第一章 出会い そして
別の世界へ
出会いから6年
1月 集会所にて
ピレリ「1日休み?駅に住んでるんだろ いつもどうしているんだ?」
公安官「基本的には駅を出る ほとんど買い物だな…普段買いに行く時間がないからな」
ピレリ「…服は買わないのか」
公安官「今以上にいらない」
ピレリが思い浮かべるのは 何度か目にしている地味な格好
そして彼は いい案を思いついたらしく すぐにゼロにその話を持ちかけた
その日の朝は ダステ公安官にしてみれば憂鬱だった ゼロが彼の知らぬ間にピレリをこの世界へ連れてきているらしい
とにかく財布に金入れてこいだとか 集合場所も勝手に決められて 不満が顔から滲み出ていたのか 出勤してきた同僚に心配された
予定を決めて行動するのはあまり好きじゃない
普段決まったリズムで生活しているから こういう時ぐらい何も予定を立てずにいたい
だが寒空の下 駅を出る ピレリがわざわざきている トビーは集会所でゼロたちといるらしい
彼自身がフランスに興味を持っているだけが理由でなく 服を見に行こうと誘われた
昨日の雪がまだ道に残っている
白い息をはきながら 駅舎の前を進む
ゼロに指定された場所に 自分と同じぐらいの背丈の男がいる 雰囲気も ぽいのだが 格好がいつもと違う
髪を巻いていない…どころか髪が短い 服もいつもの派手な服ではない
ただ顔が自分と同じなので ピレリで間違いなさそうだった
公安官「ピレリか?」
ピレリ「そうだぞ」
公安官「どうしたんだ その格好…」
ピレリ「ゼロのやつが 目立つからやめろって 勝手に格好を変えられた やっぱり遠目から見ると私だとわからないよな」
公安官「あぁ…ただゼロの言うことはわかる」
正直 服はともかく 髪型がそのままだったら少し嫌だった
同じ顔の男が2人 並んでパリの街を歩く
ピレリの時代より50年近く後の時代のフランスだったが ギュスターヴにとにかく英語とフランス語で会話をしている姿を見られたくないとだけ伝えられたピレリは 大人しく 黙って歩いていた 感想くらい伝えてもいいだろ という発言は 本気で嫌な顔をされたので 無かったことにした
早速服屋を発見したピレリは ギュスターヴの腕を引き 中に入る
1フランがこの時代何ポンドなのかもわからないので値段は気にせずどんどん見て行く
この場に関しては完全にピレリの言いなりのギュスターヴは 彼が約束だけ守って律儀に無言で ジェスチャーだけで伝えてきているので 今日はいいか とピレリの後ろをついて歩いた
ピレリ「この組み合わせどうだ?」
と目で話しかける彼に
公安官「わからないが 50年前のセンスでは選ばないでくれ」
と答えると
ピレリ「歩いている時に ある程度他の奴らが着てる服は見た」
そこは喋りかけてきた
確かにここに来る道中 周りをきょろきょろ見ていたが ただ店を探しているだけだと思っていた
そのあたりは しっかりやっているようだ
19世紀イギリスの理髪師が どのような仕事をしていたか 詳しくは知らないが トビーに言わせれば 仕事ぶりは見事らしいし
髭剃りに関しての技術は相当なもので 彼の腕に対しての評判は 悪くないという
ただ別に大繁盛はしてない なので生活に余裕はない それが彼だった
ピレリ「次も見よう」
一通り見て回った後 すぐに別の店を探し始める
その道中も ちゃんと服装はチェックしているらしく ついギュスターヴも同じように他人の服装を気にする
思えば こんな風に友人と買い物をするのは初めてだった
こうして 街を歩くのも
道中 たまに足の補装具に油を差す彼のために立ち止まる時間
その間 少しだけ 大した話でもないが 言語が違うのでコソコソと会話する
それだけでも ギュスターヴにしてみれば 新鮮だった
今日は初めてのことが多い と伝えると ピレリも 自分もそうかもしれないと 笑った
ピレリ「私も こんなに付き合いのある友人などいたことがなかったな」
公安官「イメージは 多そうなんだが」
ピレリ「…そんな余裕もなかったからな…お前たちに会うまでずっと」
また歩き始める 2人だけで会話をした回数は 案外少なかったかもしれないと 今になって思う
ピレリ「以前テナルディエには 過ぎた事は後悔しても仕方ない なんて言ったが 私自身 ずっと過去のことばかりにとらわれている ゼロやダステに言われるまで それでも良いと思っていたが…」
全員 今の話はするが 過去の話をしようとした事は無い
話題にも上がらず また自ら話題にすることもなかった
ギュスターヴは わざわざ語りたい過去も無く むしろ この足に関しても 誰にも触れられたくなかった
ピレリが トビーに関しても 過去のことも話さないのは きっと 誰にも触れられたく無い理由があるのだろうと 思っていた
あの場は 触れるべきでないことに できるだけ 関わらないようにしていた
だがトビーと関わるということは 彼自身の思いを聞くこととなり ピレリの行動に疑問を抱くようになった
ピレリ「それと トビー…あいつのことも」
子供に対する躾 そんなものとは違う 理由のわからないそれを 見過ごせない
ギュスターヴはトビーのために ゼロはピレリのために 心変わりさせようと 何度か話をした
ゼロに関しては ほとんど会うたびに ピレリに言い続けていた
彼は 変わろうとしている ようやく トビーも解放されるかもしれない
ピレリ「話す決心がまだつかないが 時がくれば トビーに…そしてお前たちに 隠していることを明かす 自己満足でしかない くだらないと思われるかもしれない 何より軽蔑されるだろう それでも 私は変わらなければいけない」
公安官「…そうか そう思ってくれるのか」
ピレリ「あぁ…悪いな こんな話になって…次の店行くか」
その後2件目でピレリはこれがベストだ!と喜びながら ギュスターヴをコーディネートし 彼にピッタリの服を買わせることに成功した
先ほどまでとはすっかり変わり 楽しそうに選ぶピレリを見て ギュスターヴはホッとしていた
まるで別人と話しているような感覚になることのある彼だが 今は ギュスターヴのよく知るピレリだった
選んでくれたお礼にと ギュスターヴは食事にも誘い そのまま時間まで共に過ごし 駅前に戻ってきた
公安官「もうすぐ終業時間だ 施錠は私がやるから そのタイミングで壁の中に戻ればいいか」
ピレリ「わかった 一緒に中に入っていいか?」
公安官「…店も閉まってる時間だしな…いいぞ」
もう駅の営業も終わる頃 閉めてしまう前には 戻ってきた2人は そのまま一緒に中へ入る
公安官「とりあえず 同僚と話してくるから 下で待っていてくれ」
そう言って上へ上がるギュスターヴが公安官室に入ったのを確認したあと ピレリは駅の中を少しうろうろして暇を潰していた
公安官室の下側にある すでに閉まっているカフェ&バーを眺めていると 扉が開き 中から老齢の婦人がゆっくりと出てきた
「ギュスターヴ?」
目が合うと まずその名前で呼ばれ まずい…とピレリは思い 返事をする前に顔を逸らす
髪型が多少違うとはいえ 顔はそっくりそのままギュスターヴだ テナルディエなら まだ髪色と髭という違いがあったが ピレリは特にギュスターヴと顔が似ている状態だった
ピレリ「…えっと 私…ですか?」
わざと当たりをきょろきょろ見回し 自分が話しかけられました?という感じを演じてみる
「あら ごめんなさい 人違いね 観光の方かしら」
そういえば今日ギュスターヴに言われたところだった
言語が違うから 会話が成立していると思われるなと
どうやら彼と知り合いのようだったので 言葉がわからないふりをして乗り切ろうとしている最中に ギュスターヴが同僚と一緒に戻ってきた
公安官「マダム・エミーユ こんばんは」
エミーユ「あぁギュスターヴ こんばんは」
ピレリ「ダステ 知り合いはいないだろうって…」
公安官「彼は私の友人ですよ イギリスから来たばかりで まだフランス語を話すのは苦手なんです なぁピレリ?」
ピレリが頷くと そうなのね とエミーユ夫人は笑顔で話す
エミーユ「そうなの?ずいぶん顔がそっくりで びっくりしてしまったわ」
公安官「最初に会った時には私も驚きましたよ」
エミーユ夫人がそろそろ帰らないといけないから と言うまで ギュスターヴは2人で盛り上がり その間に彼の同僚は帰ってしまったので ピレリだけどうすればいいのかわからず 話をする2人を見るばかりだった
夫人と別れた後 左側にある階段をあがり 鉄道公安官室に入る
チャッチャッと足音を鳴らして ギュスターヴの相棒のマキシミリアンが駆け寄ってくる
公安官「まだ寝ていなかったのかマキシミリアン」
今日も立派に勤めた彼を撫で そのまま部屋の奥へ歩くと マキシミリアンもその後についていった
ピレリが選んだ服の入った袋を棚の上に置き コートを脱ぐ
ピレリ「入り口から完全にお前の部屋なんだな ここは…仕事部屋と自室がすぐつながっているし…」
公安官「基本私しかいないからな 10年ちかく前までは2人だったんだが…」
ギュスターヴが片付けを終えたタイミングで ピレリは壁の方へ移動する
ピレリ「じゃあ 意中の相手ができたら その格好で出かけろよ それなら悪い印象にはならないはずだからな!」
公安官「君が気にしていたのはそこなのか」
ピレリ「当たり前だ 今のお前を見ていると 将来恋人に幻滅されないか心配になる」
公安官「別れ際に何を言うんだ全く…」
また明日!と言って ピレリは壁の中へ入っていく
…今日の出来事を思い返すと 今までで一番 充実した休暇だったかもしれないと 直接はとても言えないが ピレリに感謝した
数日後
テンプス「お前たち 私の話を聞け!」
ギュスターヴの休暇に 今度は他の世界に行こうという話を ゼロを交えて話し合っていたピレリとギュスターヴの元へ テンプスがやってきた
ゼロ「私も?」
テンプス「ゼロ様も 関係があるのでお願いします」
相変わらず突然やってきては大声を上げるのが好きなテンプスに だんだん慣れてきている彼らは おとなしく話を聞いてやることにした
テンプス「他の世界へ行くという話 非常にいいな その間に防壁の強化を行える それぞれの世界の壁から扉…と この世界のな!」
他の世界との交流は物語の均衡がどうこう言っていた時期があった気がするのだが 今となってはゼロの望む通りに という方向に転換している
均衡は保たれているとゼロに怒鳴られたのが 一番効いたと思う
テンプス「主の力なら容易いことも 私には少々厄介な事がある お前たちが世界の中にいる状態だと 私は世界に干渉できない だが他の世界に行っている時なら お前たちの世界とこの部屋の繋ぎ目の補強ができる ここにいられても 本来の世界にいられてもできないことだ」
なぜそうなのか を説明させると 難解且つ長いというのは学んでいる彼らは 質問はしない
そういうものなんだな と思っておかないと 想造力も時間の力も魔法も 何でもありな連中とは付き合ってられない
テンプス「まず 端からからやる よってギュスターヴ ピレリ…お前たちはテナルディエの世界へ行け 念の為 トビーも連れていけ」
公安官「タイムの城じゃダメなのか?」
テンプス「やつの城は扉だけでつながっている 私にとって厄介なのは壁の方だ タイムの城にいても良いが 他の世界へ行く話はどうした」
テナルディエは別に構わない とだけ言った
そういうわけで テンプスに言われて…仕方なく選ばされた感があって微妙な気分だが
彼らはテナルディエの店に集まることになった
壁を抜け 店の中から現れるのでは 彼の家族に説明しようがないので ゼロの力を借り モンフェルメイユの側の森にすぐにテレポートさせられた
トビー「本当に 別の世界なんですね ここ」
公安官「あぁ…100年前のフランス…だな」
ピレリ「私たちにしてみれば 50年ぐらい前か」
モンフェルメイユはパリの東約17kmの位置にある小さな村落で イギリスで暮らすピレリとトビーにしてみれば テナルディエが住む場所 ということ以外全く何も知らず ギュスターヴも 自分の住む国にある町ではあるが 別に詳しいわけでは無いし 行ったことはない
初めて訪れるモンフェルメイユという地だが 時代は1824年
今のこの景色は おそらくはもう無いのかもしれない
至って普通の だが時代を感じる そんな場所
ブーランジェ通りを目指して進み やけに離れた場所に移動させたゼロに対し もう少し近場でいいだろ と言ってやりたいが 今は観光気分で歩く
よそから来た3人を じろじろ見てくる
主に見られているのはギュスターヴとピレリなので 顔が原因かもしれない
だが どのみち店に入れば彼の家族に驚かれるのだろうし これくらい気にならなかった
看板を見つけたギュスターヴは これが“あの”看板かと まじまじと見る
なぜそんなに看板を見るのか知らないピレリは 先にトビーと店の中に入る
「いらっしゃい……ぇ…お好きな席へかけてくださいな」
おそらくはおかみさんだろう 金髪の女性が気づいて奥から出てきた後 一瞬言葉を失ったかと思われたが すぐに立て直して笑いかけてきた
その後に続けてギュスターヴが入ってきて 最初に入ってきたピレリとどうやら知り合いのようで その顔は…
笑みは崩さず 内心驚いているのだろう ゆっくりと裏に戻ると すぐにテナルディエを連れてまた表に戻ってきた
「あんた 見なよあのお客の顔をさ あんたそっくりじゃないか!しかも背丈もおんなじくらいで なんだか気味が悪いよ!」
聞こえないように コソコソ言っているつもりなのだろうが 今のところ客のいない店内だと 聞こえてきてしまう
ティナ「そんなこと言うんじゃねぇよ 俺の友人に」
久しぶりに顔を合わせる友人 といった感じにすることにした
テンプスが戻ってもいいと言うまでの間 この村で暇を潰すよりも食べて飲めばいいと言われた ただし ゼロにあとから代金を支払わせる約束で
防壁はゼロにとって彼らからの信頼を得るために必要だと思っている要素のひとつだったので ここはテナルディエに協力してもらいたかった
だがテナルディエは 思ったより乗り気で まぁ うまく対処しなければいけないとはいえ ゼロの協力と 支払いさえあれば どうぞどんどん来い といった感じだった
テナルディエと彼の妻は
パッと見たところ気の強そうな奥さんが 後ろで笑みを浮かべるばかりの旦那を叱りつけるような そんな関係性にも見えた というか 最初ゼロはそっちになったかと思っていた
しかし本来は 彼の妻はテナルディエに言われたなら 大人しく従う 夫の尊厳を汚すようなことはしなかった
ゼロ曰く…そしてギュスターヴの認識では それこそテナルディエ夫婦だった なのでゼロの知るテナルディエ夫婦を ギュスターヴは知らなかった
テナルディエが友人にそんなことを言うな と言われたなら 同じ顔が3つ並んでる様を見ても 何も言わないし 顔にも出さないようにした
何より相手が彼の友人だった
ただ今言わないというだけなので 彼らが帰った後には テナルディエによってうまく説明はなされるだろう
テナルディエは到着した彼らを 他の客とは違い 素の表情で迎える
いつもは用心のために笑顔でいる と説明されるような彼だが 集会所では決して仮面は被らない
今は他の客もいないので 馴染みの友と話す様子を 家族以外に見られる可能性もない
ティナ「いつもより地味な色味の服だな ピレリ」
ピレリ「髪型はともかく色だけやめようか…とゼロに言われてな」
顔が同じなのは 元々なので致し方ないが 服装で悪目立ちはされたくない とまたゼロに服を渡されたピレリだった
次に店の扉が開いた時 入ってきたのは1人の女性
この時代に服装を合わせているので いつもの服装とは違ったが 髪色を変えているだけで あとはゼロの姿そのままだった
ゼロ「私だって 普段のズボンやめて ドレススタイルだし…ドレスって名称でいいかは知らないけどさ」
ティナ「男装してる方が見慣れてるから違和感あるな」
ゼロ「あぁそうか 君らの認識だと男装になるのか…え?ダステ 私のこれって男装?」
ダステ「…婦人服にはスカート という認識だが」
ゼロ「あぁ もうちょっと先か…」
時代を感じるゼロをよそに テーブルにいくつか料理を運んでくるテナルディエ
夫人は 違う言語なのに会話が成立している様子の…どんどん奇妙になっていく夫の友人たちの集まりに 気味悪さがつのり いい加減説明が欲しいが 今はそれを我慢し 酒を持ってきていた
ダステ「…そういえば ゼロ 喋ってる言葉の方 何か対策したのか」
ゼロ「あ してない」
ピレリ「さっきから夫人が恐ろしいもの見る目でこっち見てるぞ」
ティナ「ロザリーには言っといてやるよ 互いに何言ってるかわからないのに会話が成立してるってな 俺にはさっぱりってことにしておく」
ゼロ「ちょ…私たちが変人みたいじゃん」
変人って言われても仕方ないよなぁと
3言語で会話しているので 夫人からの印象は悪くなり続けているのだが 今回きりだしな というテナルディエの言葉を受け ゼロのミスも咎めず テンプスからの連絡を待つ間ゆったり食事をしていた
ゼロ「美味しいかい?トビー」
トビー「はい お酒も美味しいですね」
ゼロ「…少しにしときなよ」
やはりテナルディエがいると非常に会話が盛り上がる 側から見るとかなり異様な会話を行なっているが 本人たちは楽しんでいた
いつもの集会所とは違う場所 違うテーブルと椅子 そして料理と酒
楽しい時間はすぐに過ぎ去る 料理もグラスも片付け終わり それでもゆっくり話をしていた
ただその頃 気づかなうちにゼロは一時的に全会話がフランス語に聞こえるようにし
仕事中のテナルディエがこちらに話しかけても違和感ないように配慮していた
夫人にはあとでいくらでも誤魔化す時間が持てるが 彼の店に来る客にはできない
この日はぽつぽつとだが それでも食事をしに来る彼の知り合いがいて
同じ顔が3人いる様子を見ては 兄弟なのか?と聞かれるが その度にテナルディエが 顔が理由で出会った時から仲が良くなったただの友人 とだけ伝えた
テナルディエの宿屋での時間はあっという間に過ぎ去り そろそろお開きにしようと それぞれ立ち上がる
夫人が料理をしているうちに上の階へ上がり 夫婦の寝室へと入る
ティナ「さて ゼロ 先に支払いだ 金がないんじゃ怪しまれる」
ゼロ「わかったよ 何フラン?」
ティナ「5でいいぞ」
ゼロが今手にしたのがちょうど5フラン
ゼロ「今見て言った?…協力金は込みでかな?」
ティナ「お前の気持ち程度でいいぞ 友人だからな」
ゼロ「私が貨幣価値やら物価やらわかってないの知っててそれを言うんだからさ…いいや10フラン払うよ 迷惑かけたね」
そう言って10フランを渡す 支払いだけ済ませると まだ仕事が残っているからと すぐに下に降りていってしまう
公安官「…さっさと行ってしまったな」
ピレリ「貨幣価値がわからんが 高いんじゃないのか?ゼロ」
ゼロ「まぁ 今回限りだよ…」
集会所から自宅へ戻り ピレリはトビーと彼の部屋に戻った
ピレリ「今度はここにあいつらを招待したいな」
トビー「……い…いいと思います 僕も…みんなと ここで」
ピレリ「…あぁ…そうしよう」
交わした言葉はこれだけだったが それでも部屋に戻り 閉まる扉の向こうに消えるトビーの姿を見て ピレリは安堵の息をついた
ピレリ「決心しろ…いい加減前を見ろ…」
部屋に戻りながら ぶつぶつと言い続ける
トビーと会話するたびに 喉の奥につっかえて 言葉が出てこなくなる きっかけも掴めないまま 時間だけが過ぎていく
ゼロやギュスターヴが聞いたら呆れるだろう 変わって見せると宣言したのに いつまで経っても意気地なしのままだ
ピレリ「どう思われてもいいんだろ…今更…あいつを養子にするわけでもないんだぞ…師弟にもなれない あの人に頼んで 代わりに仕事を教えてもらうんだ その方がいい 離れた方がいい あいつのためになることを 罪滅ぼしの…ために…」
ピレリの決意が固まったのは それからしばらくしてだった
END
出会いから6年
1月 集会所にて
ピレリ「1日休み?駅に住んでるんだろ いつもどうしているんだ?」
公安官「基本的には駅を出る ほとんど買い物だな…普段買いに行く時間がないからな」
ピレリ「…服は買わないのか」
公安官「今以上にいらない」
ピレリが思い浮かべるのは 何度か目にしている地味な格好
そして彼は いい案を思いついたらしく すぐにゼロにその話を持ちかけた
その日の朝は ダステ公安官にしてみれば憂鬱だった ゼロが彼の知らぬ間にピレリをこの世界へ連れてきているらしい
とにかく財布に金入れてこいだとか 集合場所も勝手に決められて 不満が顔から滲み出ていたのか 出勤してきた同僚に心配された
予定を決めて行動するのはあまり好きじゃない
普段決まったリズムで生活しているから こういう時ぐらい何も予定を立てずにいたい
だが寒空の下 駅を出る ピレリがわざわざきている トビーは集会所でゼロたちといるらしい
彼自身がフランスに興味を持っているだけが理由でなく 服を見に行こうと誘われた
昨日の雪がまだ道に残っている
白い息をはきながら 駅舎の前を進む
ゼロに指定された場所に 自分と同じぐらいの背丈の男がいる 雰囲気も ぽいのだが 格好がいつもと違う
髪を巻いていない…どころか髪が短い 服もいつもの派手な服ではない
ただ顔が自分と同じなので ピレリで間違いなさそうだった
公安官「ピレリか?」
ピレリ「そうだぞ」
公安官「どうしたんだ その格好…」
ピレリ「ゼロのやつが 目立つからやめろって 勝手に格好を変えられた やっぱり遠目から見ると私だとわからないよな」
公安官「あぁ…ただゼロの言うことはわかる」
正直 服はともかく 髪型がそのままだったら少し嫌だった
同じ顔の男が2人 並んでパリの街を歩く
ピレリの時代より50年近く後の時代のフランスだったが ギュスターヴにとにかく英語とフランス語で会話をしている姿を見られたくないとだけ伝えられたピレリは 大人しく 黙って歩いていた 感想くらい伝えてもいいだろ という発言は 本気で嫌な顔をされたので 無かったことにした
早速服屋を発見したピレリは ギュスターヴの腕を引き 中に入る
1フランがこの時代何ポンドなのかもわからないので値段は気にせずどんどん見て行く
この場に関しては完全にピレリの言いなりのギュスターヴは 彼が約束だけ守って律儀に無言で ジェスチャーだけで伝えてきているので 今日はいいか とピレリの後ろをついて歩いた
ピレリ「この組み合わせどうだ?」
と目で話しかける彼に
公安官「わからないが 50年前のセンスでは選ばないでくれ」
と答えると
ピレリ「歩いている時に ある程度他の奴らが着てる服は見た」
そこは喋りかけてきた
確かにここに来る道中 周りをきょろきょろ見ていたが ただ店を探しているだけだと思っていた
そのあたりは しっかりやっているようだ
19世紀イギリスの理髪師が どのような仕事をしていたか 詳しくは知らないが トビーに言わせれば 仕事ぶりは見事らしいし
髭剃りに関しての技術は相当なもので 彼の腕に対しての評判は 悪くないという
ただ別に大繁盛はしてない なので生活に余裕はない それが彼だった
ピレリ「次も見よう」
一通り見て回った後 すぐに別の店を探し始める
その道中も ちゃんと服装はチェックしているらしく ついギュスターヴも同じように他人の服装を気にする
思えば こんな風に友人と買い物をするのは初めてだった
こうして 街を歩くのも
道中 たまに足の補装具に油を差す彼のために立ち止まる時間
その間 少しだけ 大した話でもないが 言語が違うのでコソコソと会話する
それだけでも ギュスターヴにしてみれば 新鮮だった
今日は初めてのことが多い と伝えると ピレリも 自分もそうかもしれないと 笑った
ピレリ「私も こんなに付き合いのある友人などいたことがなかったな」
公安官「イメージは 多そうなんだが」
ピレリ「…そんな余裕もなかったからな…お前たちに会うまでずっと」
また歩き始める 2人だけで会話をした回数は 案外少なかったかもしれないと 今になって思う
ピレリ「以前テナルディエには 過ぎた事は後悔しても仕方ない なんて言ったが 私自身 ずっと過去のことばかりにとらわれている ゼロやダステに言われるまで それでも良いと思っていたが…」
全員 今の話はするが 過去の話をしようとした事は無い
話題にも上がらず また自ら話題にすることもなかった
ギュスターヴは わざわざ語りたい過去も無く むしろ この足に関しても 誰にも触れられたくなかった
ピレリが トビーに関しても 過去のことも話さないのは きっと 誰にも触れられたく無い理由があるのだろうと 思っていた
あの場は 触れるべきでないことに できるだけ 関わらないようにしていた
だがトビーと関わるということは 彼自身の思いを聞くこととなり ピレリの行動に疑問を抱くようになった
ピレリ「それと トビー…あいつのことも」
子供に対する躾 そんなものとは違う 理由のわからないそれを 見過ごせない
ギュスターヴはトビーのために ゼロはピレリのために 心変わりさせようと 何度か話をした
ゼロに関しては ほとんど会うたびに ピレリに言い続けていた
彼は 変わろうとしている ようやく トビーも解放されるかもしれない
ピレリ「話す決心がまだつかないが 時がくれば トビーに…そしてお前たちに 隠していることを明かす 自己満足でしかない くだらないと思われるかもしれない 何より軽蔑されるだろう それでも 私は変わらなければいけない」
公安官「…そうか そう思ってくれるのか」
ピレリ「あぁ…悪いな こんな話になって…次の店行くか」
その後2件目でピレリはこれがベストだ!と喜びながら ギュスターヴをコーディネートし 彼にピッタリの服を買わせることに成功した
先ほどまでとはすっかり変わり 楽しそうに選ぶピレリを見て ギュスターヴはホッとしていた
まるで別人と話しているような感覚になることのある彼だが 今は ギュスターヴのよく知るピレリだった
選んでくれたお礼にと ギュスターヴは食事にも誘い そのまま時間まで共に過ごし 駅前に戻ってきた
公安官「もうすぐ終業時間だ 施錠は私がやるから そのタイミングで壁の中に戻ればいいか」
ピレリ「わかった 一緒に中に入っていいか?」
公安官「…店も閉まってる時間だしな…いいぞ」
もう駅の営業も終わる頃 閉めてしまう前には 戻ってきた2人は そのまま一緒に中へ入る
公安官「とりあえず 同僚と話してくるから 下で待っていてくれ」
そう言って上へ上がるギュスターヴが公安官室に入ったのを確認したあと ピレリは駅の中を少しうろうろして暇を潰していた
公安官室の下側にある すでに閉まっているカフェ&バーを眺めていると 扉が開き 中から老齢の婦人がゆっくりと出てきた
「ギュスターヴ?」
目が合うと まずその名前で呼ばれ まずい…とピレリは思い 返事をする前に顔を逸らす
髪型が多少違うとはいえ 顔はそっくりそのままギュスターヴだ テナルディエなら まだ髪色と髭という違いがあったが ピレリは特にギュスターヴと顔が似ている状態だった
ピレリ「…えっと 私…ですか?」
わざと当たりをきょろきょろ見回し 自分が話しかけられました?という感じを演じてみる
「あら ごめんなさい 人違いね 観光の方かしら」
そういえば今日ギュスターヴに言われたところだった
言語が違うから 会話が成立していると思われるなと
どうやら彼と知り合いのようだったので 言葉がわからないふりをして乗り切ろうとしている最中に ギュスターヴが同僚と一緒に戻ってきた
公安官「マダム・エミーユ こんばんは」
エミーユ「あぁギュスターヴ こんばんは」
ピレリ「ダステ 知り合いはいないだろうって…」
公安官「彼は私の友人ですよ イギリスから来たばかりで まだフランス語を話すのは苦手なんです なぁピレリ?」
ピレリが頷くと そうなのね とエミーユ夫人は笑顔で話す
エミーユ「そうなの?ずいぶん顔がそっくりで びっくりしてしまったわ」
公安官「最初に会った時には私も驚きましたよ」
エミーユ夫人がそろそろ帰らないといけないから と言うまで ギュスターヴは2人で盛り上がり その間に彼の同僚は帰ってしまったので ピレリだけどうすればいいのかわからず 話をする2人を見るばかりだった
夫人と別れた後 左側にある階段をあがり 鉄道公安官室に入る
チャッチャッと足音を鳴らして ギュスターヴの相棒のマキシミリアンが駆け寄ってくる
公安官「まだ寝ていなかったのかマキシミリアン」
今日も立派に勤めた彼を撫で そのまま部屋の奥へ歩くと マキシミリアンもその後についていった
ピレリが選んだ服の入った袋を棚の上に置き コートを脱ぐ
ピレリ「入り口から完全にお前の部屋なんだな ここは…仕事部屋と自室がすぐつながっているし…」
公安官「基本私しかいないからな 10年ちかく前までは2人だったんだが…」
ギュスターヴが片付けを終えたタイミングで ピレリは壁の方へ移動する
ピレリ「じゃあ 意中の相手ができたら その格好で出かけろよ それなら悪い印象にはならないはずだからな!」
公安官「君が気にしていたのはそこなのか」
ピレリ「当たり前だ 今のお前を見ていると 将来恋人に幻滅されないか心配になる」
公安官「別れ際に何を言うんだ全く…」
また明日!と言って ピレリは壁の中へ入っていく
…今日の出来事を思い返すと 今までで一番 充実した休暇だったかもしれないと 直接はとても言えないが ピレリに感謝した
数日後
テンプス「お前たち 私の話を聞け!」
ギュスターヴの休暇に 今度は他の世界に行こうという話を ゼロを交えて話し合っていたピレリとギュスターヴの元へ テンプスがやってきた
ゼロ「私も?」
テンプス「ゼロ様も 関係があるのでお願いします」
相変わらず突然やってきては大声を上げるのが好きなテンプスに だんだん慣れてきている彼らは おとなしく話を聞いてやることにした
テンプス「他の世界へ行くという話 非常にいいな その間に防壁の強化を行える それぞれの世界の壁から扉…と この世界のな!」
他の世界との交流は物語の均衡がどうこう言っていた時期があった気がするのだが 今となってはゼロの望む通りに という方向に転換している
均衡は保たれているとゼロに怒鳴られたのが 一番効いたと思う
テンプス「主の力なら容易いことも 私には少々厄介な事がある お前たちが世界の中にいる状態だと 私は世界に干渉できない だが他の世界に行っている時なら お前たちの世界とこの部屋の繋ぎ目の補強ができる ここにいられても 本来の世界にいられてもできないことだ」
なぜそうなのか を説明させると 難解且つ長いというのは学んでいる彼らは 質問はしない
そういうものなんだな と思っておかないと 想造力も時間の力も魔法も 何でもありな連中とは付き合ってられない
テンプス「まず 端からからやる よってギュスターヴ ピレリ…お前たちはテナルディエの世界へ行け 念の為 トビーも連れていけ」
公安官「タイムの城じゃダメなのか?」
テンプス「やつの城は扉だけでつながっている 私にとって厄介なのは壁の方だ タイムの城にいても良いが 他の世界へ行く話はどうした」
テナルディエは別に構わない とだけ言った
そういうわけで テンプスに言われて…仕方なく選ばされた感があって微妙な気分だが
彼らはテナルディエの店に集まることになった
壁を抜け 店の中から現れるのでは 彼の家族に説明しようがないので ゼロの力を借り モンフェルメイユの側の森にすぐにテレポートさせられた
トビー「本当に 別の世界なんですね ここ」
公安官「あぁ…100年前のフランス…だな」
ピレリ「私たちにしてみれば 50年ぐらい前か」
モンフェルメイユはパリの東約17kmの位置にある小さな村落で イギリスで暮らすピレリとトビーにしてみれば テナルディエが住む場所 ということ以外全く何も知らず ギュスターヴも 自分の住む国にある町ではあるが 別に詳しいわけでは無いし 行ったことはない
初めて訪れるモンフェルメイユという地だが 時代は1824年
今のこの景色は おそらくはもう無いのかもしれない
至って普通の だが時代を感じる そんな場所
ブーランジェ通りを目指して進み やけに離れた場所に移動させたゼロに対し もう少し近場でいいだろ と言ってやりたいが 今は観光気分で歩く
よそから来た3人を じろじろ見てくる
主に見られているのはギュスターヴとピレリなので 顔が原因かもしれない
だが どのみち店に入れば彼の家族に驚かれるのだろうし これくらい気にならなかった
看板を見つけたギュスターヴは これが“あの”看板かと まじまじと見る
なぜそんなに看板を見るのか知らないピレリは 先にトビーと店の中に入る
「いらっしゃい……ぇ…お好きな席へかけてくださいな」
おそらくはおかみさんだろう 金髪の女性が気づいて奥から出てきた後 一瞬言葉を失ったかと思われたが すぐに立て直して笑いかけてきた
その後に続けてギュスターヴが入ってきて 最初に入ってきたピレリとどうやら知り合いのようで その顔は…
笑みは崩さず 内心驚いているのだろう ゆっくりと裏に戻ると すぐにテナルディエを連れてまた表に戻ってきた
「あんた 見なよあのお客の顔をさ あんたそっくりじゃないか!しかも背丈もおんなじくらいで なんだか気味が悪いよ!」
聞こえないように コソコソ言っているつもりなのだろうが 今のところ客のいない店内だと 聞こえてきてしまう
ティナ「そんなこと言うんじゃねぇよ 俺の友人に」
久しぶりに顔を合わせる友人 といった感じにすることにした
テンプスが戻ってもいいと言うまでの間 この村で暇を潰すよりも食べて飲めばいいと言われた ただし ゼロにあとから代金を支払わせる約束で
防壁はゼロにとって彼らからの信頼を得るために必要だと思っている要素のひとつだったので ここはテナルディエに協力してもらいたかった
だがテナルディエは 思ったより乗り気で まぁ うまく対処しなければいけないとはいえ ゼロの協力と 支払いさえあれば どうぞどんどん来い といった感じだった
テナルディエと彼の妻は
パッと見たところ気の強そうな奥さんが 後ろで笑みを浮かべるばかりの旦那を叱りつけるような そんな関係性にも見えた というか 最初ゼロはそっちになったかと思っていた
しかし本来は 彼の妻はテナルディエに言われたなら 大人しく従う 夫の尊厳を汚すようなことはしなかった
ゼロ曰く…そしてギュスターヴの認識では それこそテナルディエ夫婦だった なのでゼロの知るテナルディエ夫婦を ギュスターヴは知らなかった
テナルディエが友人にそんなことを言うな と言われたなら 同じ顔が3つ並んでる様を見ても 何も言わないし 顔にも出さないようにした
何より相手が彼の友人だった
ただ今言わないというだけなので 彼らが帰った後には テナルディエによってうまく説明はなされるだろう
テナルディエは到着した彼らを 他の客とは違い 素の表情で迎える
いつもは用心のために笑顔でいる と説明されるような彼だが 集会所では決して仮面は被らない
今は他の客もいないので 馴染みの友と話す様子を 家族以外に見られる可能性もない
ティナ「いつもより地味な色味の服だな ピレリ」
ピレリ「髪型はともかく色だけやめようか…とゼロに言われてな」
顔が同じなのは 元々なので致し方ないが 服装で悪目立ちはされたくない とまたゼロに服を渡されたピレリだった
次に店の扉が開いた時 入ってきたのは1人の女性
この時代に服装を合わせているので いつもの服装とは違ったが 髪色を変えているだけで あとはゼロの姿そのままだった
ゼロ「私だって 普段のズボンやめて ドレススタイルだし…ドレスって名称でいいかは知らないけどさ」
ティナ「男装してる方が見慣れてるから違和感あるな」
ゼロ「あぁそうか 君らの認識だと男装になるのか…え?ダステ 私のこれって男装?」
ダステ「…婦人服にはスカート という認識だが」
ゼロ「あぁ もうちょっと先か…」
時代を感じるゼロをよそに テーブルにいくつか料理を運んでくるテナルディエ
夫人は 違う言語なのに会話が成立している様子の…どんどん奇妙になっていく夫の友人たちの集まりに 気味悪さがつのり いい加減説明が欲しいが 今はそれを我慢し 酒を持ってきていた
ダステ「…そういえば ゼロ 喋ってる言葉の方 何か対策したのか」
ゼロ「あ してない」
ピレリ「さっきから夫人が恐ろしいもの見る目でこっち見てるぞ」
ティナ「ロザリーには言っといてやるよ 互いに何言ってるかわからないのに会話が成立してるってな 俺にはさっぱりってことにしておく」
ゼロ「ちょ…私たちが変人みたいじゃん」
変人って言われても仕方ないよなぁと
3言語で会話しているので 夫人からの印象は悪くなり続けているのだが 今回きりだしな というテナルディエの言葉を受け ゼロのミスも咎めず テンプスからの連絡を待つ間ゆったり食事をしていた
ゼロ「美味しいかい?トビー」
トビー「はい お酒も美味しいですね」
ゼロ「…少しにしときなよ」
やはりテナルディエがいると非常に会話が盛り上がる 側から見るとかなり異様な会話を行なっているが 本人たちは楽しんでいた
いつもの集会所とは違う場所 違うテーブルと椅子 そして料理と酒
楽しい時間はすぐに過ぎ去る 料理もグラスも片付け終わり それでもゆっくり話をしていた
ただその頃 気づかなうちにゼロは一時的に全会話がフランス語に聞こえるようにし
仕事中のテナルディエがこちらに話しかけても違和感ないように配慮していた
夫人にはあとでいくらでも誤魔化す時間が持てるが 彼の店に来る客にはできない
この日はぽつぽつとだが それでも食事をしに来る彼の知り合いがいて
同じ顔が3人いる様子を見ては 兄弟なのか?と聞かれるが その度にテナルディエが 顔が理由で出会った時から仲が良くなったただの友人 とだけ伝えた
テナルディエの宿屋での時間はあっという間に過ぎ去り そろそろお開きにしようと それぞれ立ち上がる
夫人が料理をしているうちに上の階へ上がり 夫婦の寝室へと入る
ティナ「さて ゼロ 先に支払いだ 金がないんじゃ怪しまれる」
ゼロ「わかったよ 何フラン?」
ティナ「5でいいぞ」
ゼロが今手にしたのがちょうど5フラン
ゼロ「今見て言った?…協力金は込みでかな?」
ティナ「お前の気持ち程度でいいぞ 友人だからな」
ゼロ「私が貨幣価値やら物価やらわかってないの知っててそれを言うんだからさ…いいや10フラン払うよ 迷惑かけたね」
そう言って10フランを渡す 支払いだけ済ませると まだ仕事が残っているからと すぐに下に降りていってしまう
公安官「…さっさと行ってしまったな」
ピレリ「貨幣価値がわからんが 高いんじゃないのか?ゼロ」
ゼロ「まぁ 今回限りだよ…」
集会所から自宅へ戻り ピレリはトビーと彼の部屋に戻った
ピレリ「今度はここにあいつらを招待したいな」
トビー「……い…いいと思います 僕も…みんなと ここで」
ピレリ「…あぁ…そうしよう」
交わした言葉はこれだけだったが それでも部屋に戻り 閉まる扉の向こうに消えるトビーの姿を見て ピレリは安堵の息をついた
ピレリ「決心しろ…いい加減前を見ろ…」
部屋に戻りながら ぶつぶつと言い続ける
トビーと会話するたびに 喉の奥につっかえて 言葉が出てこなくなる きっかけも掴めないまま 時間だけが過ぎていく
ゼロやギュスターヴが聞いたら呆れるだろう 変わって見せると宣言したのに いつまで経っても意気地なしのままだ
ピレリ「どう思われてもいいんだろ…今更…あいつを養子にするわけでもないんだぞ…師弟にもなれない あの人に頼んで 代わりに仕事を教えてもらうんだ その方がいい 離れた方がいい あいつのためになることを 罪滅ぼしの…ために…」
ピレリの決意が固まったのは それからしばらくしてだった
END