第二章 アドルフォ・ピレリ
リドルフォ・ピレリ
出会いから6年
ゼロに呼び出されたギュスターヴとテナルディエは 夜 集会所に来ていた
一番左の 空いた席は虚しさだけが残り
ゼロがまだこない中 ギュスターヴはチェストの上に飾られた 7人で撮った写真を手に取る
これを撮った日が とても遠い昔のように感じる
傷心するような性格ではないテナルディエでも
彼にもう会えないという事実に対し 一抹の寂しさがあった
ピレリの扉が開く トビーがやってきた
ピレリの死を伝えたあの日以来だった
しかし 互いに何も話さないまま時間は過ぎ ゼロがやってきた
ゼロ「…ごめん ちょっと向こうで色々あって」
向こうというのは 今彼女が出てきたタイムの扉の向こうのことだろう
ゼロ「今日集まってもらったのは…トビーが話したいらしくて…」
椅子に座っているトビーは ようやくギュスターヴとテナルディエの方を向く
トビー「ゼロさんから 聞きました ピレリさんがお二人に 隠していたことを話そうとしていたと…僕は全て聞きました ゼロさんが代わりに話すより 僕が話しておきたかったんです 僕の知るピレリさんと リドルフォさんの知る ピレリさん…」
リドルフォはピレリの従兄弟で 彼の師匠でもある人物
トッドの事件後 彼を家へ連れ帰り その後 ピレリの過去を話したという
1882年 イギリス ロンドン
…それは数日前
リドルフォの店は2階が住居で その一室に トビーは連れられた
リドルフォは椅子を二脚用意し トビーを向かいに座らせた
金髪碧眼でピレリと同じように髪を巻いている彼は 派手な服装も含め どこかピレリと似ていた
ピレリの師であり従兄弟である彼は トビーにとっては安心して信頼できる人物だった
初めて会った時から 彼はトビーに対して優しかった ピレリに対し嗜める姿もよく見た
ピレリが非常に尊敬する3人のうちの1人だった…
リドルフォ「トビー これはアドルフォだけの話ではない 私と…トッド そして 君も関わる話になる」
トビー「…僕も」
リドルフォ「君は 君の両親が何をしたか知っているか?」
トビー「…はい」
リドルフォはため息をつく
トビーから見ると まだ 話すのをためらっているようだった
リドルフォ「君が誰なのか アドルフォから聞いた時に その理由を私が作ってしまったことを 酷く後悔した 君を…酷い目にあわせてしまった」
リドルフォはそれを言った後 深呼吸し 立ち上がり 部屋の奥の棚の上に置いてあった箱を持ってきて また座った
リドルフォ「あの子の店から 持ってきたものだ 見覚えはあるか?」
トビー「はい 大切なものだと…言っていました」
リドルフォ「…そうだろうな」
箱を開けると 中にはデザインの違う4種類の剃刀が入っていた
まだあと2本は入る剃刀ケース 剃刀の柄のデザインも美しいが 箱も 細かい装飾が施されていた
リドルフォ「本当に 聞くんだな」
トビー「僕には その話を伝えたい友達がいます 僕とピレリさんにとって 大切な人たちで ピレリさんも話をしようとしていました だから 僕が代わりに…」
リドルフォ「あの子に友人が…?そうか そうなのか…友人…」
リドルフォはその言葉を大切そうに呟き 剃刀ケースをゆっくりと撫でた
リドルフォ「私がここへ移住してから 30年以上は経った…思えば そんな前の話なんだな…まず話すべきなのは 君たちの家でもある コリンズ理髪店で起きた話だろう…」
この話は リドルフォとトビー そしてゼロの補足が加えられた スウィーニー・トッドの世界の過去の話……
1825年にイタリア人の両親の元に産まれたリドルフォ・ピレリは 元々上流階級の主人の理髪師をしていた
後に王の理髪師となる師を持ち 過去一度 王の理髪師を代わりに務めたこともあった
仕えていた主人が亡くなった後 母の先祖の故郷であるロンドンへの移住を決め 今までの暮らしを捨て 旅立った
1845年 イギリス ロンドン
リドルフォはこの地で生涯暮らすことを決め 店を開いた
開業までの間住んでいた家の側にあった理髪店の店主と話すうちに気が合い 店を開いた後も たまに彼に会いに出かけていた
その理髪店はコリンズ理髪店といい 店主はパトリック・コリンズといった
彼も最近開業したばかりで この地で始めたての2人は 敵だとか そういった関係にはならず いい友人となっていた
リドルフォは この地で初めて友人ができたので とても喜んでいた
その後リドルフォは 仕事が終わるとコリンズ理髪店へ行き 友人との交流を楽しんでいた
パトリック・コリンズはアイルランド系のイギリス人でリドルフォより少し先に自分の店を開いていた
穏やかな性格で 知識の豊富な彼は 理髪の腕はもちろん 男性たちが女性と会う際に もっとも印象よく思われるような 良い香水の紹介も得意だった
最初リドルフォと会った際には 綺麗な金髪を貴族のカツラのように巻いていて しかも服装も派手な彼を見て驚いたが
腕をさらに上げるべく貪欲にパトリックから知識を得ようとする姿に好感を持ち 心を開いた
リドルフォは見た目に反して 静かな話し方をし パトリックのように 穏やかな性格だった
他人にも優しかった
彼は髭の形を美しく作る技術を評価されていた
丁寧な仕事を受けながら 優雅に時間を使っているような気になった
パトリック「クレアー・スターリングだ 妻になる 大切な女性だ」
パトリックが一つ年下のクレアーと結婚した
クレアーはロンドン出身の静かな性格の女性で よく手入れした綺麗な黒髪を持っていた美人だった
言葉数は少ないが 夫と親友の話を側で聞き 小さな声で笑い 真面目な話をする席では 優しく 的確なアドバイスを そっと伝えることもあった
パトリックは彼女に一目惚れで 自身をアピールすることは不得意な彼が それでも必死に思いを伝えたという話を聞くと
リドルフォは 互いに向き合い 何か言おうとする度 それをやめてしまうような 2人の様子を思い浮かべて 勝手に笑っていた
1847年 10月29日
パトリックとクレアーの間に 息子が産まれた
クレアーの腕に抱かれた小さな小さな我が子を見て パトリックは 嬉し涙が溢れ 妻を心配させた
リドルフォ「我が子を目の前にして大泣きとは 君らしい」
パトリック「ぼ…僕らしい?」
落ち着いた頃に リドルフォがやってきて 彼らの息子を見にきていた
今は2人 軽く酒を飲みながら 話をしていた
リドルフォ「そういえば 名前を聞いていないな」
パトリック「あぁ あれ 言って…言ってないか…デイビーだよ!」
リドルフォ「デイビー…」
今そのデイビーは 寝室で母と眠っている
子供の名前も知れたところで リドルフォは話題を変えた
フリート街に理髪店を営む エルマ・プラマーという理髪師が1人 子供を弟子にしたという話だった
リドルフォ「親に捨てられたとかで…たまたま会ったらしいが 仕事を手伝う代わりに世話をしてやっているらしい まだ13歳ぐらいだそうだ」
パトリック「へぇ…プラマーさんがなぁ 昔から気まぐれで色々始める人ではあったけど 今度は弟子か」
1852年2月17日
リドルフォ「デイビー!会いにきたぞ!」
デイビー「リドルフォさん!」
今年5歳になるデイビーは 母親譲りの黒髪をぼさびさにしたまま 全身で喜びを表した後 リドルフォの元へかけて行った
デイビーを抱き上げると 奥からデイビーを追いかけて パトリックが出てくる
パトリック「デイビー危ないぞ…」
リドルフォ「デイビー!今日はベンジャミンくんに会おう」
パトリック「おーベンジャミン きてるのか?」
パトリックとリドルフォは 以前にプラマーの店に行き 彼の弟子に会いに行っていた
名前はベンジャミン・バーカーといい ナイーブで内気な 暗い少年であった印象だ
それでも 少し教えただけで 元々自身の腕だったかのように剃刀を扱えたという
店に行った2人は ベンジャミンを間に挟んで座り 色々と質問をして 彼を褒めに褒め 結果ベンジャミンは少しずつ心を開き 2人の店がどこにあるのか聞いて 手伝いに来たり 遊びに来たりしていた
バーカー「こんにちはデイビー」
リドルフォに下に下ろしてもらったデイビーは ベンジャミンにかけ寄り 満面の笑みで挨拶をした
デイビー「こんにちは ベンジャミン」
みんなで同じ机で 楽しく会話しながら 食事をする
クレアーに取り分けてもらった料理を食べながら 3人並んで前に座る父と友人たちを デイビーはニコニコしながら見ていた
彼らは食事をしながら 仕事に関する話をしていた 時に楽しそうに 時に真面目に 表情を変えながら 自身の仕事に誇りと自信を持つ彼らの 向上心からくる話し合い
それを 意味はわからないけれど デイビーはずっと聞いていた
隣を見ると 母も なんだか嬉しそうだった
夜が遅くなると クレアーはデイビーを寝室へ連れて行こうとしたが デイビーは嫌がり 奥で飲んでいた3人の元へ行った
真ん中に座っていたパトリックが デイビーのために席を開け デイビーに水の入ったグラスを持たせて 自分たちは酒の入ったグラスを持つ
デイビー「なにするの?」
パトリック「友情の誓いだ!これからもみんな仲良く 楽しく過ごそう!」
リドルフォとベンジャミンはその言葉を聞いて 笑った 完全にいい気分になっているので 恥ずかしがることもなく グラスを掲げた
パトリック「僕らの永遠の友情に 乾杯!」
リドルフォ「乾杯!」
バーカー「…乾杯!」
デイビー「かんぱーい!」
クレアーは その様子を見て くすっと 小さな声で笑っていた 仲が良く 微笑ましいことだった
3人の友人たちとデイビーの 幸せな夜
バーカーはプラマーの手伝いがあったため デイビーとまた過ごすようになるのは 先のことになる
なかなか会えない4人が揃い 過ごした 数少ない夜だった
1854年
11月にエルマ・プラマーが亡くなり ベンジャミンは彼の銀の剃刀を受け継いだ
次の年に改めて ベンジャミンの店としてオープンし 独り立ちすることとなった
プラマーの店は下が他の人物が経営している料理屋で その上で営業していた
リドルフォはその店の左側にある階段を登り プラマーの店…改め バーカーの店を訪れた
バーカー「リドルフォ」
バーカーは店の掃除をしているところで 奥に置かれた三面鏡を拭いていた ストーブの上でお湯を沸かしていて コーヒーを飲む準備をしていたようだ
リドルフォ「久しぶりだな…」
バーカー「あぁ 本当に」
去年 プラマーが倒れてから バーカーは突然 彼の代わりに店を切り盛りし その上でプラマーの看病もしていた
友人たちと会っている暇もなく過ごし プラマーが亡くなってからも さまざまな準備で忙しく 今はようやく落ち着けている頃だった
リドルフォ「こうなってみると すっかり君の店だな」
大きな窓から リドルフォは外を見る
もうすぐお湯が沸きそうなので やかんの前に行くバーカーを 目で追い 振り向く
お湯の沸いた音がする バーカーはコーヒーを2人分入れて リドルフォに手渡す
バーカー「…リドルフォは 女性を好きになったことはあるか?」
コーヒーを飲もうと傾けたカップを ひっくり返すかと思った
いつもは仕事の話くらいしかしないベンジャミンから まさかの話題が飛び出した
その顔は いつぞやかのパトリックを思い出す
リドルフォ「私は…そうだな 過去に一度 故郷で」
バーカー「その時…どうしていた…?」
リドルフォ「その前に 君は誰かに恋をしたのか?」
バーカー「…うん そう 素敵な女性が いて」
リドルフォは笑顔でコーヒーを一口飲んだ
バーカーは恥ずかしくてリドルフォの方が見れず 横を見ながら一口飲んだ
リドルフォ「私はまだ子供でな 話しかけることもできないままだった 初恋だったし…な まずは話しかけないとな 知り合わないと 始まらないだろう」
バーカー「…そうだよな…やっぱり」
リドルフォ「勇気を出せベンジャミン 君は素敵な男なんだから」
その後 ベンジャミンは勇気を出したらしく
その意中の人と知り合い 話すようになり 仲良くなり そして 彼女の方からも ベンジャミンに会うようになり 数ヶ月経ってリドルフォが話を聞く頃には かなり縮まった距離に喜び
その話を肴に2人で飲んでいた
1856年
ベンジャミンに 恋人になったという女性を紹介された
美しい金の長髪 幼い顔 優しい笑顔
初対面のリドルフォに対し もじもじとなかなか話し出せず
パトリックとクレアーを やっぱり思い出すなぁと リドルフォは思っていた
1857年
リドルフォの元に 一通の手紙が届いた
それは故郷イタリアからのもので 送ってきたのは両親からだった
叔父と叔母がロンドンへ移住しており その住所を教えてくれているものだった さらに叔父たちには既にリドルフォの住所を教えているので いつか会いに来るかもしれない という内容だった
リドルフォ「…ということは ようやく会えるのか」
実は1847年に リドルフォには従兄弟が産まれていた 彼からしてみれば 22個下…息子でもおかしくないぐらい年下の従兄弟だった
1847年といえば パトリックの息子も同い年だったので デイビーの成長を見ながら まだ会ったことのない従兄弟もこれくらいの背なのだろうか などと ふと思うこともあった
リドルフォ「…アドルフォ 会いに行くか」
その従兄弟の名前は アドルフォ・ピレリ
10月10日
夜遅い時間 既にデイビーとクレアーは眠っていた
パトリック リドルフォ ベンジャミンが集まり 一つの箱を机の上に置き それをジッと見ながら 座っていた
美しい装飾の施された小さな箱 蓋を開くと 中の素材は赤い布 物を入れる部分は窪みがあり 何かがぴったり入るような形だった
リドルフォ「…よし 注文通りだな」
パトリック「これは絶対大喜びだぞ…」
ベンジャミン「ちゃんと 持ってきたぞ」
3人は それぞれ机の上に 剃刀を置く
全員が 自分の手に馴染む 好みの剃刀を使っており 柄のデザインも凝った 銀の剃刀だった
パトリック「デイビー10歳の誕生日 あの子のための剃刀とケース!」
リドルフォ「声がでかいぞ…」
彼らはデイビーの誕生日に 将来はパパたちみたいになる!という発言を喜ぶあまり 将来のためにそれぞれのものと同じ剃刀と その日のために馴染みの職人と話し合って作った剃刀ケースを用意していた
完全特注 他にはない素晴らしいもの!ということで 大はしゃぎのパトリック
その誕生日までの間 ベンジャミンの店が忙しくなり 新しく人を雇うまでの間 手伝いをするために デイビーが行くことになった
二週間 ベンジャミンの家で泊まり込みの助手…
リドルフォは ここまで話し 一度中断した
リドルフォ「…あの日の出来事さえなければ 全て…」
リドルフォは立ち上がり 2人の間に小さい机を持ってきた
その上に水を置き 剃刀の箱も置いた
彼が水を飲むので トビーも合わせるように飲んだ
今のところ リドルフォと友人たちの過去が語られるばかりで ようやくアドルフォ・ピレリの名前が出てきたところだった
トビー「…ピレリさんには 会ったんですか?」
リドルフォ「会ったよ…トビー 私は…わかるだろう…アドルフォは…あの子は…」
トビー「あなたの いとこの」
リドルフォ「そうだ 別の街に住んでいた 彼には ロンドンに引っ越してくるまでの間では 一度しか会ったことがない」
トビーの話を聞いたゼロは リドルフォが 時系列通りになぞる話を おそらくは知っているであろう全てを それでも初めて聞くような表情で聞いていた
アドルフォの話をするためには リドルフォと友人たちの過去の話が必要だと 彼は言った
トビーも 覚えている限りを話す リドルフォの語った通りに
そして ある出来事を ギュスターヴは思い出していた
ずっとリドルフォがアドルフォのことを語るのを 避ける理由…
思い出したくないことの方が 多いのか ただ 本当に ほとんど会っていなかったのか
それとも…
END
出会いから6年
ゼロに呼び出されたギュスターヴとテナルディエは 夜 集会所に来ていた
一番左の 空いた席は虚しさだけが残り
ゼロがまだこない中 ギュスターヴはチェストの上に飾られた 7人で撮った写真を手に取る
これを撮った日が とても遠い昔のように感じる
傷心するような性格ではないテナルディエでも
彼にもう会えないという事実に対し 一抹の寂しさがあった
ピレリの扉が開く トビーがやってきた
ピレリの死を伝えたあの日以来だった
しかし 互いに何も話さないまま時間は過ぎ ゼロがやってきた
ゼロ「…ごめん ちょっと向こうで色々あって」
向こうというのは 今彼女が出てきたタイムの扉の向こうのことだろう
ゼロ「今日集まってもらったのは…トビーが話したいらしくて…」
椅子に座っているトビーは ようやくギュスターヴとテナルディエの方を向く
トビー「ゼロさんから 聞きました ピレリさんがお二人に 隠していたことを話そうとしていたと…僕は全て聞きました ゼロさんが代わりに話すより 僕が話しておきたかったんです 僕の知るピレリさんと リドルフォさんの知る ピレリさん…」
リドルフォはピレリの従兄弟で 彼の師匠でもある人物
トッドの事件後 彼を家へ連れ帰り その後 ピレリの過去を話したという
1882年 イギリス ロンドン
…それは数日前
リドルフォの店は2階が住居で その一室に トビーは連れられた
リドルフォは椅子を二脚用意し トビーを向かいに座らせた
金髪碧眼でピレリと同じように髪を巻いている彼は 派手な服装も含め どこかピレリと似ていた
ピレリの師であり従兄弟である彼は トビーにとっては安心して信頼できる人物だった
初めて会った時から 彼はトビーに対して優しかった ピレリに対し嗜める姿もよく見た
ピレリが非常に尊敬する3人のうちの1人だった…
リドルフォ「トビー これはアドルフォだけの話ではない 私と…トッド そして 君も関わる話になる」
トビー「…僕も」
リドルフォ「君は 君の両親が何をしたか知っているか?」
トビー「…はい」
リドルフォはため息をつく
トビーから見ると まだ 話すのをためらっているようだった
リドルフォ「君が誰なのか アドルフォから聞いた時に その理由を私が作ってしまったことを 酷く後悔した 君を…酷い目にあわせてしまった」
リドルフォはそれを言った後 深呼吸し 立ち上がり 部屋の奥の棚の上に置いてあった箱を持ってきて また座った
リドルフォ「あの子の店から 持ってきたものだ 見覚えはあるか?」
トビー「はい 大切なものだと…言っていました」
リドルフォ「…そうだろうな」
箱を開けると 中にはデザインの違う4種類の剃刀が入っていた
まだあと2本は入る剃刀ケース 剃刀の柄のデザインも美しいが 箱も 細かい装飾が施されていた
リドルフォ「本当に 聞くんだな」
トビー「僕には その話を伝えたい友達がいます 僕とピレリさんにとって 大切な人たちで ピレリさんも話をしようとしていました だから 僕が代わりに…」
リドルフォ「あの子に友人が…?そうか そうなのか…友人…」
リドルフォはその言葉を大切そうに呟き 剃刀ケースをゆっくりと撫でた
リドルフォ「私がここへ移住してから 30年以上は経った…思えば そんな前の話なんだな…まず話すべきなのは 君たちの家でもある コリンズ理髪店で起きた話だろう…」
この話は リドルフォとトビー そしてゼロの補足が加えられた スウィーニー・トッドの世界の過去の話……
1825年にイタリア人の両親の元に産まれたリドルフォ・ピレリは 元々上流階級の主人の理髪師をしていた
後に王の理髪師となる師を持ち 過去一度 王の理髪師を代わりに務めたこともあった
仕えていた主人が亡くなった後 母の先祖の故郷であるロンドンへの移住を決め 今までの暮らしを捨て 旅立った
1845年 イギリス ロンドン
リドルフォはこの地で生涯暮らすことを決め 店を開いた
開業までの間住んでいた家の側にあった理髪店の店主と話すうちに気が合い 店を開いた後も たまに彼に会いに出かけていた
その理髪店はコリンズ理髪店といい 店主はパトリック・コリンズといった
彼も最近開業したばかりで この地で始めたての2人は 敵だとか そういった関係にはならず いい友人となっていた
リドルフォは この地で初めて友人ができたので とても喜んでいた
その後リドルフォは 仕事が終わるとコリンズ理髪店へ行き 友人との交流を楽しんでいた
パトリック・コリンズはアイルランド系のイギリス人でリドルフォより少し先に自分の店を開いていた
穏やかな性格で 知識の豊富な彼は 理髪の腕はもちろん 男性たちが女性と会う際に もっとも印象よく思われるような 良い香水の紹介も得意だった
最初リドルフォと会った際には 綺麗な金髪を貴族のカツラのように巻いていて しかも服装も派手な彼を見て驚いたが
腕をさらに上げるべく貪欲にパトリックから知識を得ようとする姿に好感を持ち 心を開いた
リドルフォは見た目に反して 静かな話し方をし パトリックのように 穏やかな性格だった
他人にも優しかった
彼は髭の形を美しく作る技術を評価されていた
丁寧な仕事を受けながら 優雅に時間を使っているような気になった
パトリック「クレアー・スターリングだ 妻になる 大切な女性だ」
パトリックが一つ年下のクレアーと結婚した
クレアーはロンドン出身の静かな性格の女性で よく手入れした綺麗な黒髪を持っていた美人だった
言葉数は少ないが 夫と親友の話を側で聞き 小さな声で笑い 真面目な話をする席では 優しく 的確なアドバイスを そっと伝えることもあった
パトリックは彼女に一目惚れで 自身をアピールすることは不得意な彼が それでも必死に思いを伝えたという話を聞くと
リドルフォは 互いに向き合い 何か言おうとする度 それをやめてしまうような 2人の様子を思い浮かべて 勝手に笑っていた
1847年 10月29日
パトリックとクレアーの間に 息子が産まれた
クレアーの腕に抱かれた小さな小さな我が子を見て パトリックは 嬉し涙が溢れ 妻を心配させた
リドルフォ「我が子を目の前にして大泣きとは 君らしい」
パトリック「ぼ…僕らしい?」
落ち着いた頃に リドルフォがやってきて 彼らの息子を見にきていた
今は2人 軽く酒を飲みながら 話をしていた
リドルフォ「そういえば 名前を聞いていないな」
パトリック「あぁ あれ 言って…言ってないか…デイビーだよ!」
リドルフォ「デイビー…」
今そのデイビーは 寝室で母と眠っている
子供の名前も知れたところで リドルフォは話題を変えた
フリート街に理髪店を営む エルマ・プラマーという理髪師が1人 子供を弟子にしたという話だった
リドルフォ「親に捨てられたとかで…たまたま会ったらしいが 仕事を手伝う代わりに世話をしてやっているらしい まだ13歳ぐらいだそうだ」
パトリック「へぇ…プラマーさんがなぁ 昔から気まぐれで色々始める人ではあったけど 今度は弟子か」
1852年2月17日
リドルフォ「デイビー!会いにきたぞ!」
デイビー「リドルフォさん!」
今年5歳になるデイビーは 母親譲りの黒髪をぼさびさにしたまま 全身で喜びを表した後 リドルフォの元へかけて行った
デイビーを抱き上げると 奥からデイビーを追いかけて パトリックが出てくる
パトリック「デイビー危ないぞ…」
リドルフォ「デイビー!今日はベンジャミンくんに会おう」
パトリック「おーベンジャミン きてるのか?」
パトリックとリドルフォは 以前にプラマーの店に行き 彼の弟子に会いに行っていた
名前はベンジャミン・バーカーといい ナイーブで内気な 暗い少年であった印象だ
それでも 少し教えただけで 元々自身の腕だったかのように剃刀を扱えたという
店に行った2人は ベンジャミンを間に挟んで座り 色々と質問をして 彼を褒めに褒め 結果ベンジャミンは少しずつ心を開き 2人の店がどこにあるのか聞いて 手伝いに来たり 遊びに来たりしていた
バーカー「こんにちはデイビー」
リドルフォに下に下ろしてもらったデイビーは ベンジャミンにかけ寄り 満面の笑みで挨拶をした
デイビー「こんにちは ベンジャミン」
みんなで同じ机で 楽しく会話しながら 食事をする
クレアーに取り分けてもらった料理を食べながら 3人並んで前に座る父と友人たちを デイビーはニコニコしながら見ていた
彼らは食事をしながら 仕事に関する話をしていた 時に楽しそうに 時に真面目に 表情を変えながら 自身の仕事に誇りと自信を持つ彼らの 向上心からくる話し合い
それを 意味はわからないけれど デイビーはずっと聞いていた
隣を見ると 母も なんだか嬉しそうだった
夜が遅くなると クレアーはデイビーを寝室へ連れて行こうとしたが デイビーは嫌がり 奥で飲んでいた3人の元へ行った
真ん中に座っていたパトリックが デイビーのために席を開け デイビーに水の入ったグラスを持たせて 自分たちは酒の入ったグラスを持つ
デイビー「なにするの?」
パトリック「友情の誓いだ!これからもみんな仲良く 楽しく過ごそう!」
リドルフォとベンジャミンはその言葉を聞いて 笑った 完全にいい気分になっているので 恥ずかしがることもなく グラスを掲げた
パトリック「僕らの永遠の友情に 乾杯!」
リドルフォ「乾杯!」
バーカー「…乾杯!」
デイビー「かんぱーい!」
クレアーは その様子を見て くすっと 小さな声で笑っていた 仲が良く 微笑ましいことだった
3人の友人たちとデイビーの 幸せな夜
バーカーはプラマーの手伝いがあったため デイビーとまた過ごすようになるのは 先のことになる
なかなか会えない4人が揃い 過ごした 数少ない夜だった
1854年
11月にエルマ・プラマーが亡くなり ベンジャミンは彼の銀の剃刀を受け継いだ
次の年に改めて ベンジャミンの店としてオープンし 独り立ちすることとなった
プラマーの店は下が他の人物が経営している料理屋で その上で営業していた
リドルフォはその店の左側にある階段を登り プラマーの店…改め バーカーの店を訪れた
バーカー「リドルフォ」
バーカーは店の掃除をしているところで 奥に置かれた三面鏡を拭いていた ストーブの上でお湯を沸かしていて コーヒーを飲む準備をしていたようだ
リドルフォ「久しぶりだな…」
バーカー「あぁ 本当に」
去年 プラマーが倒れてから バーカーは突然 彼の代わりに店を切り盛りし その上でプラマーの看病もしていた
友人たちと会っている暇もなく過ごし プラマーが亡くなってからも さまざまな準備で忙しく 今はようやく落ち着けている頃だった
リドルフォ「こうなってみると すっかり君の店だな」
大きな窓から リドルフォは外を見る
もうすぐお湯が沸きそうなので やかんの前に行くバーカーを 目で追い 振り向く
お湯の沸いた音がする バーカーはコーヒーを2人分入れて リドルフォに手渡す
バーカー「…リドルフォは 女性を好きになったことはあるか?」
コーヒーを飲もうと傾けたカップを ひっくり返すかと思った
いつもは仕事の話くらいしかしないベンジャミンから まさかの話題が飛び出した
その顔は いつぞやかのパトリックを思い出す
リドルフォ「私は…そうだな 過去に一度 故郷で」
バーカー「その時…どうしていた…?」
リドルフォ「その前に 君は誰かに恋をしたのか?」
バーカー「…うん そう 素敵な女性が いて」
リドルフォは笑顔でコーヒーを一口飲んだ
バーカーは恥ずかしくてリドルフォの方が見れず 横を見ながら一口飲んだ
リドルフォ「私はまだ子供でな 話しかけることもできないままだった 初恋だったし…な まずは話しかけないとな 知り合わないと 始まらないだろう」
バーカー「…そうだよな…やっぱり」
リドルフォ「勇気を出せベンジャミン 君は素敵な男なんだから」
その後 ベンジャミンは勇気を出したらしく
その意中の人と知り合い 話すようになり 仲良くなり そして 彼女の方からも ベンジャミンに会うようになり 数ヶ月経ってリドルフォが話を聞く頃には かなり縮まった距離に喜び
その話を肴に2人で飲んでいた
1856年
ベンジャミンに 恋人になったという女性を紹介された
美しい金の長髪 幼い顔 優しい笑顔
初対面のリドルフォに対し もじもじとなかなか話し出せず
パトリックとクレアーを やっぱり思い出すなぁと リドルフォは思っていた
1857年
リドルフォの元に 一通の手紙が届いた
それは故郷イタリアからのもので 送ってきたのは両親からだった
叔父と叔母がロンドンへ移住しており その住所を教えてくれているものだった さらに叔父たちには既にリドルフォの住所を教えているので いつか会いに来るかもしれない という内容だった
リドルフォ「…ということは ようやく会えるのか」
実は1847年に リドルフォには従兄弟が産まれていた 彼からしてみれば 22個下…息子でもおかしくないぐらい年下の従兄弟だった
1847年といえば パトリックの息子も同い年だったので デイビーの成長を見ながら まだ会ったことのない従兄弟もこれくらいの背なのだろうか などと ふと思うこともあった
リドルフォ「…アドルフォ 会いに行くか」
その従兄弟の名前は アドルフォ・ピレリ
10月10日
夜遅い時間 既にデイビーとクレアーは眠っていた
パトリック リドルフォ ベンジャミンが集まり 一つの箱を机の上に置き それをジッと見ながら 座っていた
美しい装飾の施された小さな箱 蓋を開くと 中の素材は赤い布 物を入れる部分は窪みがあり 何かがぴったり入るような形だった
リドルフォ「…よし 注文通りだな」
パトリック「これは絶対大喜びだぞ…」
ベンジャミン「ちゃんと 持ってきたぞ」
3人は それぞれ机の上に 剃刀を置く
全員が 自分の手に馴染む 好みの剃刀を使っており 柄のデザインも凝った 銀の剃刀だった
パトリック「デイビー10歳の誕生日 あの子のための剃刀とケース!」
リドルフォ「声がでかいぞ…」
彼らはデイビーの誕生日に 将来はパパたちみたいになる!という発言を喜ぶあまり 将来のためにそれぞれのものと同じ剃刀と その日のために馴染みの職人と話し合って作った剃刀ケースを用意していた
完全特注 他にはない素晴らしいもの!ということで 大はしゃぎのパトリック
その誕生日までの間 ベンジャミンの店が忙しくなり 新しく人を雇うまでの間 手伝いをするために デイビーが行くことになった
二週間 ベンジャミンの家で泊まり込みの助手…
リドルフォは ここまで話し 一度中断した
リドルフォ「…あの日の出来事さえなければ 全て…」
リドルフォは立ち上がり 2人の間に小さい机を持ってきた
その上に水を置き 剃刀の箱も置いた
彼が水を飲むので トビーも合わせるように飲んだ
今のところ リドルフォと友人たちの過去が語られるばかりで ようやくアドルフォ・ピレリの名前が出てきたところだった
トビー「…ピレリさんには 会ったんですか?」
リドルフォ「会ったよ…トビー 私は…わかるだろう…アドルフォは…あの子は…」
トビー「あなたの いとこの」
リドルフォ「そうだ 別の街に住んでいた 彼には ロンドンに引っ越してくるまでの間では 一度しか会ったことがない」
トビーの話を聞いたゼロは リドルフォが 時系列通りになぞる話を おそらくは知っているであろう全てを それでも初めて聞くような表情で聞いていた
アドルフォの話をするためには リドルフォと友人たちの過去の話が必要だと 彼は言った
トビーも 覚えている限りを話す リドルフォの語った通りに
そして ある出来事を ギュスターヴは思い出していた
ずっとリドルフォがアドルフォのことを語るのを 避ける理由…
思い出したくないことの方が 多いのか ただ 本当に ほとんど会っていなかったのか
それとも…
END