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第七章 Otherworldly Story

懐中時計

出会いから18年

コンッという軽い音が部屋の中で聞こえる
2人きりで会う時 集会所ではなくタイムの書斎を選ぶそうになって数年経つ
その度にチェス盤の置いた丸テーブルを挟み向かい合って座り 話し合いながらチェスを指す

揺れる蝋燭の光が反射する時計から聞こえてくる規則的な音

ギュスターヴと家族は今 無事なのだろうか
長く続く第二次世界大戦のフランス パリで彼らは…
今はただ願うしかない みんなが無事であることを
物語の後で必ずくるとわかってはいたことだ

…あの時代のトビーは今も元気でいるのだろうか
それもわからない

ゼロ「命の時計ってさ どこからくるんだろうね」
タイム「…考えたこともなかったな」
ゼロ「私も今初めて考えた」

側の机に置いていたカップを取り 一口飲む
ふと何か思ったゼロが立ち上がり 棚の引き出しの中からガラス蓋のついた横長の長方形の箱を取り出し カップの置かれた机の上に乗せた

中には4つの懐中時計が並んでいる
ピレリの父の時計
テナルディエがポンメルシー大佐から盗んだ時計
ライカスの時計
戦時下になる前にギュスターヴがタイムに渡した時計

彼らの側で時を刻み続けた懐中時計

タイム「これで最後かのように見るものではない」

蓋に触れる手が ビクリと動く
無意識だったのか驚いた様子の彼女を見てタイムはため息をつく


彼女はこの物語に来る最後の日について考えている
この世界はほんの息抜きくらいの感覚で作られていたのに 最初の様子はそういった感じだったのに

終幕が目前に迫るたび 長引かせるかのように異変が起き 思い出を振り返り 気づけば4つになっていた懐中時計を眺める

ゼロ「…君はいつまでも私を覚えていてくれるのかな…私のような友人がいたと」

彼女はいつか この世界から離れる
そうあるべきなのは知っている そこに対し思うことは一切無い
以前のような毎日が戻るだけで 数多くの出会いと別れを繰り返してきたタイムにとっては当たり前のようなことだった

命の時計はどこからか生まれ いずれは死者の部屋に安置される

どれだけ親しい者だろうと やがては動かぬ時計となり タイムの手のひらの中で蓋を閉じる

タイムにとって友はみな等しく忘れられないはずの友であり やがては記憶の薄れる友だった

死んだ彼の 別れた彼の 再び会えるかわからぬ彼の その時計が 未だ時を刻むのを見るたびに彼らを思い出そうとも
彼らだけが特別だったわけではないと思っていた

オレロンとエルズメアとの思い出は数多い 今まで会ってきた王家の子らと 城で 大時計の前で 庭園で 話をしたはずだ
だが声の記憶が薄れていく たくさんあったはずの 彼らとの日々が消えていく 顔の思い出せない者も多い
その分 新しい出会いや 思い出が増え それは生きていれば当然なのだが やはり寂しさがある

だがピレリもテナルディエもギュスターヴも 同じ顔で 同じ声だからか 多くのことを覚えている 出会った頃のことをよく覚えている どのように打ち解けていったかを覚えている

彼らは特別なのかもしれない
彼女がそう望んだのだとしても 時計を見るたび交わした会話を思い出せる

ずっと孤独に感じていた日々の中に生まれた 確かな変化

始まりは彼女との出会いだ

タイム「君が望まなくても…私は誓いは破らない」

満面の笑みで嬉しさを表す彼女に微笑みかけながら 最後の一手を指す

ゼロ「あっ」




結局 ギュスターヴの扉が戦時中に開くことはなかった
トビーは集会所を訪れる時 会話の最中でも時々気になって振り向いて扉が開きはしないかと確認していた

彼には子供がいた リゼットと子供と 幸せに暮らす その平穏を壊す 二度目の戦争
これが終われば 彼の生きているうちに 彼らの幸福を脅かす大きな争いは起きない

経験したことのない歴史の中で 彼らは生きている 今も生きている 信じている

ゼロ「(私がそれを望んでるんだ)」



出会いから19年

1895年4月のロンドン

トビアス・ピレリとなったトビーには妻がいた
昔手紙を送り合った娘で 恋人同士となった時も 結婚した時もトビーのことを詮索したことはなかった
彼が震えながら剃刀を手にしていた理由 そうまでしても理髪師になろうとした理由
どれだけお金が貯まっても 看板の名前だけは変えない理由 柄の違う4本の剃刀の入った綺麗な箱を毎晩悲しそうに眺める理由
リドルフォのものでもトビーのものでもない 誰も使っていないのにそのまま綺麗にしてある一室
その一室に眠る前に入り しばらく出てこない理由

箱に触らない 部屋も覗かない きっと触れては困らせてしまうから

一生懸命剃刀を持って 手が震えないようにし 師匠の動きの真似をして 待つばかりは退屈だろうと異国の話をしてくれる 優しく努力家なトビーを知っている

だから彼女は何も聞かない
覚えていても 何も聞かない

両親と一緒に出かけた日 父が一度行ってみたかったと指差す理髪店
その一階のパイ屋でトビーと呼ばれ大きな声で返事をしていた青年の姿
笑顔で楽しそうに テキパキ仕事をこなす姿
パイは食べずに本来の目的地に向かい 後日その店が新聞に載った

それでも聞かない
あの時の青年かと聞かない

そんな女性が妻だった

妻と子供たちと幸せそうに暮らすトビーを見て リドルフォは良い人と出会い良い家庭を築いたと喜んでいた

…そんなリドルフォは 今トビーと家族に見守られ 息を引き取った
とても安らかに 眠るように

トビーが27歳になる年だった

救ってもらった 多くを教えてもらった恩人を亡くし 深い悲しみに暮れ 集会所でそのことを告げた

それでもトビーには家族がいた 果たすべき約束があった

…思えばピレリと会ったのはちょうど彼が27歳の時だった
ふとそう考えた時から 歳を重ねるたび その時のピレリがどうであったかを思い出すようになった



5年後

この年 トビーは32歳になる

トビー「あと3年で ピレリさんが亡くなった歳と同じになるんです」
ゼロ「あぁ…もうそんなに経つんだ…」
トビー「あの人が剃刀を使う時は全ての動作に気を配らないと色々危なかったので よく覚えてるんです…ただ追いつけたか少し不安で…」
ゼロ「私は大丈夫だと思うけどな…お店はやれてるし リドルフォくらいに技術もあるし…」

この場所が開かれてから24年 彼との付き合いもそれに近い年月ある
大人になった彼が理髪業に就いて悩み事を聞くようになるとは思っていなかった
理髪師を避けて当然のような事件に遭ったにも関わらず同じ職につくため努力をし続けていた

トビー「目標がないと現状に甘えそうになるのでピレリさんたちを目指しているんですけど…それはそれでわからなくなってきちゃいました」
ゼロ「向上心が素晴らしいねトビーは…私はどうにも怠けがちだから…君は立派になったよ 自立してるし 家族のことも考えてるし 仕事ぶりはさすがだし…高すぎる目標はそのうちピレリみたいに挫折って形になっちゃうし 今くらいがいいと思うんだけどなぁ」
トビー「それならいいんです 他の人から見て大丈夫そうなら 僕としても安心できるといいますか…」

大丈夫だよともう一度念押し トビーを安心させようとする

もうすぐピレリの年齢を超えるのかとまたしみじみ思う
彼よりももっと長く幸せに生きていてほしい

そう…彼も…



少しした後 終戦を迎えなんとか日常を取り戻しつつあった
集会所へ行かなかった期間がこんなにも長くなったことは無かった

その間に少し考えた
彼らと別れる日はいつなのか

公安官室での暮らしをやめた時には家族で暮らす家に移した
国内から出るつもりはないから きっと繋いでいようと思えば彼女ならできる

会いに行く時間を無理にとっているわけではない 家族に隠すことも難しくはない

タイムに時計を渡した時 戦争が終われば戻る気でいたから渡した
もう一度話をするつもりで あの日常にまた戻れると思って…

行けるうちは会うのか
明確に決め彼らの世界と別れ 家族やこちらの友人たちとの時間を増やすのか…

二度目の戦争を経験し 別れについてを考えるようになった どう過ごすべきなのか 何があるのかもわからない未来への不安 そこまで時間は残っていないかもしれないが どう別れるのかについて悩んでしまった

彼らが自分の死を知るのは 来なくなってからゼロが確認した時だろう
その時にはかなりの時間が経ってしまう 仕方がないこととはいえ 別れも言えないままというのは悲しいものだ

感謝と別れの言葉を…

大切な友人たちなのだから



壁を通り抜け 扉を開ける
テンプスが部屋の中にいて すぐさまゼロとタイムを呼び 少ししてトビーも集まった


最後の日は 今ではなくてもいいはずだ


ダステ「久しぶりだな」
ゼロ「良かった元気そうで…リゼットたちも元気?」
ダステ「あぁ心配ない 大丈夫だ」

緩やかに…穏やかにその日を迎えられるかなど 今後わかりはしないが それでもその言葉を言う日はずっと先でありたい


最後の日は…


END
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