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第六章 タイム

万物の大時計

タイム「弔いの鐘が鳴っていない」

その一言から始まり 一気に空気が変わる
悲しみに暮れるウィルキンズやセカンズたちと違い タイムの表情は怒りに満ちていた

ウィル「閣下…?」
タイム「セカンズはミニッツに 私の体を持ってくるんだ ウィルキンズは道具を取ってくるんだ 私は生者の部屋からライカスの時計を取ってくる」

誰もが言われるままに行動した ウィルキンズにはタイムが何をしようとしているのかわからなかった

ライカスの体は酷い状態になっているが それでも人より体の時間の進みの遅い彼はまだ生きてはいるのかもしれない

タイムの言う通り弔いの鐘が鳴っていない
ウィルキンズはライカスの側を離れたくなかったが タイムに協力しなくてはいけない
何か ライカスを救う方法を思いついたのかもしれない
今は信じて行動するしかなかった

ウィルキンズが道具を運び タイムはその手にライカスの時計を持ち ミニッツたちは一体の機械人形の体を運んでくる

ウィル「どうされるおつもりですか…?」
タイム「彼を機械にする」

タイムは彼とは別の姿をした機械人形に手を触れる するとタイムの体は倒れ 代わりに別の機械人形の目が開き光が宿る

起き上がった彼が倒れたタイムのチョッキを開くと胸の心臓の文字盤がボロボロと崩れていた

ウィル「機械に?ですが全てを変えるのは…」
「一部を変える」

喋り出した声はタイムのものではなかった 若い青年の姿をした機械人形はゆっくりと立ち上がり 道具を取り出し準備をする

「この体を使って 足りない部分を補う だがその前に…時計を」

ウィルキンズが手に持ったままのライカスの時計を渡すよう手を出すが 彼が何をするつもりなのか 不安になり思わず彼の手に捕まらないように時計を離す

「ウィルキンズ 彼が死んでしまう」
ウィル「で…ですが…なぜ時計を…」
「渡せウィルキンズ!」

恐る恐る時計を彼に渡す
まだ動いている時計を確認した後 彼は文字盤と蓋を両手で上側から握る

ウィル「あの」

そのまま時計を本来蓋の閉まる方向とは逆に向かって折り曲げようと力を込める

時計が高い悲鳴のような音をあげる
ウィルキンズは彼を止めようとしたが 力強く握られた手を剥がすことはできない

ウィル「クロック様!!」

文字盤と蓋が 彼の右手と左手の中に残る
ライカスの時計は破壊されてしまった

ウィル「な…なんてことを…」
クロック「ウィルキンズ 私がすることを止めるのなら お前だろうと許さない アンダーランドのために私たちは二度とタイムを失ってはいけない」
ウィル「ですがこんなやり方は…!命の時計が止まった時 蓋が閉じられなければその者は体が朽ちようと死を知ることは無いのですよ!?それこそ永遠の…」
クロック「だから半身を機械にするのだ!時間の力があれば肉体が死ぬ前の状態を維持できる これはタイム様にしかできないやり方だ 我々やこの城が劣化せず保たれるのと同じ原理だ わかるだろう!死なせてなるものか!ようやく見つけたのに!」

時空が歪み タイムの体から部品が取られライカスの体の失われた部分を補う
こうなってはクロックのやる通りにする以外 彼を救う方法はない この先体の半分を失っても魂は生きたままなんて酷い状態にしておくことはできない

床に置かれたライカスの壊れた時計を ウィルキンズは機械であっても伝わってくるほどの悲痛な表情をしながら抱きしめる

なぜこんなことになってしまったのだろう

クロック「あとは 心臓…」
ウィル「…ご主人様の心臓は 壊れています 付けられたとしても あなたの中のクロノスフィアから 力を得ることは…」

クロックは自身の着ているチョッキを開く
そこには大時計と同じ時計の心臓がある

クロック「ここにある 私自身は無くともしばらくは力を保てる ウィルキンズ 全てお前が教えるんだ いいな」

躊躇なく心臓部の時計に手を伸ばし 部品を外し 引き抜いた
細かい部品が地面に当たり軽い金属音が数回鳴っても クロックは気にも留めない

全ての作業が終わり クロックは彼の心臓の時計の上に手をかざし 円を描く
文字盤に光が灯り 体内に明るい青の光が宿り 機械が動き出した



…ライカスは森の中で目を覚ました

風で葉が揺れる音 川の水が流れる音

周りには誰もいない

いつも誰もいない

誰もがいつかいなくなる

いつか離れていく

自分と違う時間を生きるから

誰もが自分のような時間を生きていないから

どうしてこんなにゆっくりとしているのだろう

どうしていつも1人なのだろう

でもあそこへ行ってもいつかは1人になる

でもいつか僕の時間も止まる

時間はかかるけど同じになれる

同じ場所で眠れる

同じように弔われ

同じように蓋を閉じられ

同じように鎖の下で

いつかまた祝福の鐘が鳴る日まで

いつかまた彼に名前を呼ばれる日まで

いつかまたあの部屋でチェスをしよう

いつかまたあの場所で薔薇を愛でよう

いつかまたあの場所でクロノスフィアの輝きを眺めよう

いつかまた無限の空間で

永遠の時間の城の中で

それが 生きているということ

それが 僕が孤独ではない場所

知らない歌を歌いながら 彼の横を軽やかに走る女性が 長い髪を彼の視界に残し 背中を向けたまま森の奥へ走り去る

酷く懐かしい歌声は とても美しく明るく楽しそうなのに 泣いてしまいそうになる

声をかけてみると 自分の声ではないことに気づく
タイムの声だ

体が重い 歯車が回る音がする
長いマント 大きな肩飾り 背の高い帽子

彼女を追いかける 長く軽やかに揺れる黒い髪と 白いドレス 目の前を走りながら歌っているのに よく聞こえる声

怖い 何かおかしい

水の音が近づく 小川を飛び越えた彼女と とても飛び越えられないと立ち止まった彼

彼女の声が遠のく

川を覗く

景色を反射している

その姿はタイムだった

川の向こう側に 同じ姿のタイムがいる

鏡写しのように 全く同じ姿でそこにいる

川の水が上へと昇る

彼は水に飲まれる
周りの景色が狭い時間の海のようになる
水面に映るのは 知らない歴史 知らない過去

さっきと同じ距離にタイムがいる

景色の半分は時間の城の中

これはタイムの見たものなのだろうか

自分のものではない記憶が流れ込むような感覚に襲われる 自分がタイムに飲み込まれる 自分がタイムになっていくようだ

どんどん体が重くなる 自分が自分でなくなるような

怖い 何が起きているのかわからない

僕はどうなってしまったんだ

これは夢なのか?

私は一体 何になって しまった


「やめろ!!」


目を覚ますと 室内にいた
暖炉や蝋録の火の暖かな光を見て 安心する
長椅子に横向きで寝かされ 毛布をかけられている

体が動かせない 重いというか 感覚が鈍い なんとか少しだけ頭を動かすと 夢の中で聞いたような音がする
機械の音だ 歯車の回る音 時計の針の音は 室内の時計のものか それとも…

椅子に背をつけ ウィルキンズが眠っているような呼吸をしている その姿を見つけて 視界が少しぼやけていることに気づく

大時計の内部でタイムにクロノスフィアを託して落ちたところは覚えているが その後一体どうなったのだろうか
あの高さから落ちてよく無事だったと冷静に考えながら ようやく動かせた腕で上体を起こす

視界が戻ると どんな部屋かようやくわかった
過去に扉の開閉のわずかな間に中が目に入ったタイムの書斎だ
机や物を部屋の奥へ押し込み この長椅子をどこか別の場所から持ってきて 彼を寝かせたようだった

左腕は全体に緩く包帯が巻かれている
動かすたびに嫌な音がする

着ている服のボタンを開ける

「ウィルキンズ!!」

声に驚いて ウィルキンズが飛び起き ズレた眼鏡を直した

ウィル「あ…その…大丈夫ですか?」

彼は心臓の代わりに胸にある大時計と同じ時計を指差しながら 酷く動揺していた

「どうなってる なんだこれは 夢の中と同じだ!なんでだ 私の体はどうなった なぜ私はタイムと同じになっているんだ!」
ウィル「説明をしますから 落ち着いてください お願いします!ご主人様!どうか…」
「そんな呼び方 今までしてなかったじゃないかウィルキンズ!なんなんだこれは!私は…何が…どうなって…」

ゆっくりと呼吸を整える ウィルキンズはずっと眉の部品が下に下がっている

ウィル「大時計から落ちたあなたを救うために 失われた部分を機械にして直したのです その時計も あなたを死なせないためのものとして…今のあなたは時間の力によって体を生きながらえさせているのです」
「あの高さから落ちて私の時計は止まらなかったのか…?」

ウィルキンズは奥のテーブルを指差した
その方向にある小さな箱があった

ウィル「止まりかけていました 死にかけてしました ですが弔いの鐘が鳴らないうちにと 時計を…」

彼はよろよろと立ち上がり 椅子や机を支えにしながら そのテーブルにたどり着き 箱の蓋を開ける

その中には 本体と蓋が折れて分かれた命の時計があった
蓋に書かれた名前は“ライカス”

呆然と立ち尽くす彼に ウィルキンズはゆっくりと近づく

ウィル「クロック様が折りました 二度と死なないように 今のあなたの体なら それをしても 生き続けることができるからと…」
「誰だ それは」

ウィルキンズは彼の胸の時計を指差す
彼は下を向いて 時計を見る

ウィル「万物の大時計の化身である クロック様です…あなたがタイムと呼んでいた方です」
「タイムがクロック?どういうことだ なぜクロックがタイムと名乗ったんだ 彼は時間の化身じゃないのか?」
ウィル「一時的に…タイムとして存在していました ご主人様の体に宿り ご主人様が役目を果たせない間 全て代わりに…」

彼はまた椅子や机で体を支えながら長椅子に移動し座る 立っているのが辛くなった
ウィルキンズはその後について歩く

ウィル「ですがそれも終わりました ご主人様が戻ったので…ご主人様 どうか 今すぐには受け入れられないかもしれません ですがあなたがタイムなのです クロック様は壊れた心臓の代わりにご自身の心臓をあなたに与えました そしてあなたを生き返らせ…元の大時計様に戻られました 受け入れてください 思い出してください あなたこそタイム様です あなたがアンダーランドの時間そのものの化身なんです」

夢の中で見て 感じた 自分が自分でなくなる
ウィルキンズはもう 彼をタイムとして見ていた
ライカスの時計は壊れた 彼は死んで 元のタイムに戻った 永遠に終わりのこない存在に アンダーランドの時間に…

タイム「私はライカスじゃないのか?クロックがタイムの代わりだっただと?ならあれがタイムの本当の姿なのか?これが?なぜそのタイムが…人間の体で アンダーランドに 何も記憶のない状態で お前たちから離れて 1人でいるんだ 彼は自分でこの体を 機械人形を作ってそこに全て宿したんじゃないのか?!」
ウィル「それを…説明します クロック様はまだ目覚めていませんから 私が…何があったのかを…」
タイム「大時計…!なぜ今まで一切の説明もなく!何十年も!なぜ隠していた なぜ!今になって こんな姿になって 死を知らない時計を持って!」
ウィル「ご主人様…!」
タイム「私はライカスだ!なぜそう呼んでくれないんだウィルキンズ 私はタイムじゃない タイムは私の中にいるのはわかるが 私自身とは全く思えない!他人の記憶を眺めた気分だ 何もわからないし 記憶にとどまらない ただ流れた 何もわからない 私の中にタイムがいるなら 彼は私なのか?この時計がクロックのものなら 大時計は…あぁ…彼も…私だったのか…?」

自分の声じゃない 違和感しかない それでも話し続けられる 頭の中にタイムとクロックと自分がいる感覚がする 全てが混じろうとする感覚がある 自分がどこかへ行ってしまうような

しばらくの間 混乱するタイムをウィルキンズはただ待つことしかできなかった

少し経ったあと 書斎の扉がゆっくりと押され 外からセカンズたちが何体かタイムを心配してやってきた

長椅子に顔を伏せたままだったタイムは顔をあげ 小さく“チク”や“タク”と言ってタイムを慰めるように 彼の頭を撫でる
彼らはウィルキンズ以上に時間という存在に従順だが言葉を持たないためライカスに何か告げることはできなかった
タイムにはそれがわかっていたが セカンズたちもウィルキンズやクロックのように思えて 素直に喜べなかった

だが少し落ち着くことができたので ようやく椅子に座り直し ウィルキンズの話を聞くことにした


ウィル「…万物の大時計様が目覚めた後 ご主人様は別の機械人形を作り 大時計様はその体に宿りました」


はるか昔 タイムは孤独を知り 共に過ごす永遠の存在を欲して大時計にも体を与えた
クロックはタイムのために自身の管理を担い アンダーランドの時間に問題がないように 点検し補修していた

流石に身ひとつで巨大な時計を管理するのは厳しいということで タイムは新たに秒の化身を作り出した 流石に人間のような機械人形を作るのは時間がかかるため 小さな機械たちをどんどん作っていった

小さな彼らがいると賑やかになるので タイムはどんどん数を増やした 彼らは集まると分になることができたので タイムは時にまでなれるようにするのを目標に さらに増やした
ただ途中で問題が起きた 全員別の意思を持っていたので 増えるほどに統率が取れなくなってきた
タイムやクロックの指示は聞くが 同じ存在である2人と違い セカンズたちはセカンズたちだけが同じ存在として繋がっていた

そこでセカンズたちの代表となり さらに意思疎通を言葉で可能とする彼らのボスを生み出した

彼だけ特別ウィルキンズと名付け セカンズたちを統率させ さらには執事として 様々な仕事を任せた


ウィル「城は賑やかになったようです ただ…ご主人様はずっとアンダーランドの民のことを気にかけておられるので 彼らと…昔時計屋と交流していた時のように…そう考えられたようで…」


ある時 タイムは無限の空間から クロノスフィア以外の方法で出ることのできる柱時計を作り出した
時間を通ってその空間からアンダーランドへ移動できる くぐってみるとタルジーの森に出た

タイム「ちゃんとアンダーランドへ出たな」
クロック「タイム様…くれぐれも場所を忘れないようにしてくださいね…」
タイム「もちろんだ 時計の位置ぐらい感知できる」


無機質な城から外へ出ることは 気分も晴れてよかったらしい
自然も多いアンダーランドが恋しくて 城の下層の空間を歪め庭園を作り出した

アンダーランドへ行くことは…タイムにとって また城で暮らす彼らにとって新しいものを与える良い事だった



全て タイムが聞いた知らない歌から始まった


ウィル「ご主人様はアンダーランド人に近くなりすぎました」



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