知り合い知り合い♪なんなら顔見せようか?」

「冗談だろ?」

キルが笑いながら言うと、男が腰に手をあてて胸をはる。

「冗談じゃないってマジでー。待っとけよ?」

本当に取ろうと両手でフードを掴んだ瞬間、後ろからいきなり頭をスパンと綺麗な音をたてて誰かが男を叩いた。

「………ぁ…」

キルが思わず声をもらす。

「いったぁ~」

頭を両手でおおい後ろを向く男。

「アホ。易々と素顔見せるバカがいるか。貴様それでも俺の一員か?んん?」

もう一人の同じく白いコートを着た人物が横に並んで男に話しをする。「アナタ五月蝿いですね♪」

「お?誉めてんの?いやー、ありがとー」

「誉めてませんよ~」

「……本当に愛想いいな貴様ら。本当に初対面か?」

女が横から声を出す。

「初対面ってコイツ等にとっちゃぁ初対面でしょー?特にこのツンツン」


男が女を見ながらキルを指差す。

「失礼だな!!ってそれどうゆう意味だよ?」

「を、やべ。これ禁則だったわ。気にすんなツンツン君」
「っだから、ツンツンじゃねーってコラァッ!!」

「なんだよー。“あっちでも”ツンツンって呼んだのにー。俺的には愛称がツンツンで名前より言いやすいんだけど。き……ー」

言いかけると、女がまたスパンと手をパーに開いて後頭部を叩く。

「き…?」

キルが眉をひそめる。

「アホ。バカ。ボケ。貴様喋りすぎるんだよゴラァ」

「いっだいだい。アホとバカとボケのスリーコンボは流石にキツいッスわー…。せめてアホにしてちょー?」

「今の発言気にしないでくれ。じゃぁ、俺達はこれで」

女が左手を前にだして地面にかざすと、紫色の光をおびた陣が現れ、青いスケートボードが地面から這い出すように出てきた。

「じゃあなー」

ぶら下がったまま三人に言い残し、白いコートを着た二人は上空を高速で飛び、まだ黒く渦巻く雲がある場所まで移動し姿を消した。



「…………何だったんだ…?」

キルが軽く汗をかいて見送る。

「バイバーイ」

無邪気に手を振ってるネリル。







ーー………

さっきと同じように、耳なりが起こるものの、少し慣れたのか、気にならない程度になり通常に戻る。


ふぅ、と息を吐き、二人を見る。

5/8ページ
スキ