第二章 アドルフォ・ピレリ
復讐劇の終わり
リドルフォ「私はかつての友人の店にまた理髪店が開かれ さらに階下の店の繁盛しているという話を聞いて 行ってみることにした」
トビー「来ていたんですか?」
リドルフォ「…あの子のことで気になっていることもあったから 行ったんだ」
ピレリがいなくなってから数週間後
夜のフリート街にはリドルフォの姿があった
ミセス・ラベットのパイ屋は多くの人で賑わっていた
テーブルの間を通り そのまま二階へ上がる外の階段に向かい進む
すると ラベットが引き留める
ラベット「お客さん 今席を空けるわ トビー!片付けを」
トビー「はいおかみさん!」
リドルフォ「…あぁいや 食べに来たのではない 上の店に用があって」
ラベット「あぁそうですか どうぞ 上は開いていますから」
そういってまたラベットは忙しそうに店の中へ戻る パイ屋の中ではトビーが机を片し 客の呼ぶ声に応え ビールを持っていっていた
リドルフォは店の中をチラッと見た後 そのまま階段を上がる
扉を開けると ちょうどトッドが椅子の掃除をしていた なので扉を開けたリドルフォとすぐに目が合った
トッド「…いらっしゃい」
リドルフォ「どうも あなたがスウィーニー・トッドさん?」
トッド「えぇ さぁどうぞ座ってください 今日は髭剃りで?」
リドルフォ「いや」
トッド「では髪を?」
リドルフォ「すまないが 今日は客として来たのではないんだ」
リドルフォは帽子を脱ぎ 左手に持つ
店の中は蝋燭と月明かりだけで少し薄暗い状態だったが 互いの顔はなんとか見えた
リドルフォ「実は人を探していて」
トッド「人を?」
リドルフォ「えぇ 私の弟子で 名をアドルフォ・ピレリといいます 黒髪で 私と格好の似た男です」
トッドは黙って 椅子に手を置き リドルフォから目を離さないようにしていた
リドルフォ「ここへ来たようなんですが その後どこに向かったか 知りませんか?」
トッド「確か…仕立て屋に向かうと」
リドルフォ「その仕立て屋には行っていなかったようですが…そうですか やはり…」
トッド「…立ち話もなんです 理髪用の椅子ですが どうぞかけてください」
リドルフォ「いえ せっかく掃除していたようですし…」
では とチェストの方を手で示し リドルフォは座り トッドも左隣に腰掛ける 左手で ズボンにつけてある剃刀入れに一本入れてあったことを確認する
リドルフォ「…あなたとアドルフォが 市場で腕比べをしたとか 評判は聞きますよトッドさん」
トッド「そうですか」
リドルフォ「ただ…その後…数日経ってまた店を出て以来 戻っていないようで…店には私に宛てた手紙が 封をしていない状態で置いてあったんです 少し…気になって 今探しているんです」
トッドは必要以上に返事をしなかった
その間ずっと リドルフォから目は離さない
リドルフォ「ですがやはり仕立て屋に行く予定だったこと以外わからない ここに寄ったことぐらい…」
リドルフォはトッドを見る すると彼がじっとこちらを見ていたことに気づき 少し困った顔をする
リドルフォ「…どうしました」
トッド「いえ 何も」
リドルフォ「そうですか…ではそろそろ」
リドルフォは立ち上がり 帽子を被ろうとする しかしその時 作業台の上に目がいき 顔をしかめる
後ろではトッドも立ち上がり 剃刀に手を伸ばす
リドルフォ「……以前ここで理髪店を営んでいた男をご存じですか?」
リドルフォが振り向くので すぐにその手を後ろに回し 誤魔化す
トッド「いえ」
リドルフォ「そうですか 実は私の友人でして」
部屋を見回す あの頃のものはない トッドはゆっくりとリドルフォに近づく
トッド「…ご友人は今?」
リドルフォ「…オーストラリアに 終身刑で島流しに 私の知らない間に 以前ここに来た時には 彼の家族もいなくなっていた もう少し早ければ 助けられたかもしれなかったのに 遅すぎた」
トッド「何があったか知りませんが 流刑とは」
リドルフォは怪訝な顔をしている トッドは笑みを浮かべたまま 近づく
リドルフォ「あの剃刀は…あれはベンジャミンのものと同じだ」
トッド「パイ店のおかみが 保管していたものを譲り受けまして」
リドルフォ「あの写真はなぜ飾っているんだ」
指を指す先には ルーシーとまだ赤ん坊のジョアンナが映る写真
トッドは返事をしなかった 代わりにまた 剃刀に手を伸ばす
リドルフォは トッドの顔を 過去を思い出しながら しっかりと見る
リドルフォ「やはりお前は…ベンジャミン・バーカー…」
トッド「……」
リドルフォ「剃刀に触れるな あの子に何をした」
左腕を掴まれる すぐに振り解いて 首を切り裂いてもよかった しかし抵抗されると面倒だった 相手も普段から剃刀を持ち歩いていることを トッドは知っていた
トッド「わかったリドルフォ バレたら仕方ない…」
リドルフォはトッドのポケットから剃刀を取り上げ 作業台の上の剃刀ケースに戻す
リドルフォ「下にいたのはアドルフォのところのトビーだな なぜここにいる」
トッド「置いていかれたんだ」
リドルフォ「あの子はもう何週間も店に戻っていない どういうつもりで話しているんだ!ベンジャ……いや トッド」
強く名前を呼ぼうとして ハッと気づき言い直す リドルフォは誰かに聞かれるのはまずいと 理解していた
トッド「…俺の正体に気づき脅しをかけてきた バラされたくなければ儲けの半分をよこせと…」
リドルフォ「そんなことをしたのか…!?アドルフォの名前を借りたまま なぜそんなことができるんだ…!」
トッド「…本当にデイビーなのか?」
リドルフォ「それも知っているんだな…そうだ 彼はデイビーだ デイビー・コリンズ パトリックたちの息子の……アドルフォはもう何年も前に病死した」
トッド「…あぁ そうなのか 残念だ」
リドルフォはトッドを睨みつける ピレリのしたことはわかった そしてその後どうなったのか もうなんとなくわかってしまった
リドルフォ「…それで どうした」
トッド「…俺の復讐の邪魔になる」
リドルフォ「やはり殺したのか…?」
リドルフォは小さな声で嘆く トッドは否定しない
リドルフォ「あぁデイビー…!なんてことだ…」
しばらくリドルフォは何も喋れなくなった
彼にとってベンジャミンもデイビーも大切で どちらが失われても嘆き悲しんだだろう だがまさか親友が 親友の遺子を殺すだなんて未来を どうして想像できただろうか そんなことできなかった
しかしいくら考えても 嘆いても トッドがピレリを殺したという事実は そこにあり続ける
トッドの目的はターピン判事たちだろう それはリドルフォにとっても果たしたい復讐 同じ目的 ただそこに ピレリが自ら足を踏み入れ 判断を誤り 殺された
許せない だが もうどうしようもない リドルフォにはトッドを殺せなかった 何より彼は大切な親友であり その過去を知っていた
そして そのためなら 邪魔者を殺せてしまう その感情を 自分も抱いたことがあった
リドルフォ「…トッド 今は何を」
トッド「復讐のために」
リドルフォ「あの子の遺体はどうした どこに隠した」
トッド「知ってどうする 俺を警察に突き出すか?」
リドルフォ「そんなことはしない 安全か?決して見つからない場所に…隠したか」
トッド「…安全だ」
リドルフォ「…そうか」
リドルフォは一度深呼吸をし 両手を少し広げた状態で話をし始める
リドルフォ「私は君の正体をバラすようなことはしない 願わくば 復讐を果たして欲しい そしてジョアンナと共に また幸せになって欲しい たとえそれが デイビーを殺した相手でも願わずにいられない…だがどうしても信用ならず このまま帰せないと思うなら…」
そう言って 腰のケースに手を伸ばし 自分の剃刀を取り トッドの前に差し出す
リドルフォ「私も殺せ そしてあの子と同じ場所に 私はこの通り 善良な人間ではない 復讐のために 殺しを考えていた 同じだ 罪悪感もないだろう」
トッドは手を伸ばす
リドルフォ「ただ トビーのことを頼みたい 可哀想な子なんだ…だから」
リドルフォの手を掴み そのまま彼の体の方に押し戻す
トッド「…復讐の邪魔をするな 俺から言いたいのは それだけだ」
リドルフォ「…トッド」
トッド「トビーのことなら大丈夫だ」
リドルフォ「すまない…」
リドルフォは帽子を被り 扉の取っ手を掴む
トッド「…下のパイは食べたか?」
リドルフォ「知ってるだろう パイは嫌いなんだ」
トッド「それはよかった」
リドルフォ「なぜだ?」
トッド「……いや お前の苦手そうな味付けだからな…つい」
それが かつての友人たちの再会だった
トビー「知っていたんですか ピレリさんが…殺されたことを」
リドルフォ「…あぁ だがそれはその場の理由があっての殺しだと まさか関係のない人間を殺してるだなんて その時は思わなかった」
トビー「…そうだったんですね」
リドルフォ「何も気づかなかった 知れたのはただ あの子が死んだことだけ…」
その後 店がどれだけ繁盛しても トッドの目的はターピン判事への復讐だけだった
一方でラベットはこのままトッドとトビーと 幸せに暮らそうと考えていた
一方トッドが脱獄した際に 知らずに助けた青年アンソニーはトッドの娘ジョアンナに一目惚れしており ジョアンナもまた同じだった
アンソニーは近くにいた物乞いの女からそれがジョアンナというのを知り やがて駆け落ちをしようと考える
ジョアンナはターピン判事の元を逃げ出したかった
しかし計画はバレてしまい彼女は精神病院へ送られることになる 判事は彼女が心を入れ替えるまで そこに入れるつもりだった
アンソニーは 彼女の居場所をようやく掴み トッドの元へ トッドは港で彼と別れる際に店のある場所を言っており 一度彼にジョアンナについて話に来ていた
アンソニーはどうすれば彼女を助けられるかトッドに聞く
アンソニーは彼女を助ける
一方トッドはトビーに手紙を届けさせる…相手はもちろんターピンだった
一度失敗していたトッドは 彼に協力するふりをした
ターピンは以前ジョアンナを狙うアンソニーとトッドの関係を知り 二度と会うこともないと思っていたが トッドからの手紙を読み 彼の元を訪れる
トッドはアンソニーがジョアンナを連れ出すことを知る しかしそのジョアンナは改心し ターピンの望み通り 結婚を決めたと嘘をつき 油断させ 髭を剃るため 椅子に座らせる
その椅子は 殺した相手を そのまま地下へ落とすために改造されたものだった
トッド「……僕はずっと トッドのことを怪しんでいました ラベットさんがなぜあんな人といるのかと思ってました でも 僕が守ると 誓ったんです きっとラベットさんはあの男に惑わされて 騙されているんだって」
トビーはずっと考えていた
ピレリのことだった
ピレリは仕立て屋に行ったという トビーが下でパイを食べているのに 怒鳴りもせず1人で
そしてそのままトビーの元へ戻ることなく どこかへ行ってしまった
不思議でならなかった 今までのピレリではありえない行動だった
となると 怪しいのは 最後にピレリが会っていたトッド 彼がピレリに何か…
けれど 何の証拠もない ピレリが消えた理由 原因はトッドであろう その証拠 だからいつも ちょっと不思議に思う それぐらいで終わった
ピレリがどこへ行こうと 今 彼は充実していた
いない方がいいと思っていた ただ そんな恐ろしい男のことを思うラベットを放ってはおけなかった 気づいていないのだと 思っていた
しかし判事に手紙を届けたその夜 全てが終わる その時…
自身の思いをラベットに打ち明け 守ると誓ったその言葉を喜んだラベットは 彼にペニーをあげようと財布を取り出す
その赤色の女性ものの財布には見覚えがあった
トビー「ピレリさんの財布!」
ラベット「え?あぁ…ミスターTが誕生日にくれたものよ どこにでもあるような」
トビー「それが証拠です だってどこで手に入れたんでしょう あの人の財布で間違いないです!」
ラベット「買ったのよ きっと…質屋で」
トビーは首を振る ラベットの持つ財布を彼女の手とともに引き寄せ 中を覗き見る
トビー「中にはいつも1ポンド金貨が2枚…ほら!金貨が入ったまま あの人が手放すなんて!なにより これはあの人の…そうですよ ピレリさんが消えたのは ミスターTの理髪店なんです そしてこの財布!」
その財布はトビーが部屋の掃除をしていて見つけた 使われていない部屋の引き出しの奥にあって 中を見たらお金が入っていたのでピレリに渡そうと持ってきた
トビー「ピレリさん…あ リドルフォ・ピレリさん」
リドルフォ「やぁトビー…それ なんだい?」
ピレリ「なんだ 見せろ」
トビーが赤色の財布を渡す
それが財布だと気づいたピレリが中を見る
綺麗な金貨が2枚入っていた
ピレリ「金貨…」
リドルフォ「クレアーの財布だな…そうか残っていたのか」
ピレリ「母さんの…?」
リドルフォ「あぁクレアーが言っていた 大事な時のための金貨…3枚だった気がするんだが プレゼント代に使って減ったのかもしれないな」
ピレリは黙って財布の紐を締め 懐にしまう
以来彼は元の財布を使わず こちらを使うようになった
大事な時のための金貨2枚 どんな時も使わないで入れていた
絶対にそうだ この場所に 偶然全く同じ財布があるなんてありえるのか? 何より怪しいトッドがくれたと!
興奮するトビーを落ち着かせようと ラベットは彼が以前からパイ焼きの手伝いをしたいと言っていたのを思い出し その話題に変えた
するとトビーは ようやく気を逸らした
トビー「もちろん やります やりたいです」
ラベット「ならそうしましょう おいで」
ラベットと共に地下のパイ焼き厨房へ来たトビー
そこは酷く強い臭いがしたが ラベット曰く原因は奥が地下道に続いているかららしい
パイ焼きのオーブンを見せてもらう ラベットに言われたことを繰り返し しっかり覚える
さらに肉挽き機も見せてもらう コツを教わりながら ハンドルを回す
トビーは嬉しかった もっとラベットの役に立てる それが嬉しくて夢中になった 先ほどのことなどすっかり忘れるほどに
ラベットがすぐ戻ると言って…それとすでに焼き上がったパイを食べてもいいと言い残し 扉を閉めて出ていく しっかり鍵をかけられたことに トビーは気づかない
中を歩き パイを1つ手にとり かぶりつく
すると 中に何か固いものを噛んだ 何だろうと思い 口から取り出して よく見てみる
それは 指だった しかも人間の指
ふと部屋をよく見る 肉挽き機の中 人間の手 掴み上げる
背後で扉が開く音がした それは2階の理髪店の椅子の下から続く 死体を地下へ送るための通路の扉
その中から男の死体 地面に頭が打ち付けられ 割れる
パニックになったトビーは逃げだそうと扉へ向かうが開かない どれだけ叩いても 鉄の扉はびくともしない
逃げ場がない あるのは地下道 どうしたらいいかわからない
死体 ひき肉 パイの中身 肉の正体 落ちて来た死体 ミートパイ 指 ピレリの財布 ミセス・ラベット ラベットは知っていた
トビー「誰か…誰か!!」
助けを求めても どうしようもない 誰もいない 助けてくれる人は 誰も
トビー「ううう…ラベットさん…そんなの…あぁ…」
扉の向こうから足音がする トッドやラベットがきたのかもしれない 隠れる場所を探す ハッと目に着く排水溝 人1人入れる大きさ ハシゴもついている 急いで開けて中へ降りて 蓋を閉める
トビーを呼ぶ ラベットとトッドの声が厨房に響く 優しい声と恐ろしい声 トビーは息を殺す
しばらくすると トビーを見つけられなかったトッドが部屋を出る ラベットはそのまま厨房に残ってトビーを探していた
また人が落ちてくる音 しばらくするとさらに1人 その音に気づいて ラベットが地下道から戻ってくる
落ちてきたのは よく店のあたりを彷徨いていた物乞いの女と ターピン判事 首を切られている
しかし先に落ちた2人がクッションになったせいか ターピンはまだ意識があり ラベットの服の裾を掴み その後絶命する
そこにトッドがくる ラベットは死体を処理しようと移動させる しかしトッドがまずオーブンの扉を開かせる
薄暗い厨房に オーブンの明るい火の光
ラベットが引きずっていた女の死体に 光が当たり 顔がよく見える
髪をよけ 体を傾け 見つめる
トッド「……どこかで会ったか…と」
トッドは2階に入り込んだ女を見つけた どこかで会ったかと彼女に聞かれたが 答える前にターピンが彼を呼ぶ声が聞こえ 邪魔になったので首を切り地下におとした その時部屋の中は 暗かった
トッド「ルーシー…」
こうして灯りの元 よく見なければ気づかなかった すっかり変わっていたが 面影はあった
トッド「知っていたのか」
ラベット「あなたのためだったのよ」
ヒ素を飲んだのは確かだった しかし死んではいなかった ただ頭をやられてしまい すっかり人も変わり ジョアンナも失い物乞いになっていた
ラベットはそれを知っていた だがずっと彼に知られないようにしていた
ラベットはトッドのことを思っていた ずっと彼と一緒になりたかった だから 全て
トッドは笑顔でラベットに近づく 過去を忘れ 結婚し幸せになろうと語りかけ 踊る 踊る 回って オーブンに近づく
ラベットの幸せそうな顔を見て 彼女をオーブンに向かって押した 許すことなど ありえなかった
響く悲鳴 オーブンの扉が閉じられる
トビーはそれを排水溝の中で聞いていた
叫びながら飛び出すこともできない
トッドが静かに座り込み 愛する妻の死体を抱き上げ 嘆き悲しむ
ゆっくりと排水溝の蓋が開く 音を立てないように 静かに トビーは出てくる
床には トッドが落とした剃刀 彼は今背を向けて ルーシーを抱き 心を失ったように ただ前を見ていた
トビーは剃刀を拾いあげる
彼の胸の内には 燃える復讐心 憎しみ恨みの心
ミセス・ラベットの仇 トッドの背後に立つ
そして その首を剃刀で切り裂く
トッドは妻を抱いたまま 死んだ
トビーは開いたままだった扉から 上へ上がる
外の階段から 男女2人が駆け降り どこかへ走り去っていったのが窓から見えた
トビー「…」
店の中には誰もいない トビーはずっと真顔のまま 右手の剃刀だけ 握り続けていた
外に 見覚えのある自分が歩いていた
ぼうっと立つトビーは目でその姿を追った
上に上がり その後すぐに駆け降りてきた
店の扉を開け 中に入る
リドルフォ「ミスター・トッド!?」
中を見たリドルフォはトビーを見つける
リドルフォ「ト…トビーか トッド氏はどこか知っているか」
トビー「…リドルフォ・ピレリさん」
リドルフォ「あぁそうだ 久しぶりだな それで トッド氏は…」
トビーが手に持つ剃刀に気づく そこには血がついていた
すぐに右手を掴み 上に上げる
リドルフォ「…これは どういうことなんだ」
トビー「…トッドなら死にました 僕が殺したから」
リドルフォ「殺した!?なぜ…ミセス・ラベットは?上の血は君が!?」
リドルフォはトッドに会いにきていた ジョアンナのいた精神病院の話を知り 念の為伝えにきていたのだ だが2階へ上がり その惨状を目の当たりにし 慌てて下に来たのだった
トビー「トッドがピレリさんを殺した みんなみんな殺して ミートパイにしてた ラベットさんはトッドが殺した みんな殺した だから僕は…!」
リドルフォ「トビー…!落ち着くんだ まず剃刀を離して私に渡すんだ ほら!」
リドルフォはトビーの手から剃刀を奪い取り すぐに刃をしまう
リドルフォ「ここにいろ トッドたちはどこだ」
トビー「…地下」
リドルフォ「他に人は?」
トビー「3人 みんな死んでる」
リドルフォ「わかった」
そう言って リドルフォは剃刀を持って地下に向かう
歩いて中の様子を見る オーブンの中も覗き見る
リドルフォ「…ベンジャミン…ターピンと…そうか 復讐を果たしたんだな…オーブンの中にいるのはミセス・ラベットか……それと」
トッドの手に剃刀を持たせる
服に血がつかないように 慎重に
そしてトッドが腕に抱く女性に 目がいく
リドルフォ「……ルーシー?まさか 生きて……だが…これはどういうことなんだ なぜベンジャミンが彼女を…」
今となっては何もわからない
リドルフォはベンジャミンとルーシーに別れを告げ トビーの元へ戻る
トビーはまだそこに立ったままだった
リドルフォ「今から警察署へ行くぞ 事件のことは全てトッドとラベットの仕業 あいつは 自分で死んだ いいな 今はやるしかない いくぞトビー!」
リドルフォはトビーの手を引いて向かう
とにかくトビーはただ被害者として救うために
この 恐ろしい殺人鬼の理髪師と人肉パイ屋の話は 瞬く間に広がり 最後の被害者であった判事の元にいた娘の行方 何も知らず働かされていた可哀想な少年 様々な憶測 噂話
しかし全てを知る者は全員死に それ以上何の情報もないまま事件の処理は終わり
事件は一時の市民の話題となったあと やがて忘れられていった
店は取り壊され そこにはもう 何も残っていなかった
トビーは店で働いていた時のことを一通りを話したが 全て終わったあとに地下を覗き その惨状を目の当たりにし 外へ飛び出し偶然リドルフォに会い 共に警察へ駆け込んだことになった
理髪店と厨房に死体を送る通路が繋がっていたことから ラベットが共犯であることは明らかだったが トビーがどうだったかがわからない
しかし下働きの子供に伝えるのは危険だったであろうと誰かが言い出し さらに彼は被害者の1人の元にいた少年で 元からそこで働こうと思っていたわけではないので やはり伝えるのは いつか口を滑らす危険があっただろうと 誰かがまた言い出し
14歳とはいえ まだ小さな子供で 酷く心が弱っていたのもあってか警官たちから賢い子供には見えず 協力者にはなれないだろうと
結論これまで巧妙に隠していた犯人ならリスクは犯さないということになり 証拠不十分として トビーは釈放された
END
リドルフォ「私はかつての友人の店にまた理髪店が開かれ さらに階下の店の繁盛しているという話を聞いて 行ってみることにした」
トビー「来ていたんですか?」
リドルフォ「…あの子のことで気になっていることもあったから 行ったんだ」
ピレリがいなくなってから数週間後
夜のフリート街にはリドルフォの姿があった
ミセス・ラベットのパイ屋は多くの人で賑わっていた
テーブルの間を通り そのまま二階へ上がる外の階段に向かい進む
すると ラベットが引き留める
ラベット「お客さん 今席を空けるわ トビー!片付けを」
トビー「はいおかみさん!」
リドルフォ「…あぁいや 食べに来たのではない 上の店に用があって」
ラベット「あぁそうですか どうぞ 上は開いていますから」
そういってまたラベットは忙しそうに店の中へ戻る パイ屋の中ではトビーが机を片し 客の呼ぶ声に応え ビールを持っていっていた
リドルフォは店の中をチラッと見た後 そのまま階段を上がる
扉を開けると ちょうどトッドが椅子の掃除をしていた なので扉を開けたリドルフォとすぐに目が合った
トッド「…いらっしゃい」
リドルフォ「どうも あなたがスウィーニー・トッドさん?」
トッド「えぇ さぁどうぞ座ってください 今日は髭剃りで?」
リドルフォ「いや」
トッド「では髪を?」
リドルフォ「すまないが 今日は客として来たのではないんだ」
リドルフォは帽子を脱ぎ 左手に持つ
店の中は蝋燭と月明かりだけで少し薄暗い状態だったが 互いの顔はなんとか見えた
リドルフォ「実は人を探していて」
トッド「人を?」
リドルフォ「えぇ 私の弟子で 名をアドルフォ・ピレリといいます 黒髪で 私と格好の似た男です」
トッドは黙って 椅子に手を置き リドルフォから目を離さないようにしていた
リドルフォ「ここへ来たようなんですが その後どこに向かったか 知りませんか?」
トッド「確か…仕立て屋に向かうと」
リドルフォ「その仕立て屋には行っていなかったようですが…そうですか やはり…」
トッド「…立ち話もなんです 理髪用の椅子ですが どうぞかけてください」
リドルフォ「いえ せっかく掃除していたようですし…」
では とチェストの方を手で示し リドルフォは座り トッドも左隣に腰掛ける 左手で ズボンにつけてある剃刀入れに一本入れてあったことを確認する
リドルフォ「…あなたとアドルフォが 市場で腕比べをしたとか 評判は聞きますよトッドさん」
トッド「そうですか」
リドルフォ「ただ…その後…数日経ってまた店を出て以来 戻っていないようで…店には私に宛てた手紙が 封をしていない状態で置いてあったんです 少し…気になって 今探しているんです」
トッドは必要以上に返事をしなかった
その間ずっと リドルフォから目は離さない
リドルフォ「ですがやはり仕立て屋に行く予定だったこと以外わからない ここに寄ったことぐらい…」
リドルフォはトッドを見る すると彼がじっとこちらを見ていたことに気づき 少し困った顔をする
リドルフォ「…どうしました」
トッド「いえ 何も」
リドルフォ「そうですか…ではそろそろ」
リドルフォは立ち上がり 帽子を被ろうとする しかしその時 作業台の上に目がいき 顔をしかめる
後ろではトッドも立ち上がり 剃刀に手を伸ばす
リドルフォ「……以前ここで理髪店を営んでいた男をご存じですか?」
リドルフォが振り向くので すぐにその手を後ろに回し 誤魔化す
トッド「いえ」
リドルフォ「そうですか 実は私の友人でして」
部屋を見回す あの頃のものはない トッドはゆっくりとリドルフォに近づく
トッド「…ご友人は今?」
リドルフォ「…オーストラリアに 終身刑で島流しに 私の知らない間に 以前ここに来た時には 彼の家族もいなくなっていた もう少し早ければ 助けられたかもしれなかったのに 遅すぎた」
トッド「何があったか知りませんが 流刑とは」
リドルフォは怪訝な顔をしている トッドは笑みを浮かべたまま 近づく
リドルフォ「あの剃刀は…あれはベンジャミンのものと同じだ」
トッド「パイ店のおかみが 保管していたものを譲り受けまして」
リドルフォ「あの写真はなぜ飾っているんだ」
指を指す先には ルーシーとまだ赤ん坊のジョアンナが映る写真
トッドは返事をしなかった 代わりにまた 剃刀に手を伸ばす
リドルフォは トッドの顔を 過去を思い出しながら しっかりと見る
リドルフォ「やはりお前は…ベンジャミン・バーカー…」
トッド「……」
リドルフォ「剃刀に触れるな あの子に何をした」
左腕を掴まれる すぐに振り解いて 首を切り裂いてもよかった しかし抵抗されると面倒だった 相手も普段から剃刀を持ち歩いていることを トッドは知っていた
トッド「わかったリドルフォ バレたら仕方ない…」
リドルフォはトッドのポケットから剃刀を取り上げ 作業台の上の剃刀ケースに戻す
リドルフォ「下にいたのはアドルフォのところのトビーだな なぜここにいる」
トッド「置いていかれたんだ」
リドルフォ「あの子はもう何週間も店に戻っていない どういうつもりで話しているんだ!ベンジャ……いや トッド」
強く名前を呼ぼうとして ハッと気づき言い直す リドルフォは誰かに聞かれるのはまずいと 理解していた
トッド「…俺の正体に気づき脅しをかけてきた バラされたくなければ儲けの半分をよこせと…」
リドルフォ「そんなことをしたのか…!?アドルフォの名前を借りたまま なぜそんなことができるんだ…!」
トッド「…本当にデイビーなのか?」
リドルフォ「それも知っているんだな…そうだ 彼はデイビーだ デイビー・コリンズ パトリックたちの息子の……アドルフォはもう何年も前に病死した」
トッド「…あぁ そうなのか 残念だ」
リドルフォはトッドを睨みつける ピレリのしたことはわかった そしてその後どうなったのか もうなんとなくわかってしまった
リドルフォ「…それで どうした」
トッド「…俺の復讐の邪魔になる」
リドルフォ「やはり殺したのか…?」
リドルフォは小さな声で嘆く トッドは否定しない
リドルフォ「あぁデイビー…!なんてことだ…」
しばらくリドルフォは何も喋れなくなった
彼にとってベンジャミンもデイビーも大切で どちらが失われても嘆き悲しんだだろう だがまさか親友が 親友の遺子を殺すだなんて未来を どうして想像できただろうか そんなことできなかった
しかしいくら考えても 嘆いても トッドがピレリを殺したという事実は そこにあり続ける
トッドの目的はターピン判事たちだろう それはリドルフォにとっても果たしたい復讐 同じ目的 ただそこに ピレリが自ら足を踏み入れ 判断を誤り 殺された
許せない だが もうどうしようもない リドルフォにはトッドを殺せなかった 何より彼は大切な親友であり その過去を知っていた
そして そのためなら 邪魔者を殺せてしまう その感情を 自分も抱いたことがあった
リドルフォ「…トッド 今は何を」
トッド「復讐のために」
リドルフォ「あの子の遺体はどうした どこに隠した」
トッド「知ってどうする 俺を警察に突き出すか?」
リドルフォ「そんなことはしない 安全か?決して見つからない場所に…隠したか」
トッド「…安全だ」
リドルフォ「…そうか」
リドルフォは一度深呼吸をし 両手を少し広げた状態で話をし始める
リドルフォ「私は君の正体をバラすようなことはしない 願わくば 復讐を果たして欲しい そしてジョアンナと共に また幸せになって欲しい たとえそれが デイビーを殺した相手でも願わずにいられない…だがどうしても信用ならず このまま帰せないと思うなら…」
そう言って 腰のケースに手を伸ばし 自分の剃刀を取り トッドの前に差し出す
リドルフォ「私も殺せ そしてあの子と同じ場所に 私はこの通り 善良な人間ではない 復讐のために 殺しを考えていた 同じだ 罪悪感もないだろう」
トッドは手を伸ばす
リドルフォ「ただ トビーのことを頼みたい 可哀想な子なんだ…だから」
リドルフォの手を掴み そのまま彼の体の方に押し戻す
トッド「…復讐の邪魔をするな 俺から言いたいのは それだけだ」
リドルフォ「…トッド」
トッド「トビーのことなら大丈夫だ」
リドルフォ「すまない…」
リドルフォは帽子を被り 扉の取っ手を掴む
トッド「…下のパイは食べたか?」
リドルフォ「知ってるだろう パイは嫌いなんだ」
トッド「それはよかった」
リドルフォ「なぜだ?」
トッド「……いや お前の苦手そうな味付けだからな…つい」
それが かつての友人たちの再会だった
トビー「知っていたんですか ピレリさんが…殺されたことを」
リドルフォ「…あぁ だがそれはその場の理由があっての殺しだと まさか関係のない人間を殺してるだなんて その時は思わなかった」
トビー「…そうだったんですね」
リドルフォ「何も気づかなかった 知れたのはただ あの子が死んだことだけ…」
その後 店がどれだけ繁盛しても トッドの目的はターピン判事への復讐だけだった
一方でラベットはこのままトッドとトビーと 幸せに暮らそうと考えていた
一方トッドが脱獄した際に 知らずに助けた青年アンソニーはトッドの娘ジョアンナに一目惚れしており ジョアンナもまた同じだった
アンソニーは近くにいた物乞いの女からそれがジョアンナというのを知り やがて駆け落ちをしようと考える
ジョアンナはターピン判事の元を逃げ出したかった
しかし計画はバレてしまい彼女は精神病院へ送られることになる 判事は彼女が心を入れ替えるまで そこに入れるつもりだった
アンソニーは 彼女の居場所をようやく掴み トッドの元へ トッドは港で彼と別れる際に店のある場所を言っており 一度彼にジョアンナについて話に来ていた
アンソニーはどうすれば彼女を助けられるかトッドに聞く
アンソニーは彼女を助ける
一方トッドはトビーに手紙を届けさせる…相手はもちろんターピンだった
一度失敗していたトッドは 彼に協力するふりをした
ターピンは以前ジョアンナを狙うアンソニーとトッドの関係を知り 二度と会うこともないと思っていたが トッドからの手紙を読み 彼の元を訪れる
トッドはアンソニーがジョアンナを連れ出すことを知る しかしそのジョアンナは改心し ターピンの望み通り 結婚を決めたと嘘をつき 油断させ 髭を剃るため 椅子に座らせる
その椅子は 殺した相手を そのまま地下へ落とすために改造されたものだった
トッド「……僕はずっと トッドのことを怪しんでいました ラベットさんがなぜあんな人といるのかと思ってました でも 僕が守ると 誓ったんです きっとラベットさんはあの男に惑わされて 騙されているんだって」
トビーはずっと考えていた
ピレリのことだった
ピレリは仕立て屋に行ったという トビーが下でパイを食べているのに 怒鳴りもせず1人で
そしてそのままトビーの元へ戻ることなく どこかへ行ってしまった
不思議でならなかった 今までのピレリではありえない行動だった
となると 怪しいのは 最後にピレリが会っていたトッド 彼がピレリに何か…
けれど 何の証拠もない ピレリが消えた理由 原因はトッドであろう その証拠 だからいつも ちょっと不思議に思う それぐらいで終わった
ピレリがどこへ行こうと 今 彼は充実していた
いない方がいいと思っていた ただ そんな恐ろしい男のことを思うラベットを放ってはおけなかった 気づいていないのだと 思っていた
しかし判事に手紙を届けたその夜 全てが終わる その時…
自身の思いをラベットに打ち明け 守ると誓ったその言葉を喜んだラベットは 彼にペニーをあげようと財布を取り出す
その赤色の女性ものの財布には見覚えがあった
トビー「ピレリさんの財布!」
ラベット「え?あぁ…ミスターTが誕生日にくれたものよ どこにでもあるような」
トビー「それが証拠です だってどこで手に入れたんでしょう あの人の財布で間違いないです!」
ラベット「買ったのよ きっと…質屋で」
トビーは首を振る ラベットの持つ財布を彼女の手とともに引き寄せ 中を覗き見る
トビー「中にはいつも1ポンド金貨が2枚…ほら!金貨が入ったまま あの人が手放すなんて!なにより これはあの人の…そうですよ ピレリさんが消えたのは ミスターTの理髪店なんです そしてこの財布!」
その財布はトビーが部屋の掃除をしていて見つけた 使われていない部屋の引き出しの奥にあって 中を見たらお金が入っていたのでピレリに渡そうと持ってきた
トビー「ピレリさん…あ リドルフォ・ピレリさん」
リドルフォ「やぁトビー…それ なんだい?」
ピレリ「なんだ 見せろ」
トビーが赤色の財布を渡す
それが財布だと気づいたピレリが中を見る
綺麗な金貨が2枚入っていた
ピレリ「金貨…」
リドルフォ「クレアーの財布だな…そうか残っていたのか」
ピレリ「母さんの…?」
リドルフォ「あぁクレアーが言っていた 大事な時のための金貨…3枚だった気がするんだが プレゼント代に使って減ったのかもしれないな」
ピレリは黙って財布の紐を締め 懐にしまう
以来彼は元の財布を使わず こちらを使うようになった
大事な時のための金貨2枚 どんな時も使わないで入れていた
絶対にそうだ この場所に 偶然全く同じ財布があるなんてありえるのか? 何より怪しいトッドがくれたと!
興奮するトビーを落ち着かせようと ラベットは彼が以前からパイ焼きの手伝いをしたいと言っていたのを思い出し その話題に変えた
するとトビーは ようやく気を逸らした
トビー「もちろん やります やりたいです」
ラベット「ならそうしましょう おいで」
ラベットと共に地下のパイ焼き厨房へ来たトビー
そこは酷く強い臭いがしたが ラベット曰く原因は奥が地下道に続いているかららしい
パイ焼きのオーブンを見せてもらう ラベットに言われたことを繰り返し しっかり覚える
さらに肉挽き機も見せてもらう コツを教わりながら ハンドルを回す
トビーは嬉しかった もっとラベットの役に立てる それが嬉しくて夢中になった 先ほどのことなどすっかり忘れるほどに
ラベットがすぐ戻ると言って…それとすでに焼き上がったパイを食べてもいいと言い残し 扉を閉めて出ていく しっかり鍵をかけられたことに トビーは気づかない
中を歩き パイを1つ手にとり かぶりつく
すると 中に何か固いものを噛んだ 何だろうと思い 口から取り出して よく見てみる
それは 指だった しかも人間の指
ふと部屋をよく見る 肉挽き機の中 人間の手 掴み上げる
背後で扉が開く音がした それは2階の理髪店の椅子の下から続く 死体を地下へ送るための通路の扉
その中から男の死体 地面に頭が打ち付けられ 割れる
パニックになったトビーは逃げだそうと扉へ向かうが開かない どれだけ叩いても 鉄の扉はびくともしない
逃げ場がない あるのは地下道 どうしたらいいかわからない
死体 ひき肉 パイの中身 肉の正体 落ちて来た死体 ミートパイ 指 ピレリの財布 ミセス・ラベット ラベットは知っていた
トビー「誰か…誰か!!」
助けを求めても どうしようもない 誰もいない 助けてくれる人は 誰も
トビー「ううう…ラベットさん…そんなの…あぁ…」
扉の向こうから足音がする トッドやラベットがきたのかもしれない 隠れる場所を探す ハッと目に着く排水溝 人1人入れる大きさ ハシゴもついている 急いで開けて中へ降りて 蓋を閉める
トビーを呼ぶ ラベットとトッドの声が厨房に響く 優しい声と恐ろしい声 トビーは息を殺す
しばらくすると トビーを見つけられなかったトッドが部屋を出る ラベットはそのまま厨房に残ってトビーを探していた
また人が落ちてくる音 しばらくするとさらに1人 その音に気づいて ラベットが地下道から戻ってくる
落ちてきたのは よく店のあたりを彷徨いていた物乞いの女と ターピン判事 首を切られている
しかし先に落ちた2人がクッションになったせいか ターピンはまだ意識があり ラベットの服の裾を掴み その後絶命する
そこにトッドがくる ラベットは死体を処理しようと移動させる しかしトッドがまずオーブンの扉を開かせる
薄暗い厨房に オーブンの明るい火の光
ラベットが引きずっていた女の死体に 光が当たり 顔がよく見える
髪をよけ 体を傾け 見つめる
トッド「……どこかで会ったか…と」
トッドは2階に入り込んだ女を見つけた どこかで会ったかと彼女に聞かれたが 答える前にターピンが彼を呼ぶ声が聞こえ 邪魔になったので首を切り地下におとした その時部屋の中は 暗かった
トッド「ルーシー…」
こうして灯りの元 よく見なければ気づかなかった すっかり変わっていたが 面影はあった
トッド「知っていたのか」
ラベット「あなたのためだったのよ」
ヒ素を飲んだのは確かだった しかし死んではいなかった ただ頭をやられてしまい すっかり人も変わり ジョアンナも失い物乞いになっていた
ラベットはそれを知っていた だがずっと彼に知られないようにしていた
ラベットはトッドのことを思っていた ずっと彼と一緒になりたかった だから 全て
トッドは笑顔でラベットに近づく 過去を忘れ 結婚し幸せになろうと語りかけ 踊る 踊る 回って オーブンに近づく
ラベットの幸せそうな顔を見て 彼女をオーブンに向かって押した 許すことなど ありえなかった
響く悲鳴 オーブンの扉が閉じられる
トビーはそれを排水溝の中で聞いていた
叫びながら飛び出すこともできない
トッドが静かに座り込み 愛する妻の死体を抱き上げ 嘆き悲しむ
ゆっくりと排水溝の蓋が開く 音を立てないように 静かに トビーは出てくる
床には トッドが落とした剃刀 彼は今背を向けて ルーシーを抱き 心を失ったように ただ前を見ていた
トビーは剃刀を拾いあげる
彼の胸の内には 燃える復讐心 憎しみ恨みの心
ミセス・ラベットの仇 トッドの背後に立つ
そして その首を剃刀で切り裂く
トッドは妻を抱いたまま 死んだ
トビーは開いたままだった扉から 上へ上がる
外の階段から 男女2人が駆け降り どこかへ走り去っていったのが窓から見えた
トビー「…」
店の中には誰もいない トビーはずっと真顔のまま 右手の剃刀だけ 握り続けていた
外に 見覚えのある自分が歩いていた
ぼうっと立つトビーは目でその姿を追った
上に上がり その後すぐに駆け降りてきた
店の扉を開け 中に入る
リドルフォ「ミスター・トッド!?」
中を見たリドルフォはトビーを見つける
リドルフォ「ト…トビーか トッド氏はどこか知っているか」
トビー「…リドルフォ・ピレリさん」
リドルフォ「あぁそうだ 久しぶりだな それで トッド氏は…」
トビーが手に持つ剃刀に気づく そこには血がついていた
すぐに右手を掴み 上に上げる
リドルフォ「…これは どういうことなんだ」
トビー「…トッドなら死にました 僕が殺したから」
リドルフォ「殺した!?なぜ…ミセス・ラベットは?上の血は君が!?」
リドルフォはトッドに会いにきていた ジョアンナのいた精神病院の話を知り 念の為伝えにきていたのだ だが2階へ上がり その惨状を目の当たりにし 慌てて下に来たのだった
トビー「トッドがピレリさんを殺した みんなみんな殺して ミートパイにしてた ラベットさんはトッドが殺した みんな殺した だから僕は…!」
リドルフォ「トビー…!落ち着くんだ まず剃刀を離して私に渡すんだ ほら!」
リドルフォはトビーの手から剃刀を奪い取り すぐに刃をしまう
リドルフォ「ここにいろ トッドたちはどこだ」
トビー「…地下」
リドルフォ「他に人は?」
トビー「3人 みんな死んでる」
リドルフォ「わかった」
そう言って リドルフォは剃刀を持って地下に向かう
歩いて中の様子を見る オーブンの中も覗き見る
リドルフォ「…ベンジャミン…ターピンと…そうか 復讐を果たしたんだな…オーブンの中にいるのはミセス・ラベットか……それと」
トッドの手に剃刀を持たせる
服に血がつかないように 慎重に
そしてトッドが腕に抱く女性に 目がいく
リドルフォ「……ルーシー?まさか 生きて……だが…これはどういうことなんだ なぜベンジャミンが彼女を…」
今となっては何もわからない
リドルフォはベンジャミンとルーシーに別れを告げ トビーの元へ戻る
トビーはまだそこに立ったままだった
リドルフォ「今から警察署へ行くぞ 事件のことは全てトッドとラベットの仕業 あいつは 自分で死んだ いいな 今はやるしかない いくぞトビー!」
リドルフォはトビーの手を引いて向かう
とにかくトビーはただ被害者として救うために
この 恐ろしい殺人鬼の理髪師と人肉パイ屋の話は 瞬く間に広がり 最後の被害者であった判事の元にいた娘の行方 何も知らず働かされていた可哀想な少年 様々な憶測 噂話
しかし全てを知る者は全員死に それ以上何の情報もないまま事件の処理は終わり
事件は一時の市民の話題となったあと やがて忘れられていった
店は取り壊され そこにはもう 何も残っていなかった
トビーは店で働いていた時のことを一通りを話したが 全て終わったあとに地下を覗き その惨状を目の当たりにし 外へ飛び出し偶然リドルフォに会い 共に警察へ駆け込んだことになった
理髪店と厨房に死体を送る通路が繋がっていたことから ラベットが共犯であることは明らかだったが トビーがどうだったかがわからない
しかし下働きの子供に伝えるのは危険だったであろうと誰かが言い出し さらに彼は被害者の1人の元にいた少年で 元からそこで働こうと思っていたわけではないので やはり伝えるのは いつか口を滑らす危険があっただろうと 誰かがまた言い出し
14歳とはいえ まだ小さな子供で 酷く心が弱っていたのもあってか警官たちから賢い子供には見えず 協力者にはなれないだろうと
結論これまで巧妙に隠していた犯人ならリスクは犯さないということになり 証拠不十分として トビーは釈放された
END