このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

第三章 ギュスターヴ・ダステ

喪失

1931年 現在のフランス

リゼットはギュスターヴから話を聞いていた
彼の断片的な戦地での記憶と 兄の思い

ダステ「…君の兄は 私を助けようとした時に 撃たれた」

こんな偶然があるのだろうか
兄はヴェルダンで仲間を助けて戦死した
しかもその 兄が救った仲間の元兵士が 今目の前にいる恋人と知り…

言葉は出なかった
彼はリゼットより 辛そうな顔をしていた

ギュスターヴはずっと 自分の方が助かったことを後ろめたく思っていた
彼は家族の元へ帰りたがっていた いつも家族の話をするのは 恋しかったからだった

その 彼の家族 彼の愛した妹が 恋人だった


何も持たなかったはずの私が たくさんの大切なものを持っていた彼の命を犠牲にしたことで助かり 今 たくさんの物を得たこと
彼に訪れなかった未来を 幸福の中で迎えることが許されるのだろうか


1917年

軍病院で告げられたのは 左足は二度と治ることはないということ

左手 左足 最後に腹部に弾を受けたが 酷かったのは足だった
切断には至らなかったが 膝辺りから足先まで感覚がなくなり 歩くことは困難になった

だがそれ以上に周りの人間から見て深刻だったのは精神面の方だった

怪我の影響で苦しんでいて 治った後はずっと情緒が不安定だった
左手の傷を隠したがり 包帯を外すのを嫌がった
物音に過敏に反応し 酷い悪夢を見ていた
泣いている日と 全く感情を見せない日があった 自分に苛立っている日も

ファリエールはベッドが隣だったのだが 彼の様子が全く良くならないのを見ていた
周りのベッドはどんどん空いていく 傷が治って退院するが 死ぬか

フーツは怪我が酷くなく また戦場へ戻った
右腕を失ったファリエールは 他に砲撃を受けた衝撃による怪我のこともあって まだしばらくここで体をまた動かせるように…リハビリをしないといけなかった

ファリエールは精神的には健康といえた 少し前まで戦地にいたので 多少神経は尖っていたが それでもギュスターヴほどではなかった

一時的なものだと思いたかった
たくさんの仲間が死んだから それにショックを受けているのだと

それでそのうち ギュスターヴは感情を失っていった
相変わらず悪夢は見るようだし 左手は見ない
笑顔が消えた 涙を流すこともなくなった
フラッシュバックを起こさなくなってきた代わりに 仲間の記憶を無くした

戦時中の記憶が 無い
アンドレの存在こそ覚えてはいたが 同じ分隊だったかどうかもわからなくなっていた

記憶に無理やり蓋をするほど 彼は苦しんでいた

もしかして記憶ができなくなってしまったのかと心配するほどに…すっぽりと抜け落ちた
戦争に関して話をしてしまった日には 混乱して しばらくするとその記憶も薄れる

アンドレに助けられた記憶はあった それだけは忘れてはいけないと思っていたのか それとも思い出す起因になるのが 自分の体の怪我だったせいなのか…

優しいやつだった よく笑顔を見せていた

その余裕は もうすっかりない

ギュスターヴはずっと重りを体に乗せているような気分だった


眠れない 寝たと思えば 悪夢を見るせいですぐに起きる
心が休まらない 足はあるのに感覚がないのも ずっと嫌な感じだ 左手は見れない 傷が…ひどい傷が…あるような でもわからない それを見たら また思い出すようで
ずっと体が重い 辛い 苦しい 楽な時間が全く存在しない 数ヶ月間ずっとそうだ

ファリエールが隣から話しかけてくる
聞こえているが 変な感覚だ 話を聞いても何の感情も浮かばない 気力がない 返事が思い浮かばない それを答えるために 声を出す体力がない

一度戦地の話をされると 息苦しいような感覚になる 聞こえているが 聞こえないと思い込みたくなる

恐ろしい


何が恐ろしいのか わからなくなってきた

死んだ仲間の顔が思い出せない
今ここにいないフーツがどんな人だったか 忘れる

ファリエールは 多分楽しそうに話している
多分前向きな話

嬉しいとか楽しいとか どんな感じだったろうか

悪夢を見ている その中だと ずっと悲しいのだが 起きるともうわからない

感情を抱く感覚がわからない 途中で遮断される

笑顔はどうやって作っていただろうか

昔を思い出そうとするとモヤがかかったように何も出てこない

ファリエールが明るい話をしている
ベッドで横になりながら 彼を見ている
彼はあんなに元気でいる 腕を失って 砲弾が側に落ちた衝撃で受けた傷がまだ痛むらしいが 自分よりも元気だった

なぜ治らない
彼は治ったのに

はやくこの苦しみから解放されたいが 方法がわからない

何もわからない 辛い 辛いで合っているのか?この感情は

辛い方がいいんじゃないのか?誰の命を踏み台に お前は生きていると思っているんだ

役立たず 誰も助けられない この足では 鉄道公安官として あまりに不十分 なれない

誰の命の上に 立っている

両親 アンドレ この戦争で死んでいった多くの兵士

気づくと 左手の包帯は取られていた
代わりに 黒い手袋がはめられていた

なんでだろうかと眺めていると ファリエールが何か話しかけてきたが 内容を忘れた

…いや 今思い出した

ファリ「聞いてなかったっぽいな それはシャルパンティエさんと俺の彼女からだ 頼んでおいたんだ…あの時のお礼だ それで傷は隠せるだろ」
ダステ「…なんの…礼が…あるんだ」
ファリ「お前が忘れなくなったら また話すから 今は受け取ってくれ」

その時は わからなかった
ただその気遣いのおかげか その傷に関しても 忘れることができた


退院する前 補装具を使う訓練をしている頃 フュベールが病院に来た

いろんなことを忘れていたが 時々 鉄道公安官にまだなりたいような そんな思いを抱いていたことを彼に話す

フュベール「ギュスターヴ 大丈夫だ 装具を使えば歩いたり…走ることまでできるだろう そうすれば…」

忘れると 心が楽になった 痛む理由は 無くなったように感じた
前向きな話をすると ファリエールもフュベールも嬉しそうだった

こうすればいいのか

だんだん わかってきた
心で何も思えなくても 言葉を話すことはできる

フュベールはいつも優しい言葉をかけてくれた

フュベール「彼らと別れ 君のことを思ってくれる人たちと共に 今日を 生きていこう 私とともに…ギュスターヴ…」

ファリエールも 気にかけてくれていた

ファリ「ここを出てもまた会おう 連絡先教える 話をしよう いろんな話を 少しはマシになる いいだろ?」


補装具はようやく馴染んだ
歩けるし 走ることもできる

そうしているうちに ファリエールは退院した 連絡先の書かれた紙を 失くすなよと 渡された
フュベールは退院した後のことを決めてくれていた


助けられてばかりいる

ダステ「(…ダメだ)」

そうしたいと彼らが思うなら その優しさを受け取らなければならない
本来そんな優しさを受けて良いような人間ではないが 受け取らないと彼らが悲しむ そんなこともして良いはずがないので 彼らを優先した

役にたつ 鉄道公安官として ちゃんとやれる姿を見せて 彼を安心させたい
守る という点では 鉄道公安官は似ている

誰も守れなかったのに?


なりたいからなる フュベールが言うからじゃない
父のようになりたかった

駅の治安を守る 鉄道公安官
みんなから慕われた シルヴェール・ダステのように

そうしたら 父と母は 喜んでくれる


フュベール「人はみな 果たすべき役目があると思う だから生きている 私が今まだ生きているのも 君が生きているのも 何か果たす役目があるからだ」



ギュスターヴは鉄道公安官になった

それは戦後の1919年のこと
ヴェルダンの戦いから約3年経ってからのことだった

もう些細な音に過敏になることもない
歩いて走ることができる
無力感があった頃に比べると 今は公安官の使命に燃え 自分ならやれると 自信を持っているように見える
見えるだけかもしれない

エミーユ「…彼は変わってしまったみたいね」
フュベール「どんな思いか 私には計り知れない ただあの子は前に進むことを選んだ それに 少しは良くなっているようだ」
エミーユ「それなら いいんだけれど」


側から見ると 治ったようだった
笑顔こそ見せない 近寄りがたい 厳しい鉄道公安官といった様子だった


悪夢はまだ見る
自分という存在は無価値だ いつまでも
戦時中の記憶はほとんど無い 思い出せないし 思い出そうともしない


ゼロ「張り詰めた警戒心 狭まる感情 不眠症も治ってない 話を聞く限りだと 君はPTSDっぽいけどね…」
トビー「PTSD?」
ゼロ「心的外傷後ストレス障害…死を意識する体験をした人がなることがある 彼の言ったような症状がでる…そういう心の病気って言えば…わかりやすいかな」


決まりには忠実だった 命令は絶対に守る
足が不自由だが 1人でなんでもできた
孤児院で教わったことが 彼を支え 結果問題はないようだ と評価された


ゼロ「戦地から離れて数ヶ月も同じ症状なら…可能性はある でも第一次世界大戦当時はそんな呼び名はなかったかな…私は専門家じゃないから断定なんてできないけど リハビリに移れないぐらいには酷かったみたいだし…」


少ししてマキシミリアンが駅にやってきた 今までは導入されていなかったが ギュスターヴの補助として 彼が必要だろうとされた

実際マキシミリアンとギュスターヴはいい相棒になった 時に動きがシンクロする様子は 微笑ましいものもあった

賢いマキシミリアンは ギュスターヴの指示に正確に従い 駅の治安を乱す悪人を捕まえる手伝いをしていた

まだ精神的には辛い状態だったが 駅で毎日公安官としての仕事をこなしていると 無理やり抑え込むよりも 楽だった

仕事のおかげで充実していた



…ただ いつでも駅の中は平穏というわけではない

フュベール「子供だけで歩いていたら 浮浪児かもしれないと疑いなさい 複数人でいてもだ 身なりも見るんだ 髪や服装…そもそも子供だけで駅を歩くと危ない 迷子かもしれない 声はかけるべきだ 親がどこか聞くんだ わかるなら連れて行く いない もしくはわからないと言ったら公安官室 親が来るまで解放できないと伝えるんだ わからないと言った子供も いないと言い換えるかもしれない 孤児なら警察に連絡 孤児院への護送車がくる…あの小さな檻はそのためのものだ」

フュベール・シャルパンティエもまた 任務に忠実な公安官だった
それが駅の治安を守る鉄道公安官の仕事
治安を乱す者が大人だろうが子供だろうが 情けをかけてはいけないとギュスターヴに教える

2m近い身長と 体の完治後すっかり従軍時代ぐらいにまで戻したギュスターヴは威圧感があり
駅員たちは彼を少し恐れていたが 話してみると真面目で案外普通だ となった


フュベール「仕事には慣れたかな?」
ダステ「はい」

ギュスターヴは駅に居住することとなり 鉄道公安官としての日々を過ごしていた

END
13/15ページ
スキ