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第七章 Otherworldly Story

別れの日に

テーブルの上に 軽いお菓子を出して
各々好きな飲み物を手に 笑い合いながら他愛もない話をする
誰かが話せば誰かがそこから別の話をし始め 続く会話

合間にタイムやテンプスが部屋を出入りし 賑やかな様子を見て少しだけ輪に入り やるべきことがまだあるので戻り

そんな日常が続いていく

子供の話を人伝で聞くと 成長の早さに驚かされる
ギュスターヴの戦友も結婚しており 家族ぐるみでの付き合いが続いているという

トビーは同じくリドルフォから技術を学んでいた友人がおり 今リドルフォの建てた店を継いでいる彼と時折会っては仕事の話をよくしている…とゼロたちに話した

会えない日々はあんなにも長く感じたが 楽しい日々はあっという間に過ぎていく

1年…2年とまた時が過ぎ

ダステ「まだまだ勉強不足だが 彼女の力にはなれるようになってきているよ」
ゼロ「公安官辞めたらだいぶ暇しそうだと思ってたけど お花屋さんも似合うね」

足のことも含め体力面の心配も多かった公安官職だが それでも彼なりにやりきり 退職後はリゼットが開いていた花屋を一緒にやるようになった

ダステ「今度タイムにこちらに無い花の種を分けることになっている」
ゼロ「また庭園を色々変えてくのかな 時間がある時に一緒にやらない?」
ダステ「そうだな せっかくだから知識を活かそうか」
トビー「僕も手伝いたいです!」


タイムの庭園にはギュスターヴが分けた種から育てた新しい花々が咲き より一層綺麗な庭になっていった

ゼロ「見よ!これが青い薔薇です!」

自身の時代から青い薔薇の苗を持ってきたゼロは それを自慢げに3人に見せる
ギュスターヴの時代にはまだないので流石にあげることはできないが タイムの庭園には加えてほしいということで青い薔薇の咲く苗を持ってきていた

ゼロ「見ててね」

ゼロが苗の上に手のひらを広げ 左右に開くように動かすと苗が増え そのまま手のひらを下ろすと苗は地面に埋まり 上げると苗が成長し ある程度の高さになった時に円を描くようにぐるぐる動かすと蕾がゆっくり開き 綺麗な青の薔薇が咲いた

ゼロの周りに咲き誇る花は太陽の元で風に揺れる

確かに青い

トビー「薔薇って青なかったんですね」
ダステ「綺麗だな」
タイム「育てて増やせるのか?」
ゼロ「ここから増やすのは…この薔薇の種植えても青になるかはわからない そもそも種できるのだろうか…」

首を傾げながら手を振りまた苗を増やす

ゼロ「私はひとつ物があれば増やすのは簡単だけど…」
タイム「なるほど その時には君がまた苗を植えてくれればいいということだな」
ゼロ「…そうだね」


庭園に増えた青い薔薇は丁寧に手入れされ 毎年少しずつスペースを増やしていき その度ゼロが苗を増やしていた

ゼロ「チェスと薔薇と…時計 君は色々と理由をくれるね」
タイム「そんなつもりはないのだが…」
ゼロ「私としてはありがたいけどな」


彼女と出会う前は ほとんど同じ毎日を繰り返すばかりだった
王家以外との出会い 友人という関係
彼らと出会ってからはさらに変わっていった

楽しかったと心から言える
辛い別れもあり さらに大変な思いもした 振り返れば忘れ難い思い出が多い

彼女が別れの日が来るのを嫌がるのは理解できる

ダステ「いつかまた会えそうな気もするんだがな」
タイム「なぜだ?」
ダステ「ゼロなら望みそうだ」
トビー「生まれ変わって またここに…?」
タイム「可能なら 実現してほしいと思ってしまうな」

ギュスターヴは一度部屋を見渡した後 写真に映るあの時期にどんな会話をしたかを思い起こす

ダステ「ここへ来る前は 同じことをする毎日だった その時のことを思えば この出会いは 私の人生の中のとても価値ある出会いのひとつだった」
トビー「僕にとっても 何より素晴らしい出来事だったと思います みなさんもリドルフォも 僕は本当に良い縁に巡りあって今生きていられるんだと思います」

別れの日
いつか訪れるその日
笑い合い 語り合いながら 幸福を感じる
今は別れた友に思い馳せ
恩ある人々に心から感謝し
共に生きる人と前を向いて未来へ歩む

悲しみの日々はとうに終わった
物語は幕を閉じた

最後の文字はなんと書くか
まだ決まらない彼女は開いたページの上でペン先を震わせ 何も決まらず本は閉じる

愛する物語の中に入り込み 世界を繋げ 望む世界を作り上げ 偽物の夢を見る

全ては空想に過ぎなくても 彼らは確かにそこにいた


他の誰より弱いのに 彼女は決めてしまった
永遠であることも その手の中にある命の多さも 責任の重さも 全部決めてしまった

ゼロ「バグにのまれた?完全に?」
テンプス「いえ 世界自体は消えていません」
ゼロ「あと一回で想造者になったのに…こうなったら…奇跡でも起きないかぎり助けに行けない…」

他に直すべき世界がある
助けなくてはいけない世界 早急に想造者を見つけないといけない世界

ゼロ「…あの世界 ある程度完成したんだ」
テンプス「また再現された世界を!?」
ゼロ「修復しただけ…」
テンプス「形になりかけていたものを引っ張り出して…修復」
ゼロ「集会所同様合間にやるだけだよ それに干渉は最小限…!」

隣で話を聞いていたタイムは騒がしい2人に呆れながらとりあえずテンプスをなだめた


ギュスターヴもトビーもだんだんと来る頻度が減っていた

ダステ「右足も悪くなってきてな まぁ遅かれ早かれこうなることは覚悟していたが…この距離も遠く感じるとはな…」
ゼロ「…それを理由に…するわけでもないけど そろそろ集会も終わりにしようかと思ってて 実は…いつこの物語の幕を閉じるべきか考えてるんだ ここ数年…」

それを聞いてギュスターヴとトビーは驚き 前のめりになり なぜだと大声で言った

ゼロ「この世界も物語なんだ どこかで終わりにしないといけない 君らと別れるのは辛いけど 君らに無理させてまでこの場所を続ける理由はない」
トビー「僕は約束の日まではここに来ると決めたんです ゼロ 終わらせるのはそれからでもいいでしょう…?」
ゼロ「で…でも ギュスターヴは…?」
ダステ「私は来れる間は来ると決めていた」
ゼロ「来てほしくないわけじゃないんだ ただ 今まで迷惑かけてたから…」

本当はいつまでもこの時間が続くことを望んでいる 彼らはもう何年も一緒にいるので 彼女のこういった面は理解していた
すぐに心配し不安になる

ダステ「…私もそろそろ 別れの日が来るとは思っていた 次に全員で集まれたらその日を最後にしようと思う 君の言う通り 無理をしてまで来る必要は無い 何も気にせず過ごせる場所のまま 私は別れたい」

歩けなくなるのも時間の問題だった
そんな姿を見せて心配させたくはなかった
何も気にせずゆっくりと過ごせる場所 そう記憶したまま離れたい

トビー「僕はまだ あなたたちと話がしたいです 無理はしてないです ここが好きだから」
ゼロ「ごめん 不安になっちゃって こんな話…」
トビー「でもいずれ別れなければいけないのは確かです あなたはそれをよく分かってる人ですし…しょうがないのかもしれませんね…」

この話はまた今度改めて…とギュスターヴが言い 2人もそれに賛同して この話題は一度やめた
明るい話ではない


季節は巡る


あの日もし出会っていなかったとしても 物語の中で彼は変わり やがて幸せになっただろう

あの日もし…出会ってなかったなら…物語の通り彼は……トビアスの最後は…

別れを告げ 扉を閉じるテナルディエの姿
彼はあのあとどうなっただろう どのようにどのくらい生きただろうか

じゃあまた と別れて約束が果たされる保証はない

永遠の存在同士こうして会っていても 絶対ではない

会えるうちは会いたいが そうもいかないのは 集会所だろうと現実だろうと同じだった
この場所は会いに行く以外連絡の手段が無い 全くの別世界

まだ訪れない約束の日を待つ時代と
もう会えないと分かって離れた時代

トビー「今フランスでは ギュスターヴが産まれて それで…」

トビーの生きる世界は20世紀になっていた
今同じ時代をギュスターヴも生きている
そう考えると不思議な感覚になる まだ出会っていない彼がパリの孤児院にいる

椅子に深く腰掛け することもなく何も無い天井を眺める

トビー「…来ないな」

ギュスターヴが体調を悪くし しばらく会えないと言われて数ヶ月 ゼロは様子を見に行くかどうかで悩んでいたが 結局余計に心配になるのも嫌だと待つことになった

ゼロもタイムも来そうにないので 集会所を出てピレリの部屋に戻ってくる
壁の場所はそのままにしてある 家族が立ち入らない部屋なので安全だった

机の上に置かれた剃刀ケースを開く
元々入っていた3本とピレリ トビーの2本 特別な剃刀は 全て全体が銀のもの

いつもあの人が眺めていたのはなぜだったのだろうかと考えてみる
忘れないためなのだろうか…胸の内に燃える思いを…?

トビー「…捨てるわけにもいかないしな」

箱を持ちもう一度壁の中へ入る
集会所へ戻りチェストに目をやる
写真とゼロが飾った青い薔薇が上に乗るだけで 中には何も入ってない
引き出しを引くと中には誰のものかわからないがブローチが数個 タイムの城からきたのか古びた歯車が2個…コロコロ転がるガラス玉
一体誰が何のために入れておいたのか ガラクタとも呼べるものも数個だが出てくる
何かの蓋や筆…もしやここに忘れられていたが誰のものかわからない 必要かもわからないものをここに入れておいたのだろうか…

トビー「ここに入れておけば…ゼロかタイムがいつか見つけるかな」

布に包んで引き出しに入れてしまう
さらに別の引き出しの中も見てみると紐でまとめてある何も書かれていない紙の束が出てきた 使い込まれたペンも一緒にあった

「テナルディエにやったものだ」

声が聞こえてようやく部屋に別の誰かがいることに気づき うわっと声を上げながら振り向くとすぐ後ろにテンプスが立っていた

テンプス「捕まった後に屋敷から回収してきたんだ やつがバルジャンから受け取っていた衣類も必要になるかと思ってな まぁ結局渡せないままだったが…」
トビー「そうだったんですか…意外とこれ使ってたんですね」
テンプス「せっかくあるからな」


後日チェストの中にピレリの物がいくつか増えているのを見て テンプスはこれをどうゼロに伝えるかで悩んだ
彼なりにピレリを忘れようとしているのか 単に捨てるのは心苦しいが家族もいるので余計な詮索をされないために隠しているのか
いつか見つければそれでいいかと考え 結果ゼロはしばらくその存在を知らないままだった


…そのゼロがまたある時 ヒューゴ世界の壁の手前で一通の手紙を見つけた 手前というのは…つまり内側 白い通路側にあるので普通に考えればギュスターヴのものなのだが 送り主は彼ではなかった
ギュスターヴの家のすぐ近くにある人気のない路地に繋げてあった 確実にこの場所を知っていて 壁の存在もわかっていないとこの場所に置くことなど不可能だった

つまり 彼女は知っていたか これを置く前に知らされたか…

ゼロ「リゼット…」

彼ではなく彼女が
それだけで嫌な予感がする
急いで集会所へ戻り タイムを呼ぶとテンプスも一緒にいたので2人でやってきた

ご友人の方々へと記された手紙の封を丁寧に開ける
中の手紙には綺麗な文字でリゼットからの知らせが書かれていた

ゼロ「ギュスターヴ…」

友人の訃報をこうして彼の家族から知らされるとは思わなかった
最後の別れは直接言うことはできなかったが 家族が側にいたのだと知れたことは良かった

ゼロ「…いつかまた…会えるよ」


手紙の中には彼女がなぜ彼らを知っているのか その理由が丁寧に説明されていた

彼の遺品の中に日記があった
彼が鉄道公安官になってからつけるようにしていたもので そこにはゼロたちのことも書かれていた
誰に見せるわけでもない日記なので 一切隠すこともなく そのまま詳細が書かれていた

壁の中の集会所で出会った別の世界の友人たちとの交流を読んだリゼットは彼らにも知らせなければと思い 壁の場所を知ろうと日記を読み進めた

彼女はその内容を彼の夢や妄想などとは思わず 全てを信じて探した

直接会っていいものかわからない だから手紙にし 壁を見つけその中に置くことにした

テンプス「壁の先があると思ってなければ道にはつながらないはず」
タイム「彼女は本当に信じて 知らせようとしてくれたのか…」

トビーにも知らせると 彼は何も言わず手紙を読みゼロに返した

トビー「…もうすぐ戦争に」

出会いから36年の時が経ち トビーの暮らす世界は1912年になっていた
約束した日は20年後 まだ遠く長い日々
その前に迫る大戦

トビー「約束の日が来たら 僕はもうこの場所には来られないと思います なんだかそんな気が…」

約束だけに生かされていたわけではない
それでもトビーは何かを感じていた

トビー「ゼロ いつかまたこの場所で みんなで会いたいです」
ゼロ「私もそう思ってる」
トビー「約束ですよ」
ゼロ「…もちろん!」

トビーが帰ったあとの1人の集会所
六脚の椅子に残る彼らの影

手を握り開く 届けたい思いがある



ギュスターヴ・ダステと刻まれた墓石の横で風に揺れるアイリスが一輪
いつからそこに咲いたのか手を伸ばすと 触れる前に花は消え 1枚の写真に変わった

そこには壁の向こうの友人たちの姿
若い彼と同じ顔が並ぶ不思議な写真の裏には“永遠の友情を誓った友へ“という文字


リゼットは微笑んだ



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