第三章 ギュスターヴ・ダステ
駅の幽霊
1931年 モンパルナス駅
早朝 ギュスターヴは公安官室の奥のベッド上で目を覚ます
昨晩の夢のようなひと時を思い出し 机の上に置かれた小さな瓶にさしたアイリスを見る
もしかしたら 彼女から悪く思われていないかもしれない むしろ好意的に それが嬉しかった
どうしたらピレリのように振る舞えるのだろうか 彼は笑顔でたくさんの話をしていた 商売柄というのもあるが 彼は理想の姿を振る舞うのが上手かったのだろう
ピレリで思い出す トビーのこと
朝早い時間だが 一度集会所に行ってみる
…集会所ではゼロがのんびりと1人で過ごしていた ここ数日必ず朝から集会所にいる気がする
ゼロ「おはようギュスターヴ 昨晩来なかったけど…トビーの言ってたこと 気にしなくていいよ 彼もほら まだ難しい年齢だし」
ダステ「いや それが理由じゃない」
ゼロ「あ そ…そう?なんだてっきり…ほらだって前にピレリにも似たようなこと言われた時 結構怒ってたから」
ダステ「勘違いじゃないのか…私はそんなこと気にしない」
ゼロ「いやピレリの時はほんとに怒ってたでしょ」
ダステ「…そんなことあったか?」
ゼロ「……なかったっけ まぁいいや」
トビーもいなかったので ついでに時計が合っているか確認する
ゼロ「なんかいいことあった?」
ダステ「なんだ急に」
ゼロ「なんとなく 嬉しそうな…こう…雰囲気みたいなのが…わかった!リゼットでしょ」
ダステ「なんでわかるんだ?!」
ゼロ「あ ほんとにリゼットなんだ 適当に言っただけだよ」
ゼロにバレてしまうほど 喜びのオーラが溢れていたとは 気づかなかった 気持ちを切り替えて仕事に臨まなければと 制服がきちっと着れているか確認する
ゼロ「昨晩何かあった?」
ダステ「会話しただけだ ただ…彼女が私に花を…」
ゼロ「贈られたの?あぁよかった!きっとリゼットは君のこと!」
ダステ「それはまだ…わからないが…」
ゼロ「自信を持ちなよギュスターヴ!大丈夫だよ 今夜はいい夜になる!」
ダステ「なんで今夜の話をしているんだ」
ゼロと別れ ギュスターヴは仕事を始めるため戻って行った
ゼロは見送った後 手をレ・ミゼラブルの扉に向かって伸ばし 空中を掴んで一気に引っ張る動作をした
するとレ・ミゼラブルの扉が勢いよく手前に開いたかと思えば テナルディエが座った状態で後ろ向きに倒れてきた
危うく床に頭をぶつけかけたテナルディエはゼロを睨みつけながら立ち上がった
ティナ「何しやがる…」
ゼロ「扉の前で何してるのさ」
ティナ「一仕事終えて休憩してたんだよ」
ゼロ「中に入ればいいじゃないか」
ティナ「ギュスターヴと何か話してたから入らなかったんじゃねぇか」
ゼロ「今までなら入ってきてた」
腕を組んで テナルディエを呆れた目で見ていた ここ最近 他に誰かがいると中に入ってこなくなった だんだんと着るものもボロボロになり だいぶ痩せてしまった姿を見られたくないのか 心配されたくないとは思ってないだろうが それでも 見比べたくないのかもしれない
そもそも面倒だからとしか思ってない可能性もあった
ゼロ「それで 最近はどうなのさ 家は?」
ティナ「ちょっと前に追い出された しばらくはまとまった金も手にはいらねぇし まぁ無理だな」
ゼロ「そう…」
ティナ「誰も欠けてねぇよ お前が心配してんのはそれだろ 物語に問題はなさそうか?今の俺の状況はよ」
ゼロ「…どうだか」
ティナ「はぁ…あぁそうだ 金のない時に話そうと思ってたが 会っちまったんだ 今回分 教えてやるよ」
ゼロ「…ありがとう 頼むよ」
夕方 モンパルナス駅
時計が4時をさす頃 ギュスターヴはマキシミリアンと共に駅の中を歩いていた
吊り時計の下で駅の様子を見ていた時 背後から大きな金属音がして振り向く
スパナが落ちている 上には時計
となると犯人は1人
ダステ「ムッシュ・クロード!上にいるのか!」
時計を見上げて叫ぶが返事はない ここからでは時計の内部はよく見えない
ダステ「君が落としたのか?!」
返事はない まずいと思って黙ってやり過ごす気なのだろうか
ダステ「スパナはちゃんと握って離すんじゃない!酒瓶は離さないってのに…おい 酔ってるのか?」
ムッシュ・クロードは駅の時計を管理する男である
最近唯一の家族だった兄弟を亡くし 身寄りのない身となった彼は ギュスターヴがここへ来る以前から1人駅に住み込み働いていた
ギュスターヴは彼がそんなに好きではなかった いつも酒瓶を持って歩き 酔っ払いながら仕事をしている 相当の酒好きだ
時々下にいるのを見かけたが 素面で会ったことはない
前任の公安官からも注意してほしいと言われているので 問題があるたびにこうして注意しているが 改善されたためしはない
最近姿を見ていなかったが 時計だけは正確に動いているので 働いているのだけはわかる しかしやっぱり酔っているようだ
ダステ「もうできあがってるのか?」
返事はない これだけ話しかけて言い返してこないとなると 聞こえていないらしい
ダステ「ダメだ 酔い潰れてる きっとそうだな」
そうマキシミリアンに話しかける 気のせいかもしれないが マキシミリアンも呆れ顔をしてるように見える
ダステ「目を覚ませ!これは預かっておくからな!」
聞こえているかわからない 結局返事はなかった
呆れてため息をつきながら
ダステ「子供が怪我をしたらどうする」
そう言いながらスパナを手に駅を見回る
夜 眠りにつく前に アイリスの花を見る
いい保存方法がないか聞いてみよう いつかは枯れてしまうだろうから
日記を開き ペンを手に取り今日の1日の出来事を振り返り 記す
眠る前 ベッドサイドの小さなテーブルの上にある写真立てを見る
公安官室には何枚かの写真や賞状を飾ってあるが これだけベッドの側に置いてあった
ゆっくりと 目を閉じる
…図書室で本を手に取る
題名はLes Misérables
時間を潰そうと とにかく分厚い本を探した
窓の外を眺める
庭で遊ぶ子供たちの笑い声
パリの町 手を繋いで歩く親子に目がいく
泣いている子供 ここへきたばかりだから
「家族なんて必要ないのに」
学んだことは 私を作っていく あるべき姿を作っていく
「役に立ちなさい」
唯一の記憶
彼が倒れている 輝きを失った目が 仲間の叫び声が
死んだ仲間のことを思い出せない
それなのに 彼だけは顔も名前も思い出せる
仲間がずっと名前を呼びかけているのが聞こえたせいだろう 名字だけ覚えている
名前を呼び続けられる 景色をよく覚えていないはずなのに 夢の中ではいやに鮮明だ
軍服が血で滲む 左手と左足に残る傷
「…足の方はもう治らないでしょう」
どうしてここ数日 嫌なことばかり思い出すのだろうか
手が痛い 痛みの感じない足も痛い
傷を見るたびに 辛い
どうしていつも
優しい人たちを思い出せ 嫌なことは全て忘れて 今を生きないといけないのに こんなもの 忘れてしまわないと 足のことを考えるな 嫌な音も恥じるべき姿を 見ないように
誰も称賛など
あの頃の記憶全て 忘れてしまえば 楽になれるのに
「鉄道公安官になればいい 私と 同じ仕事をしよう 私の望みを叶えておくれギュスターヴ…」
本当の思いと言葉で トビーと話せていただろうか
目を覚ます うっすらと明るい青の光が 室内に入る
ダステ「……最悪だ」
昼前 風呂を引っ張りだしマキシミリアンを洗ってやるついでに 自分も入る 上はシャツを着たまま 左手の手袋もそのままに 入浴している
その時電話が鳴る 相手は警察だった
ダステ「おはようございます」
「おはようございます 公安官…クロード・カブレ氏をご存知ですか?」
ダステ「えぇここで雇われている大柄で粗野な男です」
「実は今朝カブレ氏がセーヌ川で遺体で見つかりました」
ダステ「セーヌ川に?遺体で…?確かですか?」
「何ヶ月も沈んでいたようで…それで確認なんですが 彼に家族はいますか?」
ダステ「いえ 身寄りはありません」
「では彼の持ち物などは あなたにお願いできますか?」
ダステ「わかりました 荷物をまとめておきます」
電話を切り 正面で大人しく入浴するマキシミリアンと目を合わせる
ダステ「…死んでいたのなら…一体誰が時計を巻いていたんだ」
風呂を出て体を拭く ギュスターヴに続いて出てきたマキシミリアンの体も拭いてやる
急いで制服を着直し 時計を持ち外に出る
公安官室のすぐ外 階段上から時計を見る 時間はぴったり問題なし
2階通路の手すりを握りながら 考える
昨日 スパナが上から落ちてきた 声をかけたが返事はない
あれは誰だ 時計を点検していた ネジを巻いていた それは誰だ
時計は問題なく動いている 管理する人間がいるはずだ
ダステ「…返事はなかった クロードの幽霊が時計を合わせているとでもいうのか?」
駅に潜む誰かがいる 毎日時計を合わせている 顔を合わせたことのない誰か
クロードがこっそり誰かを住まわせて仕事をさせているのか?金はどうする 利点がない
そんなものを必要とせず代わりにやらせられる…しかもある程度信用できる相手
クロードに家族はいない 唯一の家族は亡くなったと聞いた だが…もし その亡くなった兄弟に家族がいたら それも子供がいたら 彼は面倒をみなければいけないが 彼はここに住んでいる 子供を住まわせる許可は出ないだろう 危ない場所もある仕事だ だから誰にも言わず 兄弟に子供がいた話も一切せず 仕事を手伝わせながら 育てていたとしたら
相手が子供なら 言わない理由も クロードの行方がわからなくなってもまだ仕事をしている理由も 説明できる
子供の方も表にでてこれない 密かに住んでいるから 孤児院行きなるのを恐れていたら? 金もないだろう…クロードがいないから
数ヶ月いない その間なにも食べずに生きてはいけない 盗むしか無くなるはずだ
返事ができない バレるから それも鉄道公安官に
そして今も この駅のどこかにいる
急にマキシミリアンが怪しんだ子供がいるのを思い出す
おもちゃ屋の主人の娘と一緒にいた少年 いとこだと言っていたが 挙動不審だった 少女の方も少し焦るような…だが…名前はヒューゴだった
数日前逃げられた子供はおもちゃ屋の前から逃げた 駅の中に詳しいのか やけに逃げるのがうまかった
なぜ気づかなかったのだろうか
ここ数日やけに昔を思い出す
急な変化と ゼロの反応…トビーの言葉…
偶然にも自分の後ろに落ちたスパナ それで今日の電話
強く 手すりを握りしめる
ダステ「あの子供が そうなのか…?」
あまりにも 都合よく 合致する自分の考え
そうであることを望まれているように
駅の幽霊の正体は 物語の…あのヒューゴ…なのか?
END
1931年 モンパルナス駅
早朝 ギュスターヴは公安官室の奥のベッド上で目を覚ます
昨晩の夢のようなひと時を思い出し 机の上に置かれた小さな瓶にさしたアイリスを見る
もしかしたら 彼女から悪く思われていないかもしれない むしろ好意的に それが嬉しかった
どうしたらピレリのように振る舞えるのだろうか 彼は笑顔でたくさんの話をしていた 商売柄というのもあるが 彼は理想の姿を振る舞うのが上手かったのだろう
ピレリで思い出す トビーのこと
朝早い時間だが 一度集会所に行ってみる
…集会所ではゼロがのんびりと1人で過ごしていた ここ数日必ず朝から集会所にいる気がする
ゼロ「おはようギュスターヴ 昨晩来なかったけど…トビーの言ってたこと 気にしなくていいよ 彼もほら まだ難しい年齢だし」
ダステ「いや それが理由じゃない」
ゼロ「あ そ…そう?なんだてっきり…ほらだって前にピレリにも似たようなこと言われた時 結構怒ってたから」
ダステ「勘違いじゃないのか…私はそんなこと気にしない」
ゼロ「いやピレリの時はほんとに怒ってたでしょ」
ダステ「…そんなことあったか?」
ゼロ「……なかったっけ まぁいいや」
トビーもいなかったので ついでに時計が合っているか確認する
ゼロ「なんかいいことあった?」
ダステ「なんだ急に」
ゼロ「なんとなく 嬉しそうな…こう…雰囲気みたいなのが…わかった!リゼットでしょ」
ダステ「なんでわかるんだ?!」
ゼロ「あ ほんとにリゼットなんだ 適当に言っただけだよ」
ゼロにバレてしまうほど 喜びのオーラが溢れていたとは 気づかなかった 気持ちを切り替えて仕事に臨まなければと 制服がきちっと着れているか確認する
ゼロ「昨晩何かあった?」
ダステ「会話しただけだ ただ…彼女が私に花を…」
ゼロ「贈られたの?あぁよかった!きっとリゼットは君のこと!」
ダステ「それはまだ…わからないが…」
ゼロ「自信を持ちなよギュスターヴ!大丈夫だよ 今夜はいい夜になる!」
ダステ「なんで今夜の話をしているんだ」
ゼロと別れ ギュスターヴは仕事を始めるため戻って行った
ゼロは見送った後 手をレ・ミゼラブルの扉に向かって伸ばし 空中を掴んで一気に引っ張る動作をした
するとレ・ミゼラブルの扉が勢いよく手前に開いたかと思えば テナルディエが座った状態で後ろ向きに倒れてきた
危うく床に頭をぶつけかけたテナルディエはゼロを睨みつけながら立ち上がった
ティナ「何しやがる…」
ゼロ「扉の前で何してるのさ」
ティナ「一仕事終えて休憩してたんだよ」
ゼロ「中に入ればいいじゃないか」
ティナ「ギュスターヴと何か話してたから入らなかったんじゃねぇか」
ゼロ「今までなら入ってきてた」
腕を組んで テナルディエを呆れた目で見ていた ここ最近 他に誰かがいると中に入ってこなくなった だんだんと着るものもボロボロになり だいぶ痩せてしまった姿を見られたくないのか 心配されたくないとは思ってないだろうが それでも 見比べたくないのかもしれない
そもそも面倒だからとしか思ってない可能性もあった
ゼロ「それで 最近はどうなのさ 家は?」
ティナ「ちょっと前に追い出された しばらくはまとまった金も手にはいらねぇし まぁ無理だな」
ゼロ「そう…」
ティナ「誰も欠けてねぇよ お前が心配してんのはそれだろ 物語に問題はなさそうか?今の俺の状況はよ」
ゼロ「…どうだか」
ティナ「はぁ…あぁそうだ 金のない時に話そうと思ってたが 会っちまったんだ 今回分 教えてやるよ」
ゼロ「…ありがとう 頼むよ」
夕方 モンパルナス駅
時計が4時をさす頃 ギュスターヴはマキシミリアンと共に駅の中を歩いていた
吊り時計の下で駅の様子を見ていた時 背後から大きな金属音がして振り向く
スパナが落ちている 上には時計
となると犯人は1人
ダステ「ムッシュ・クロード!上にいるのか!」
時計を見上げて叫ぶが返事はない ここからでは時計の内部はよく見えない
ダステ「君が落としたのか?!」
返事はない まずいと思って黙ってやり過ごす気なのだろうか
ダステ「スパナはちゃんと握って離すんじゃない!酒瓶は離さないってのに…おい 酔ってるのか?」
ムッシュ・クロードは駅の時計を管理する男である
最近唯一の家族だった兄弟を亡くし 身寄りのない身となった彼は ギュスターヴがここへ来る以前から1人駅に住み込み働いていた
ギュスターヴは彼がそんなに好きではなかった いつも酒瓶を持って歩き 酔っ払いながら仕事をしている 相当の酒好きだ
時々下にいるのを見かけたが 素面で会ったことはない
前任の公安官からも注意してほしいと言われているので 問題があるたびにこうして注意しているが 改善されたためしはない
最近姿を見ていなかったが 時計だけは正確に動いているので 働いているのだけはわかる しかしやっぱり酔っているようだ
ダステ「もうできあがってるのか?」
返事はない これだけ話しかけて言い返してこないとなると 聞こえていないらしい
ダステ「ダメだ 酔い潰れてる きっとそうだな」
そうマキシミリアンに話しかける 気のせいかもしれないが マキシミリアンも呆れ顔をしてるように見える
ダステ「目を覚ませ!これは預かっておくからな!」
聞こえているかわからない 結局返事はなかった
呆れてため息をつきながら
ダステ「子供が怪我をしたらどうする」
そう言いながらスパナを手に駅を見回る
夜 眠りにつく前に アイリスの花を見る
いい保存方法がないか聞いてみよう いつかは枯れてしまうだろうから
日記を開き ペンを手に取り今日の1日の出来事を振り返り 記す
眠る前 ベッドサイドの小さなテーブルの上にある写真立てを見る
公安官室には何枚かの写真や賞状を飾ってあるが これだけベッドの側に置いてあった
ゆっくりと 目を閉じる
…図書室で本を手に取る
題名はLes Misérables
時間を潰そうと とにかく分厚い本を探した
窓の外を眺める
庭で遊ぶ子供たちの笑い声
パリの町 手を繋いで歩く親子に目がいく
泣いている子供 ここへきたばかりだから
「家族なんて必要ないのに」
学んだことは 私を作っていく あるべき姿を作っていく
「役に立ちなさい」
唯一の記憶
彼が倒れている 輝きを失った目が 仲間の叫び声が
死んだ仲間のことを思い出せない
それなのに 彼だけは顔も名前も思い出せる
仲間がずっと名前を呼びかけているのが聞こえたせいだろう 名字だけ覚えている
名前を呼び続けられる 景色をよく覚えていないはずなのに 夢の中ではいやに鮮明だ
軍服が血で滲む 左手と左足に残る傷
「…足の方はもう治らないでしょう」
どうしてここ数日 嫌なことばかり思い出すのだろうか
手が痛い 痛みの感じない足も痛い
傷を見るたびに 辛い
どうしていつも
優しい人たちを思い出せ 嫌なことは全て忘れて 今を生きないといけないのに こんなもの 忘れてしまわないと 足のことを考えるな 嫌な音も恥じるべき姿を 見ないように
誰も称賛など
あの頃の記憶全て 忘れてしまえば 楽になれるのに
「鉄道公安官になればいい 私と 同じ仕事をしよう 私の望みを叶えておくれギュスターヴ…」
本当の思いと言葉で トビーと話せていただろうか
目を覚ます うっすらと明るい青の光が 室内に入る
ダステ「……最悪だ」
昼前 風呂を引っ張りだしマキシミリアンを洗ってやるついでに 自分も入る 上はシャツを着たまま 左手の手袋もそのままに 入浴している
その時電話が鳴る 相手は警察だった
ダステ「おはようございます」
「おはようございます 公安官…クロード・カブレ氏をご存知ですか?」
ダステ「えぇここで雇われている大柄で粗野な男です」
「実は今朝カブレ氏がセーヌ川で遺体で見つかりました」
ダステ「セーヌ川に?遺体で…?確かですか?」
「何ヶ月も沈んでいたようで…それで確認なんですが 彼に家族はいますか?」
ダステ「いえ 身寄りはありません」
「では彼の持ち物などは あなたにお願いできますか?」
ダステ「わかりました 荷物をまとめておきます」
電話を切り 正面で大人しく入浴するマキシミリアンと目を合わせる
ダステ「…死んでいたのなら…一体誰が時計を巻いていたんだ」
風呂を出て体を拭く ギュスターヴに続いて出てきたマキシミリアンの体も拭いてやる
急いで制服を着直し 時計を持ち外に出る
公安官室のすぐ外 階段上から時計を見る 時間はぴったり問題なし
2階通路の手すりを握りながら 考える
昨日 スパナが上から落ちてきた 声をかけたが返事はない
あれは誰だ 時計を点検していた ネジを巻いていた それは誰だ
時計は問題なく動いている 管理する人間がいるはずだ
ダステ「…返事はなかった クロードの幽霊が時計を合わせているとでもいうのか?」
駅に潜む誰かがいる 毎日時計を合わせている 顔を合わせたことのない誰か
クロードがこっそり誰かを住まわせて仕事をさせているのか?金はどうする 利点がない
そんなものを必要とせず代わりにやらせられる…しかもある程度信用できる相手
クロードに家族はいない 唯一の家族は亡くなったと聞いた だが…もし その亡くなった兄弟に家族がいたら それも子供がいたら 彼は面倒をみなければいけないが 彼はここに住んでいる 子供を住まわせる許可は出ないだろう 危ない場所もある仕事だ だから誰にも言わず 兄弟に子供がいた話も一切せず 仕事を手伝わせながら 育てていたとしたら
相手が子供なら 言わない理由も クロードの行方がわからなくなってもまだ仕事をしている理由も 説明できる
子供の方も表にでてこれない 密かに住んでいるから 孤児院行きなるのを恐れていたら? 金もないだろう…クロードがいないから
数ヶ月いない その間なにも食べずに生きてはいけない 盗むしか無くなるはずだ
返事ができない バレるから それも鉄道公安官に
そして今も この駅のどこかにいる
急にマキシミリアンが怪しんだ子供がいるのを思い出す
おもちゃ屋の主人の娘と一緒にいた少年 いとこだと言っていたが 挙動不審だった 少女の方も少し焦るような…だが…名前はヒューゴだった
数日前逃げられた子供はおもちゃ屋の前から逃げた 駅の中に詳しいのか やけに逃げるのがうまかった
なぜ気づかなかったのだろうか
ここ数日やけに昔を思い出す
急な変化と ゼロの反応…トビーの言葉…
偶然にも自分の後ろに落ちたスパナ それで今日の電話
強く 手すりを握りしめる
ダステ「あの子供が そうなのか…?」
あまりにも 都合よく 合致する自分の考え
そうであることを望まれているように
駅の幽霊の正体は 物語の…あのヒューゴ…なのか?
END