新たなる旅路へ、
「くっ!」
魔人族の領域に向かった京矢はキシリュウジンの中でそんな声を洩らす。
雪に覆われた銀世界と、吹雪という自然環境もその環境の影響を受けない移動手段を持つ京矢には大した影響はなかった。だが、
「また、怪獣かよ……」
本来生息しているであろう環境でも、世界でも、惑星でも無いと言うのにこの領域に足を踏み込んでから、何度も多種多様な怪獣からの襲撃に遭っていた。
その様は宛ら怪獣牧場、怪獣無法地帯とでも言うべきであろうか?
空中が生息域の怪獣を迎え撃つ間に新たに現れた、体を白い体色に変えた雪原に適応したゴモラやレッドキングなどの怪獣の相手を繰り返していた。
流石にある程度の高度を取れば襲ってくる個体が居ないのは、恐らくこの怪獣牧場を作り上げた者たちが管理しやすいように調整したのだろう。それが何者なのかは容易く想像できる。
だが、どちらにしても、今魔人族の領域は、怪獣よりも脆弱な生命が生息できる環境では無かった。
足元に広がる景色は壊れた家屋の跡、それが村か集落だったかは不明だが、恐らくは小規模なモノだったのだろう。だが、今はそこには生命の存在は皆無だった。
「おーい! 誰がいないのか!?」
一応は其処が敵地ということを忘れて、京矢はキシリュウジンのコックピットから飛び出し、吹雪の中で生存者を探して廃墟と化した集落の中を走り回る。
集落と言うにしても、余りにも残骸が少ないのは、そこに住む人々ごと怪獣たちの食事になったと言うことは想像に易い。
魔人族が敵対しているのには変わらないが、流石にここ迄無惨な光景を見れば助けに動きたくもなる。
「駄目だ、指揮官、此方にも誰もいない!」
エンタープライズからの言葉を聞いて本格的にこの集落に誰もいないことを確信して、新しい怪獣が現れる前にエンタープライズを伴い、キシリュウジンのコックピットに戻る。
***
京矢達の移動基地となっているチフォージュ・シャトーに戻ると地図に現在地に×を付ける。
「またこうなってたか」
「ここまで全て集落や村は怪獣達の餌食になってしまっていた」
地図の幾つかの×印は全て壊滅していた村や集落と思われる場所だ。
チフォージュ・シャトー、シンフォギアに登場するそれを京矢は地球での活動時から移動拠点としている。ガチャ産の品なのだが、そこには何気に科学系のライダーシステムの整備と修理用のシステムが用意されている。
一時期研究を頼んだプレシアを泊めていた場所でもある。元々あまり利用しない施設なので、高校に入ってから少しずつ生活用品を揃えていたが、完全に生活機能が備わる前にトータスに転移してしまったが、移動拠点としては丁度いい品物でもある。
本来備えている危険な機能もあるが、それはそれ。
そんな中、京矢とエンタープライズは地図を広げて現在の魔人族の領土の現状を話し合っていた。いや、今の此処をそう言っていいのかすらも分からない。
これでは変装して迷宮の情報を探ろうにも、生存者すら見つからないのではどうにもならない。
「南雲達との合流の予定もあるから、あまり時間はかけられねえのにな」
「怪獣達の情報だけでも十分じゃないか?」
大迷宮の情報は得られないが、怪獣無法地帯と化したこの場所の情報は有ると無いとでは大きく違ってくる情報だ。
「まあ、それはそうだけどな……」
「それにしても、ミュウの世話役として向こうにはベルファストを残してきたのは……」
「失敗したか」
流石に此処にも有る程度の食料くらいは準備していたが、それでもカップ麺など長期保存ができるものが中心な時点でラインナップはお察しと言うところだ。
「念の為の回復アイテムとして賢者の石も渡しておいたし、向こうは心配ねぇだろうが」
「まさか、此方が心配になるとは思わなかったな」
主に食事面でだが、その通りで有る。合流した後にベルファストから怒られそうだが、それは覚悟の一つはしておこうと心に誓う。
「あー、それと……ライザ、大丈夫か?」
そして、新たにガチャから呼び出した……この城の管理を任せてあるライザリン・シュタウトへと声をかける。
「……同じ錬金術でも、私達のとは全然違うんだけど!」
まあ、当然ながら涙目で抗議されてしまう。アトリエ世界とシンフォギア世界の錬金術師の技術体系はかなり違う。いつかは行き着くかもしれないが、それはそれ。
まあ、それでも何とか管理できているのは一重にライザ自身の努力の成果か、技術体系は違えど錬金術方面の才能を召喚の際にインストールされたか、いずれだろうか。
一度ハジメ達と別れる際にベルファストをミュウの世話係として向こうに残したので、此方に追加人員でも、と思い新たにガチャを引いたところ、ライザを呼び出せたと言うわけだ。
そんなライザの苦労は兎も角、先ほどから調べた国境付近の村や集落は殆どが壊滅状態だ。顔を隠したり、適当な変装用のガチャ産アイテムで変装したりして情報収集しようにもこれでは、と言ったところだ。
大きめの町を選んで探るべきかと考えたが、この分ではそれも怪獣達によって全滅させられてる可能性が高い。普通の魔物や人間を想定した城塞都市では怪獣に対して身を守る壁になどならないだろう。
街や村での情報収集は完全に諦めて、怪獣を撃退しながらシュネー雪原、そこにあると言う大迷宮を目指して城を進める。
上空から見える景色で魔人族領の地図を新たに作りながら。
移動→怪獣との戦闘→休息→移動と繰り返しながら、数日、怪獣達の襲撃が途絶える地点に辿り着いた。
「それにしても……このお城が有って良かったね……」
「だな。移動手段が陸上だけなら、足元を注意する必要があるだろうし」
怪獣達の襲撃がなくなり安堵した様子のライザの言葉に京矢はそう返す。
雪中の移動で危険なのは足元の亀裂だ。床に隠れて見えなくなっているが、最悪、崩れやすい雪で表面的に人を飲み込むレベルの亀裂が隠れている程度だったら、そのまま命を落とす危険すらある。
時間は掛かるが、怪獣という厄介な邪魔者も居なくなったのだ。足元の危険も雪と風も気にする事なく、雪と氷に覆われたシュネー雪原の最奥「氷雪洞窟」をゆっくりと探す事ができる。
そして、そこから更に2〜3日を使い、やっと巨大なドーム状通路を抜け、400メートルはくだらないだろう谷を下り、いくつも枝分かれした道を迷いながらも進み、おかげで、特に足踏みすることなく二等辺三角形のような綺麗な形の縦割、シュネー雪原の最奥「氷雪洞窟」の入り口にたどり着くことができた。
案内人でも居れば、とも思うが無い物ねだりしても仕方ないとも思う。
「それじゃあ、ライザとエンタープライズは事前の話し合い通り、ここに残ってくれ」
「……うん」
「了解した……」
この事は事前に何度も話し合ってはいたが、ライザもエンタープライズも納得はしていない様子だった。
だが、シャトーを動かせるライザとハジメ達と面識のあるエンタープライズがここに残り京矢からの連絡が途絶えてから、一週間ほど連絡が無ければ、2人でハジメ達と合流し、この大迷宮の位置情報と怪獣達の存在を伝える話になっている。
位置情報が分かれば的確に行動可能ではあるし、怪獣についての情報も後々ここに来るであろうハジメ達には伝えておかなければならない情報だ。
どちらも重要な情報には間違いなく、念の為にと、起動方法をメモした上で万が一の時は怪獣対策でハジメ達に渡す様にと、ダイナゼノンも置いておく。
後は大迷宮攻略を終えれば連絡して迎えに呼べば良い。
そして、予めミレディの迷宮を攻略した際に魔法陣を封印した後の再起動の方法も相談していて、それはハジメにも伝えている。
上手くすれば|封印の剣《ルーン・セイヴ》の力で魔人族に神代魔法を渡す事は防げるかもしれないのだし。
態々この世界の人間族に利する事をする気は無いが、仮想敵の魔人族の強化手段を奪うのも悪くは無いのだし。
どっちにしても、全滅は避けて可能な限りハジメ達へ情報を渡すには2人に残って貰うしか無いのだから、不満はあるが、ライザもエンタープライズも従うしかなかった。
洞窟に入ってからも特に苦労するような場面はない。
洞窟に入る前から先制攻撃の如く現れたビッグフットのような魔物も、触れれば即凍傷を引き起こす雪も、飲み水の確保すら困難な環境も、倒せど倒せど再生するゾンビ軍団も、その他の氷でできた魔物たちも、それらを統率する氷の亀も、バールクスに変身した京矢の障害にはなりえない。
「やっぱり、余裕だねぇ」
そもそも、本来のバールクスでは無いとはいえバールクスのスペックで苦戦する様な敵が出る迷宮を攻略できる奴がいる様な相手なら、一人で王国なりに乗り込めば戦争は終わる。つまり、戦闘面ではバールクスのスペックなら余裕で攻略出来ると言う事だ。
問題となるのは矢張り、
「問題はこの迷宮のコンセプトか……」
全てはそこに行き着く。力だけでは解決できない部分、その情報を手に入れられれば良い。
「環境への対応力……って言うなら楽なんだろうけどな」
その可能性もあるが、そうで無いならこの魔物達は単なる腕試しだ。この迷宮の本当の試練はここからなのだ。
強力な魔物をいくら倒せたところで、氷雪洞窟を攻略したことにはならない。
大迷宮の存在理由。力ある者に世界の真実を伝え、自分たちの遺志と共に神代魔法を伝える……確かにそれが主目的ではあるだろう。
だが、神に挑むために必要なのは、単純な戦力だけでは足りない。神と戦うために必要となるであろう多種多様な力、それらを試し、磨くための場として大迷宮は存在する。
オルクス大迷宮は数多の魔物とのバリエーション豊かな戦闘を経て経験を積むこと。
ライセン大迷宮は魔法という強力な力を抜きに、あらゆる攻撃への対応力を磨くこと。
ライセン大迷宮については生きたメインコンピュータと言うべき存在のミレディの性格が反映されていて、イラっとくる面もあったが、それはそれ。製作者の性格が反映されるのは仕方ないと諦めよう。
「さて、鬼が出るか、蛇が出るか……」
この迷宮で試されるもの、コンセプトは何かなと心の中で呟きつつ京矢は迷宮のさらに奥へと足を踏み込んでいく。
続いて現れたのは横幅目測10キロ、奥行きは雪煙のせいで判然としない広大な迷路。壁で区切られ上が吹き抜けとなっている、アスレッチクパークなどでよく見る迷路そのままだが、その規模は冗談のようだ。
この迷路を踏破するのが第二の試練のようだ。
一応、最短距離を進めないかと壁を破壊しての突破を試みたりもした。
結果を言えば進めないこともなかったのだが、秒単位で氷壁が修復されてしまいそれほど進めなかった。一枚一枚切るのも手間だし、下手したら道に迷う危険もある。今は京矢1人だが、ハジメ達は複数人で突破するだろうから、孤立の危険もある。
「壁の再生も伝えとくか」
迷宮攻略の情報を増やしておく。魔物の特徴に加えて迷路のこともだ。順路も教えてやりたいが、流石に無理そうだとも思う。
「まっ、ここは王道にそうとするかな」
適当な剣を一本取り出して壁に突き刺す。予備や魔剣を持ち歩かない時の飾りとして用意していた量産品だ。
そして、剣を刺した壁に触れて進んでいく。時間は掛かるが手の法則なら迷宮の攻略は容易く、一定の距離毎に目印に剣を刺していけば罠に対応した時に方角を見失ってもリカバリーはし易いだろうし、今後ここにくるハジメ達の道標になるかもしれない。
それなりに時間を費やしはしたが、特に支障なく進んでいく。途中、四つのくぼみを備えた巨大な扉に阻まれ、「そう来たか」と頭を抱えたものの、何とか鍵を探し出す事に成功。手持ちの量産品の剣が尽きる前になんとか出る事ができた。
「攻略法も対策済みってことかよ……。まあ、流石に試練に攻略法は適用させねぇか」
その辺の対策もしていたのだろうとは納得したが、流石にこれは試練の前哨戦と言ったところだろう。
雪原自体が既に何者かによって大迷宮よりも過酷な怪獣無法地帯が出来上がってしまっているが、魔物の襲撃や迷路は最低限の能力を見るため、と見るべきだろう。
「そうなると……」
そこから推測されるのはここから先の試練は逆に力がなくても乗り越えられる可能性があるもの。或いは力を持たないものが神代魔法と言う大きな力を得て変わり得る可能性があるもの、と言う事になる。
「精神的なもの、言ってみれば心の試練って事だな」
力と言う劇薬は心を変える恐れがある。実際、危険性があるため持ってはいても使っていないデルタのベルトやカイザのベルトなんて良い例だろう。
この世界の人間族。メルド達末端の兵士にしてみれば己1人の命で多くの仲間を、後ろにいる者を救えるのなら、喜んで命を捨ててでも使いかねない代物だ。
「ある意味、一番厄介だな、こいつは」
試練を前に京矢はそう呟くのだった。
魔人族の領域に向かった京矢はキシリュウジンの中でそんな声を洩らす。
雪に覆われた銀世界と、吹雪という自然環境もその環境の影響を受けない移動手段を持つ京矢には大した影響はなかった。だが、
「また、怪獣かよ……」
本来生息しているであろう環境でも、世界でも、惑星でも無いと言うのにこの領域に足を踏み込んでから、何度も多種多様な怪獣からの襲撃に遭っていた。
その様は宛ら怪獣牧場、怪獣無法地帯とでも言うべきであろうか?
空中が生息域の怪獣を迎え撃つ間に新たに現れた、体を白い体色に変えた雪原に適応したゴモラやレッドキングなどの怪獣の相手を繰り返していた。
流石にある程度の高度を取れば襲ってくる個体が居ないのは、恐らくこの怪獣牧場を作り上げた者たちが管理しやすいように調整したのだろう。それが何者なのかは容易く想像できる。
だが、どちらにしても、今魔人族の領域は、怪獣よりも脆弱な生命が生息できる環境では無かった。
足元に広がる景色は壊れた家屋の跡、それが村か集落だったかは不明だが、恐らくは小規模なモノだったのだろう。だが、今はそこには生命の存在は皆無だった。
「おーい! 誰がいないのか!?」
一応は其処が敵地ということを忘れて、京矢はキシリュウジンのコックピットから飛び出し、吹雪の中で生存者を探して廃墟と化した集落の中を走り回る。
集落と言うにしても、余りにも残骸が少ないのは、そこに住む人々ごと怪獣たちの食事になったと言うことは想像に易い。
魔人族が敵対しているのには変わらないが、流石にここ迄無惨な光景を見れば助けに動きたくもなる。
「駄目だ、指揮官、此方にも誰もいない!」
エンタープライズからの言葉を聞いて本格的にこの集落に誰もいないことを確信して、新しい怪獣が現れる前にエンタープライズを伴い、キシリュウジンのコックピットに戻る。
***
京矢達の移動基地となっているチフォージュ・シャトーに戻ると地図に現在地に×を付ける。
「またこうなってたか」
「ここまで全て集落や村は怪獣達の餌食になってしまっていた」
地図の幾つかの×印は全て壊滅していた村や集落と思われる場所だ。
チフォージュ・シャトー、シンフォギアに登場するそれを京矢は地球での活動時から移動拠点としている。ガチャ産の品なのだが、そこには何気に科学系のライダーシステムの整備と修理用のシステムが用意されている。
一時期研究を頼んだプレシアを泊めていた場所でもある。元々あまり利用しない施設なので、高校に入ってから少しずつ生活用品を揃えていたが、完全に生活機能が備わる前にトータスに転移してしまったが、移動拠点としては丁度いい品物でもある。
本来備えている危険な機能もあるが、それはそれ。
そんな中、京矢とエンタープライズは地図を広げて現在の魔人族の領土の現状を話し合っていた。いや、今の此処をそう言っていいのかすらも分からない。
これでは変装して迷宮の情報を探ろうにも、生存者すら見つからないのではどうにもならない。
「南雲達との合流の予定もあるから、あまり時間はかけられねえのにな」
「怪獣達の情報だけでも十分じゃないか?」
大迷宮の情報は得られないが、怪獣無法地帯と化したこの場所の情報は有ると無いとでは大きく違ってくる情報だ。
「まあ、それはそうだけどな……」
「それにしても、ミュウの世話役として向こうにはベルファストを残してきたのは……」
「失敗したか」
流石に此処にも有る程度の食料くらいは準備していたが、それでもカップ麺など長期保存ができるものが中心な時点でラインナップはお察しと言うところだ。
「念の為の回復アイテムとして賢者の石も渡しておいたし、向こうは心配ねぇだろうが」
「まさか、此方が心配になるとは思わなかったな」
主に食事面でだが、その通りで有る。合流した後にベルファストから怒られそうだが、それは覚悟の一つはしておこうと心に誓う。
「あー、それと……ライザ、大丈夫か?」
そして、新たにガチャから呼び出した……この城の管理を任せてあるライザリン・シュタウトへと声をかける。
「……同じ錬金術でも、私達のとは全然違うんだけど!」
まあ、当然ながら涙目で抗議されてしまう。アトリエ世界とシンフォギア世界の錬金術師の技術体系はかなり違う。いつかは行き着くかもしれないが、それはそれ。
まあ、それでも何とか管理できているのは一重にライザ自身の努力の成果か、技術体系は違えど錬金術方面の才能を召喚の際にインストールされたか、いずれだろうか。
一度ハジメ達と別れる際にベルファストをミュウの世話係として向こうに残したので、此方に追加人員でも、と思い新たにガチャを引いたところ、ライザを呼び出せたと言うわけだ。
そんなライザの苦労は兎も角、先ほどから調べた国境付近の村や集落は殆どが壊滅状態だ。顔を隠したり、適当な変装用のガチャ産アイテムで変装したりして情報収集しようにもこれでは、と言ったところだ。
大きめの町を選んで探るべきかと考えたが、この分ではそれも怪獣達によって全滅させられてる可能性が高い。普通の魔物や人間を想定した城塞都市では怪獣に対して身を守る壁になどならないだろう。
街や村での情報収集は完全に諦めて、怪獣を撃退しながらシュネー雪原、そこにあると言う大迷宮を目指して城を進める。
上空から見える景色で魔人族領の地図を新たに作りながら。
移動→怪獣との戦闘→休息→移動と繰り返しながら、数日、怪獣達の襲撃が途絶える地点に辿り着いた。
「それにしても……このお城が有って良かったね……」
「だな。移動手段が陸上だけなら、足元を注意する必要があるだろうし」
怪獣達の襲撃がなくなり安堵した様子のライザの言葉に京矢はそう返す。
雪中の移動で危険なのは足元の亀裂だ。床に隠れて見えなくなっているが、最悪、崩れやすい雪で表面的に人を飲み込むレベルの亀裂が隠れている程度だったら、そのまま命を落とす危険すらある。
時間は掛かるが、怪獣という厄介な邪魔者も居なくなったのだ。足元の危険も雪と風も気にする事なく、雪と氷に覆われたシュネー雪原の最奥「氷雪洞窟」をゆっくりと探す事ができる。
そして、そこから更に2〜3日を使い、やっと巨大なドーム状通路を抜け、400メートルはくだらないだろう谷を下り、いくつも枝分かれした道を迷いながらも進み、おかげで、特に足踏みすることなく二等辺三角形のような綺麗な形の縦割、シュネー雪原の最奥「氷雪洞窟」の入り口にたどり着くことができた。
案内人でも居れば、とも思うが無い物ねだりしても仕方ないとも思う。
「それじゃあ、ライザとエンタープライズは事前の話し合い通り、ここに残ってくれ」
「……うん」
「了解した……」
この事は事前に何度も話し合ってはいたが、ライザもエンタープライズも納得はしていない様子だった。
だが、シャトーを動かせるライザとハジメ達と面識のあるエンタープライズがここに残り京矢からの連絡が途絶えてから、一週間ほど連絡が無ければ、2人でハジメ達と合流し、この大迷宮の位置情報と怪獣達の存在を伝える話になっている。
位置情報が分かれば的確に行動可能ではあるし、怪獣についての情報も後々ここに来るであろうハジメ達には伝えておかなければならない情報だ。
どちらも重要な情報には間違いなく、念の為にと、起動方法をメモした上で万が一の時は怪獣対策でハジメ達に渡す様にと、ダイナゼノンも置いておく。
後は大迷宮攻略を終えれば連絡して迎えに呼べば良い。
そして、予めミレディの迷宮を攻略した際に魔法陣を封印した後の再起動の方法も相談していて、それはハジメにも伝えている。
上手くすれば|封印の剣《ルーン・セイヴ》の力で魔人族に神代魔法を渡す事は防げるかもしれないのだし。
態々この世界の人間族に利する事をする気は無いが、仮想敵の魔人族の強化手段を奪うのも悪くは無いのだし。
どっちにしても、全滅は避けて可能な限りハジメ達へ情報を渡すには2人に残って貰うしか無いのだから、不満はあるが、ライザもエンタープライズも従うしかなかった。
洞窟に入ってからも特に苦労するような場面はない。
洞窟に入る前から先制攻撃の如く現れたビッグフットのような魔物も、触れれば即凍傷を引き起こす雪も、飲み水の確保すら困難な環境も、倒せど倒せど再生するゾンビ軍団も、その他の氷でできた魔物たちも、それらを統率する氷の亀も、バールクスに変身した京矢の障害にはなりえない。
「やっぱり、余裕だねぇ」
そもそも、本来のバールクスでは無いとはいえバールクスのスペックで苦戦する様な敵が出る迷宮を攻略できる奴がいる様な相手なら、一人で王国なりに乗り込めば戦争は終わる。つまり、戦闘面ではバールクスのスペックなら余裕で攻略出来ると言う事だ。
問題となるのは矢張り、
「問題はこの迷宮のコンセプトか……」
全てはそこに行き着く。力だけでは解決できない部分、その情報を手に入れられれば良い。
「環境への対応力……って言うなら楽なんだろうけどな」
その可能性もあるが、そうで無いならこの魔物達は単なる腕試しだ。この迷宮の本当の試練はここからなのだ。
強力な魔物をいくら倒せたところで、氷雪洞窟を攻略したことにはならない。
大迷宮の存在理由。力ある者に世界の真実を伝え、自分たちの遺志と共に神代魔法を伝える……確かにそれが主目的ではあるだろう。
だが、神に挑むために必要なのは、単純な戦力だけでは足りない。神と戦うために必要となるであろう多種多様な力、それらを試し、磨くための場として大迷宮は存在する。
オルクス大迷宮は数多の魔物とのバリエーション豊かな戦闘を経て経験を積むこと。
ライセン大迷宮は魔法という強力な力を抜きに、あらゆる攻撃への対応力を磨くこと。
ライセン大迷宮については生きたメインコンピュータと言うべき存在のミレディの性格が反映されていて、イラっとくる面もあったが、それはそれ。製作者の性格が反映されるのは仕方ないと諦めよう。
「さて、鬼が出るか、蛇が出るか……」
この迷宮で試されるもの、コンセプトは何かなと心の中で呟きつつ京矢は迷宮のさらに奥へと足を踏み込んでいく。
続いて現れたのは横幅目測10キロ、奥行きは雪煙のせいで判然としない広大な迷路。壁で区切られ上が吹き抜けとなっている、アスレッチクパークなどでよく見る迷路そのままだが、その規模は冗談のようだ。
この迷路を踏破するのが第二の試練のようだ。
一応、最短距離を進めないかと壁を破壊しての突破を試みたりもした。
結果を言えば進めないこともなかったのだが、秒単位で氷壁が修復されてしまいそれほど進めなかった。一枚一枚切るのも手間だし、下手したら道に迷う危険もある。今は京矢1人だが、ハジメ達は複数人で突破するだろうから、孤立の危険もある。
「壁の再生も伝えとくか」
迷宮攻略の情報を増やしておく。魔物の特徴に加えて迷路のこともだ。順路も教えてやりたいが、流石に無理そうだとも思う。
「まっ、ここは王道にそうとするかな」
適当な剣を一本取り出して壁に突き刺す。予備や魔剣を持ち歩かない時の飾りとして用意していた量産品だ。
そして、剣を刺した壁に触れて進んでいく。時間は掛かるが手の法則なら迷宮の攻略は容易く、一定の距離毎に目印に剣を刺していけば罠に対応した時に方角を見失ってもリカバリーはし易いだろうし、今後ここにくるハジメ達の道標になるかもしれない。
それなりに時間を費やしはしたが、特に支障なく進んでいく。途中、四つのくぼみを備えた巨大な扉に阻まれ、「そう来たか」と頭を抱えたものの、何とか鍵を探し出す事に成功。手持ちの量産品の剣が尽きる前になんとか出る事ができた。
「攻略法も対策済みってことかよ……。まあ、流石に試練に攻略法は適用させねぇか」
その辺の対策もしていたのだろうとは納得したが、流石にこれは試練の前哨戦と言ったところだろう。
雪原自体が既に何者かによって大迷宮よりも過酷な怪獣無法地帯が出来上がってしまっているが、魔物の襲撃や迷路は最低限の能力を見るため、と見るべきだろう。
「そうなると……」
そこから推測されるのはここから先の試練は逆に力がなくても乗り越えられる可能性があるもの。或いは力を持たないものが神代魔法と言う大きな力を得て変わり得る可能性があるもの、と言う事になる。
「精神的なもの、言ってみれば心の試練って事だな」
力と言う劇薬は心を変える恐れがある。実際、危険性があるため持ってはいても使っていないデルタのベルトやカイザのベルトなんて良い例だろう。
この世界の人間族。メルド達末端の兵士にしてみれば己1人の命で多くの仲間を、後ろにいる者を救えるのなら、喜んで命を捨ててでも使いかねない代物だ。
「ある意味、一番厄介だな、こいつは」
試練を前に京矢はそう呟くのだった。
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