第三章 ギュスターヴ・ダステ
時間の庭園
出会いから7年
近頃あった出来事 といえば トビーがなぜ全員ファーストネームで呼び合っていないのかという質問をし 特に理由なく 最初からそうであったことを思いつつ その日からファーストネームであったり 省略されたニックネームで呼び合うようになった
そうして より親しいような感じになっていった彼らは 今日もまた集会所にいた
トビー「タイムはあんまり来ないんですね」
ダステ「そうだな…忙しいんだろう」
タイムの城に入っていいことは聞かされていたトビーは 朝の時間ギュスターヴと話したあと タイムを探しに城へ向かった
リドルフォは元の店の様子を見に行っていて 明日まで帰らないので トビーは暇だった
城の中を歩き回る タイムさえ見つければ 迷子になっても集会所へ戻れるだろうと考え とにかく前へ進む
生者の部屋死者の部屋…大時計とその中を覗き込む
扉のついた場所は 広い城内だがそこまでなく 斜塔がそびえ立つばかりの空間であるとは聞いていたが 本当に扉は少ない
上へ下へと進みながらタイムを探す
すると 小さな何かがこちらを見て 驚いたあと 駆け寄って来た
「どなたさまですか?」
金属でできた人形が喋っているように見えた
喋る機械人形は執事のような格好をしており 口の上部分はヒゲのような形の部品がついており連動する
動きは人間のようで タイムよりも機械そのままの存在がいるとは 知らなかった
トビー「トビアスです タイムはどこにいますか?」
「ご主人様でしたら 今は庭園の方に…」
トビー「ありがとう!それで庭園はどっち?」
「案内しますよ」
小さな機械人形と一緒に歩く
城内の下の方へ向かっていくと 城をぼんやりと照らす不思議な光も届きにくくなるのか 段々薄暗くなっていく
そのまましばらくそのフロアを歩くと 生者の部屋や死者の部屋のように鉄柵の門のついた部屋の入り口に案内される
壁の向こう側には見た目の奥行きよりも大きな空間が広がっている 夜に青白い月明かりに照らされたような光が見える
案内を終え その場から去ろうとする彼をトビーは引き留めた
トビー「あの 名前…なんて言うの?」
「私ですか?ウィルキンズです」
トビー「ありがとうウィルキンズ 君はタイムの執事?」
ウィル「そんなところですね では私はまだ仕事があるので」
そう言って一礼して忙しそうに駆け出した
トビー「…庭園かぁ」
中は夜のようで ランタンの灯りが揺れる
この光はどこから入って来ているのか 上を見る
入り口は暖かな色だったランタンの光も 奥へ進むと段々と見たことのない青っぽい光に変わる
これはこの不思議の国特有のものなのだろうか
温室庭園の景色が広がっている
見たことのない美しい花々 月明かりに照らされ 中にはぼんやりと小さな光を放つ花もある
幻想的な風景だった こんな場所は今まで見たことがなかった
噴水の音がする方へ向かってみる 静かなその場所では 水の音がよく聞こえてきた
ここは自然と落ち着く場所だった 想像の力が働く集会所とはまた違った
アーチをくぐり 噴水に近づく 揺れる水面を眺めていると トビーの顔が揺れる横にタイムの姿が映る
それに気づき振り向くと いつの間にか隣にタイムがいた
タイム「どうした」
トビー「いえ ただお城の中を見ていて…」
タイム「よくここまで来れたな 遠かったろう」
トビー「ウィルキンズに案内してもらいました あなたの居場所を 教えてもらったんです」
そうか とタイムは言い そのまま温室の外へ向かった ついていくと まだそこは庭園空間の中だが外で…室内なのに 外の部分があるのが少し不思議だったが そこは確かに外だった
数段の階段を降り 振り返ると 温室の外観がある 反対側は城なので この空間側だけにこの建物の外観が存在しているようだ
外にも庭園は広がり 温室庭園とはまた違う顔を見せる
奥には小さな森があり 木々と花々が揺れる様子は同じだった
庭園にあるガゼボの中にタイムが入ったのでトビーはその後を追った
天井を見る 空にしか見えないが 室内…なんだとは思う
トビー「すごく綺麗ですね…お城の中にこんな場所が…」
タイム「…普段無機質なものにばかり囲まれているから 時々自然に触れたくなる 保護の目的もあるがな」
ガゼボの中に置かれた机の上に 植木鉢が3つ 椅子の上に置いてあった土を取り出し 中に入れる
道具箱の中から水の入った小さなジョウロと種の入った袋を取り出す
トビー「花ですか?」
タイム「薔薇だ」
種を植え 水をかける それを3つ分
その後時計を取り出し 植木鉢の横に置く
トビーが不思議そうにしていると その時計の上に手をかざす
すると時計の針が勢いよく回り始め 一気に日が昇り 沈み また昇る 驚いてあたりを見回す 他の植物に動きはないが 植木鉢からは芽が出て ぐんぐん大きくなり いつの間にか立派な枝 そして綺麗な紫の薔薇が咲いた
タイム「ほら 薔薇だろう?」
トビー「え い…今何が」
タイム「時間を進めて成長させた わかりやすく空の時間と時計を動かしてやっただろう」
そんな あれを動かしてこれはそのままで なんて時間の進め方…と思ったが 相手は時間そのもの 彼ができるといったら 誰も否定できない 時間自身がそう言っているのだから…
トビー「…綺麗な薔薇ですね」
なのでそれ以上 時間を進めた能力については質問しない 何を聞いても そもそも常識が違う世界の住民同士では 会話は成り立たないことが多々あるので 仕方ない
タイムは一部分の時空を歪めることなど造作もない 胸の時計を使えば 全ての時間を操れる
そういう存在 原理の説明なんかできない
トビーはタイムの力の強さを恐れてはいなかった 理解できないことは恐怖を生むことがあるが トビーの場合はできるだけ関心を持たないことで距離を置いていた 想造も時間も わけがわからない部分が多い
庭園はまた夜に戻り タイムは育てた薔薇を植えるためにガゼボを出ていく
タイム「好きに見て回ればいい 集会所までは私が案内しよう」
トビー「ありがとうございます」
そう言われたトビーはぐるっと一周回ってみることにした 見たことのある植物も多くあったが 目を引いたのは不思議な花々
少し離れた場所からタイムの作業を見ると 薔薇の時間だけ進めたのか また一気に大きくなり より大輪の花を咲かせ 一部は種がなるまで成長させきり 回収していた
時間を進める以外の力が働かなければ植物は育たない気がするが 野暮な考えなのかもしれない
また進み 一通り満足してまた温室の噴水に戻ると 外からタイムが戻ってきた
タイム「もう見終わったのか?」
トビー「はい こんな場所に来るのは初めてなので とても楽しかったです!」
タイムが少し口元を緩める トビーがそれに気づくが すぐにいつもの顔に戻ってしまう
タイムはまだ集会所の誰にも心を開いていないように感じられた
もちろん過ごした時間の長さが違うというのはあるが そもそもタイムが彼らと仲良くなろうという気があまりないのは ゼロも承知していた
トビーは初めての友達のことをもっと知りたかったし 仲良くなりたかった
近況は話すが 過去の話は一切しない 昔こうだったとか そういう会話は意図的に避けられている したいわけではないが なぜなのかというのが少し気になる
自分は全部話してしまっているから 今更なのだが もしかしたら集会所に来ている全員の共通点なのかもしれない
ただほんの少し 距離が近づけたのかもしれないと思えるだけで嬉しかった
タイム「そろそろ戻ろう 今日はゼロと会う約束もあることだしな」
そう言ったタイムについていき 今度は彼と城を歩く
城の中は確かに無機質だとは思う 遠くから機械の動く音が低く響く時があるが 基本静かで 道があるばかりで 上を見ると遠くにも通路があり 下を覗くと そこのない闇が広がるところがあって 少しゾッとする
寂しい場所 というのが最初の印象だった
全体的に青い光で照らされ 暗くはないのだが 気分が明るくなる色ではない ただ 寒色ながら穏やかさは感じる
タイムが動くたび 歯車が動く音がする その音が結構好きだ
集会所へ戻る途中 ウィルキンズとばったり会った 彼と一緒に同じくらいのサイズの機械人形たりがいた 彼らは人型に限らず 油差しのような形の個体もいた
ウィル「ご主人様」
タイム「調子はどうだった」
ウィル「万全です いつも通りきっかりと」
トビー「他にもたくさん機械人形がいるんだね」
トビーはウィルキンズの隣にいた油差し型の機械に近づく 彼は嬉しそうに跳ねる
タイム「そいつらはセカンズ 1秒2秒の…“秒”だ」
トビー「秒…」
この小さい彼らが 秒
小さいが とてもすごい存在のようだった
チクと小さな声で鳴く ウィルキンズとは違い 彼らはチクとかタクしか言えないようだった それは 彼らが時計の上ではその音を出す…秒だからなのだろうか
じゃあウィルキンズって…?
小さな彼らと別れ タイムは足早に集会所へ向かう ゼロとの約束の時間が迫っているのかもしれない
こういう時は律儀に急ぐのだなぁと思いながら後をついていく
集会所に到着すると すでにゼロは来ていた テンプスも一緒にいる タイムが一瞬嫌そうな顔をしたのを彼は見逃さなかった
テンプス「どういうつもりだタイム…」
タイム「なんの話だ」
不機嫌になるテンプスだがゼロがギロリと…まさに睨みを効かせると 不満げだが黙った
ゼロ「トビー 城に行ってたんだね」
トビー「タイムの庭園を見せてもらいました」
ゼロ「庭園…あぁあの いいよねぇあそこ」
テンプス「主が作った庭園の方が美しいですよ!」
ゼロ「別に比べてないから…それぞれの良さだから…」
…同日 朝のモンパルナス駅
ダステ「おはようございますマダム・エミーユ」
エミーユ「おはようギュスターヴ」
いつも通りの朝 コーヒーを飲みながら 花を並べる彼女を チラッと見る
列車の煙 人々の声…彼の朝の風景に たくさんの花々が加わって1年経とうとしていた
生まれてこのかた恋などしたことのなかったギュスターヴは どうしたらいいのか 何もわからないでいた
彼は彼女にまだ一度も声をかけたことはなかった
毎朝のルート上で彼女には会わない あとはもう少し離れたところでチラッとその姿が目に映るか 前を通り過ぎるだけ
勇敢なギュスターヴもこればかりはできないようだった
そうしているギュスターヴを側で見ているエミーユ夫人は 今朝前触れなく彼に言った
エミーユ「彼女の名前 リゼットというそうよ」
ダステ「…マダム・エミーユ?」
エミーユ「ギュスターヴ 声を掛ければいいのよ マドモワゼルおはようと それだけだっていいじゃない」
ダステ「…けれど」
エミーユ「挨拶くらい いつもしているじゃない 行ってきなさい 公安官として挨拶することぐらい普通よ?」
マダム・エミーユはいつもギュスターヴの背中を押してくれる アドバイスを受けたからには やって見せなければ 勇気を持って歩き始める そう 今から仕事に向かうだけ ただその前に ちょっと入り口の様子を見に行くだけ
その道中 すれ違う彼女に 朝の挨拶をするだけ
今上でまだあくびをしているかもしれないマキシミリアンを 側に置いておければまだマシだったかもしれないと思いつつ
焦るあまり足の動かし方を忘れる前に歩き出す
リゼットは後ろを向いていて ギュスターヴが横を通る時 ようやくギュスターヴの方を見て 気づいた
リゼット「おはようございます公安官さん」
ダステ「お…はようございますマドモワゼル」
その後 いい朝ですねなど会話を続けようか すれ違う一瞬で悩んだが その一言が口から出てこなかったので 諦めて目線を前に戻し 歩き続ける
リゼットはまた 店の準備を進めた
それを見ていたエミーユ夫人は 先は長そうねと呆れながらだが微笑んだ
END
出会いから7年
近頃あった出来事 といえば トビーがなぜ全員ファーストネームで呼び合っていないのかという質問をし 特に理由なく 最初からそうであったことを思いつつ その日からファーストネームであったり 省略されたニックネームで呼び合うようになった
そうして より親しいような感じになっていった彼らは 今日もまた集会所にいた
トビー「タイムはあんまり来ないんですね」
ダステ「そうだな…忙しいんだろう」
タイムの城に入っていいことは聞かされていたトビーは 朝の時間ギュスターヴと話したあと タイムを探しに城へ向かった
リドルフォは元の店の様子を見に行っていて 明日まで帰らないので トビーは暇だった
城の中を歩き回る タイムさえ見つければ 迷子になっても集会所へ戻れるだろうと考え とにかく前へ進む
生者の部屋死者の部屋…大時計とその中を覗き込む
扉のついた場所は 広い城内だがそこまでなく 斜塔がそびえ立つばかりの空間であるとは聞いていたが 本当に扉は少ない
上へ下へと進みながらタイムを探す
すると 小さな何かがこちらを見て 驚いたあと 駆け寄って来た
「どなたさまですか?」
金属でできた人形が喋っているように見えた
喋る機械人形は執事のような格好をしており 口の上部分はヒゲのような形の部品がついており連動する
動きは人間のようで タイムよりも機械そのままの存在がいるとは 知らなかった
トビー「トビアスです タイムはどこにいますか?」
「ご主人様でしたら 今は庭園の方に…」
トビー「ありがとう!それで庭園はどっち?」
「案内しますよ」
小さな機械人形と一緒に歩く
城内の下の方へ向かっていくと 城をぼんやりと照らす不思議な光も届きにくくなるのか 段々薄暗くなっていく
そのまましばらくそのフロアを歩くと 生者の部屋や死者の部屋のように鉄柵の門のついた部屋の入り口に案内される
壁の向こう側には見た目の奥行きよりも大きな空間が広がっている 夜に青白い月明かりに照らされたような光が見える
案内を終え その場から去ろうとする彼をトビーは引き留めた
トビー「あの 名前…なんて言うの?」
「私ですか?ウィルキンズです」
トビー「ありがとうウィルキンズ 君はタイムの執事?」
ウィル「そんなところですね では私はまだ仕事があるので」
そう言って一礼して忙しそうに駆け出した
トビー「…庭園かぁ」
中は夜のようで ランタンの灯りが揺れる
この光はどこから入って来ているのか 上を見る
入り口は暖かな色だったランタンの光も 奥へ進むと段々と見たことのない青っぽい光に変わる
これはこの不思議の国特有のものなのだろうか
温室庭園の景色が広がっている
見たことのない美しい花々 月明かりに照らされ 中にはぼんやりと小さな光を放つ花もある
幻想的な風景だった こんな場所は今まで見たことがなかった
噴水の音がする方へ向かってみる 静かなその場所では 水の音がよく聞こえてきた
ここは自然と落ち着く場所だった 想像の力が働く集会所とはまた違った
アーチをくぐり 噴水に近づく 揺れる水面を眺めていると トビーの顔が揺れる横にタイムの姿が映る
それに気づき振り向くと いつの間にか隣にタイムがいた
タイム「どうした」
トビー「いえ ただお城の中を見ていて…」
タイム「よくここまで来れたな 遠かったろう」
トビー「ウィルキンズに案内してもらいました あなたの居場所を 教えてもらったんです」
そうか とタイムは言い そのまま温室の外へ向かった ついていくと まだそこは庭園空間の中だが外で…室内なのに 外の部分があるのが少し不思議だったが そこは確かに外だった
数段の階段を降り 振り返ると 温室の外観がある 反対側は城なので この空間側だけにこの建物の外観が存在しているようだ
外にも庭園は広がり 温室庭園とはまた違う顔を見せる
奥には小さな森があり 木々と花々が揺れる様子は同じだった
庭園にあるガゼボの中にタイムが入ったのでトビーはその後を追った
天井を見る 空にしか見えないが 室内…なんだとは思う
トビー「すごく綺麗ですね…お城の中にこんな場所が…」
タイム「…普段無機質なものにばかり囲まれているから 時々自然に触れたくなる 保護の目的もあるがな」
ガゼボの中に置かれた机の上に 植木鉢が3つ 椅子の上に置いてあった土を取り出し 中に入れる
道具箱の中から水の入った小さなジョウロと種の入った袋を取り出す
トビー「花ですか?」
タイム「薔薇だ」
種を植え 水をかける それを3つ分
その後時計を取り出し 植木鉢の横に置く
トビーが不思議そうにしていると その時計の上に手をかざす
すると時計の針が勢いよく回り始め 一気に日が昇り 沈み また昇る 驚いてあたりを見回す 他の植物に動きはないが 植木鉢からは芽が出て ぐんぐん大きくなり いつの間にか立派な枝 そして綺麗な紫の薔薇が咲いた
タイム「ほら 薔薇だろう?」
トビー「え い…今何が」
タイム「時間を進めて成長させた わかりやすく空の時間と時計を動かしてやっただろう」
そんな あれを動かしてこれはそのままで なんて時間の進め方…と思ったが 相手は時間そのもの 彼ができるといったら 誰も否定できない 時間自身がそう言っているのだから…
トビー「…綺麗な薔薇ですね」
なのでそれ以上 時間を進めた能力については質問しない 何を聞いても そもそも常識が違う世界の住民同士では 会話は成り立たないことが多々あるので 仕方ない
タイムは一部分の時空を歪めることなど造作もない 胸の時計を使えば 全ての時間を操れる
そういう存在 原理の説明なんかできない
トビーはタイムの力の強さを恐れてはいなかった 理解できないことは恐怖を生むことがあるが トビーの場合はできるだけ関心を持たないことで距離を置いていた 想造も時間も わけがわからない部分が多い
庭園はまた夜に戻り タイムは育てた薔薇を植えるためにガゼボを出ていく
タイム「好きに見て回ればいい 集会所までは私が案内しよう」
トビー「ありがとうございます」
そう言われたトビーはぐるっと一周回ってみることにした 見たことのある植物も多くあったが 目を引いたのは不思議な花々
少し離れた場所からタイムの作業を見ると 薔薇の時間だけ進めたのか また一気に大きくなり より大輪の花を咲かせ 一部は種がなるまで成長させきり 回収していた
時間を進める以外の力が働かなければ植物は育たない気がするが 野暮な考えなのかもしれない
また進み 一通り満足してまた温室の噴水に戻ると 外からタイムが戻ってきた
タイム「もう見終わったのか?」
トビー「はい こんな場所に来るのは初めてなので とても楽しかったです!」
タイムが少し口元を緩める トビーがそれに気づくが すぐにいつもの顔に戻ってしまう
タイムはまだ集会所の誰にも心を開いていないように感じられた
もちろん過ごした時間の長さが違うというのはあるが そもそもタイムが彼らと仲良くなろうという気があまりないのは ゼロも承知していた
トビーは初めての友達のことをもっと知りたかったし 仲良くなりたかった
近況は話すが 過去の話は一切しない 昔こうだったとか そういう会話は意図的に避けられている したいわけではないが なぜなのかというのが少し気になる
自分は全部話してしまっているから 今更なのだが もしかしたら集会所に来ている全員の共通点なのかもしれない
ただほんの少し 距離が近づけたのかもしれないと思えるだけで嬉しかった
タイム「そろそろ戻ろう 今日はゼロと会う約束もあることだしな」
そう言ったタイムについていき 今度は彼と城を歩く
城の中は確かに無機質だとは思う 遠くから機械の動く音が低く響く時があるが 基本静かで 道があるばかりで 上を見ると遠くにも通路があり 下を覗くと そこのない闇が広がるところがあって 少しゾッとする
寂しい場所 というのが最初の印象だった
全体的に青い光で照らされ 暗くはないのだが 気分が明るくなる色ではない ただ 寒色ながら穏やかさは感じる
タイムが動くたび 歯車が動く音がする その音が結構好きだ
集会所へ戻る途中 ウィルキンズとばったり会った 彼と一緒に同じくらいのサイズの機械人形たりがいた 彼らは人型に限らず 油差しのような形の個体もいた
ウィル「ご主人様」
タイム「調子はどうだった」
ウィル「万全です いつも通りきっかりと」
トビー「他にもたくさん機械人形がいるんだね」
トビーはウィルキンズの隣にいた油差し型の機械に近づく 彼は嬉しそうに跳ねる
タイム「そいつらはセカンズ 1秒2秒の…“秒”だ」
トビー「秒…」
この小さい彼らが 秒
小さいが とてもすごい存在のようだった
チクと小さな声で鳴く ウィルキンズとは違い 彼らはチクとかタクしか言えないようだった それは 彼らが時計の上ではその音を出す…秒だからなのだろうか
じゃあウィルキンズって…?
小さな彼らと別れ タイムは足早に集会所へ向かう ゼロとの約束の時間が迫っているのかもしれない
こういう時は律儀に急ぐのだなぁと思いながら後をついていく
集会所に到着すると すでにゼロは来ていた テンプスも一緒にいる タイムが一瞬嫌そうな顔をしたのを彼は見逃さなかった
テンプス「どういうつもりだタイム…」
タイム「なんの話だ」
不機嫌になるテンプスだがゼロがギロリと…まさに睨みを効かせると 不満げだが黙った
ゼロ「トビー 城に行ってたんだね」
トビー「タイムの庭園を見せてもらいました」
ゼロ「庭園…あぁあの いいよねぇあそこ」
テンプス「主が作った庭園の方が美しいですよ!」
ゼロ「別に比べてないから…それぞれの良さだから…」
…同日 朝のモンパルナス駅
ダステ「おはようございますマダム・エミーユ」
エミーユ「おはようギュスターヴ」
いつも通りの朝 コーヒーを飲みながら 花を並べる彼女を チラッと見る
列車の煙 人々の声…彼の朝の風景に たくさんの花々が加わって1年経とうとしていた
生まれてこのかた恋などしたことのなかったギュスターヴは どうしたらいいのか 何もわからないでいた
彼は彼女にまだ一度も声をかけたことはなかった
毎朝のルート上で彼女には会わない あとはもう少し離れたところでチラッとその姿が目に映るか 前を通り過ぎるだけ
勇敢なギュスターヴもこればかりはできないようだった
そうしているギュスターヴを側で見ているエミーユ夫人は 今朝前触れなく彼に言った
エミーユ「彼女の名前 リゼットというそうよ」
ダステ「…マダム・エミーユ?」
エミーユ「ギュスターヴ 声を掛ければいいのよ マドモワゼルおはようと それだけだっていいじゃない」
ダステ「…けれど」
エミーユ「挨拶くらい いつもしているじゃない 行ってきなさい 公安官として挨拶することぐらい普通よ?」
マダム・エミーユはいつもギュスターヴの背中を押してくれる アドバイスを受けたからには やって見せなければ 勇気を持って歩き始める そう 今から仕事に向かうだけ ただその前に ちょっと入り口の様子を見に行くだけ
その道中 すれ違う彼女に 朝の挨拶をするだけ
今上でまだあくびをしているかもしれないマキシミリアンを 側に置いておければまだマシだったかもしれないと思いつつ
焦るあまり足の動かし方を忘れる前に歩き出す
リゼットは後ろを向いていて ギュスターヴが横を通る時 ようやくギュスターヴの方を見て 気づいた
リゼット「おはようございます公安官さん」
ダステ「お…はようございますマドモワゼル」
その後 いい朝ですねなど会話を続けようか すれ違う一瞬で悩んだが その一言が口から出てこなかったので 諦めて目線を前に戻し 歩き続ける
リゼットはまた 店の準備を進めた
それを見ていたエミーユ夫人は 先は長そうねと呆れながらだが微笑んだ
END