ー最初の助言者ー
ートクン……………
ーートクン………………
……………なんだ……
……この感覚…、…やけに心地いい……。
身体が逆さまで、白銀色の広い空間に黒くて小さな球体が、瞳を優しく閉じてるキルのまわりをゆっくり浮かび横切る。
「…………………」
どこだ…………、ここ…。
閉じていた目をゆっくり開き、スローペースで下降しながら髪やバンダナ、服の裾が靡いてる。
………確か…変な空間に居たような…ー。
《ーやっと…、見つけた…》
「……………?」
頭に直接響くような声がした。
〈…やっと…、光りが補える……〉
……なん…だ…。
………この声……。
〈でも…、まだ駄目だな…〉
……駄目…?
何が駄目なんだ?
……お前は、
誰なんだ…?
〈………本来の………自分に……覚醒しなきゃ………いけない…〉
本来の……自分………?
〈…もっと導け………〉
導くって、お前は……ー
言葉に出そうと口を開きかけた瞬間、すぐ背後に誰か黒い男性が並んでいる感覚がして、キルの耳元で小さく囁く。
〈………“まだ…、不完全だからさ”…ーー〉
「…………は…っ…ー!?」
とっさに後ろを振り向こうと目を見開くと、いきなり視界の景色が変わり、ピンク色のロングの髪をして眠っている少女を抱きかかえている。
二人共宙吊りのように体が逆さまになっていてキルが下を見ると、すぐ目の前に水がある事に気づく
。
「み、水ぅっ!?」
理解したがもう手遅れだった。空から急降下し、そのまま二人共水の中に落ちてしまった。
‘ドボンッー!!’
「……ぶっ…ー!!」
両目を一端瞑り、離しそうになった手をすぐにギュッと少女を掴んで水面から顔を出す。
「ーぶはっ!な、なんだ!?いきなり!?」
まわりを見ると、どこかの広い泉らしく、すぐ手前に土草の地面がある。
「早くこっから…ー」
前に泳ごうとした瞬間、服が水を吸い取り一気に重くなる。
「お…、重っ!!」
なんとか少女を引き連れて泳ぎ、やっと岸までたどり着いた。
「………ゼェ…、ゼェ…!…なんでいきなりこんな目に…」
陸地で初めに少女を仰向けに横たわらせ、次にキル自身も陸地に膝と手をついて呼吸を調える。
「あ、やべっ!コイツ水飲んでないよな!?」
バッと少女に視線を向けるが、相変わらず目を閉じて眠ったままで、微かに呼吸をしてる。
見る限り安らかで正常だ。
「ハァ…。良かった…」
ホッと一息ついて顔を下に下げるが、バッと立ち上がり右手拳を胸まで上げる。
「って全然良くねーよっ!!コイツのおかげで俺みんなとはぐれちまったじゃねーか!しかもここがどこだか分かんねーし!」
一人で声を張り上げるがまわりに人の気配がなく、シーンと静まり返っていて逆に虚しい気持ちになってくるキル。
「……………あぁ…。……うん。…だよな……」
何を納得したのか、一人で腕組みしながら頷く。
「…………………」
《なんか今の俺、可哀想なんだけど…!!》
脱力感を味わいすぐ近くの木に顔を隠すようにもたれる。
「これからどうすりゃぁ……、…って……ん?」
木を見、まわりをよくよく見渡して見ると、どこか見覚えがあるのに気づく。
「………ここ…、どっかで……」
首を傾げ、空を見上げるが特に変わった形跡はなく、少女に視線を向けると微かに人差し指が動く。
「あ。動いた」
少女の隣まで歩き近寄り、足を少し曲げて顔をジッと見る。
「……………スゥ………」
「………………」
「………スゥ………」
「………………?」
「……………ス…ゥ……」
「………うぅーん…」
なんか…、全く起きる気配が無いよな…、コイツ。
様子を窺うもずっと眠ったままなので目を細めるキル。
「…てか、水に落ちたってのに起きないって凄くね?」
ボソッと呟くと、髪の毛先からポタリと水の滴が地面に落ちる。
「…………さむ…」
二人共服も髪も全部ビショビショに濡れているので少しの風でもすぐに体温が下がってしまい、寒くなってくる。
「…このままコイツ放置するわけにもいかねー…よなぁ…」
少女を見てハァっと溜め息をつき、まわりを見渡す。
「どっか近くに街とかあればいいんだけどなぁ…」
得体の知れない場所から動きまわっていいのかどうか分からず、頭をかく。
「このままじゃ風邪ひくし、こいつ背負って歩きまわるしかねーな…」
やれやれと少女を自分の背中に乗せようと腕を掴む。
「…………ん…?」
片方の髪に飾られてる黄色とピンク色の蝶の形をした髪飾りがはずれかけているのに気づく。
「…………これ…ー」
髪飾りにゆっくりと手を伸ばす。
〈もしもーし。そこの人さらいのお兄さん〉
「……………ー!?」
ビクッと肩をあげてピタリと手を止める。
〈何をしているのかなー?〉
「だっ、誰だっ!!」
バッと立ち上がり、まわりに囲まれている木を見渡すが、どこにも人の姿が見あたらず。
〈随分と面白い組み合わせだねぇー。水で濡れてる少女と少年。まるでプレイング(遊戯)のクラブとダイヤみたいだよ〉
「は!?何わけ分かんねー事言ってんだよ!」
〈お気に召さなかったかな?ならプレイングではなくトランプ(切り札)にしてあげてもいいよ〉
「はぁ?」
クスクスと男性の笑い声が響き渡り、木がざわめくように風で枝が揺れる。
(な、何か…、不気味だな…)
〈今、君は困っているかい?〉
「な、何だよいきなり。大体誰なんだよお前!姿を見せろよ!」
〈あぁー…。すまないけど、今は姿をあらわす気なんてないんでね。君の御想像にお任せするよ〉
「は!?」
〈もう一度質問するよ。君は今…、困っているかい?〉
「…な……、何がだよ」
〈直ぐに思いつかないのかい?〉
「別に困ってる事なんかねーよ」
〈ふふ…。それはおかしいねぇー〉
「何がだよ?」
〈僕は君達がそこの泉から出てくるところから様子を眺めていたんだけど、殆ど困った様子の様に見えたよ〉
「は…?」
〈例えばこう考える…。
“この場所はどこなのか”…〉
「……………!!」
ー………な、コイツ……、なんで…。
目を見開き、泉に向かってゆっくりと視線を向ける。
〈例えばこう考える…。
…“今は何時(いつ)の時代なのか…”〉
………なんでコイツが……。
〈…例えば……、こう考える…。
……“この少女は…、誰なのか……”〉
俺の状況を知ってるんだ…ー!?
押し黙り、少し汗が頬を伝う。
〈………驚いてるのかい?〉
「………お前…ー」
問いただそうと、決まっている言葉をどこにも姿が見えない“者”に問いかけようとするが、何故か言葉が出ず、小さな風がザワザワと吹きこみ、しばらくの間沈黙が流れる。
〈………………〉
「………………………」
〈…ぷっ!〉
「!?」
〈あっはははは。何マジになっているんだい君はー♪〉
「…………は?」
〈さっきも言ったと思うけれど、僕は君たちが泉から出てくるところから様子を眺めていたって言ったよね?
その直後、君はそこに横たわっている彼女に向かってここがどこか分からないと言っていた。
だから
『この場所はどこなのか』
と問いた」
「…………………」
〈彼女に関しては…、ただ単に一度も名前で言っていなく、コイツのせいでみんなとはぐれたと言っていたから
『この少女は誰なのか』
と問いた〉
「確証なかったのかよ」
〈ふふ。驚いた様子で否定もしなかったから当たりだなと思ったよ〉
「………………」
〈“この時間ではね”〉
「………-!!」
バッと後ろを振り向くが、木が風でさらされるだけ。
〈君達にヒントを与えようかな〉
「ちょ、ちょっと待て! さっきのって…-!」
〈そこから近くの方に、不自然に穴が開いた木が倒れているのがある筈だから、それを見つければここがどこだか確定できると思うよ〉
「……はっ!?」
〈では、……アリュー♪〉
「………ぅ…っ-!!」
突風が吹きこみ、片目だけ閉じてまわりの木々を見渡す。
「おい! どこにいるんだよ! なんで回りくどい事すんだよ!」
大声で問いかけるが、さっきまで吹いていた風がウソのように止み、返答がなかった。
「………誰なんだよ…。…お前………」
空の色は明るく、雲ひとつ無い快晴。
「はぁ。…なんか、疲れるなぁ…」
ちらっと立ったまま少女に目を向けるが、小さく寝息をたてて安らかに、静かに眠っているままだ。
「…コイツ背負わねーといけねーじゃん…」
ボソッと呟き、がくっと肩を降ろす。
少女に近寄り、よくよく見ると、布が破けた部分の右腕に包帯が巻かれている。
(なんだこれ?どっかで怪我したのか、コイツ)
白い包帯なので、うっすらと赤い色が染みついている。
「よっと」
背中に背負い、動かした事で少女の左上の髪を縛っていた蝶の髪飾りが緩んで地面に落ちた。
同時に縛られていたピンク色の髪が垂れ下がり、自然な状態のロングヘアーになる。
「おっと」
背負いながら少しかがみ、手を下に伸ばして髪飾りを拾って見る。
(…ん?……何か文字が書いてるな…)
髪飾りの裏側を見てみると、うっすらと小さな文字が彫られている。
目をこらしてゆっくり口に出して読みあげる。
「……リ……リー…、……リリー……って、かいてんのか」
裏返し、表の方を見てみると、少し欠けてる部分がある。刃物か何かか、小さくヒビがついてるような感じに。
(………コイツの名前みてーだな…)
左肩に顔をもたらせてる少女の顔を見る。
(これがもし名前じゃなかったらだせーよな…)
そんなどうでもいいような細かい事を思いつつ、髪飾りをポケットにしまい背負ったまま歩き出す。
「にしても、まわり木とか草ばっかりだな」
歩きながらまわりを見渡し、呟いてどんどん前に進むと、ある一本の木が倒れてるのを見つける。
「…あれ…?」
倒れてる木に近づいて見てみると、倒れて長い時間がたったのか、色が変色している。
よくよく見ると、倒された部分の木のところどころに丸い小さな穴が多数ある。
(…これ、どっかで……)
木の近くを見ると、根元から小さい草が生えてる切り株の倒されたであろう部分にも小さな丸い穴が多数ある。
「……もしかして…………ー。…………ー!!」
ハッとしてとっさに記憶を思い返す。
(…確かつい最近……)
記憶を辿るように倒れている木を見る。
ーーーー……………
「うっわ!?なんだこれ!?」
「木が倒れ落ちてますね…。先ほどの音はこの木が倒れ落ちた音だったのでしょうね」
木に近づき、しゃがんで調べるシュール。
「……………!…………なる程…」
眉を少し上げ、立ち上がる。
「何か分かったのか?」
「…この木が不自然な切り方をされていますね…」
「んん?どれどれ…」
「に?」
キルとネリルも木に近づき、切り落とされてる部分を見る。
「………なんだこの丸い粒みたいなのは?」
倒れた木と切り株になって切られた部分を見ると、僅かに丸い小さな粒で穴があいてる形が所々にある。
「あきらかに不自然ですよね?木の根元部分が腐って倒れるのなら分かりますが…、この木は比較的まだ樹齢が新しい」
「…つまり………ー」
「木が自分で分裂したの?」
“ゴンッ!!”
「馬鹿かお前はっ!?木が自分から分裂出来るなんてんな器用な事出来るか!!何で今の話しの展開でんな結論になるんだよ!?」
「んにぃ~。でもはっきりクッキリもしかすると分裂出来るかもしれないよぉ~」
「まず奉術も知らないお前がなんで分裂なんて言葉知ってんのか疑問なんだけど!?」
「に!?」
自分で驚くネリル。
「ははは。つまりですね、誰かの手によってこの木を倒したと考えられるんですよ」
「に?そうなの?なんで?」
「なんでってお前…」
「さぁ?分かりません。とにかく、この木が先程倒れたという事は、ここに誰かがいるという証拠でしょうね」
「そうなんだー」
ネリルが倒れてる木をまじまじと見る。
「…………うん…ー」
キルが何か確信を持ったように何故か頷く。
「…………なんか…、…面倒な事になりそうだよな…。……こうゆう展開になると………ー」
目を細めて呟く。
……………ーーーー
「十分面倒な展開になってんじゃねーか!!」
いきなり大声で過去に対してツッコムキル。
「あぁ~…」
なんだってこんな事に…。
ってーと、ここって…-。
ザッザッザッザ
「……ん?」
リリーを背負ったまま近くから足音が聞え、こっちに近づいてくる。
―――――――――――――――――――――――――
‘シュンッ…-’
「うおわーっとー!!」
突然、白いコートを着た男が何もない場所から緑色の光と共に現れ、木の枝に着地して下に落ちそうになるが、どうにかバランスを取る。
「あっぶなーいあっぶなーい。俺結構条件反射いいんじゃーん?」
短くなっている棒を持ちながら言う。
‘シュン’‘シュンッ’‘シュン’
「早く落ちろ」
ドカッ
男の後ろから白コートを着た女が同じく現れると同時に背中を蹴り、男を木の下に落とす。
後から続けてシュールとネリルが男がいた枝に着地する。
「うおわー!?」
持っていた棒を手から離し、草の地面にうつ伏せて落ち倒れる。
「いったー、いったー。ちょっとー。いきなり背後から蹴り落とすってひどくなくなくなーい?」
フードで隠された顔だけあげ、その隣に女がジャンプして着地する。
「五月蠅い黙れ。貴様がいたら後がつっかえるから言う前に落としたんだ。感謝しろ」
「すっごい上からめせーん」
「やー。なかなか面白いやり取りですね」
「に」
シュールもジャンプして着地し、ネリルは枝に両手でぶら下がりゆっくり着地する。
「それで、ここはどこですか?」
「ん?まわりを見て分からないか」
「んしょっと」
男が起き上がって立ち上がり、シュールに話しかける。
「俺達が次元断層空間を伝って次元移動したっしょ?」
「に。便利だよねー」
「ところがどっこーい。この次元移動ってのは範囲も移動出来る場所も限られちゃってるんだよーねー」
「というと?」
「次元断層空間に入った場所から別の次元断層空間に出られるのは、結合されてるって訳だ」
女が説明する。
「……結合…。…では……、この場所は…」
「そ。貴様らが居た場所の時間空間を『現在』とすれば、ここは『過去』の時間空間にそのまんまリンクされてるって事だ。つまりよ…」
女が近くの泉がある場所からまわりの木々を見て空を見上げる。
みんなも空を見上げる。
「ここは、【シェアルロードの泉】だ」
「にーっっ!!!?? ここってさっきあたし達がいた場所なのなのー!?」
思いっきりビックリして悲鳴をあげたように叫ぶ。
「貴様五月蝿いぞ」
「おほ~。相変わらず良い声してるねーネリルちゃん」
「はははは。大体は察しはついてましたがねー」
そうかよと女が笑うシュールを見て目を細める。
「んー」
草むらにしゃがんで身を潜め、少女を横にして誰が来るのか様子を窺う。
(俺なにやってんだ…。しかも何で隠れてんだ…? 自分でも訳分かんねーな…)
そう考えていると、さっきの足音が聞こえ、一人の黒い服を着た男が離れた場所を歩いて来た。
(……………誰…だ?)
スーツのような胸襟があり、曲げずに伸ばした首元の襟。レザーコートと白いワイシャツで重ね着されて黒い長ズボンを着てる。顔の方は首元の襟があり、少し黒い髪が見えるが背中を向けて見えない。
「……………」
黙って様子を窺うキル。
男性の後ろからまた女性が走って来た。
「ーーー…ーっ!!」
「……………」
女性が男性に抱きつこうとするが、ヒョイっと横によける。
そのままよろけて男性の前に立ち女性が振り向く。
「ー……………!?」
(……ハっ……、ハ…っ…ー!!ハルっ!?)
驚き女性を見るキル。
よく見ると、前にシダンで会った時の白い制服とは違い、ピンク色の長袖と中に黄色いキャミソールが胸元から少し見え、レース状の三段になってる黄色いミニスカートを着てる。
靴はピンク色のフォーマルシューズをはいてる。
(何だってこんな場所に…!? つかシュールやネリル達はここに居ないのかよ!?)
「何故避けるのですか!? アナタやっぱりいつもと違いますわよ!?」
「………………」
「で、ですが…、こうゆうクールなところもいいですわね…」
〈…アイツなに言ってんだ…〉
小声で呟く。
「ま。どんな状況であれわたくしはいつでもキル様一筋ですけれど」
「うげっ!」
苦い顔して思わず声を出す。
「…あら…? 今何か…」
身を潜めているキルの方を見、少し近づいて来るハル。
〈ぁ、やばっ…ー!!〉
一旦口を左手で覆い離し、身をかがめる。
「……………」
どんどん近付いて来て、右隣で眠っている少女を覆い隠すように更にかがむ。
(……なんでこんな事…)
「さってーと。俺はあの迷子を迎えに行くとするかなー」
空を見たまま背伸びし、シュールとネリルを見る。
「に?」
「おや。一人でですか?」
「おぉ」
「私達はここ(過去)では余り行動できませんよね?」
「そこは全然気にするな。おいアホ」
女が男を呼ぶが、男はネリルと話している。
「んでさー。俺シダンで情報掴んでネリルちゃんたち探してたんだよねー」
「に。そうなの?」
「そそ。でもハンナがさー、派手に行動するなって言って俺冗談でそんなにカリカリしてると更に男みたいだなって言っちゃったんだよー」
「おい馬鹿」
「にー」
「そしたら俺は女だー!って叫びながら顎にパンチくらわされてそのまんまネリルちゃんたちが居た部屋に窓から割って入って偶然会った訳わけ」
「にー。スッゴーイ!」
「別の意味でスゴイですね」
「あははー。スゴイっしょー?あはははー」
「このカスッ!」
‘ゴンッッ!!’
「オフゥッ!」
女が後ろから男の頭上にかかと落としをくらわす。
「あっはは~…。お星様が見えるぅ~」
頭から煙りを出してまたうつ伏せになる。
「さっきから呼んでただろうがあぁ?」
げしげし背中を蹴る女。
「いたいいたいいったいー!名前で呼んでよ名前でぇー?」
「五月蝿い。ゴミ箱」
構わず蹴り続ける。
「にー。……に?」
ボーっとして見ていると、シュールがネリルの両肩を掴み後ろを向かせる。
「この光景は非常に教育に悪いので見ない方が宜しいでしょう」
「に」
「あぁ~。蹴るのは止めて~。痛いからー」
「さてと。とりあえずここはコイツに任せてキル君については俺に任せろ」
「そうですか」
「に」
男はうつ伏せに寝たまま。女はみんなから少し離れ背を向け、右手のひらを前にだすと、何もない場所から青く光り亀裂が現れる。
「そんじゃ。これで」
「おや?場所は分かるのですか?」
「おいおいおいおい。俺を軽く見ちゃ困るねー。そんなもん現状をこの目で見てれば分かるもんだ」
「にー。あたし全然わかんなかったよぅ~」
「そうゆうもんだ」
「………………」
ニヤリとして青い空間が見える亀裂に入ろうとする女を見るシュール。
「…キルを少しの間、任せますね。……“ハンナさん”」
「…を?」
ピクリと反応して顔だけシュールに向ける。
「……………はっ。おう。任せろ」
鼻で笑い手をヒラヒラと振って亀裂の空間に入ると、亀裂が閉じる。
「……………」
しばらく亀裂があった場所を面白そうに見つめ、視線を眠ってる男に向ける。
「さて。このゴミ箱という名前の方を起こしましょう。ネリル嬢」
ニコッとしてネリルを見るシュールに満面の笑みを向けて見上げる。
「に♪」
「………………?」
目の前まで来て様子を見るハル。
(……………くっ…)
すると、さっきまで立ち止まっていた男性がまた動き、前に歩き出す。
「…………………」
「……あ! ちょっと待って下さい! お願いですから話をして下さい…ー!」
気づいて後ろに振り向き、ハルも後を追うように男性の方に走り離れ、二人共姿を消した。
「……………?」
地面に両手と両膝をついたまま体を少し浮かす。
(…もう、行ったか?)
ゆっくり立ち上がると、近くの泉からシュンっと青い光りが出て中から突然青いスケボーに乗った白コートを着たハンナが現れた。
「とうっ!」
‘ドンッッ!!’
次元断層空間から来たハンナが泉の中心から現れ、スケボーの衝撃で激しく水が上に上がり、操作してるハンナのスケボーを追うように両端から水しぶきが起こる。
「ん?」
草むらに立ったまま後ろの方から音がしたので振り向くと、キルのすぐ目の前からフードを片手で抑えスケボーの先端をもう片方の手で抑えたまま物凄いスピードで向かって来る。
「どいた方がいいぞキルくーん!!」
目は見えないがニヤリと面白そうに横に伸ばした口元が見える。
「え?」
ヒュンッとすぐ真横をハンナが通り過ぎ、、キルの髪とバンダナが風が吹いたようになびく。
「うおっとっと」
体を少し横にし前にかがみこんでスピードを落とす。
「お前…」
「こーんなとこに“落ちてた”のかよキル君」
乗ってたスケボーを縦にして左脇に挟み、ハンナの方を見るキルに声をかける。
「お前はさっきのおと…ー!」
ゴンッ!!
言い終わらない内にスケボーでキルの頭を叩く。
「でっ!? ってーな!? まだ最後まで言ってねーだろ!?」
「五月蝿い。貴様、今男と言いかけただろ。だから叩いた」
「叩いたっつーよりもぶっ叩いたって感じだったぜ!?」
「を~? そうかぁ~? そりゃ幻覚触覚だな」
「幻覚触覚ってなんだよ初めて聞く言葉だな!?」
「まぁまぁ。それよか貴様一人な筈ないだろ?」
は?と目を細めるキル。
「ピンクの髪をした少女だよ。ほら、いきなり次元空間の壁から現れて貴様をこの場所に落とした張本人!」
「あ、あぁー。アイツな。アイツならすぐここに居るぜ?」
「どこにだ」
「ここに」
すぐ右隣で眠ってる少女を指差すキル。
「…………………………」
持っていたスケボーが紫色の光りに包まれて消え、少し黙ったまま少女とキルを交互に見るハンナ。
「ん? どうかしたか?」
「…………貴様……」
腕組みし、真顔でキルを見る。
「…こんな場所で襲ったのか…」
「は?」
眉を上げ両肩の力を抜かす。
「いやいやいやいや。こんなもん貴様ぐらいの年頃には誰だってあるな。俺は何も見なかった事にしてやる。有り難く思え」
「え、いや、だから何がだよ!?」
「を? 貴様があの少女を襲った訳じゃないのか?」
「んな訳ねーだろ!! って襲うの意味がよく分かんねーんだけど説明しろっ!!」
「やだ、面倒」
「即答!?」
「今のは冗談だからな。気にするなキル君」
キルの肩をパンパン軽く叩く。
「…………お前なぁ…」
もはや呆れ顔になってしまう。
「…あれ? 俺お前に名前教えたっけ?」
「いんや。教えてもらってないな」
「なんで知ってんだよ?」
「面倒」
「めっ!?」
「とにかく、早くこの時空間から移動するぞ」
スタスタと先に泉の方へ歩いて行く。
「ちょ、ちょっと待てって」
慌てて少女を背負い、ハンナの後を追う。
「…………ん…?」
泉の目の前で立ち止まり、ジッと様子を窺うようにするハンナ。
「…っと…、どうした?」
後からキルが歩いて来て後ろから声をかけると、ハンナが右手を泉にかざすがなにも起こらない。
「…………んん~?」
腕組みして声のトーンを上げる。
何か違和感のある表情。
「なにかあったのか?」
「んー…。次元断層空間への扉が開かないな」
「はぁっ!?」
目を見開き振り向くハンナを見る。
「なんだよそれ!?」
「次元断層に異常が発生したのかもな」
「それじゃぁ、俺達ここから戻れないって事なのか!?」
「いや? 戻れるぜ?」
キッパリと普通に答える。
「ま、こうゆう傾向は時たまあるんだよ。時空間移動自体つい最近になって発見したからな。まだ情緒不安定なんだろ」
「そ、そっか…」
「ここが過去じゃなかったのが幸いだなー…。この際だからもう一カ所の時空ポイントに向かうぞ」
そう言って右手を地面に向ける。
真下から紫色に光り、青いスケーボーが出てきてパシッと取る。
「それで行くのか?」
「まぁな。貴様もそこのお嬢さんも顔を隠せないから手っ取り早く移動する」
スケーボーを地面に倒すと、紫色に光り少し浮き上がる。
「俺はミクロバックリングを持ってないからな。あれば予備のコートを所持できるが…、不便でしょうがねーなおい」
「なぁ、なんで顔隠さなきゃいけないんだよ?」
その質問を聞きハンナがスケーボーに乗りながらはっと鼻で笑う。
「おいおいおいおい。そんな事俺に聞くのかよ」
「そんな事ってなんだよ」
「いいか? 今居るこの場所は貴様らが生活していた時代より少し未来の場所なんだよ」
「未来…?」
「そ。時空間の流れによっちゃあ…、未来や過去、現在の人物に接触しなきゃいけない場合もあるけど、基本は顔を見られず余り接触するなだ」
「見られたらヤバいのか?」
「ヤバいってもんじゃねーぜ~。少しでも時間の物事を変えちまったら世界が改変しちまう事だってあるからな。それこそタイムパラドックスみたいによ」
う~ん、と表情を歪め、何となく頷くキル。
「…あ…。そういやぁ…」
「ん?」
何か思い出し、少し上を向くキル。
「お前が来るちょっと前に、さっきいた場所に二人誰かが来たのを見たんだよな…」
「……………!」
聞いた瞬間、バッとスケーボーを操って一気にキルの目の前に来る。
「おい! 顔を見られたりしてないよな!!」
ビクッと顔を引き、フードで隠れた顔を見て冷や汗をかく。
「み、見られてねーって! だから俺達草むらの方に隠れてたんだよ」
「あぁー。焦った。ヒヤヒヤさせるなアホ」
パシン
キルの頭を叩くハンナ。
「っだ! なんで叩く!?」
「何となくだ」
「何となくって…」
「誰かは確認出来たのか?」
少し離れ、腕組みしたままキルに問う。
「まぁ…。一人は俺の知り合いのハルって奴で、もう一人は男みたいだったけど、顔をちゃんと確認出来なかった」
説明を聞いてふーんとそっけなく返事を返すが、どこか疑問を抱いたのか、質問を付け加える。
「…その男、どんな格好してた?」
「え? …んー……。黒い…コートに似た服だった気がするけど…」
それがどうかしたか?とハンナに問うが、黙ったまま何か考えているようでキルを見る。
「…いや。別に深い意味はない。問題がないならそれでいい。それよりも、俺のスケボーに乗れ」
「は? 乗れって…、コイツ背負ったままかよ?」
背中に背負っている少女に目を向ける。
「当たり前だ。どこの誰か知らないが、このまま放っておく訳にはいかないだろうが。少しは自分で考えろこの黒ウニ」
平然と毒舌を吐くハンナにキルがピクッと眉を上げ眉間にシワをよせる。
「くっ!? 誰が黒ウニだ!!」
「はっ。貴様に決まっているだろうが。なんだ? 黒ウニより花火頭がよかったか? ん?」
目を細めて近づき、キルをおちょくる。
「…お前なぁ…~」
「俺が貴様をどう呼ぶかは俺の勝手だろ」
「呼ぶのはいいけどあまりにも失礼なあだ名だろ!? 名前で言え名前で!!」
「なんだよ~。すぐに熱くなっちゃって。貴様も貴様でホント、“似てるな”」
「ー………!」
それを聞いた途端、若干冷や汗をかきながらハンナを見る。
「………似てる?」
「を。やべ。つい口が滑っちまった」
口を手のひらで覆うがキルが質問する。
「な、なぁ…おい。似てるって、誰にだよ…」
「えーっと…、まぁ、気にするな」
「気にするって!」
誤魔化そうとしているのか、話しを切り替えようとするがキルが声を張り上げる。
「なんだ。なんでそんなに気にする」
「………洋館で会った男にも、シダンを襲った二人組の内のエディンって奴にも、似てるって言われたんだよ…」
「………………」
俯きながら話すキルを黙って聞く。
「みんなして俺を見ると『似てる』って言葉使って…。…誰に似てるんだよ………」
間をあけ、顔を上げる。
だが、ハンナはうーんと軽く考えるような反応。
「…貴様、自分が“誰に”似ているのかが気になるんだろう?」
「あぁ…。お前、知ってんだろ? 俺に似てるその『誰か』を」
「まぁなー。…別に教えてやってもいいけど、貴様絶対…、いや、確実に信じないと思うぜ?」
「は? なんだよそれ?俺の知ってる奴って事か?」
「“もう”知ってるかは俺には分からないけどな。名前だけ言っても未来なんか変わらないだろ。いい、教えてやる」
「え………」
きっぱりと言われて戸惑うキル。
「え、じゃないだろう? 教えて欲しいんだろう?」
「ま、まぁ……」
(…なんか、案外あっさりとしてるな…)
ワザと間をあけるようにして、ゆっくりと口を開く。
「……『デスサイド』………」
「………………は?」
聞き慣れない言葉に微妙な反応をするキル。
「は? って、名前だよ名前。やっぱり貴様、まだ会ってないみたいだな」
「えーっと……、……名前…だよな?」
「名前だ。正真正銘のな」
「…男?」
「男じゃないと、貴様に似てるだなんて口走らないな」
何とか思い出そうとするが、結局初めて聞いた名前だと判断し、
「…悪ぃ。やっぱ、わかんねーや」
普通に応えた。
「知らないんじゃぁ、信じる事も出来ないなおい。まいいけどよ」
ふぅっと息をふく。
「じゃぁとっとと乗れ。あまりその姿でウロウロしたくない」
「わ、分かってるって…。急かすなよ」
慌てながらハンナの後ろに回り片手で少女を支え、もう片方の手を肩に置いてスケボーに乗る。
と、紫色の煙りが固定するようにキルの足元にまとわり、ハンナの肩を掴む手も固定される。
「……すげ」
「急かさないといつまでたっても貴様乗らないからな」
(その決めつけはどこから湧いてくるんだよコイツ…!)
「そんじゃ…ー」
ぐっと前に乗り出し構える。
(…あれ? そういやコイツのスケボー…、浮いてるよな…。シダンから移動した時って確か…ー)
「振り落とされんなよ」
「え?」
声を出した瞬間、ドンっと紫色の光がスケボーから地面を強く蹴るように放出され、前に進みながら急速に飛ぶ。
「ー…っう…お!!?」
一度上空で停止し、方向転換してまたすぐスケボーを操り真っ直ぐ飛ぶ。
その衝撃でぐっと手に力を入れて風圧におされる。
「ちょっとまて!! いくらなんでも早ーよ!!」
「を? そうか? これでも普通なもんだぞ?」
「俺にとっちゃ普通じゃねーよ!! もっとスピード落とせ!」
「五月蝿いな全く。わーったわーった」
徐々にスピードを落としていくハンナ。
「…………ハァ…、マジ心臓に悪いって…」
「何だ。シャンクの野郎の時は楽しんでいただろう?」
「は? シャンク?」
目を細めて誰だよそれと聞くと、前を向いたまま口を開く。
「白コート着たもう一人の男の事だ。ほら、頭にガラスがぶっささってたバカだよ」
「あぁー…。あいつか。アイツシャンクって名前なのかよ。……てか、バカって酷くね?」
全然と普通に返事を返す。
(アイツも可哀想だよなぁ…)
何故か心から哀れむ。
「あ、じゃぁ、ついでに聞くけど、お前の名前ー」
「ハンナ」
「は?」
「ハンナだ。俺の名前」
言い終わらない前に名前を教え、一瞬反応が遅れたが理解する。
「ハンナ……? フルネームは?」
「俺の名前はこれだけだ」
「え、じゃぁ、あのシャンクって奴も名前だけか?」
「いや? あの野郎はちゃんとフルネームあるが…、断固として名字は教えられないって言われてさ。俺もアイツの名字は分かんねーんだよ」
「あんなにヘラヘラしてんのに…」
まぁな。とそっけなくいい、
「アイツもアイツなりに、記憶に縛られてる“過去”があるのかもしれないな」
「…………過去…か…」
少し肩の力を抜き、表情がすぐれなく横を向く。
「ん? どした。急に浮かない顔して」
「え、あ、…いや……。何でもねーよ」
そう言うが表情が変わらないキルを一瞬だけ目で見る。
「…………………」
黙って前を向き、そのまま移動し続ける。
表情が変わらないままのキルは下を向き、小さく見える森や街を見渡す。
(…………記憶は…大事…なんだよな……。………俺自身にとっても……ー)