第二章 アドルフォ・ピレリ
デイビー・コリンズ
リドルフォ「…それで そうだ ベンジャミンの店に パトリックの息子…デイビーが手伝いにいった…あの時の話だったな」
リドルフォはそう言って 一度深呼吸をし 過去を思い出し 再び語り始めた
その前に 集会所では 少し補足するように ゼロがベンジャミンの店に着いた頃の話をした
1857年10月14日
朝 両親と朝食を食べ 迎えに来たベンジャミンとフリート街の店へ向かう
ベンジャミン「不安か?デイビー」
デイビー「ちょっと ドキドキしてます 二週間も家を出て 何かをするなんて 初めてで」
ベンジャミン「私は昔 プラマーさんの店に来たばかりの頃は どうしていいのか 緊張したな…そんなに難しいことはないから 大丈夫だぞ」
デイビーはベンジャミンの手伝いをしながら 窓際の椅子の上で 彼の仕事を眺めていた
父とは違う ベンジャミンの技術
何もすることはない時は ずっとその姿を うっとりと見ていた
ルーシー「デイビー おいで」
ベンジャミンの店に遊びに来たのは ルーシー という女性だった
ルーシー「スコーン食べる?」
デイビー「食べたい!」
ルーシーはベンジャミンの恋人で 金髪の美しい女性だった
ベンジャミンの店で彼の友人の子が手伝いをしているということで 会いに来ていた
2人が楽しそうに会話する姿を見て デイビーは邪魔にならないように 暇をしている下の料理屋の店主と喋っていたりした
3人で食事に出かけたり ベンジャミンの買い出しについて行ったり
そしてまた 仕事の様子を眺めたり
主な仕事は掃除 朝ベンジャミンと行い 客が帰るとまた掃除
床を掃いて 休憩して 食事をして 楽しい時間を過ごした
…以上が ゼロの補足
そして リドルフォがトビーに語り始める
10月28日
2週間経ったのでデイビーを送るため ベンジャミンは午前中で店を閉めた
前日にリドルフォが店へ来ていて 2人で飲んだ後 時間も遅いので泊まっていて そのままパトリックの元へ行って 明日の話でもしてから戻ろうと思い ベンジャミンとデイビーと共に 店へ向かっていた
ベンジャミン「明日は誕生日だな」
デイビー「うん!」
リドルフォ「もう10歳か…早いなぁ」
フリート街から3人で 色々会話しながら歩く
大勢の人で賑わう聖ダンスタン市場 その中で行われている見世物小屋での物売りの 賑やかな声を横目に通り抜ける
コリンズ理髪店に着く
店の扉を開け 中に入る
リドルフォ「パトリック?奥にいるのか?」
営業はもう終わらせたのか 客はおらず 静かだった
昼には遅いがダイニングルームの方かもしれないと 3人は店の奥に入った
扉を開ける
すると 異様な光景が目に入る
部屋が荒れている 引き出しが雑に開けられていて 物が散乱している
片付けをするにしては あまりにも雑すぎる
何か大切な失くしものを 大慌てで探すような そんな状況くらいでしか ならないような状態
嫌な予感がした
とてつもない事態が起こっているような気がしてきた
ダイニングへ向かう 恐る恐る 腰の剃刀ホルダーを確認しながら 歩いた
リドルフォの後ろに ベンジャミンがデイビーと手を繋ぎながら 歩いた
まっすぐ前を向いて歩くリドルフォに対し ベンジャミンは辺りをよく見ながら歩いた
そして
ベンジャミン「リドルフォ」
ダイニングルームに着く直前 ベンジャミンが何かに気づき リドルフォを静止しようと手を伸ばす
しかしその前に リドルフォはダイニングルームを覗き込み 手を横に伸ばし 逆にベンジャミンたちの動きを静止する動きをした
リドルフォの手が 震えていた
リドルフォ「ベンジャミン デイビー 一度 外へ出よう…」
ベンジャミン「どうした」
リドルフォ「出よう デイビー こっちに 来ては…」
声も震えるリドルフォに 何事かと思ったのか デイビーはベンジャミンが掴む手をするりと抜け リドルフォの方へ歩いて近づく
リドルフォ「デイビー!」
リドルフォが体を掴んで止めようとしたが 遅かった
デイビーは部屋を見て 目を開いたまま固まる
ベンジャミンも リドルフォも 慌ててデイビーの体を引っ張る
その時に ベンジャミンもはっきりと その光景を目にした
物が散乱している 椅子も机も 元の位置から離れてぐちゃぐちゃで 倒れている椅子もある
ここも引き出しが雑に開けられていて パトリックの剃刀ケースがひっくり返っていて 1本だけ 赤い海の中に落ちていた
壁が 床が 一部を赤く染めていた
まるで誰かが暴れ回ったようだった
その中で 無惨な姿で倒れる パトリックと クレアー
家具があちこちぶつかってズレたのかどかされたのかしていたせいで その姿はよく見えた
デイビーに見せてはいけない 咄嗟にそう思ったが 動揺するあまり 行動が遅れた
ベンジャミンも 部屋の前で血痕を見つけ 嫌な予感が的中したかもしれないと思い リドルフォを止めようとしていた
パトリックも クレアーも 身体を数箇所刺され 首にも刃物で横にまっすぐ切られた傷があった
凄惨な光景を目の当たりにして デイビーはリドルフォの腕の中で 大きく目を開いたまま がっちりと 石になってしまったかのように固まっていた
バーカー「パトリック…クレアー…」
2人も あまりに凄惨な光景を目にしたために 頭が追いついていなかった
受け入れられない なぜこんなことになったのか
最後までパトリックはクレアーを守ろうとしていたのか 仰向けで 彼女の上に倒れていた
段々と部屋の状態を 理解できるようになってくると 一度その場から離れ ずっとデイビーに声をかけていた
デイビーはずっと混乱しているような様子で パパ ママと呟き続けていた
リドルフォ「デイビー…」
何を言えばいいかわからなかった リドルフォとベンジャミンも 互いに対し何を言ったらいいのか
全員が動揺し 混乱し ただただ座り込み続けるしかなかった
ようやくベンジャミンは落ち着きを取り戻し 警察署へ走り出した
リドルフォはずっとデイビーを抱きしめたまま頭を撫でて 優しく名前を呼んでいた
その後のことは 記憶が曖昧で
あの光景だけが強く記憶にこびりついて 何年も経った今でも 夢で見るほどに 忘れることのできない記憶だった
ただ とにかく 強盗のやったこと という事以外何も掴めなかった 誰も あの時間店に入った人物を見ていない 何も痕跡がない
彼の店にあった高価な品と 金 そして剃刀ケースが盗まれ 夫婦は殺され
そしてこの事件が 最近起きた2件の強盗殺人事件と似た点があるらしく 同一犯であろう事がわかった
ただ それだけ
それだけだった…
リドルフォ「店はもちろん畳むしかなかった しかし私は あの場所を失いたくはなかった わがままではあったが 管理をすることにした そしてデイビーのことも…私が引き取ることにした」
トビー「……あの リドルフォさん その事件って もしかして」
リドルフォ「君の知るそれで 間違いはない 悲惨な事件が連続して起きていた デイビーはずっと怯えていた コリンズが狙われた理由もわからない ただ両親の命を奪った犯人は 未だロンドンのどこかにいる デイビー・コリンズだと知られたら 見つかったら 奴が殺しに来るかもしれないと」
トビーは水を飲もうとコップに手を伸ばすが その手が震えていて うまく持てなかったので 諦めた
非常に恐ろしい事件だった トビーも 知っていた
その光景を思わず想像して 先日の出来事を思い出してしまった
リドルフォ「それから私はデイビーとここで暮らしていた 隣の部屋が彼の部屋だった ただ あの日から家の外には出なくなってしまった…私がいるところに常にいようとしていたからだ」
リドルフォがいるところ 1日のほとんどを店であり自宅であるこの場所で暮らすリドルフォにずっとついていたら 自然と外へ出る事がなくなっていた
もちろん リドルフォも外出しなくてはいけない時がある 時々ついてきてはいたが いつしか それすらもしなくなっていった
リドルフォはずっと彼のために何かできないかと考えていたが 同じ光景を目の当たりにした彼に出来たのは 必要以上に接しすぎず 常に優しく そして彼に要求をしないことだった
ゆっくりでもいい いつか前に進める日が来るならば 今は傷を癒す方が優先されるべきだと考えていた
現に彼は傷ついていた 凄惨な光景を 両親の死んだ姿を見て 平気でいろという方が残酷だ
それでも 生きている限り いつかはそのことを 胸の奥にしまいこみ 忘れてしまったかのように振る舞わなければいけない
彼はまだ幼く まだまだ これからが人生だった
また彼の笑顔を見られる日が来ることを 祈るばかりだった
だがリドルフォは後になって思う
過去を引きずり続け 心の中に 暗く恐ろしいまでの復讐心を抱くリドルフォでは デイビーを光の元へ導くことはできなかったのかもしれない
彼の心に寄り添いすぎて 自分と近くなっていることにも気づかなかった
いつの間にか 光の道を進むべき彼らは 復讐の道を歩もうとしていた
デイビーが成長していくほど リドルフォの思いを知り 抱くべき感情を誤り 残念なことに 彼らは似てしまった
リドルフォは そこからデイビーを遠ざけるか 一緒になって遠ざかるべきだった
そう 後悔の言葉を口にした
だがすでに遅かった
…遅かった中で それでも明るい道は まだ 見えていた
1863年4月
同じように傷を負ったベンジャミンが
ついにルーシーと結婚するという
コリンズ夫妻が殺された日 もう少し早ければと後悔し続け 彼らのことを思うあまり 自らが幸せになっていいものかと自問自答し
その中でルーシーに救われ 時間はかかったが ようやく決心がついたという
それは暗く沈みきっていたリドルフォとデイビーにとっても 久しぶりの明るい話だった
ベンジャミンとルーシーの幸せそうな姿を見て 彼らも笑顔になっていた
ようやく そんな暮らしが帰ってきた
彼らは一時あの悪夢から逃れられた
以前より確実に穏やかに過ごせた
悪夢の影は薄まり 幸せだと感じてもいいのだと 思えた気がした
デイビーは16歳になる年だった
さらに彼にとって 良き友人と出会えた年でもあった
2人にとって 大きな変化の年だった
アドルフォ・ピレリが理髪師になるべく リドルフォに師事して学ぶため 店に住み込みで働くことにしたのだ
それがピレリとデイビーの出会いだった
ピレリ「リドルフォ!久しぶり!」
彼は非常に明るく活発で 彼らの店には活気が戻った 彼がいるだけで 毎日がさらに輝くようだった
リドルフォ「なっアドルフォ?お前…アドルフォなのか?」
ピレリ「何言ってるんだ?当たり前じゃないか」
ただリドルフォは久しぶりに彼の姿を見て驚いた
デイビーと顔が似ていた 見間違えるようなレベルで 他人のはずなのに どうしてこうも似るのだろうか
ずっと一緒に暮らすリドルフォでも 一瞬勘違いしたかと思うほどだった
実際にデイビーとピレリが会うと 確かに似ていた 双子とまで言いはしないが 不思議なことがあるものだとピレリは笑っていた
デイビー「デイビー・コリンズだ よろしく」
ピレリ「アドルフォ・ピレリ!よろしくな デイビー」
ピレリは最初 自分と似ているのに 正反対の暗さの青年に対し 少し戸惑った
彼に過去何があったかは リドルフォ自身の体験を聞いた時に知っていた
リドルフォにも相談され なんとか彼を救えないか ピレリは悩んだ
彼を外に誘い 一緒だったらとデイビーも少しずつだが誘われるまま町へ出た
だがそれだけでは解決にはなっていないというのはわかっていた
1年経つと ピレリとデイビーは良い友人として日々過ごしていた
交代でリドルフォの手伝いをし 剃刀の扱い方などを学び 共に理髪師になる夢のために 切磋琢磨していた
ある日 ピレリはデイビーの部屋に来て ベッドに腰掛け 話していた
ピレリ「…デイビー お前が外に出るのが怖いのは デイビー・コリンズと知られたら 犯人に殺されるかもしれないから…って言ってたろ?」
デイビー「そう…だな」
ピレリ「それで 提案なんだが 私たちは顔がよく似てるだろ?ほんとにそっくり だから1人で外に出る時は 私になればいい」
デイビー「え?」
ピレリはベッドから降り デイビーの前に立つ
困惑するデイビーに対し笑いかける
ピレリ「アドルフォ・ピレリとして 外に出れば良い 名前を聞かれたら ピレリだと名乗れば良い フルネーム そっくりそのまま 私として過ごせばいい そうすれば バレないぞ」
デイビーの悩みを杞憂だと言わず 寄り添い そして彼なりの名案を思いついた
彼らの違いは 背の高さくらいだった 並んで立つと デイビーの方が大きいのがわかるぐらいの差
デイビーはその優しさを受け取った
リドルフォには出来なかったことがピレリにはできた
彼の思った通り そう思いながら外に出ることで デイビーは何も問題なく 外出して 帰って来れた
思うだけでよかった もし聞かれても アドルフォ・ピレリと名乗れば 助かると思えることがよかった
ここから変わっていければ いつかはそんなことをしなくても もしかしら
だが原因である事件の犯人だけは 未だ捕まっていなかった
あまりに重大な事件で 警察もなんとしてでも犯人を見つけたかった しかし有益な情報はなく いつまで経っても事件は解決しないうちに 事件が頻発することはなくなり さらに同一犯とは思われたものの 人のいないうちに行われる事が増え 人が殺される事は無くなっていた
それでも 手口と証拠のなさだけ似ていた
…そして幸せな時間も 終わりを告げる
もしかしたら 変われたかもしれない
なのに彼は翌年 病死してしまう
ティナ「…なぁ誰がだ?」
トビー「もう わかっているとは 思います」
トビーは目を閉じ 思い出す
リドルフォ「…1865年 アドルフォが死んでしまった日のことは…忘れられない…」
トビー「アドルフォ…?ピレリさんが?」
リドルフォ「私の従兄弟の アドルフォ・ピレリ だが 君の知らない アドルフォだ」
ギュスターヴとテナルディエは 話を聞いていて思い当たる節があった
過去のピレリの話…そしてリドルフォの話…
リドルフォ「君の知るアドルフォ・ピレリは 本当の彼ではない あの子は…」
ギュスターヴはあの日のことを思い出していた
公安官「ピレリは 父親が友人たちと 友情を誓い…あの…乾杯をしたと」
リドルフォは まるで懺悔をするように 辛く悲しい表情でその名を呼んだ
リドルフォ「デイビー・コリンズ…」
END
リドルフォ「…それで そうだ ベンジャミンの店に パトリックの息子…デイビーが手伝いにいった…あの時の話だったな」
リドルフォはそう言って 一度深呼吸をし 過去を思い出し 再び語り始めた
その前に 集会所では 少し補足するように ゼロがベンジャミンの店に着いた頃の話をした
1857年10月14日
朝 両親と朝食を食べ 迎えに来たベンジャミンとフリート街の店へ向かう
ベンジャミン「不安か?デイビー」
デイビー「ちょっと ドキドキしてます 二週間も家を出て 何かをするなんて 初めてで」
ベンジャミン「私は昔 プラマーさんの店に来たばかりの頃は どうしていいのか 緊張したな…そんなに難しいことはないから 大丈夫だぞ」
デイビーはベンジャミンの手伝いをしながら 窓際の椅子の上で 彼の仕事を眺めていた
父とは違う ベンジャミンの技術
何もすることはない時は ずっとその姿を うっとりと見ていた
ルーシー「デイビー おいで」
ベンジャミンの店に遊びに来たのは ルーシー という女性だった
ルーシー「スコーン食べる?」
デイビー「食べたい!」
ルーシーはベンジャミンの恋人で 金髪の美しい女性だった
ベンジャミンの店で彼の友人の子が手伝いをしているということで 会いに来ていた
2人が楽しそうに会話する姿を見て デイビーは邪魔にならないように 暇をしている下の料理屋の店主と喋っていたりした
3人で食事に出かけたり ベンジャミンの買い出しについて行ったり
そしてまた 仕事の様子を眺めたり
主な仕事は掃除 朝ベンジャミンと行い 客が帰るとまた掃除
床を掃いて 休憩して 食事をして 楽しい時間を過ごした
…以上が ゼロの補足
そして リドルフォがトビーに語り始める
10月28日
2週間経ったのでデイビーを送るため ベンジャミンは午前中で店を閉めた
前日にリドルフォが店へ来ていて 2人で飲んだ後 時間も遅いので泊まっていて そのままパトリックの元へ行って 明日の話でもしてから戻ろうと思い ベンジャミンとデイビーと共に 店へ向かっていた
ベンジャミン「明日は誕生日だな」
デイビー「うん!」
リドルフォ「もう10歳か…早いなぁ」
フリート街から3人で 色々会話しながら歩く
大勢の人で賑わう聖ダンスタン市場 その中で行われている見世物小屋での物売りの 賑やかな声を横目に通り抜ける
コリンズ理髪店に着く
店の扉を開け 中に入る
リドルフォ「パトリック?奥にいるのか?」
営業はもう終わらせたのか 客はおらず 静かだった
昼には遅いがダイニングルームの方かもしれないと 3人は店の奥に入った
扉を開ける
すると 異様な光景が目に入る
部屋が荒れている 引き出しが雑に開けられていて 物が散乱している
片付けをするにしては あまりにも雑すぎる
何か大切な失くしものを 大慌てで探すような そんな状況くらいでしか ならないような状態
嫌な予感がした
とてつもない事態が起こっているような気がしてきた
ダイニングへ向かう 恐る恐る 腰の剃刀ホルダーを確認しながら 歩いた
リドルフォの後ろに ベンジャミンがデイビーと手を繋ぎながら 歩いた
まっすぐ前を向いて歩くリドルフォに対し ベンジャミンは辺りをよく見ながら歩いた
そして
ベンジャミン「リドルフォ」
ダイニングルームに着く直前 ベンジャミンが何かに気づき リドルフォを静止しようと手を伸ばす
しかしその前に リドルフォはダイニングルームを覗き込み 手を横に伸ばし 逆にベンジャミンたちの動きを静止する動きをした
リドルフォの手が 震えていた
リドルフォ「ベンジャミン デイビー 一度 外へ出よう…」
ベンジャミン「どうした」
リドルフォ「出よう デイビー こっちに 来ては…」
声も震えるリドルフォに 何事かと思ったのか デイビーはベンジャミンが掴む手をするりと抜け リドルフォの方へ歩いて近づく
リドルフォ「デイビー!」
リドルフォが体を掴んで止めようとしたが 遅かった
デイビーは部屋を見て 目を開いたまま固まる
ベンジャミンも リドルフォも 慌ててデイビーの体を引っ張る
その時に ベンジャミンもはっきりと その光景を目にした
物が散乱している 椅子も机も 元の位置から離れてぐちゃぐちゃで 倒れている椅子もある
ここも引き出しが雑に開けられていて パトリックの剃刀ケースがひっくり返っていて 1本だけ 赤い海の中に落ちていた
壁が 床が 一部を赤く染めていた
まるで誰かが暴れ回ったようだった
その中で 無惨な姿で倒れる パトリックと クレアー
家具があちこちぶつかってズレたのかどかされたのかしていたせいで その姿はよく見えた
デイビーに見せてはいけない 咄嗟にそう思ったが 動揺するあまり 行動が遅れた
ベンジャミンも 部屋の前で血痕を見つけ 嫌な予感が的中したかもしれないと思い リドルフォを止めようとしていた
パトリックも クレアーも 身体を数箇所刺され 首にも刃物で横にまっすぐ切られた傷があった
凄惨な光景を目の当たりにして デイビーはリドルフォの腕の中で 大きく目を開いたまま がっちりと 石になってしまったかのように固まっていた
バーカー「パトリック…クレアー…」
2人も あまりに凄惨な光景を目にしたために 頭が追いついていなかった
受け入れられない なぜこんなことになったのか
最後までパトリックはクレアーを守ろうとしていたのか 仰向けで 彼女の上に倒れていた
段々と部屋の状態を 理解できるようになってくると 一度その場から離れ ずっとデイビーに声をかけていた
デイビーはずっと混乱しているような様子で パパ ママと呟き続けていた
リドルフォ「デイビー…」
何を言えばいいかわからなかった リドルフォとベンジャミンも 互いに対し何を言ったらいいのか
全員が動揺し 混乱し ただただ座り込み続けるしかなかった
ようやくベンジャミンは落ち着きを取り戻し 警察署へ走り出した
リドルフォはずっとデイビーを抱きしめたまま頭を撫でて 優しく名前を呼んでいた
その後のことは 記憶が曖昧で
あの光景だけが強く記憶にこびりついて 何年も経った今でも 夢で見るほどに 忘れることのできない記憶だった
ただ とにかく 強盗のやったこと という事以外何も掴めなかった 誰も あの時間店に入った人物を見ていない 何も痕跡がない
彼の店にあった高価な品と 金 そして剃刀ケースが盗まれ 夫婦は殺され
そしてこの事件が 最近起きた2件の強盗殺人事件と似た点があるらしく 同一犯であろう事がわかった
ただ それだけ
それだけだった…
リドルフォ「店はもちろん畳むしかなかった しかし私は あの場所を失いたくはなかった わがままではあったが 管理をすることにした そしてデイビーのことも…私が引き取ることにした」
トビー「……あの リドルフォさん その事件って もしかして」
リドルフォ「君の知るそれで 間違いはない 悲惨な事件が連続して起きていた デイビーはずっと怯えていた コリンズが狙われた理由もわからない ただ両親の命を奪った犯人は 未だロンドンのどこかにいる デイビー・コリンズだと知られたら 見つかったら 奴が殺しに来るかもしれないと」
トビーは水を飲もうとコップに手を伸ばすが その手が震えていて うまく持てなかったので 諦めた
非常に恐ろしい事件だった トビーも 知っていた
その光景を思わず想像して 先日の出来事を思い出してしまった
リドルフォ「それから私はデイビーとここで暮らしていた 隣の部屋が彼の部屋だった ただ あの日から家の外には出なくなってしまった…私がいるところに常にいようとしていたからだ」
リドルフォがいるところ 1日のほとんどを店であり自宅であるこの場所で暮らすリドルフォにずっとついていたら 自然と外へ出る事がなくなっていた
もちろん リドルフォも外出しなくてはいけない時がある 時々ついてきてはいたが いつしか それすらもしなくなっていった
リドルフォはずっと彼のために何かできないかと考えていたが 同じ光景を目の当たりにした彼に出来たのは 必要以上に接しすぎず 常に優しく そして彼に要求をしないことだった
ゆっくりでもいい いつか前に進める日が来るならば 今は傷を癒す方が優先されるべきだと考えていた
現に彼は傷ついていた 凄惨な光景を 両親の死んだ姿を見て 平気でいろという方が残酷だ
それでも 生きている限り いつかはそのことを 胸の奥にしまいこみ 忘れてしまったかのように振る舞わなければいけない
彼はまだ幼く まだまだ これからが人生だった
また彼の笑顔を見られる日が来ることを 祈るばかりだった
だがリドルフォは後になって思う
過去を引きずり続け 心の中に 暗く恐ろしいまでの復讐心を抱くリドルフォでは デイビーを光の元へ導くことはできなかったのかもしれない
彼の心に寄り添いすぎて 自分と近くなっていることにも気づかなかった
いつの間にか 光の道を進むべき彼らは 復讐の道を歩もうとしていた
デイビーが成長していくほど リドルフォの思いを知り 抱くべき感情を誤り 残念なことに 彼らは似てしまった
リドルフォは そこからデイビーを遠ざけるか 一緒になって遠ざかるべきだった
そう 後悔の言葉を口にした
だがすでに遅かった
…遅かった中で それでも明るい道は まだ 見えていた
1863年4月
同じように傷を負ったベンジャミンが
ついにルーシーと結婚するという
コリンズ夫妻が殺された日 もう少し早ければと後悔し続け 彼らのことを思うあまり 自らが幸せになっていいものかと自問自答し
その中でルーシーに救われ 時間はかかったが ようやく決心がついたという
それは暗く沈みきっていたリドルフォとデイビーにとっても 久しぶりの明るい話だった
ベンジャミンとルーシーの幸せそうな姿を見て 彼らも笑顔になっていた
ようやく そんな暮らしが帰ってきた
彼らは一時あの悪夢から逃れられた
以前より確実に穏やかに過ごせた
悪夢の影は薄まり 幸せだと感じてもいいのだと 思えた気がした
デイビーは16歳になる年だった
さらに彼にとって 良き友人と出会えた年でもあった
2人にとって 大きな変化の年だった
アドルフォ・ピレリが理髪師になるべく リドルフォに師事して学ぶため 店に住み込みで働くことにしたのだ
それがピレリとデイビーの出会いだった
ピレリ「リドルフォ!久しぶり!」
彼は非常に明るく活発で 彼らの店には活気が戻った 彼がいるだけで 毎日がさらに輝くようだった
リドルフォ「なっアドルフォ?お前…アドルフォなのか?」
ピレリ「何言ってるんだ?当たり前じゃないか」
ただリドルフォは久しぶりに彼の姿を見て驚いた
デイビーと顔が似ていた 見間違えるようなレベルで 他人のはずなのに どうしてこうも似るのだろうか
ずっと一緒に暮らすリドルフォでも 一瞬勘違いしたかと思うほどだった
実際にデイビーとピレリが会うと 確かに似ていた 双子とまで言いはしないが 不思議なことがあるものだとピレリは笑っていた
デイビー「デイビー・コリンズだ よろしく」
ピレリ「アドルフォ・ピレリ!よろしくな デイビー」
ピレリは最初 自分と似ているのに 正反対の暗さの青年に対し 少し戸惑った
彼に過去何があったかは リドルフォ自身の体験を聞いた時に知っていた
リドルフォにも相談され なんとか彼を救えないか ピレリは悩んだ
彼を外に誘い 一緒だったらとデイビーも少しずつだが誘われるまま町へ出た
だがそれだけでは解決にはなっていないというのはわかっていた
1年経つと ピレリとデイビーは良い友人として日々過ごしていた
交代でリドルフォの手伝いをし 剃刀の扱い方などを学び 共に理髪師になる夢のために 切磋琢磨していた
ある日 ピレリはデイビーの部屋に来て ベッドに腰掛け 話していた
ピレリ「…デイビー お前が外に出るのが怖いのは デイビー・コリンズと知られたら 犯人に殺されるかもしれないから…って言ってたろ?」
デイビー「そう…だな」
ピレリ「それで 提案なんだが 私たちは顔がよく似てるだろ?ほんとにそっくり だから1人で外に出る時は 私になればいい」
デイビー「え?」
ピレリはベッドから降り デイビーの前に立つ
困惑するデイビーに対し笑いかける
ピレリ「アドルフォ・ピレリとして 外に出れば良い 名前を聞かれたら ピレリだと名乗れば良い フルネーム そっくりそのまま 私として過ごせばいい そうすれば バレないぞ」
デイビーの悩みを杞憂だと言わず 寄り添い そして彼なりの名案を思いついた
彼らの違いは 背の高さくらいだった 並んで立つと デイビーの方が大きいのがわかるぐらいの差
デイビーはその優しさを受け取った
リドルフォには出来なかったことがピレリにはできた
彼の思った通り そう思いながら外に出ることで デイビーは何も問題なく 外出して 帰って来れた
思うだけでよかった もし聞かれても アドルフォ・ピレリと名乗れば 助かると思えることがよかった
ここから変わっていければ いつかはそんなことをしなくても もしかしら
だが原因である事件の犯人だけは 未だ捕まっていなかった
あまりに重大な事件で 警察もなんとしてでも犯人を見つけたかった しかし有益な情報はなく いつまで経っても事件は解決しないうちに 事件が頻発することはなくなり さらに同一犯とは思われたものの 人のいないうちに行われる事が増え 人が殺される事は無くなっていた
それでも 手口と証拠のなさだけ似ていた
…そして幸せな時間も 終わりを告げる
もしかしたら 変われたかもしれない
なのに彼は翌年 病死してしまう
ティナ「…なぁ誰がだ?」
トビー「もう わかっているとは 思います」
トビーは目を閉じ 思い出す
リドルフォ「…1865年 アドルフォが死んでしまった日のことは…忘れられない…」
トビー「アドルフォ…?ピレリさんが?」
リドルフォ「私の従兄弟の アドルフォ・ピレリ だが 君の知らない アドルフォだ」
ギュスターヴとテナルディエは 話を聞いていて思い当たる節があった
過去のピレリの話…そしてリドルフォの話…
リドルフォ「君の知るアドルフォ・ピレリは 本当の彼ではない あの子は…」
ギュスターヴはあの日のことを思い出していた
公安官「ピレリは 父親が友人たちと 友情を誓い…あの…乾杯をしたと」
リドルフォは まるで懺悔をするように 辛く悲しい表情でその名を呼んだ
リドルフォ「デイビー・コリンズ…」
END