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第三章 ギュスターヴ・ダステ

ヒューゴ

1931年 モンパルナス駅

その夜 ギュスターヴはもう一度時計を見る
やはり合っている 一切のズレなく 問題なく

確信すると同時に ゼロへの苛立ちが湧く 全部知っていながらあんなことが言えたのか
しかし問い詰めにいく気にはならない ピレリの時のこともある 彼女なりに理由はあるのだ それにしても いざ自分の番となると こうも納得しきれないとは思わなかった

あの子供が…ヒューゴと紹介された少年が駅に潜む主人公だとして 一体どんな物語なんだ
最初にまた夢を見たのはあの子供らしき少年を追いかけた日だ

あれが始まりだとしたら…物語の中での自分の役割とはなんなのかを考える 孤児なら 自分は敵だろう 捕まえられたらそれで終わり 逃げないといけない

…ピレリとテナルディエは主人公からすると悪人だ
物語っぽい言い方をするなら 悪役という立場になる まさか自分もそうなのか?あの場所は 悪役を集めた…だがタイムはそれに該当しないような…けれどヒューゴが主人公だとしたら確実にそうだ

またあの子供に会ったらもう否定できないかもしれない ただの偶然か 運命か

突きつけられるのかもしれない 自分は運命のままに行動していると リゼットとのことはどうなる あれもまさか運命などと言われたら…
自分の番になってこんなにもショックを受けることになるとは…

だが孤児だとしたら捕まえないといけない どんな物語か知らないが 関係ない ゼロもそう言っていた

カフェ&バーで新聞屋のムッシュ・フリックとマダム・エミーユが膝にペットの犬を抱きながら会話をしているのを見かけたギュスターヴは クロードのことを伝えようと近づく

ダステ「こんばんは」
エミーユ「あら こんばんは」
ダステ「実は残念なお知らせがありまして…」
エミーユ「どうしたの?」
ダステ「ムッシュ・クロードはご存知ですか?…実は死亡しました」

それを聞いた2人は驚いていた 同じ駅で働く知り合いの突然の訃報だった

ダステ「二度と時計のネジはまけない なのに…」

会話をするギュスターヴの背後から回り込み リゼットがやってきた フリックの膝の上に エミーユの飼う犬と同じ犬種の子がいたため 気になって声をかけにきた

リゼット「お友達ができたの?」

リゼットが来たので ギュスターヴは笑顔を見せ 話しかける

ダステ「どうも」
リゼット「こんにちは」

リゼットはしゃがみながら彼を見上げ 微笑んで返事をした
彼女の前では笑顔でいようと努めるギュスターヴは にこやかな顔のまま

ダステ「ムッシュ・クロードが死んだんです」

と言う
リゼットは知っている人物の名前を聞き 驚いて立ち上がる
真剣な眼差しを見て ギュスターヴも真剣な顔に戻る

リゼット「どうして?何かあったんですか?」
ダステ「セーヌ川で遺体が見つかった 何ヶ月も沈んでいたらしいんです」

そう話している間に 2人の膝の上から愛犬が逃げ出し 2匹でうろうろ散歩を始めた

ダステ「まぁ 驚かないが…酔うのが得意な男だった」
エミーユ「いつも酔ってたわね」
フリック「そうだったかな…」
エミーユ「彼はかなりののんべえよ」
ダステ「それこそセーヌ川を飲み干せるほどの」

そう話していたギュスターヴも どこかへ行ってしまった2人の愛犬に気づく 逃げ出してしまう前にと 話しながら目で探す

すると 陰に隠れるようにしゃがむ少年を見つける 見た瞬間に確信した
やはりあいつがヒューゴだ 寄ってきた2匹の犬を追い払おうと 下を見て必死になっている

ダステ「酔い潰れた姿を見たことがある」

そう言いながら 少年から目を離さず歩く なぜか喋りながら歩き出したギュスターヴを 不思議そうにリゼットたちは見ていた

ダステ「…仕方のないやつだ」

少年が気づいて見上げる頃にはギュスターヴは目の前に来ていた
すぐさま服の首元を右手で掴み上げ 左手で少年の右腕を掴む

ダステ「捕まえたぞ!!」
「放して!!」

逃げられないようにすぐに公安官室へ向かおうとする
その突然の出来事にリゼットたちは驚き 力強く少年を捕まえるギュスターヴに駆け寄る

エミーユ「ギュスターヴ思いやりを持って!許してあげて!」
「助けて!!」

必死に手を伸ばす少年
エミーユ夫人の頼みは聞けない
そう思いながらリゼットの方を見る 心配そうな目で少年を見ている
リゼットも子供の心配をしている

トビー『子供にまるで犯罪者にやるように 引っ張って引きずるんですか…公安官は』

トビーの言葉が急に蘇る 彼女もそう思ったのだろうか 酷い人間だと思われたのだろうか

エミーユ「お願いよ…」
ダステ「…いや こいつはずっと駅を荒らしていた…!」

何を言われようと どう思われることになっても やらないわけにはいかない 逃げようと抵抗する子供を 自分が抑えるには こうしないといけない

少年を引っ張る 柱を掴んで逃れようとするので抱えるように持ち上げ 無理やり歩かせる
エミーユ夫人が後ろで少年を連れ戻そうとするが ギュスターヴの方が強く早い

服の首元…後ろを掴みあげ 階段を登る

「放して!」

必死の抵抗虚しく 公安官室に着く
ギュスターヴは扉を開ける

「わかってよ!僕は行かないと!」
ダステ「ダメだ 親が見つかるまでは帰さん!」

すぐさま檻の方へ引っ張って連れて行く まだ逃げようと後ろを振り向くが ギュスターヴの掴む手からは逃げられない

「親はいないよ!」
ダステ「そうか」

少年を引き寄せ 顔を近づけ

ダステ「なら孤児院へ直行だ」

そう言って 檻の中へ押し込み鍵をかける
無情にも閉まる檻の網を 少年は掴み 悲しそうな目で訴えかけるが 効果はない
孤児院に行きたくない孤児への同情など ギュスターヴには無かった

ダステ「あそこで色々学べ 私も学んだ!“命令に従う方法“ ”他人を避ける方法“ “家族なしで生き抜く方法” 家族など必要ない1人でも 生きていける!」

それこそが正しいと 身をもって 理解していたから
しかしその言葉は まるで台本を見ながら読んだ台詞のようだった

ギュスターヴは電話に手を伸ばし すぐにいつもの番号にかける

ダステ「パリの7区警察本部?…えぇ私です また孤児が…今週は大忙しだ」

早く引き取って欲しいと伝える
電話の相手はいつもの警部だった

電話をするギュスターヴは 檻に背中を向けていた リゼットやエミーユがいる場から離れ 早く連れて行こうとするあまり マキシミリアンを下に置いてきてしまっていた

ダステ「…それで奥様は?…戻ったんですか…あなたの子供だと?それは良かった…7ヶ月後にははっきりしますよ」
「なんだって?」
ダステ「…失礼」

それに電話に夢中で 背後の檻の中で少年が何をしているかなんてことは気が付かなかった

「ところで3月に空いている日はあるか?」
ダステ「3月ですか?…どうですかね…あいにく先の計画を立てない主義で…」
「君に産まれてくる子の名付け親になって欲しいからその話ができたらいいんだが…」
ダステ「…本当ですか?」
「嫌かな?」
ダステ「光栄です ただ私が名付け親に相応しいかは…」

小さく金属の音が聞こえて檻の方の様子を見る
扉が開いていて 中は空っぽ 少年はいない

ダステ「またあとで!!」

急いで置いていた帽子を被り 外で出る
少年は階段を降り切るところだった

ギュスターヴは階段を降りるのの時間がかかる 慌てて部屋の中に設置してある下に続くポールにしがみつき降りる

ダステ「マキシミリアン!!」

指示を出すと マキシミリアンはかけ出す 走って逃げる子供を追いかける

ダステ「どいてくれ!」

人混みをかき分け走る この時間 まだ駅の中は人が多い 見失わないように必死に追いかける
曲がったところで少年を見失う うまく柱を回って逃げた様子ではない
壁の通気口が少し空いている 普通ならきっちりしまっているはず

クロードから仕事を教わっていたとするならば 中のことも詳しいはず ここに隠れることができたから 今まで見つけられないでいたのか
中をマキシミリアンと覗き込み 彼は笑う

ダステ「マキシミリアン 探せ!」

マキシミリアンに匂いを追わせ 後をついていく

時計塔へ向かったのか?見上げると 長い階段がある 登るしかない 時間はかかるが…

マキシミリアンはすいすいと階段を登る ギュスターヴも後を追う この先は行き止まりのはず もう逃げられない

しかしようやくのぼり切っても少年の姿は無かった 逃げ場はないはずなのに

マキシミリアンも匂いを追うが 見つからない 上には歯車だけ しかしいない 注意深く辺りを確認するが やはりいない

ダステ「マキシミリアン向こうだ 行くぞ」

下へ降りる だが見つからない
また外へ逃げたかもしれないと一度外に出て探す
線路のある方も探しにいくと 布に包まれた何か大きなものを持った少年の姿を見つける 停車している列車の反対側に入られた時のために マキシミリアンはそっちに行かせる

ゆっくりと 声を出さずに人の波をかき分け近づくが 気づかれて 開いた扉から反対側に逃げられる

しかし追いついたマキシミリアンが待ち構えていて 怯んだ少年の腕を勢いよく引き寄せる すると少年が持っていたものが 引っ張られた勢いで手から離れた 放り投げられ宙を舞う 思わずそちらに目が行った

腕を掴まれた少年は 咄嗟にギュスターヴの左足を思いっきり蹴飛ばした

ダステ「ぐっ…」

バランスを崩し ギュスターヴは倒れてしまう
少年の方を見ると 持っていたもの…金属の…人形を掴もうと腕を構えたが 人形はその先 線路の上に落ちた

そこに列車が入ってこようとしていた
すると少年は線路に飛び込んだ

ダステ「おい…!」

ギュスターヴは急いで立ちあがろうと姿勢を整える こうなると立ち上がるのに苦労する

機関士は線路上に子供がいるのに気づいてブレーキをかける しかしとても間に合うような距離ではない
煙を上げ スピードが落ちない汽車が迫る


人形を掴んだ少年は 列車のライトに照らされ どうしようもなくなり動けない
もうぶつかる というその時 ギュスターヴは少年の服の襟を掴み 右腕だけで勢いよく引き上げる
少年は人形と共に引き上げられ 尻もちをつく

ダステ「下がって!どいてください!」

周りの人々が心配して近づくのを ギュスターヴが避けた

ダステ「何をしている!」

少年はまだ呆然としているが 助かったことは理解したようだった

ダステ「怪我してないか?」

頷くので すぐに体を起こし連れていく

ダステ「失礼!通ります!」

少年はまだ大事そうに人形を抱えている
急ぎ足で歩くギュスターヴに連れられた少年はさっきほど抵抗してはいなかった

ダステ「孤児院に任せよう」
「僕はいかない」
ダステ「子供には保護する大人が必要だ」
「お願いだから話を聞いて!!」

また抵抗する少年の左腕は両手でがっしりと掴んでいる なので彼は逃げられない
悲しそうな 泣きそうな目を ギュスターヴに向ける

人形は手放さない それを持ち続ければ 逃げられないだろうに そんなに大切なものなのだろうか 逃げ出してわざわざ取りにいくほどに 命懸けで 取り戻そうとすほどに


「僕は行かなきゃならないんだ」

ダメだ 許せない

「…僕にはわからない なぜ父さんは死んだのか なんで僕は独りなのか」

泣くような声で訴えかける

やめろ そんな目で そんな言葉を言わないでくれ

「僕が誰かの役に立てる機会は今しかないんだ!あなたならわかるでしょ?」

彼は ギュスターヴの足を見てそう言った
そしてギュスターヴも自分の足を見た

少年が命をかけてでも果たしたい役目…その人形に何か 自分の使命を見ていた
こんな子供が? 独りぼっちの 子供が

命をかけてでも 果たす役割
この足は その結果 引きずり続ける 過去の象徴 だがこれは 命をかけて戦った 何よりの証

肯定すべきか 否定すべきか

その過去を 自分が役目だと思った 使命だと思った日のことを

助けられ続けてきた 恩を返すことを 役に立つ瞬間が欲しかった
そうすれば自分だけが生きている意味がわかる気がして


なぜ自分は1人なのか 1人生き残ったのか
役目があるからと 思わなければ 辛い



少年の言葉が 心に

ギュスターヴは 歩けなくなった その場で 彼の腕を掴んだまま立ち尽くしていた
その言葉をきっかけに 忘れていた大切な言葉を思い出した

まるで幼い頃の自分に言われたような気がした

「わかるとも!」

聞き覚えのある声が聞こえる だがそちらを向けない

「公安官」

呼ばれてようやく 彼の方を見る
おもちゃ屋の主人 ジョルジュ・メリエスだった

メリエス「その子はうちの子だ」

ギュスターヴは暗く悲しみを抱いていた
リゼットの方を見る 彼女が心配して見ているのは ギュスターヴの方だった

この子は 間違いなく主人公なのだろう
この子が ヒューゴだ

手を離す

ヒューゴ「ごめんなさい 壊れちゃった…」
メリエス「いや 壊れてなどいない ちゃんと役目を果たした」


ずっと欲しかった言葉

いや 確かに言ってくれている人がいたのに 忘れてしまっていた言葉

辛い記憶を封じ込めようとするあまり 大切なことを忘れていた


私は 壊れていない 役目を果たし そして新たな役目を果たすためにここにいる

子供を捕まえる理由はなんだったか なぜ厳しくあろうとしたのか

心は暗く 悲しみに沈む

リゼットは立ち尽くすギュスターヴの元へ歩み寄る
彼は笑顔を見せようとするが うまくできていない

リゼットは何も言わず 腕を彼の腕に回し 歩く

エミーユとフリックの元に

エミーユ「ギュスターヴ…」
ダステ「…もう大丈夫ですマダム・エミーユ 私は…」
エミーユ「でもあなた…今にも泣きそうな顔だもの 昔を見ているみたいで心配に…」

エミーユは右手でギュスターヴの頬に触れる

ダステ「大丈夫です 大丈夫なんですただ…」

今のギュスターヴの心には 周りの優しさがあまりに暖かかった
情緒がおかしくなったのか もう感情がよくわからない 悲しいし 嬉しい

失っていたものを取り戻したような気がする 心を 取り戻した そんな気が…

エミーユたちと別れ 公安官室に戻ろうとするギュスターヴの腕を リゼットは離さなかった
そのまま一緒に マキシミリアンも連れて上にあがる

リゼット「…公安官さん?」

自分でもよくわからない けれど涙が出てくる

あぁだが今日は…

リゼット「あの…私あなたに…」
ダステ「マドモワゼル・リゼット 突然で申し訳ないが…あなたに伝えたい」

ギュスターヴは涙を拭う
腕を組む彼らは 側にいるまま 顔を見つめ合う

ダステ「…私はあなたが好きだ 愛している ずっと前から…」

ギュスターヴは 自然と優しい笑顔を浮かべていた 彼は 笑顔を思い出した
そして 想いを込めた 自分の言葉を 自信を持って伝えられるようになった

突然のことで リゼットは戸惑っていた しかし 彼のまっすぐで真剣な瞳は どんな時もその奥に優しさを持っていた

リゼット「私もあなたに…伝えたかった 私もあなたを想っていると…」


リゼットは彼を抱きしめた ギュスターヴも同じように そっと抱きしめた



今夜はいい夜



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