第五章 テナルディエ
ゴルボー屋敷の屋根裏で
出会いから14年
1832年2月3日
教会の鐘が鳴り始める
それが6度響いたあと テナルディエは指先で蝋燭の芯をつまんだ
約束の時間が来た
扉が開き 表に出て待っていたロザリーが帰ってきた 逆に恐ろしさを感じるほど 愛想の良い笑みを浮かべ 約束通り訪れた慈善家を部屋に入れたので テナルディエは 椅子の側で 招かれた男の様子を伺っていた
ティナ「(ゼロがどう言おうが…構うもんかよ)」
男は机の上にルイ金貨を4枚置いた
約束の60フランより多い80フラン
それに感謝する言葉をテナルディエが言う間に 指示されたロザリーは男の乗ってきた馬車を黙って帰した そのための金に隣の先生さんから貰っていた5フランが使われた
椅子に座り テナルディエはゆっくり 男に話しかける 用件は全くもって終わってなどいない
まだ彼を帰せない
壁に映る映像に対し これから起きる出来事に対し不安げな表情を浮かべながら トビーは見ていた
トビー「テナルディエは何をしようとしているんです」
ゼロ「…強奪」
部屋全体が変化する まるでテナルディエと同じ部屋の中にいるような景色
見えているのは 今まさに 別の世界で起きている 現実
テナルディエは男と話をするために 彼も椅子に座らせた
向き合い 椅子に座る2人の男
ゼロは慈善家の側に行き 対峙しまた話し始めたテナルディエを 悲しそうに見が後 トビーを側に呼んだ
ゼロ「彼は…ジャン・バルジャン この物語の主人公 昔コゼットを引き取ったあの人だよ 今は偽名を使ってるけど…」
ゼロは本を開く
ルブラン氏であり ユルバン・ファーブルという名があるが すでに全て知る彼女が語るので 男がバルジャンなのだとトビーは知った
しばらくテナルディエが話をするうち だんだんと部屋の不穏さは増した
彼の家族ではない男が数名 部屋の中へ入る バルジャンもその異様さは感じていた 今から何か悪いことが起きる それだけは確かなようだった
ずっとテナルディエは喋り続ける バルジャンも 彼の言葉に返事をしていたが 淡々としていた
やがてバルジャンの座る椅子の周りは囲まれていた 逃げられないように 彼らはそこにいるのだ
ダステ「…これは…なんだ」
その時 一瞬映像の一部が四角く空いた中からギュスターヴが現れた まるで別の場所のように感じていたが ここは集会所の中 夕方の見回りを終えた彼が 何気なく覗きにきた
部屋の中がすっかり変化し 蝋燭一本のみで照らされる不気味な姿になっていたので驚いていたが ゼロとトビーがいて 1人の老人に見える男が テナルディエや彼の妻ロザリーや知らない男たちに囲まれているのが見える
ティナ「俺が誰なのか わからないのか」
ゼロの説明より先に テナルディエが椅子から立ち上がり バルジャンに一歩近づき その言葉を言ったので ギュスターヴは一瞬でテナルディエの状況は理解した
バルジャンはわからないと答える
テナルディエの笑みは崩れ 恐ろしい悪人の顔を見せる 怒りに満ちた顔で 叫ぶ
ティナ「俺はファバントゥーじゃない!ジョンドレットでも!!俺はテナルディエ!モンフェルメイユの宿屋の主 テナルディエだ!!」
テナルディエはそう言ったが バルジャンはわからないと言う おさまらない怒りのまま 言葉を続けるが それでも知らないとしか答えは返ってこない
ティナ「…1823年 はっきり覚えてる 貴様の姿!ファンティーヌの娘をかっさらっていった たった1500フランで金のなる木を渡しちまった!貴様のせいですべて台無しだ!宿もつぶれた 全部 俺の不幸は全部……」
そこまで言って 彼は自身を抑えようと 長く息を吐く
ギロリとバルジャンを睨む目が 自分にまで向けられているように感じたゼロは 開いていた本を閉じ もう 目を逸らすのをやめた
バルジャン「失礼だが わからない 君は誰かと思い違いをしているようだ 私は知らない……君はどうやら悪党らしいが……」
それを聞いて ベッドにいたロザリーは飛び上がり 怒りで握り潰さんばかりの力で椅子を掴んだ
ティナ「お前はじっとしてろ!!」
テナルディエが叫ぶと 彼女は椅子を離す
そうして指示した後 バルジャンの方へ向き直った
ティナ「俺が悪党な そうだろうな 悪党!だが立派だった時だってある ワーテルローで将軍を救ったこともある 名前こそ聞こえなかったが ”メルシー“とだけは言われた それで 貴様らは俺を悪党だなんてぬかしやがる!!どいつもこいつも!…俺は金が欲しいんだよ 大金だ 断れば後悔するだけだ」
テナルディエがそれだけ言い 息を切らし 黙ると 今度は周りにいた男の1人が話し出す そこでようやく その光景を黙って見ているばかりだったギュスターヴが 横から見ていたゼロとトビーの側へ行く
周りにいるのは テナルディエが言っていたパトロン・ミネットだろう
彼らは仮面をつけて顔を隠していたが それを外し 顔も名前もすっかり明かしてしまった もうバルジャンが生きて帰ることはないのだと 告げるようだった
ダステ「ゼロ なんなんだこの状況は」
ゼロ「トビーがティナがこの先どうなるのかを知りたがったから 見てる 彼の選んだ道を」
ダステ「…君の力か」
テナルディエはようやく落ち着き 椅子に座り バルジャンに20万フラン要求したが 彼に持ち合わせはなく ではどうするかとなると まず手紙を書かせて 彼の娘コゼットをここへ呼び出し 彼とテナルディエが金を取りに行く間の人質にしようと考えた
バルジャンはそれに従うような発言をし 手紙を書くために机を寄せるよう伝えた
勝利を確信しているテナルディエは すぐにそうしたが その瞬間バルジャンは椅子を蹴飛ばし机を跳ね除け 素早く窓の方へ向かった 開いた窓の縁の飛び上がり 体半分外へ出るぐらいになった時 ようやく中の男たちが追いつき 全員で彼の体を掴み ロザリーも飛び出てきて 力強く引っ張る
老人のような彼のどこからそんな力が出るのか それだけの人数に引き戻されそうになっているのに 彼はまだなんとか外へ出てしまえそうだった
だがついに負け 引き戻される
しかし抵抗が終わったわけではなく 彼は火鉢から焼けた鑿を取り出し 頭上に掲げる
その姿を見ている誰もが 彼の次の行動を予想できなかった
武器を持って攻撃に転じるかと思われたが 彼は 何を持ってしても 娘を差し出し 危険にさらすことはないという証拠として その鑿を左腕に押し当てた
悪党たちすら震え上がるような状況の中 彼はほとんど平気であるかのように その荘厳な瞳で彼らを見ていた
そして鑿を投げ捨て 彼らに一言告げる
バルジャン「あとは勝手にするがいい」
テナルディエは呆然としていたが その言葉に怒りが蘇り もう終わらせることを決めた
これ以上何をしたところで動かないとわかった
失敗すると あいつはわかっていたのだと この場にいないゼロにまで怒りが湧いてくる
その手にナイフを持つ 昼間 トビーの髭剃りが終わったあと 彼に頼み ナイフを借りていた トビーには言わなかったが こうなった時のためだった
ロザリー「何か落ちてきた」
そんなテナルディエを その一言が止めた
彼女の言った場所を見ると 漆喰が文字の書かれた紙で包まれた状態で落ちている
気づかないうちに 窓から投げ入れられたのだろうか 急いで紙を開き 蝋燭の側へ行く
あと一歩で 目の前の人が死ぬかもしれなかった状況でのことだったので トビーはほっとした だがゼロとギュスターヴはむしろそれでより難しい顔になる
あの紙はなんなのだろうかとトビーが考えていると テナルディエが叫ぶ
ティナ「エポニーヌの字だ!」
それから急に慌ただしくなる もう用のない捕虜を始末だとか そういうこともしなくなる そのまま置いていくとまで言っている
なぜかここから立ち去ろうとする しかも窓から梯子を下ろして
そうしてさっさと去ろうとすると パトロン・ミネットが彼を止める 先に降りるのは誰かと叫ぶ
ティナ「 ”いぬ“が来るってときに!」
まだ揉める男たちは くじで決めると言い出す
時間がないと テナルディエは焦って話す
トビー「いぬってなんですか」
紙にはエポニーヌの字で”いぬがいる”とだけ書いてあった
それが外から投げ込まれた 意味するところはわかっていた
ゼロは黙っていた ギュスターヴも同じように ただ見ていた
トビーの疑問の答えは目の前に現れる
ティナ「くじ引き?じゃんけんか わらくずか 名前を書いて帽子に入れて決めるか?!」
叫ぶテナルディエに返事をしたのは 悪党たちでもロザリーでもなかった
いつの間にか入り口の方に立つ ある男だった
「俺の帽子でどうだ」
その声に全員が振り向いた
ゼロは やっぱりダメだったかと思い トビーに教えた
ゼロ「…いぬは警察って意味」
そこにいたのは ジャベールという男
彼もまた主要な登場人物の1人で ここで行われる出来事についてを昼間に情報を手にし 日が暮れる頃に部下を連れ 見張っていた
そうして悪党たちが中に入るのも見ていたので しばらくして その現場を押さえに上がってきた
外で見張りについていたはず娘2人はすでに姿はなく 悪党たちはジャベールを前に一度は武器を構えたが 降参した そしてなだれ込んできた部下たちに 次々捕えられた
ロザリーは近づいてくる警察に対し叫びをあげ テナルディエを後ろに隠すように立ち塞がり 畳石を掲げ その岩石を投げ飛ばさんとしていた
その後ろで 彼は壁に手を当てながら 彼女とその先にいる警察を 黙って見ていた そしてロザリーが近づいてくるジャベールに対し石を投げたが避けられた
ジャベールはすぐに彼女を捕まえ 後ろのテナルディエもすぐに捕まった
指錠をはめられたロザリーは自分とテナルディエを交互に見た後で泣いて叫ぶ
ロザリー「娘たちは!」
ジャベール「もう暗い場所にいる」
テナルディエは項垂れていた
ゼロが止めていた理由を壁に触れて理解した
物語の中で その選択を誤ったと気づいた時にはもう遅い
壁が繋がらない 場所を変えてみたはずなのに 通れない
逮捕されるのを知っていた
だから止めたのか
映像が消え 元の集会所が戻る
いつから座っていたのか タイムとテンプスがいて こちらを見ていた
3人が静かに驚いていると テンプスがわざとらしくため息をついて 腕を組んで呆れ顔で彼らを見た
タイムは手でくるくると王笏を指先で回しながら 辺りの景色が元に戻ったのを確認した後にテンプスが先に喋るのだとわかっていたので 目を閉じて待っていた
テンプス「こうなってはもう彼の末路は決まったようなものですね 相応の罰です これで心が動かなければ 正真正銘 奴は文字の上のいた頃と変わらない悪人と証明されるでしょう」
ゼロ「その時には 救うことも考えはしないだろうさ」
ゼロが彼を止められたならと思う理由は 彼が唯一変えられる さらにこの先の出来事を防ぐためには この事件は起きないか また違う状況を作出す必要があった
テンプス「しかし壁はどうします 力は」
ゼロ「…指錠をトリガーに設定してるからもう消えてる 壁を使って脱獄は無理だね 自由になるまでは 力は戻らない」
ゼロが想造力を使い 出した本をまた開き 中を確認している
ダステ「もうこんなところまで来ていたんだな…」
ゼロ「…それで この先のことなんだけど みんなに話しておかないといけないことがある」
本を閉じ ダステたちにも椅子に座って欲しいと言い それに従って2人が座った後 何もない壁に また別の映像を映す
ゼロ「私とテナルディエの間でした契約 その約束の内容 今の所 たぶん彼は選ぶと思う これだけは物語とは全く関係ない OWSのテナルディエとしての選択になるから どうなるかはわからない」
そう言いながら ゼロは映像を動かした
何かを図解したものを見せながら 今後彼女がしようとしていることを彼らに説明した
次の日 五十・五十二番地のゴルボー屋敷に ボロをまとい 麻のズボンをはいた少年が 歌を歌いながらやってきた
“どた靴王様 狩りに行かれぬ 烏の狩りに…”
そこまで歌ったあと 彼は口を閉じた 屋敷の戸は閉まっている
彼が閉じた戸を力強く数回大人の靴を履いた足で叩くと 中から大家の婆さんが顔を出した
「どうしたんだい」
「ちょっと会いに来たんだ」
少年が告げると 婆さんはしかめっ面で少年に返事をした
「ここにはもう誰もいないよ」
ジョンドレット一家も あの隣の先生も もちろん物語を知る者ならわかっている理由で ここを去っていた
「へぇ じゃあ親父はどこにいるんだい」
「フォルス監獄だよ」
「おふくろは」
「サン・ラザール懲治監だよ」
「姉さんたちは?」
「マドロンネット拘禁所さ」
「へぇ」
それだけ言うと 少年はくるりと後ろを向いて また歌いながら立ち去った
彼はテナルディエが昔 ほんの少しだけ話した長男だった ただ両親は彼を育てるようなことをほとんどしないでいたので 家にもまず帰っていなかった 帰っても別に歓迎されることはなかった
彼は1人で生きていた 浮浪児だった
ただ誰かを恨むことはなかった 親とは何かも理解していなかった
彼はガブローシュと名乗るが テナルディエがパリに来て最初にまずジョンドレットと名を変えてしまったように彼も名乗る名前を変えてしまっていたので これは本名ではない
少年ガブローシュが朗らかに歌いながら去る姿を ゴルボー屋敷の側の 暗い路地の闇の中から抜け出るように現れたゼロも 見送っていた
彼女の目的はそこではなかった
想造力で瞬間移動可能な彼女でも 知らない土地の全く知らない時代の監獄の場所までわからないので 想像できず 仕方なく人に聞いて場所を把握しようとやってきていた
出発を決めてから 監獄の名前がわからないと思い 本で確認しようとしていたら その格好と大きな靴と歌で おそらくはガブローシュであろう少年が来たので 彼とお婆さんの会話から名前を知ろうと会話を聞いていた
ようやくフォルス監獄のことを思い出し とりあえず近くで人を探して聞こうと歩き出す
ゼロ「会ったら何言われるかわかったもんじゃないにせよ…な」
END
出会いから14年
1832年2月3日
教会の鐘が鳴り始める
それが6度響いたあと テナルディエは指先で蝋燭の芯をつまんだ
約束の時間が来た
扉が開き 表に出て待っていたロザリーが帰ってきた 逆に恐ろしさを感じるほど 愛想の良い笑みを浮かべ 約束通り訪れた慈善家を部屋に入れたので テナルディエは 椅子の側で 招かれた男の様子を伺っていた
ティナ「(ゼロがどう言おうが…構うもんかよ)」
男は机の上にルイ金貨を4枚置いた
約束の60フランより多い80フラン
それに感謝する言葉をテナルディエが言う間に 指示されたロザリーは男の乗ってきた馬車を黙って帰した そのための金に隣の先生さんから貰っていた5フランが使われた
椅子に座り テナルディエはゆっくり 男に話しかける 用件は全くもって終わってなどいない
まだ彼を帰せない
壁に映る映像に対し これから起きる出来事に対し不安げな表情を浮かべながら トビーは見ていた
トビー「テナルディエは何をしようとしているんです」
ゼロ「…強奪」
部屋全体が変化する まるでテナルディエと同じ部屋の中にいるような景色
見えているのは 今まさに 別の世界で起きている 現実
テナルディエは男と話をするために 彼も椅子に座らせた
向き合い 椅子に座る2人の男
ゼロは慈善家の側に行き 対峙しまた話し始めたテナルディエを 悲しそうに見が後 トビーを側に呼んだ
ゼロ「彼は…ジャン・バルジャン この物語の主人公 昔コゼットを引き取ったあの人だよ 今は偽名を使ってるけど…」
ゼロは本を開く
ルブラン氏であり ユルバン・ファーブルという名があるが すでに全て知る彼女が語るので 男がバルジャンなのだとトビーは知った
しばらくテナルディエが話をするうち だんだんと部屋の不穏さは増した
彼の家族ではない男が数名 部屋の中へ入る バルジャンもその異様さは感じていた 今から何か悪いことが起きる それだけは確かなようだった
ずっとテナルディエは喋り続ける バルジャンも 彼の言葉に返事をしていたが 淡々としていた
やがてバルジャンの座る椅子の周りは囲まれていた 逃げられないように 彼らはそこにいるのだ
ダステ「…これは…なんだ」
その時 一瞬映像の一部が四角く空いた中からギュスターヴが現れた まるで別の場所のように感じていたが ここは集会所の中 夕方の見回りを終えた彼が 何気なく覗きにきた
部屋の中がすっかり変化し 蝋燭一本のみで照らされる不気味な姿になっていたので驚いていたが ゼロとトビーがいて 1人の老人に見える男が テナルディエや彼の妻ロザリーや知らない男たちに囲まれているのが見える
ティナ「俺が誰なのか わからないのか」
ゼロの説明より先に テナルディエが椅子から立ち上がり バルジャンに一歩近づき その言葉を言ったので ギュスターヴは一瞬でテナルディエの状況は理解した
バルジャンはわからないと答える
テナルディエの笑みは崩れ 恐ろしい悪人の顔を見せる 怒りに満ちた顔で 叫ぶ
ティナ「俺はファバントゥーじゃない!ジョンドレットでも!!俺はテナルディエ!モンフェルメイユの宿屋の主 テナルディエだ!!」
テナルディエはそう言ったが バルジャンはわからないと言う おさまらない怒りのまま 言葉を続けるが それでも知らないとしか答えは返ってこない
ティナ「…1823年 はっきり覚えてる 貴様の姿!ファンティーヌの娘をかっさらっていった たった1500フランで金のなる木を渡しちまった!貴様のせいですべて台無しだ!宿もつぶれた 全部 俺の不幸は全部……」
そこまで言って 彼は自身を抑えようと 長く息を吐く
ギロリとバルジャンを睨む目が 自分にまで向けられているように感じたゼロは 開いていた本を閉じ もう 目を逸らすのをやめた
バルジャン「失礼だが わからない 君は誰かと思い違いをしているようだ 私は知らない……君はどうやら悪党らしいが……」
それを聞いて ベッドにいたロザリーは飛び上がり 怒りで握り潰さんばかりの力で椅子を掴んだ
ティナ「お前はじっとしてろ!!」
テナルディエが叫ぶと 彼女は椅子を離す
そうして指示した後 バルジャンの方へ向き直った
ティナ「俺が悪党な そうだろうな 悪党!だが立派だった時だってある ワーテルローで将軍を救ったこともある 名前こそ聞こえなかったが ”メルシー“とだけは言われた それで 貴様らは俺を悪党だなんてぬかしやがる!!どいつもこいつも!…俺は金が欲しいんだよ 大金だ 断れば後悔するだけだ」
テナルディエがそれだけ言い 息を切らし 黙ると 今度は周りにいた男の1人が話し出す そこでようやく その光景を黙って見ているばかりだったギュスターヴが 横から見ていたゼロとトビーの側へ行く
周りにいるのは テナルディエが言っていたパトロン・ミネットだろう
彼らは仮面をつけて顔を隠していたが それを外し 顔も名前もすっかり明かしてしまった もうバルジャンが生きて帰ることはないのだと 告げるようだった
ダステ「ゼロ なんなんだこの状況は」
ゼロ「トビーがティナがこの先どうなるのかを知りたがったから 見てる 彼の選んだ道を」
ダステ「…君の力か」
テナルディエはようやく落ち着き 椅子に座り バルジャンに20万フラン要求したが 彼に持ち合わせはなく ではどうするかとなると まず手紙を書かせて 彼の娘コゼットをここへ呼び出し 彼とテナルディエが金を取りに行く間の人質にしようと考えた
バルジャンはそれに従うような発言をし 手紙を書くために机を寄せるよう伝えた
勝利を確信しているテナルディエは すぐにそうしたが その瞬間バルジャンは椅子を蹴飛ばし机を跳ね除け 素早く窓の方へ向かった 開いた窓の縁の飛び上がり 体半分外へ出るぐらいになった時 ようやく中の男たちが追いつき 全員で彼の体を掴み ロザリーも飛び出てきて 力強く引っ張る
老人のような彼のどこからそんな力が出るのか それだけの人数に引き戻されそうになっているのに 彼はまだなんとか外へ出てしまえそうだった
だがついに負け 引き戻される
しかし抵抗が終わったわけではなく 彼は火鉢から焼けた鑿を取り出し 頭上に掲げる
その姿を見ている誰もが 彼の次の行動を予想できなかった
武器を持って攻撃に転じるかと思われたが 彼は 何を持ってしても 娘を差し出し 危険にさらすことはないという証拠として その鑿を左腕に押し当てた
悪党たちすら震え上がるような状況の中 彼はほとんど平気であるかのように その荘厳な瞳で彼らを見ていた
そして鑿を投げ捨て 彼らに一言告げる
バルジャン「あとは勝手にするがいい」
テナルディエは呆然としていたが その言葉に怒りが蘇り もう終わらせることを決めた
これ以上何をしたところで動かないとわかった
失敗すると あいつはわかっていたのだと この場にいないゼロにまで怒りが湧いてくる
その手にナイフを持つ 昼間 トビーの髭剃りが終わったあと 彼に頼み ナイフを借りていた トビーには言わなかったが こうなった時のためだった
ロザリー「何か落ちてきた」
そんなテナルディエを その一言が止めた
彼女の言った場所を見ると 漆喰が文字の書かれた紙で包まれた状態で落ちている
気づかないうちに 窓から投げ入れられたのだろうか 急いで紙を開き 蝋燭の側へ行く
あと一歩で 目の前の人が死ぬかもしれなかった状況でのことだったので トビーはほっとした だがゼロとギュスターヴはむしろそれでより難しい顔になる
あの紙はなんなのだろうかとトビーが考えていると テナルディエが叫ぶ
ティナ「エポニーヌの字だ!」
それから急に慌ただしくなる もう用のない捕虜を始末だとか そういうこともしなくなる そのまま置いていくとまで言っている
なぜかここから立ち去ろうとする しかも窓から梯子を下ろして
そうしてさっさと去ろうとすると パトロン・ミネットが彼を止める 先に降りるのは誰かと叫ぶ
ティナ「 ”いぬ“が来るってときに!」
まだ揉める男たちは くじで決めると言い出す
時間がないと テナルディエは焦って話す
トビー「いぬってなんですか」
紙にはエポニーヌの字で”いぬがいる”とだけ書いてあった
それが外から投げ込まれた 意味するところはわかっていた
ゼロは黙っていた ギュスターヴも同じように ただ見ていた
トビーの疑問の答えは目の前に現れる
ティナ「くじ引き?じゃんけんか わらくずか 名前を書いて帽子に入れて決めるか?!」
叫ぶテナルディエに返事をしたのは 悪党たちでもロザリーでもなかった
いつの間にか入り口の方に立つ ある男だった
「俺の帽子でどうだ」
その声に全員が振り向いた
ゼロは やっぱりダメだったかと思い トビーに教えた
ゼロ「…いぬは警察って意味」
そこにいたのは ジャベールという男
彼もまた主要な登場人物の1人で ここで行われる出来事についてを昼間に情報を手にし 日が暮れる頃に部下を連れ 見張っていた
そうして悪党たちが中に入るのも見ていたので しばらくして その現場を押さえに上がってきた
外で見張りについていたはず娘2人はすでに姿はなく 悪党たちはジャベールを前に一度は武器を構えたが 降参した そしてなだれ込んできた部下たちに 次々捕えられた
ロザリーは近づいてくる警察に対し叫びをあげ テナルディエを後ろに隠すように立ち塞がり 畳石を掲げ その岩石を投げ飛ばさんとしていた
その後ろで 彼は壁に手を当てながら 彼女とその先にいる警察を 黙って見ていた そしてロザリーが近づいてくるジャベールに対し石を投げたが避けられた
ジャベールはすぐに彼女を捕まえ 後ろのテナルディエもすぐに捕まった
指錠をはめられたロザリーは自分とテナルディエを交互に見た後で泣いて叫ぶ
ロザリー「娘たちは!」
ジャベール「もう暗い場所にいる」
テナルディエは項垂れていた
ゼロが止めていた理由を壁に触れて理解した
物語の中で その選択を誤ったと気づいた時にはもう遅い
壁が繋がらない 場所を変えてみたはずなのに 通れない
逮捕されるのを知っていた
だから止めたのか
映像が消え 元の集会所が戻る
いつから座っていたのか タイムとテンプスがいて こちらを見ていた
3人が静かに驚いていると テンプスがわざとらしくため息をついて 腕を組んで呆れ顔で彼らを見た
タイムは手でくるくると王笏を指先で回しながら 辺りの景色が元に戻ったのを確認した後にテンプスが先に喋るのだとわかっていたので 目を閉じて待っていた
テンプス「こうなってはもう彼の末路は決まったようなものですね 相応の罰です これで心が動かなければ 正真正銘 奴は文字の上のいた頃と変わらない悪人と証明されるでしょう」
ゼロ「その時には 救うことも考えはしないだろうさ」
ゼロが彼を止められたならと思う理由は 彼が唯一変えられる さらにこの先の出来事を防ぐためには この事件は起きないか また違う状況を作出す必要があった
テンプス「しかし壁はどうします 力は」
ゼロ「…指錠をトリガーに設定してるからもう消えてる 壁を使って脱獄は無理だね 自由になるまでは 力は戻らない」
ゼロが想造力を使い 出した本をまた開き 中を確認している
ダステ「もうこんなところまで来ていたんだな…」
ゼロ「…それで この先のことなんだけど みんなに話しておかないといけないことがある」
本を閉じ ダステたちにも椅子に座って欲しいと言い それに従って2人が座った後 何もない壁に また別の映像を映す
ゼロ「私とテナルディエの間でした契約 その約束の内容 今の所 たぶん彼は選ぶと思う これだけは物語とは全く関係ない OWSのテナルディエとしての選択になるから どうなるかはわからない」
そう言いながら ゼロは映像を動かした
何かを図解したものを見せながら 今後彼女がしようとしていることを彼らに説明した
次の日 五十・五十二番地のゴルボー屋敷に ボロをまとい 麻のズボンをはいた少年が 歌を歌いながらやってきた
“どた靴王様 狩りに行かれぬ 烏の狩りに…”
そこまで歌ったあと 彼は口を閉じた 屋敷の戸は閉まっている
彼が閉じた戸を力強く数回大人の靴を履いた足で叩くと 中から大家の婆さんが顔を出した
「どうしたんだい」
「ちょっと会いに来たんだ」
少年が告げると 婆さんはしかめっ面で少年に返事をした
「ここにはもう誰もいないよ」
ジョンドレット一家も あの隣の先生も もちろん物語を知る者ならわかっている理由で ここを去っていた
「へぇ じゃあ親父はどこにいるんだい」
「フォルス監獄だよ」
「おふくろは」
「サン・ラザール懲治監だよ」
「姉さんたちは?」
「マドロンネット拘禁所さ」
「へぇ」
それだけ言うと 少年はくるりと後ろを向いて また歌いながら立ち去った
彼はテナルディエが昔 ほんの少しだけ話した長男だった ただ両親は彼を育てるようなことをほとんどしないでいたので 家にもまず帰っていなかった 帰っても別に歓迎されることはなかった
彼は1人で生きていた 浮浪児だった
ただ誰かを恨むことはなかった 親とは何かも理解していなかった
彼はガブローシュと名乗るが テナルディエがパリに来て最初にまずジョンドレットと名を変えてしまったように彼も名乗る名前を変えてしまっていたので これは本名ではない
少年ガブローシュが朗らかに歌いながら去る姿を ゴルボー屋敷の側の 暗い路地の闇の中から抜け出るように現れたゼロも 見送っていた
彼女の目的はそこではなかった
想造力で瞬間移動可能な彼女でも 知らない土地の全く知らない時代の監獄の場所までわからないので 想像できず 仕方なく人に聞いて場所を把握しようとやってきていた
出発を決めてから 監獄の名前がわからないと思い 本で確認しようとしていたら その格好と大きな靴と歌で おそらくはガブローシュであろう少年が来たので 彼とお婆さんの会話から名前を知ろうと会話を聞いていた
ようやくフォルス監獄のことを思い出し とりあえず近くで人を探して聞こうと歩き出す
ゼロ「会ったら何言われるかわかったもんじゃないにせよ…な」
END