第二章 アドルフォ・ピレリ
アドルフォ・ピレリ
リドルフォ「…これが あの子が店を始めて 私の元を離れるまでの 私の知る限りの話だ あとはもう 君も知っているだろう」
トビー「…よく 覚えてます」
1874年5月25日
コリンズ理髪店 オープンより1ヶ月前のこと
ロンドンのある孤児院に トビーはいた
4歳の誕生日の日に両親を失い 2年ほど この場所にいる
環境は 正直良くはない 子供の人数は多く お腹いっぱいになったことはなかった
先にここで暮らしていた子供たちから この施設に関するいろんな話を聞き 恐ろしくて眠れない日には 睡眠薬代わりにお酒を飲んで 寝てしまえばいい という場所だった
施設の大人が 数週間前 彼の親の話をしていた トビーは何も知らないでここに来ていた
その話を聞いた時 まだあまり意味は理解できなかったが 戻って年上の子に聞くと 両親がどのような人であったか まだ幼いトビーにも なんとなくわかった
それで今日 トビーが何をしているのかというと 入ったことのない部屋で 施設の大人の隣に座り 外から来た男の人と話をしている
初めて会ったその人は ここへ来るなり彼を引き取ると言った
それは ここから出られるという意味で とにかくおとなしく いい子に見えるように 静かに会話を聞いていた
いざ隣に並ぶと とても背が高く 横の髪を巻き上げている妙な人というのも相まって 怖い人なのかと思った
けれど 優しく手を握り 一緒に施設を出る
短い間だったけど もう2度戻りたくない場所
そこから この人は僕を出してくれた なんて良い人なんだろうと 彼は思った
施設を出たみんなは 新しい両親と出会った
トビーにとって彼は 父親になるのだろうと思い その顔を良く見ようと 見上げると 彼もトビーを見た
「…なぁ お前 名前はなんていうんだ」
彼はトビーを引き取ると言ったが 名前すらまだ知らないようだった
トビー「ト…トビアス・ラッグです 施設のみんなは トビーって呼んでました」
「…そうか…トビーか」
そう言ってまた前を向いてしまったので まだ話をしたいトビーは 勇気を振り絞り 質問を返してみた
トビー「…あの…あなたの名前は…なんですか?」
「私か?あぁ そういえばまだ言ってなかったか……」
答える前に 小さくため息をつく
「アドルフォ・ピレリだ」
これが ピレリとトビーの 出会いの日だった
トビーは最初リドルフォの話を聞いた時 自分に関わりのあることだと言われていたからこそ わかってしまった
強盗によって両親を奪われたデイビーがピレリ
トビーにとって その事件に関わっているとしたならば 両親しかなかった ピレリは ラッグ夫妻の起こした事件の被害者だったのだと 初めて知った
そして 今までの彼の行動の理由 そして何より そんな相手の子供を引き取った理由
燃える思い
リドルフォ「…もう わかってくれただろう 私たちと 君が関係するのは あの日の事件…」
トビー「ピレリさんは 僕対して復讐を?それで今まで…」
リドルフォ「あの子が君を施設から出したのは 君を怒鳴ったり 殴るためじゃない」
トビー「でもしばらくしたらそんな感じでしたよ 最初こそ…普通でしたけど」
リドルフォ「一緒に暮らすつもりすらなかったんだ 親子にも 弟子や助手にする気もなかった」
トビー「…じゃあなぜです どちらでもないのに なんで僕を」
1875年
店にリドルフォが来た
ピレリと並び立つと 髪型に服装 今まで生やしていなかった髭…そっくり真似た姿だった
従兄弟のアドルフォに顔が似た彼にそれをやられると
アドルフォとリドルフォが1つにまとまって 今のアドルフォ・ピレリを作り上げて…とにかく いい気はしない
しかしピレリは全くそれを気にしていなかった
アドルフォ・ピレリを演じることは 彼の理髪業の中で重要な意味を持っていた
ピレリ「リドルフォ 遠いのに わざわざ来てくれるなんて…弟子の仕事ぶりが気になったのか?」
リドルフォ「まぁ それもある 調子はどうなんだ?」
ピレリ「順調だ ちゃんと生活できるぐらいには」
それを聞いてリドルフォは安心した
ピレリは開業にあたっては ある程度の資金を助けられたおかげで 借金もなく十分な状態で始められていた
リドルフォ「それで 1人 孤児院から引き取った子がいると聞いたんだが…」
ピレリ「……あぁ あいつのことか?なんで知ってるんだ…」
リドルフォ「私がお前の店に関して話したら 興味を持って一度行ったという客がいてな 彼から聞いた」
ピレリはその話を知られたくなかったのか 少し嫌そうな顔をした
リドルフォがそれに疑問を抱いていると 奥から少年が出てきた
ピレリ「…片付けは終わったのか」
トビー「はい 旦那さま」
リドルフォ「…アドルフォ…彼か?」
ピレリ「あぁこいつだ」
ピレリをセニョール(旦那さま)と呼ぶ 幼い子 孤児院から引き取り助手にしているとは聞いたが こんなに小さな子だとは思っていなかったので 少し驚くリドルフォ
ピレリ「この人はリドルフォ 私の従兄弟で師匠だ だからきちんと礼儀よく わかったな」
もう誰に対してもそういうようになってしまったのだろう彼に対し リドルフォは何も言わずに頷き 微笑みかけた
しかし ピレリのこの威圧的な態度 今まで共に暮らす中では知らなかった一面だった
主人と助手の関係…なのだろうが それにしても 子供の方がアドルフォを怖がっているように見える
リドルフォ「言い聞かせるのはいいが 子供に対してそう強い言い方はやめてあげなさい」
ピレリ「トビー 次は自分の部屋の掃除をしろと言ってあったな 話は終わりだ 早くやってこい!」
そう怒鳴られ トビーは慌てて店の奥へ走り去り そのまま自分の部屋に戻った
ピレリはリドルフォの言葉に返事をしなかった
1年近く一緒にいなかっただけで すっかり別人のようになってしまった
開業を決めた時には生き生きとしていて 明るさを取り戻していたはずなのに 今の彼は また深い暗闇のなかに戻ってしまったようだった
ピレリ「あの子供が誰か わかるか?」
リドルフォ「誰か…?どういう意味だ?孤児院の子だろう」
ピレリ「あいつはトビアス・ラッグというんだ」
リドルフォ「ラッグ…!?」
トビアス・ラッグ…あの逮捕の日 奥の部屋で出会った やつらの息子
そのトビアスが 今ここにいる 確かにあのあと孤児院に引き取られた
そんな子供を ピレリが引き取った
リドルフォ「どういうつもりなんだデイビー…なぜそれを知って 引き取った!?」
ピレリ「奴らのことや 子供のこと 宿屋の近所のやつに聞いたんだ そしたら息子がいる孤児院までわかった あいつらの…子供だぞ」
リドルフォ「だからなんだ まだ4歳だった子だぞ!」
ピレリの表情は 怒りや憎しみを露わにしていた その思いの標的に 何も知らなかった奴らの息子を選んでしまった
リドルフォは その行動も思いも 全く気づかなかった
リドルフォ「なぜ助手に迎えたんだ…もう関わらなくても…いいのに…」
ピレリ「俺はあいつを助手として置いておくつもりなんてない 弟子にもしない 親子にだってなってたまるか ずっと暮らしはしない」
リドルフォ「じゃあなんだ どんな子供か見るために わざわざ引き取ったのか?」
ピレリ「違う」
リドルフォは そこまで話した後 深くため息をついた あの日のピレリの言葉 言い方や表情まで思い出そうとしていた
笑っていたように思える いや あれは 今にも泣き出しそうなのを 誤魔化していたのか… ただ怒りを込めたのか いろんな感情が 溢れてきそうな顔だった
どうしても表現しきれない 1つの想いだけがこもったわけではない 言葉
その言葉をトビーに言う時のリドルフォは 今自分はどんな表情でいるだろうかと 思った
そして ピレリの言った言葉を 怒りと哀れみの思いを込めトビーに伝える
リドルフォ「じゃあなぜだ…と 私は聞いた」
そして…彼の友人たちに話すトビーは もういない彼に対し 強い思いを込めて 言った
ピレリ「殺すためだ」
ただ 言葉は一言
たったその一行の言葉が 今まで2人だけが知っていた引き取った理由であり 秘密にし続けていた理由
相手は 当時まだ4歳の 何も知らない子供 彼らの息子であったというだけの 幼くして両親が死刑にされてしまった それだけ たったそれだけの関係しかない 何の罪もない子供
それを自身の手で復讐が果たされなかったからという理由を持った男が殺してやろうとしている
そのために 孤児院から引き取り それまでの間も 助手として働かせている そしていつかは殺す気でいる
それを言われて リドルフォは絶句する
同じように 過去の話を聞かされる彼らも…
少しも考えつかなかったわけではない 話を聞くうちに そうなのかもしれないと考えた だが 胸中に抱くことも苛まれることだ だが まさかそんなことはしないだろうと
今現在 トビーは生きている 暴力は振るわれたが 殺されそうになることはないまま 彼と暮らし 最後には 少し関係も改善したくらいだ
だから 言葉が出てこなかった 一瞬 思考が止まったように 誰もが 固まる という以外の反応ができなかった
彼がそれをどんな顔で 声で言ったかは リドルフォしか知らない
そんなことをしようと思うほど ピレリの中で あの事件が全く終わっていなかったのだ
リドルフォは 目の前にいる彼が デイビーだと信じられなかった
そんなことを言うなんて 何か聞き間違いであって欲しかった
リドルフォ「……デイビー お前 何を言っているのかわかっているのか…?!」
ようやく 絞り出すような声で それでもなんとか強く 強く 言おうとしていた
ピレリ「リドルフォが言っていたんだぞ 奴らに同じ思いをさせてやりたいって 俺もそう思った もういないとしても 関係ないと けど見ただろ?殺してない…」
リドルフォ「今は…まだ というわけではないのか」
ピレリ「もう殺そうとした うまく隠せるように 考えた 殺すためだけに ここへ連れてきたんだからな」
連れてきてから数日後の真夜中
トビーが眠っているのを確認したピレリは ゆっくりと部屋に入る
そもそもその日 トビーはピレリの目を盗んで 孤児院にいた頃の習慣で 酒をこっそり飲んでいた ピレリが近づいても 全く気にならないくらいには ぐっすりと眠っていた
起こさないように ゆっくり近づく その手には 彼の剃刀が握られている
暗い部屋の中には 月明かりが差し込んでいた
仰向けに眠る彼の首の位置を しっかり捉えていた
剃刀を開く
暗がりのピレリの表情は 冷酷な殺人鬼を 演じていた
息をのむ 剃刀を持つ手が 少し震えている
衝動的な殺意を抱いていただけに過ぎなかった彼は 冷静だった
情報を集め 行動に移し 彼をここまで連れてきた その間 ずっと自問自答し続けていた
結論 こんなことをしても ただ自分が罪を犯すだけにしかならないと わかってはいた
しかし 奴らの子供が存在することを許せない 幼いデイビーが 今の彼に 恨みの言葉を言い続ける
奴らが 全て奪っておきながら 授かった子
彼らの罪のせいで この子供が今 かつて両親を殺された俺に殺されるのだと
「リドルフォは 奴らを同じ目に合わせてやると言っていた」
幻聴か 言い聞かせるように呟いた自身の声なのか
「家族を奪われる悲しみは 誰よりも知ってる」
自分の鼓動や呼吸音が煩わしく感じる 静かな部屋なのに ずっとうるさく思える
殺してしまえばそれで終われる 2度と悪夢を見ないで あの日を忘れて生きていられる 奴らはいない 奴らの得た幸福の証も全て消える
何も残らない 残させてたまるか
剃刀を振り上げる ここで殺せなければ この先まだ一緒に暮らさなければならなくなる 捨てればこの子供は死ぬか犯罪者になる
自己防衛のための 理由を探し続ける この腕を振り下ろす理由を 求め続ける
結局 幼いデイビーが ただ泣き叫ぶだけで 蘇るのはあの日の光景
彼は極悪人じゃない なんの罪悪感もなく 人を殺せるような人間じゃない けれど ここまで本気で彼を殺す気でいた 悪人ではあった
けれど その手を止めた
トビーが 小さく両親を呼ぶ声が聞こえた 起きてはいない 寝言だ
両親が何をしたか 知っていると施設の人間は言っていた
それなのに 悲しそうな声で 両親を呼ぶ
両親は凶悪な犯罪者 幼い頃にその両親を失い いい噂は聞かない孤児院へ預けられ ようやく出た先で 罪人の子だと 復讐のために 殺される
そんなことを していいのだろうか 何もしていないのに
いいはずがない
結局 ピレリはその場で散々悩み ついに剃刀をしまった
部屋を出て自分の寝室へ戻る その間も 考え続ける
自らの行いの恐ろしさは 一番よくわかっていた
それでも ずっと葛藤している 未だ この手で復讐を果たしたい自分が消えずにいる
だがやってしまった 決心が揺るがなければ 今頃彼は死んでいる あの日の光景を 上書きするように
ピレリ「ラッグたちを殺すの やめてよかったなリドルフォ こんなこと あなたのような人なら 出来やしなかった」
リドルフォ「…確かに私は 言った 同じ思いをとは しかし…だめだ お前が捕まるようなことになってはいけない」
ピレリ「…なんでそんなことを心配するんだ」
リドルフォ「お前を失いたくないからだ 奴らの子だろうが 殺せば罪になる」
思っていたような言われ方ではなかったのか ピレリの方が驚いた顔になる
無関係の子供を殺そうとしたことではなく 別の点でリドルフォは彼の行いを咎めている
ピレリ「こんな俺が捕まるかどうかが心配なのか?」
リドルフォ「復讐のために殺そうとするな と言える立場じゃない 捕まるからやめておけ としか…」
ピレリ「リドルフォはやらなかった 奴らを正しい方法で 捕まえて死刑にして 同じじゃない 俺は…」
リドルフォ「冷静ではなかった 一因は私にもある それに お前はまだ殺していない 踏み止まった これからは改めて あの子と暮らせばいい」
リドルフォはピレリを抱きしめる
責め立てられると思っていた 子供を殺そうとした なのに リドルフォはそれ以上 責めることはなかった
リドルフォ「自分を罰したいなら せめてあの子を幸せに…そしてお前も…互いを許し 普通に暮らせばいい」
ピレリ「けど 俺は 許したいだとか 許されたいなんて 思わない もう 俺にとって あの子供が生きてることが 死んだあいつらの唯一の幸せのようで」
リドルフォ「だとしても もう何もするんじゃない あの子を死なせること以外なら 私は なんだってお前の助けになるつもりだ だがいつかは私もいなくなる そう遠くないうちに お前はあの子と2人で…2人ともが 全ての過去から解放され 幸せになってほしい お願いだ……」
ピレリ「……リドルフォ」
ピレリはゆっくりと リドルフォの体に腕をまわし 同じように抱きしめた
リドルフォはずっとデイビーの幸せを望み続けてきた 彼から一切の苦しみや悲しみを取り除こうとするあまり 何もかも 自分で終わらせようとしてしまったほどには
それが結果としてピレリを苦しめ 逃れられない感情や悪夢から 救うことはできなかった
だがこれまでリドルフォが デイビーにしてきたことは トビーを殺そうとするピレリを止めた
リドルフォは 大切な人を殺されて その犯人を生かしておけるような人間では もちろんなかった
リドルフォはそっとピレリから離れ
後ろめたさからか 下を向きながら話し始めた
リドルフォ「…デイビー 私はラッグ夫妻を殺さなかった 確かにそうだ だがそれは 逮捕されれば夫妻ともども死刑になるとわかりきっていたし 何より まだやることがあったからだ だから警察に頼んだ だが 警察がいなければ 夫妻に子供がいると 殺したその場でわかったなら…たぶん殺していた 私はお前のように 自らの行いに恐怖し 後悔できるような正しい人間じゃない 彼らが幸せであった証など全て奪い 消し去りたいと思うのは 同じだ 私はやれてしまうだろう その時 捕まるわけにはいかなかったから 完璧に隠し通せる気もしなかったから やらなかっただけだ」
リドルフォは ピレリが影響を受けるほど その内に 強い恨みを抱き続けてきた その後自分がどうなろうと 敵をうつために 行動ができた
罪悪感ではなく まだ捕まるわけにはいかない理由があったから 直接手を下さず
それのおかげで トビーは殺されてしまったかもしれない未来を避けれた
ピレリとは違い 彼は本当の 冷酷な復讐者だった
ピレリ「そんな リドルフォ 違う それは…」
リドルフォ「ただお前に 勘違いをさせないためだ お前だけが 恐ろしい考えを持つわけではない そして私は 善良な人間ではない 私はあと1人 殺さなければならない相手がいる」
ピレリ「誰だ?まだ他にあの事件に関わってるやつがいたのか?それなら俺も協力させてくれ」
リドルフォは首を振る
リドルフォ「お前が被害にあったわけじゃない 私も直接ではない だが到底許せない…バーカー夫妻は覚えているな?」
ピレリは頷く 彼の本当の顔を 見れている そんな気がした
リドルフォはいつもの優しい声ではなく 暗く冷たい
今度はリドルフォが 明るくない復讐の話をする番になっていた
リドルフォ「何もしていないベンジャミンに罪を被せ 島流しにした奴がいる ターピン判事だ あの悪党は 何度もそうして怪しい有罪判決を下している ベンジャミンに関してもそうだ ラッグ夫妻に協力し パトリックたちを襲わせたなんて 馬鹿げた話を…」
ルーシーはそんな悪党に狙われ続け 夫を失い やがて自らの命も絶った
リドルフォはそのターピン判事を なんとか裁けないかと考えたが 相手の方が権力はあった
殺すしかないと考えている最中 ラッグ夫妻を見つけた
彼らを殺して捕まれば ターピンを始末できない だから彼は警察に話し 逮捕させた
だが宿屋を訪ねて泊まれば隙を狙えたラッグと違い 相手は判事で 側にはかなりの頻度で 役人がついていた
家に尋ねる術はない 下手に動いて目論みがバレれば 消されるのはこちらになる
リドルフォ「今は何もできないが 機会があれば…だから私はいずれ いなくなる だから罪のない者を殺し 捕まるような そんなことはしないでくれ 助けてやれない そうなれば 私の悪夢も終わらない デイビー 幸せになってくれ 時々でも会いに来る いつかターピンが殺されたら それはおそらく私だろう その時まで 私はお前の助けになるよ…」
ピレリは より一層 自らの行いを後悔した 彼はピレリの苦しみを 辛さを 理解していなかったわけではなく それ以上に自分が苦しんでいた 全てを1人で終わらせるのは ピレリのためのようで 自分のためだった
それを ピレリは知らなかった 互いに 互いを 分かりきれてはいなかった
彼らは親子ではなかった 互いを支えるのは 復讐という共通の思い それによって全て忘れ去り 悪夢から解放されたかった その思い
それぞれが自分のために そしてそれがやがて相手のためになるように 奪われた幸せを奪い返したかった
結果がピレリの過ちと リドルフォの終わらない復讐だった
救われようと選んだ道が そもそも間違っているのに 気づかない
その手を引いたのは リドルフォだった
だからリドルフォは ピレリをそれ以上 非難することはできなかった
トビー「…でもピレリさんは変われなかった」
リドルフォ「すまない 私は 何も言う資格がないと 思い込んでしまっていた 今思えば 私もずっとおかしかったんだ」
トビー「それは…けど あなたは ピレリさんを育てて 悪人の逮捕に協力して あの時 あなた自身は悪い人じゃなかった 今だって あなたはまだ悪い人に…なってない…僕に 全て話してくれた!おかげで わかりました 今までのあの人の行動全て 知りたかったことが 全部……僕の方が よっぽど…ピレリさんより…」
リドルフォ「違う!断じてそんなことはない 君があの時した判断は…」
トビー「いいんです もう 僕の中の恨みや憎しみは おかげで完全にないです もう そんなこと思わずに生きていけます 僕はあなたたちを責められない でもだから許すわけじゃない 僕はただ もうそんな思いを抱きたくないんです 本当に 恐ろしいものです 身をもって知りましたから」
あの日の悪夢は終わり もう 過去を振り返ることなく 前をみて進めるはずだった
けれどピレリは 衝動を抑えきれず トビーにとって辛い日々は続いた
1876年1月18日
ピレリは壁から伸びた真っ白な腕に肩を掴まれ 壁の中に飲み込まれていった
END
リドルフォ「…これが あの子が店を始めて 私の元を離れるまでの 私の知る限りの話だ あとはもう 君も知っているだろう」
トビー「…よく 覚えてます」
1874年5月25日
コリンズ理髪店 オープンより1ヶ月前のこと
ロンドンのある孤児院に トビーはいた
4歳の誕生日の日に両親を失い 2年ほど この場所にいる
環境は 正直良くはない 子供の人数は多く お腹いっぱいになったことはなかった
先にここで暮らしていた子供たちから この施設に関するいろんな話を聞き 恐ろしくて眠れない日には 睡眠薬代わりにお酒を飲んで 寝てしまえばいい という場所だった
施設の大人が 数週間前 彼の親の話をしていた トビーは何も知らないでここに来ていた
その話を聞いた時 まだあまり意味は理解できなかったが 戻って年上の子に聞くと 両親がどのような人であったか まだ幼いトビーにも なんとなくわかった
それで今日 トビーが何をしているのかというと 入ったことのない部屋で 施設の大人の隣に座り 外から来た男の人と話をしている
初めて会ったその人は ここへ来るなり彼を引き取ると言った
それは ここから出られるという意味で とにかくおとなしく いい子に見えるように 静かに会話を聞いていた
いざ隣に並ぶと とても背が高く 横の髪を巻き上げている妙な人というのも相まって 怖い人なのかと思った
けれど 優しく手を握り 一緒に施設を出る
短い間だったけど もう2度戻りたくない場所
そこから この人は僕を出してくれた なんて良い人なんだろうと 彼は思った
施設を出たみんなは 新しい両親と出会った
トビーにとって彼は 父親になるのだろうと思い その顔を良く見ようと 見上げると 彼もトビーを見た
「…なぁ お前 名前はなんていうんだ」
彼はトビーを引き取ると言ったが 名前すらまだ知らないようだった
トビー「ト…トビアス・ラッグです 施設のみんなは トビーって呼んでました」
「…そうか…トビーか」
そう言ってまた前を向いてしまったので まだ話をしたいトビーは 勇気を振り絞り 質問を返してみた
トビー「…あの…あなたの名前は…なんですか?」
「私か?あぁ そういえばまだ言ってなかったか……」
答える前に 小さくため息をつく
「アドルフォ・ピレリだ」
これが ピレリとトビーの 出会いの日だった
トビーは最初リドルフォの話を聞いた時 自分に関わりのあることだと言われていたからこそ わかってしまった
強盗によって両親を奪われたデイビーがピレリ
トビーにとって その事件に関わっているとしたならば 両親しかなかった ピレリは ラッグ夫妻の起こした事件の被害者だったのだと 初めて知った
そして 今までの彼の行動の理由 そして何より そんな相手の子供を引き取った理由
燃える思い
リドルフォ「…もう わかってくれただろう 私たちと 君が関係するのは あの日の事件…」
トビー「ピレリさんは 僕対して復讐を?それで今まで…」
リドルフォ「あの子が君を施設から出したのは 君を怒鳴ったり 殴るためじゃない」
トビー「でもしばらくしたらそんな感じでしたよ 最初こそ…普通でしたけど」
リドルフォ「一緒に暮らすつもりすらなかったんだ 親子にも 弟子や助手にする気もなかった」
トビー「…じゃあなぜです どちらでもないのに なんで僕を」
1875年
店にリドルフォが来た
ピレリと並び立つと 髪型に服装 今まで生やしていなかった髭…そっくり真似た姿だった
従兄弟のアドルフォに顔が似た彼にそれをやられると
アドルフォとリドルフォが1つにまとまって 今のアドルフォ・ピレリを作り上げて…とにかく いい気はしない
しかしピレリは全くそれを気にしていなかった
アドルフォ・ピレリを演じることは 彼の理髪業の中で重要な意味を持っていた
ピレリ「リドルフォ 遠いのに わざわざ来てくれるなんて…弟子の仕事ぶりが気になったのか?」
リドルフォ「まぁ それもある 調子はどうなんだ?」
ピレリ「順調だ ちゃんと生活できるぐらいには」
それを聞いてリドルフォは安心した
ピレリは開業にあたっては ある程度の資金を助けられたおかげで 借金もなく十分な状態で始められていた
リドルフォ「それで 1人 孤児院から引き取った子がいると聞いたんだが…」
ピレリ「……あぁ あいつのことか?なんで知ってるんだ…」
リドルフォ「私がお前の店に関して話したら 興味を持って一度行ったという客がいてな 彼から聞いた」
ピレリはその話を知られたくなかったのか 少し嫌そうな顔をした
リドルフォがそれに疑問を抱いていると 奥から少年が出てきた
ピレリ「…片付けは終わったのか」
トビー「はい 旦那さま」
リドルフォ「…アドルフォ…彼か?」
ピレリ「あぁこいつだ」
ピレリをセニョール(旦那さま)と呼ぶ 幼い子 孤児院から引き取り助手にしているとは聞いたが こんなに小さな子だとは思っていなかったので 少し驚くリドルフォ
ピレリ「この人はリドルフォ 私の従兄弟で師匠だ だからきちんと礼儀よく わかったな」
もう誰に対してもそういうようになってしまったのだろう彼に対し リドルフォは何も言わずに頷き 微笑みかけた
しかし ピレリのこの威圧的な態度 今まで共に暮らす中では知らなかった一面だった
主人と助手の関係…なのだろうが それにしても 子供の方がアドルフォを怖がっているように見える
リドルフォ「言い聞かせるのはいいが 子供に対してそう強い言い方はやめてあげなさい」
ピレリ「トビー 次は自分の部屋の掃除をしろと言ってあったな 話は終わりだ 早くやってこい!」
そう怒鳴られ トビーは慌てて店の奥へ走り去り そのまま自分の部屋に戻った
ピレリはリドルフォの言葉に返事をしなかった
1年近く一緒にいなかっただけで すっかり別人のようになってしまった
開業を決めた時には生き生きとしていて 明るさを取り戻していたはずなのに 今の彼は また深い暗闇のなかに戻ってしまったようだった
ピレリ「あの子供が誰か わかるか?」
リドルフォ「誰か…?どういう意味だ?孤児院の子だろう」
ピレリ「あいつはトビアス・ラッグというんだ」
リドルフォ「ラッグ…!?」
トビアス・ラッグ…あの逮捕の日 奥の部屋で出会った やつらの息子
そのトビアスが 今ここにいる 確かにあのあと孤児院に引き取られた
そんな子供を ピレリが引き取った
リドルフォ「どういうつもりなんだデイビー…なぜそれを知って 引き取った!?」
ピレリ「奴らのことや 子供のこと 宿屋の近所のやつに聞いたんだ そしたら息子がいる孤児院までわかった あいつらの…子供だぞ」
リドルフォ「だからなんだ まだ4歳だった子だぞ!」
ピレリの表情は 怒りや憎しみを露わにしていた その思いの標的に 何も知らなかった奴らの息子を選んでしまった
リドルフォは その行動も思いも 全く気づかなかった
リドルフォ「なぜ助手に迎えたんだ…もう関わらなくても…いいのに…」
ピレリ「俺はあいつを助手として置いておくつもりなんてない 弟子にもしない 親子にだってなってたまるか ずっと暮らしはしない」
リドルフォ「じゃあなんだ どんな子供か見るために わざわざ引き取ったのか?」
ピレリ「違う」
リドルフォは そこまで話した後 深くため息をついた あの日のピレリの言葉 言い方や表情まで思い出そうとしていた
笑っていたように思える いや あれは 今にも泣き出しそうなのを 誤魔化していたのか… ただ怒りを込めたのか いろんな感情が 溢れてきそうな顔だった
どうしても表現しきれない 1つの想いだけがこもったわけではない 言葉
その言葉をトビーに言う時のリドルフォは 今自分はどんな表情でいるだろうかと 思った
そして ピレリの言った言葉を 怒りと哀れみの思いを込めトビーに伝える
リドルフォ「じゃあなぜだ…と 私は聞いた」
そして…彼の友人たちに話すトビーは もういない彼に対し 強い思いを込めて 言った
ピレリ「殺すためだ」
ただ 言葉は一言
たったその一行の言葉が 今まで2人だけが知っていた引き取った理由であり 秘密にし続けていた理由
相手は 当時まだ4歳の 何も知らない子供 彼らの息子であったというだけの 幼くして両親が死刑にされてしまった それだけ たったそれだけの関係しかない 何の罪もない子供
それを自身の手で復讐が果たされなかったからという理由を持った男が殺してやろうとしている
そのために 孤児院から引き取り それまでの間も 助手として働かせている そしていつかは殺す気でいる
それを言われて リドルフォは絶句する
同じように 過去の話を聞かされる彼らも…
少しも考えつかなかったわけではない 話を聞くうちに そうなのかもしれないと考えた だが 胸中に抱くことも苛まれることだ だが まさかそんなことはしないだろうと
今現在 トビーは生きている 暴力は振るわれたが 殺されそうになることはないまま 彼と暮らし 最後には 少し関係も改善したくらいだ
だから 言葉が出てこなかった 一瞬 思考が止まったように 誰もが 固まる という以外の反応ができなかった
彼がそれをどんな顔で 声で言ったかは リドルフォしか知らない
そんなことをしようと思うほど ピレリの中で あの事件が全く終わっていなかったのだ
リドルフォは 目の前にいる彼が デイビーだと信じられなかった
そんなことを言うなんて 何か聞き間違いであって欲しかった
リドルフォ「……デイビー お前 何を言っているのかわかっているのか…?!」
ようやく 絞り出すような声で それでもなんとか強く 強く 言おうとしていた
ピレリ「リドルフォが言っていたんだぞ 奴らに同じ思いをさせてやりたいって 俺もそう思った もういないとしても 関係ないと けど見ただろ?殺してない…」
リドルフォ「今は…まだ というわけではないのか」
ピレリ「もう殺そうとした うまく隠せるように 考えた 殺すためだけに ここへ連れてきたんだからな」
連れてきてから数日後の真夜中
トビーが眠っているのを確認したピレリは ゆっくりと部屋に入る
そもそもその日 トビーはピレリの目を盗んで 孤児院にいた頃の習慣で 酒をこっそり飲んでいた ピレリが近づいても 全く気にならないくらいには ぐっすりと眠っていた
起こさないように ゆっくり近づく その手には 彼の剃刀が握られている
暗い部屋の中には 月明かりが差し込んでいた
仰向けに眠る彼の首の位置を しっかり捉えていた
剃刀を開く
暗がりのピレリの表情は 冷酷な殺人鬼を 演じていた
息をのむ 剃刀を持つ手が 少し震えている
衝動的な殺意を抱いていただけに過ぎなかった彼は 冷静だった
情報を集め 行動に移し 彼をここまで連れてきた その間 ずっと自問自答し続けていた
結論 こんなことをしても ただ自分が罪を犯すだけにしかならないと わかってはいた
しかし 奴らの子供が存在することを許せない 幼いデイビーが 今の彼に 恨みの言葉を言い続ける
奴らが 全て奪っておきながら 授かった子
彼らの罪のせいで この子供が今 かつて両親を殺された俺に殺されるのだと
「リドルフォは 奴らを同じ目に合わせてやると言っていた」
幻聴か 言い聞かせるように呟いた自身の声なのか
「家族を奪われる悲しみは 誰よりも知ってる」
自分の鼓動や呼吸音が煩わしく感じる 静かな部屋なのに ずっとうるさく思える
殺してしまえばそれで終われる 2度と悪夢を見ないで あの日を忘れて生きていられる 奴らはいない 奴らの得た幸福の証も全て消える
何も残らない 残させてたまるか
剃刀を振り上げる ここで殺せなければ この先まだ一緒に暮らさなければならなくなる 捨てればこの子供は死ぬか犯罪者になる
自己防衛のための 理由を探し続ける この腕を振り下ろす理由を 求め続ける
結局 幼いデイビーが ただ泣き叫ぶだけで 蘇るのはあの日の光景
彼は極悪人じゃない なんの罪悪感もなく 人を殺せるような人間じゃない けれど ここまで本気で彼を殺す気でいた 悪人ではあった
けれど その手を止めた
トビーが 小さく両親を呼ぶ声が聞こえた 起きてはいない 寝言だ
両親が何をしたか 知っていると施設の人間は言っていた
それなのに 悲しそうな声で 両親を呼ぶ
両親は凶悪な犯罪者 幼い頃にその両親を失い いい噂は聞かない孤児院へ預けられ ようやく出た先で 罪人の子だと 復讐のために 殺される
そんなことを していいのだろうか 何もしていないのに
いいはずがない
結局 ピレリはその場で散々悩み ついに剃刀をしまった
部屋を出て自分の寝室へ戻る その間も 考え続ける
自らの行いの恐ろしさは 一番よくわかっていた
それでも ずっと葛藤している 未だ この手で復讐を果たしたい自分が消えずにいる
だがやってしまった 決心が揺るがなければ 今頃彼は死んでいる あの日の光景を 上書きするように
ピレリ「ラッグたちを殺すの やめてよかったなリドルフォ こんなこと あなたのような人なら 出来やしなかった」
リドルフォ「…確かに私は 言った 同じ思いをとは しかし…だめだ お前が捕まるようなことになってはいけない」
ピレリ「…なんでそんなことを心配するんだ」
リドルフォ「お前を失いたくないからだ 奴らの子だろうが 殺せば罪になる」
思っていたような言われ方ではなかったのか ピレリの方が驚いた顔になる
無関係の子供を殺そうとしたことではなく 別の点でリドルフォは彼の行いを咎めている
ピレリ「こんな俺が捕まるかどうかが心配なのか?」
リドルフォ「復讐のために殺そうとするな と言える立場じゃない 捕まるからやめておけ としか…」
ピレリ「リドルフォはやらなかった 奴らを正しい方法で 捕まえて死刑にして 同じじゃない 俺は…」
リドルフォ「冷静ではなかった 一因は私にもある それに お前はまだ殺していない 踏み止まった これからは改めて あの子と暮らせばいい」
リドルフォはピレリを抱きしめる
責め立てられると思っていた 子供を殺そうとした なのに リドルフォはそれ以上 責めることはなかった
リドルフォ「自分を罰したいなら せめてあの子を幸せに…そしてお前も…互いを許し 普通に暮らせばいい」
ピレリ「けど 俺は 許したいだとか 許されたいなんて 思わない もう 俺にとって あの子供が生きてることが 死んだあいつらの唯一の幸せのようで」
リドルフォ「だとしても もう何もするんじゃない あの子を死なせること以外なら 私は なんだってお前の助けになるつもりだ だがいつかは私もいなくなる そう遠くないうちに お前はあの子と2人で…2人ともが 全ての過去から解放され 幸せになってほしい お願いだ……」
ピレリ「……リドルフォ」
ピレリはゆっくりと リドルフォの体に腕をまわし 同じように抱きしめた
リドルフォはずっとデイビーの幸せを望み続けてきた 彼から一切の苦しみや悲しみを取り除こうとするあまり 何もかも 自分で終わらせようとしてしまったほどには
それが結果としてピレリを苦しめ 逃れられない感情や悪夢から 救うことはできなかった
だがこれまでリドルフォが デイビーにしてきたことは トビーを殺そうとするピレリを止めた
リドルフォは 大切な人を殺されて その犯人を生かしておけるような人間では もちろんなかった
リドルフォはそっとピレリから離れ
後ろめたさからか 下を向きながら話し始めた
リドルフォ「…デイビー 私はラッグ夫妻を殺さなかった 確かにそうだ だがそれは 逮捕されれば夫妻ともども死刑になるとわかりきっていたし 何より まだやることがあったからだ だから警察に頼んだ だが 警察がいなければ 夫妻に子供がいると 殺したその場でわかったなら…たぶん殺していた 私はお前のように 自らの行いに恐怖し 後悔できるような正しい人間じゃない 彼らが幸せであった証など全て奪い 消し去りたいと思うのは 同じだ 私はやれてしまうだろう その時 捕まるわけにはいかなかったから 完璧に隠し通せる気もしなかったから やらなかっただけだ」
リドルフォは ピレリが影響を受けるほど その内に 強い恨みを抱き続けてきた その後自分がどうなろうと 敵をうつために 行動ができた
罪悪感ではなく まだ捕まるわけにはいかない理由があったから 直接手を下さず
それのおかげで トビーは殺されてしまったかもしれない未来を避けれた
ピレリとは違い 彼は本当の 冷酷な復讐者だった
ピレリ「そんな リドルフォ 違う それは…」
リドルフォ「ただお前に 勘違いをさせないためだ お前だけが 恐ろしい考えを持つわけではない そして私は 善良な人間ではない 私はあと1人 殺さなければならない相手がいる」
ピレリ「誰だ?まだ他にあの事件に関わってるやつがいたのか?それなら俺も協力させてくれ」
リドルフォは首を振る
リドルフォ「お前が被害にあったわけじゃない 私も直接ではない だが到底許せない…バーカー夫妻は覚えているな?」
ピレリは頷く 彼の本当の顔を 見れている そんな気がした
リドルフォはいつもの優しい声ではなく 暗く冷たい
今度はリドルフォが 明るくない復讐の話をする番になっていた
リドルフォ「何もしていないベンジャミンに罪を被せ 島流しにした奴がいる ターピン判事だ あの悪党は 何度もそうして怪しい有罪判決を下している ベンジャミンに関してもそうだ ラッグ夫妻に協力し パトリックたちを襲わせたなんて 馬鹿げた話を…」
ルーシーはそんな悪党に狙われ続け 夫を失い やがて自らの命も絶った
リドルフォはそのターピン判事を なんとか裁けないかと考えたが 相手の方が権力はあった
殺すしかないと考えている最中 ラッグ夫妻を見つけた
彼らを殺して捕まれば ターピンを始末できない だから彼は警察に話し 逮捕させた
だが宿屋を訪ねて泊まれば隙を狙えたラッグと違い 相手は判事で 側にはかなりの頻度で 役人がついていた
家に尋ねる術はない 下手に動いて目論みがバレれば 消されるのはこちらになる
リドルフォ「今は何もできないが 機会があれば…だから私はいずれ いなくなる だから罪のない者を殺し 捕まるような そんなことはしないでくれ 助けてやれない そうなれば 私の悪夢も終わらない デイビー 幸せになってくれ 時々でも会いに来る いつかターピンが殺されたら それはおそらく私だろう その時まで 私はお前の助けになるよ…」
ピレリは より一層 自らの行いを後悔した 彼はピレリの苦しみを 辛さを 理解していなかったわけではなく それ以上に自分が苦しんでいた 全てを1人で終わらせるのは ピレリのためのようで 自分のためだった
それを ピレリは知らなかった 互いに 互いを 分かりきれてはいなかった
彼らは親子ではなかった 互いを支えるのは 復讐という共通の思い それによって全て忘れ去り 悪夢から解放されたかった その思い
それぞれが自分のために そしてそれがやがて相手のためになるように 奪われた幸せを奪い返したかった
結果がピレリの過ちと リドルフォの終わらない復讐だった
救われようと選んだ道が そもそも間違っているのに 気づかない
その手を引いたのは リドルフォだった
だからリドルフォは ピレリをそれ以上 非難することはできなかった
トビー「…でもピレリさんは変われなかった」
リドルフォ「すまない 私は 何も言う資格がないと 思い込んでしまっていた 今思えば 私もずっとおかしかったんだ」
トビー「それは…けど あなたは ピレリさんを育てて 悪人の逮捕に協力して あの時 あなた自身は悪い人じゃなかった 今だって あなたはまだ悪い人に…なってない…僕に 全て話してくれた!おかげで わかりました 今までのあの人の行動全て 知りたかったことが 全部……僕の方が よっぽど…ピレリさんより…」
リドルフォ「違う!断じてそんなことはない 君があの時した判断は…」
トビー「いいんです もう 僕の中の恨みや憎しみは おかげで完全にないです もう そんなこと思わずに生きていけます 僕はあなたたちを責められない でもだから許すわけじゃない 僕はただ もうそんな思いを抱きたくないんです 本当に 恐ろしいものです 身をもって知りましたから」
あの日の悪夢は終わり もう 過去を振り返ることなく 前をみて進めるはずだった
けれどピレリは 衝動を抑えきれず トビーにとって辛い日々は続いた
1876年1月18日
ピレリは壁から伸びた真っ白な腕に肩を掴まれ 壁の中に飲み込まれていった
END