第三章 ギュスターヴ・ダステ
ギュスターヴ・ダステ
1894年 モンパルナス駅
この駅の鉄道公安官 フュベール・シャルパンティエは 身重の妻のことが気がかりで ずっと公安官室をうろうろする同僚をいつ注意しようかで悩んでいた
不安なのは理解できる 予定だと6月中頃 今は6月 わかる わかるが落ち着いて欲しかった
フュベール「一回座ったらどうだ?」
シル「じっとしてられない…!」
フュベール「しっかりしろ…ほらダステ公安官!見回りに行ってきてくれ 集中してな!」
シル「わかってるよ…」
同僚の名はシルヴェール・ダステ もう26だというのに こうも頼りない姿を見せれると 子供が産まれてからも心配になる
11歳下の同僚を送り出すと フュベールはようやく落ち着いて自分の仕事の戻れた
いつもより早いスピードで終えて帰ってきたシルヴェールだったが 確認自体はしっかりやっていたようなので まぁ平穏だからいいかと フュベールは諦めた
シル「そうだ 君に名付け親になって欲しくて…ほらルミアの方は隣に住んでる…長い付き合いで信頼できる友人がいるんだが 彼らに頼んでいるんだ 僕はぜひ君に」
フュベール「もちろん…光栄だ」
6月18日 産まれた赤ん坊にはギュスターヴという名前がつけられた
家族で撮った写真を公安官室に飾り 嬉しそうに眺めてから仕事を始める姿を 毎日見ていた
1895年
この年は記憶に残る1年だった
年の初めに 妻が病に倒れ あっという間に進行し 亡くなった
早すぎる別れを悲しんでいた
シルヴェールがいたから 立ち直ることができた 1人になってしまった寂しさに ダステの家族は寄り添ってくれた
彼らにはもっと幸せになって欲しかった
10月には酷い事故が起きた
10月22日 ブレーキがかからなくなった列車が駅に突入 機関車は車止めを乗り越え駅舎を破壊しながら突き進み 飛び出した
死者は駅舎の外にいた1名 乗客や駅構内では奇跡的に死者は出なかった
現場は騒然としていた
フュベールとシルヴェールは少し離れたところから スピードが落ちることなく突き進む列車を目撃していた
連結が外れ残された客車 外へ飛び出した機関車 とにかく被害を確認するために駆け回った
12月 クリスマス
夜中 外の喧騒に起こされたフュベールは その原因を知ろうとカーテンを開けた
彼のアパートから見える距離で火事が起きているようで 煙が上がっている
何か嫌な予感がして慌てて着替えて彼は外へ飛び出した
あの方向 ダステの家がある
胸騒ぎがした 確証はない それでも心配になる
たどり着いた時 懸命な消火活動が行われていた
避難した隣人たちが 心配そうに炎の上がる家を見ていた
フュベール「シルヴェール…」
火事になったのはダステの家とその隣 どちらの家も炎に包まれている さらにダステの隣の家も 火の手が上がる部屋がある
近くに3人が避難していないかと探すが 見当たらない 話を聞くと 炎に包まれた2つの家からは誰も避難していない 見かけていないという
「フュベール!!」
「お願い!」
2人の声が聞こえた気がして 見上げる
その時 悲鳴が上がった 空いた窓から 投げられた何かを 誰かが赤ん坊だと叫んだ
考えるより先に体が動き 周りの消防士を含む誰よりも先にその何かの下へ行き キャッチしていた
危ないとすぐに後ろへ連れ戻された
再び見上げても 窓辺には誰もいない
なんで気づいたんだと言われ 声が聞こえたと答えたが 他の誰もその声を聞いていなかった
大声で泣くその子を抱きしめていた 怪我はない 元気だ 生きている
フュベール「ギュスターヴ…良かった…」
全焼した家で助かったのはギュスターヴだけだった
フュベールはずっとその子を抱きしめていた 悲しみと安堵で ギュスターヴと同じように 泣きながら
鉄道公安官として一日中駅にいなければいけないフュベールにまだ1歳のギュスターヴを育てることはできなかった 妻が生きていれば まだ大丈夫だったかもしれない
他の名付け親は火事にあったもう一件に住んでいた彼らの友人 しかし その彼らは火元の家で 全員亡くなってしまった
結局孤児院に預けることになり フュベールはその孤児院に寄付をし続けた 名付け親としての役目をせめて果たすために…
…物心つく頃にはギュスターヴはすでに孤児院にいた
その環境が当たり前で そこで学ぶことが彼を作っていった
命令に従う方法
他人を避ける方法
家族がいなくても生きていく方法
やってくる子供たちは親がいなくなった寂しさで泣くことがあったが ギュスターヴにはその気持ちがわからなかった
両親のことを彼は一切知らなかった
名付け親の人が この孤児院に寄付を行っている ということだけ 知っていた
1人図書室で分厚い本を選び その世界に没頭する いい暇つぶしだった
窓の外を歩く家族を見る
思えば 心のどこかで羨ましいと思っていたのかもしれない
時々 新しい親と出会い 孤児院を去る子供もいた
それは 羨ましいと思ったことはなかった
ここがギュスターヴにとっての家だった
みんな似た境遇で 施設の大人はみんなに優しかった
大人になったら大変だろうけれど 頑張るんだと
13の時 初めてフュベールと会った
孤児院での暮らしについていくつか話すと 安心して彼は帰っていった
1人寂しい思いをさせることになるなら この場所でみんなといた方がいい それが彼なりの考え方だった
孤児院は家だった しかし 勉強…学んだいろんな教え それ以外の思い出はない
他の子供たちとは仲良くなれなかった 同じ思いを持っていなかったから
ある程度大人になって 施設の手伝いもしていた ぎりぎりまでずっと
ただ思い出せることは少ない
満たされた記憶はない でも十分すぎた
フュベールでは難しかっただろうことを 代わりにしてくれた
感謝してもしきれない
…ぐらいの記憶
フュベールにまた会った時 父の話を聞いた
鉄道公安官という仕事のこと そして いつも眺めていたという写真
唯一残った家族の物は 全部公安官室の父のスペースに片付けられることもなく そのまま置いてあった
16歳になり 施設に別れを告げ フュベールの元へ行く
通っていた学校からも遠くなかった
ダステ「将来は父やあなたと同じ仕事をしたいと思っていたんです そうしたら…父が喜んでくれるかもしれないと…思って」
フュベール「そうか 同じ場所で働けるなら 私も嬉しいよ」
写真に映る姿以外の両親を知らない
人から聞く以外に 知る術はなかった
両親共に孤独な人たちだった 家族はいなくても 友人たちといた その友人たちも亡くなってしまったけれど…
兵役が終われば 彼と同じ鉄道公安官になるつもりだった フュベールと暮らすのも それまでになる予定だった
モンパルナス駅
戦前 彼の職場に行ったことがある
その際にマダム・エミーユやムッシュ・ラビスに会った
エミーユ「この子がシルヴェールの?」
フュベール「えぇ ギュスターヴですよ」
エミーユ「あらまぁ こんなに大きくなったのね やっぱり親子だわ 似ている」
ダステ「本当ですか?嬉しいです!」
父がいた場所 父を知る人たち…嬉しかった まるで生きている時の父を感じることができるようで…
エミーユがコーヒーをサービスして ギュスターヴに父親と駅で働く人々に関しての思い出話をしていた
長くこの駅で店をしている彼女は たくさんのことを知っていた
エミーユ「笑うと特に似るのね」
ダステ「…そうですか?私は…写真の父しか知らないので 笑った姿は見たことがないんです…こんな…感じなんですね」
両親がいないことを寂しいと思ったことは今までなかった
ただこうして話を聞いていると 自身の思い出の中に 一切いないのが だんだん寂しくなってきた
会ってみたかった フュベールも エミーユも 父が思いやりの深い 良い公安官だったと語る
寂しくとも ギュスターヴはエミーユの話を笑顔で聞いていた
楽しそうに思い出話をされるような人だったのだと思うと 嬉しかった
エミーユ「あなたが公安官になって またここで会える日を楽しみにしているわ」
1912年…18歳の時 私は軍に入った
ゼロ「兵役が終わった後に始まったんだよね…」
ダステ「1914年に…ただ 私はほとんどの記憶がない 2年間戦っていたはずなんだが その間のことは今でも覚えていない 唯一…最後の戦場だけ…」
1914年 世界大戦勃発
ギュスターヴが20歳の時のことだった
召集命令に従い 彼はまたすぐに軍に戻ってきていた
彼の記憶が唯一残る戦場は その2年後
ロレーヌ地方ムーズ県ヴェルダンにて
ドイツ帝国軍との戦い
その時所属していた分隊はフーツ軍曹が指揮し ファリエール伍長 ラヴァンシー伍長 ダステ伍長 それ以外に顔も名前も忘れてしまったが 数名の仲間がいた
ヴェルダンの戦いは1916年2月21日の朝
約10時間に渡る砲撃で幕を開けた
それから約10ヶ月間に渡り繰り広げられたフランス軍とドイツ軍の攻防
いくつかの堡塁を数ヶ月のうちに奪われたフランス軍だったが その後反撃をし 次々奪取 その後大規模かつ広範囲の反撃を行い
いわゆるヴェルダンの戦い というのは終わった
その場所に ギュスターヴたちはいた
両軍40万ほどの損害 うち10万人以上の死者行方不明者を出した
その中に 彼らもいた
伍長で1つ年上だったアンドレ=ギュスターヴとの会話で覚えているのは 何のために戦うのか という話と同じ名前が入っている話…
その中で彼は家族の話をしていた
優しい両親 花が好きな妹…リゼット
軍曹のマティアス・フーツには 妻がいた
伍長のレナルド・ファリエールには 恋人がいた
他の仲間も 大切な家族や恋人が待っていた
国と 彼らのためだからこそ 勇敢に 命をかけて 戦うことができていた
私には 誰かのためという思いは 彼らほど強くなかった フュベールは確かに恩人だったが 彼らほどの絆を感じるほど 一緒にはいなかった
ダステ「…私には家族がいない だからせめてみんなが帰れるように この命を使えたらいいと思う」
彼らには 帰るべき場所と 彼らを待つ人がいる
なら彼らの代わりに自分の命で 彼らのことまでも救えたなら どれほどよかっただろうか
孤児であり 誰かから助けられてばかりだったが 戦地はようやく役に立てる最初の機会だった
恐怖心がないわけではない 死ぬような思いなら何度もした
でももう2年も戦場にいる 何事もない場所もあったが それでもこの環境に慣れてはいた
砲弾降り注ぐこの戦場を 甘く見ていたわけではない 到着時点で戦力差は圧倒的だった
昨日も 他の隊で何人も死んだ
それでもどこかで 彼らはちゃんと家に帰れるように 命を散らすのは 自分だけであればいいのにと 思っていた
だがアンドレは そうではなかったようだった
砲弾の音と 土煙と 仲間の悲鳴
次々に倒れ 2度と起き上がらない
フーツが負傷し 分隊の他の仲間はすでに死に 同じ分隊ではアンドレとギュスターヴとファリエールしか前線にいなかった
…ファリエールが右腕を撃たれた すぐにこの場から離さなければと 彼の方を向いた
アンドレがファリエールに退避するように叫んでいた
左手に銃弾がかすり 次に左足から崩れ落ちる
周りの仲間の死体 鳴り止まない砲撃 銃撃の音
血で滲む 痛みで 嫌な汗と涙が
左手も衝撃と痛みで動かせない
誰かの役に 少しでも 立てたのだろうか
立てない
痛みが
ラヴァンシーは無事だろうか
助けを求める声も 出てこない
膝を撃たれた 触れた右手に 血が
砲弾の音
誰かの悲鳴
ラヴァンシーの声で何か聞こえるが わからない
目の前が真っ暗になる
ラヴァンシーが苦しむような声をあげた
腹部に 強い痛みを感じた
次に目を開けた時 誰かが左手を掴んでいた
周りの声がぼんやりと聞こえる
夢なのか現実なのかわからない
フーツがいる
ファリエールも
フーツ「伍長 助かったぞ ダステは大丈夫だ…」
負傷した兵が一時的に避難した先が同じだったのか 周りでは他にも別の兵に呼びかける声が聞こえる
フーツが声をかけていたのは ギュスターヴではなく アンドレの方だった
ファリエールが他の兵に応急処置をしてもらっていたが 腕の出血は酷そうだった それでも悔しそうな顔で アンドレの方を心配していた
ファリ「ダステ…!」
ギュスターヴは左手をアンドレに掴まれた状態で並べて寝かされていた 今はもう攻撃は終わったようだった
アンドレのこちらに向いた顔は 何も語らない
何人も仲間が死ぬのを見ていた 彼も同じようになってしまった
誰かのために 少しでも 我々は力になれたのだろうか
…彼は確かに 誰かのために その命を散らした
次に目を覚ますと ファリエールやフーツと野戦病院にいた
そこでアンドレの最期を聞いた
フーツ「ラヴァンシー伍長がお前を運んだんだ 彼はやっと塹壕に辿り着いて降りる直前に 飛んできた弾が胸に当たった」
その相手が なぜ私だったのか
なぜ 私が助かって 彼は 助からなかったのだろう
END
ーヴェルダンの戦いー
一応 私が調べた限りのヴェルダンの戦いの流れ
ドイツ軍参謀総長ファルケンハインは膠着した戦況を打開すべく攻撃計画を作成した
武装良好で同等の敵に対する突破の企図は成功の見込みは少ない
突破ができないのであれば敵を消耗させて屈伏させるほかない…では相手は
ロシアは人的戦力が豊富だった
イタリアは戦局に大きな影響をもたらさない
イギリスを大陸から追い落とすのは無理であり できたとしても降伏はしないだろう
…となればフランス
フランスは連合軍の中核であり 開戦以来すでに多大な損害を受けている
フランスを消耗戦に追い込めば戦局に大きな影響を及ぼせるかもしれない…
攻撃地点はフランス軍が固守しそうな場所が選定された
それがヴェルダンであった
ここはパリへと続く街道にあった
ヴェルダンの戦いは1916年2月21日の朝
約10時間に渡る砲撃で幕を開けた
ヴェルダンには環状分派堡と呼ばれる形式の要塞があり その要塞の中核となる都市や町の周囲に多数の堡塁を巡らせていた
1915年8月以降 ヴェルダン要塞は無用と見なされ 砲や弾薬の半分が持ち出され ドーモンやヴォーなど一部の要塞は用廃にして爆破の準備をしていた
要塞には合わせて300門の砲しかなく 兵員も保守要員を中心にしたものになっていた
フランスの情報部がドイツ側のヴェルダン攻撃準備を察知すると フランスは急遽この地区の増強にかかったが
ヴェルダン戦が始まる時点でドイツ軍72大隊 砲1400門に対し フランス軍は34大隊 砲300問という兵力差があった
24日にはドーモン堡塁を約100名からなるドイツ軍の襲撃隊が襲い フランスの保守点検部隊は降伏した
この地区の司令官に任命されたペタンは堡塁の増強に取り掛かり フランス軍の立て直された防衛や 雪や溶け出したぬかるみなどでドイツ軍の侵攻は遅くなった
正面からの攻撃では進展なしとしたドイツ軍は左右から攻めることにした
5月22日 フランス軍はドーモン堡塁奪還のために攻撃開始 しかし奪取には失敗
6月1日までにドイツ軍主力がフランス軍右翼のヴォー堡塁へ 1万の兵力により7日は降伏
ミューズ側右岸からヴェルダンの町へ向かうドイツ軍は6月21日 フルーリーの廃墟を占拠
集中砲火を浴びた戦地はどんどん地形が変わっていってしまったという
次々と攻撃を続けるドイツ軍
しかしヴェルダンの町へ下るためにはスーヴィル堡塁を攻略しなくてはいけなかった
7月10日 ドイツ軍は敵砲兵に毒ガスを散布するもガスマスクを備えていたので無事だった
砲弾30万発 そして歩兵による突撃 しかし堡塁へ通じる通路に兵が溢れたところをフランス軍の砲撃が襲った
12日に少数のドイツ兵が天井部にまで到達したが 反撃を受け 退却 降伏をしていた
この頃 連合軍はドイツ軍の兵力をヴェルダンに集中させない目的もあり 北部のソンム攻勢に出た
これによりドイツ軍は砲兵の一部を北部へ移動させなければいけなかった
10月 フランスはドゥーモン堡塁奪取のやめ反撃を始めた
準備砲撃は6日間に渡り続き 砲撃に耐えきれなくなったドイツ軍は堡塁を放棄し24日に奪還を果たした
ヴォー堡塁も11月2日には反撃を受け ドイツ軍は撤退
12月15日には大規模かつ広範囲の反撃が行われ 1日半のうちに捕虜1万1千人を捕らえた
これでいわゆるヴェルダンの戦いは終わった
1917年8月にはオムの丘と304高地を反撃により奪還し ドイツ軍が作った前線と銃後を結ぶ大規模なトンネルシステムもフランス軍の手に落ちた
結局この地区での小競り合いは第一実世界大戦の終戦まで続いた
巨大な肉挽き器と称された壮大な塹壕戦
長い塹壕をはさんで対峙した独仏の大部隊が ホイッスルを合図に塹壕を飛び出して突撃していく
砲弾と機関銃の掃射が待っていて バタバタと倒れていく
それでも何度も何度も繰り出していく
映画の中で明確にされているのはリゼットの兄弟がここにいたこと
ギュスターヴがいつ どの戦地で負傷し 戦場から離脱したかはわからないけれど 当時を知っていれば ヴェルダンの戦いがどのようなものだったのかは 知っているんだと思う
1894年 モンパルナス駅
この駅の鉄道公安官 フュベール・シャルパンティエは 身重の妻のことが気がかりで ずっと公安官室をうろうろする同僚をいつ注意しようかで悩んでいた
不安なのは理解できる 予定だと6月中頃 今は6月 わかる わかるが落ち着いて欲しかった
フュベール「一回座ったらどうだ?」
シル「じっとしてられない…!」
フュベール「しっかりしろ…ほらダステ公安官!見回りに行ってきてくれ 集中してな!」
シル「わかってるよ…」
同僚の名はシルヴェール・ダステ もう26だというのに こうも頼りない姿を見せれると 子供が産まれてからも心配になる
11歳下の同僚を送り出すと フュベールはようやく落ち着いて自分の仕事の戻れた
いつもより早いスピードで終えて帰ってきたシルヴェールだったが 確認自体はしっかりやっていたようなので まぁ平穏だからいいかと フュベールは諦めた
シル「そうだ 君に名付け親になって欲しくて…ほらルミアの方は隣に住んでる…長い付き合いで信頼できる友人がいるんだが 彼らに頼んでいるんだ 僕はぜひ君に」
フュベール「もちろん…光栄だ」
6月18日 産まれた赤ん坊にはギュスターヴという名前がつけられた
家族で撮った写真を公安官室に飾り 嬉しそうに眺めてから仕事を始める姿を 毎日見ていた
1895年
この年は記憶に残る1年だった
年の初めに 妻が病に倒れ あっという間に進行し 亡くなった
早すぎる別れを悲しんでいた
シルヴェールがいたから 立ち直ることができた 1人になってしまった寂しさに ダステの家族は寄り添ってくれた
彼らにはもっと幸せになって欲しかった
10月には酷い事故が起きた
10月22日 ブレーキがかからなくなった列車が駅に突入 機関車は車止めを乗り越え駅舎を破壊しながら突き進み 飛び出した
死者は駅舎の外にいた1名 乗客や駅構内では奇跡的に死者は出なかった
現場は騒然としていた
フュベールとシルヴェールは少し離れたところから スピードが落ちることなく突き進む列車を目撃していた
連結が外れ残された客車 外へ飛び出した機関車 とにかく被害を確認するために駆け回った
12月 クリスマス
夜中 外の喧騒に起こされたフュベールは その原因を知ろうとカーテンを開けた
彼のアパートから見える距離で火事が起きているようで 煙が上がっている
何か嫌な予感がして慌てて着替えて彼は外へ飛び出した
あの方向 ダステの家がある
胸騒ぎがした 確証はない それでも心配になる
たどり着いた時 懸命な消火活動が行われていた
避難した隣人たちが 心配そうに炎の上がる家を見ていた
フュベール「シルヴェール…」
火事になったのはダステの家とその隣 どちらの家も炎に包まれている さらにダステの隣の家も 火の手が上がる部屋がある
近くに3人が避難していないかと探すが 見当たらない 話を聞くと 炎に包まれた2つの家からは誰も避難していない 見かけていないという
「フュベール!!」
「お願い!」
2人の声が聞こえた気がして 見上げる
その時 悲鳴が上がった 空いた窓から 投げられた何かを 誰かが赤ん坊だと叫んだ
考えるより先に体が動き 周りの消防士を含む誰よりも先にその何かの下へ行き キャッチしていた
危ないとすぐに後ろへ連れ戻された
再び見上げても 窓辺には誰もいない
なんで気づいたんだと言われ 声が聞こえたと答えたが 他の誰もその声を聞いていなかった
大声で泣くその子を抱きしめていた 怪我はない 元気だ 生きている
フュベール「ギュスターヴ…良かった…」
全焼した家で助かったのはギュスターヴだけだった
フュベールはずっとその子を抱きしめていた 悲しみと安堵で ギュスターヴと同じように 泣きながら
鉄道公安官として一日中駅にいなければいけないフュベールにまだ1歳のギュスターヴを育てることはできなかった 妻が生きていれば まだ大丈夫だったかもしれない
他の名付け親は火事にあったもう一件に住んでいた彼らの友人 しかし その彼らは火元の家で 全員亡くなってしまった
結局孤児院に預けることになり フュベールはその孤児院に寄付をし続けた 名付け親としての役目をせめて果たすために…
…物心つく頃にはギュスターヴはすでに孤児院にいた
その環境が当たり前で そこで学ぶことが彼を作っていった
命令に従う方法
他人を避ける方法
家族がいなくても生きていく方法
やってくる子供たちは親がいなくなった寂しさで泣くことがあったが ギュスターヴにはその気持ちがわからなかった
両親のことを彼は一切知らなかった
名付け親の人が この孤児院に寄付を行っている ということだけ 知っていた
1人図書室で分厚い本を選び その世界に没頭する いい暇つぶしだった
窓の外を歩く家族を見る
思えば 心のどこかで羨ましいと思っていたのかもしれない
時々 新しい親と出会い 孤児院を去る子供もいた
それは 羨ましいと思ったことはなかった
ここがギュスターヴにとっての家だった
みんな似た境遇で 施設の大人はみんなに優しかった
大人になったら大変だろうけれど 頑張るんだと
13の時 初めてフュベールと会った
孤児院での暮らしについていくつか話すと 安心して彼は帰っていった
1人寂しい思いをさせることになるなら この場所でみんなといた方がいい それが彼なりの考え方だった
孤児院は家だった しかし 勉強…学んだいろんな教え それ以外の思い出はない
他の子供たちとは仲良くなれなかった 同じ思いを持っていなかったから
ある程度大人になって 施設の手伝いもしていた ぎりぎりまでずっと
ただ思い出せることは少ない
満たされた記憶はない でも十分すぎた
フュベールでは難しかっただろうことを 代わりにしてくれた
感謝してもしきれない
…ぐらいの記憶
フュベールにまた会った時 父の話を聞いた
鉄道公安官という仕事のこと そして いつも眺めていたという写真
唯一残った家族の物は 全部公安官室の父のスペースに片付けられることもなく そのまま置いてあった
16歳になり 施設に別れを告げ フュベールの元へ行く
通っていた学校からも遠くなかった
ダステ「将来は父やあなたと同じ仕事をしたいと思っていたんです そうしたら…父が喜んでくれるかもしれないと…思って」
フュベール「そうか 同じ場所で働けるなら 私も嬉しいよ」
写真に映る姿以外の両親を知らない
人から聞く以外に 知る術はなかった
両親共に孤独な人たちだった 家族はいなくても 友人たちといた その友人たちも亡くなってしまったけれど…
兵役が終われば 彼と同じ鉄道公安官になるつもりだった フュベールと暮らすのも それまでになる予定だった
モンパルナス駅
戦前 彼の職場に行ったことがある
その際にマダム・エミーユやムッシュ・ラビスに会った
エミーユ「この子がシルヴェールの?」
フュベール「えぇ ギュスターヴですよ」
エミーユ「あらまぁ こんなに大きくなったのね やっぱり親子だわ 似ている」
ダステ「本当ですか?嬉しいです!」
父がいた場所 父を知る人たち…嬉しかった まるで生きている時の父を感じることができるようで…
エミーユがコーヒーをサービスして ギュスターヴに父親と駅で働く人々に関しての思い出話をしていた
長くこの駅で店をしている彼女は たくさんのことを知っていた
エミーユ「笑うと特に似るのね」
ダステ「…そうですか?私は…写真の父しか知らないので 笑った姿は見たことがないんです…こんな…感じなんですね」
両親がいないことを寂しいと思ったことは今までなかった
ただこうして話を聞いていると 自身の思い出の中に 一切いないのが だんだん寂しくなってきた
会ってみたかった フュベールも エミーユも 父が思いやりの深い 良い公安官だったと語る
寂しくとも ギュスターヴはエミーユの話を笑顔で聞いていた
楽しそうに思い出話をされるような人だったのだと思うと 嬉しかった
エミーユ「あなたが公安官になって またここで会える日を楽しみにしているわ」
1912年…18歳の時 私は軍に入った
ゼロ「兵役が終わった後に始まったんだよね…」
ダステ「1914年に…ただ 私はほとんどの記憶がない 2年間戦っていたはずなんだが その間のことは今でも覚えていない 唯一…最後の戦場だけ…」
1914年 世界大戦勃発
ギュスターヴが20歳の時のことだった
召集命令に従い 彼はまたすぐに軍に戻ってきていた
彼の記憶が唯一残る戦場は その2年後
ロレーヌ地方ムーズ県ヴェルダンにて
ドイツ帝国軍との戦い
その時所属していた分隊はフーツ軍曹が指揮し ファリエール伍長 ラヴァンシー伍長 ダステ伍長 それ以外に顔も名前も忘れてしまったが 数名の仲間がいた
ヴェルダンの戦いは1916年2月21日の朝
約10時間に渡る砲撃で幕を開けた
それから約10ヶ月間に渡り繰り広げられたフランス軍とドイツ軍の攻防
いくつかの堡塁を数ヶ月のうちに奪われたフランス軍だったが その後反撃をし 次々奪取 その後大規模かつ広範囲の反撃を行い
いわゆるヴェルダンの戦い というのは終わった
その場所に ギュスターヴたちはいた
両軍40万ほどの損害 うち10万人以上の死者行方不明者を出した
その中に 彼らもいた
伍長で1つ年上だったアンドレ=ギュスターヴとの会話で覚えているのは 何のために戦うのか という話と同じ名前が入っている話…
その中で彼は家族の話をしていた
優しい両親 花が好きな妹…リゼット
軍曹のマティアス・フーツには 妻がいた
伍長のレナルド・ファリエールには 恋人がいた
他の仲間も 大切な家族や恋人が待っていた
国と 彼らのためだからこそ 勇敢に 命をかけて 戦うことができていた
私には 誰かのためという思いは 彼らほど強くなかった フュベールは確かに恩人だったが 彼らほどの絆を感じるほど 一緒にはいなかった
ダステ「…私には家族がいない だからせめてみんなが帰れるように この命を使えたらいいと思う」
彼らには 帰るべき場所と 彼らを待つ人がいる
なら彼らの代わりに自分の命で 彼らのことまでも救えたなら どれほどよかっただろうか
孤児であり 誰かから助けられてばかりだったが 戦地はようやく役に立てる最初の機会だった
恐怖心がないわけではない 死ぬような思いなら何度もした
でももう2年も戦場にいる 何事もない場所もあったが それでもこの環境に慣れてはいた
砲弾降り注ぐこの戦場を 甘く見ていたわけではない 到着時点で戦力差は圧倒的だった
昨日も 他の隊で何人も死んだ
それでもどこかで 彼らはちゃんと家に帰れるように 命を散らすのは 自分だけであればいいのにと 思っていた
だがアンドレは そうではなかったようだった
砲弾の音と 土煙と 仲間の悲鳴
次々に倒れ 2度と起き上がらない
フーツが負傷し 分隊の他の仲間はすでに死に 同じ分隊ではアンドレとギュスターヴとファリエールしか前線にいなかった
…ファリエールが右腕を撃たれた すぐにこの場から離さなければと 彼の方を向いた
アンドレがファリエールに退避するように叫んでいた
左手に銃弾がかすり 次に左足から崩れ落ちる
周りの仲間の死体 鳴り止まない砲撃 銃撃の音
血で滲む 痛みで 嫌な汗と涙が
左手も衝撃と痛みで動かせない
誰かの役に 少しでも 立てたのだろうか
立てない
痛みが
ラヴァンシーは無事だろうか
助けを求める声も 出てこない
膝を撃たれた 触れた右手に 血が
砲弾の音
誰かの悲鳴
ラヴァンシーの声で何か聞こえるが わからない
目の前が真っ暗になる
ラヴァンシーが苦しむような声をあげた
腹部に 強い痛みを感じた
次に目を開けた時 誰かが左手を掴んでいた
周りの声がぼんやりと聞こえる
夢なのか現実なのかわからない
フーツがいる
ファリエールも
フーツ「伍長 助かったぞ ダステは大丈夫だ…」
負傷した兵が一時的に避難した先が同じだったのか 周りでは他にも別の兵に呼びかける声が聞こえる
フーツが声をかけていたのは ギュスターヴではなく アンドレの方だった
ファリエールが他の兵に応急処置をしてもらっていたが 腕の出血は酷そうだった それでも悔しそうな顔で アンドレの方を心配していた
ファリ「ダステ…!」
ギュスターヴは左手をアンドレに掴まれた状態で並べて寝かされていた 今はもう攻撃は終わったようだった
アンドレのこちらに向いた顔は 何も語らない
何人も仲間が死ぬのを見ていた 彼も同じようになってしまった
誰かのために 少しでも 我々は力になれたのだろうか
…彼は確かに 誰かのために その命を散らした
次に目を覚ますと ファリエールやフーツと野戦病院にいた
そこでアンドレの最期を聞いた
フーツ「ラヴァンシー伍長がお前を運んだんだ 彼はやっと塹壕に辿り着いて降りる直前に 飛んできた弾が胸に当たった」
その相手が なぜ私だったのか
なぜ 私が助かって 彼は 助からなかったのだろう
END
ーヴェルダンの戦いー
一応 私が調べた限りのヴェルダンの戦いの流れ
ドイツ軍参謀総長ファルケンハインは膠着した戦況を打開すべく攻撃計画を作成した
武装良好で同等の敵に対する突破の企図は成功の見込みは少ない
突破ができないのであれば敵を消耗させて屈伏させるほかない…では相手は
ロシアは人的戦力が豊富だった
イタリアは戦局に大きな影響をもたらさない
イギリスを大陸から追い落とすのは無理であり できたとしても降伏はしないだろう
…となればフランス
フランスは連合軍の中核であり 開戦以来すでに多大な損害を受けている
フランスを消耗戦に追い込めば戦局に大きな影響を及ぼせるかもしれない…
攻撃地点はフランス軍が固守しそうな場所が選定された
それがヴェルダンであった
ここはパリへと続く街道にあった
ヴェルダンの戦いは1916年2月21日の朝
約10時間に渡る砲撃で幕を開けた
ヴェルダンには環状分派堡と呼ばれる形式の要塞があり その要塞の中核となる都市や町の周囲に多数の堡塁を巡らせていた
1915年8月以降 ヴェルダン要塞は無用と見なされ 砲や弾薬の半分が持ち出され ドーモンやヴォーなど一部の要塞は用廃にして爆破の準備をしていた
要塞には合わせて300門の砲しかなく 兵員も保守要員を中心にしたものになっていた
フランスの情報部がドイツ側のヴェルダン攻撃準備を察知すると フランスは急遽この地区の増強にかかったが
ヴェルダン戦が始まる時点でドイツ軍72大隊 砲1400門に対し フランス軍は34大隊 砲300問という兵力差があった
24日にはドーモン堡塁を約100名からなるドイツ軍の襲撃隊が襲い フランスの保守点検部隊は降伏した
この地区の司令官に任命されたペタンは堡塁の増強に取り掛かり フランス軍の立て直された防衛や 雪や溶け出したぬかるみなどでドイツ軍の侵攻は遅くなった
正面からの攻撃では進展なしとしたドイツ軍は左右から攻めることにした
5月22日 フランス軍はドーモン堡塁奪還のために攻撃開始 しかし奪取には失敗
6月1日までにドイツ軍主力がフランス軍右翼のヴォー堡塁へ 1万の兵力により7日は降伏
ミューズ側右岸からヴェルダンの町へ向かうドイツ軍は6月21日 フルーリーの廃墟を占拠
集中砲火を浴びた戦地はどんどん地形が変わっていってしまったという
次々と攻撃を続けるドイツ軍
しかしヴェルダンの町へ下るためにはスーヴィル堡塁を攻略しなくてはいけなかった
7月10日 ドイツ軍は敵砲兵に毒ガスを散布するもガスマスクを備えていたので無事だった
砲弾30万発 そして歩兵による突撃 しかし堡塁へ通じる通路に兵が溢れたところをフランス軍の砲撃が襲った
12日に少数のドイツ兵が天井部にまで到達したが 反撃を受け 退却 降伏をしていた
この頃 連合軍はドイツ軍の兵力をヴェルダンに集中させない目的もあり 北部のソンム攻勢に出た
これによりドイツ軍は砲兵の一部を北部へ移動させなければいけなかった
10月 フランスはドゥーモン堡塁奪取のやめ反撃を始めた
準備砲撃は6日間に渡り続き 砲撃に耐えきれなくなったドイツ軍は堡塁を放棄し24日に奪還を果たした
ヴォー堡塁も11月2日には反撃を受け ドイツ軍は撤退
12月15日には大規模かつ広範囲の反撃が行われ 1日半のうちに捕虜1万1千人を捕らえた
これでいわゆるヴェルダンの戦いは終わった
1917年8月にはオムの丘と304高地を反撃により奪還し ドイツ軍が作った前線と銃後を結ぶ大規模なトンネルシステムもフランス軍の手に落ちた
結局この地区での小競り合いは第一実世界大戦の終戦まで続いた
巨大な肉挽き器と称された壮大な塹壕戦
長い塹壕をはさんで対峙した独仏の大部隊が ホイッスルを合図に塹壕を飛び出して突撃していく
砲弾と機関銃の掃射が待っていて バタバタと倒れていく
それでも何度も何度も繰り出していく
映画の中で明確にされているのはリゼットの兄弟がここにいたこと
ギュスターヴがいつ どの戦地で負傷し 戦場から離脱したかはわからないけれど 当時を知っていれば ヴェルダンの戦いがどのようなものだったのかは 知っているんだと思う