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第二章 アドルフォ・ピレリ

ピレリは

【Otherworldly Story】
第二章 アドルフォ・ピレリ
ピレリは

出会いから6年が経った2月

今日の集まりはピレリたちが住む物語世界
“スウィーニー・トッド”で行われていた
この世界だけ まだ誰も足を踏み入れていなかった

壁を抜けた先はピレリの自室 階段を降りて表の方へゆけば理髪店
椅子に 手入れされた道具に 鏡 綺麗に磨かれたそれらを眺めながら 案内される
奥にあるキッチンに ダイニングテーブルと6脚の椅子が置かれている

そこに ピレリとトビー ギュスターヴ テナルディエ ゼロ テンプスがきていた

ゼロ「…テンプス 今日はどうしたの?」
テンプス「ただ この集まりに参加しようと思ってきたのですが…」
ダステ「君がか…?」
テンプス「私にも 休息は必要だ」

そういうことじゃないのだが テンプスも彼らが集まり 主人であるゼロを含め ワイワイ楽しそうに毎回話し合う姿がだんだん羨ましくなり 少しずつ 距離を縮めてくるようになっていた
最初より印象が変わったらしく 今では初対面の時よりも落ち着いた様子で彼らと接していた

ただ割ときっぱりと ピレリとテナルディエは悪人だから嫌いだ など だとしても言わなくていいことを面と向かって言うので 時折ゼロと言い合いになっていた

言われた当人たちは テンプスの言うことなど気にも留めない様子だった

とりあえず…と乾杯し 小さな宴が始まり 彼らの夜は盛り上がっていく
フォークやナイフ グラス 皿の音 彼らの笑い声 話し合い テンプスが意気揚々と立ち上がり 彼らに何やら声高らかに宣言したのに対し ゼロがはしゃぎすぎだと文句を言いながらも笑ったり

トビーも 壁の向こうの友人たちのことは好きだったので こうして自分たちの世界で一緒に食事をする時間を過ごせることは 非常に楽しく 最高の夜になった


数日後


この日先に来ていたのはテナルディエとギュスターヴだった

話は店のことで あと2年もすれば きっと破産するしかない状況になるかもしれないと落胆していた
一度はコゼットを1500フランで引き渡し それでその時の借金は返せはしたが もちろん手元に残る金はなく また段々と借金が増え 同じような状態にまで戻りつつあった

とりあえず今はなんとかやりくりしてはいたものの 限界は近く 店がなくなれば ここへ来るための道である壁も もう通れなくなる

ティナ「まぁ その時は…ゼロがなんて言うか それ次第だ」
公安官「彼女なら 壁の位置は動かせそうではあるが…」
ティナ「そもそもそうなったら 屋根のあるところにまた住めるかもわかりゃしねぇけどな」

いくら話しても金はない 場所 やり方 重税 評判…色々要因はあるだろうが 何にせよ 余裕はなかった


今日ピレリの世界は木曜日 市場に物売りをしに出かける日なので仕事終わりが早い
そろそろ来るだろうと思っていると ピレリの扉が開く

機嫌の悪そうな顔で 怒りを露わにし 靴底で地面をドスドス音を立てながら部屋に入り 振り向いて自分の扉の上の題名を見た

ピレリ「やっぱりか くそっ!!」

床を蹴飛ばし大きな音を立てる
その場にギュスターヴとテナルディエがいるのに気付いているのかいないのか お構いなしに 自身の機嫌のままに行動している

ティナ「おいピレリ どうした」

テナルディエの声に反応し ようやく2人の方を見る 気づいていたかどうか 分かりづらい顔でこちらを見られるが どうでもいいからさっさと機嫌をなおすか理由を説明しやがれとテナルディエは思っていた

ピレリは一度落ち着きを取り戻すべく 深呼吸をしたあと わざと勢いをつけて椅子に座る
状況の掴めない2人は 何が何だかわからないが ここまでアピールするような様を見せつけられては ただ待って聞いてやるしかできない

テナルディエですら ピレリの珍しい様子に呆気に取られ さらには声をかけるタイミングを 一時見失っていた

トビーに対して短気な男ではあったが それが理由ではなさそうだった

ようやく冷静になったピレリが チラッと扉の上を見た後 ため息をついて

ピレリ「スウィーニー・トッドと会った」

と2人に伝えた
そう言われて2人も扉の上を見る

Sweeney Todd ピレリの物語の題名
題名になっているくらいだから おそらくは主人公であろう人物
主人公と会うということは 物語が始まっているということだ

ピレリの物語に関しては ギュスターヴですら知らない
19世紀中期イギリスの様々な怪奇小説に登場した人物の話が元であり ピレリが登場するミュージカルの元は かなり先の1979年が初

そもそも ギュスターヴはレ・ミゼラブルしか知らない

その後物語がどうなっていくか 知っているのはゼロだけだった

ピレリ「タイミング的には 良い気もするが 最悪ともいえる」

また 深いため息をつく
先ほどの苛立ちはどこかへ消え 何か 強い決意を感じる表情になる

ピレリ「トビーに話をしたら 次は2人に 私の 隠し事を話しておきたい どうでもいいことかもしれないが 私の自己満足だ」
ティナ「…隠し事?」
ピレリ「今は話せない ひとまず やるべきことがあるんでな トッドにもう一度会う必要がある 話すと長くなるんだ」

そう言って ピレリは立ち上がり 扉へ向かっていく

ピレリ「また来週あたり 集まりたい」
ティナ「俺はいつでも暇だ」
公安官「いつもの時間なら 大丈夫だ」

頷いて そのまま扉の中へ入ろうとしたタイミングで ゼロとタイムが 何か話し合いながら扉を開けて入ってきた

ゼロ「あぁ みんな揃ってるの?」
ピレリ「私はもう帰るところだ」
ゼロ「珍しいね 木曜日のこの時間はいつもいるのに 何か仕事?」
ピレリ「まぁそんなところだ」

その時 何か思い出したらしいピレリは ポケットを探り タイムに近づく
彼に差し出したのは 懐中時計だった 蓋がへこんでしまっている

ピレリ「すまないがタイム これ 直せるだろうか…できるなら 頼みたい」
タイム「これくらいならすぐに直せる 次に来た時までに やっておこう」
ピレリ「ありがとう トビーのやつが落としてしまったから…じゃあ頼んだ」

タイムは時計を受け取り 状態を確認し始めた
ギュスターヴとテナルディエは机の上で行われ始めた作業を 興味津々で眺めた

ピレリ「じゃあまた来週」
ゼロ「うん またね」





次の週 ピレリは集会所には現れなかった
話したいことがある と言っていたというのに

トビーも来なくなり 結局 その週どころか ひと月経っても 2人とも来なかった

何かあったのか 仕事が忙しくなったのか ゼロは調べに行こうかと迷っていたが しばらくは様子を見て 待つことになった


…そうして時が過ぎたある日の夜


4人が揃って いつも通りの 穏やかな時間が流れ……ていればよかったのだが

タイムが 見たこともないような表情で 深い悲しみをあらわにしていた

この一年アンダーランドにおいて 今までの歴史をみても 起こったことのないような まるで悪夢かと思う出来事が立て続けに起こっており そんな沈みきった精神にトドメを刺されるような出来事がつい先日あったらしく 気を紛らわすためか 集会所に 時間になると毎回顔を出すようになっていた

ゼロからしてみれば 現在この集会所はとんでもなく沈んだ空気だった
仕方がないことではある

タイムは何があったかは話さないが ゼロがぼんやりとだけ 他の2人に理由を話した
とにかく 今年 彼が悲しみに暮れるような 悲惨な出来事があったことだけは確かで

ゼロにとってこの重苦しい雰囲気は 最悪だったが 当人たちのことを思えば そう感じてしまう自分が嫌になってきていた


今日もまた ピレリは来ない

タイムに悲劇的な出来事があってからは ゼロと公安官では言葉を見つけられず
全員が 沈んだ気分で
集まったはいいものの 下を向くか上を向くか ため息をつくかしかなかった

ここにピレリがいれば 少しはマシだったかもしれないと ゼロは心の中で思った

すると 思いが通じたのかピレリの扉が開く
本当に久しぶりの出来事で 全員の目線は扉に向く

しかし出てきたのはトビーだった

何かを手に持ち 前より 綺麗な格好で しかし悲壮感漂う まだ幼い子供のただならぬ様子に 大人たちはすぐに顔を変えた

またピレリと何かあったのか 何も言わないトビーに対し

公安官「トビー?」

ギュスターヴが小さな声で呼びかける
普通の声量では 怖がらせてしまうような そんな気がした
なぜかはわからない

しかし ギュスターヴの 名を呼ぶその声を聞いた後 優しげな声だったというのに トビーは突然泣き出す

ゼロ「トビー!?」

もはや今日までの沈んだ気分はどこかへ行き 目の前の可哀想な子供を心配するばかりだった
それくらい突然で 今までのトビーのことを思うと 異常だった

テナルディエは椅子に座ったままだが それでも体をトビーの方に向け ゼロと公安官は側に寄り タイムは立ち上がり 様子を見ていた

ティナ「ピレリに何か言われたか」

トビーは首を振る 手に持っているものを見せる
赤い袋 見覚えがある

公安官「……ピレリの財布…が…どうかしたのか」
ゼロ「…財布」

ずっと泣きじゃくり 説明ができない様子だった
こういう人を見ると こちらの思考は逆に冷静になる 顔を見合わせ 小声で話し合い ひとまずピレリの椅子に座らせることにした

ゼロ「ピレリは…?ずっと来てなかったけど…」

トビーは まだ何も言えないでいる
机の上には ピレリの財布 ゼロがチラッと見る 彼女には嫌な予感がしていた

そして 同じようにタイムもまた 思い当たる節があった 彼はトビーが何をいうか なぜか わかる気がしていた


トビーがようやく 口を開き 喋ろうとする


なぜか 聞きたくないと 思った




トビー「…ピレリさん…は……死にました」


それは突然だった
言葉を発する度 トビーの目からは涙が溢れる

4人は 唖然としていた
何が起こったのか 何を言われたのか 一瞬 頭で理解できなかった

ティナ「……は?」

トビー「殺された トッドに」

どうして その名前が

テナルディエと公安官は背後の扉を見る

公安官「スウィーニー・トッド……」

ピレリは 彼に会うと言っていた
来なくなったのは その後のこと

トビー「…どうして 名前を」

そういえば トビーには扉の文字が見えていなかった
その時 ふと思うことがあり テナルディエはゼロを見る


ゼロも唖然としていた

そして小さく おかしい とだけ呟いた

ティナ「物語の 名前…だろ?ゼロ」
ゼロ「……そうだよ でも 彼いつの間にトッドに」

ゼロはあの日 帰り際のピレリとしか話していない ギュスターヴもテナルディエも ピレリがトッドと会った話を 一切していなかった

公安官「最後に ピレリに会った日…」
ゼロ「トッドに…会っていたんだね…そうか…」
トビー「みなさん 知って…いるんですか」

トッドは物語の名前になっている
物語は始まっていると あの日考えた
この結末がピレリの物語だとでもいうのか

ゼロ「スウィーニー・トッド……フリート街の……悪魔の理髪師」
タイム「それは…」
ゼロ「正式な 映画の題名だよ」

ゼロは頭を抱える 深くため息をつく
彼女はピレリの最期を知っているのだと この時点で告白した

トビーは トッドと会った後のピレリとトッドの元へ向かった時や その後のことを話した

それは恐ろしい話で これが スウィーニー・トッドという話の ほとんど全てだった

ピレリは死に そして…
想像するだけでも 悍ましい


息を呑み 事の顛末を聞く


次の日には一連の出来事は明るみに出る
結果として その後のトビーには何事もなく 家へ戻って数日経ち ようやく ここにいるピレリの友人たちに 全てを伝えにきたのだった

扉を開けた先にいるのは ピレリと同じ顔 同じ声のギュスターヴたち その声で名を呼ばれたことで 思わず泣き出してしまったのだと 話した


ゼロ「最初の犠牲者がピレリ 彼は…トッドの…正体を知っていて…それで」
ティナ「ピレリが 殺されることを知ってたってのか どんな 最期か しかも最初から…!」
ゼロ「…それが物語で ピレリの運命」

死すら知ってなお ゼロはこちらには一切話さない その終わりが 良いものか悪いものか 彼女は何も言わない

それでも その終わりを知っていても 彼女は今まで 彼とは普通の友人であった
トッドと会ったことを知らなかったとはいえ その未来を 変えようとせず 受け入れるだけの

いや それでも 動揺している 悲しんでいる


知っていても そう簡単に受け入れられるものではなかった 何より彼女は ピレリが死ぬ日を知らなかった
また 会えると思っていたら 全くそうではなく しかもそれは 物語が始まり 終わったからだった

物語は彼女の知らない間に 始まって終わっていた


テナルディエはこれ以上 ゼロに対し 何か言う気力はなかった
彼は 自分の物語がどんな話で どんな結末になるかわからなくなってしまった
あのピレリが 恐ろしい物語の 被害者の1人 というキャラクターだった
自分がどうなるか 全く読めない どんな立ち位置の どんなキャラクターなのか
現状 転落の道を歩む彼が その行先 落ちゆく先の物語がどうなるのか ただ恐怖でしかなかった

バッドエンドはありえる

ゼロは どちらもあり得る と伝えていた

主人公にとってのハッピーエンドを迎えても 他がバッドエンドを迎えることもある
その逆も然り

だが ピレリの物語はただただバッドエンドだ
誰も彼もが救われず 殺される 死んでしまう

自分たちだって そうなるかもしれない

そしてそれを ゼロはすでに知っているかもしれない


ゼロすら予想できない間に とてつもない地獄に足を踏み入れているかもしれない


テナルディエにとって ピレリの死は 親しい友人の悲劇ではなく 自身にとっての新たな恐怖だった

ゼロ「トビー 確かに私は知っていたけど これは…」
トビー「…ピレリさんが殺されたことは 僕は もう どうも思いません 僕はあの人のしたことを 許そうなんて でも…僕はピレリさんを 許せないけど 許してもらうことも…できない…もういいんです 店で 静かに 暮らせれば…」
ゼロ「許して…もらう?ピレリが君に酷く当たってたのは ピレリが全面的に悪いから…気にしない方が…」
トビー「ピレリさんが どうして僕を引き取ったのか…ゼロさんは 知っているはずです」

ゼロが息をのむ

ゼロ「彼 君に話したの?」
トビー「…いいえ 話すとは言われましたけど その前に死にましたから」

じゃあなんで そう言うと トビーは膝に上に置いた手を ギュッと握る

テナルディエとギュスターヴも あの日ピレリが 隠していたことを話す と言っていたことを思い出した
それをトビーに話してから 教えると

隠し事とは その 引き取った理由とやらだろうか

トビー「…あの夜 外に出ると ピレリさんの師匠の従兄弟がいたんです 僕の姿を見て 全てを知って 警察に伝えて うまく僕を助けてくれました その人が教えてくれました 今までのこと 知っている限り全て ピレリさんと トッドのことも」
ゼロ「…リドルフォ・ピレリか」
トビー「今はその人と 店に」
ゼロ「君の身が 安全なのは 良かったよ せめて君だけでも助かってくれれば…」


ピレリの過去に何があったのか 彼の どうでもいいことかもしれないと言った隠し事とはなんなのか

全てを聞く気力も 話す気力も もう 今ここにいる全員になかった

ピレリが死んだ



死んだ



殺されてしまった




当たり前のように会える日々 過去の人物 別世界の人物


友人だった


思いはそれぞれあったが 喪失感だけは同じだった





出会いから6年目の出来事だった




END
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