第六章 タイム
時間の友
出会いから16年
平和なアンダーランド
マーモリアルの城で姉妹は暮らしている
イラスベスはミラーナから女王時代を忘れ生きるように強く言われ アウトランドに戻されないために 穏やかに暮らす努力をしていた
ミラーナと協力し 各地域の統治者を決め アンダーランドというひとつの国として互いに協力し この平和を長く続けようと活動していた
暗黒の時代を作り上げた張本人であり ジャバウォッキーの声に応えたイラスベス
アンダーランドの人々は平和になった今 恨みを忘れ 失われた命を弔い 2度と同じことが繰り返されないことだけを願い 生きていた
前を向いて歩くことのほうが 大切なことだった
元来の性格を変えることは難しい 王冠を諦めたわけではない だが妹の謝罪は心から願っていたこと 過去からは解き放たれたが 王位継承者がミラーナであることには納得がいっていない
今はジャバウォッキーがいない
イラスベスの配下となりミラーナを打ち倒す者などいない
みな今のアンダーランドの平和を強く望んでいる
彼女が怪しい動きをすればすぐに気付かれる 監視がついているのはわかっている
だから小さなわがままは言うが それ以上は大人しくするしかなかった
あの一件からしばらくして マーモリアルの城にタイムの姿を見つけた
ミラーナと真剣な顔で話をしている
一度は裏切りを見逃されたが 相手は強大な力を持つ存在 もしや自分に制裁を?
人の気配に気づいたのか タイムがイラスベスのいる方を見る それに気づき イラスベスは知らないふりをしてその場から歩き去った
ミラーナ「どうしたの?」
タイム「…なんでもない 気のせいだ」
次の日 ミラーナがタイムの城へ共に向かうよう言われた
提案ではなく命令に近かった
姉にそんな言い方をするなんて と怒りが湧き上がるが 大人しく従うしかない
イラスベス「…どうして行かなければいけないのよ」
ミラーナ「彼が呼んでいるの」
イラスベス「あなたはいつ知ったのよ あの時計が城につながっているなんて 調べるまで 知らなかった」
ミラーナはまだ城に辿り着かない場所で立ち止まりイラスベスの方を向いた
驚いて彼女も立ち止まり 何か言いたげなミラーナを待つことになってしまった
ミラーナ「王家の約束のことは 王位継承が近づいたら話されるはずだったの でも…お父様が……だからお姉様は知らないままだったの」
イラスベス「王家の約束?それは…なんなの 隠してたの?あなただけがずっとこの場所を知ってたの?」
ミラーナ「いいえ私たちは幼い頃何度も城へ来ている 忘れてしまっているだけよ」
イラスベス「そんなはず無い!私は…ほんの数年前に初めてここに!みんな知ってたの!?私だけが…」
ミラーナ「思い出そうとすると 頭が痛む話があったでしょう?ウィッツエンド王家の子は6歳を過ぎるとタイムに会うの お姉様のが先に会っていたのよ!何度彼と遊んだか…彼の庭園で追いかけっこをしたわ そしてあの事故の日もここに…!」
イラスベスは頭が痛むのを感じた
そんなことがあったような気がする 思い出せない話 諦めたお母様の顔…
イラスベス「…知らないわよそんなこと 王家の約束ってなんなの」
ミラーナ「ヴォーパルの剣とオラキュラムを彼からもらう代わりに 彼と城で交流し 大時計とクロノスフィアを守るため正しい話を民に伝え 彼の存在を知らせ そしてそれを自分の子たちに伝え続ける約束…王家にとって 彼は長い間大切な…友人なの」
聞いたことがあるような…無いような…朧げな記憶の中で母の話してくれたタイムの物語が蘇りそうで また消える
2人はまた城に向かい歩いた
城内で入るとウィルキンズが待っていた
約束の時間にはちゃんと間に合ったらしい 彼は時間に遅れるのを嫌う
ミラーナ「今日はその約束についての話よ 私は女王でありながら約束を破り彼の力を利用しようとしたから…仕方ないこと」
ヴォーパルの剣はジャバウォッキーに対抗できる唯一の武器
預言の書は未来への道標
それらを失うのは アンダーランドにとってはかなりの損失になる
だがタイムの守るものを思えば 彼女のしたことは到底許されない
ウィルキンズに案内され大時計の前まで来ると タイムが大時計の方を見上げ何か話していた
ウィルキンズが彼を呼ぶと振り返り2人に手招きをする
タイム「ウィッツエンド王家として約束は今後守らなくともいい クロノスフィアやこの場所の存在は 本来隠されるべきものだ…さぁ預言の書を」
ミラーナは預言の書を取り出し タイムに手渡す
タイム「話は以上だ 時計の扉は封じておくんだ」
預言の書を手に持ち タイムは踵を返し城の奥へと歩いていく
ミラーナも元の道を帰ろうと振り返るが イラスベスは歩き去るタイムの背中を見ていた
ミラーナ「お姉さま?」
イラスベス「永遠に…誰も来ないこの場所に…?」
タイムは振り向き イラスベスを睨みような目で見る
裏切ったステインを殺し 1人アウトランドへ来ると 何もない 誰もいない 寂しい場所がそこにあった
世話をする召使も身を守ってくれる兵士もいない
孤独な時間
野菜の従者たちは人間ではない 身の回りの世話や城の守りもするが 褒め称えるようなことができない
孤独
女王だった頃ですら 誰も愛してくれてはいなかった
恐れられているだけだった
ステインすら
アウトランドでこの先も永遠に 人に会うこともできないまま孤独に死ぬのかと思うと…
その選択がタイムにはできるのだと思うと 信じられなかった
だから言ってしまった
タイム「君のような人間から守るためだ」
それが誰のせいですることになった選択なのかを 考えつかない
タイム「私は君に…騙された アンダーランド人を信じたからこうなった」
イラスベス「わ…私だって昔騙された!愛されたい思いを利用してあいつらは…だから…私だって利用して…いいと…それにあなただって 昔私と会ったことがあるのに 知らないふりを…!」
タイム「…思い出したのか?知らないふりではない 最初は気づかなかっただけだ…」
思い出したわけではなかったが ミラーナの話は本当だったのだとわかり彼女を睨みつける
隠されていた 王家の約束という秘密を
ずっと昔からミラーナだけが知っていた
タイム「言いたいことはそれだけか?そのために…立ち止まっているのか…?」
イラスベス「ち…違うわ 本当は…別のことを…その…私は…もう一度会えたら謝ろうと…思って」
驚いた表情をする彼を見て 言葉を続けられないイラスベスは下を見たり腕を少し振ったりして何を言うのか考えた
ミラーナの謝罪の言葉を待っていたイラスベスだが 彼女もまた人に謝った経験がない
周りが悪いのだと思い続けていたからだろう
時間が経ちタイムが自分に尽くしてくれていたその愛は確かなものだと 少しだが理解した
イラスベス「…ごめんなさい 色々と…してくれていたのに」
不安気な表情でタイムの返事を待つ
何を考えているのかはわからないが 彼はずっと黙ったままイラスベスの方を見ていた
青く光る瞳が揺れる
眉を下げ タイムは微笑んだ
少し困ったような表情だったが イラスベスは安堵の息をはいた
イラスベス「あなたが…よければ これからも会いに来たいの 今度こそ 本心であなたと話をさせて欲しいの」
タイム「君たちを信じていいのか?」
そこに ミラーナが戻ってきた
イラスベスの隣に立ち 姉に向けて頷いてからタイムに話しかける
ミラーナ「もう一度約束させて欲しいの あなたの時計は私たち王家が守り続ける だからお願い…あの頃のようにあなたと会うことを許して欲しいの」
タイム「ミラーナ…」
これから先 長年約束で結ばれてきたウィッツエンド王家と離れるのは 本当は嫌だった
彼らと会うべきではないのはわかる
この場所を閉じ 2度と誰も入れなようにすれば確実に守られる
かつてのタイムは彼らと話がしたくて人の体を欲しがった
心を持ったために孤独に苦しみ 人と交流した
彼は友人が欲しかった 大時計や分秒とは違う存在
ただ話をするだけでよかった 1日の少しの時間 そうするだけで彼は十分幸せだった
ゼロの気持ちはよくわかった
だから今まで 友人たちとも会っていた
タイム「…今度は友人として君たちと会いたい 約束のためではない 私はずっと君たちを愛していたからこそ共にいたんだ」
タイムはミラーナとイラスベスを両手で抱きしめた
失ったものが多すぎた
それでも過ぎたものは取り戻せない
どう生きていけばいいのか
姉妹は手を取り合い 互いの過ちを償っていくのだろう
…その日の集会所にはゼロがいた
ゼロ「良かった!全部無事だった?」
タイム「…あぁ 全て」
ゼロ「こっちの扉にまで錆が広がった時 少し驚いたんだよ…でも良かった」
全て知られていると理解しているゼロは隠す気がない
タイム「ダステと本を探してくれたんだな」
ゼロ「本来物語に関わらないはずなんだけどね…」
タイム「だが助かった」
ゼロは頷いてから 次の言葉に悩んだ
物語が全て終わった時 選択しなければいけないとわかっていたタイムは 彼女からそれが言えないのだろうと思っていた
ゼロ「…実はひとつわかったことがあって」
右目が緑色に変わる 自然なことのように
ゼロ「この世界に想造者はいない 君はただ 力が強いだけ だから選ばなくていい この世界の安全はバグを倒した時点で永遠のものになった」
バグの予想は初めから外れていた
再現された世界に想造者はいない という今までの世界の仕組みの通り タイムも 他の誰もが想造者ではない
ゼロ「だから安心して 君は君でいればいい 調べがつくまで時間がかかって申し訳ない…」
話を聞いて タイムは喜ぶことも残念がることもなかった 彼の中で決まっていた選択は いずれにせよ今の関係が変わることもなく 今過ごす日々が変わるものでもなかった
ゼロ「…ライカスって 君のことだよね」
タイム「昔 そう呼ばれていただけの話だ 彼は死んだ」
ゼロ「聞かない方がいい話…なのかな」
タイム「君と私は似たものだ そう言っただろう」
ゼロ「…そうなの?」
タイム「わからなければ本を開け 隠しているわけではない もう誰もその名前で呼ばないだけだ…」
昔 アンダーランドの全てを危機に晒してまで 人になりたかった彼を理解できなかった
親しかった王女の死 なぜか彼女の弟の体を使い 彼はアンダーランド人になった
タイム「ライカスはそのアンダーランド人の名だ 私のものではない」
ゼロ「時計の名は君のものだ 君は自分で自分に名前をつけた 時間という意味の…ライカスと」
タイム「なぜそうだと…」
ゼロ「意味を調べただけであとは予想 でも時間という意味の名がついているなら それは間違いなく君自身だ だから君は バグの攻撃が効かなかった 機械の部分はタイムだけど 人間の部分はライカスだ 君自身がライカスでないなら 人の部分だろうとタイムになる でも違った 君はタイムで クロックで ライカスなんだ」
ライカスは生きている
針は動いている
彼の心臓は止まったが まだこの胸の中で動く心臓がある
ゼロ「君はライカスを覚えてていいと思う 君は死んでいない」
やはりゼロは全てを知っている 知っていて 知らないふりをする
タイムにならなければいけないと思い続けていた
それ以外に この心を保つ方法がわからなかった
彼は死んだと割り切り 元の自分だというタイムに戻るしかなかった
アンダーランド人の 時計の蓋を閉じるたび 自分には訪れない終わりを見るたびに ライカスの心が戻りそうになる
今日も明日も 自分ではない記憶と精神に飲まれながら タイムでなければいけない
だが…ライカスとして生きていた時間を 忘れなくても…いいのかもしれない
クロックもアンダーランドを守りたかっただけだ
ライカスのままではタイムの役目を果たせないから その名を呼ぶのを止めた
ゼロ「…私の本当の名前を誰も覚えてない テンプスすら知らない バグに殺されないために…ゼロという名前とあとひとつ別の名前で記憶を隠して 結局私自身思い出すのも難しい そこまでしてるのに なんで私は…記憶を消すんだろう」
タイム「私も私自身の行動の理由を知らない 思い出そうとしても 全くわからない」
ゼロ「…ねぇ 想造者にはなるつもりだった?断るつもりだった?」
タイムは少し考えたあと 答えないという選択をした 肯定も否定もしない
タイム「君の望んだ世界に付き合う気ではいる この先も私自身は続いていくのだから」
ゼロ「ありがとう」
タイム「ところで君のもうひとつの名前とはなんだ?」
ゼロ「気になる…?」
タイム「君にだけ私の全ての名を知られているのはな…」
ゼロ「…いいけど ほんと ただの名前だよ?」
ゼロは空中に文字を書き それをタイムに見せ 読み方を教えた
口には出さないようにと言われ 集会所でライカスの名ともうひとつの名を知るのは 2人だけとなった
集会所を出るとウィルキンズがそこにいた
彼を待っていたのかタイムが出てくるとすぐに駆け寄り隣を歩いた
タイム「ウィルキンズ ひとつやることができた」
ウィル「それはなんでしょうか」
タイム「ライカスの時計を直す」
ウィル「な…なぜです」
タイム「あの時計はもうただの時計だ 私の時計は万物の大時計に変わっている 直しても私の命とは関係ない」
ウィルキンズは安心したのか あとはタイムが自由にすればいいと そのまま隣で歩いていた
ライカスの時計を目にすることすらできないでいた 死んだ時計だと思いながら 奥へとしまいこんだ
かつての自分が死んだことを認められなかった
いつかは全て手放す時がくる それが運命
そうだとしても 過去を捨てたくはない
そこに自分がいる 過去でも生きていて 今も生きている
顔も声も力も元のタイムになった だが私はライカスだ ライカスが タイムの役目を継いだ
タイムの記憶を自分のものと思わなくていい タイムの記憶は 過去を知るためにある
弔うためか 共に生きるためか まだ決めてはいないが あの美しい時計を壊れたままにはしておきたくない
自分で閉じる日がないように クロックが折った蓋を 元に戻す 終わらせるためではなく 始めるために
ただタイムとして生きていた
それが役目だと思って
だがクロノスフィアを失い考えたのは自分が死ぬことではなく アンダーランドの人々
心から 彼らを守りたいと思えていた この世界を愛していた
修理されたライカスの時計は 友人たちの時計と共に並べられている
開かれたままの時計の針は 今でもゆっくりと時を刻む
物語は終わってもタイムは終わらない
END
出会いから16年
平和なアンダーランド
マーモリアルの城で姉妹は暮らしている
イラスベスはミラーナから女王時代を忘れ生きるように強く言われ アウトランドに戻されないために 穏やかに暮らす努力をしていた
ミラーナと協力し 各地域の統治者を決め アンダーランドというひとつの国として互いに協力し この平和を長く続けようと活動していた
暗黒の時代を作り上げた張本人であり ジャバウォッキーの声に応えたイラスベス
アンダーランドの人々は平和になった今 恨みを忘れ 失われた命を弔い 2度と同じことが繰り返されないことだけを願い 生きていた
前を向いて歩くことのほうが 大切なことだった
元来の性格を変えることは難しい 王冠を諦めたわけではない だが妹の謝罪は心から願っていたこと 過去からは解き放たれたが 王位継承者がミラーナであることには納得がいっていない
今はジャバウォッキーがいない
イラスベスの配下となりミラーナを打ち倒す者などいない
みな今のアンダーランドの平和を強く望んでいる
彼女が怪しい動きをすればすぐに気付かれる 監視がついているのはわかっている
だから小さなわがままは言うが それ以上は大人しくするしかなかった
あの一件からしばらくして マーモリアルの城にタイムの姿を見つけた
ミラーナと真剣な顔で話をしている
一度は裏切りを見逃されたが 相手は強大な力を持つ存在 もしや自分に制裁を?
人の気配に気づいたのか タイムがイラスベスのいる方を見る それに気づき イラスベスは知らないふりをしてその場から歩き去った
ミラーナ「どうしたの?」
タイム「…なんでもない 気のせいだ」
次の日 ミラーナがタイムの城へ共に向かうよう言われた
提案ではなく命令に近かった
姉にそんな言い方をするなんて と怒りが湧き上がるが 大人しく従うしかない
イラスベス「…どうして行かなければいけないのよ」
ミラーナ「彼が呼んでいるの」
イラスベス「あなたはいつ知ったのよ あの時計が城につながっているなんて 調べるまで 知らなかった」
ミラーナはまだ城に辿り着かない場所で立ち止まりイラスベスの方を向いた
驚いて彼女も立ち止まり 何か言いたげなミラーナを待つことになってしまった
ミラーナ「王家の約束のことは 王位継承が近づいたら話されるはずだったの でも…お父様が……だからお姉様は知らないままだったの」
イラスベス「王家の約束?それは…なんなの 隠してたの?あなただけがずっとこの場所を知ってたの?」
ミラーナ「いいえ私たちは幼い頃何度も城へ来ている 忘れてしまっているだけよ」
イラスベス「そんなはず無い!私は…ほんの数年前に初めてここに!みんな知ってたの!?私だけが…」
ミラーナ「思い出そうとすると 頭が痛む話があったでしょう?ウィッツエンド王家の子は6歳を過ぎるとタイムに会うの お姉様のが先に会っていたのよ!何度彼と遊んだか…彼の庭園で追いかけっこをしたわ そしてあの事故の日もここに…!」
イラスベスは頭が痛むのを感じた
そんなことがあったような気がする 思い出せない話 諦めたお母様の顔…
イラスベス「…知らないわよそんなこと 王家の約束ってなんなの」
ミラーナ「ヴォーパルの剣とオラキュラムを彼からもらう代わりに 彼と城で交流し 大時計とクロノスフィアを守るため正しい話を民に伝え 彼の存在を知らせ そしてそれを自分の子たちに伝え続ける約束…王家にとって 彼は長い間大切な…友人なの」
聞いたことがあるような…無いような…朧げな記憶の中で母の話してくれたタイムの物語が蘇りそうで また消える
2人はまた城に向かい歩いた
城内で入るとウィルキンズが待っていた
約束の時間にはちゃんと間に合ったらしい 彼は時間に遅れるのを嫌う
ミラーナ「今日はその約束についての話よ 私は女王でありながら約束を破り彼の力を利用しようとしたから…仕方ないこと」
ヴォーパルの剣はジャバウォッキーに対抗できる唯一の武器
預言の書は未来への道標
それらを失うのは アンダーランドにとってはかなりの損失になる
だがタイムの守るものを思えば 彼女のしたことは到底許されない
ウィルキンズに案内され大時計の前まで来ると タイムが大時計の方を見上げ何か話していた
ウィルキンズが彼を呼ぶと振り返り2人に手招きをする
タイム「ウィッツエンド王家として約束は今後守らなくともいい クロノスフィアやこの場所の存在は 本来隠されるべきものだ…さぁ預言の書を」
ミラーナは預言の書を取り出し タイムに手渡す
タイム「話は以上だ 時計の扉は封じておくんだ」
預言の書を手に持ち タイムは踵を返し城の奥へと歩いていく
ミラーナも元の道を帰ろうと振り返るが イラスベスは歩き去るタイムの背中を見ていた
ミラーナ「お姉さま?」
イラスベス「永遠に…誰も来ないこの場所に…?」
タイムは振り向き イラスベスを睨みような目で見る
裏切ったステインを殺し 1人アウトランドへ来ると 何もない 誰もいない 寂しい場所がそこにあった
世話をする召使も身を守ってくれる兵士もいない
孤独な時間
野菜の従者たちは人間ではない 身の回りの世話や城の守りもするが 褒め称えるようなことができない
孤独
女王だった頃ですら 誰も愛してくれてはいなかった
恐れられているだけだった
ステインすら
アウトランドでこの先も永遠に 人に会うこともできないまま孤独に死ぬのかと思うと…
その選択がタイムにはできるのだと思うと 信じられなかった
だから言ってしまった
タイム「君のような人間から守るためだ」
それが誰のせいですることになった選択なのかを 考えつかない
タイム「私は君に…騙された アンダーランド人を信じたからこうなった」
イラスベス「わ…私だって昔騙された!愛されたい思いを利用してあいつらは…だから…私だって利用して…いいと…それにあなただって 昔私と会ったことがあるのに 知らないふりを…!」
タイム「…思い出したのか?知らないふりではない 最初は気づかなかっただけだ…」
思い出したわけではなかったが ミラーナの話は本当だったのだとわかり彼女を睨みつける
隠されていた 王家の約束という秘密を
ずっと昔からミラーナだけが知っていた
タイム「言いたいことはそれだけか?そのために…立ち止まっているのか…?」
イラスベス「ち…違うわ 本当は…別のことを…その…私は…もう一度会えたら謝ろうと…思って」
驚いた表情をする彼を見て 言葉を続けられないイラスベスは下を見たり腕を少し振ったりして何を言うのか考えた
ミラーナの謝罪の言葉を待っていたイラスベスだが 彼女もまた人に謝った経験がない
周りが悪いのだと思い続けていたからだろう
時間が経ちタイムが自分に尽くしてくれていたその愛は確かなものだと 少しだが理解した
イラスベス「…ごめんなさい 色々と…してくれていたのに」
不安気な表情でタイムの返事を待つ
何を考えているのかはわからないが 彼はずっと黙ったままイラスベスの方を見ていた
青く光る瞳が揺れる
眉を下げ タイムは微笑んだ
少し困ったような表情だったが イラスベスは安堵の息をはいた
イラスベス「あなたが…よければ これからも会いに来たいの 今度こそ 本心であなたと話をさせて欲しいの」
タイム「君たちを信じていいのか?」
そこに ミラーナが戻ってきた
イラスベスの隣に立ち 姉に向けて頷いてからタイムに話しかける
ミラーナ「もう一度約束させて欲しいの あなたの時計は私たち王家が守り続ける だからお願い…あの頃のようにあなたと会うことを許して欲しいの」
タイム「ミラーナ…」
これから先 長年約束で結ばれてきたウィッツエンド王家と離れるのは 本当は嫌だった
彼らと会うべきではないのはわかる
この場所を閉じ 2度と誰も入れなようにすれば確実に守られる
かつてのタイムは彼らと話がしたくて人の体を欲しがった
心を持ったために孤独に苦しみ 人と交流した
彼は友人が欲しかった 大時計や分秒とは違う存在
ただ話をするだけでよかった 1日の少しの時間 そうするだけで彼は十分幸せだった
ゼロの気持ちはよくわかった
だから今まで 友人たちとも会っていた
タイム「…今度は友人として君たちと会いたい 約束のためではない 私はずっと君たちを愛していたからこそ共にいたんだ」
タイムはミラーナとイラスベスを両手で抱きしめた
失ったものが多すぎた
それでも過ぎたものは取り戻せない
どう生きていけばいいのか
姉妹は手を取り合い 互いの過ちを償っていくのだろう
…その日の集会所にはゼロがいた
ゼロ「良かった!全部無事だった?」
タイム「…あぁ 全て」
ゼロ「こっちの扉にまで錆が広がった時 少し驚いたんだよ…でも良かった」
全て知られていると理解しているゼロは隠す気がない
タイム「ダステと本を探してくれたんだな」
ゼロ「本来物語に関わらないはずなんだけどね…」
タイム「だが助かった」
ゼロは頷いてから 次の言葉に悩んだ
物語が全て終わった時 選択しなければいけないとわかっていたタイムは 彼女からそれが言えないのだろうと思っていた
ゼロ「…実はひとつわかったことがあって」
右目が緑色に変わる 自然なことのように
ゼロ「この世界に想造者はいない 君はただ 力が強いだけ だから選ばなくていい この世界の安全はバグを倒した時点で永遠のものになった」
バグの予想は初めから外れていた
再現された世界に想造者はいない という今までの世界の仕組みの通り タイムも 他の誰もが想造者ではない
ゼロ「だから安心して 君は君でいればいい 調べがつくまで時間がかかって申し訳ない…」
話を聞いて タイムは喜ぶことも残念がることもなかった 彼の中で決まっていた選択は いずれにせよ今の関係が変わることもなく 今過ごす日々が変わるものでもなかった
ゼロ「…ライカスって 君のことだよね」
タイム「昔 そう呼ばれていただけの話だ 彼は死んだ」
ゼロ「聞かない方がいい話…なのかな」
タイム「君と私は似たものだ そう言っただろう」
ゼロ「…そうなの?」
タイム「わからなければ本を開け 隠しているわけではない もう誰もその名前で呼ばないだけだ…」
昔 アンダーランドの全てを危機に晒してまで 人になりたかった彼を理解できなかった
親しかった王女の死 なぜか彼女の弟の体を使い 彼はアンダーランド人になった
タイム「ライカスはそのアンダーランド人の名だ 私のものではない」
ゼロ「時計の名は君のものだ 君は自分で自分に名前をつけた 時間という意味の…ライカスと」
タイム「なぜそうだと…」
ゼロ「意味を調べただけであとは予想 でも時間という意味の名がついているなら それは間違いなく君自身だ だから君は バグの攻撃が効かなかった 機械の部分はタイムだけど 人間の部分はライカスだ 君自身がライカスでないなら 人の部分だろうとタイムになる でも違った 君はタイムで クロックで ライカスなんだ」
ライカスは生きている
針は動いている
彼の心臓は止まったが まだこの胸の中で動く心臓がある
ゼロ「君はライカスを覚えてていいと思う 君は死んでいない」
やはりゼロは全てを知っている 知っていて 知らないふりをする
タイムにならなければいけないと思い続けていた
それ以外に この心を保つ方法がわからなかった
彼は死んだと割り切り 元の自分だというタイムに戻るしかなかった
アンダーランド人の 時計の蓋を閉じるたび 自分には訪れない終わりを見るたびに ライカスの心が戻りそうになる
今日も明日も 自分ではない記憶と精神に飲まれながら タイムでなければいけない
だが…ライカスとして生きていた時間を 忘れなくても…いいのかもしれない
クロックもアンダーランドを守りたかっただけだ
ライカスのままではタイムの役目を果たせないから その名を呼ぶのを止めた
ゼロ「…私の本当の名前を誰も覚えてない テンプスすら知らない バグに殺されないために…ゼロという名前とあとひとつ別の名前で記憶を隠して 結局私自身思い出すのも難しい そこまでしてるのに なんで私は…記憶を消すんだろう」
タイム「私も私自身の行動の理由を知らない 思い出そうとしても 全くわからない」
ゼロ「…ねぇ 想造者にはなるつもりだった?断るつもりだった?」
タイムは少し考えたあと 答えないという選択をした 肯定も否定もしない
タイム「君の望んだ世界に付き合う気ではいる この先も私自身は続いていくのだから」
ゼロ「ありがとう」
タイム「ところで君のもうひとつの名前とはなんだ?」
ゼロ「気になる…?」
タイム「君にだけ私の全ての名を知られているのはな…」
ゼロ「…いいけど ほんと ただの名前だよ?」
ゼロは空中に文字を書き それをタイムに見せ 読み方を教えた
口には出さないようにと言われ 集会所でライカスの名ともうひとつの名を知るのは 2人だけとなった
集会所を出るとウィルキンズがそこにいた
彼を待っていたのかタイムが出てくるとすぐに駆け寄り隣を歩いた
タイム「ウィルキンズ ひとつやることができた」
ウィル「それはなんでしょうか」
タイム「ライカスの時計を直す」
ウィル「な…なぜです」
タイム「あの時計はもうただの時計だ 私の時計は万物の大時計に変わっている 直しても私の命とは関係ない」
ウィルキンズは安心したのか あとはタイムが自由にすればいいと そのまま隣で歩いていた
ライカスの時計を目にすることすらできないでいた 死んだ時計だと思いながら 奥へとしまいこんだ
かつての自分が死んだことを認められなかった
いつかは全て手放す時がくる それが運命
そうだとしても 過去を捨てたくはない
そこに自分がいる 過去でも生きていて 今も生きている
顔も声も力も元のタイムになった だが私はライカスだ ライカスが タイムの役目を継いだ
タイムの記憶を自分のものと思わなくていい タイムの記憶は 過去を知るためにある
弔うためか 共に生きるためか まだ決めてはいないが あの美しい時計を壊れたままにはしておきたくない
自分で閉じる日がないように クロックが折った蓋を 元に戻す 終わらせるためではなく 始めるために
ただタイムとして生きていた
それが役目だと思って
だがクロノスフィアを失い考えたのは自分が死ぬことではなく アンダーランドの人々
心から 彼らを守りたいと思えていた この世界を愛していた
修理されたライカスの時計は 友人たちの時計と共に並べられている
開かれたままの時計の針は 今でもゆっくりと時を刻む
物語は終わってもタイムは終わらない
END