第三章 ギュスターヴ・ダステ
孤児たち
出会いから10年
1931年 モンパルナス駅
駅の中を歩いていたギュスターヴは 1人の少年を見つける
ボサボサの髪の少年は ベンチの上に誰かが置き忘れた紙袋の中を覗いていた
背後からゆっくり忍び寄る 逃げられないようにマキシミリアンを横から回り込ませる
ダステ「少年」
「うわぁ!」
公安官であるギュスターヴの姿を見て 慌てて逃げ出す少年の前にマキシミリアンが立ち塞がる 前後は無理だと横へ逃げるが ギュスターヴが輪っかにした縄がついたポールを足にかけて引き 捕まえる
胸ぐらを掴み絶対に逃げられないように足の縄も外さない
ダステ「保護者はどこだ!」
「いない!」
ダステ「親はいないのか?」
少しためらった後 首を振る少年
顔を近づけ 睨みつけるギュスターヴ
ダステ「すばらしいな なら孤児院送りだ」
抵抗する少年を引っ張って公安官室へ向かう
こうした浮浪児を捕まえるのも鉄道公安官の仕事だった
彼らは盗みをする 不法に駅に住みつこうとする
子供だろうと許されない
けれど行き先は刑務所にはならない そうした子供たちを治す場所がある それが孤児院だ
親のいない子供がいるべき場所 多くを学べる 1人でも生きていける大人になれる
公安官室についたら 一時的に檻に入れる 鍵をかけてしまえば 誰も出られない
席について電話をかけようとした時 また関節部分が固まった
仕方ないのでメンテナンスをしながら電話をかけることにした それ用にロープで革生地を吊るし足を上げて置けるようにしてある
ダステ「ギュスターヴ・ダステです」
電話の相手はパリ7区警察本部の長年付き合いのあるいつもの警部
「あぁまたか?」
ダステ「はい また孤児です」
「今回は何を?」
ダステ「不法侵入に窃盗…紙袋に手を入れていまして」
ギュスターヴが電話をしている間 檻の前ではマキシミリアンがじっと座って少年を見張っていた 彼はずっとグスグス泣いていた
ダステ「うるさいぞ 静かにしないか!悪いのはお前の手癖なんだぞ!」
そう怒鳴るが子供は余計泣くので ギュスターヴはため息をつく
「…俺に言ったのか?」
ダステ「まさか あなたのことじゃない あなたのことは…尊敬してますから」
「妻の噂を聞いたわけじゃなく…か?」
ダステ「…いえ奥様の噂話など聞いたこともないです!」
受話器を耳に当てたまま話していたので 相手側にも聞こえてしまったのだろう 不機嫌にさせてしまったが どうやら理由はギュスターヴが思っていたものではなかったらしい
「妻が家出したんだ みんなは他に男ができたんじゃないかと」
ダステ「そんなバカな…知りませんでした」
「ううん…そうか」
ダステ「きっと戻りますよ」
「そうだといいんだが……駅に向かう それまで頼むぞ」
ダステ「はい それではお願いします」
電話を切る 途中でメンテナンスの手は止まってしまったので すぐに続きを終える
まだ子供は泣いているが 静かにさせられる気もしないので そのままマキシミリアンに見張らせて 警察の到着を待った
到着後 引き渡すために外へ出る
市警の車の中にはすでに別の場所から連れられてきた浮浪児たちが鉄格子のついた扉の先で悲しそうな顔をしながら座っていた
電話の警部が ギュスターヴの連れてきた少年を逃げられないように一緒に腕を掴む
「こいつが泥棒か…この菓子パン泥棒め 大人しくしろ!」
外へ連れてくるまでの間 一時的につけていた手錠を外し始める
「どうすればいい?」
ダステ「何がです」
「妻の家出だよ」
話をしながらギュスターヴが手錠を外すと その一瞬をついて少年が逃げ出そうとするが すぐに体を掴まれ連れ戻される
「残念だな悪ガキめ…」
少年は車の中へ押し込まれ すぐに扉が閉まり鍵がかけられる ようやく落ち着けた警部はまた会話と続けた
「…妻が妊娠したんだが」
ダステ「あなたの子を?」
「他に誰がいるんだ」
ダステ「いえ 当然…」
「…俺の子だろうか」
警部はポケットからメモを取り出し ギュスターヴに渡した
「見かけたらここに連絡を」
ダステ「…まだ奥様を?」
「あぁ愛しているよ心から」
ダステ「わかりました その時にはすぐ連絡を」
駅を去る車を見送り ギュスターヴも駅の中へ戻った
外には雪が積もっている 寒いわけだ
メモをポケットにしまい 公安官室へ戻る
今日は夕方ごろにトビーと会う約束をしている
日が暮れ始めた時間 休憩の前にもう一度歩いて回っている
その時にすれ違った2人の子供が気になった 2人だけで歩いている 念の為確認しようと呼び止めた
ダステ「そこの2人 待て」
自分たちのことだとすぐに気づいた少年と少女 やはり怪しい こちらに来るように言うと 大人しく近づいてきた
ダステ「保護者はどこだ」
少女「オモチャ屋のパパ・ジョルジュです 私がいるの見たことあるでしょう?イザベラです この子は従兄弟のヒューゴ」
あのオモチャ屋か…と思いヒューゴと呼ばれた少年を見る ヒューゴという名前を聞くと いつも扉の上の題名を思い出す…
そんなことを考えていると マキシミリアンが彼の匂いを嗅ぐ 覚えがあるのかもしれない
少女は彼が間がぬけてトロいから大目に見てあげてほしいと伝えるが マキシミリアンが吠える 何か問題がある 怪しいとマキシミリアンは言っている
しかし問い詰めてみようとすると 少女が飼っている猫が原因かもしれないと言い始めて ずっと喋り続ける 猫の名前を言い それが詩人と同じクリスティーナ・ロセッティという名前だと言い 急にその詩を暗唱し始める
ギュスターヴが戸惑う顔を見せてもお構いなし 駅の中でそこそこ大きな声で詩を暗唱する 迷惑になる やめさせなければ
ダステ「もういい 知っている その…クリス…クリスティーナ…」
少女「…ロセッティ」
ダステ「そう好きな詩人だ ロセッティ よく知ってるからもういい 詩は良いが駅には不釣り合いだ わかるな?」
少女は頷く
ダステ「ここは汽車の乗り降りに来る場所 もしくは働きに来る場所 いいな」
少女「はい」
ダステ「足元に気をつけるんだぞ…ほら 行ってよし」
言われた2人は振り向き また歩いて行った
オモチャ屋の主人には 子供たちだけで駅の中を歩かせるのはできるだけ控えるよう言うべきかどうか 考えながら彼もマキシミリアンと歩き出した
見回りを終えたギュスターヴは公安官室に戻り
壁を抜ける
椅子にはトビーが座っていたが 熱心に何か読んでいる そのため先にギュスターヴに気づいたのは隣でその様子を眺めていたゼロだった
ゼロ「やぁギュスターヴ」
ダステ「…トビーはどうした」
ゼロ「今真剣に手紙の返事読んでる」
あぁあの と思いながら 側に行く 嬉しそうな顔だ
ゼロ「今日は仕事…何してた?」
ダステ「昼頃浮浪児を1人捕まえて孤児院に送った ぐらいだな…他にもそれらしき子供はいたが 違うようだった」
トビー「孤児を?」
トビーが手紙を読むのをやめてギュスターヴの方を見ていた 先ほどとは違い 少し暗い顔になっていた
孤児院と聞くと 昔を思い出すのだろうか 彼も数年だけとはいえ孤児院にいた
ダステ「あぁ盗みをしようとしていたところを捕まえた 浮浪児というのは非常に困ったもので…逃げようとしていて抵抗された 引きずるか引っ張るかして運ばないといけない面倒な子供だった」
トビー「…でもあんな場所に送られるのを嫌がる気持ちはわかりますよ」
ダステ「君の時代より よくなってきている あそこはいろんなことが学べるんだぞ?」
およそ50年以上前の孤児院よりは改善されつつあるが それでも誰もが喜んでいくかどうかは…
だがトビーからしたら孤児院というのは子供が死ななければいいという対応をされるものだと認識していた 満足にご飯を食べれたことはないし 学べたことなどわずかだ
トビー「学んだことなんて 空腹や恐怖心から眠れない夜にはジンがいいとか 大人なんて信頼ならないことぐらい 良いことなんて教えてくれやしない 今ようやく 正しいことをリドルフォから教われたから良かったけれど」
今日の仕事を聞いたばかりに不穏な空気になってしまったので ゼロが狼狽えているが2人はお構いなしだった
ダステ「孤児院がなければ 浮浪児が増えるだけだ 生きるには盗むしかない連中が…子供の頃から生きることを理由に犯罪を犯す そのまま放っておいたら 大人になった時に壊れた感覚のままでいることになる 最高の環境かと言われれば そうではないかもしれないが 生きていくために必要なことは学べる 治せるんだ」
トビー「孤児にそんな態度を取れと 教わるんですか」
ダステ「…何がだ」
トビー「子供にまるで犯罪者にやるように 引っ張って引きずるんですか…公安官は」
ダステ「そういうものだろう 年齢は関係ない 怪我だけさせないようには多少考えているが 加減するようでは逃げられる 逃げられたらまた同じことをする 泣き叫ばれようと 孤児院に着くまでの話だ 駅で死なれるより 列車に轢かれるより ずっとマシだ」
トビーはまだ不満げな顔だ 間違ってはいないが 思いやりはない 公安官としての彼は 決して優しさを見せようとしなかった
トビー「それは 誰に言われた言葉ですか」
ダステ「…誰にとはどういうことだ」
トビー「どうしていつも 自分の言葉で話してくれないんですか?あなたは誰かに言われた言葉をそのまま喋っているみたいだ」
ダステ「誰かに言われた言葉でも 間違っていないのなら 問題があることじゃないだろう」
トビー「確かにそうです でも 言ってるだけではないんですか あなたの思いは何かこもっているんでしょうか ピレリさんと似ている 表に出て 自分を偽っているあの人も 借り物の言葉を自分の思いを込めずに喋っていた」
あぁ言ってしまったというゼロの顔 トビーも彼女も今までの間思う時は多かった
ギュスターヴは自分の言葉を話さない トビーを励まそうとかける言葉も ピレリを正そうとかけた言葉も 誰かの言葉を 空虚な状態にして 渡してしまっている
話をするのが上手い方ではないにしても 思いやりだとか配慮だとか そういう部分が欠けている時がある
トビー「あなたの仕事に対しては僕からはどうしようもないけれど…もう少しだけ 寄り添うのは いけないんでしょうか」
ダステ「それでは失敗する ダメなんだ 理解しなくていいトビー 鉄道公安官としてすべきことをするだけだ これは私の言葉だぞ」
それだけ言い ギュスターヴは自分の扉の中へ戻っていく
今日はこんな話をする予定ではなかった それでも 言わなければならなかった
トビー「…また赤い文字になりましたね」
ゼロ「別に…彼の考えを変えようとしなくて大丈夫だよトビー…ピレリ以外 最期にならない それにピレリだって 変われなかったから死んだわけじゃ…」
トビー「それだけが理由じゃないんです 本当の思いを伝えてくれればいいのに あの時みたいに…花屋さんにだって…」
ゼロ「その心配はいらないさ 今夜はその日だ」
トビー「その日?」
ゼロ「トビー 君はやっぱり良い子だ こうして誰かの幸せを願い 時に厳しく 酷くも思える言葉も言える 私とは大違いだ」
気づけばゼロはヒューゴの扉の前に移動していた 揺れる赤い文字 物語の最中 誰も入れない時間
ゼロ「大丈夫 いい夜になるよ」
部屋に戻ったギュスターヴは 苛立っていなかった 痛いところをつかれて戸惑うような そんな感覚の方が強かった
誰に言われるより トビーに言われたのがショックだった 彼はただ誰かを傷つけるためにあぁも厳しい口調で言ったりはしない 優しさで言っている 自分を正そうと 指摘してきた
昔ピレリにかけた言葉は 自分の思いからくるものか それとも 公安官として持つべき正義を証明するためか
自分の言葉…
トビーは 思いを伝えるのが大事だと そんなことはわかっている けれど それをしたとして こんな自分を 彼女が好意的に思うかどうかわからない
すっかり日も落ちる時間だった
マキシミリアンを休ませ 下に降りる
END
出会いから10年
1931年 モンパルナス駅
駅の中を歩いていたギュスターヴは 1人の少年を見つける
ボサボサの髪の少年は ベンチの上に誰かが置き忘れた紙袋の中を覗いていた
背後からゆっくり忍び寄る 逃げられないようにマキシミリアンを横から回り込ませる
ダステ「少年」
「うわぁ!」
公安官であるギュスターヴの姿を見て 慌てて逃げ出す少年の前にマキシミリアンが立ち塞がる 前後は無理だと横へ逃げるが ギュスターヴが輪っかにした縄がついたポールを足にかけて引き 捕まえる
胸ぐらを掴み絶対に逃げられないように足の縄も外さない
ダステ「保護者はどこだ!」
「いない!」
ダステ「親はいないのか?」
少しためらった後 首を振る少年
顔を近づけ 睨みつけるギュスターヴ
ダステ「すばらしいな なら孤児院送りだ」
抵抗する少年を引っ張って公安官室へ向かう
こうした浮浪児を捕まえるのも鉄道公安官の仕事だった
彼らは盗みをする 不法に駅に住みつこうとする
子供だろうと許されない
けれど行き先は刑務所にはならない そうした子供たちを治す場所がある それが孤児院だ
親のいない子供がいるべき場所 多くを学べる 1人でも生きていける大人になれる
公安官室についたら 一時的に檻に入れる 鍵をかけてしまえば 誰も出られない
席について電話をかけようとした時 また関節部分が固まった
仕方ないのでメンテナンスをしながら電話をかけることにした それ用にロープで革生地を吊るし足を上げて置けるようにしてある
ダステ「ギュスターヴ・ダステです」
電話の相手はパリ7区警察本部の長年付き合いのあるいつもの警部
「あぁまたか?」
ダステ「はい また孤児です」
「今回は何を?」
ダステ「不法侵入に窃盗…紙袋に手を入れていまして」
ギュスターヴが電話をしている間 檻の前ではマキシミリアンがじっと座って少年を見張っていた 彼はずっとグスグス泣いていた
ダステ「うるさいぞ 静かにしないか!悪いのはお前の手癖なんだぞ!」
そう怒鳴るが子供は余計泣くので ギュスターヴはため息をつく
「…俺に言ったのか?」
ダステ「まさか あなたのことじゃない あなたのことは…尊敬してますから」
「妻の噂を聞いたわけじゃなく…か?」
ダステ「…いえ奥様の噂話など聞いたこともないです!」
受話器を耳に当てたまま話していたので 相手側にも聞こえてしまったのだろう 不機嫌にさせてしまったが どうやら理由はギュスターヴが思っていたものではなかったらしい
「妻が家出したんだ みんなは他に男ができたんじゃないかと」
ダステ「そんなバカな…知りませんでした」
「ううん…そうか」
ダステ「きっと戻りますよ」
「そうだといいんだが……駅に向かう それまで頼むぞ」
ダステ「はい それではお願いします」
電話を切る 途中でメンテナンスの手は止まってしまったので すぐに続きを終える
まだ子供は泣いているが 静かにさせられる気もしないので そのままマキシミリアンに見張らせて 警察の到着を待った
到着後 引き渡すために外へ出る
市警の車の中にはすでに別の場所から連れられてきた浮浪児たちが鉄格子のついた扉の先で悲しそうな顔をしながら座っていた
電話の警部が ギュスターヴの連れてきた少年を逃げられないように一緒に腕を掴む
「こいつが泥棒か…この菓子パン泥棒め 大人しくしろ!」
外へ連れてくるまでの間 一時的につけていた手錠を外し始める
「どうすればいい?」
ダステ「何がです」
「妻の家出だよ」
話をしながらギュスターヴが手錠を外すと その一瞬をついて少年が逃げ出そうとするが すぐに体を掴まれ連れ戻される
「残念だな悪ガキめ…」
少年は車の中へ押し込まれ すぐに扉が閉まり鍵がかけられる ようやく落ち着けた警部はまた会話と続けた
「…妻が妊娠したんだが」
ダステ「あなたの子を?」
「他に誰がいるんだ」
ダステ「いえ 当然…」
「…俺の子だろうか」
警部はポケットからメモを取り出し ギュスターヴに渡した
「見かけたらここに連絡を」
ダステ「…まだ奥様を?」
「あぁ愛しているよ心から」
ダステ「わかりました その時にはすぐ連絡を」
駅を去る車を見送り ギュスターヴも駅の中へ戻った
外には雪が積もっている 寒いわけだ
メモをポケットにしまい 公安官室へ戻る
今日は夕方ごろにトビーと会う約束をしている
日が暮れ始めた時間 休憩の前にもう一度歩いて回っている
その時にすれ違った2人の子供が気になった 2人だけで歩いている 念の為確認しようと呼び止めた
ダステ「そこの2人 待て」
自分たちのことだとすぐに気づいた少年と少女 やはり怪しい こちらに来るように言うと 大人しく近づいてきた
ダステ「保護者はどこだ」
少女「オモチャ屋のパパ・ジョルジュです 私がいるの見たことあるでしょう?イザベラです この子は従兄弟のヒューゴ」
あのオモチャ屋か…と思いヒューゴと呼ばれた少年を見る ヒューゴという名前を聞くと いつも扉の上の題名を思い出す…
そんなことを考えていると マキシミリアンが彼の匂いを嗅ぐ 覚えがあるのかもしれない
少女は彼が間がぬけてトロいから大目に見てあげてほしいと伝えるが マキシミリアンが吠える 何か問題がある 怪しいとマキシミリアンは言っている
しかし問い詰めてみようとすると 少女が飼っている猫が原因かもしれないと言い始めて ずっと喋り続ける 猫の名前を言い それが詩人と同じクリスティーナ・ロセッティという名前だと言い 急にその詩を暗唱し始める
ギュスターヴが戸惑う顔を見せてもお構いなし 駅の中でそこそこ大きな声で詩を暗唱する 迷惑になる やめさせなければ
ダステ「もういい 知っている その…クリス…クリスティーナ…」
少女「…ロセッティ」
ダステ「そう好きな詩人だ ロセッティ よく知ってるからもういい 詩は良いが駅には不釣り合いだ わかるな?」
少女は頷く
ダステ「ここは汽車の乗り降りに来る場所 もしくは働きに来る場所 いいな」
少女「はい」
ダステ「足元に気をつけるんだぞ…ほら 行ってよし」
言われた2人は振り向き また歩いて行った
オモチャ屋の主人には 子供たちだけで駅の中を歩かせるのはできるだけ控えるよう言うべきかどうか 考えながら彼もマキシミリアンと歩き出した
見回りを終えたギュスターヴは公安官室に戻り
壁を抜ける
椅子にはトビーが座っていたが 熱心に何か読んでいる そのため先にギュスターヴに気づいたのは隣でその様子を眺めていたゼロだった
ゼロ「やぁギュスターヴ」
ダステ「…トビーはどうした」
ゼロ「今真剣に手紙の返事読んでる」
あぁあの と思いながら 側に行く 嬉しそうな顔だ
ゼロ「今日は仕事…何してた?」
ダステ「昼頃浮浪児を1人捕まえて孤児院に送った ぐらいだな…他にもそれらしき子供はいたが 違うようだった」
トビー「孤児を?」
トビーが手紙を読むのをやめてギュスターヴの方を見ていた 先ほどとは違い 少し暗い顔になっていた
孤児院と聞くと 昔を思い出すのだろうか 彼も数年だけとはいえ孤児院にいた
ダステ「あぁ盗みをしようとしていたところを捕まえた 浮浪児というのは非常に困ったもので…逃げようとしていて抵抗された 引きずるか引っ張るかして運ばないといけない面倒な子供だった」
トビー「…でもあんな場所に送られるのを嫌がる気持ちはわかりますよ」
ダステ「君の時代より よくなってきている あそこはいろんなことが学べるんだぞ?」
およそ50年以上前の孤児院よりは改善されつつあるが それでも誰もが喜んでいくかどうかは…
だがトビーからしたら孤児院というのは子供が死ななければいいという対応をされるものだと認識していた 満足にご飯を食べれたことはないし 学べたことなどわずかだ
トビー「学んだことなんて 空腹や恐怖心から眠れない夜にはジンがいいとか 大人なんて信頼ならないことぐらい 良いことなんて教えてくれやしない 今ようやく 正しいことをリドルフォから教われたから良かったけれど」
今日の仕事を聞いたばかりに不穏な空気になってしまったので ゼロが狼狽えているが2人はお構いなしだった
ダステ「孤児院がなければ 浮浪児が増えるだけだ 生きるには盗むしかない連中が…子供の頃から生きることを理由に犯罪を犯す そのまま放っておいたら 大人になった時に壊れた感覚のままでいることになる 最高の環境かと言われれば そうではないかもしれないが 生きていくために必要なことは学べる 治せるんだ」
トビー「孤児にそんな態度を取れと 教わるんですか」
ダステ「…何がだ」
トビー「子供にまるで犯罪者にやるように 引っ張って引きずるんですか…公安官は」
ダステ「そういうものだろう 年齢は関係ない 怪我だけさせないようには多少考えているが 加減するようでは逃げられる 逃げられたらまた同じことをする 泣き叫ばれようと 孤児院に着くまでの話だ 駅で死なれるより 列車に轢かれるより ずっとマシだ」
トビーはまだ不満げな顔だ 間違ってはいないが 思いやりはない 公安官としての彼は 決して優しさを見せようとしなかった
トビー「それは 誰に言われた言葉ですか」
ダステ「…誰にとはどういうことだ」
トビー「どうしていつも 自分の言葉で話してくれないんですか?あなたは誰かに言われた言葉をそのまま喋っているみたいだ」
ダステ「誰かに言われた言葉でも 間違っていないのなら 問題があることじゃないだろう」
トビー「確かにそうです でも 言ってるだけではないんですか あなたの思いは何かこもっているんでしょうか ピレリさんと似ている 表に出て 自分を偽っているあの人も 借り物の言葉を自分の思いを込めずに喋っていた」
あぁ言ってしまったというゼロの顔 トビーも彼女も今までの間思う時は多かった
ギュスターヴは自分の言葉を話さない トビーを励まそうとかける言葉も ピレリを正そうとかけた言葉も 誰かの言葉を 空虚な状態にして 渡してしまっている
話をするのが上手い方ではないにしても 思いやりだとか配慮だとか そういう部分が欠けている時がある
トビー「あなたの仕事に対しては僕からはどうしようもないけれど…もう少しだけ 寄り添うのは いけないんでしょうか」
ダステ「それでは失敗する ダメなんだ 理解しなくていいトビー 鉄道公安官としてすべきことをするだけだ これは私の言葉だぞ」
それだけ言い ギュスターヴは自分の扉の中へ戻っていく
今日はこんな話をする予定ではなかった それでも 言わなければならなかった
トビー「…また赤い文字になりましたね」
ゼロ「別に…彼の考えを変えようとしなくて大丈夫だよトビー…ピレリ以外 最期にならない それにピレリだって 変われなかったから死んだわけじゃ…」
トビー「それだけが理由じゃないんです 本当の思いを伝えてくれればいいのに あの時みたいに…花屋さんにだって…」
ゼロ「その心配はいらないさ 今夜はその日だ」
トビー「その日?」
ゼロ「トビー 君はやっぱり良い子だ こうして誰かの幸せを願い 時に厳しく 酷くも思える言葉も言える 私とは大違いだ」
気づけばゼロはヒューゴの扉の前に移動していた 揺れる赤い文字 物語の最中 誰も入れない時間
ゼロ「大丈夫 いい夜になるよ」
部屋に戻ったギュスターヴは 苛立っていなかった 痛いところをつかれて戸惑うような そんな感覚の方が強かった
誰に言われるより トビーに言われたのがショックだった 彼はただ誰かを傷つけるためにあぁも厳しい口調で言ったりはしない 優しさで言っている 自分を正そうと 指摘してきた
昔ピレリにかけた言葉は 自分の思いからくるものか それとも 公安官として持つべき正義を証明するためか
自分の言葉…
トビーは 思いを伝えるのが大事だと そんなことはわかっている けれど それをしたとして こんな自分を 彼女が好意的に思うかどうかわからない
すっかり日も落ちる時間だった
マキシミリアンを休ませ 下に降りる
END