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ー戸惑いと狂いだした時間ー


ーー…コッ…コッ…コッ…コッ……




「ー…………………」



赤い爪とポニーテールのように一つに束ねた髪。服装は白衣のような真っ赤なデザインで、眼鏡の縁まで赤く染めてる女性が、暗い部屋をゆっくり歩く。

両耳につけてる赤いピアスを僅かに揺らしながら。



ー……コッ…コッ……コッ……


黒い手のひらサイズのサイコロを左手で転がすように上に投げキャッチし、また投げて同じ動作を繰り返す。

薄暗い部屋だが、黒く幅が広い円形テーブルが設置された広い空間。

まわりには空中に数十枚のタッチパネルが天井や壁などに所狭しと並んでいる。



「………さて…、何故お前達は戻って来たのだ…?」



部屋の中央に設置した黒いテーブルの前で立ち止まり、サイコロを手に持ったまま向かい側にいる二人のコートを着た人物に問いかける。



「…………………」


二人共黙って相手を見る。



「……また…、失敗したと…?」



眼鏡の奥にある紫の瞳が怪しく光り、二人を睨む。



「……また阻止された」


「…邪魔をする者がいるみたいだからね」


グレンとエディンが結果を報告する。



「………阻止…。…あの裏切り者がかい?」



サイコロを机に置いて問いかけると、いいやとグレンが首を横に振る。



「ソイツ等じゃないよ…。……あのウザったい“聖なる瞳(ホーリー・アイ)”の、機関の連中だ」


エディンが冷静に言うと、フーンと理解したように見下す。



「…誰か確認出来たのかい?」



「あちらも注意深く気配を消しててな…。“葵光”(レイチョウ)まで探りきれなかった…」


「けど、数は確認出来たよ。人数は2人。他の場所にも居ないか探ったけど、シダンにはあの2人の機関しかいなかったね…」


指を二本あげて報告するエディンに対し、暗い部屋で煙草を加え、ライターで火をつけて吸い始める。



「…………なる程ね…」



「……今はまだ目立った行動や痕跡は見当たらない」


グレンが話し、吸った煙りをフゥっと横に吹いて呟く。


「……もしかすると…、私たちが行動に入るスキを突いてくるかもしれないわね…」



「……どうする?副理事長」


「私をその言葉で呼ばないでくれる? 名前で呼んで頂戴」


そうねぇ…、と少し考え、冷静に二人の目を見る。

「敵に居場所を突き止められてはこちらが不利なのは確実。今はハイド様もいらっしゃらない。…となると……」

まだ沢山吸い残ってる煙草をサイコロに押し付けて消し、溶かしていく。



「…目立つ行動はせずに慎重に、かつ念入りに警戒しつつ“感属性操作体”の行動を監視しておきなさい」



「……………チッ。…暴れないのか…」

グレンが舌打ちし、片手で腰に手をおき横を向く。



「その代わり、クラミルⅣとシリアングルⅢの原料となった“完全気力眼操作体”も、捜索お願いね」



「………………」


グレンがその言葉を聞いて女性を見、エディンはニヤリと口を横に伸ばす。


「…大霊(おおだま)まで僕達に指示するなんて…、いいのかな…」



「お前達が一番知ってるでしょ。ほら。さっさと行きな」



「…………仰せのままに…」


エディンが一歩下がり、グレンと横に並ぶと黒い煙りが渦巻き姿を消した。




「…お前達も……、やけに黒く染まってるじゃないか…」



サイコロに煙草で押し付けた箇所だけ丸い穴が開いて、離して中に煙草を入れる。



「…黒い色は…、よく燃えるから取り扱いに注意しなきゃね……」




小さく不気味に微笑し、呟く。

「で。何だよここは」

キルが目を閉じ、眉を上げながら腕組みする。


「何って、わたくし達の宿泊場所に決まっているじゃないですか」


ハルがキョトンとしてキルを見る。



「決まってるって…。ここのどこが宿泊場所だよ!」


人差し指をビシッと豪華な屋敷に指差すキル。宿というよりも、屋敷にしか見えない建物が目の前にそびえ立っている。


「そういえば、七大女学院の全ての学院は私たちやここの住民よりも遥かに財産権が上回っているという話しがありましたね~」


シュールがネリルの腕を自分の肩に回し、支えながらニコニコして話す。

「……にぃ………~」

支えているというよりも、ネリルがシュールよりも20センチぐらいの差があるので、少し足が浮いてブラブラと持ち上げている。


「おい! ネリルが苦しそうだぞ!? ってか、お前らどんだけ金使ってんだよ!」


シュールにツッコミつつ、三人に聞く。



「えーっと…、私は昨日新しいピアノを買って…」

ミルが口元に人差し指をあてて上を見ながら思い出すように話す。


「…別部屋に予備としてパソコンを五台程買いました」

リンが淡々と喋る。


「わたくしは最近ペンションを買い取りましたわ」

最後にハルが真顔で話す。


「なんで!?」

やはり疑問系のツッコミで叫ぶ。





「それよりも、この猫、アナタ方の猫ですの?」

ハルがキルとシュール、ネリルの間で座っている白猫を指差す。



「俺らの猫ってわけじゃねーけど…」


「この宿はペットや動物を入れる事が出来ませんの」

「え?そうなのか」


キルが応え。


「では、鎖か縄でどこかに縛りつけておきましょうか?」


シュールが爽やか笑顔で言う。


「縛りつけるって…、猫の扱いひでーだろ」


「おや。却下しますか。ではこれはどうですか? 私かキルがはめてるミクロバックリングに猫をしゅうの…ー」


「余計許可できねーよ!?」


「あのぉ~」


「なんだよ!」


恐る恐る手を上げるミルをキルがバッと顔を向けると、ビクッと肩を上げて手を引っ込める。


「ひぅっ。ね、猫の管理なら多分大丈夫だと思いますけど~」


「は?」


真ん中にいた猫を見ると、リンがいつの間にかシュールとキルの間で座っていて、猫を撫でてる。


「うぉっ!!?」


ビックリして後ろに少し引き、ははははとシュールは笑う。



「おまっ、お前いつからここに居たんだ!?」


先程来ましたと応え、猫の頭や胴体をペタペタ触る。



「リンは極度の動物好きなんですの」


ハルがフゥッと一息ついて説明する。




「全く気配に気づかなかった…」



いつの間にか猫の肉球までフニフニと親指で押してる。




「では、中に案内致しますわ」


「コイツ放っておいていいのかよ」

キルがリンを指差して聞くが、いつもの事ですからと言ってさっさと中に入る。


「お邪魔しますねー」

シュールもとっとと中に入る。




「………綺麗な肉球です~…」


肉球に綺麗ってあんのか…? と疑問に思いつつも、最後にキルも中に入る。
白猫はというと、肉球を触られて嫌なのか、少し手を引っ込めるものの、リンは構わずフニフニ触り続ける。

ーー……………………








「………………………ー」



…ここは……、どこ…?

…薄暗くて…、暗闇がまわりに広がって…、“いつもの森”とは違う風景……。




天井にはギシギシと不気味な音を立てて揺れるサビついたシャンデリア。私が見てる目線では目の前に大きな黒いカーペットがしかれた階段が見えて……、どこかの屋敷か建物の中に居る…。



「………これも…、夢…?」


よくよくあたりを見渡して見ると、電気なんて一切ついていなく、こんなに広い場所なのに絵画(かいが)や置物さえ置いていない。




……誰も使わなくなった建物か…、あるいは建設中に強制中止にされそのまま放置されたか…。



「……なんだろう………」

何かがおかしい…。物音なんか聞こえない、誰も居ないのなら、所々にホコリをかぶっていたり、床も壁も腐っていそうな気もする……。

…でも………、ホコリも腐った形跡はどこにも見当たらない…。



「………感覚は…、あるのかな……」


恐る恐る壁に手を伸ばそうとしたその瞬間、階段の向こうから眩しい程白と銀色の光りが建物内を照らす。



「………………え…っ!?」


思わず手を引っ込め、階段の向こうを見つめる。だが、階段の段数が多すぎて階段下からは何があるのか確認出来ない。




「……………行かなきゃ……」



考えるよりも体が自然と動く。何故だか分からないけれど…、何か心の奥底が今の光りを見て落ち着かない…。階段を登り走り、心臓の音が首や手首の脈を通してドクンと早く高鳴っている……。




理由は分からない…


でも急がなきゃ……いけない……。





「……ハァ……、…ハァ……」



上に上がると、ゆっくり立ち止まる。目の前には大きな黒い門のような扉がたたずんでいる。


「………ここから…?」

無意識に手が動き、門に手をおいて触ると白く光り輝き、門がゆっくりと勝手に前へ開く。



「………………!」


少し後退りするものの、やはり門の暗い奥底を見つめる。光りなんて一切見えない闇…。



「…………………ー」

暗闇に向かって辺り構わず走り、少女は闇の中に吸い込まれて行った………ーー

「………ハァ……。やっと一息つける」


シュールが宿のベッドにネリルを寝かした後、キルが一息つく。部屋はそこそこ広く、白いベッドが扉側から見て縦に4つ並んでいる。暖炉もあり、丸い大きな机もある。



「キル兄様! 何故こんな別々の場所で普通の部屋をとりましたの! 何故わたくしの部屋に来ないんですの!?」


「うるせぇーよ! 行く意味ないだろ!? あと、その兄様っていう言葉付け足すな!」


「だって………わたくし、キル兄様の事好きなんですもの…」


髪を人差し指でクルクルと回しながら平然と言うハル。


「なんでいきなり告白!? お前ハイドって奴が好きじゃなかったのかよ!?」


「確かにハイド様は好きですわよ? ですけど、それはファンとして好きという意味でして、わたくしはキル兄様の事が恋愛感情として好きなのです」


「なんだそれ…」


冷や汗をかき、一歩下がるキル。


「ですから~」

ガバッとキルに真正面から抱きついてくる。


「わたくしはキル兄様の事が大好きなんですわ」


「うげっ! 止めろ引っ付くな!?」

若干鳥肌がたち、ハルから顔を引いて引き剥がそうと肩を掴んで押す。



「ハルお嬢様~。水とタオル持ってきましたぁ~」


ミルが水が入ったボウルとタオルを持ち、部屋の扉を開けて入って来る。が、バランスを崩し、足のつま先が床に引っ掛かり前に倒れそうになる。


「あ」


ハルが離れ、キルが真顔で宙を浮いてるボウルとタオルを見る。



「ミルはここで終わるミルじゃないですぅ~!」

とっさに床に手をつき、すぐさま床に落ちる前にボウルを両手で掴み、最後に頭にタオルが落ちて少し丸眼鏡がズレる。まさに間一髪だ。



「す、すげ…」


「えへへ~。これくらい普通ですよ~」


丸眼鏡を直し、タオルを右手に、ボウルをネリルが眠っているベッドの横にある、小さい棚の上に置く。


「ミルは運動神経が昔から高いんですの」

ハルがキルの隣で説明する。


「こんな見るからに危なっかしそうなのにな」

「それ程でも~」

「誉めてねーよ」



「いやぁ~。お見事ですねぇ~。ネリル嬢も見習って欲しいものです」

シュールが笑いながら言い、キルはネリルを見る。だが相変わらず静かに眠っているだけで、目を覚ます気配が感じられない。

「ところで、アナタ方は何故こちらにいらしたんですの?」


ハルが疑問に思ったのか、質問する。ミルはタオルに水をつけて絞り、ネリルの額にそっとおく。


「俺達は迷い猫を捜して成り行きじょうここに来たんだよ」



「迷い猫って、あのリンが触ってる白い猫ですか~?」


ミルがキルの方を見て聞く。


「まぁな。なんか…、よく知らねーけど、黒いコートを着た奴らに追われてんだよ」


黒いコート?とハルが首を傾げる。


「黒いコートを着た人物なら、先程いましたわよね?」



「あ、いや、アイツらじゃなくて別のコート着た連中なんだよ」



「それで、私達は元居た街に戻りたくても戻れないという状況に陥っているわけです」

シュールがにこやかに言う。

「なんだか楽しそうですわね。アナタ」


「そうですかぁー?」




「……………………」

キルが壁に寄りかかろうと移動し、壁を見ると、ふと何かに気づく。



「…なぁ。さっきから気づいたんだけどよ。この建物あんまり破壊されてねーよな?」


「あら。先程街にいた魔物の事ですの? えぇ。この建物は頑丈に造られていますの。以前は確か……、何かの妨害施設でして、その名残を残したままここを宿屋にしたようですわ」



「なんでそんな事知ってんだよ」


「ハルお嬢様は勉学がダイヤモンド学院で一番のトップで、高い成績をもつ上級階級のクラスなんですよ~」


ミルがゆっくりと喋る。



「へぇ~。意外と頭いいんだな。お前」



「当然ですわ。ですからわたくしと今度デートなどしません?」


「いきなり何誘ってんだよ!!」



「…にぃ………」


ネリルが少し声を出したので、ビクッとしてキルとハルはネリルを見る。だが、只寝返りをうっただけだった。ミルがずれ落ちたタオルを額にかぶせ戻す。



「寝返りかよ……」


フゥっと冷や汗をかき、額の汗を腕で拭う。



「……さてキル。そろそろ本題に入らせて貰いましょうか」



シュールが眼鏡に手をかけてネリルからキルに視線を移す


「…あ…。…そう…だな」


いったん横を向いて途切れ途切れに応える。



「わりぃけど、席外して貰えねーか?」

キルがハルとミルを見る。


「え!? わたくしも話しに参加しますわ!」


「は? お前らに関係ない話しなんだよ」


「それでも聞きますわよ!」


「ハルお嬢様~。ここは大人しく出ましょう~」

ミルがハルの腕を引っ張り出し、ズルズルと無理やり引きずる。


「嫌ですわ。ちょっ、離しなさいミル。キル兄様~」


バタンと強制的に出て、扉を閉める。



「…………なんなんだ…? アイツ」


キルが引き気味で呟きくと、ニヤニヤしてシュールが横から嫌みを言ってきた。

「随分と好かれてしまいましたねキルー。こちらとしてはありがた迷惑ですけどね」


「俺のせいってか…?」

冷めた表情でシュールを見る。すると、部屋の窓がガタガタと音がして、二人同時に窓を見るが何もない。


「……………ん……?」


「今音がしましたよね?」

二人共顔を見合わせると、いきなり窓に“何か”が思いっきり当たり、窓ガラスが豪快に破片となって部屋の中に散らばる。

その“何か”がゴトンとキルとシュールの目の前に落ちた。


「………はっ!?」


「…………おや…。アナタは確か…」


シュールが真顔で顔を覗き込む。部屋に入ってきたのは白いコートを着た男性で、フードが窓ガラスに当たった衝撃で取れている。顔がモロばれだ。


「いったたたたたー。何今の衝撃。なんか凄い音したんだけど気のせい?」


ゆっくり起き上がると、髪の毛が横上にカーブしたような短い髪で、後ろは少しすいた感じの黒紫色の髪をしている。だが頭の所々にガラスの破片が突き刺さっており、血がダラダラと流れている状態。


「多分気のせいではないと思いますよ?」


にこやかにシュールが応えると、くるっと向いてようやくこちらに気づいた。


「あー。君、この前会ったよなー。いやぁ~お久ーって感じ。おひさ~」


ダラダラと血を流したままキル達に近寄る男。


「いや。お久って言われても…。つかお前痛くねーの!?」


キルが頭に刺さってるガラスを指差す。


「ん?ん? あ。なんだ刺さってたんだー。全然気づかなかったよー。まいっか」


ヘラヘラ笑いガラスを取る気配がない男



(ここ、頑丈に造られてるって言ってたけど全然頑丈じゃねーよな…)

キルがハルの言葉を思い出して心の中で呟く。

「ってか、まずガラスを取れ! その頭に突き刺さっていて見るからに痛々しいガラスを取れ! 見てるこっちがいてーよ!」


「えぇ~?取るの痛いから嫌なんだよねー。俺このまま生活できるよ?これ本当にホント」


「最後の方どっかで聞いたセリフだな…」


キルが呟く。


「破片などは直ぐに抜くと危険ですが…、それよりも顔。見えてますけど大丈夫なんですかぁ~?」

シュールがニヤニヤして聞く。


「んー? 別にいいんじゃない? もう顔見られたんだしさー」

「そんな軽くていいのかよ」


「いいのいいの。フードは飾りものみたいなものだから…ー」


言いかけると、ネリルがまた寝返りをうつ。と途端にすぐフードを両手で深くかぶりネリルと反対方向を向いて壁際でしゃがみ込んだ。


「………やっぱり見られたくねーじゃん…」


「あ、あなどれないな…。流石ネリルちゃん。焦ったぜぇー」

フゥっとビクビクしてボソボソと呟く男



「いや、初め会った時自分から顔見せようとしてたじゃねーか。あとガラスがフード突き破ってるぞー」


「え!? ウッソ~ん。ヤバー。殺されるよコレ!」

「誰にだよ」

「俺の相方に!」


「それはどうでもいいので、まずここのガラス代を弁償して下さいね」

「それキツいっすわー…。見逃してちょー?」


両手を合わせて訪ねるが、駄目ですとにこやかに応えるシュール。



「つか、今の音でよく起きねーな。ネリルのやつ」


「何故いきなりこの部屋に飛んできたのですか?」


「ん?それはですね?」

説明に入ろうと人差し指を前に出すと、割れた窓ガラスからもう一人の白いコートを着た人物が顔を出した。


「おーいここに俺と似た格好の奴が中に入らなかったかー?」


「ここ二階だぞ!?」

キルがギョッとしてツッコミを入れる。


「いや。スケボーに乗ってるから平気だ。って…、なんだまた貴様等か」


よっと中に入り、青いスケボーを消す。多分声が前会った人と同じなので、女性だろう。だが顔はちゃんと隠してる。



「あー!ちょっとー。何で俺を窓に向かって叩いたのさー!」

男が女に近寄る。


「別に只の暇つぶしだ。って………ん?」


男のフードを見てガラスが突き刺さっているのに気づく。
「貴っ様…!? なんだそのフードは!」


「え? あ、これはですね…? 窓ガラスに当たって入った時に偶然頭に刺さっちゃってー」


「この野郎! もっと大事にしろコラァ! それじゃぁ貴様移動出来ないだろ! あぁ?」


背中に乗りサソリ固めをお見舞いする女。男は手をバンバンと地面を叩く。


「いだいだいだいっだい! すみませんスミマセン! 許して~。てかお腹にも破片刺さってるよー!?」




「………お前ら…」


「見ていてなかなか愉快な光景ですね」



「ちょっとー。見てないで助けてよー! ヘルプヘルプ!」



「どうしましょうか?」

「とりあえず…、面倒だから暖かく見ておこうぜ」


「暖かく見ないでー! 俺の近くに来てー! って口説き文句にしか聞こえないよコレ!」


「黙れや!」


「きゃあぁ~っ」



悲鳴が部屋中に響き渡り、男はそのまま無理やり女によってガラスを抜き取られる。それでもネリルは眠ったままだ。







「…ネリルの方がある意味凄くね?」



「そうですね」



キルとシュールはもう完全に見物人だ。

「で、何故ネリル嬢は寝込んでしまっていたのですか?」


「そうだよ! 確か初め広場の方でネリルに魔術使えるか試そうとして、武器無くしたと思ったらコイツらが来ていきなりマイク渡して来たんだよ!」


屍と化してる男と背中をげしげしと踏んでる女を指差す。



「マイク…ですか?」


「その後なんかわかんねーけど、どっか行ったと思ったらいきなり沢山の魔物が襲いかかって来たんだよ」



「私も図書館の中に魔物が二体入ってきて襲いかかって来ました」


「お前も?やっぱ街全体にいたんだな…」


「えぇ。ですが、何故かまわりに沢山人が居たにも関わらず、私だけ中心的に攻撃してきました」


「は?何だそりゃ」


私にも分かりませんよ、と首を軽く横に振るシュール。


「それで、その後は?」

「そのあと、イノシシみてーな魔物がネリルを担いで連れ去って、それを追いかけてたら黒いコート着た奴が現れたんだ。ほら、身長がちっせー奴」


「なる程。この時の状況は私と似ていますね」

そうなのか?とシュールに聞くと静かに頷く。


「はい。ですが、すぐにクロルという方が助けに来て、何か会話をしていました。確か敵の名前は…、グレンと呼んでましたねぇ…」


「俺のとこにはフィリって奴がネリルと俺を助けに来たぜ? でも会話聞いてる限りじゃ、あいつ等あの敵と何か縁があるようだったな…」


確かにそうですねと口元に人差し指をおき。


「けど、いきなりネリルから黒い煙りが出て…、体内にある奉器官と記憶…維持? 操作とかなんとか言っていじくったとか言われた…」


「グレンという方も記憶操作に成功したと仰っていましたよ。その後ネリル嬢は…?」


「そんあと…、なんか思い出したようにブツブツ言って……、叫んだ瞬間ネリルのまわりを馬鹿でかい吹雪が起きて魔物を一瞬で蹴散らしてた…」


「……吹雪…。………もしかすると……」


何か考えるようにネリルを見る。


「………もしかすると…だよな…」


キルも何か感づいているように一緒にネリルを見る。



「で、その後にシュール達が俺達のとこに来たんだよ」


「そうですか…。他に何か会話しましたか?」


他ぁ? と上を向いてしばらく考え、あ、と思い出したようにシュールに向き直る。

「そういやぁ…、名前…なんだったっけなぁー…」


「エディンと言う方ですか?」

あそうそうソイツと指差し。

「何で名前解るんだよ」


「グレンという方が名前を言ってましたからー」


フーンと普通に聞き


「そのエディンって奴が俺の事、不完全ななんとか体とか言ってた」


「なんとか体って…、重要な部分を覚えていないんですか?」


「し、仕方ねーよ! あん時訳分かんなくて頭まわってなかったんだからよぉ」



今の会話を聞き、男と女がピクリと反応してキルの方を見る。


「……ん? 何だよ?」


視線に気づき、二人を見ると男がキルを指差し女に話しかける。


「ほら。やっぱりコイツ等で当たってたんじゃん。俺の言った通りでしょー?」


「五月蝿い黙れ」


「それ酷くなくなくない…?」


即、毒舌を吐かれて若干落ち込む。



「おい貴様。そりゃぁ“不完全な操作体”とか言っていたんじゃないか?」



え…と少し驚き、


「何で知ってるんだよ…?」


「操作体…」

シュールが呟く。


「まずったな…。もうあの機関の連中に気付かれたのかよ」


まずい事になったと男に言う女。


「ちなみに、いつからその黒いコートの連中に追われたんだ?」


「つい最近。昨日(さくじつ)私達の街のコルティックでです」


「もうそんなに経ってんのか…。……とすると…、エディンとグレンの野郎が行動してるって事はあの副理事長に目をつけられたな」


「は?」



「えぇー!? あの副理事長に!? あの人俺苦手なタイプだから嫌なんだよねー。何より執着心があってしつこいし」


恐怖感があるのか、身体を震わせる。



「…………んにぃ……」


ネリルがゆっくり上体を起こし、目をこすりながらみんなを見る。


「あ。起きた」


キルがネリルを見て言う。

「に? みんな何で揃ってるの? ここどこ?」


「ネーリルー!」

男がネリルに抱きつく。


「にっ!?」


「良かったー! このまま目を覚まさなかったら俺どうしようかと思ったー!」


「にぃ~…。苦しいよぅ~」


「あ。ごめんゴメンご」

ネリルから離れる男。



「お前あの後気絶したんだよ」


キルが説明すると、見上げて首を傾げる。


「に? あたしが? …………………ぁ…。…あたし……」


記憶が戻ったのか、少し俯く。

「あのさ…。最初会った時から思ってたんだけど…、お前、フィリを捜してるだけじゃねーだろ」


キルが小さく言うと、ネリルが顔を上げて見上げる。


「………そんな事は…」



「嘘つくなよ。だったらなんでシェアルで襲われた時、そのまま俺達と行動したんだよ。フィリって奴に会った後も全然帰る素振りも見せなかったし」


キル、とシュールが止めようとするが、構わず話を続ける。


「それは……、また王子に会えるかと…思って…」

「だから敵から標的になってる俺達と行動したのか? 違うだろ…? あの後自分には危険が無いのに、わざわざ敵に目をつけられるかもしれないのに俺らについて来た。あの場で危険を回避出来たかもしれないのに…」

「………………」

押し黙り、しばらくして小さく寂しそうに笑いかける。



「……バレバレ…なんだね…」


「………………」

全員ネリルを黙って見る。

「……他に目的あるんだろ…」

コクンと頷く。

「人捜しをしてるのはホント。あたし、王子を捜す前に別の人を捜してたの…」


眉を下げて目を瞑り


「…あたしが今よりまだ小さい頃、記憶が曖昧でちょっぴり覚えてない部分があるんだけど…、あたしといつも遊んでくれた人がいたの」


「…………」


「まわりは一面真っ白で、雪が降ってたのを今でも覚えてる…」

でも…と下を向き、

「なんでだろう…。…突然あたしの前からいなくなって…、雪道を走って捜してもどこにもいないの。家に帰ってみたけど、お母さんも病気で寝込んでて…、お父さんはどこにいるのか分かんない状態で…」

話しを聞いてるコートを着た男と女が顔を見合わせ、またネリルの方を見る。


「…ごめんね…? 先生、キル兄…」

俯いて涙を流し、布団に一滴、二滴たらす。


「…あたし……、二人に…迷惑かけちゃった……」

両手で顔を覆い、静かに言う。

キルとシュールは黙ったままネリルを見ているだけで何も言わない。

「………あたし……、あたし………ごめんね……?」


すすり泣きをするネリルに、キルがようやく口を開く。

「別に…いいって」

優しく言う言葉に、手を下げて見上げる


「そうですよ。別に私達はアナタを責めているわけではありません。それに、怒る理由も無いですし、迷惑とも思っていませんよ」



「……でもでも…」


「だぁーも! シュールの言ってる通りだって。そんな暗い表情なんかしてお前らしくねーし」



「…に……」


涙を溜めたまま二人を見上げる。

「話しを最初に持ちかけたのは私達からなんです。それに…、今更ながらネリル嬢も敵に目をつけられてしまったようですからね」


シュールが困ったような表情を見せ、キルが横から目を細め見る。


「ホント。お前ありがた迷惑だよな」


ネリルの顔を覗きこむと、ぐっと首を引っ込める。


「あぅ……」


「でも。そうゆう変人少女も悪くねーよな」


シュールを見、二人共笑ってネリルを見る。


「そ、それってちょっと嫌み入ってる?」



まぁなとニヤリとし、


「どうせお前も俺らと同じ状況に陥ってるしな。だったら別行動出来ねーよ。その本当の人捜しの人物にも興味あるし」


「じゃ、じゃぁ…!」


パッと顔を上げると、笑みを浮かべる。



「そうゆう事。またしばらく行動を共にするって事だよ」


「よろしくお願いしますねー」


ネリルに笑いかけると、うりゅっと目に涙を溜める。




「…キル…兄……、先生…っ」




「うわっ!泣いたぞ!?」


「駄目じゃないですかキルー。泣かせては」


「俺のせいじゃねーだろ!」



二人が話していると、ネリルがキルとシュールに飛びつく。


「うぁ~ん! 二人共ありがとー!」


「うお。危ねっ」

「おやおや」




そんな三人のやりとりを見ていたコートの二人はキル達に近寄って話しかけてきた。

「話しは終わったみてーだな。そんじゃ、行くとするか」


ネリルが離れ、ん?とキルが女を見る。


「行くって…どこに行くんだよ?」



「はははー。俺らだけじゃなくて君らも行くんだよー」


男がふざけてるように笑いだす。


「いや、だからどこに行くんだって聞いてんだよ!?」


「貴様ら三人共敵に目をつけられてるんだろ? だったらこの“空間”にいればいずれ殺されるぞ」


「殺されるって…物騒な事…ってちょっ、ちょっと待てよ! 話しが全く…」


「ほら。早速来たぜ?」

女が割れた窓を見ると、黒い羽根が飛んできて、尖った先端部分が一人一人に向かってきた。


「うおわっ!?」

「おっと」

キルとシュールはなんとか横に避け、羽根が壁に突き刺さる。女はその場で羽根を掴み、男は普通にしゃがんで避ける。だがネリルは…ー


「にっ!?」


突然の事で体が動かず、目をギュッと瞑る。


「危な~いっ!!」

男がネリルをかばいに向かうが、頭に羽根が突き刺さり血が垂れる。


「………………に…」


「ふぅ。危なかったぜ。もう少しで怪我するとこだったなネリルちゃん」


「貴様が怪我してどうすんだアホ」


女が冷静にツッコム




「はぁあ…。今度はコイツかよ…」

女が掴んだ羽根を見て呟き、地面に捨てる。


「説明は移動しながらな。じゃ、そのまま行くぞ」



手を横に出し、紫色の光りを放って青いスケボーを出す。
そのまま浮かべて窓の外でスケボーに乗り、ネリルとシュールに乗れと合図する


「な、何なに!?」


「乗れと言ってるんですから、大人しく乗りましょうか」

シュールが先に疑いなく乗る。


「ほら。早くしろ」

「………ぅに…」


少し戸惑ったもの、シュールの後ろに来てスケボーに乗る。


キルも行こうとすると、男が腕を引っ張る。


「あんたはこっち♪」


小さい赤い棒を取り出し、紫色に光ると長くなって浮き、男が乗りキルを後ろに乗せる。


「うおっと」


男の肩を片手だけで掴みバランスを取る


「いよーっし!音速で移動だー!」


「レディー……ー」


女が溜めるように言う。


「…なんか……、緊張感が……」


キルが呟くと、男と女が同時に動く。


「ゴー!!」



その場から一気にスケボーと長い棒から白い煙りが吹きだし、高速で前に飛んで移動する。

「きゃあぁぁぁ~! きゃあぁーっ! 早いはやい速いハヤすぎだよぅーっ!!」


ネリルが必死にシュールの肩に掴んで飛ばされそうになりながらも、半泣きで叫ぶ。


「なんだこれたっのしー! はえー!」

そんなネリルとは裏腹にキルは楽しんで、飛んで操っている男の方もノリに乗ってニヤリと口の端を上げる。


「お! 結構気に入ったみたいだねー。だったら回転とかしようぜぃ?」


「そんなの出来んのか!? やるやる!」


「よっしゃー!振り落とされるなよー?」


棒にまとっていた紫色の煙りがキルと男の足に固定するようにまとわりつき、飛びながら一回転したり横に高速で移動して遊びだす。



「あの二人は危険な行為ほど息が合いますねー」


「速いのが好きなんだよアイツ」

女が言う。


「せせせせ、先生~。猫ちゃん置いてっちゃったよぅ~」

ネリルが後ろから身体が浮きながら必死に言う。


「あ。忘れてましたー」

てへっとネリルに笑いかける。



「忘れても別にいいぜ。どうせまた戻るんだから」

ハンナが前を見たまま言う。


「私たちはどちらに向かっているのですか? 何故助けるんです? アナタ方は何者ですか?」


質問をバンバンぶつけるシュールに、女は少し顔を振り向かせる。


「今俺らが向かってる場所はシェアルロードの泉」 

「しかし、シェアルとは反対方向を飛んでいますよ?」


「一直線で向かうとマズいんだよ。だから遠回りして向かってる。…あと、何故貴様らを助けるのかって質問は、あのツンツンに用があるからだ」

クイっと首をキルに向けて動かす。


「キルに…ですか?」


そ。と手短に返事をし、

「あの野郎は……、キルだけは殺されちゃ駄目なんだよ。俺らにとっても、貴様らにとってもな」

声を少し低くしてまた前を向き、森がある場所からカーブする。では…と質問しようと口を開くが内容が分かっているようでシュールが質問する前に女が話しを繋げる。


「最後の質問に関しては話す事は出来ねーな。貴様にも、あのツンツンにも」


「………………」


やはりそうですか…と呟きながら、目線をキルに向ける。


「なぜ、厳重に内密とするのですか? アナタ方の目的はキルにある。ならば、多少は情報を伝えなければ事は運びにくくなるでしょう?」

「………………」

少し黙り、はんっと軽く笑って察しがいいなと感心する。

「そう。その通りだ。貴様の言う通り全て内密には出来ない。だが、結局のところ、“今は”情報を伝えることが出来ないんだよ」

「フィリやクロルという方達と似たようなセリフを仰いますね」

を?と振り向く

「誰の事だそりゃ?」

「さぁ?」

「深みある言い方だな」

「きゃぁぁぁあ~! まえぇー! 前見て危ないあぶない~!」

ネリルの声に女が前を見る。すぐ目の前に巨大な木があり、ひょいっと普通によける。キル達の方はまわりを一周して避ける。

「…………にぃ…。心臓に悪いよぅ…」

そろそろギリギリのネリルちゃん。

「どうしても、詳しい説明はしてくれないのですね。残念です」

苦笑いを浮かべるシュール。

と、先程まで遊びながら飛んでいたキルと男が隣に並んできた。

「いっやー。やっぱ空はいいねぇ~」


「すっげー爽快感があるんだけど!」

キルは目を輝かしている。

「で、俺達どこに向かってるんだ?」

シェアルロードに向かっているようですよとシュールがキルに教える。ネリルはシュールの肩に腕をまわして目をまわしているしまつ。


「ネリルちゃんもっと楽しまないとー。俺を見習ってさ」

「貴様を見習ったら馬鹿になるからやめといたほうがいいぞネリルちゃん」

気絶寸前のネリルをスルーしてキルが話を続ける。

「は? シェアル? なんで?」

「これからこの時空時間より別の時空時間に飛び移ろうと思っている」

真顔で発言する女に、はぁっ!?と驚く。

「なんで! コルティックに向かわないのかよ!?」

「ねーねー、コルティックって何? 美味しいの?」

男がキルに聞く。

「お前…、ネリル並の脳だよな…」

と返答するだけ。女はシュールに貴様らの街か? と聞き、はいと爽やかに頷く。

「無理だなそんなの。後ろ見ろ」

後ろ?とシュールとキル、ネリルは振り向く。すると、少し遠くに小さい黒く丸い光が一筋追ってきているのに気づいた。


「なんだありゃ?」


「なにかの発光体に見えますが…?」


「“リモート・コントロール”っていう最新探知機だ」


なんですそれ?とシュールが首を傾げる。
 
「貴様らやこの世界中の旅人、傭兵、護兵士の野郎が扱ってる奉術があんだろ?
その個人の奉術を感知して自動的に記憶し今みたいにこっちを追ってきて持ち主に情報を伝達するウザいリモコンだよ」


「伝達って…」


「あ、ちなみにアレに追いつかれると記憶消去されたり、悪い場合じゃ奉術自体抜き取られて殺されるかもしんないからそこんところよろしく♪」

男がのんきにブイサインをする。


「……………」


少し思考停止し、すぐに顔を真っ青にするキル。


「アホォぉ!! それをさっさと言えよテメーら!」


「持ち主という事は…、それはつまり…」


「そ。貴様らを追ってる連中だろうな」


「でも安心してー。今は夜! そしてもうすぐシェアルに到着だから俺たちに任せろい!」

男が親指を立てる


「確かに夜だけど…、もし追いつかれたら…?」

「そん時はそん時だ。諦めようぜ」

女も男と同じように親指を立てる。


「お、お前らなぁ…」

「だいじょーびだってー」

「なんだよだいじょーびって」


「俺等は追いつかれる気なんて全くないからな。…おっと」

後ろからキルやシュール達に向かって黒い水が飛んできたが避ける。

  
と、二人の黒いコートを着た人物がリモートコントロールの左右にいて、二人共灰色の平たい鳥に似た機械に乗ってこちらを攻撃してきていた。


「またアイツらかよ!?」

「なに何ぃー? タイマンなら受けて…」

「貴様は黙れ。しつけー連中だな」

女が攻撃を避けながら前を見ると、シェアルの泉が見え、まだ満月ではなく半月の月が水面に写ってる。


「よし! 行けるぞ!」

「い、行けるって…?」

キルが聞くと、男が変わりに応える。

「“過去”に行けるんだよー」

はぁ?と訳のわからないような表情を見せるが二人は迷いなく加速していく。

「これからあの泉に突っ込むぜ? いいな。掴まってろよ!」

一気に泉に向かって急降下すると、ネリルが叫ぶ。

「ちょちょちょちょ、待ってまって待ってー! まだ心の準備が出来てないよぅ~!」

「………………ー」

「……う………!」

シュールは飛ばされないようにちゃんと女の肩を掴み、キルはとっさに目を横に向け、遠くの夜空を見る。


「…………ぇ…っー」

……………………。


なにか聞こえる…。

同時刻、ピンクの髪を靡かせ、少女は夢だと思いながら、広い屋敷らしき場所を歩いていた。

まわりは相変わらず暗闇で、壁なんてどこにあるかも分からず、ただひたすら歩いている…。

「……………-…で…っ…!」

暗闇の道が進むにつれて明るくなってくる。目の前に誰かの声が聞こえる。

「…………人…?」

さらに奥に進むと、ぼんやりとだけど、広く赤いホールらしき場所の中央にしゃがんでいる二人が見える。


……………あれ…?



…この感覚、それに…あの光景……


どこかで見覚えがある。


壁もちゃんとあって、私がいる視点ではどうやら長い廊下を歩いていたみたい。
それにしても…


「…壁も、床も…全部赤い…」


全体を見ると、天井も壁も床も赤く染まっている。床には赤いマットやカーペットがしかれて、何もない殺風景なホールしか見えない。



これって…夢…だよね?

…夢だからまわりはぼんやりとしか見えなくて…



「…………嫌な夢…」


そう、夢でいたい…。


こんな風景…、私は好まない。好みたくもない…。

何故そんなことを思うのかも…、何故こんなにも恐怖感を抱いているのかも分からない。


「…ダ……っー! …や…-…よっ!!」


「…………?」


ホールの中央にいる二人から声が聞こえる。姿と顔が、こんなにも近くにいるのにぼやけて見えない。認識出来るのは二人の人物が居る事だけ。

……ただそれだけ。

「……-や…! …ねが…いっ! なな…で! き…--でよ…!!」



…………誰?

泣いてるの?


どうして泣いてるの?

どうしてあんなにも必至に泣き叫んでいるの?


どうして…、森の時みたいに?


「……どうして?」



…私……、今泣いてる。

共感してる…。

絶句してる。

悲しみに満ちている。



だって……、地面には真っ赤に染まった液体が流れていて、

…あの二人を私は知っている…。

ううん…、


“知ってしまったから”。



「…お願…っ。…これ以上…見せないで……」


さっきと違って吐き気がする…。こんなにも気分が悪くなるなんて…っ。


「…ね…がい…ら…-!」


あの人はずっと涙を流して目覚める事を願い続けている。…不可能だってわかっているのに…それでも…ー




だから…お願い…


こんな“夢”…-



早く覚めて………



覚めてよ………-





「ー…願い…だから…っ! 早く目を覚ましてよ…っ! “ーーーー”!!」





ーー私が見た夢はここまでだった…



そう…、
夢はここまで。




ー……思えば…、この日から時の歪みにはまっていたのかもしれない……
 

目を覚ました私はこれから、真っ赤な悲劇へといざなう……。



最初から存在しなければ良かった…。

でももう遅い。



今はまだ気付かなかった。気づけなかった。





この時に気づく事なんて…、


できなかったの…。

ーー………………



「…ぅ……っ」


ゆっくりと瞼を開けてみると、目の前に見えるのはいつもの天井。そう、いつものベッドでいつもどおりに夜、眠りについていただけのこと。


「…………夢…」


そうだ。夢!

眠っていた状態から直後に上体を起こし、多少くらっと立ちくらみをした感覚に侵される。
下を向き目を手で押さえると、すぐに通常に戻るものの、さっき見た夢が気にかかる。


「あの夢、いつもと違う…」

いつも見ていた夢は森だった。でも、さっき見た夢じゃ全く顔も見えなく、姿形がぼやけてて……。

…………あれ…?

「…最後の方にみた夢が……、思い出せない…」


ついさっき見終わった夢なのに。
でももしかするとこうゆう現象はまれにあるかもしれない。
夢をとっさに忘れる事は誰にでも…-


「………誰にでも…?」


……え?

………誰にでも…って…、


私……………


“まだ誰とも会ったことない”


「……わた…し……」

なにかがおかしい。

前にも感じたこの感覚。

  
これって……。




ふと腕を見ると、右腕の方に包帯が巻かれているのに気付く。
そうだ、私外で刃物みたいなので腕を刺されて、それからまわりにいた蝶が光り輝いたと思ったらいつの間にか意識が遠くなって…。


「その後は…、誰かがいたような気がする…」

あの後、まだ少しだけ意識が残っていた。
誰かが声をかけていたのをちゃんと覚えている。

でも、誰が?

部屋のまわりを見渡しても誰もいない。

とにかくベッドから降りようと思った瞬間、窓の外が黒く紫色に光り輝いた。

「……っ!?」

眩しい光りにとっさに目を瞑ると、外からすぐ近くの場所なのか、ドンっと大きな音がして地面が揺れた。

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