ー最初の助言者ー
ー…………………
「ー…はははは。これは面白いですねー」
「にー……。大丈夫かなぁ~…?」
「ぐかぁ~」
まだシェアルの森に居るシュール、ネリル、シャンクの三人。
しかも眠ってるシャンクを普通に起こす気がないみたいで、背中に丸太を縦に背負わせ腕を出したまま体を丸太ごとロープで縛られている。
その状態で俯き、足を伸ばして座っているにも関わらず、全く起きる気配がない。
シュールとネリルはシャンク(主にシュールが)を泉の中央前の草原に設置(?)し、草むらに身を潜めて様子を窺っている。
「に。なんでこんな事してるの先生?」
「少しこの方には興味がありましてね。勿論あの口が悪いもう一人の方にも興味がありますけどね。シダンでシェアルロードに向かう時、独自の武器を操って飛んだり、宿の部屋に羽根が飛んできた時も慣れた様子で避けていました」
「に…。そういえば…」
「まぁ、この方がアナタをかばって羽根が頭に刺さっていた話しは置いて、この状況で魔物に襲われた場合、どう対処するのかじっけ…ー」
最後の方の言葉を言いかけるが訂正するように一端間を開け話しを続ける。
「どうやって対処するのか観察するんです♪」
爽やかな笑顔だがどこか影をおびてネリルに言う。
「に…、今実験って言おうと…」
「おっと…、どうやら来たようですよ。魔物が」
話しを逸らしたように言われ、シャンクの方を見ると、本当に一体の緑色のゼリーのような魔物がシャンクに近づいてる。
大きさは若干小さめだが、手足が無い分、口を開けて鋭い歯を向けてる。
しかも眠っているシャンクを見て危険がないと判断したのか、頭に生えてる小さな芽を回転させて他の草むらから三体ほど現れ囲み込む。
「に!? あれって全部魔物!?」
「そうですね」
ニコニコしたまま冷静に答えるシュール。
「大変、あの人まだ寝てるよ! 助けなくていいの!?」
「勿論助けるつもりです。ギリギリまで追い込まれそうになった時にですけどね」
「何でっ!?」
「そうでもしないと、あの方の実力が見れないでしょう? 何より魔物にボコられるのを見るのも別の意味で楽しみが…ー」
「…そ、そんな怖い事言わないでよぅ~」
顔を青ざめて耳を塞ぐ。
「そう不安にならなくて大丈夫でしょう。あの魔物は下級段の魔物です。恐らく、『Level.1』程度のものでしょうね」
「に? 下級…段? レベル…?」
キョトンと片手の人差し指を頬に当て、首を傾げてシュールを見上げるネリル。
全く分かっていないというそんな表情。
「おや。そういえばアナタは一般的知識が余り備わっていなかったんでしたね」
「にぃ~…、好きで勉強してなかったんじゃないよ?」
「そうですね。そうゆう事なので、これから暇がある時私がコルティックで渡した本に目を通しながら勉強しましょう」
「に!? それ本気なの!?」
本気です、と爽やかに応える。
「先ほど話した魔物のレベルなどについてですが…、それも今は後回しにして、あの方が大変な事になっていますよ?」
シャンクを指差して再度見てみると、腕や足を魔物にガジガジと噛まれてる。
だがまだ起きる様子がない。
「にー!? 噛まれてるよ!?」
「見れば分かります♪」
「何で楽しそうなの!?」
「『生け贄』に見えて仕方がないからです」
平然と応えた。
そう言ってる間にシャンクの頭にもよじ登りフードを噛んで攻撃されてる。
「ぐかぁ……、う…うぅう~…ん?」
ようやく気づいたらしく、右手を動かし隠れた顔の目を指でゴシゴシとこすり起きる。
「あぁー。よく寝た。って、あり? 何?なになにこれ?」
自分が丸太に縛り付けられているのに気づき、少し体を動かす。
「もしかしてハンナがまた悪戯したのかなー。しかもなんか頭ガンガンするし腕も足も違和感あるぅ~」
全く魔物に気づいていないらしく、目をこすり続けるバカ(シャンク)。
「……起きたね…」
「起きましたね」
「…気づいてないね…」
「気付きませんね」
「………また悪戯されたって事はあれが日常なのかな…」
「そうかもしれませんね♪」
交互に会話するがネリルはテンションが下がっており、逆にシュールは面白いようにニコニコして見ている。
「……………あり?何コイツら」
と、ここでやっと足、腕に噛みついてる魔物に気づく。
「俺ってこんなペット飼ってたかなぁ~?」
だがただ見ているだけで血を流しているにも関わらずブツブツ独り言を言う。
「に…、な、なんか、凄いね」
「凄いですねー。全く動じないとは」
「…………………」
黙って魔物を見続ける。
「………あり?」
とここで何か気づく。
「ーああぁぁぁぁぁあーっ!!」
急に悲鳴をあげ、まわりの木にいた鳥が声にびっくりしたのかバサバサと飛んでいった。
「に!?」
「はははは」
驚くネリルと笑うシュール。
「なんじゃこりゃー!?」
縛られた姿に気付きながら両手を見て叫ぶシャンク。
まるで松田○作のように…
「何って縛っているんですよ」
草むらから立ち上がり、普通に微笑しながらシャンクに話しかけるシュール。
遅れてネリルも立ち上がり草むらから出る。
「んごっ!? 君らそんなとこに! 何でなんで!?」
「ハンナさんがアナタを連れ去って行ったので私達は探していたんです」
「に!?」
嘘をシャンクにはくシュールをビクッと肩を上げて見上げるネリル。
「で、縛り付けられているアナタを丁度今見つけたというワケです」
「そうなの? いやぁー、わざわざ探しに来てくれてありがとなー。取りあえず助けてくんない?」
「嫌です」
「そっかー。嫌かー。え!? 嫌!?」
にこやかフェイスで即答するシュールに反応を遅らせて見上げるシャンク。
「助けてあげたいのは山々なんですが、実は私、奉術や魔術でしか攻撃出来ないんですよ」
「に? 先生武器持って…ー」
バッとネリルの口を手でふさぎ、ニコニコしてシャンクに話を続ける。
「ですので、奉術、魔術だと魔物だけでなくアナタまで殺…ー、いえ、怪我させるかもしれません」
(に!? 今恐い事言いかけてたよ!?)
「んー。そっかそっかー。それは仕方ない仕方ないー」
「もし自力で魔物を倒せないのなら、ネリル嬢の武器でも使わせましょうか?」
「に!?」
ネリルの口を塞いでいた手を離す。
「んー。ネリルちゃんが俺の為に助けてくれるっていうのは有り難いけど、やっぱ迷惑かけらんないし自分でやるわー」
ガジガジと頭のフードが破け黒紫の髪が見えても尚、魔物に噛みつかれてる男が笑いながら言った。
「…恐いよぅ……」
ネリルがシュールの裾を掴みながら少し後ろに下がる。
「そうですか。では頑張って下さい。私達はここで応援しておきますから」
「任せろい!」
縛り付けられてる体と違って自由である両手を縄に置き、紫色に手のひらと縄が仄かに光ると、ブチンと縄が腹部の真ん中から切れた。
「よっし!」
バッと立ち上がり、丁度横に倒れそうになった丸太をガッと両手で掴み紫色の光りで包み込むと、丸太の形が長い槍に変化する。
「……………ー!」
「にっ!?」
驚いて“それ”を見る二人。
「とりゃぁ~!」
紫色に光る槍を軽々と振り回し、足と腕に噛みついていた魔物を棒や刃先の部分ではがし、三体地面に落ちて延びる
「ほぉー」
「にー。スッゴいすごい!」
多少感心するシュール。
その隣で掴んでいた裾から手を離しピョンピョンとその場で飛び跳ねるネリル。
仄かに紫に光る槍がまた更に光り、丸太にリバースさせ、ポイッと地面に放り投げる
「どう?どう?俺凄くなくなくない?」
そう言いながらシュールとネリルに近づくが、結局頭にまだかじりついてる一体の魔物が残ってる
「確かに凄いですが、その頭に飼ってるペット(魔物)もどうにか出来ませんか?見ていて見苦しいです。」
指を差して教えると、
「あ!コイツも忘れてた!」
となんとも頭の悪い思い出し方をして両手のひらを上げて魔物に向ける
「えーっと…」
そーっと魔物を素手で掴もうと両手を伸ばした途端、魔物が気づいてシャンクの右手(白い手袋をはめられた)の人差し指と中指をガブッと噛む
「あぁぁあー!!いてててて!いたーい!いたい痛い!?」
ブンブンと横に上下左右腕を振りはがそうとする。
「これはちょっとした地獄絵図というやつですよネリル嬢」
「に。そなの?」
「はい」
光景を見ながらネリルに笑いながら話すシュール。自分がシャンクを縄で縛り付けた事に全く罪悪感を持っていない
「ゼェ…、ゼェ…ッ…!…や、やっと離れてくれたぜ…。さすが下級一段…。ちっこい魔物も侮れないぜー…」
無駄なところで悪戦苦闘し、体力を消耗している馬鹿がここにいた。
「でも葵光(レイチョウ)ってあんまし物体に具現化すると体力の消耗が激しいからなー。あ。俺の武器使えば良かった」
ガサゴソと自分のコートをあさぐるように手を動かす
「………あり?ない…。…お、俺の武器どこいった!?俺の武器どこにいっちまったー!?」
「アナタの武器ならそこの木の下に落ちてますよ?」
シュールが親切に、少し離れた場所の木の下に転がっている赤い棒を指差す。
そこは現在から過去、つまり今の時間へ初めにたどり着いた場所である。
「あ!俺の如意棒、発っ見!」
すぐさま走り、うつ伏せにスライディングしながら両手を伸ばして棒を掴む
「はぁ~。良かったー。俺の如意棒ー」
「如意棒ですか」
「んーん。ただ言ってみただけー」
立ち上がり、シュールに言いながら棒をギュッと握り締める。
すると、一瞬紫色に光り輝き、握っていた棒が小指サイズに縮む。
「にー…」
不思議そうにその様子を眺めるネリル。
「アナタが言った《レイチョウ》とは、その紫色に光るものの事ですか?」
シュールが何気なく質問すると、んー?と曖昧な声を出しながら縮小した棒をコートの胸ポケットにしまい、歩いて近寄る。
「まぁねー。どっちかといえば《葵光》しか使えないって言えばいいかなー」
「に?先生ー。葵光ってなに何?」
首を傾げ、シュールを見上げて質問するネリル。
「さぁ…?私にも…ー」
答えようとすると、シャンクが口を挟む。
「葵光ってのはさー。アンタ等や旅人、兵士が扱う奉術とは違う力で、俺達にしか扱えない葵光っていう光りの力を使って攻撃したり物質を具現化できたりする力なんだよねー」
「に。光りの力?」
「そーそ。使い方は色々あるんだけど、光りって速度が速いし活用出来る事が多いしー…」
「アナタ方は奉術を使う事が出来ないのですか?」
「んを~?よく気づきましたセンセー。そうだなー。あえて言えば“奉術の代わり”として“葵光を扱える”って言えばいいかなー。はははー」
「…葵光……」
興味深そうに言葉を繰り返すシュール
「それにしても、ハンナのヤツ遅いなー」
腕組みしたまま泉の方へ歩みジっと見るシャンク。
「そろそろ連れて帰ってもいいのに」
「ねね。ハンナってさっき一緒に居た人の事?」
ネリルがシャンクの隣に立って質問する。
「まぁね。アイツせっかちだからいっつも早く物事済まさないと落ち着かない質(たち)だからねー。“何か”で手こずってんのかなー?」
「…に………。キル兄だいじょぶかな…」
「………………………」
心配そうな表情で呟くネリルだが、シュールは少し真剣な目でシャンクを一度見て、ゆっくりと視線を泉に移す。
‘キイィィィー……ー’
上空を飛ぶスケボーの音がキルの耳の奥で響く。
黙ったままでただ何気なく下を見たり上の雲を見たりするだけで他に何も話しをしない。
そんな様子に気づきハンナが声をかける
「どうした?急に無口になりやがって」
「え?いや…、別に」
「恋でもしてんのかキル君」
「君って、んなワケあるか」
「じゃぁ、気のせいか」
「気のせいにしてくれ」
「嫌だ」
「どっちだよっ!?」
「また会話が終わるからな。なんだぁ?ハンナ様に言えない事か?」
「つい最近知り合った奴に相談とかしずらいだろ。まず知り合いでも相談する気もでないし」
「そりゃぁ、そうだな」
納得すんのかよ、と冷めた口調でツッコミを入れるキルにハンナが話しを続ける。
「相談されんのも面倒だからそれもそれでいいかな。そろそろ乾いてきたか?」
「は?乾いたって?」
「服とか髪の事だ。貴様等泉に落ちたんだろう?あっちで会った時ビショビショだったぜ?」
「あ。…まぁ……、ある程度は。やっぱ気づいてたよな…」
自分と少女の服や髪を見ながら返事する。
「初めに気づいてたがあえて言わないってのもなかなか面白いな。さすがシャンクだ。無駄なところに知識がある」
「シャンクのアドバイスか何かか?」
「いや。多分適当に言葉を並べただけだろ」
「そうかよ」
大体予想通りだったと返事をする。
「あ、そうそう。貴様の名前に関してだけどな?この時空間に来る前、眼鏡の野郎が「キルをお願いします」って言ってたから名前分かんだよ」
「は?」
「宿の方でも何度か名前呼び合ってたし、確証を持てたからな」
「シュールがか…」
「を?あの眼鏡シュールって言うのか。んー。言われてみれば宿で貴様が一度呼んでた覚えが…ー」
考える素振りを見せ、
「記憶が曖昧だ。じゃぁ、あのツインテールのチビはネリルで間違いないな」
「ネリルまで知ってんのかよ」
「シャンクがネリルと会ってから俺に話ししてくるから嫌でも覚えた。五月蝿いったらなかったぜ全くよぉ~」
「へー…。そういやぁ、ネリルとは知り合いみたいだったからな。宿じゃぁ、ネリルに顔見られたくなかったみたいだったけどさ」
「ん?そうなのか」
「あぁ」
「はー…。顔ねぇ…」
「何か問題あんのか?」
「ん?…ま。ちょっとな」
「……………?」
ハンナの様子を見るが、特に説明しようとしないので黙る。
が、すぐにハンナが口を開き、
「を?そろそろ見えてきたぜ、キル君」
「は?」
「ん」
前方を指差し、視線を前に向けると確かに、森の中に巨大な岩がそびえ立っている場所が見える。だがまだ遠くの方なので、この速さでは着くのは10分ぐらいかもしれない。
「あれか?」
「そ」
巨大な岩は森の木よりもはるかに高く、幅も異常な程広い。
まるで隕石でも降ってきた跡のような、それくらい巨大だった。
「でけー岩だなー…」
「凄いだろ? あの岩はどうも奉術の力で守られてるらしく、簡単には砕けないようになってるんだぜ?」
「は? 奉術? 誰かがあの岩を守ってるっていうのか?」
「“誰かが”というより、“何か”だ。
いくら経験をつんだ者でも、百人二百人の奉術を岩に送り込んでも絶対にあのでかさじゃ防御奉術なんか出来ないぜ?」
「何でだよ?」
「奉術ってのは、外側だけに膜を張るようにするだけならそんなに力を消耗しなくても済む。けどな、魔物で言えば下級一段からギリギリ中級一段までのヤツにしか防御は塞げきれねー。
貴様は…奉術を個奉体、液奉体、気奉体の基本的な三種類を扱えるのを知ってるよな?」
「ま、まぁ…」
「奉術で防御を行うのなら個奉体。
ま。特殊属性を備えて無けりゃ、大体がクリア(透明)で防御してるのかわかりずらいだろうな。
簡単に説明するとだ。
そもそも『奉術』ってのは人間の体内にある見えない器官、
この場合『奉器官』っつー名称だが、奉器官内で魔術と別の物質、奉術の源である『奉力』と結合させて初めて奉術が完成する」
「へー…。よく知ってるな?」
「これでも経験が長いからな」
「は? 経験?」
眉をひそめて疑問げな表情をするがハンナはそれをスルーして話を続ける。
「内部(奉器官)から直接自分を守る為に防御奉術を出すのなら、
内側と外側を繋げて守るから防御率が高い。
けど、他人に防御奉術を出すと内部の奉術を切り離さなきゃいけないから外側だけにしか防御出来ない。
だから外からの攻撃を受けると防御奉術は簡単に破壊される」
「…………確かに…」
ハンナの言い分に納得する。
「だからあの岩も同じ原理だ。簡単に破壊出来ないって事は…、
外側から防御奉術をかけたんじゃない。
“内側”からだ」
「………岩の…中?」
「そうとしか考えきれないな」
「岩にも意識があって、奉術を使う事が出来るって言うのかよ?」
「いや。それはどうか分からない」
キルの質問を予測していたかのようにすぐに応える
「奉術なんて、貴様等が普段から使える周囲の気体や物質を組み込んで扱う魔術を強化させて、
奉力っつー物質を体内で作り出したもんだからな。
“生きてないモノ”が奉術を扱えるなんて到底不可能だ。
最も…ー」
ようやくついた巨大な岩がある小さな森の上空で止まり、
「この岩が“ただの岩じゃない”っていうのは確かだな…」
岩を見下しながら呟くように言う。
「…………………」
なんか…、コイツすげーなぁ……。
なんでこんな奉術に関して詳しいんだ…?
そう考えていると、ハンナが先程の態度と違って声を押し殺しながらおい、と静かに話しかける。
「……貴様、この時間に来て二人の男性と女性しか見ていないよな?」
「え…、まぁ…」
「本当に、誰にも見られたりしていないよな?」
「見られてはいないと思うぜ?」
一応何となく確信は持てる。
誰かに見られていたら、視線の感覚とか気配に気づくだろうしな。
「…じゃぁ今言う。黒いコートの野郎が…」
ゆっくりとフードで隠された顔をキルに向け…
「すぐ近くに“いる”」
「………………ー!」
ハンナの言葉を聞いた途端、直ぐ真下の森の木から“何か”が飛んできた。
だがハンナはそれを予測していたかのように、ヒョイっと少し横にズレて避ける。
キル達のすぐ横を通り過ぎた物体を見てみると、黒い煙りに包まれた小さなナイフが三本、縦になって上空へ飛んで行き、キルが目で追っていると消えていった。
(…………ナイ…フ…?)
「ボケッとすんなよキル君! また来るぜ?」
「は、うおっ!?」
その場で停止していたスケボーを前に動かし、一気に加速する。
見ると、後ろから先程の黒い煙りに覆われたナイフが六本に増え、逃げてるこちらを追い掛けるように飛んでくる。
遠心力に負けないよう必死にハンナの肩を掴むが、背中に背負ってる少女にも自分の首に腕を回し片手だけで支えてる状態なので結構キツい。
「なんでまたいきなり襲われなきゃなんねーんだよ!?」
「五月蝿い耳元でデカい声だすなアホ」
「アホってっ…。…てか、もう少しスピードっ…ー」
ナイフ型の煙を何とか避け続けるが、そろそろ手の力が限界に達していったのか、表情を歪ませるキル。
途端にハンナのスケボーがナイフを避ける為、一瞬ガクンと傾き、肩を掴んでいた手を滑らせると同時に横へ体勢が崩れ落ちる。
「いっーーー!?」
「しまっ!」
背中に背負っていた少女もキルから離れ、二人共真っ逆さまに森へ落下する。
すぐさまキルと少女が落ちるのに気づいたハンナが反対を向いて方向転換し、紫色に光る煙に包まれているスケボーを90度真下に向けて二人の方へ向かう。
だが、容赦なく黒いナイフが後ろから三つほど追いかけてきて、ハンナの腕の袖を切り裂く。
「くっ!邪魔くさいな本当に!」
右手をバッとキル達に向け、少しスピードを遅めて紫色の光りが二人にあたると、光りから煙りになり、二人を包み込んでゆっくり落下する。
「…な…っ!?」
煙を見て驚き、ゆっくり降下しながらハンナの方を見た瞬間、黒いナイフが猛スピードでハンナの後頭部目掛けて向かってくるのに気づく。
「ハンナ!! 後ろだ!」
え?と後ろを向いてナイフに気づき、直ぐさま避けようと横に移動すると、ナイフが若干方向転換し、ハンナの顔ギリギリでフードを切り裂きスケボーから足が離れ落下する。
「ーうわ!!」
フードがぶわっとはずれ、そのまま森の木にガサガサと音を鳴らして落ちていった。
「ハンナー!!」
落ちていったハンナを見て大声で叫び、下を見ると、一人の黒紫色の髪をした少女が見上げてキル達を見ている。
「………………ー!」
少女が目を見開き、すーっと息を吸い上げる
「ーキル兄ぃぃ~っ!!」
「ーーー………!?」
名前を呼ばれ、しかもその独特な呼び方をする人物は、紛れもなく、とても身近に存在していて、そしてつい最近知り合ったばかりの親しい人物…ー
ネリルがいた。
「ね、ネリル!?」
驚いてネリルを見て名前を叫ぶと、あと一メートルぐらいの距離がある地面に向かって急に落下速度が速くなり、ドサッとネリルの目の前に背中から落ちた。
ピンク色の少女は地面ギリギリのところでふわりと一瞬浮き上がったようになり、草原である地面に仰向けに眠る。
「いてっ。……つつ………」
「に!?だいじょぶキル兄!」
上体だけ起こして背中を手でさするキルに声をかけるネリルだが、急に驚愕したように驚く。
「に!? どうしてキル兄ここにいるの!? しかもその服!」
「はぁ?どうしてって、それはこっちが聞きてーよ。なんでネリルがこんな森にいんだよ?」
背中を多少痛め、表情を歪ませながら質問を質問で返す。
「あたしは機関の人を追っかけてここまで来たの」
「機関?シュールはどうしたんだよ。あの白いコートの男も一緒じゃないのか?」
「に?」
キョトンと話しが食い違っているようで、首を傾げるネリル。
それからまじまじとキルの顔、髪、服装をオレンジ色の猫のような瞳で観察しだす。
「…な、何だよ……」
「…にー……。キル兄、“こっちの”キル兄じゃないんだね」
さも当然のように言葉に出した。
「…………は?」
「に。それに…」
キルから視線を眠っている少女に移し、
「姫ちゃんも“眠ったまま一緒”って事はキル兄、次元断層空間のノイズに引っかかっちゃった時なんだー」
「の、ノイ…ズ?」
(そんな言葉聞いた事ねーし、コイツなんで知ってんだ?)
うぅ~、と唸るように両手を自分の頬にあてて何か考えを整理している様子。
「に!じゃぁ、“今のキル兄は前のキル兄”なんだ!」
解決したようで、ポンッと右手拳を左手のひらに軽く叩くようにおき、にぱっと満面の笑みでキルに顔を向ける。
「………………………」
…正直、意味が分からない。
前の俺は今の俺とでも言ってくれたらすこし理解しやすいけど…。
…《今の俺は前の俺》って……
どういう意味だよチビ。
「えと。今の状況が分かったけど、キル兄なんで空を飛んでたの?」
「飛んでねーよ!? 襲撃されたんだよ俺達は!」
「に!? し、襲撃!? え、キル兄と姫ちゃんが!?」
「なぁ。《姫ちゃん》ってのはあのピンク色の髪したアイツの事言ってんのか?」
眠ったままの少女に視線をおくるキルに、こくんと大きく首を縦に一度振る。
「に。全く全然その通り」
「否定なのかあたってるのか微妙な返事だよなそれ…」
「に。キル兄のその冷めたツッコミ久しぶりだね♪」
「………………」
「に?どしたの?」
「……お前、ネリルだよな?」
「そだよ?」
「……最近会ってたよな?」
「に。今のキル兄には会ってるけど前のキル兄に会うのは久しぶりなのだよ~」
「…………………」
「それに……」
ふいに少女に優しい表情で懐かしそうに見る。
「……姫ちゃんを見るのも…、久しぶりだな…」
「…………は?」
うーん、と真顔な表情でキルを見上げるネリル。
「ねね、キル兄。襲撃されたのって、誰にされたのか見た?」
「え」
突然話しが変わったので一瞬戸惑いを感じ、言葉が詰まったが、すぐに思い出す。
「誰かは見えなかったけど…」
「に、じゃぁじゃ、黒い煙りで作られた武器みたいなのとか見た?」
「あ。それなら見たぜ?
ハンナってヤツとスケボーに乗ってこの場所についた途端、黒いナイフみたいなのが沢山俺達に向かって追いかけてきたんだよ」
「に!やっぱり!」
いきなり声を大きくしたので、多少ビクつくキル。
「やっぱりって…」
「キル兄達を襲撃した人物って、多分ダーク・アイの機関の一人だよきっと」
「は?ダーク・アイ?」
名前を聞いて、信じられないような表情をする。
「ダーク・アイって、なんであの機関の連中が俺達を襲うんだよ?」
「に………」
キルの発言を聞いて、目をまん丸くしてポカーンとした顔つきで見上げるネリル。
「……その顔は何だよ」
「………………に! そ、そっか!キル兄まだ知らないんだ。
あぅ~、あたしやらかしちゃったよぅ~」
両手で頭を抱えて唸るネリルの様子を見て更に意味が分からないなるキル。
「……さっきから言ってる事が意味不明なんだけど…」
「そ、そゆう事だから、あたしキル兄と姫ちゃんを襲った人探しに行くね!」
焦りながらキル達から離れ、背を向けて走る。
「あ、おいネリル!そうゆう事ってなんだよ!? てか、姫ちゃんって、この女の事知ってんだろ!」
バッと立ち上がりネリルに質問すると、走ったまま顔だけキルに向け、
「ごめんねキル兄?“また後で”話ししようね。」
ザッザッ、と草道に足を踏み込んで小走りで走り去って行ってしまった。
「…………………………」
しばらくネリルが走っていった場所を見て、はぁ、と疲れたように溜め息をつく。
「……そっ…か。…あのネリル、つい最近会ったネリルじゃねーんだな…」
少女に目を向けると、スヤスヤと小さく呼吸をして眠っているのが分かる。
「大丈夫みたいだな」
とっさにハッとしてまわりをキョロキョロと見渡す。
「そうだ!ハンナを探さねーと!」
だが、まわりを見渡しても誰も見えず、人の気配すら感じられない。
少女の元へ駆け寄り、目の前で膝をついて様子を窺うと、右腕の包帯がはずれかけているのに気づく。
「ん…?これ…………」
シュルっと包帯を掴んではずすと、腕の袖が横に少し破けてあり、皮膚が見えるが何も傷跡がない。
「傷がない……。………けど…」
ちらっと手に握ってる包帯を見る。
包帯には血らしき赤いシミのようなものが染み込んであり、少し赤茶に色が変色してある。
「……なんで……………」
まじまじと包帯を見つめ、少女を見る。
(………もしかして…)
腕と少女の顔を見ながら何か心当たりがあるようで、包帯を地面に置いて立ち上がる。
「………まさか…な…」
呟くと、突然キルの後ろで少し離れた草むらがガサッと音を鳴らし、バッと腰に巻いてる双剣を両手で掴んで構えながら振り向く。
「……………ー!」
右手に握り締めている短剣を沙耶から抜き取り…―
「そこかぁ!!」
足を軸にして体ごとひねり、短剣の刃の先端をガサッと動いてる草むらに向かって投げつけた。
「ピャー!」
草むらから何か聞いたことのない鳴き声(どちらかと言えば悲鳴)が聞こえ、眉をひそめる。
(ピャー…?)
目を細めて草むらを見ていると、すぐにまたガサガサと音をならしだしたので、すぐにまた警戒しながら左の剣をギュッと握り締める。
「………………ピ」
草むらから三十センチ位の小さな生物が草むらのせいで体や顔に影が出来たまま姿を現す。
瞳らしき二つのビー玉が緑色に怪しく光りキルを見る。
「魔物か!?」
グッと剣を引き抜いた途端、小さな生物がガサッと草むらからちゃんと姿を見せる。
…そして
「ちょちょちょちょ、ちょっと待って下させーダンナ!オレっちは魔物じゃないッスよ!?」
と、小さな二本足で立って、ちょこちょこと左右の短い手をバタバタと縦に振って必死に言葉を交わす動物。
耳はウサギのようにピンッと立ち、おでこ、お腹、尻尾の毛先の部分だけ緑色であとは全身茶色い色の体をしている。
「ーはぁっ!?」
しゃ、喋った!
何だ、どうゆう事だ!?
「お、お前っ、会話が…!それに魔物じゃないって…」
「そりゃぁ普通に会話するッスよ~。そこらの普通の生物じゃないっスから」
腰に手をおいてハキハキと喋りかける。
「は?」
まだ剣を握り締めたまま目を見開いて驚きながら小さな生物を見ていると、また草むらからガサガサと音がなる。
「おいエメラルド。相手が困ってるだろ?僕達はこの人達とは初対面のようなんだから」
茶色い生物と同じくらいの大きさで、緑色の部分は同じだが茶色ではなく黄色い毛、両目は水色で銀の眼鏡をかけて小さな白い本を持っている。
(こ、こいつも二本足で立って喋って…ー)
「あ。そうだったっスね。アクアマリン」
「いつもの事だからもう気にはしないですけど…」
キルを見上げ、狐のようなフサフサな尻尾をゆらゆらと揺らす。
「先ほどは弟が失礼な事しました。すみません。」
礼儀正しくぺこりと60度お辞儀するアクアマリンをみて若干動揺するキル
「あ、いや、別に・・・・」
「それよりもお兄さん。お兄さんが投げた鋭い刃物はそこの草むらに隠れて木に突き刺さっていますよ。」
「え?あぁー。そうなのか。忘れてた。」
「ほら、エメラルド、取りにいってきて。」
「アイアイサーッス!」
すぐに草むらにガサガサと入っていった
「は?いや、自分で取りに行くって。」
「いえ。あなた方の様子を無断で観察していたのです。これくらい僕達に任せてください。」
「あぁ・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?観察?」
「はい。空から落ちてきたところからずっと見ていました。」
「へぇ~・・・・。」
って、ずっとそこにいたかよ!?
しかも見ていたって逃げもせず声もかけずに!
・・・・なんて事をツッコめずにいる俺。
いや、ツッコミをいれれるけど、なんか・・・・、このアクアマリンってキツネみたいな奴、ツッコミをいれるなオーラだしているっていうか・・・
「・・・・・・・・・・? どうかしましたか、お兄さん?」
「へ?や、どうもしないどうもしない!」
必死に焦りながら言うキルをみて少し不思議そうに首をかしげる。
と、すぐにエメラルドがキルが投げた短剣を両手で持って来る
「あったッスよー!これッスよねー?」
「お。ありがとな。そのまま投げてくれ。」
「え!?いいッスか!?そんなことして間違えて刺さったら・・・-」
「大丈夫だって。ほら」
全然恐怖感もなさそうなので、心配そうにキルをみるがやがてえいっ、と短剣をキルに向かって回転させながら投げる
「よっと。」
ぱし、と身体を少し横にずらして右手で短剣をつかみ取る
「サンキュー。」
そのまま両手で二つの短剣をくるくるとまわしながら背中のクロスされてる鞘にきれいにしまう
「ほえー。旦那。すごいッスね!」
「どうでもいいけど、その旦那って言葉で呼ぶなよ。」
「だってオレっち達名前が分からないッスからー。」
「そうそう。名前が分からないんだよ。あ。」
アクアマリンがなにかに気づいたような反応をする
「まずはあなたと僕たちの名前を交換しあわなければなりませんでしたね。」
「名前なぁ。でもさっきお前等が名前呼び合っていたからもう名前知ってるし。」
「いえいえ。ご存知でもちゃんと自己紹介をお互いにやりましょう。自分にも相手にも失礼きまわりないんですから。」
「まぁ、そう・・・なのか?」
はい。とアクアマリンが無表情に返事すると、エメラルドがさっそく名前を言いだす