第三章 ギュスターヴ・ダステ
始まりの朝
出会いから10年
1931年 モンパルナス駅
いつも通りの朝 全て準備を済ませ マキシミリアンと駅の中を歩いて回る
厳しい表情で目を光らせる鉄道公安官の姿は非常に威圧的だった 少なくとも駅を歩く1人の少年にとってはそうだった
朝7時の駅はすでに大勢の人で賑わっていた
カフェの前にいたギュスターヴたちだが大勢の人の話し声も聞こえる中でマキシミリアンは問題が起きた声を聞いてサッと立ち上がる
ギュスターヴもその異常を察知し 駆けつけようと今すぐにでも走り出したいマキシミリアンにちゃんと声をかけてからリードを外した
主人から命じられたマキシミリアンはツルツルと滑る構内の床に耐えながら走り 声のした方へ向かう
ダステ「すみません!開けてください!」
人の多い駅の中を走るのは 片足を振るように走るしかないギュスターヴにとって少し難儀なことではあったが マキシミリアンが先行することで驚いた人々は道を開ける
おかげでなんとか走って進める上に マキシミリアンがどこを通ったかもわかりやすかった
朝からこうして騒がしいのは 別段珍しいことでもなかった
マキシミリアンがたどり着いた先はおもちゃ屋 その前にいた少年がマキシミリアンを見て逃げ出す 当然マキシミリアンは後を追いかける
そしてギュスターヴもその姿を捉える
子供が1人 マキシミリアンから逃げている 孤児が盗みを働いたか それともただのいたずらっ子が保護者から離れて騒ぎを起こしたか 確かめるためにまずは捕まえなければならない
駅の中を少年を追いかけて走り回る
途中カフェの中に入り込んだ彼を追いかけた結果 楽団の楽器にぶつかり 楽器に足を突っ込んで壊してしまったりしながらも 追いかけるしかない
しかししばらく追いかけたが マキシミリアンもギュスターヴも少年を見失ってしまう
到着した列車の横を歩きながら探すが 見つからない
ダステ「くそっ…」
悔しがっていたその時 ちょうど列車の進行方向に振り向いたので背後で乗務員が列車の扉を開けたのに全く気づかなかったギュスターヴの左足の補装具は扉に引っ掛かり そのまま引きずられてしまう
なんとか停車した後に 乗務員の手を借りて外した後 バツの悪い顔をしながらお礼を言い すぐに業務に戻った
ダステ「はぁ…嫌な朝だ」
主人が列車に引きずられる様子を横で大人しく見ていたマキシミリアンは 戻ってきた彼に駆け寄る
またリードをつけて 駅の中を見回る 先ほどの少年がいないか より注視して
カフェの前を通った時 花屋の方を見る
時々挨拶はしていた ほんの少しの会話をするうちに 名前を呼んで挨拶するようになった
駅の中で働く人同士のコミュニケーション止まり 友人とも呼べず 距離はそれ以上縮まらない
そもそも こちらは名前で呼んでいるが よく考えてみると 自分は名乗った覚えがない リゼットは 公安官さん と呼ぶ
もちろんこの駅の公安官であるのに間違いはない しかし基本名前で呼ばれるギュスターヴからすると やはり距離が縮まっていないのだと思う要因だった
ただ名乗るタイミングはすでに見失っている 理由は違うが ピレリの感じた急に改めて名乗る難しさを理解した
やはり今日は嫌な朝だ 失敗した上に嫌な考えを巡らせる 何か明るいことを考えなければ いつも言われてきた
仕事をすればいい 駅の安全を 平穏を 人々が安心して利用できるように それしか
それしか…
ダステ「…マダム・エミーユ」
エミーユ「どうしたの?」
ダステ「先ほどはお騒がせしてすみません」
エミーユ「大丈夫よ あなたの仕事だもの」
大丈夫…その言葉をもらいたくて 話しかけてしまったのかもしれない
その日はそれ以外の騒ぎは起きず 仕事を終えられた
次の日の朝 集会所を覗いてみると トビーがいた
トビー「ギュスターヴ!おはようございます」
ダステ「おはよう ゼロはいないんだな」
トビー「さっきまでいたんですけれど 今日は別でやることがあるみたいで…」
ダステ「そうか」
トビーが何か手紙を書いている 難しい顔をしているので どんな内容かと思い 側に行く
トビー「…気になります?」
ダステ「そんな顔してたらな 誰に送るんだ?」
トビー「いえその!常連さんのお嬢さんに…えっと…ラブレターを」
ダステ「ラブレター!」
トビー「…ゼロにアドバイスもらおうかなぁと思ってきたんです」
照れながらトビーはまたペンを握る
ずいぶん大人になった彼だが こういった話を聞くのは初めてだった
トビー「最初は声をかけても長く会話できなくて でも 何回か話しかけるうちに 仲良くなれてきたんです それに彼女も僕のこと…なので手紙でも思いを…伝えれたらなぁって」
ダステ「…そうか」
トビー「そういえば ギュスターヴも花屋さんに…」
そこまで言ったところでギュスターヴの表情を見たが どうやら進展はないらしいと察したトビーは 気まずい表情で言葉を切った
トビー「…その…伝えることって 大事 ですよ 自分に自信を持って 前を 向くんです」
ダステ「…タイミングが わかりさえしたらな」
トビー「ギュスターヴなら大丈夫ですよ 素敵な人ですから」
ダステ「…君が言うなら」
そう思えたことなど 一度もない
トビーに対して 笑いかけることすらできない もう そんな顔の作り方は忘れてしまった
それでも いいのだろうか
朝 カフェへ向かう前 彼は緊張していた
今日こそリゼットに話しかけて 会話らしい会話をしよう 詳しくはないが 花の話とか…彼女に質問をしてみよう トビーが言う通りに
そう考えながら下へ向かう
降りた後 ひとまず時計を確認する そわそわしてグッと腕を横に振り 体を伸ばす
何か人の気配を感じて振り向くが 柱のあたりには誰もいない 勘違いかと思ってまた前を向くと ちょうとリゼットが花を運んできたところだった
花を売り 運んできた花を飾る たくさんの花々 美しい彼女
帽子の位置を確認する 袖はちゃんと伸びてるだろうか ゆっくりと歩く 袖 時計 裾 気になってきて 確認する
彼女の後ろ姿 目が離せない 綺麗な花々………
キィッという嫌な金属音
足が止まる 確認すると関節部分がうまく曲がっていなかった 手で押し込んで直す
もう一度 彼女の方を見る
だめだ
そう思い 踵を返す
この音が鳴るたび思い出す これはただ補装具があげる音ではないように思えてくる
自分の中の 軋む音
思い出させる 彼女と自分は違う 近づいていいはずがない 触れられない 彼女は輝く場所にいる
それでも憧れてしまう
ギュスターヴにとって その足はずっとコンプレックスだった 誇れない理由 自信を失う理由 動かなくなった左足は ギュスターヴ自身のようだった
すでにギュスターヴがトビーに伝えたように 彼は何年か前 戦地にいた
世界大戦と呼ばれていたその戦争 それは多くを奪った 元々 何も持っていなかったようなギュスターヴからも 奪い去った
傷は今なお 癒えることはない きっとこの先もずっと
補装具のメンテナンスはいつもしている 油も差しているが いよいよ意味がなくなってきた
予備含め全部が元々キィキィ音がするのが気になってしかたなかった ここにあるぞと主張する補装具に苛立っていたが はめないわけにもいかない
最初は音が鳴るたび 視線を集めている気がして 集中できなかった
慣れても 音は嫌いだった 動かない足に 注目を集めている気が する ダメだ
役に立たなければ ちゃんとやれると 足は関係ないと思われなければ
…暗い夜の闇
私は何のために産まれたのだろう
ダメだ
大きな爆発音 悲鳴 土煙
…ダメだ
窓から見える 町の景色 図書室 分厚い本 題名は…
なぜ生きている?
まだ暗い室内 ベッドの上で目を覚ましたギュスターヴは 心臓がうるさいのを感じた
静かな部屋はいつもの公安官室
ここ最近見なかった悪夢を また見た
嫌な汗をかく マキシミリアンは眠そうに顔を上げ 起きた主人の姿を確認しようとする
ダステ「…水を飲むだけだ 寝ていていいぞマキシミリアン」
マキシミリアン用のベッドから移動して なぜかギュスターヴのベッド横で丸くなっていたのだが 寝起きだったので気づいていなかった
簡単にはめられる補装具をつけ 水を飲む
…どのみち一生 治らない
END
出会いから10年
1931年 モンパルナス駅
いつも通りの朝 全て準備を済ませ マキシミリアンと駅の中を歩いて回る
厳しい表情で目を光らせる鉄道公安官の姿は非常に威圧的だった 少なくとも駅を歩く1人の少年にとってはそうだった
朝7時の駅はすでに大勢の人で賑わっていた
カフェの前にいたギュスターヴたちだが大勢の人の話し声も聞こえる中でマキシミリアンは問題が起きた声を聞いてサッと立ち上がる
ギュスターヴもその異常を察知し 駆けつけようと今すぐにでも走り出したいマキシミリアンにちゃんと声をかけてからリードを外した
主人から命じられたマキシミリアンはツルツルと滑る構内の床に耐えながら走り 声のした方へ向かう
ダステ「すみません!開けてください!」
人の多い駅の中を走るのは 片足を振るように走るしかないギュスターヴにとって少し難儀なことではあったが マキシミリアンが先行することで驚いた人々は道を開ける
おかげでなんとか走って進める上に マキシミリアンがどこを通ったかもわかりやすかった
朝からこうして騒がしいのは 別段珍しいことでもなかった
マキシミリアンがたどり着いた先はおもちゃ屋 その前にいた少年がマキシミリアンを見て逃げ出す 当然マキシミリアンは後を追いかける
そしてギュスターヴもその姿を捉える
子供が1人 マキシミリアンから逃げている 孤児が盗みを働いたか それともただのいたずらっ子が保護者から離れて騒ぎを起こしたか 確かめるためにまずは捕まえなければならない
駅の中を少年を追いかけて走り回る
途中カフェの中に入り込んだ彼を追いかけた結果 楽団の楽器にぶつかり 楽器に足を突っ込んで壊してしまったりしながらも 追いかけるしかない
しかししばらく追いかけたが マキシミリアンもギュスターヴも少年を見失ってしまう
到着した列車の横を歩きながら探すが 見つからない
ダステ「くそっ…」
悔しがっていたその時 ちょうど列車の進行方向に振り向いたので背後で乗務員が列車の扉を開けたのに全く気づかなかったギュスターヴの左足の補装具は扉に引っ掛かり そのまま引きずられてしまう
なんとか停車した後に 乗務員の手を借りて外した後 バツの悪い顔をしながらお礼を言い すぐに業務に戻った
ダステ「はぁ…嫌な朝だ」
主人が列車に引きずられる様子を横で大人しく見ていたマキシミリアンは 戻ってきた彼に駆け寄る
またリードをつけて 駅の中を見回る 先ほどの少年がいないか より注視して
カフェの前を通った時 花屋の方を見る
時々挨拶はしていた ほんの少しの会話をするうちに 名前を呼んで挨拶するようになった
駅の中で働く人同士のコミュニケーション止まり 友人とも呼べず 距離はそれ以上縮まらない
そもそも こちらは名前で呼んでいるが よく考えてみると 自分は名乗った覚えがない リゼットは 公安官さん と呼ぶ
もちろんこの駅の公安官であるのに間違いはない しかし基本名前で呼ばれるギュスターヴからすると やはり距離が縮まっていないのだと思う要因だった
ただ名乗るタイミングはすでに見失っている 理由は違うが ピレリの感じた急に改めて名乗る難しさを理解した
やはり今日は嫌な朝だ 失敗した上に嫌な考えを巡らせる 何か明るいことを考えなければ いつも言われてきた
仕事をすればいい 駅の安全を 平穏を 人々が安心して利用できるように それしか
それしか…
ダステ「…マダム・エミーユ」
エミーユ「どうしたの?」
ダステ「先ほどはお騒がせしてすみません」
エミーユ「大丈夫よ あなたの仕事だもの」
大丈夫…その言葉をもらいたくて 話しかけてしまったのかもしれない
その日はそれ以外の騒ぎは起きず 仕事を終えられた
次の日の朝 集会所を覗いてみると トビーがいた
トビー「ギュスターヴ!おはようございます」
ダステ「おはよう ゼロはいないんだな」
トビー「さっきまでいたんですけれど 今日は別でやることがあるみたいで…」
ダステ「そうか」
トビーが何か手紙を書いている 難しい顔をしているので どんな内容かと思い 側に行く
トビー「…気になります?」
ダステ「そんな顔してたらな 誰に送るんだ?」
トビー「いえその!常連さんのお嬢さんに…えっと…ラブレターを」
ダステ「ラブレター!」
トビー「…ゼロにアドバイスもらおうかなぁと思ってきたんです」
照れながらトビーはまたペンを握る
ずいぶん大人になった彼だが こういった話を聞くのは初めてだった
トビー「最初は声をかけても長く会話できなくて でも 何回か話しかけるうちに 仲良くなれてきたんです それに彼女も僕のこと…なので手紙でも思いを…伝えれたらなぁって」
ダステ「…そうか」
トビー「そういえば ギュスターヴも花屋さんに…」
そこまで言ったところでギュスターヴの表情を見たが どうやら進展はないらしいと察したトビーは 気まずい表情で言葉を切った
トビー「…その…伝えることって 大事 ですよ 自分に自信を持って 前を 向くんです」
ダステ「…タイミングが わかりさえしたらな」
トビー「ギュスターヴなら大丈夫ですよ 素敵な人ですから」
ダステ「…君が言うなら」
そう思えたことなど 一度もない
トビーに対して 笑いかけることすらできない もう そんな顔の作り方は忘れてしまった
それでも いいのだろうか
朝 カフェへ向かう前 彼は緊張していた
今日こそリゼットに話しかけて 会話らしい会話をしよう 詳しくはないが 花の話とか…彼女に質問をしてみよう トビーが言う通りに
そう考えながら下へ向かう
降りた後 ひとまず時計を確認する そわそわしてグッと腕を横に振り 体を伸ばす
何か人の気配を感じて振り向くが 柱のあたりには誰もいない 勘違いかと思ってまた前を向くと ちょうとリゼットが花を運んできたところだった
花を売り 運んできた花を飾る たくさんの花々 美しい彼女
帽子の位置を確認する 袖はちゃんと伸びてるだろうか ゆっくりと歩く 袖 時計 裾 気になってきて 確認する
彼女の後ろ姿 目が離せない 綺麗な花々………
キィッという嫌な金属音
足が止まる 確認すると関節部分がうまく曲がっていなかった 手で押し込んで直す
もう一度 彼女の方を見る
だめだ
そう思い 踵を返す
この音が鳴るたび思い出す これはただ補装具があげる音ではないように思えてくる
自分の中の 軋む音
思い出させる 彼女と自分は違う 近づいていいはずがない 触れられない 彼女は輝く場所にいる
それでも憧れてしまう
ギュスターヴにとって その足はずっとコンプレックスだった 誇れない理由 自信を失う理由 動かなくなった左足は ギュスターヴ自身のようだった
すでにギュスターヴがトビーに伝えたように 彼は何年か前 戦地にいた
世界大戦と呼ばれていたその戦争 それは多くを奪った 元々 何も持っていなかったようなギュスターヴからも 奪い去った
傷は今なお 癒えることはない きっとこの先もずっと
補装具のメンテナンスはいつもしている 油も差しているが いよいよ意味がなくなってきた
予備含め全部が元々キィキィ音がするのが気になってしかたなかった ここにあるぞと主張する補装具に苛立っていたが はめないわけにもいかない
最初は音が鳴るたび 視線を集めている気がして 集中できなかった
慣れても 音は嫌いだった 動かない足に 注目を集めている気が する ダメだ
役に立たなければ ちゃんとやれると 足は関係ないと思われなければ
…暗い夜の闇
私は何のために産まれたのだろう
ダメだ
大きな爆発音 悲鳴 土煙
…ダメだ
窓から見える 町の景色 図書室 分厚い本 題名は…
なぜ生きている?
まだ暗い室内 ベッドの上で目を覚ましたギュスターヴは 心臓がうるさいのを感じた
静かな部屋はいつもの公安官室
ここ最近見なかった悪夢を また見た
嫌な汗をかく マキシミリアンは眠そうに顔を上げ 起きた主人の姿を確認しようとする
ダステ「…水を飲むだけだ 寝ていていいぞマキシミリアン」
マキシミリアン用のベッドから移動して なぜかギュスターヴのベッド横で丸くなっていたのだが 寝起きだったので気づいていなかった
簡単にはめられる補装具をつけ 水を飲む
…どのみち一生 治らない
END