ーもう一つの夢現ー


ーーー…………………


……………ー











……………………。








………ー……る…









……きる……………。




なんだ……?

誰かが俺の名前を呼んでる……。



…また……こで…ねむってい…ので…か。



この声……、シュールか…。

まだ眠いんだ……。

もう少し眠らせてくれ………。





……駄目ですよ。





………なんでだよ…。



だってアナタ、“まだここで起きてない”じゃないですか。



…は…………?




ほら。起きて下さい。
じゃなきゃ、私達の場所で起きれませんよ。



ま、まて……、起きるったって……


お前の家なのにいつでも会えるだろ。

それに、私達って……





しょうがないですね。
では私はこれで…………ー




お、おい…!


シュール……っ!

















「……………ー!」


「おや」

ハッとして目を覚ました途端、シュールのにこやか顔が目の前に影をおびてあった。




「………なにやってんだよ…」


「起きちゃいましたかぁ~。残念」


キルから顔を離し、何故か手に持っていた小さな瓶をポケットにしまう。

その様子をボーっと眺め、ゆっくりと上体だけ起こしシュールを見る。



「…なんか…、夢見てた気がする……」

「おや。どんな夢ですか?」

「覚えてねーよ。起きた途端忘れちまったし」

「そうですか」


気にもしないようで、キルは少しまわりに目を向ける。


(…俺、シュールの家のソファーで寝てたのか……)


若干、壁や長い机が木造の造りとなっていて、キルからシュールの背後に見える机の後ろには白いカーテンが付けられた窓と、その隣には大量に並べられている地理学などの本棚が設置されている。


「…………………ー」


ボーっとしてシュールをまた眺める。


「相も変わらず、寝起きは本当に最悪ですね」


「………うるせぇよ……」

ゆっくりソファーから起き上がると、シュールがなんの前触れもなく話しをきりだしてきた。


「さて、キル。起きたところで早速ですが、私に付き合って下さい♪」

はぁ?と声を裏返し


「なんだよいきなり」

「私が現在研究している材料を買いに行くんですよ」

「なんの研究してんだぁ?」

「しいて言えば、企業秘密というやつです♪」


「……………………」


目を細め、黙り込む。



「ささ。行きましょう」

「………わかったよ…」

面倒くさそうに応えた後、キルとシュールは家を出た。




「んで?どこに行くって?」


両手を頭の後ろで組んでシュールを見る。


「すぐ近くの薬品店です。材料といえば、やはりそこしかないでしょう?」

人ゴミを歩きながら説明する。

「んじゃぁ…そこ、行くか」


シュールから目線を前に向けると、人混みの中、一瞬だけ暑そうな黒コートを着て、フードをかぶった男性の後ろ姿が見えた。



「…………ん?」

不思議に思って声をもらす。

「おや、どうかしましたか?」


キルが無意識に立ち止まったので、シュールも隣で立ち止まり顔を向けて問う。


「さっき、暑そうな黒いコート着てたやつが一瞬見えたんだよ」 

「この時期にコート…ですか?」

「まだ夏だってのにな」

右の腰に手をおいて何気なく言うと、何がおかしいのか、眉を下げてニヤニヤする。


「見間違いなんじゃないですか~?」


「何いきなりニヤついてんだよ。面白いのか?」

「いえ、別に」

と言うが、やはりまだニヤついている。

どうやらからかっているようだ。



「日が苦手なヤツとか、そんなんだろ。どうせ」

さっき男性を見たらしき場所に目を向ける。


「その理由なら納得できますが、黒いコートだなんて目立つ服装だと、怪しいですよねー」


「………そう言ってるお前も十分怪しいぞ…」

目を細めて静かにシュールを見る。


「おやぁ。言われちゃいましたかー」


はぁ、と呆れて俯き、溜め息をついてまたちらっと男性がいた場所を見るが、やはり姿が見えず、人が溢れかえっている。


(……やっぱ、見間違いなのか…?)



二人はその場から離れていくように少し歩き、大きな白い四角型の建物になっている薬品店に入った。

「…………へぇ~。色々あるんだなぁ…」


店の中を見渡すキル。


「私は何度も通ってる常連客なので、気にもとめませんよ」


薬品を見ながら話すシュール。


中は研究所のように広く壁一面真っ白で、店を更に白く照らす証明機器は少し風変わりなデザインをしている。

透明な段になってる棚にはフラスコや調合に使うような薬品と、科学物が所狭しと並んでいる。


「俺にはんな言葉、何か企んでいるようにしか聞こえねーんだけど…」
 
 
「そうですか」
 
 
ある程度、薬品の種類をいくつか選び会計をしに行くシュール。

店内には沢山の街の住人がいて、賑やかな声がする。

キルはまだ売られてる薬品を見ていたが、ふと店の壁に設置されてる丸い時計を見ると、コッコ…、と音を鳴らして二時五五分に針がさしていた。


「もうすぐ三時だな…」

時計を見て呟くと、ふいに頭に直接何かが聞こえてきた。


〈ー……キ……ル…〉


「へ?」


振り向くが誰も居ない。


「ん?どうしましたか?」

会計を済ませて戻ってくるシュールが、キルの表情を見て質問する。


「あ、今俺の名前呼んだか?」

「私がですか?いえ。呼んでませんが…」


「そっ…か」
  
確かに声が聞こえた筈なのになぁ…。


「…………………?」


複雑な表情をするキルを見て疑問に思うが、問いただしたりせず、購入した薬品が入った小さな袋をポケットにしまうシュール。

「ん?それだけでいいのか?」


「はい。今回はただの材料不足なだけで、小さな薬品で済みましたから」

「あ、じゃぁ店出るか」

「えぇ」

先にシュールが歩き出し、後からキルも店を出ようと足を一歩前に出す。

だが、大きな音が店内に響き渡り、ピタリと立ち止まる。







‘コーン…、コーン………、…コーン…………’









「……………!」


目を見開き、さっき見た音の鳴る時計を見つめる。


「………………」


あれ………?


…何だ………、この感じ…





時計の針は三時丁度をさしていて、コッコッ、と秒数を数えるように音をたてる細い針を見るが、どこか不思議と違和感を感じ取るキル。

「…………………」


別にどこもおかしな点なんかない。

ごく普通に鳴る時計…。


なのに……



なんなんだ…?





なんで、


“何も起きない”事に不思議だと思うんだ……?




ジッと時計を直視していると、入り口で立ち止まり、キルの様子に気づき振り向くシュール。


「キル?」


声をかけられ、ハッとしてシュールを見る。


「どうかしましたか?」

「い、いや。別に何でもない」

急ぎ足でシュールの隣を歩くが、それでも先程から様子がおかしいのに疑問を抱いたようで、また聞きだしてきた。


「本当に?」


「ほ、本当に」


「絶対にですよね?」

「絶対…に……」


「………ふむ…」


何も言おうとしないので、先に外に出る。


「ならいいですけど、気になる事があるなら言って下さいね?」


「あ、おう。さんきゅ…」


後からついて行くようにキルも外に出て、街を歩く。



「…………………」


無言で歩くが、やはり先程の違和感が気になってしまい、考えだす。



……さっき聞こえた声と関係あるのか…


それか、ただそう感じただけ…?


どちらにしても、俺の名前を呼びかけたやつの声は幻聴じゃないのは確かだよな……。



「………………」

シュールが考え事をしているキルを横目で見る。

(…いつもより口数が少ないですね……)

様子を眺めるように見たあと、また前を向いて人ごみを避けるように歩き続ける。

聞き取りずらくて男か女か判断しにくかったし…

ん?待てよ…

店に来る前に一瞬見たあの黒いコートのヤツ、よくよく考えてみればおかしいよな……。


シュールの家に住ませてもらってまだ半年くらいしかいねーけど、今まで外に出歩いてもあんなヤツ見た事ないし…ーー





ふと、前に視線をずらすと、今度はキルの目の前を白い物体が横切った。

「うおっ!?」


驚いて立ち止まり、横を向いて目で追うと、今度は黒ではなく白いコートのような服を着た人物が人ごみをかき分けて背を向け歩いている。

フードをしていて、髪型も分からない。


「おや………」


突然止まったキルを見て、シュールも立ち止まる。


「……………あいつ…」

(もしかしたら、さっき見た黒いコートの仲間か……?)


「だとしたら……」


アイツについて行ってみれば分かるかもしれない。


無言でどこかを眺めているキルに、シュールが声をかける。


「キル?一体何を…ー」

「シュール。悪いけど先帰っててくれ」


顔だけシュールに向ける。


「え?ですが…」


「俺もすぐ帰るから!」

言いかけてキルが話しを遮り、シュールから離れてさっきの人物が歩いた方向へ走りながら言い残す。


「キル…!」

呼び止めようと名前を言ったが、距離があったため聞こえず、そのまま人ごみに隠れるように見えなくなってしまった。



「…………………」


眼鏡の縁を掴んでカチャリと音を鳴らし、位置を直す。


(やはり、様子がいつもと違って変ですね……。…まぁ、いいですが…)

キルの後を追わず、しばらくその場で立ったまま腰に手をおき、走って行ったキルの方角を眺めた。


‘タッタッタッタ’


公園の中に入り、入り口付近で立ち止まってキョロキョロとまわりを見渡す。


「あれ、アイツどこ行ったんだ?」


公園内は入り口に立っているキルから見て目の前の中央付近に円型の噴水があり、その噴水の前には黄色いベンチが設置されている。

全体図で現せば、噴水をかたどったように公園自体も円になっていて、その外側の円にそってベンチが入り口から見て右に一つ、左に一つ、目の前に一つと、計三つのベンチが噴水に向いているように設置されている。



(確かこの辺に入って行った筈なんだけどな……)


頭を軽くかいて歩くと、人で隠れて見えなかったようで、追いかけていた人物が噴水を眺めているように背を向けている。

その人物とキルを挟むように、白い鳩が何十羽かいて、誰かがまいた餌をつついて食べている。


「あ…っ」


コートを着た人物が振り向きかけたので、キルが声をもらして右足を一歩前に踏み出すと、さっきまで餌を食べていた鳩がバサバサと道を遮るように飛び出した。



「…………っ!?」

急に飛び立った鳩に驚いて、外向けに両手を守るように顔の前に出して、両目を一瞬だけぎゅっと閉じてしまった。

…………ー







…………………ー












…………?




ゆっくりと目を開けてみると、さっきまで立っていた公園とは全く異なった場所で、いつの間にか茶色く巨大で古びた洋館の門が目の前にあった。

(……なっ!)

突然立ち位置が変わった事で、声に出さずに目の前の光景を疑うような表情をする。


門の目の前には先程追いかけていた白いコートを着た人物がこちらを向いていて、フードを浅くかぶっている為、顔が見えてよく分かる。



「…………っ…!」


直ぐに自分の居る位置を把握しようと、周囲をきょろきょろと目を向けるが、まわりは森で、キルの背後に続く小道の向こうは僅かにさっきまで居た公園が見える。


(どういう……事だよ……)


現状が全く掴めず、ゆっくりと目線をずらしてコートを着ている人物へ向ける。

すると、黙ってキルの様子を眺めていた人物が、ニコッと微笑して目を合わせた。


「…な………」


顔だちはキルより少し幼く、瞳の色は両目とも茶色い。
フードで僅かに隠れている髪は後ろ髪が首までで、ギリギリ肩についてる程度の銀髪。

顔の左右の髪だけは後ろ髪よりも長く伸ばしている。

雰囲気からして女性だろう。


「なに笑って…、さっきまで俺たち、公園に居た筈じゃ……」


動揺しながら話しかけたからか、それとも現状を未だに把握していないキルの反応を見てからか、きょとんとして見つめ、クスリと手を口元にそえて小さく笑う。


「なっ、なんだよ。さっきから何も言わないで笑って…」


キルの質問が終わったのを見計らい、手を下に下ろし、優しい瞳で見つめる。


「久しぶりだね。“キル”…」



「……………!?」


驚いて一瞬、後ろに身体を引く。

女性の声は見た目同様、優しい口調でおっとりとしていて、いかにも女性の顔だちと雰囲気に合っている。



「なんで……」


「名前を知ってるのか気になる?」


キルが言う言葉を言い当てられ、ぐっと言葉に詰まる。

確かにそう聞きたかったので、言い返さずに警戒して女性を見る。

「わたしはアナタの身近な存在。それと同時に、とても遠い距離で存在しているわたし…」


胸元に右手をおき、微笑したまま一歩足を前に出す。


「俺と…身近で遠い存在…?」


理解出来ない表情をして、聞き返すように言葉を繰り返す。



「わたしがキルを知っているのは身近な存在で、常にあなたと近い距離にいるから。でも……わたしは打ち消しあっていて、本来はこの場所に居ない、姿がない……」


「…………?」

片目を細め、攻撃する気配もないので警戒を緩めてキルも一歩前に足を踏み入れる。


「さっきから言ってる事の意味が分からねーんだけど…?」


「この場所はキルとわたし達にしか見えず、この地に立てない。キルの見ている場所がこの空間でもあるから、わたし達はここに居られる。あなたの身近な存在。だから名前も無い………」


一度言葉を区切って、途端に真剣な表情をして声をだす。


「…人型をした、ただの“人形”…………」



「……………ー!」

とくん、と言葉に反応する。



「……………………」


…人形……。

……この言葉…、どこかで聞き覚えが………。



「…………くす」

真剣な表情から直ぐに一変し、また優しい表情に変わる。


「わたしはアナタが見て人間に見えているだけで、この場所自体、アナタにはそう見えるだけ…。ここにはアナタの次に行くべき道を示してくれる…」

また一歩キルに近づき、白い無地のコートの裾が揺れる。


「次に……、行くべき道……」


繰り返すと、そう、と頷き、右手を上げてキルに向けだす。


「これから現実と夢の硲(はざま)にある、アナタの定められた場所を見せてあげる…」


「なっ…!」


「アナタにはこの場所から離れた時、選択を選ばなければならない…」


「待てよ!勝手にそんな事して、未来を見せるってのかよ!」


「未来じゃないよ…。こことアナタの場所に存在する境界を見せるだけ…。アナタの場所でもそこでまた、キルは選択を選ばなきゃいけない…」


表情は優しいが、口調はキツく、訴えかけるように静かに言うと、キルの足下に白銀色に光る奉陣が現れた。

「……………!?」


地面に出現した奉陣に気づいて目を見開き、眩しさに一瞬そむけるように目を閉じて女性の方を見る。



「考えてみて…、キル………」



「…考える……?」


考えるって…、一体何を…ー。




あまりの眩しさに目をそらすと、また光りが更に増したかと思えば突然、足場がなくなりドボン、と深い水に落ちるような感覚で奉陣が現れたままの地面に引きずり込まれる。



「……………ー!!」


地面に落ちる寸前、もう一度優しく微笑していた彼女に目を向ける。


だが…




「本当に…、アナタが存在している時間を……ー」



その表情は酷く冷めて、悲しみに満ちた瞳で全く別の顔をしていた。





「……………ー!」






どんどん彼女が遠く遠ざかって行き、何処へ落ちていくのか確認する為に、落下していくまま身体を反転させて、体勢を立て直す。


だが、下を見ても何もない、白い空間しか見えず、地面や壁なんてどこにも見あたらない。

「……………あ…」




地面に着地する寸前でキルの足元から天井にかけて、白い粉が剥がれるように背景が現れた。

「これって…」




足を踏むと、草地の感触がわかる。上を見上げると、青い空と白い雲が目に見え、まわりを見わたせば沢山の木々が生えており、何処かの森のようだ。


(背景が作成された? いや、また別の場所に飛ばされたのか?)


試しに地面から生えてる草を触ってみるが、どこもおかしい感触はなく、草独特の手触りがする。



「森…。もしかして、またシェアルロードの泉に……っ!」


とっさに記憶がフラッシュバックし、額に手をあてる。











あ…れ?





なんでシェアルの場所を思い出すんだ…?

つい最近までコルティックにいて、シュールといて、シェアルになんか行った事ないのに…。


瞳の光が揺れ動き、目の前を見つめる。

















「………シュール…、ネリル…?」


言葉が自然と出てくるように口にだすと、一瞬妙な気配を感じた。


「……………!」

後ろを振り向くと、いつの間に背後にいたのか、胸元の毛が上向きの黄色い三日月模様がある、巨大な茶色い熊型の魔物がキルを見下して唸っていた。


「いつの間に…っ」

魔物がキルに向かって鋭く爪を立てて振り下ろしてきた。





ガアアアァァァァ!






「くっ!」

間一髪のところで横に避け、地面を滑るように止まって魔物に目を向けると、通常の魔物とは違う事に気づく。


草が土にめり込んで、爪を地面から抜き取ると、五本の爪に青い光りの線が組み込まれているように外に向かって流れている。


「なんだ、あの光り…」


魔物の牙にも目を向けると、その牙にも爪と同じように青い光りが組み込まれている。

更にはさっきまで黄色だった三日月模様までも、青く光り輝いている。

「…………っ!!」

魔物が唸りながら、キルに爪を向けて横に振る。

だが、直ぐに魔物の攻撃をかわすように下に低くしゃがみ込み、頭上に風を切るかのように避ける。


グワアァアァァーッッ


避けられた事に怒り狂ったのか、大きく唸り、今度は両手でキルを掴もうと左右から同時に内側へ腕を動かした。


「ーー…くそっ!」


しゃがんだまま後ろに一回転し、二回転する前に両手を地面につけて体を縦に伸ばし、足をつけて立ち上がる。


「動作は只の魔物と変わらないなら、倒してやるよ!!」

グッと右手に短剣を握り締め、地面を蹴って飛びながら両手で短剣を持ち直し、勢いよく振りおろす。



ガアアアァァアァア!


魔物がキルを見上げて唸り声をあげた途端、口から発せられた見えない壁のようなものが現れ、一瞬、短剣がぶつかり空中で止まる。

‘カタカタ…ッカタ…カタ’


「……………!?」


短剣の刃が僅かに空中で止まったまま動き、反応に気づいた瞬間、ブワッと後ろに押されたように飛ばされた。


「うぁっ!!」


ガサッと草で覆われた地面に短剣を右手に持ったまま背中から落ち、傷はつかなかったが膝をつけたまま起き上がり、剣を顔の前に立てて見つめる。


(なんだ…、今の。見えない何かにぶつかったと思ったら、刃に振動が起こったように一気に吹き飛ばされた…?)

ちらっと魔物に目を向け、頬から汗が一筋流れる。


(何かの力を出した…ってか?)



グッと剣を掴む手に力を込め、睨むように目を細める。

(とにかく、このままじゃやられるし、もう一度…ー)


直ぐ前から四足で走ってくる魔物に剣を振ろうと立ち上がると、聞き覚えのある声が後ろから響きわたった。


「ただ剣を振り回すだけでは、その魔物には勝てませんよ」


「……………!!」

背後から緑色の光りがキルの背中と魔物を照らし、後ろを振り向こうとした途端、何か電流のようなものが顔の直ぐ傍を横切り、振り向けずに直ぐ前に立ちはだかっていた魔物に直撃して、強力な電流が流れた。


グヮアァアアアアアーッッ


叫び声をあげながら体から煙がたちこみ、グルルと静かに唸りながら前に倒れ込んだ。


「………………」

唖然として倒れた魔物を眺めるキル。

「おや?アナタは………」

声が近づいてきて横に顔を向けると、シュールが何も持たずキルを不思議そうに見ていた。


「シュール!」


見知った人物を見て安心し名前を呼ぶと、更にキルの瞳をジッと見つめる。

「あなた、もう目は平気なんですか?」

急に目を見ながら質問してきたので、何の話しかさっぱり分からず首を傾げる。


「目?別にどうもないぜ?」

「ふむ……」

ジッと見るものの、それならいいですが、と言葉をつけ加えた後、倒れてる魔物に目線を移す。


「この“ウィルス”は、特殊属性で攻撃しない限り、ダメージを与える事が出来ませんよ」

「ウィル…ス?この魔物の名前か?」

「はい…?」

質問するキルに顔を向け、また不思議な表情に戻り眉をひそめる。

「魔物の名前というよりも、変種改造化された全ての魔物の名称です。アナタ、前に話しを聞いていて知ってたでしょう?」

「え……?」

知ってたって……。

聞いた覚えなんか……。


「……………ー!」

ハッと気づき、バッと魔物に顔を向けて思考を巡らせる。


そ、そうか。これって多分、俺自身がまた未来の場所に移動したのか!


「…………キル?」

何も答えないキルを呼びかけると、あ、とシュールに顔を向ける。

「他のみんなは?」

「他?あぁー…、皆さんならまだ探していますよ」

探してる?
何を探してるってんだ?

疑問だらけの部分があるが、ふぅ、と一息ついて横を向く。


「こちらの森にもこれだけウィルスがいると、見つけるのに時間がかかりますね。今のあなたも不安定な状態が続いていますし、それに……」


そこまで話すと、急に視線を下ろし暗い表情をする。だけどそれは一瞬で、直ぐに首を横に振りキルに顔を向ける。


「いえ…、やはり何でもありません。先ほどのような症状を感じたら、私達の誰かに伝えて下さい」


「お、おう…」

何の症状か分からないが、取りあえず頷いた。

あんまり質問をすると、シュールも逆に心配するし、“ここにいる俺”じゃない事も直ぐに理解できるかどうか……。

そうこう考えていると、シュールはもう既に背を向けて歩いていた。


「早く見つけださなければいけませんし、もしも見つけたら私に伝えて下さい」


「おう。って、伝える?」

「お願いしますね」

数々の疑問を残し、そのまま歩いて木々で姿を消して行ってしまった。


「…………………」

前々からあるお決まりのパターンだけど、こうゆうのに遭遇するといっつも謎が増えてくような感じするんだよなー……。

「……考えても仕方ねーけど…」

もう動かない魔物を眺め、自分の右手を眺める。

特殊属性…、か………。

「…………っ!」

グッと握り締め、目を閉じる。


……そんなもの、いらない。

あんなもの……、


必要ない……………。



すっと目を開け、前を真っ直ぐ見つめる。

「俺は俺のやり方でやってやるさ!せっかく未来に来たんだし、この場所がどこかも探ってやる!」

意気揚々と前に走り出そうとすると、いきなりガクンと頭が後ろに引っ張られた。


「い゙っ!?」

「おっと、お前はもうここには用がない」


キルが額に巻いていたバンダナを引っ張ったようで、後ろをバッと振り向くと、黒いコートを着た男が立っていた。


「だ、誰だよお前!?」

いつかのエディンやグレンと同じようにフードをかぶっているが、デザインがなく只の真っ黒なコートを着ている。
よく見ると、短いショートの赤い髪で、瞳は両目とも金に近い色をしているのが分かる。

「必要な事は聞いただろ。ならもうここには用はない。直ぐに行くぞ…」

何の説明もなしに、またグイッとバンダナを引っ張る。


「いででででっ!?んな引っ張るんじゃねーよ!!」

「うるせーなぁ。兎に角俺に着いて来りゃいいんだよ」

言うが早い。男はドンッと手でキルを突き飛ばした。


「え」


ぐらりと地面に落ちるかと思えば、そのまま地面をすり抜けて、また水の中に入るような感覚で“落ち続けた”。


「えぇぇェェェェー!?」

次から次へと何なんだ!?俺が何したらこんな訳分からない空間を行き来するんだよ!

若干パニクりながらも、背を下にして落ちた場所を見ると、男も遅れて足から入り、こちらに急降下して近寄って来た。


「お前にはまだ問題を出してなかった。取りあえず俺に着いてこい」

腕を組み、垂直の体勢で淡々と喋りかける。


「着いて来いったって、お前らが何をしたいのか全っ然わかんねーんだけど!」


まわりは女性に落とされた時と同じで、真っ白な空間。現状がうまく把握出来ず、声を大きくする。

だが、何も気にしないような口調で返してきた。

「しょうがねーだろ。俺達ですら分かんねーんだから、お前に謎を解かすんだよ」

「だからその謎って何の事だよ!?話しがストレートすぎて逆に分かんねーよ!」


「うるせーなマジで。オラァ、もう着くぜ」


「………………!」


下を向くと、ついさっきまで立っていた洋館の前の門が見え、キルも体勢を整えて垂直に立ち、門の前の地面に二人共着地した。


「ここってさっきの…」

まわりを見渡していると、またあの女性らしき声が聞こえてきた。


「キルー」

「あ、アイツ」

門の反対方向の小道から、白のコートを着た女性が手を振りながら走ってきた。

「きゃっ!?」

だが、二人の目の前まで来た途端、小石に足のつま先を躓かせ、見事にそのまま前に転んでしまった。しかもその衝撃でフードも外れた。

「うわ」

「あーあ…」


二人共転んだ女性を見るだけで、助けようともしない。


「い…、たたた…。な、何で二人共見てるだけなの…?」

ゆっくりと立ち上がって苦笑いする。


「いや…、初めの印象と違って案外ドジなんだなー…と思って…」

「ど、ドジ…!?」

ズガンっ、とショックを受けた表情をする。

「わ、私だってあんな事言うのイヤだったもん…」

ふえっ、と目をうるわせ、今にも泣き出しそうな雰囲気。

「相変わらず弱っちいな。お前」

「弱っちくないもん。ただショック受けただけだもん。グス……」

「ショックって…」

なんとなくといった感じに二人の会話を聞いていたが、ふとあることに気づいた。

「てか、フードはずれて顔がまる見えだぞ」

「えっ!?う、うそ!?あわわわ」

女性に指差すと、今気づいたようで慌てふためいてフードをかぶる。

「いや、もう遅いって」


う、と両手でフードを握りしめ、ハァ…と息をはく。

「そうだね。隠しても仕方ないよね」

そう言ってフードをまた外す。するとさっきまで影でよく見えなかった髪の色が日の光を浴びてキラキラと銀色に艶が出てるのが分かった。


「へー。お前って結構キレイだな」

「えっ!?」

いきなりの発言で女性がボッと顔を真っ赤にする。

「あ、いや、髪の事言ったんだけど…」

「え、あ、あー。なんだ。アハハ…。あ、有難う!」

気づいて、わざとらしく紛らわそうと笑いかける。

それから少し様子を見ていた男性もフードを外した。

「まあ…、顔を隠す必要ないしな。むしろ邪魔だ」

吐き捨てるように言うと、赤い髪に光りが当たり艶を増す。

「なんで隠してたんだよ」

「初期の姿がこんな姿でしか出来なかったから」

「なんだそれ………」


もう少し詳しく聞こうとすると、男性が急に別の話題を持ちかけてきた。

「感想は?」

「は?」

「行った感想はどうだったんだ」

「行ったってどこに?」

何の事を聞いてるのかさっぱりで、首を傾げると、苛立つようにチッと舌打ちされた。

なんだよその態度。


「くそっ…。物わかりがわりぃな…。感想言えって言ってんだよバカ」

「バ…っ!?んだとテメー。もうちょっとはっきりと質問しろよ」

お互い睨み合うと、女性が慌てて二人の間に割って入ってきた。

「ちょ、そんな言い方したらダメだよ!」

「はぁ?……だってコイツ頭わりーから…」

いや、頭悪くないって。

「今のは黒が悪いよ。内容をちゃんと伝えないから…」

「俺が頭悪いっていうのかよ!?」

「そ、そうは言ってないよ!?」

「おい、更に話しがややこしくなってねーか…?」

腕組みをして、疲れたように肩を落とすキル。

「で、結局何が言いたいんだよお前ら。こんな場所でオレに何をさせようってんだ」

「あー…。別に何をさせようってワケでもないんだけどな…」

「何もないのかよ!?」

「い、言い方がマズイよ!?ただ、私たちはキルに選択を選ばせようと思って…」

「選択?」

眉をひそめるキルに対して男性が更に説明する。
先程よりも分かりやすく。


「お前はこの場所にとどまるのか、とどまらないのかを選択させたい」

「この場所…。なんでそんな選択を俺が?コルティックに住んでるんだから、離れる必要なんてないだろ」

「そうゆう意味じゃねーよ。この街から離れるんじゃなくて、この場所そのものから離れるか聞いてんだよ」


この場所そのものって…。

視線を女性に向けると、いつの間にか視線を落とし、真剣な表情になっていた。

「聞いて、キル…。今のアナタはね?“夢を見ている”の…」

「………夢…」

「この世界は、キルが今まで過ごしてきた場所と全く変わらない、変わる事のない世界で、確かに今、ここにキルは生きてる。でも、ここはキルの知っている本当の世界ではなく、現実を元に創造された世界なの」

「………………」

「つまり、お前が理解してる世界とは似て非なる場所って事だな。簡単に言やぁ、『現実と夢が混ざっちまってる世界』だ」

「……………………」


「だからね?この場所はキルが本当に生きてる世界じゃ…ー」

女性が力なく最後の言葉に区切りをつけると、ずっと黙って聞いていたキルが、突然小馬鹿にするようにはっ、と苦笑する。

「……なに…言ってんだよお前ら。今俺は目も開けて、普通にシュールや目の前にいるお前らと喋ってたのに、夢を見てる?なんだよそれ…」

女性が困った表情でキルを見つめ、男性はただ言葉を聞く。

「大体何なんだよ。何もしてないのに、急に変な事に巻き込ませて、俺に何をさせようっていうんだよ。まさかあれか?二人して俺をはめようってんじゃ…ー」

「ち、違うよっ!私たちはそんな事…っ」

「じゃあ、なんであんな言い方するんだよ。俺が知ってるここが、本当の世界じゃない?…笑わせんなよ。そんなの急に見ず知らずのヤツらに言われても、直ぐに信じられるかよ」

「それは……」

キルに誤解を解こうと口を開くが、グッと我慢するように押し黙り、力無く俯く。

「…………そう、だよね……」

「……………ぁ…」

女性の表情を見て、ようやく自分の言った事に気づき、俯いて落ち着きを取り戻す。

「………悪い…」

「……………うぅん…」

首を振り、気にしないでとキルに小さく笑いかけるが、直ぐにまた顔を逸らす。
誰も声を出さない。




……………………。










空は変わらず、時間だけが進むように白い雲がゆっくりと流れる。




「………………兎の穴……」

低い声がまわりに響き、男性の方に顔を上げる。

「………………?」



「『アリスは、懐中時計を持ち、二足歩行でどこかへ走る白うさぎを追いかけ、何も考えずに、そのまま穴へ入って落ちていった……』」


「………それって…」

女性も男性の方に顔を向けると、男性はキルに真っ直ぐと目を向ける。


「…この話し、分かるよな」

「知ってるけど……、いきなりなんだよ」

「今のお前の現状だよ…」

静かな声でそう言う。それから、女性を顎で指すように話しを続ける。


「お前、コイツを追い掛けてきたんだろ。何で追い掛けた…」

「そりゃあ、気になったから…」

「気になったから追い掛けた…。知らない人物なのにか?」

「……………………」


「追いかける前に、何か感じなかったか」

「何かって…………」

「何かおかしいと感じなかったか?いつもの日常の筈なのに、その中で“何も起こらない”事に、疑問を感じなかったか?」

「……………!」

男性の言葉に不意をつかれたように驚き、警戒してジッと見る。


………分かる筈がないのに。


心を見透かされたような思いを感じる。

「お前にとっては何も考えないで、ただ『気になったから』追いかけた。けどそうじゃない…。それは違う。『何かを感じたから』、お前は追いかけたんだ」

「………………」

何も言えず、ただ黙る。
否定する言葉はいくらでもあるのに、
何も言わない。
何も言えない。
何故か否定できない。
声がでない……。


「自分じゃ分からなくても、体は分かっている。覚えてんだよ…。ここじゃない本当の場所を、感じてるから追い掛けたんだ」


…………………。

ここにない記憶を、オレは覚えている?
本当の場所で起こった記憶も…、
全部……………。


「『アリスは何も考えず、うさぎの穴に落ちていった』。あの場所に落ちた時も、何かを感じた筈だ」

「……あの森…………」

地面に落とされ、白い空間を落ち、作成されたような森にたどり着いた。
その時にも何かを感じたのを覚えている。あの森に似た違う場所で、シュールともう一人、小さな少女と一緒にいた。

あの記憶は、ここじゃ知らない。これもここじゃない世界の記憶だって…、事なのか…。

それなら……ー。


「ここに留まる留まらないかの選択はまだ置いといて、ここにいる人達は、本当の人じゃないんだよな?」

「まぁ…、そうなるな。やっと信じてくれたか」

「俺自身の夢で、俺は起きている…。お前らが言ってる事、本気で信じたワケじゃねーけど………」

二人を同時に見るように顔を向ける。


そして、ためるように間をおいて、こう質問した。








「…………………。

…シュールも、本物じゃないって事だよな?」

【world or world】









ースートⅠー
~ダイヤのトランプ~










ーーー永遠に沈む青い薔薇。


運命を待ちわびる赤い薔薇。



果たして…、君はどの薔薇を選択する?

嗚呼………。


君は何故そこに居てしまったのだろうか。

何故君はこうも沢山の人種に好感をもてるのか。

自らに理解が出来ないよ。


だから、

笑わないでくれ。


お願いだから、

笑わないでくれないか?


俺にも他人にも、他者に者達に影のない笑みを見せないでくれ。






君が笑っても、








意味をもたないからーーー

「…………………」


何となく、気付いた事があるんだよなぁー…。


今の俺の現在地と状況、【武器・防具屋】の外の窓からしゃがんで中を覗いている。


「変態かお前は」

黒いコートを着た男が俺の直ぐ横、右から冷静にツッコミをいれてくる。

「さっきから何見てるの?」

左からは白いコートを着た女が俺に聞いてくる。コイツらも空気を無駄によんでるようで、俺と同じようにしゃがんでいる状態。


〈うるせーよ変態言うな。シュールの様子を見てんだよ〉

「へー」

「そうなんだー」

納得したように中にいるシュールに視線を向ける。


ちなみに何故こんな事をしてるのか、こいつらのトンチンカンな話しを聞いた後、実際にシュールを見て不思議な感覚を感じないかと考えたからだ。

…………………。



あー………、
やっぱ本音で言やぁ、時計の時に感じたみたいに、シュールにも何か感じないかと思ってここにいる。

「何でわざわざ隠れてシュールってやつの様子を見てんだ…?」

赤い髪の野郎が普通の声の大きさで聞いてきやがる。

〈もっと小さく喋れよバレるだろ。家に帰ろうと思ったんだけど、途中でこの店に入ったから、何すんのか気になって…。って、何でお前らシュールを分かるんだよ〉

「私達はキルの記憶の中にいるから」

女も普通の大きさで返す。

〈だから、小声で喋ろよ!? ………そして素朴な疑問なんだけど、何で俺について来てんだ…?〉

軽く汗をかいて、二人から目を逸らすように中を見る。すると、二人同時に同じ返答をしてきた。

『面白そうだから』

男は無表情で。
女は満面の笑みで。

表情は互いに違っても考えは同じだった。


〈………あっそ…〉

こうゆうのは深く話さない方がいいよな…。じゃなきゃやってらんねー気がする。
そして段々俺の口調が汚くなってる気がする。
 
「なんだ。居ちゃ悪いのかよ」

表情で察したのか、男が声を鋭くする。

〈別に居てもいいけど、邪魔だけはするなよ?〉

「了解」

「分かった」

と、それぞれ承知し、三人はまた店の中を覗く。勿論中の人に気づかれないように。


〈………………〉

様子を眺めていると、短剣やレイピアなどの武器を手に取ったりしていたが、それを元の位置に戻し、移動して店の隅に飾られている星のマークに似たデザインの旗を眺めはじめた。


〈………………〉


ただジッと眺めているようで、数秒間眺めた後、店の主人に声をかけ、何やら話しを始めだした。

〈……んー。特に変わった行動もないし、俺自身も何も思い出さないな〉

「そりゃそうだろ」

〈だからっ、小声で……って、…………は?〉

シュールから目を逸らし、男に顔を向けるが、キルに目もくれずジッとシュールを見たまま応える。


「テメーの記憶を俺らが目に見えるように物質化してるからな」


〈…………………〉


口を半開きにして黙り込むキル。


あれ?コイツ今サラッと重大発言したよな?


「悪い…、俺の聞き間違いならいいけど、記憶を物質化したって聞こえたんだけど?」

「だから、あちこちに記憶の欠片が散らばってんだよ」

「………………」


欠片……かよ。


「じゃあ…、俺の今やってる事って……」

「あぁ。無駄だって事だ」

やっと顔を向けた途端、キルがガシッと胸ぐらを掴む。


「それを最初で言えよっ!?意味ない事して馬鹿みたいじゃねーか俺!」

「なんだ。門の方で説明しても今信じていないのに、記憶の事話しても信じなかっただろう」

「う゛」

「第一、テメーがそう言ってる時点でもうこの世界の事信じてるようなもんだ」

「うぅ…っ」


無表情な顔でグサグサと言葉の針を刺していく男に対して、図星をつかれて徐々にコートを掴んでいる手を緩めていく。

「ほら、こうしてる内にシュールって野郎が店出てどっかいったぞ」

キル達から少し離れた位置にあるドアが開き、シュールが三人の存在に気づかず背を向けて去って行く。


「…………………」


手を離し、下を向いたまま黙ったままのキルに、今度は後ろにいた女性が心配して前に移動し、男の隣で声をかけてきた。


「ど、どうしたのキル?もしかして黒の言葉にヘコんじゃった?ごめんね、キツい言い方で」

「悪かったな!キツくて」

女性にカッと怒鳴ると、キルがぽつりと何か呟く。


「………くれ…」

「あ?」

「え?」

二人共キルに視線を移すと、顔を上げて今度は充分に声が聞こえる大きさで真剣に言う。


「“記憶”の事、詳しく教えてくれ…」


『…………………』

二人は顔を見合わせ、すくっと立ちあがり男が腕組みをしてキルを見下ろす。

「そうだな。まずは俺らが分かってる事を話さないといけないな」

「…………!」

バッと立ち上がり、目に光りが一瞬宿る。

「何か知ってんのか!?」

「全てを知ってるわけじゃねー。俺らはお前の記憶の在り方とこの世界の一部分を知ってるだけだ。全てが全て、お前が求める問いかけには応えられねーぜ」

グッと質問を飲み込み黙るが、少し迷いはあるも、意志のこもった目を向ける。

「それでもいい。全部を分からないとしても、俺はお前らを信じてみる」

「キル…………」

女性がホッと胸を撫で下ろす。


「なら…、言葉で言うより見せた方がいいだろうな。確かこの時間に出現するのは……、あの家か…」

「ん?時間?」

腕を組んだまま右手をパチンと鳴らすと、三人の真下に黒い奉陣が現れ、まわりを白い光りで囲み背景が見えなくなった。

「わっ!」

あまりの眩しさで目を閉じ、僅かに目を開けると光りが徐々におさまり、見慣れた風景に気づいてまわりを見渡す。


「………ここって…、シュールの家じゃねーか…」

「そろそろ時間だね」

「は?」

「10…、9…、8…、7……」

女性を見ると、男が突然カウントダウンを開始する。


「6…、5…、4……」

「……………?」

(何が起こるんだ?)

二人をよく見ると、玄関内に立ってる場所から前の机の手前床をジッと食い入るように眺めているのが分かり、キルもその床の部分に合わせて見る。

「3…、2…、1……」

‘シュウ…ン’

聞こえないゼロの数字が自然に頭に浮かぶと同時に、さっきまで何も無かった床に、網目模様の白いカードが黒い光りを放って出現した。

「…………!?」

突然現れた床に数ミリ浮いてゆっくりと回転するカードを、まじまじと眺める。男がスタスタとカードへと歩み寄り、何の迷いもなく手に取り戻って来る。


「な、な、何だよそれ…」

「お前の知ってる世界で、強く印象が残ってる記憶の部分をこのカードに物質化した。その記憶の時間がきた時だけ、記憶の欠片となったカードが出現するってシステムだ」

「つっこみたい部分が山ほどあるんだが、これが今覚えてない俺の記憶…、なのか?」


「あぁ。つっても、欠片だから一部しか戻らないけどな。それよりも早く手にした方がいいぞ。五分しか物質状態にならないからな」

「えっ!?」

そう言って、ピッとカードを表にしてキルに差し出す。見ると、四つの赤いダイヤのマークがある。

「この4って、何だ?」

「それはカードの枚数だ。このカードはお前の無くした記憶の時間の分だけ、いくつも分けられてんだよ。だからこのカードは四枚目だな」

「何でわざわざ個別に分けたんだ?全部いっぺんにまとめればいいのに…」

「……………チッ」

機嫌を損ねたようで、顔を横にずらし舌打ちする。

「おい何で今舌打ちした?何で目逸らした?」

「うるせーなぁ」

「五月蝿くないだろ!?」

「いいから、時間ねーから早く取れ。ほら」

「分かったって!急かすなよっ」

目の前のカードにそっと上から手をかぶせるように触れると、カードが白銀色に輝き、家を包み込む。

とっさに目を閉じて手を引く。


「…あ…っ…ー!!」

激しい頭痛が起こり、頭に片方手をやって顔を歪める。



キイィィィーーーーンーー…


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