第三章 ギュスターヴ・ダステ
空いた椅子 時計 花と恋
【Otherworldly Story】
第三章 ギュスターヴ・ダステ
空いた椅子 時計 花と恋
出会いから6年 夏頃
1882年 リドルフォの理髪店
トビー「え?あっちのお店に一緒に移るんですか?」
リドルフォ「君があの場所に 戻る気なら 早い方がいい 今でも時々戻っているだろう?遠いから…一緒に住むといっても 仕事を教える間だけでいい 元々弟子のコルトのためにおいてあった金も自分に使えるようになる」
トビー「あー…戻ってるのはその……あっいえなんでもないです そうですか…」
友達と会うためにあの店に今も繋がる壁を抜けないといけないから 時折戻っているのだが その説明はまだする勇気がでない
トビー「コルトがお店 やるんですか?」
リドルフォ「あぁ 前から私が辞める時には家ごと渡すつもりだったしな 彼も身寄りのない子だから 話し合いは済んでる」
トビー「…僕が 1人でも仕事できるようになっても リドルフォは一緒にいてほしいです もし 可能なら…ですけど」
そう言われて リドルフォは頷く
トビーが理髪師の仕事を教えてほしいと言ってきた時に彼は大いに喜んでいた 彼はリドルフォに心を許し あの出来事を乗り越え 剃刀を手に取ろうとしている
こうして秋口にはリドルフォは弟子に店と家を渡し コリンズ理髪店をリドルフォ所有にし トビーと彼らの生活が始まった
おかげで壁の中の交流もしやすくなり トビーはゼロやギュスターヴと楽しく過ごしていた
テナルディエは あれ以来 稀に顔を見せるくらいになり 真ん中の椅子は空いていることが多くなった
ピレリの椅子は トビーの椅子になっていた
以前より明るくなっていくトビーは 再び集会所に活気を取り戻した
ただ人と一緒に暮らすというのは ピレリの時もそうだが 何かのタイミングで壁に入るのをみられるということになり トビーも警戒しつつこっそりと壁の中へ行っていた
しかしリドルフォは 非常に観察力のある人で トビーはまるで探偵みたいだと思ったことがあるくらいで…なにより 証拠を見つけられる運の良さがある
ある日の夕食の後 リドルフォの方から質問をした
リドルフォ「そういえば デイビーの友人と君は知り合いなのか?」
トビー「あ はい 会ってます」
突然だったので 思わず正直に答えてしまった
他に質問されても うまく誤魔化せる気がしなかった
リドルフォ「私もぜひ会いたいな 彼らはどこに住んでいるんだ?」
トビー「こことは違う 遠いところです 普通は会えないような」
リドルフォ「そうか 会えないような場所か…」
トビー「はいそうです」
リドルフォ「壁の中の友人のことか?」
トビー「壁……えっいや壁?」
リドルフォはあえて一気に聞かず 相手が言うのを待つことがある人だと この時知った
リドルフォ「あの子の手紙に書いてあった 壁の中という意味がよくわからなかったが…」
文字通り 言葉の意味そのまま 本当に壁の中に道があるという話をしていいのかわからない
あの場所は彼らが出会うために場所で 交流の場で リドルフォは話をしたことはあるが 連れて行っていいとゼロは言っていない
トビー「多分そう簡単に会えないってことを言いたかったんじゃ…」
リドルフォ「そうかなぁ わかりずらい手紙だったな…」
なんとか今回はごまかせたようで トビーはほっとしていた
後日集会所にくると ゼロとタイムが話し合いをしていた
声色的に話し合いではなく喧嘩だったのかもしれない
ゼロ「だからあの日は…!」
タイム「トビー」
ゼロ「え?あぁトビー……とにかくこの話は終わり 君も私も本来は同じなんだよ…」
椅子に座っていたタイムに対し 反対側に立って話していたゼロは移動して自分の椅子に座る
トビー「あの1つ聞きたいことがあって」
ゼロ「いいよ なに?」
トビー「リドルフォにここのこと 教えてもいい?」
ゼロ「良いよ 連れてきてもいいし ただ彼本来の物語にはいない存在だから 影響がわからないけど」
トビー「そ そうなの?」
ゼロ「うん でも話す分には別に…変な話するなーと思われる可能性はあるね」
それだけ伝えると 仕事があるからとゼロだけ帰ってしまう
残ったトビーとタイム
以前は気まずくて 何も話せなかったけれど 今は友人だ
トビーは横にあるチェストの上に置いてある写真を手に取る 3年前の写真には ここに集まる全員が映っている
カラーで撮られた写真には トビーが忘れかけていたピレリの姿がしっかりと映っていた
トビー「写真 撮っておいて良かったって思うんです あの時は嫌でしたけど…」
タイム「…なぜそう思う」
トビー「あの人の姿を いつでも思い出せます ずっと一緒にいたのに どんな顔や声だったか 忘れてしまいそうで」
タイム「私たちは同じ顔と声だが」
トビー「それでも 違う人 ですから」
タイムも立ち上がり トビーの隣に立って写真を見る
タイム「…思い出したいと 思えるか」
トビー「嫌な思い出は忘れて 楽しかったことだけ 覚えていたいんです そのために 僕はあの人を受け入れたい 許すのとは また違う形で」
写真を置き タイムの方を見る
トビーはまだ彼をよく知らなかった
青く光る瞳が トビーを見る 頭の後ろで回転する機械 歯車の音 時計の音
ピレリとは違う タイムも ギュスターヴも 笑顔が少なくても 優しい人だとわかる 感じ取れる
トビー「あなたとも 友達になっていいですか?」
タイム「ここにいる皆 お前の友達だ」
トビー「…ありがとう」
空いた椅子 思い出の場所
あの日の誓いは忘れない いつまでもずっと 永遠に
ゼロたちもリドルフォも 今は亡き友を思いながら 今日も…
公安官「明日 イギリスへ出発する だから数日来なくても心配しなくていい」
ゼロ「ついにロンドン!」
公安官「ロンドンだ」
トビー「ほ…本当に会えるのかな…」
集会所には3人が集まり ロンドンでの再会に関して話し合っていた
公安官「会えるとも 住所はちゃんとメモした 店の周りの道も確認済み 問題ない」
トビー「も…もし会えても 僕がどんな風にだったかは秘密にしてください!」
ゼロ「えー私は知りたい」
公安官「トビーの意見優先だ」
ゼロ「私にすらネタバレなしか…」
ギュスターヴはロンドンに降り立つ
トビーに書いてもらった地図を手に歩き 目的の場所に来た
数十年の時が過ぎ コリンズ理髪店は今
公安官「…そうか」
建物はなかった 何か建てている最中で かつての姿はなかった
将来どうなるかなんてことは ゼロにしかわからない
トビーはどうなったのか 戦時中なのか それとも それより前にもう…
今となってはわからない ただそこに 店はなかった
ゼロが 難しいと言ったのは 無理だ と言えないでいたからなのかもしれない
善良な人間であれと ピレリやテナルディエに言えないように 彼女は明言しない
公安官は踵を返し リドルフォの店のある方へも向かった もしかしたらという思いは打ち砕かれ 予定より早く 彼はフランスへ帰ってきた
どう話そうか そこにはもう何もなく 別の建物が出来ようとしていた
店のあった周辺も すっかり別の景色で 時の流れの残酷さを感じる
トビーには何も伝えない そういう約束だ
ギュスターヴは彼のその後を案じる 今は前向きでも いつか崩れる時がくるのかと
ゼロなら何か…
ギュスターヴの休日はまだ終わらないでいた
こういう時に つい頼ってしまう人がある 連絡をすると在宅らしく そのままの足で向かう
未だにこうして優しさに甘えてしまうのも 唯一この人だけだった
「久しぶりだなギュスターヴ またしばらく家に帰っていないようだが…」
公安官「すみません…休みは取るようにはしているんですが なかなか…」
それはそうかもしれないが…と呟いたが それ以上は言わず ギュスターヴを招き入れる
老人は杖をつきながら 部屋の奥へゆっくり歩く
ギュスターヴは特に断りなくキッチンへ向かい 慣れた手つきで飲み物の用意をする
「それで どこへ行って来たんだ?ずいぶん荷物が多いな」
公安官「ロンドンへ旅行に…友人に会うつもりで行ったんです」
「海外に友人がいるのか どうだった?」
公安官「会えませんでした 約束だったのに あまりに時間が…経ちすぎて」
それを聞いた彼は ギュスターヴより悲しそうな顔をした
「そうか…時間か…連絡も 取れないように…?」
公安官「…亡くなっているんです おそらく」
それはピレリのことであり トビーのことでもある
コーヒーを淹れ テーブルを挟んで向かい合わせに座る いつもの動作 いつもの席
公安官「…友が亡くなって 初めて彼が いかに自分にとって大事な友人だったのか気付かされました もっと何か…と思ってしまって」
「今そう思えるなら 今までも大切だったんだろう それは必ず相手に伝わっていたはずだよ…楽しい思い出の話を聞かせておくれ愛しい子」
コーヒーを飲み終わる頃 彼らの話し合いは終わり 今日は家に帰るというギュスターヴを老人は玄関まで見送りに来た
「話に来てくれてありがとうギュスターヴ 今日はいい日になった」
公安官「こちらこそ ありがとうフュベール…」
フュベール「それじゃあ またいつでもおいで」
公安官「それではまた…」
公安官はフュベールと別れ 自宅へと向かった
後日 集会所
朝 リドルフォが出かけている間にトビーは集会所へ タイムに会いに来ていた 彼に呼ばれていたのだ
タイム「トビー 渡したいものがある」
トビー「え…な なんですか」
タイム「これだ」
集会所に来て早々 タイムが取り出したのは懐中時計だった
トビー「それは…」
タイム「最後に会った日 修理を頼まれていた 直しはしたんだが…」
ピレリが渡した懐中時計 タイムが直した ということもあって すっかり綺麗な状態に戻っていた
トビー「…でもこれは 僕のものじゃ」
タイム「私のものでもない」
トビー「あなたが…預かるのでは ダメですか?」
タイム「…私が?」
トビー「この先いつの日か 僕だっていなくなります だからそれを見て 僕らを思い出して欲しいです だから今のうちに あなたに」
タイムは手のひらの上に置かれたままの時計を見る これはピレリの時計ではなく その父の時計 彼らが大切にしていたものなのはわかる
返すべきなのだろうが いつの日にか また手放される日はくる
タイム「わかった 私が預かっておく」
まだ朝早い時間 ヒューゴの扉が開く
ロンドンから帰ったギュスターヴは今日が休み明けの出勤の日だった
トビー「ダステさん!ロンドンはどうでした?」
公安官「あぁ…ゆっくり過ごせたよ」
トビー「そうですか 良かったです」
ほんの少しだけ 自分や店はどうだったか聞きたくなったが 何も知らないままでいたい そういう約束だったので それ以上は聞かず 興味を抑えられないような表情のまま ニコニコと扉の向こうに帰って行った
見送った2人は 顔を見合わせる
ギュスターヴはタイムの持つ時計を指差た
公安官「…その時計は?」
タイム「ピレリから預かったものだ 返そうとしたが 持っていて欲しいと言われてしまってな」
公安官「そうなのか」
しばらくの沈黙の後 まだトッドの扉を見たまま立っているギュスターヴに なんと話そうか迷っていたタイムは ようやく口を開いた
タイム「良い休暇だったようで 良かった」
公安官「休めはしたがな…」
タイム「どうしたんだ」
公安官「店はなかった おそらくトビーは…」
モンパルナス駅 鉄道公安官室
仕事場に戻って来たギュスターヴは いつも通り仕事を始める
駅の営業が始まり 駅の中で働く人々がやって来て 少しずつ 駅の構内は賑やかになっていく
ギュスターヴは 駅が目を覚ますような 早朝のこの時間が好きだった
マキシミリアンと共に 人々に挨拶をしながら見回り 朝礼を終えた駅員たちのところへ向かう
駅員「ダステ公安官 おはようございます」
公安官「おはようございます 何か変わったことは?」
駅員「あぁ あなたの休暇中に カフェの横の花屋が開きましたよ それくらいですかね 特に問題は起こっていません」
以前からカフェ横の空きスペースに花売りが来ることはあったが もうそのスペースを常設の花屋にするということになったのはつい最近の話だった
聞いてはいたし 設置の準備が進んでいるのも知っていたが いない間にオープンするとは
駅員たちとの連絡を終え 公安官室へ戻る途中 マダム・エミーユのカフェが目に入る
数ヶ月前には ピレリと夫人とそこで話をしたのを思い出し あれ以来 着るタイミングのなかった 彼と買った服を今度出かける時には着ようかと考えながら歩いていると 始発列車の到着を告げるアナウンスが聞こえてくる
公安官室に戻り マキシミリアンに朝ごはんをあげる その間に補装具に油を差し 軽いメンテナンスを行い マキシミリアンは休ませる
マダム・エミーユのカフェが開く時間になると 朝食を買いに下に降りる
エミーユ「おはようギュスターヴ 休暇はどうだったの?」
公安官「ゆっくり過ごせましたよ 友人には会えませんでしたが…」
エミーユ「あらそうなの…?この前の よく顔の似た人でしょう?」
ピレリのことだ 一度会っただけだが 彼は死んだのだと伝えるべきか迷った
公安官「…えぇ それと彼の理髪師としての弟子にも…ただ色々と彼の予定がずれて…」
エミーユ「今回は残念ね 次は会えるといいわね…朝食は用意してあるわ 今日はクロワッサンよ」
焼きたてのパンと コーヒー
すぐに走り出せるように いつも立って食べる
店の出入り口の左側 すぐ横にテーブル席があるがそこでは夫人が愛犬を膝に乗せている
普段 ほとんど食事はここで買う 朝だけはこの場所で食べた方が効率がいいと考えているので 夫人と会話をしながら この場所で食べさせてもらっている
パンは食べ終わり あとはコーヒーを飲むだけのギュスターヴに対し エミーユはすぐ隣の木箱がつまれた場所を指差す
エミーユ「そういえば そこの花屋の子 もう会ったの?」
公安官「いえまだ オープンしたのは今朝知りました」
エミーユ「ほらあの子よ あの花の乗った手押し車の…」
たくさんの花が乗った一輪の手押し車を笑顔で押しながら 周りの人たちに明るく挨拶をする女性の姿
コーヒーを飲むために持ち上げていたカップはゆっくり元の位置に戻る
初めて見た瞬間から 目が離せなくなるほど ギュスターヴを惹きつけるのは ゼロやタイムのような 人ならざる…神秘的なものを持つ存在だけだった
しかしこの日 ギュスターヴは目の前を通り過ぎる女性を 思わず目で追ってしまった
どんな人なのかよく見ようとする 単純な興味からではないのは エミーユ夫人は見てわかった
エミーユ「ギュスターヴ あなた恋をしたみたいね」
公安官「…え?」
集会所でその話を聞いたゼロは 驚きを隠せないでいた
ゼロ「…恋じゃん」
公安官「…恋」
ゼロ「一目惚れじゃん!」
公安官「しかし…」
怪訝な面持ちのギュスターヴにゼロが吠える
ゼロ「違う!私とタイムは神秘的に見えるだけ!だって人じゃないから!とにかく君のそれは エミーユ夫人の言う通り恋だ!」
ちなみに マダム・エミーユにも”恋をしたのね“と言われた時も怪訝な顔をしていた
公安官「……恋」
ゼロ「君が心の内を語る前に言ってしまうよ 明るいニュースを喜んだっていいじゃないか 君の初恋を 応援させてよ」
公安官「ゼロ…全部先読みして話すのはよせ…」
言われて恥ずかしくなってきたので その日は帰ったが 帰り際 この話みんなにもしていいかと聞かれ 適当に返事をしてしまったら 次に来る時には周知のこととなっていた
仕事が早すぎる
集会所には 楽しい時間が戻る
傷は 時が癒してくれた
…ただ1人を除いて
END
【Otherworldly Story】
第三章 ギュスターヴ・ダステ
空いた椅子 時計 花と恋
出会いから6年 夏頃
1882年 リドルフォの理髪店
トビー「え?あっちのお店に一緒に移るんですか?」
リドルフォ「君があの場所に 戻る気なら 早い方がいい 今でも時々戻っているだろう?遠いから…一緒に住むといっても 仕事を教える間だけでいい 元々弟子のコルトのためにおいてあった金も自分に使えるようになる」
トビー「あー…戻ってるのはその……あっいえなんでもないです そうですか…」
友達と会うためにあの店に今も繋がる壁を抜けないといけないから 時折戻っているのだが その説明はまだする勇気がでない
トビー「コルトがお店 やるんですか?」
リドルフォ「あぁ 前から私が辞める時には家ごと渡すつもりだったしな 彼も身寄りのない子だから 話し合いは済んでる」
トビー「…僕が 1人でも仕事できるようになっても リドルフォは一緒にいてほしいです もし 可能なら…ですけど」
そう言われて リドルフォは頷く
トビーが理髪師の仕事を教えてほしいと言ってきた時に彼は大いに喜んでいた 彼はリドルフォに心を許し あの出来事を乗り越え 剃刀を手に取ろうとしている
こうして秋口にはリドルフォは弟子に店と家を渡し コリンズ理髪店をリドルフォ所有にし トビーと彼らの生活が始まった
おかげで壁の中の交流もしやすくなり トビーはゼロやギュスターヴと楽しく過ごしていた
テナルディエは あれ以来 稀に顔を見せるくらいになり 真ん中の椅子は空いていることが多くなった
ピレリの椅子は トビーの椅子になっていた
以前より明るくなっていくトビーは 再び集会所に活気を取り戻した
ただ人と一緒に暮らすというのは ピレリの時もそうだが 何かのタイミングで壁に入るのをみられるということになり トビーも警戒しつつこっそりと壁の中へ行っていた
しかしリドルフォは 非常に観察力のある人で トビーはまるで探偵みたいだと思ったことがあるくらいで…なにより 証拠を見つけられる運の良さがある
ある日の夕食の後 リドルフォの方から質問をした
リドルフォ「そういえば デイビーの友人と君は知り合いなのか?」
トビー「あ はい 会ってます」
突然だったので 思わず正直に答えてしまった
他に質問されても うまく誤魔化せる気がしなかった
リドルフォ「私もぜひ会いたいな 彼らはどこに住んでいるんだ?」
トビー「こことは違う 遠いところです 普通は会えないような」
リドルフォ「そうか 会えないような場所か…」
トビー「はいそうです」
リドルフォ「壁の中の友人のことか?」
トビー「壁……えっいや壁?」
リドルフォはあえて一気に聞かず 相手が言うのを待つことがある人だと この時知った
リドルフォ「あの子の手紙に書いてあった 壁の中という意味がよくわからなかったが…」
文字通り 言葉の意味そのまま 本当に壁の中に道があるという話をしていいのかわからない
あの場所は彼らが出会うために場所で 交流の場で リドルフォは話をしたことはあるが 連れて行っていいとゼロは言っていない
トビー「多分そう簡単に会えないってことを言いたかったんじゃ…」
リドルフォ「そうかなぁ わかりずらい手紙だったな…」
なんとか今回はごまかせたようで トビーはほっとしていた
後日集会所にくると ゼロとタイムが話し合いをしていた
声色的に話し合いではなく喧嘩だったのかもしれない
ゼロ「だからあの日は…!」
タイム「トビー」
ゼロ「え?あぁトビー……とにかくこの話は終わり 君も私も本来は同じなんだよ…」
椅子に座っていたタイムに対し 反対側に立って話していたゼロは移動して自分の椅子に座る
トビー「あの1つ聞きたいことがあって」
ゼロ「いいよ なに?」
トビー「リドルフォにここのこと 教えてもいい?」
ゼロ「良いよ 連れてきてもいいし ただ彼本来の物語にはいない存在だから 影響がわからないけど」
トビー「そ そうなの?」
ゼロ「うん でも話す分には別に…変な話するなーと思われる可能性はあるね」
それだけ伝えると 仕事があるからとゼロだけ帰ってしまう
残ったトビーとタイム
以前は気まずくて 何も話せなかったけれど 今は友人だ
トビーは横にあるチェストの上に置いてある写真を手に取る 3年前の写真には ここに集まる全員が映っている
カラーで撮られた写真には トビーが忘れかけていたピレリの姿がしっかりと映っていた
トビー「写真 撮っておいて良かったって思うんです あの時は嫌でしたけど…」
タイム「…なぜそう思う」
トビー「あの人の姿を いつでも思い出せます ずっと一緒にいたのに どんな顔や声だったか 忘れてしまいそうで」
タイム「私たちは同じ顔と声だが」
トビー「それでも 違う人 ですから」
タイムも立ち上がり トビーの隣に立って写真を見る
タイム「…思い出したいと 思えるか」
トビー「嫌な思い出は忘れて 楽しかったことだけ 覚えていたいんです そのために 僕はあの人を受け入れたい 許すのとは また違う形で」
写真を置き タイムの方を見る
トビーはまだ彼をよく知らなかった
青く光る瞳が トビーを見る 頭の後ろで回転する機械 歯車の音 時計の音
ピレリとは違う タイムも ギュスターヴも 笑顔が少なくても 優しい人だとわかる 感じ取れる
トビー「あなたとも 友達になっていいですか?」
タイム「ここにいる皆 お前の友達だ」
トビー「…ありがとう」
空いた椅子 思い出の場所
あの日の誓いは忘れない いつまでもずっと 永遠に
ゼロたちもリドルフォも 今は亡き友を思いながら 今日も…
公安官「明日 イギリスへ出発する だから数日来なくても心配しなくていい」
ゼロ「ついにロンドン!」
公安官「ロンドンだ」
トビー「ほ…本当に会えるのかな…」
集会所には3人が集まり ロンドンでの再会に関して話し合っていた
公安官「会えるとも 住所はちゃんとメモした 店の周りの道も確認済み 問題ない」
トビー「も…もし会えても 僕がどんな風にだったかは秘密にしてください!」
ゼロ「えー私は知りたい」
公安官「トビーの意見優先だ」
ゼロ「私にすらネタバレなしか…」
ギュスターヴはロンドンに降り立つ
トビーに書いてもらった地図を手に歩き 目的の場所に来た
数十年の時が過ぎ コリンズ理髪店は今
公安官「…そうか」
建物はなかった 何か建てている最中で かつての姿はなかった
将来どうなるかなんてことは ゼロにしかわからない
トビーはどうなったのか 戦時中なのか それとも それより前にもう…
今となってはわからない ただそこに 店はなかった
ゼロが 難しいと言ったのは 無理だ と言えないでいたからなのかもしれない
善良な人間であれと ピレリやテナルディエに言えないように 彼女は明言しない
公安官は踵を返し リドルフォの店のある方へも向かった もしかしたらという思いは打ち砕かれ 予定より早く 彼はフランスへ帰ってきた
どう話そうか そこにはもう何もなく 別の建物が出来ようとしていた
店のあった周辺も すっかり別の景色で 時の流れの残酷さを感じる
トビーには何も伝えない そういう約束だ
ギュスターヴは彼のその後を案じる 今は前向きでも いつか崩れる時がくるのかと
ゼロなら何か…
ギュスターヴの休日はまだ終わらないでいた
こういう時に つい頼ってしまう人がある 連絡をすると在宅らしく そのままの足で向かう
未だにこうして優しさに甘えてしまうのも 唯一この人だけだった
「久しぶりだなギュスターヴ またしばらく家に帰っていないようだが…」
公安官「すみません…休みは取るようにはしているんですが なかなか…」
それはそうかもしれないが…と呟いたが それ以上は言わず ギュスターヴを招き入れる
老人は杖をつきながら 部屋の奥へゆっくり歩く
ギュスターヴは特に断りなくキッチンへ向かい 慣れた手つきで飲み物の用意をする
「それで どこへ行って来たんだ?ずいぶん荷物が多いな」
公安官「ロンドンへ旅行に…友人に会うつもりで行ったんです」
「海外に友人がいるのか どうだった?」
公安官「会えませんでした 約束だったのに あまりに時間が…経ちすぎて」
それを聞いた彼は ギュスターヴより悲しそうな顔をした
「そうか…時間か…連絡も 取れないように…?」
公安官「…亡くなっているんです おそらく」
それはピレリのことであり トビーのことでもある
コーヒーを淹れ テーブルを挟んで向かい合わせに座る いつもの動作 いつもの席
公安官「…友が亡くなって 初めて彼が いかに自分にとって大事な友人だったのか気付かされました もっと何か…と思ってしまって」
「今そう思えるなら 今までも大切だったんだろう それは必ず相手に伝わっていたはずだよ…楽しい思い出の話を聞かせておくれ愛しい子」
コーヒーを飲み終わる頃 彼らの話し合いは終わり 今日は家に帰るというギュスターヴを老人は玄関まで見送りに来た
「話に来てくれてありがとうギュスターヴ 今日はいい日になった」
公安官「こちらこそ ありがとうフュベール…」
フュベール「それじゃあ またいつでもおいで」
公安官「それではまた…」
公安官はフュベールと別れ 自宅へと向かった
後日 集会所
朝 リドルフォが出かけている間にトビーは集会所へ タイムに会いに来ていた 彼に呼ばれていたのだ
タイム「トビー 渡したいものがある」
トビー「え…な なんですか」
タイム「これだ」
集会所に来て早々 タイムが取り出したのは懐中時計だった
トビー「それは…」
タイム「最後に会った日 修理を頼まれていた 直しはしたんだが…」
ピレリが渡した懐中時計 タイムが直した ということもあって すっかり綺麗な状態に戻っていた
トビー「…でもこれは 僕のものじゃ」
タイム「私のものでもない」
トビー「あなたが…預かるのでは ダメですか?」
タイム「…私が?」
トビー「この先いつの日か 僕だっていなくなります だからそれを見て 僕らを思い出して欲しいです だから今のうちに あなたに」
タイムは手のひらの上に置かれたままの時計を見る これはピレリの時計ではなく その父の時計 彼らが大切にしていたものなのはわかる
返すべきなのだろうが いつの日にか また手放される日はくる
タイム「わかった 私が預かっておく」
まだ朝早い時間 ヒューゴの扉が開く
ロンドンから帰ったギュスターヴは今日が休み明けの出勤の日だった
トビー「ダステさん!ロンドンはどうでした?」
公安官「あぁ…ゆっくり過ごせたよ」
トビー「そうですか 良かったです」
ほんの少しだけ 自分や店はどうだったか聞きたくなったが 何も知らないままでいたい そういう約束だったので それ以上は聞かず 興味を抑えられないような表情のまま ニコニコと扉の向こうに帰って行った
見送った2人は 顔を見合わせる
ギュスターヴはタイムの持つ時計を指差た
公安官「…その時計は?」
タイム「ピレリから預かったものだ 返そうとしたが 持っていて欲しいと言われてしまってな」
公安官「そうなのか」
しばらくの沈黙の後 まだトッドの扉を見たまま立っているギュスターヴに なんと話そうか迷っていたタイムは ようやく口を開いた
タイム「良い休暇だったようで 良かった」
公安官「休めはしたがな…」
タイム「どうしたんだ」
公安官「店はなかった おそらくトビーは…」
モンパルナス駅 鉄道公安官室
仕事場に戻って来たギュスターヴは いつも通り仕事を始める
駅の営業が始まり 駅の中で働く人々がやって来て 少しずつ 駅の構内は賑やかになっていく
ギュスターヴは 駅が目を覚ますような 早朝のこの時間が好きだった
マキシミリアンと共に 人々に挨拶をしながら見回り 朝礼を終えた駅員たちのところへ向かう
駅員「ダステ公安官 おはようございます」
公安官「おはようございます 何か変わったことは?」
駅員「あぁ あなたの休暇中に カフェの横の花屋が開きましたよ それくらいですかね 特に問題は起こっていません」
以前からカフェ横の空きスペースに花売りが来ることはあったが もうそのスペースを常設の花屋にするということになったのはつい最近の話だった
聞いてはいたし 設置の準備が進んでいるのも知っていたが いない間にオープンするとは
駅員たちとの連絡を終え 公安官室へ戻る途中 マダム・エミーユのカフェが目に入る
数ヶ月前には ピレリと夫人とそこで話をしたのを思い出し あれ以来 着るタイミングのなかった 彼と買った服を今度出かける時には着ようかと考えながら歩いていると 始発列車の到着を告げるアナウンスが聞こえてくる
公安官室に戻り マキシミリアンに朝ごはんをあげる その間に補装具に油を差し 軽いメンテナンスを行い マキシミリアンは休ませる
マダム・エミーユのカフェが開く時間になると 朝食を買いに下に降りる
エミーユ「おはようギュスターヴ 休暇はどうだったの?」
公安官「ゆっくり過ごせましたよ 友人には会えませんでしたが…」
エミーユ「あらそうなの…?この前の よく顔の似た人でしょう?」
ピレリのことだ 一度会っただけだが 彼は死んだのだと伝えるべきか迷った
公安官「…えぇ それと彼の理髪師としての弟子にも…ただ色々と彼の予定がずれて…」
エミーユ「今回は残念ね 次は会えるといいわね…朝食は用意してあるわ 今日はクロワッサンよ」
焼きたてのパンと コーヒー
すぐに走り出せるように いつも立って食べる
店の出入り口の左側 すぐ横にテーブル席があるがそこでは夫人が愛犬を膝に乗せている
普段 ほとんど食事はここで買う 朝だけはこの場所で食べた方が効率がいいと考えているので 夫人と会話をしながら この場所で食べさせてもらっている
パンは食べ終わり あとはコーヒーを飲むだけのギュスターヴに対し エミーユはすぐ隣の木箱がつまれた場所を指差す
エミーユ「そういえば そこの花屋の子 もう会ったの?」
公安官「いえまだ オープンしたのは今朝知りました」
エミーユ「ほらあの子よ あの花の乗った手押し車の…」
たくさんの花が乗った一輪の手押し車を笑顔で押しながら 周りの人たちに明るく挨拶をする女性の姿
コーヒーを飲むために持ち上げていたカップはゆっくり元の位置に戻る
初めて見た瞬間から 目が離せなくなるほど ギュスターヴを惹きつけるのは ゼロやタイムのような 人ならざる…神秘的なものを持つ存在だけだった
しかしこの日 ギュスターヴは目の前を通り過ぎる女性を 思わず目で追ってしまった
どんな人なのかよく見ようとする 単純な興味からではないのは エミーユ夫人は見てわかった
エミーユ「ギュスターヴ あなた恋をしたみたいね」
公安官「…え?」
集会所でその話を聞いたゼロは 驚きを隠せないでいた
ゼロ「…恋じゃん」
公安官「…恋」
ゼロ「一目惚れじゃん!」
公安官「しかし…」
怪訝な面持ちのギュスターヴにゼロが吠える
ゼロ「違う!私とタイムは神秘的に見えるだけ!だって人じゃないから!とにかく君のそれは エミーユ夫人の言う通り恋だ!」
ちなみに マダム・エミーユにも”恋をしたのね“と言われた時も怪訝な顔をしていた
公安官「……恋」
ゼロ「君が心の内を語る前に言ってしまうよ 明るいニュースを喜んだっていいじゃないか 君の初恋を 応援させてよ」
公安官「ゼロ…全部先読みして話すのはよせ…」
言われて恥ずかしくなってきたので その日は帰ったが 帰り際 この話みんなにもしていいかと聞かれ 適当に返事をしてしまったら 次に来る時には周知のこととなっていた
仕事が早すぎる
集会所には 楽しい時間が戻る
傷は 時が癒してくれた
…ただ1人を除いて
END