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ーもう一つの夢現ー


ハッとして前を見ると、彼女が顔を横にして、目をこちらに向けている。

何も感じないような紅色の瞳が月の光りで見えたが、顔をそらし何処か一定の場所へ向ける。よく見ると、彼女の目線の先は木がなく、海が見える崖になっていた。


「…………………」

耳鳴りはもう治まっていて、ザッザ、と彼女の方へ足を運ぶ。

ここに居ても何も進展しないだろうし、まだ会話をした事のないアイツに話しを聞いてみた方がいいだろ。


にしても、いつ目を覚ましたんだ?ここも夢の中なのか…。だとすれば、シュールやネリルもいるはずだろうし、海が見えるんならシェアルとも考えられない。


ここは、何処だっていうんだよ。


「なあ、アンタ誰なんだ?」




いきなり失礼な事を聞いてるって自覚してる。

けど、実際俺は名前も知らないんだから、この場所事態もなんでここに俺らが居るのかも分からないんだ。直球で聞いた方がいいだろう。


「………………………」



何も言わず、ずっと海の水平線を眺めているだけで応えない。


無視かよっ!



「ここが何処だか分かるか?」



「……………………」



「……お前、俺の話し聞こえるか?」


「…………………………」


何を聞いても応えず、横に立って聞いても全くの無表情で何も言わない。やっぱり聞こえていないのか?

けど、確信がついた。

やっぱりこいつは俺と未来へ飛ばされた奴だ。けど、別の変化にも気づき、髪に視線を移す。俺が持っていた蝶の髪飾りを、なぜか片方の髪を上げてしばっている。そっとポケットに手を入れてみると、それと同じ髪飾りがちゃんと中に入っている。


ってーと、やっぱりここは夢なのか?



「さっきからどこ見て………ー」


もう一度問いかけようとして、彼女の顔を見て途中で言葉を失った。






「………………………」








泣いてる…。


音もなく光に反射し、目を少し伏せて……。

  



「お…、おい……」


何か悪いことを言ったのかと思い慌てると、ぎゅっと目を閉じて俯き、自分の両手で軽く自らの首にあてる。


「…………声?」


口を開き、微かに声をもらすが言葉ではなく、ただの“声”を発する。





「もしかして…、“喋れない”……のか…?」



そう言うと、ぽろぽろと涙を流し続ける。声が出ないのではなく、喋れない。

ようやく喋らない意味を理解した。

つまり…、



「言葉が分からない…のか…」

やっと分かった。なんで話さないのか。


け、けど…、こうゆう場合どうすればいいんだ!?

言葉が通じないのに慰めても分からないし、余計泣かせたら…


って、あ~も~!!
わかんねぇよっ!


名前も分からない相手に、どう言えばいいかも……。



…あ。そういえば……、あの髪飾りにかかれてたのってもしかして…。



目の前で泣いてる彼女に、一か八かで言ってみる。




















「………『リリー』…」







その言葉を聞いた途端、ピクリと肩を上げ、静かに涙を目にためたまま見上げる。




「……名前…、そう言うんだろ?」



ポケットから同じ髪飾りを取り出し、差し出すように見せた。



「………………」



「名前……、名前だよな…。………“リリー”……」




もう一度呼ぶと、正しかったらしく、二度頷く。

……よかった…。


名前は分かるんだな……。












「………キ……ル…」





「え?」



か細い声が聞こえ、目の前に立って向かい合っている彼女に目を向けると、そっと両手で髪飾りを持ってる俺の手を覆うようにかぶせる。








「………キ…ル……」



優しく名前を呼ぶ声に、言葉が出ない。


名前を知ってる…。


俺の事を彼女は……、

……リリーは知ってるんだ…。



それにこの声…、聞き覚えがある。今気づいたけど、包帯が巻かれていた服の袖も、何故か破けていなかった。


透き通るような壮麗な声、冷たい風でなびく艶やかな長いピンクの髪。
小柄な体格で大人しそうに見えるけど、俺の目を真っ直ぐと意志のこもった瞳で見つめる。



まるで、





全てを見透かしているように………ー

月明かりで照らされ僅かに影のかかった綺麗な顔だちに、誰もが思わず見とれてしまうような彼女。


片方の目に溜めていた涙がツー…、と静かに頬を伝い、ふんわりと笑いかける。






「………………ー」






あー……そうだ……。


たとえ慰めの言葉をかけなくても、こいつはちゃんと感じているんだ。




だから、“初めて会ったとは思えない”んだ……。




「………………ーー」



フワリと潮風が頬を撫で、目を閉じる。





ザァ………





…ザザ…ァー………ー








彼女の暖かい体温を感じ取りながら、優しく耳に届く波の音が、とても心地いい…。



まるで、子守歌のように聞こえる。







優しい…





優しいな………








何もかもが優しい……。

















だから俺は、










あのとき…………ー






















……………ーーー

キル…………









キル。










フッと目を開けると、直ぐ目の前にロリの顔が覗き込んでいた。


「………………」


あ…、なんか………

デジャブ…。







「もう起きる時間だよ?記憶のカードの出現時間が近いから、顔洗って朝ご飯食べて……ー」



………なんだろう…


ボーっとする…。


一瞬だけ前の記憶を思い出してたような感じがするけど…、また忘れた。

さっきのは夢だったのか?
それにしてはやけにリアルな夢だったような……。



「あ、そうそう、シュールさんならまだ寝てるみたいだから、起きる前にここ出なきゃ。黒…あ、赤…毛? 赤毛はもう外にいるから、朝ご飯も外で済ませよう」










コイツらは…、やっぱり夢の奴らに変わりないか…。





それにしても……









「………近い」


「え」


「顔が近い……」

鼻も近いし目も近いし、………口も近い…。近すぎる。ボーっとしてたから良かったけど、いきなりこの近さだと驚いて体起こしてた可能性があったかも。



「わっご、ごめん!」

慌てて顔を後ろにそらし、二、三歩下がる。


「………………今、何時だ…」


眠け眼(ねむけまなこ)のままそっと起き上がり、ソファーに座ったまま髪をかく。

相変わらず寝癖がひでー…。



「えっと、今は五時半…かな」


部屋にあった時計を見上げながら応える。

五時半…。結構早いな…。シュールが起きる時間より三十分早い。

窓から外を眺めてみると、淡い水色で夜の暗さではない。


………ハァ…。

どうせなら、昨日の出来事が全部夢であって欲しかった…。



「………んじゃ、顔洗いに行くから、先に外で待っててな」


立ち上がって伝えると、うん、と笑顔で返事をして玄関へ向かい外に出た。


あんまり待たせたら迷惑だろうから、俺も直ぐに洗面所に移動する。









額に巻いてるバンダナをはずしながら。

「なぁ白…。アイツ、記憶を戻す事に耐えられると思うか…」


家の前のコンクリート塀に腕を組み、背をもたれながら問いかける赤毛に、え、と声を出す。


「はじめは俺らも記憶がなかった。意志を持った後から、ようやく存在する前がなんだったのか知った。けど、その記憶だってごく一部で、今だってまだ俺らもアイツ自身も知らない記憶があるから、“今の俺らが保っていられる”ような気がするんだ……」








「…………………」







赤毛の発言に過去を思い出したのか、グッと口を結び、苦しそうな表情で目を伏せる。



「アイツが一つ目のカードを手に取り、記憶を取り戻した時の感覚と同じように…」

ここで一旦言葉を切り、また繋げる。




「……覚えているだろ…?」



「…………………」


直ぐには応えず、小さく頷く。



「でも、キルは“まだ”記憶を否定も拒否も、拒んだりしてない。……もしかしたらキルなら全部…」


「その可能性に頼って、もしもじゃなくなったらお前、どうするんだ…?」


言われなくても分かってたと言うように、ロリの言葉を遮る。


「そうなったら………」



一度顔を上げて赤毛の顔を見るが、無表情な彼の顔を見てまた目を伏せる。





「…………そうなったら……、説得してみる…」

「どうやって?」


「どうにかして、言葉で伝えてみる……」


「それでも駄目なら?」


「それでもなら……」





顔を上げ、赤毛の目を眺めるように見つめる。












誰かを、


直ぐ目の前に影を映して投影しているように。









「…………………」



口に出そう開きかけるが、考え直したのか、それとも口に出せないのか、また口を閉じて静かにこう言った。














「……その時は…、キルの意志に……任せてみる…」






「…………………」







どう応えていいのか分からない。それはお互い同じだった。

ここにキルの意志が辿り着き、何とか記憶の説明をして今の状態まできてるが、




結局、


キルが何故こうやって夢の中に取り込まれているのか、はっきり分からないままなのかもしれない。


二人が今考えている小さな可能性に、キルがとらわれなければ、





もしも、


もしもだが、



記憶を全て取り戻しても、意志が“あそこ”にちゃんと戻る保証もない。



だから名前を持ってない二人にとって、記憶を探すキルを見ても、自分達はただそれを見てるだけで、それ以外にどうする事も出来ない。確証を持って戻れると断言出来ない。




「……………」


彼女を何も感じていないような瞳で眺め、それから少し経って口を開いた。





「…俺は……、アイツの意志に任せる……」


最初から決断していたように、迷いなく言葉に出す。




「アイツが自身の記憶を《拒否》しても、《否定》しても、ここを“選ぶ”としても、アイツの決断に任せる…」



「…………うん…」


ちゃんとした言葉で返さず、ただただ、頷いた。

頷くだけ。



頷くしかなかった。







頷く事しか出来なかったから。

「ごめん、待ったか?」

バンダナを額に巻きながら出てきて、待機していた二人の前まで走ってきた。



「おっせーんだよ花火」

「………………」


腕を組んで待っていた赤毛が待ち疲れたと言わんばかりの顔を向ける。


この野郎……~。





「黒はでしょう? ううん。全然待ってないよ花び…っ」


え、今花火って言いかけたよな?

ばっちりと最後の文字まで言ったよな?



「っじゃなかった! キル!」

「いや、もういいよ」


そんな必死に言い直さなくても分かってたから。


「さてと、今日1日で記憶を取り戻すんだが、一つお前に注意しておく」

そう言うと、パチンと指を鳴らした途端、昨日シュールの自宅で手に入れた四という数字がかかれたダイヤのトランプが現れた。


「それ、俺が昨日取り戻した…」

「そ。四番目の記憶だな。けど、これは何も入ってないタダのレプリカ(模造品)で、記憶は入っていない」

「ふーん?」


「中にデータは入ってはいないが…、キル、このカードに触れてみ」

「ん…? こうか?」

スッと手を前に出してカードに触れると、途端にグラリと頭が重く揺れるような感覚が起こり、とっさに手を離し頭を抑える。


「…………っ!?」


この感じ……、記憶が入り込む直前の感覚と同じだ…っ




「今の感覚、覚えているだろ?これから取り戻していく十三枚のカードの内お前が取り戻した記憶一枚を引いて十二枚…、取り戻すたんびに今の感覚を感じてしまう」


「……全部…かよ…!?」

「あぁ。殆どの記憶が散らばったんだ。一部とはいえ、コンピューターとは違う。一気に記憶を脳に戻すんだから支障はある」


感覚が和らいだ頭をまだ手で抑えながら赤毛に聞くと、小さく頷く。
 
「続けていく内に段々気分が悪くなるだろうから、そん時は言ってくれ。休息を取るから」


「あ、あぁ…。分かった」


カードが粉状になって消えるのを眺め、ふとロリの方を見ると、手を握ったり開いたりと奇妙な事をしているのに気づいた。


「なにしてんだ?」

「え? あ、ううん。何でもないよ」


ぱっと顔を上げては笑いかけ、また同じ動作を繰り返す。


なんでもないって感じに見えないんだけどなぁ…。



あれ?なんか別の事忘れてるような気がする。

なんだっけか?







「んじゃ、そろそろ行くとすっか。行くぞお前ら」


「うん」

「おう」



うーん、なんか納得できねーけど、多分平気だろ。


話が終わったところで、ようやく記憶を取り戻す為に、白いロリ服を着たロリと赤い髪がウザったらしい赤毛、この二人と共に俺は出発した。

「………おや?」


自室から出て来たシュールがリビングを見渡す。

「キルは出掛けたみたいですね…」


珍しく思いつつ、視線をソファーの方に落とすと、紙袋が置いてあるのが目についた。



「…………? 何でしょう? 昨日は無かった筈ですが…」


紙袋の中身を確認し、白い服を取り出して広げると、コートになっている。


試しにもう一着入っていた黒の方も広げると、白と同じコートになっていた。



「……………? 誰のコートでしょう…」



不思議な表情を浮かべ、首を傾げる。

「…しっかし、この街はみんな賑やかなもんだな…。朝だっつーのに外も店ん中も人で溢れてる」

赤毛が隣を横切る人達の姿を確認しながら呟く。
今俺達三人はコルティックの街中を歩いていて、赤毛が先頭、ロリ、俺の順で道を歩いてる。

「ねぇキル。この街って広いの? 移動手段がみんな歩きだけど…」

きょろきょろと周りの人達を見渡しながら疑問に思い、ロリが質問してきた。


「いや? あんま大きくないな。街の人口が多くて広い感覚を持つけど、家や店が密集してるだけだから歩いてんだよ。こんな狭い場所、乗り物なんかで移動出来ねーし、使っても直ぐ数分で一周出来るだろ」


「へえー。私広いと思ってた」

「ミスティルの広さは半端じゃないぜ? あの街と比べたら、この街なんかピザの一切れ位しかねーんじゃねーかなぁ」


「ピザって…」

赤毛が前を進み誘導しながら呟く。


「じゃあ、車とかは走ってないんだね」

「まぁな。この街じゃ見たことない。つっても、あんまこの街から出てないから、他の街の面積とか知らないけどな」


あそうそう、と思い出し、

「街の公園に細い道があって、進んで行くと古い洋館が建てられた場所があるんだけど、お前に会った時その洋館の前だったよな?」

「うん。そうだけど…」

「お前らはあの洋館の事、知ってんのか?」


すると、さっきまで足を進め黙って歩いていた赤毛がピタリと立ち止まり、俺達も止まって振り向いた。


「知ってる…ねぇ。別に全部を知ってるわけじゃねーけど、お前がここで意識がはっきりなったのも、俺らも意識を借りられるのもあの洋館が関連してる気がするんだよなぁ」


「ってーと?」


「俺とこいつ、実体になったのがあの中だからだよ」

「はっ!?」

なんだそれ!?


「最初にコイツが言ってたよな。身近な存在で常にお前と近い距離にいる。本来、この場所に居なく、姿がない…。俺らは元々人であったが、何がキッカケだったのか、ある“属性”に変化し、肉体を維持する事も、意志を疎通する事も不可能になった」

「その属性が俺の中…、お前らがいる…」


「《ある》って言った方が正しいかもな。まぁ相手やお前に意志を伝える事が出来なくとも、俺らは考える事が出来る」


はぁー、と曖昧な返事を返し、

「すっげーややこしい存在だな。お前らって」


ぷらぷらと歩きつつ、理解してるかしてないかのラインでどこか遠くを見る。

「ややこしいな。ほんとややこしいよな。俺らってハッキリしねーもんな。ふん」

「何すねてんだよ。あ、そういえば聞くの忘れてた。俺ら今どこに向かってんだ?」

「道」

一つのキーワードだけ言ってスタスタ歩く赤毛。

「は?」

「え、えーっとね?黒の言ってる事はあながち間違ってはいないんだけど、道にもある記憶がかけてる部分があるんだ」

ロリが詳しく教えてくれた。
赤毛、必要最低限の事だけ言っても理解できるように言わねーとわかんねえよ?


「でも、キルは一部をわかってるから今から戻す記憶の反動は弱いかも」

「え、知ってんのか?」

「覚えてないか? 昨日眼鏡の野郎と店に行く途中に見たのを」

赤毛が質問してきたと思えば、人混みの中、カードが直ぐ目の前に浮かんでいた。

最初に見た四番のカードが出現した時と同じように白く光っている。

「ほら、触ってみ。直ぐ分かるだろうよ」

キラキラと光るカードに近づく。よく見ると、2の数字がかかれてる。

触れと言われても、やっぱりあの時感じた吐き気と頭痛が起こるんじゃないかと疑ってしまい、正直戸惑う。

「…まじで触っても大丈夫だよな?」

試しにロリに確認を取ってみると、にこっと笑みを見せるだけ。

「…………」


…大丈夫なのか?


恐る恐るカードに手を伸ばし、触れると、ザッと砂嵐が紛れたように、一瞬にして記憶の映像が流れこんだ。

「…………ー!」









ザザ…ッ……ザー…ーー





























「おや。またここで寝ているんですか」



「……なんか…、夢見てた気がする…」


「おや。どんな夢ですか?」


「覚えてねーよ。起きた途端忘れちまったし」

「そうですか」












「さて、キル。起きたところで早速ですが、私に付き合って下さい♪」




「はぁ? なんだよいきなり?」


「私が現在研究している材料を買いに行くんですよ」


「何の研究してんだぁ?」


「しいて言えば、企業秘密という奴です♪」












ザザ…ッザ










「んで?どこに行くって?」


「すぐ近くの薬品店です。材料といえばやはりそこしかないでしょう?」


「んじゃぁ…そこ。行くか」








ザザ…ザザザザッ










「…………………?
……なんでこんなクソ暑い時期にコートなんか着てるんだ?」

「さぁ?何故でしょうね」


「うおっ!聞こえてたのかよ!?」


「怪しいですよねー」

何がおかしいのか、ずっとニコニコして会話をするシュール。



「…………お前も十分怪しいぞ……」


「おやぁ。言われちゃいましたねー」























ザァァーーー………




















「っ…は」


額に手をやって、何とか意識を取り戻す。

……………。

確かに、最初みたいな吐き気や頭痛はしなかったけど、…この光景って……こいつらに会う前にも似たような事が昨日もあった。


なら昨日見た記憶って…

「…俺の記憶は……、二つあるのか…」

小さく口にしたが、聞こえてたらしく赤毛が説明する。


「いや、二つじゃない。この世界自体、お前の意識ん中なんだから、多少の記憶がこっちに紛れ込んでただけだ。つっても、意味分かんねーだろうけどな」


意識…。

何だろう。二つの記憶が合わさって妙な気分だ。

「そうそ。現実世界でお前が行ったことない場所や見たことない所は、この世界には存在しないからな」


「は? じゃあその無い場所に行ったらどうなるんだよ」


「……この世界のバランスが狂うかもな」

バランス…。



「えっと、つまりね? 記憶でこの世界はあるから、見たことない記憶だと当然、ここには存在していないから、そこに辿り着くとすればきっとキルの創造された世界を見る事になると思う」


「それってーと、俺がこの先の道や場所をはっきりとは知らないけど、大体こんな場所か…って思ってる風景がそのまま見えるんだな?」


「そうゆう事になるな」

こくんと軽く頷く。

それから悟るように横を向き、空を見上げる。


「……この夢はな…、今のお前の記憶の方が強い…。……記憶にもいろんな記憶があり、全部一括にされてないからな。だから想像だって、想像した記憶として別の場所にある筈だし、お前が覚えていないと思ってる記憶だってどこかにあるだろうよ…」


「……それ…は……」


「ガキん頃の記憶。お前には一切思い出せないんだろ? その記憶だって、消えるわけじゃねぇんだ。人間の脳ってのは思ったよりも力を持ってる。雲の形、空の微妙な変化がある色、複雑な模様…、それらは一度でも一瞬見ただけでも、人はちゃんと正確に記憶されてんだ。瞬間記憶能力を持ってる奴は、その記憶の引き出し方が分かってるから正確に記憶を思い出せる。ただ、記憶がどうしても思い出せないのは深い場所に保管された記憶をうまく出せないからだろうな」


「………………」



「お前も普通の人間でも、その気になりゃぁ“忘れていただけの覚えている記憶”を瞬時に思い出せるかもな…」




「………だろうな」




コイツは言う。
俺よりも人間らしい考え方で。



記憶…か……。



案外、こいつらの方が俺よりも人間らしいかもしれない。











俺は………
……どうなんだろうな…









よしっと顔をキルに向け、人差し指を立てる。

「次のカードが出現するまでもうちょい時間あるから、どっかそこら辺ぶらついとくか」


そう言って、背伸びをしながら俺の横を通り過ぎ歩いて行った。




「…………」


そういやこいつら、お互いの事を白とか黒で呼んでたっけ。



「行こ。キル」


「…………白」


「ん? あ」


白で呼ぶと、驚いた表情を見せる。



「何だよ。やっぱりロリで呼んだ方がいいのか?」


「あ、う、うぅん。えと…、呼び名分かってるんだなぁーって思って」


「そりゃ、お前が散々言ってたからな。言われなくても覚えるって」



「…ぁ…………」


途端、悲しい表情を見せる。


「…………?」


なんだ…?

「…なんか、今の言い方嫌だったか?」


「ぇ、うぅん! 嫌じゃないよ! ただ……」


「ただ?」


そこまで言って、ぐっと黙り込んでしまう。




「………いいややっぱ。無理して色々言わなくてもいい」



「え…、えっと…」


「それよりもお前ら、明日までしか実体出来ないんだったよな」



「う、うん…」



隣に立ち、街を見渡す。


「俺が知ってる店とか紹介してやるよ。今しか話せないんだし、どうせなら余った時間、使った方がいいだろ」


「……………」

パッとキルを見ると、フッと優しい笑みを浮かべ、頭を撫でる。



「な。行こうぜ。早く行かないと赤毛のやつも機嫌悪くなるし」



「…………うん」




頷くのを確認し、赤毛が歩いて行った方へ向かう。


そんなキルの背中を見て、きゅっと胸の服を握り小さく息を吐く。




「………ありがとう…」

「こっちが武器・防具屋。あっちが薬品店。んでそっちが飲食店で遠くに見えるのが…」


「よし。武器屋に行くぞ」

指を指しながら説明するキルの話しを最後まで聞かずに武器屋に入る赤毛。


「はえーなオイ。人の話しも聞けよ」



もう行動パターンに諦めた口調で呟くと、隣を横切りながらロリが一言囁く。



「しょうがないよ。黒だし」



「……………」



スタスタと歩いて中に入って行った。




まぁ…しょうがないよな。



赤毛だし…。

中に入ると、丁度武器屋の店主が店を出ようとしていたようで、入り口でばったり会い立ち止まった。



「おっと、すまない。もしかして武器を買いに来たかい?」



「あ、いえ。ちょっと見てみようかと…」


「あー、ふむ…」


なにやら両手にビラのような物を束にして持っていて、考え込んでいる。


すると、後ろに立っていた赤毛がツカツカと近寄って来た。


「なぁ、この店は猫が沢山いるけど、この街じゃ他の店でもこうなのか?」


店主のおじさんごしに俺に聞いてきた。



「いや、多分ここだけだと思うけど…」


「おや。君、猫が好きかい?」

「は?」

くるりと赤毛の方に振り返り、きらりと目を光らす。



「なら頼みがある。実は私が飼っていた白い猫が三日前から行方不明になっていて、帰って来ないんだ。遊びにしては遅すぎるし、見かけてる人が居ないか気になってビラを何十枚か作ったんだ」


「はぁ…」


「今から貼りに向かおうとしていたんだが、やはりカウンターを空ける訳にはいかないからね。すまないがこれを街の周囲に貼ってくれないかな」


早口で言い終わると、ドサッと赤毛に無理やりビラを持たせる。


「はぁ!? ちょっ」

「勿論報酬はあるよ。それじゃ、頼んだよー」


慌てる赤毛の背中を押し、外に出す店主。


そうして笑顔で中に戻って行った。




「お、おいっ」


「まぁまぁ。赤毛。いいじゃねーかビラ貼りくらい。金も貰えるみたいだしさ」


「んだよ黒ウニ。他人事みてーに」


「他人事だろ。お前に任せてたんだし」


「ぐっ…」



なんか、いい気味だな。
赤毛ってひょっとすると押しに弱い弱点がありそうだし。

「……お前も手伝えよ。俺だけじゃ、次の記憶に間に合わねーぞ…」


「はいはい。分かってるよ。どうせあの店主、聞く耳持たない様子だったし、俺も記憶を戻すの終わらしたいしな」


「災難だね。黒」


「…言っとくけど、お前も手伝えよ…。白」

「うん。勿論」




「……何で寄りによって俺なんだよ…、あのハゲ店主…」

ぶすっと吐き捨て、先に歩いていく。




「あ。待てよ赤毛。お前がビラ持ってたら俺ら貼りに行けないって」



「あ? …っと!」


よそ見をして前を見ると、誰かにぶつかりかけて立ち止まる。


「あ、すまん」

「失礼」


目の前の人を見てギョッとする赤毛。



ぶつかりかけた相手がシュールだったからだ。



「おや? どうしましたか。 どこかぶつかってしまいましたか?」


「ぇ…あ、いや…」

(そうか、昨日の記憶はコイツにはねーんだっけ…)



「…おや。それは…」


微妙な汗を流す赤毛の持っているビラに目を移すシュール。



「そのビラの写真、武器屋の店主が飼っていた猫ですよね」


「ん? あー…、よく分かってるな」



「まぁ、あの店には何度か来ているので」


「ふーん……」



「察すると、今からこれを貼りに行くのですか?」


「まぁ……」



曖昧に返事を返すと、ニコッと笑いかけて提案を持ち出す。



「なら、そのビラ、私が代わりに貼りますよ」


「ん。そうか。サンキュー」


迷いもなくビラを渡す赤毛。



「ちょっ、黒! そんないきなり人に押し付けるのはよくないよ!?」

慌てて後ろで見ていたロリが注意する。だが、シュールは気にもしない様子でまた笑いかけてきた。



「いえ、有り難う御座います。バイト料か何かがあるなら、そちらに譲りますよ。なにせ、このビラがあれば武器屋の方と交渉可能になりますからね」


「ん? 交渉? 何か手伝ったら交渉出来るルールみたいなのがあんのか」


赤毛が興味を示すと、えぇまぁ、と返事する。



「な、なんかご免なさい。シュールさん」


「おや。私の名前をご存知なんですね?」


「え、あ!」



ハッとして口を手で覆うロリ。

「い、いい、いえ、間違えました! 私の友達に似てる人がいて、その人の名前を言っちゃって!」


「そう…なんですか? 同名が身近に居るとは、気付きませんでした」


あわあわしながら嘘をつくロリに、やれやれと息を吐く赤毛。

それから両手に持っていたビラをシュールの手に渡す。



「はぁ…。兎に角ビラ貼りは任せるわ。感謝する。おい行くぞ」


「あ、うん。それじゃあっ」



深くお辞儀をして赤毛の後を追うロリ。


そんな二人を不思議そうに眺めるシュールは、ふむ、と声をもらすだけで反対方向へ歩いて行った。
















「お前、嘘が下手くそ過ぎなんだよ」


「う…。ごめん……」

「ところで、アイツはどこに行ったんだよ」


「アイツ?」


「花火だよ花火。ここの主だ」


「あ、あぁー、キルの事? さっきまで私と一緒に居た筈なんだけど…。あれ? どこに…」



きょろきょろと見渡し、ふと武器屋の屋根を見上げると、何かが看板の手すりに宙吊りにぶら下がっているのが見えた。



「………え…」


汗を流し、キルを見つけた。



「おいツンツン。どうしたんだそんな所で。蝙蝠になりたいのかー」

動じない赤毛が宙吊りになっているキルに声をかけると、変な苦笑を浮かべ頬をかく。



「あっぶねー…。なんか昨日の出来事があってシュールを見るとつい隠れちまう…。バレてねーよな」


「安心しろ。お前の頭がおかしいのが分かっただけだから」


「もっぺん言ってみろよ赤ウニ」


「頭おかしい」


「殺す」


ザッと着地して戻って来るキルに対し、ロリがワザと二人の間に入って笑顔を振りまく。



「ま、まぁまぁ。シュールさんのおかげで急がなくて済んだし、結果的に良かったんじゃないかな?」


「まぁな。さてと。そろそろ洋館に向かうとするか」


「え、店の人に会わなくてもいいのかよ」


「金とか俺らが持っても意味ねーし。そもそも押し付けられただけなんだから、それこそ理不尽だろあのハゲ」



「お前…、ほんと暴言がすげーよな……」


俺よりもすげーよ。

自分と比べるのもどうかと思うけど。




んで、俺ら三人は洋館へ向かった。

「なぁ、次のカードは何番目なんだ?」

「三番目だ。洋館よりももっと手前で、公園から続く道の方に出現する」


「あー。あの暗い道か」


公園の中に入り、赤毛の説明を聞いてる中、ロリがふと立ち止まり遊んでいる子供達を眺め始める。


「ん?」

キルも立ち止まり、つられて赤毛も止まり遊んでいる子供を眺める。


ブランコで揺れるのを楽しむ子、滑り台で何度も滑り降りる子、砂場で山を作ってトンネルを作る子。


キルもいつの間にかぼんやりと眺めていて、ぎゅっと胸の部分の服を握り締める。


「みんな笑顔だね…」

ふいにロリがぼそりとキルに話しかけてきて、ハッとして返事を返す。


「ぉ、ぉう…」


「子供って、可愛いよね。私も子供の時があれば、あぁやって遊んでたのかな」

寂しそうに聞いてくるロリの言葉に、赤毛が直ぐに返事を返して地面に目を落とす。

「………さぁな」

「…………」



俺は…、何も言えない。
コイツらの話しを聞けば尚更だ。

属性である二人は、元は人間だったとしても、今は全く“別の者”になってるんだ。いつから人ではなくなったのか、全て正しい記憶なのか分からない。



俺すら、ガキの頃の記憶が一切ないのだから…、どう応えたらいいのか分からないんだ。







「……行こうぜ。カードの出現時間も近いんだろ?」

「そうだな」

赤毛が頷き、子供達から離れ、洋館へと通じる暗い道へ出た。






「あ。もう出現してるな」

見ると、確かに公園と洋館を繋ぐ道の中央付近に、白いカードが黒い光りを帯びて回転している。


「…………?」


洋館の門の方に一瞬、何かが見えたがちゃんと見ると、何もない。


あれ?
見間違いか?




「もう三分切ってるから早く触れないと消えちまうぞ」

「もっと早く言え! そんなに人を急かして楽しいか!」


無表情の赤毛に怒ったところで何も得なんかない。


目の前に立ち、そっと3つのダイヤのマークが描かれたカードに手を伸ばす。



「………ーっ」








キイィィィーー………

ーー………ーー………
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