クラスメイト達との再会
「ヒャッハー! ですぅ!」
左側のライセン大峡谷と右側の雄大な草原に挟まれながら、魔力駆動二輪二台と四輪が太陽を背に西へと疾走する。
街道の砂埃を巻き上げながら、それでも道に沿って進む四輪とサイドカータイプの二輪と異なり、通常タイプの二輪の方は、峡谷側の荒地や草原を行ったり来たりしながらご機嫌な様子で爆走していた。
「……シアのやつご機嫌だな。世紀末な野郎みたいな雄叫び上げやがって」
「……むぅ。ちょっとやってみたいかも」
四輪の運転席で、窓枠に肘をかけながら片手でハンドルを握るハジメが、呆れたような表情で呟いた。
ハジメの言葉通り、今、シアは四輪の方には乗っていない。一人で二輪を運転しているのである。
もともとシアは、二輪の風を切って走る感じがとても気に入っていたのだが、最近、人数が多くなり、すっかり四輪での移動が主流になっていたため、サイドカータイプの二輪を使っている京矢達を羨ましく思っていたのだ。
窓から顔を出して風を感じることは出来るが、やはり何とも物足りないし、四輪の車内ではハジメの隣りはユエの指定席なので、二輪の時のようにハジメにくっつくことも出来ない。それならば、運転の仕方を教わり自分で二輪を走らせてみたいとハジメに懇願したのである。
魔力駆動二輪は、魔力の直接操作さえ出来れば割と簡単に動かすことができる。場合によっては、ハンドル操作を自らの手で行わずとも、それすら魔力操作で行えるのだ。なので、シアにとっては大して難しいものでもなく、あっという間に乗りこなしてしまった。そして、その魅力に取り憑かれたのである。
今も、奇声を発しながら右に左にと走り回り、ドリフトしてみたりウイリーをしてみたり、その他にもジャックナイフやバックライドなどプロのエクストリームバイクスタント顔負けの技を披露している。
アクセルやブレーキの類も魔力操作で行えるので、地球のそれより難易度は遥かに簡単ではあるのだが……
それでも、既に京矢と同レベルなほど乗りこなしていた。京矢が「やるねぇ」と言う感じで通常タイプの二輪で技を披露してシアがそれを真似てと言う感じで新しいテクニックを会得していたりする。
シアのウサミミが「へいへい、どうだい、私のテクは?」とでも言うように、ちょっと生意気な感じで時折ハジメの方を向くのが地味にイラっとくる。横目で仮面ライダーに変身できる京矢に、もっと派手なテクニックを見せてやれと京矢を見るが、京矢はサイドカーに乗っているのでそれは無理だろう。
「ってか、危ないだろ、あれは」
四輪の中でミュウやユエと戯れているハジメを横目に京矢は二輪のハンドルの上に立ち、右手の五指を広げた状態で顔を隠しながら左手を下げ僅かに肩を上げるという奇妙なポーズでアメリカンな笑い声を上げるシアに呆れた目を向けていたりする。
戦闘時にもバイクを使う事が多い京矢としては、ああ言う明らかな危険運転は止めろと言いたいが、魔導二輪の特性ゆえのテクニックと自分の中で結論付ける。…………事故るのも自己責任なのだし。
ミュウと旅し始めて少し経つが、既に「パパ」という呼び名については諦めているハジメ。
当初は、何が何でも呼び名を変えようとあの手この手を使ったのだが、そうする度に、ミュウの目端にジワッと涙が浮かび、ウルウルした瞳で「め、なの? ミュウが嫌いなの?」と無言で訴えてくるのだ。しかも、京矢も京矢で「おいおい、こんな子を嫌うのかよ?」と言う目で諦めろと肩を叩いて来る。
奈落の魔物だって蹴散らせるハジメだが、何故かミュウには、ユエと京矢には同じくらい勝てる気がしなかった。特に京矢には物理的な意味で。
一応、ライダーシステム持ち出せば良い勝負できるが、ブレイドとギャレンなら対等に戦えても、バルカンじゃ無きゃバールクスに圧倒される。
結局、なし崩し的に「パパ」の呼び名が定着してしまった。
「パパ」の呼び名を許容(という名の諦め)してからというもの、何だかんだでミュウを気にかけるハジメ。
今では、むしろ過保護と言っていいくらいだった。シアは残念ウサギだし、ティオは変態だし、京矢は甘やかし過ぎるし、エンタープライズは問題無さそうだが食生活がレーションな所は問題だし、全面的に安心できる相手がベルファストだけな以上は、母親の元に返すまでミュウは俺が守らねば! とか思っているようだ。
世話を焼きすぎる時は、むしろユエやベルファストがストッパーになってミュウに常識を教えるという構図が現在のハジメ達だった。
そんな訳で一行はホルアドへの道を爆走していたのだ。……流石にヨクリュウオーを使えば更に早く着くだろうが、流石にそれは目立ち過ぎるので自重した。
そんな訳で京矢達は、現在、宿場町ホルアドにいた。
本来なら素通りしてもよかったのだが、フューレンのギルド支部長イルワから頼まれごとをされたので、それを果たすために寄り道したのだ。
といっても、もともと【グリューエン大砂漠】へ行く途中で通ることになるので大した手間ではない。
ハジメと京矢は、懐かしげに目を細めて町のメインストリートをホルアドのギルドを目指して歩いた。
ハジメに肩車してもらっているミュウが、そんなハジメの様子に気がついたようで、不思議そうな表情をしながらハジメのおでこを紅葉のような小さな掌でペシペシと叩く。
「パパ? どうしたの?」
「ん? あ~、いや、前に来たことがあってな……まだ四ヶ月程度しか経ってないのに、もう何年も前のような気がして……」
「……ハジメ、大丈夫?」
「ああ……何か、朝起きたら変質者の檜山が外で樽に顔を突っ込んで寝てたり、木の枝にぶら下りながら昼寝してたりしてたな……」
嫌な事を思い出したと言う表情を浮かべるハジメ。今や死んだ(方がマシな改造人間にされた)檜山は変質者と言う事になっていたりする。
……なお、それらは全部京矢にぶちのめされた結果である。寝ていたのでは無い、気絶したのだ。
序でに勇者一行には露出狂の変態達がいると言う不名誉な噂は、必死に教会が揉み消そうとしているが、迷宮内での大量の目撃情報から揉み消せてはいない。脱いだ方が強いのだから、最早当たらなければと言うのを身を持って証明する羽目になった小悪党達には哀れとしか言いようが無い。
そんな、ティオの派生が居るのかと言う驚愕を浮かべるユエの他所に、
「ああ、問題ない。ちょっとな、えらく濃密な時間を過ごしたもんだと思って感慨に耽っちまった。思えば、ここから始まったんだよなって……緊張と恐怖と若干の自棄を抱いて鳳凰寺に励まされて一晩過ごして、次の日に迷宮に潜って……そしてオレ達は落ちた」
「……」
ある意味運命の日とも言うべきあの日のことを思い出し独白をするハジメの言葉を、神妙な雰囲気で聞くユエ達と懐かしいなと言う顔を浮かべる京矢。
ユエは、ジッとハジメを見つめている。ティオが、興味深げにハジメに尋ねた。
「ふむ。ご主人様は、やり直したいとは思わんのか? 元々の仲間がおったのじゃろ? ご主人様の境遇はある程度聞いてはいるが……皆が皆、ご主人様を傷つけたわけではあるまい? 仲の良かったものもいるのではないか?」
「確かに、そういう奴等もいたな……でも、もし仮にあの日に戻ったとしても、俺は何度でも同じ道を辿るさ」
「ほぅ、なぜじゃ?」
「もちろん……ユエに会いたいからだ」
「……ハジメ」
そして、声には出してないが、巨大ロボットに乗って自由に操って、リアル特撮ヒーローをやれて、劇場版のヒーローの気分まで味わえたし、と言うのもユエの次くらいにはある。
ホルアドの町は、直ぐ傍にレベル上げにも魔石回収による金稼ぎにも安全マージンを取りながら行える【オルクス大迷宮】があるため、冒険者や傭兵、国の兵士がこぞって集まり、そして彼等を相手に商売するため多くの商人も集まっていることから、常時、大変な賑わいを見せている。当然、町のメインストリートといったら、その賑わいもひとしおだ。
そんな多くの人々で賑わうメインストリートのど真ん中で、突如立ち止まり見つめ合い出すハジメとユエ。
周囲のことなど知ったことかと二人の世界を作って、互いの頬に手を伸ばし、今にもキスしそうな雰囲気だ。好奇心や嫉妬の眼差しが二人にこれでもかと注がれ、若干、人垣まで出来そうになっているが、やはり、ハジメとユエは気がつかない。お互いのことしか見えていないようである。
「ティオさん、聞きました? そこは、〝お前達に〟っていうところだと思いません? ユエさんオンリーですよ。また、二人の世界作ってますよ。もう、場所も状況もお構いなしですよ。それを傍から見てる私達にどうしろと? いい加減、あの空気を私との間にも作ってくれていいと思うんです。私は、いつでも受け入れ態勢が整っているというのに、いつまで経っても、残念キャラみたいな扱いで……いや、わかっていますよ? ユエさんが特別だということは。私も、元々はお二人の関係に憧れていたからこそ、一緒にいたいと思ったわけですし。だから、ユエさんが特別であることは当然で、それはそうあっていいと思うんですけどね。
〜中略〜
そこんとこ変態代表のティオさんはどう思います!?」
「シ、シアよ。お主が鬱憤を溜め込んでおるのはわかったから、少し落ち着くのじゃ。むしろ、公道でとんでもないこと叫んでおるお主の方が注目されとる。というか、最後さりげなく妾を罵りおったな……こんな公の場所で変態扱いされてしもうた、ハァハァ、心なし周囲の妾を見る目が冷たい気がする……ハァハァ、んっんっ」
「よっ! お熱いな、御両人」
ハジメとユエを揶揄っている京矢と、笑顔で拍手するベルファストと無言でやれやれと言う表情で拍手をするエンタープライズを他所に、メインストリートのど真ん中で、エロいことして欲しいと叫ぶウサミミ少女と変態と罵られて怪しげな雰囲気を醸し出しながらハァハァと息を荒げる妙齢の美女。
好奇心に集まっていた周囲の人々がドン引きして後退っていく。
「パパ~、お兄ちゃ〜ん、シアお姉ちゃんとティオお姉ちゃんが……」
「ミュウ。見ちゃダメだ。他人の振りをするんだ」
「そうだぜ、あっちの樽の方が面白いぞ……樽に頭から入るのが趣味の勇者がな……」
「……シア……今度、ハジメを縛ってシアと一緒に……」
「ユエ様……?」
「……っ!?」
シアの雄叫びに、流石に気がついて我を取り戻したハジメとユエと京矢は、事態が呑み込めずキョトンとしていたミュウに、取り敢えずシアとティオを見せないようにして他人のフリをする。
ユエが小声で何やら恐ろしいことを呟いていた気がしたが、それはベルファストに鎮圧されていたりする。最強の吸血姫も万能メイドには勝てなかった様子だ。
遠くの方に、何の騒ぎだ! と町の警備兵がチラホラと見え出したので、ハジメは仕方なくシアとティオの首根っこを掴んで引きずりながら、京矢達と共にその場を離脱した。
町に行く度に、美女、美少女に囲まれているハジメには羨望と嫉妬の目が突き刺さるのだが……この時ばかりは何故かハジメに対して同情的な視線が多かったと感じたのは、きっと気のせいではないだろう。
……普通に羨望と嫉妬を向けられてる京矢が羨ましいなどとは思っても居ない。
***
一行は、周囲の人々の視線を無視しながら、ようやく冒険者ギルドのホルアド支部に到着した。
相変わらずミュウを肩車したまま、ハジメはギルドの扉を開ける。他の町のギルドと違って、ホルアド支部の扉は金属製だった。重苦しい音が響き、それが人が入ってきた合図になっているようだ。
前回、ハジメと京矢がホルアドに来たときは、冒険者ギルドに行く必要も暇もなかったので中に入るのは今回が初めてだ。ホルアド支部の内装や雰囲気は、最初、ハジメが抱いていた冒険者ギルドそのままだった。
壁や床は、ところどころ壊れていたり大雑把に修復した跡があり、泥や何かのシミがあちこちに付いていて不衛生な印象を持つ。
内部の作り自体は他の支部と同じで入って正面がカウンター、左手側に食事処がある。しかし、他の支部と異なり、普通に酒も出しているようで、昼間から飲んだくれたおっさん達がたむろしていた。二階部分にも座席があるようで、手すり越しに階下を見下ろしている冒険者らしき者達もいる。
二階にいる者は総じて強者の雰囲気を出しており、そういう制度なのか暗黙の了解かはわからないが、高ランク冒険者は基本的に二階に行くのかもしれない。
冒険者自体の雰囲気も他の町とは違うようだ。誰も彼も目がギラついていて、ブルックのようなほのぼのした雰囲気は皆無である。これが本来の冒険者ギルドなのかも知れないが。
冒険者や傭兵など、魔物との戦闘を専門とする戦闘者達が自ら望んで迷宮に潜りに来ているのだから気概に満ちているのは当然といえば当然なのだろう。
しかし、それを差し引いてもギルドの雰囲気はピリピリしており、尋常ではない様子だった。
明らかに、歴戦の冒険者をして深刻な表情をさせる何かが起きているようだ。
一行がギルドに足を踏み入れた瞬間、冒険者達の視線が一斉に彼等を捉えた。その眼光のあまりの鋭さに、ハジメに肩車されるミュウが「ひぅ!」と悲鳴を上げ、ヒシ! とハジメの頭にしがみついた。
冒険者達は、美女・美少女に囲まれた挙句、一人は幼女を肩車して現れた京矢とハジメに、色んな意味を込めて殺気を叩きつけ始める。
ますます、震えるミュウを肩から降ろし、ハジメは、片腕抱っこに切り替えた。ミュウは、ハジメの胸元に顔をうずめ外界のあれこれを完全シャットアウトした。
血気盛んな、あるいは酔った勢いで席を立ち始める一部の冒険者達。
彼等の視線は、「ふざけたガキ共をぶちのめす」と何より雄弁に物語っており、このギルドを包む異様な雰囲気からくる鬱憤を晴らす八つ当たりと、単純なやっかみ混じりの嫌がらせであることは明らかだ。
京矢達は単なる依頼者であるという可能性もあるのだが……既に彼等の中にそのような考えはないらしい。仮にそうだったとしても、取り敢えず話はぶちのめしてからだという、荒くれ者そのものの考え方で彼等の方へ踏み出そうとした。
内心、仕方ないと思いながら青筋を浮かべているハジメを後ろに下げて苦笑を浮かべながら前に出ると、冒険者達へと本気の殺気を放つ。
スキルも一つも使っていないと言うのに、先程、冒険者達から送られた殺気が、まるで子供の癇癪に思えるほど絶大な圧力。既に物理的な力すらもっていそうなそれは、未熟な冒険者達の意識を瞬時に刈り取り、立ち上がっていた冒険者達の全てを触れることなく再び座席につかせる。四度も世界を救うレベルの戦いを潜り抜けた戦士の殺気なのだから当然だろう。
京矢の殺気を受けながら意識を辛うじて失っていない者も、大半がガクガクと震えながら必死に意識と体を支え、滝のような汗を流して顔を青ざめさせている。
と、永遠に続くかと思われた威圧がふとその圧力を弱めた。その隙に止まり掛けていた呼吸を必死に行う冒険者達。中には失禁したり吐いたりしている者もいるが……そんな彼等にハジメがニッコリ笑いながら話しかけた
「おい、今、こっちを睨んだやつ」
「「「「「「「!」」」」」」」
ハジメの声にビクッと体を震わせる冒険者達。
おそるおそるといった感じでハジメの方を見るその眼には、化け物を見たような恐怖が張り付いていた。だが、そんな事はお構いなしに、ハジメは彼等に向かって要求……もとい命令をする。
「笑え」
「「「「「「「え?」」」」」」」
「へ?」
いきなり、状況を無視した命令に戸惑うのは冒険者達だけじゃない、京矢もだ。
ハジメが、更に言葉を続ける。
「聞こえなかったか? 笑えと言ったんだ。にっこりとな。怖くないアピールだ。ついでに手も振れ。お前らのせいで家の子が怯えちまったんだ。トラウマになったらどうする気だ? ア゛ァ゛? 責任とれや」
「いや、無茶振りするなよ」
だったら、そもそもこんな場所に幼子を連れてくるなよ! と全力でツッコミたい冒険者達だったが、化け物じみた相手の仲間にそんな事言えるはずもなく、戸惑っている内にハジメの眼光が鋭くなってきたので、頬を盛大に引き攣らせながらも必死に笑顔を作ろうとする。ついでに、ちゃんと手も振り始めた。
内心、普通にツッコミを入れてくれた京矢には恐怖ではなく感謝しか浮かばない。
「うわ〜」
コメントに困る顔を浮かべる京矢。
こわもてのガタイのいい男達が揃って引き攣った笑みを浮かべて小さく手を振る姿は、途轍もなくシュールだったが、やはり、そんな事はお構いなく、ハジメは満足そうに頷くと胸元に顔を埋めるミュウの耳元にそっと話しかけた。
何を言われたのか、ミュウはおずおずと顔を上げると、ハジメを潤んだ瞳で見上げる。そして、ハジメの視線に誘われてゆっくり振り向いた。そこには当然、必死に愛想を振りまくこわもて軍団。
「ひっ!」
案の定、ミュウは怯えてハジメの胸元に逆戻りした。眉が釣り上がるハジメ。
眼光の鋭さが増し、「どういうことだ、ゴラァ!」と冒険者達を睨みつける。「無茶言うな!」と泣きそうな表情になって内心ツッコミを入れる冒険者達、「いや、オレでも不気味だと思うぞ!」とハジメを止める京矢。
冒険者達は、遂に、ハジメの傍らにいるユエ達に助けを求める懇願の視線を向けた。
その視線を受けて、ユエが「はぁ~」と深い溜息を吐くと、トコトコとミュウに近寄り、先程のハジメと同じく耳元に何かを囁く。すると、ミュウは、やはり先程と同じくおずおずと顔を上げると、再び冒険者達の方を見た。冒険者達は慌てて愛想を振りまく。
しばらく、そんな冒険者達をジッと見つめていたミュウだったが、何かに納得したのかニヘラ~と笑うと小さく手を振り返した。
その笑顔と仕草が余りに可愛かったので、状況も忘れてこわもて軍団も思わず和む。ハジメも、満足したようで再びミュウを肩車すると、もう冒険者達に興味はないとカウンターへと歩いて行った。
普段は魅力的であろう受付嬢の表情は緊張でめちゃくちゃ強張っていたが。
「支部長はいるか? フューレンのギルド支部長から手紙を預かっているんだが……本人に直接渡せと言われているんだ」
ハジメは、そう言いながら自分のステータスプレートを受付嬢に差し出す。受付嬢は、緊張しながらもプロらしく居住まいを正してステータスプレートを受け取った。
他の方も出してくださいと言う表情を向けられたので、京矢も自分のステータスプレートを差し出す。
「お、お二人共、き〝金〟ランク!?」
冒険者において〝金〟のランクを持つ者は全体の一割に満たない。
そして、〝金〟のランク認定を受けた者についてはギルド職員に対して伝えられるので、当然、この受付嬢も全ての〝金〟ランク冒険者を把握しており、ハジメのこと等知らなかったので思わず驚愕の声を漏らしてしまった。
その声に、ギルド内の冒険者も職員も含めた全ての人が、受付嬢と同じように驚愕に目を見開いて二人を凝視する。建物内がにわかに騒がしくなった。
「まっ、なったのは最近だからな、まだ連絡が入ってねえだけだろ?」
朗らかに語る京矢の言葉に、受付嬢は、自分が個人情報を大声で晒してしまったことに気がついてサッと表情を青ざめさせる。
そして、ものすごい勢いで頭を下げ始めた。
「も、申し訳ありません! 本当に、申し訳ありません!」
「驚くのも分かるから、オレは気にしてねえから、そんなに謝らないでくれ。……なあ、南雲」
「あ~、ああ。別にいいから。取り敢えず、支部長に取り次ぎしてくれるか?」
「は、はい! 少々お待ちください!」
放っておけばいつまでも謝り続けそうな受付嬢に、京矢とハジメは苦笑いする。
ウルで軽く特撮ヒーローの劇場版をリアルに再現し、巨大ロボまで持ちだした巨大ロボ同士の大合戦を演じて、フューレンで裏組織を巨大ロボまで持ち出して壊滅させるなど大暴れしてきた以上、身分の秘匿など今更だと思ったのだ。
子連れで美女・美少女ハーレムを持つ二人の見た目少年の〝金〟ランク冒険者に、ギルド内の注目がこれでもかと集まるが、注目されるのは何時ものことなので割り切って受付嬢を待つ一行。
注目されることに慣れていないミュウが、居心地悪そうなので全員であやす。情操教育的に悪そうなあやし方をしそうなティオをベルファストが引き離す。
やがて、と言っても五分も経たないうち、ギルドの奥からズダダダッ! と何者かが猛ダッシュしてくる音が聞こえだした。
何事だと、ハジメ達が音の方を注目していると、カウンター横の通路から全身黒装束の少年がズザザザザザーと床を滑りながら猛烈な勢いで飛び出てきて、誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡し始めた。
見覚えはあるが誰だっけと言う微妙に思い出せない顔に頭を悩ませる京矢を他所に、ハジメは、その人物に見覚えがあり、こんなところで再会するとは思わなかったので思わず目を丸くして呟いた。
「……遠藤?」
「……誰だ?」
ちゃんと彼を知ってたハジメに対して、何気に酷過ぎる反応をしめす京矢だった。
そもそも、『遠藤って誰だっけ?』と言うのが京矢にとっての遠藤浩介と言うクラスメイトの印象だった。
光輝に付き合って戦争に参加したいなら勝手にこっちで死ねば良いと切り捨てられたかもしれない側の人間にされていたかもしれない相手だ。……影が薄すぎて。
不幸にも今まで京矢に一度も認識されていないと言うのが彼にとっての最大の不幸で、此処で認識してもらえたと言うのが最大の幸運であったかもしれないのだ。
ハジメの呟きと京矢の酷い呟きに〝!〟と某ダンボール好きな傭兵のゲームに出てくる敵兵のような反応をする黒装束の少年、遠藤浩介は、辺りをキョロキョロと見渡し、それでも目当ての人物が見つからないことに苛立ったように大声を出し始めた。
「南雲ぉ! 鳳凰寺ぃ! いるのか! お前等なのか! 何処なんだ! 南雲ぉ! 鳳凰寺ぃ! 生きてんなら出てきやがれぇ! 南雲ハジメェー! 鳳凰寺京矢ァー!」
あまりの大声に、思わず耳に指で栓をする人達が続出する。その声は、単に死んだ筈のクラスメイトが生存しているかもしれず、それを確かめたいという気持ち以上の必死さが含まれているようだった。
ユエ達の視線が一斉にハジメと京矢の方を向く。
ハジメは、未だに自分の名前を大声で連呼する遠藤に、頬をカリカリと掻くとあまり関わりたくないなぁという表情をしながらもどうするべきかと京矢に視線を向けるが、其処にはいつの間にか京矢の姿が無かった。何処にいるのかと探してみると、意外な所に居た。
「くそっ! 声は聞こえるのに姿が見当たらねぇ! 幽霊か? やっぱり化けて出てきたのか!? 俺には姿が見えないってのか!?」
「……へへへっ……そうだぜ、地獄からお前達を迎えに……」
いつの間にか気配と足音を消して誰にも気付かれないように浩介に近づいた京矢が死角からそんな言葉をかけた。
驚いた浩介が振り向く前に死角から死角へと移動しながらそれを繰り返して、幽霊が耳元で囁いでいる様に呟いて驚かせて、無駄に実力を発揮して完全に遊んでいる。
もう、姿の見えない京矢に地獄から二人が恨みつらみでやってきたとでも思ってるのか頭を抱えて怯えている姿は流石に哀れみさえ覚えてしまう。
「遊ぶなよ、鳳凰寺」
「いや、此処でオレ達が死んでるって思わせといた方が後々あの阿保勇者に絡まれないで済むかと思ってな」
要するに今後の為の行動としてらしい。怖がらせて追い返そうとしていたと言う訳だ。
「おい、目の前にいるだろうが、ど阿呆。つか、いい加減落ち着けよ。影の薄さランキング生涯世界一位」
「オレは今日まで名前さえ知らなかったからな。実は存在抹消ってスキルでも有るんじゃねえのか?」
「!? また、声が!? ていうか、誰がコンビニの自動ドアすら反応してくれない影が薄いどころか、存在自体が薄くて何時の間にか消えてる男だ! 自動ドアくらい三回に一回はちゃんと開くわ!」
「三回中二回は開かないのか……お前流石だな」
「いや、あれって影の薄さとか関係ないだろ? 地球にいた頃から物理的な存在感も消せたって、もはや才能だな……」
ハジメが京矢の行動を止めてくれた事で、目の前の白髪眼帯の男が会話している本人だと気がついたようで、遠藤は、ハジメの顔をマジマジと見つめ始める。
男に見つめられて喜ぶ趣味はないので嫌そうな表情で顔を背けるハジメに、遠藤は、まさかという面持ちで声をかけた。
「鳳凰寺に……お、お前……お前が南雲……なのか?」
「はぁ……ああ、そうだ。見た目こんなだが、正真正銘南雲ハジメだ」
「面影はほとんど無いからな……」
迷宮で再開した時は一瞬分からなかったぜ、と言う京矢に、あの時はお前の方が面影無かったと思うハジメであった。
「お前等……生きていたのか」
「今、目の前にいるんだから当たり前だろ」
「まっ、檜山はもう生きてないけどな」
「何か、南雲は、えらく変わってるんだけど……見た目とか雰囲気とか口調とか……」
「奈落の底から自力で這い上がってきたんだぞ? そりゃ多少変わるだろ」
「そ、そういうものかな? いや、でも、鳳凰寺は全然……」
「そりゃ、オレにとっては奈落の底程度じゃ変わる必要も無かったからな。割と余裕で生き抜けたしな」
食料の問題と寝床の確保に目を瞑れば戦闘力だけなら余裕だった。
「そ、そうか……ホントに生きて……」
あっけらかんとした京矢とハジメの態度に困惑する浩介だったが、それでも死んだと思っていたクラスメイトが本当に生きていたと理解し、安堵したように目元を和らげた。
いくらハジメが香織に構われていることに他の男と同じように嫉妬の念を抱いていたとしても、死んでもいいなんて恐ろしいことを思えるはずもない。
ベヒーモスを一太刀で真っ二つにして見せた京矢の強さを、光輝を簡単にあしらい、メルドとも互角に渡り合った最強の剣士が死んだのには絶望した。
ハジメと京矢の死は大きな衝撃であった。だからこそ、浩介は、純粋にクラスメイトの生存が嬉しかったのだ。
「っていうかお前達……冒険者してたのか? しかも〝金〟て……」
「ん~、まぁな」
「一騎当千って感じの大暴れしたら貰えた様なモンだしなぁ」
二人の返答に浩介の表情がガラリと変わる。
クラスメイトが生きていた事にホッとしたような表情から切羽詰ったような表情に。改めて、よく見てみると浩介がボロボロであることに気がつく。
一体、何があったんだと内心首を捻る。
「……つまり、鳳凰寺だけじゃなくて南雲も、迷宮の深層から自力で生還できる上に、冒険者の最高ランクを貰えるくらい強いってことだよな? 信じられねぇけど……」
「まぁ、そうだな」
浩介の真剣な表情でなされた確認に肯定の意をハジメが示すと、浩介はハジメに飛びかからんばかりの勢いで肩をつかみに掛かり、今まで以上に必死さの滲む声音で、表情を悲痛に歪めながら懇願を始めた。
「なら頼む! 一緒に迷宮に潜ってくれ! 早くしないと皆死んじまう! 一人でも多くの戦力が必要なんだ! 健太郎も重吾も死んじまうかもしれないんだ! 頼むよ、南雲! 鳳凰寺!」
「はぁ? そんなモン、お前等が望んだ事だろ? 勝手に死ね」
京矢はそんな浩介の懇願を一言で切り捨てる。あまりの返答に言葉を失う浩介を他所に、京矢は異世界に見捨てていく奴等のリストに心の中で浩介と健太郎と重吾の三人の名を刻むのだった。
「俺や先生が止めても聞かずに、あの阿呆に洗脳されて勝手に戦場に突っ込んで行った結果だろうが。死ぬのもお前等の責任だ、望み通り、勝手に死んでろ」
元々京矢は光輝とは違い戦争反対の立場をとっていた。そんな光輝について行った結果、ついていった連中が死んだとしても自業自得だと切り捨てる。
「ちょっと待て、鳳凰寺。状況が全くわからないんだが? 死んじまうって何だよ。天之河がいれば大抵何とかなるだろ? メルド団長がいれば、二度とベヒモスの時みたいな失敗もしないだろうし……」
「いや、あの毎回オレにお約束みたいな負け方してた『剣道界のお笑い芸人』のホームランボールだぞ、あと2回くらいは繰り返すんじゃねえか?」
ハジメが、普段目立たない浩介のあまりに切羽詰った尋常でない様子に、困惑しながら問い返すが、京矢に言われてあり得そうだと思い直す。
地球では剣道大会の度に京矢によって竹刀で派手に殴り飛ばされ、壁に叩きつけられて『ホームランボール』と渾名されてた光輝を思い出すと、そうかもしれないと思ってしまう。
しかも、光輝の事を剣道界のスーパースターとして盛り上げようとしていたマスコミの前でそれをやってしまった訳だから、全国ネットで恥を晒してしまった訳だ。今やすっかり、学校外では光輝は剣道芸人である。
だが、浩介はメルド団長の名が出た瞬間、ひどく暗い表情になって膝から崩れ落ちた。そして、押し殺したような低く澱んだ声でポツリと呟く。
「……んだよ」
「は? 聞こえねぇよ。何だって?」
「……死んだって言ったんだ! メルド団長もアランさんも他の皆も! 迷宮に潜ってた騎士は皆死んだ! 俺を逃がすために! 俺のせいで! 死んだんだ! 死んだんだよぉ!」
「そうか……。惜しい人たちを亡くしちまったな……」
「……そうか」
癇癪を起こした子供のように、「死んだ」と繰り返す浩介に、京矢は悔やみの言葉を、ハジメはただ一言、そう返した。
ハジメの天職が非戦系であるために、ハジメとメルド団長との接点はそれほど多くなかったハジメとは違い、京矢は何度も正面から訓練の為に剣を交えた事もある。
そんな関わりの薄いハジメでもメルド団長が気のいい男であったことは覚えているし、京矢もメルド団長の人柄は好ましく思っていた。あの日、二人が奈落に落ちた日、最後の場面で最強だった京矢は兎も角、〝無能〟の自分を信じてくれたことも覚えている。
そんな彼が死んだと聞かされれば、奈落から出たばかりの頃のハジメなら「あっそ」で終わらせたかもしれないが、今は、少し残念さが胸中をよぎる。
少なくとも、心の中で冥福を祈るくらいには。
「で? 何があったんだ?」
「だな。あの阿保が周りを巻き込んで自滅したなら兎も角、メルド団長達まで巻き込んで、なんて、普通じゃ無いだろ?」
「それは……」
尋ねるハジメと京矢に、浩介は膝を付きうなだれたまま事の次第を話そうとする。と、そこでしわがれた声による制止がかかった。
「話の続きは、奥でしてもらおうか。そっちは、俺の客らしいしな」
「そうだな、こんな所で騒ぐ様な話でも無さそうだ」
声の主は、六十歳過ぎくらいのガタイのいい左目に大きな傷が入った迫力のある男だった。
その眼からは、長い年月を経て磨かれたであろう深みが見て取れ、全身から覇気が溢れている。
ハジメは、先程の受付嬢が傍にいることからも彼がギルド支部長だろうと当たりをつけた。そして、浩介の慟哭じみた叫びに再びギルドに入ってきた時の不穏な雰囲気が満ち始めた事から、この場で話をするのは相応しくないだろうと判断し大人しく従う事にした。
おそらく、浩介は既にここで同じように騒いで、勇者組や騎士団に何かがあったことを晒してしまったのだろう。
ギルドに入ったときの異様な雰囲気はそのせいだ。
ギルド支部長と思しき男は、浩介の腕を掴んで強引に立たせると有無を言わさずギルドの奥へと連れて行った。
浩介は、かなり情緒不安定なようで、今は、ぐったりと力を失っている。
きっと、話の内容は碌な事じゃないんだろうなと嫌な予想をしながら京矢達は後を付いていった。
「……魔人族……だけじゃなくて」
「特撮ヒーローかよ?」
冒険者ギルドホルアド支部の応接室にハジメと京矢の呟きが響く。
対面のソファーにホルアド支部の支部長ロア・バワビスと遠藤浩介が座っており、彼のの正面にハジメと京矢が、そのハジメの横にユエとシアが座って、ティオがハジメの後ろに、ベルファストとエンタープライズは京矢の後ろに立っている。ミュウは、ハジメの膝の上だ。
浩介から事の次第を聞き終わった二人の第一声が先程の呟きだった。
魔人族の襲撃に遭い、勇者パーティーが窮地にあるというその話に浩介もロアも深刻な表情をしており、室内は重苦しい雰囲気で満たされていた。
特撮ヒーローという言葉はロアは理解出来ていないが、それだけに地球組には伝わっている。敵に地球人がいると。
「ダークゴーストに風魔か……」
「それって」
京矢が持っている仮面ライダーシリーズに出てくるダークライダーの名前だ。これでサーベラとソーサラーと名乗った女二人と合わせて四人もこの世界に地球人が、仮面ライダーの力を持って存在している事になる。
「しかも、連中の狙いは……バールクスか?」
間違いなく連中の狙いは京矢だ。シンのライドウォッチを当て馬のアナザーライダー付きで渡してきた事からもよく分かる。
…… 部屋は重苦しい雰囲気で満たされていた。のだが、ハジメの膝の上で幼女がモシャモシャと頬をリスのよう膨らませながらお菓子を頬張っているため、イマイチ深刻になりきれていなかった。
ミュウには、京矢達の話は少々難しかったようだが、それでも不穏な空気は感じ取っていたようで、不安そうにしているのを見かねてハジメがお菓子を与えておいたのだ。
「つぅか! 何なんだよ! その子! 何で、菓子食わしてんの!? 状況理解してんの!? みんな、死ぬかもしれないんだぞ!」
「ひぅ!? パパぁ!」
場の雰囲気を壊すようなミュウの存在に、ついに耐え切れなくなった浩介がビシッと指を差しながら怒声を上げる。
それに驚いてミュウが小さく悲鳴を上げながらハジメに抱きついた。
当然、ハジメから吹き出す人外レベルの殺気。パパは娘の敵を許さない。
「てめぇ……何、ミュウに八つ当たりしてんだ、ア゛ァ゛? 殺すぞ?」
「ひぅ!?」
ハジメの殺気に怯えた瞬間、頭を何かに掴まれる。頭を握り潰さんばかりの握力で掴んでる者の正体は……
「よーし、今から、この建物の裏に行こうか? 其処で、さっさと首を刺し出せ」
マジメに首を切り落とそうとしていた京矢だった。
「ヒイイイイ!?」
ミュウと同じような悲鳴を上げて浮かしていた腰を落とす浩介。
ユエから「……もう、すっかりパパ」とか「さっき、さり気なく〝家の子〟とか口走ってましたしね~」とか「果てさて、ご主人様はエリセンで子離れ出来るのかのぉ~」とか聞こえてくるが、ハジメは無視する。
挙げ句の果てに刀を持って立ち上がろうとする京矢の殺意に本気で命の危機を感じていた。
***
ソファーに捕まってガクブルと震える浩介を尻目にミュウを宥めるハジメに、冷たい表情で脳天を鷲掴みにしてギルドの裏に連れて行こうと画策する京矢に、ロアが呆れたような表情をしつつ、埒があかないと話に割り込んだ。
「さて、ハジメ、京矢。イルワからの手紙でお前の事は大体分かっている。随分と大暴れしたようだな?」
「まぁ、全部成り行きだけどな」
「大した手間でも無かったしな?」
成り行き程度の心構えで成し遂げられる事態では断じてなかった上に、大した手間でも無いと言えるレベルの事態でも無いのだが、事も無げな様子で肩をすくめる二人に、ロアは面白そうに唇の端を釣り上げた。
「手紙には、お前の〝金〟ランクへの昇格に対する賛同要請と、できる限り便宜を図ってやって欲しいという内容が書かれていた。一応、事の概要くらいは俺も掴んではいるんだがな……たった数人で六万近い魔物の殲滅、半日でフューレンに巣食う裏組織の壊滅……にわかには信じられんことばかりだが、イルワの奴が適当なことをわざわざ手紙まで寄越して伝えるとは思えん……もう、お前達が実は魔王だと言われても俺は不思議に思わんぞ」
ロアの言葉に、浩介が大きく目を見開いて驚愕をあらわにする。
京矢は兎も角、自力で【オルクス大迷宮】の深層から脱出したハジメの事を、それなりに強くなったのだろうとは思っていたが、それでも自分よりは弱いと考えていたのだ。
元々、遠藤が冒険者ギルドにいたのは、高ランク冒険者に光輝達の救援を手伝ってもらうためだった。
もちろん、深層まで連れて行くことは出来ないが、せめて転移陣の守護くらいは任せたかったのである。駐屯している騎士団員もいるにはいるが、彼等は王国への報告などやらなければならないことがあるし、何より、レベルが低すぎて精々三十層の転移陣を守護するのが精一杯だった。
七十層の転移陣を守護するには、せめて〝銀〟ランク以上の冒険者の力が必要だったのである。
そう考えて冒険者ギルドに飛び込んだ挙句、二階のフロアで自分達の現状を大暴露し、冒険者達に協力を要請したのだが、人間族の希望たる勇者が窮地である上に騎士団の精鋭は全滅、おまけに依頼内容は七十層で転移陣の警備というとんでもないもので、誰もが目を逸らし、同時に人間族はどうなるんだと不安が蔓延したのである。
そして、騒動に気がついたロアが、浩介の首根っこを掴んで奥の部屋に引きずり込み事情聴取をしているところで、二人のステータスプレートをもった受付嬢が駆け込んできたというわけだ。
そんなわけで、浩介は、自分がハジメの実力を過小評価していたことに気がつき、もしかすると京矢と同様に自分以上の実力を持っているのかもしれないと、過去のハジメと比べて驚愕しているのである。
浩介が驚きのあまり硬直している間も、ロアとハジメの話は進んでいく。
「バカ言わないでくれ……魔王だなんて、そこまで弱くないつもりだぞ?」
「魔王なんざ雑魚にしか見えねえな、デボネアと比べると」
「ふっ、魔王を雑魚扱いか? 随分な大言を吐くやつだ……だが、それが本当なら俺からの、冒険者ギルドホルアド支部長からの指名依頼を受けて欲しい」
「……勇者達の救出だな?」
浩介が、救出という言葉を聞いてハッと我を取り戻す。
そして、身を乗り出しながら、二人に捲し立てた。
「そ、そうだ! 南雲! 鳳凰寺! 一緒に助けに行こう! そんなに強いなら、きっとみんな助けられる!」
「……」
「……はぁ……」
見えてきた希望に瞳を輝かせる浩介だったが、二人の反応は芳しくない。
遠くを見て何かを考えていたり、頭を抱えているようだ。
浩介は、当然、二人が一緒に救出に向かうものだと考えていたので、即答しないことに困惑する。
「どうしたんだよ! 今、こうしている間にもアイツ等は死にかけているかもしれないんだぞ! 何を迷ってんだよ! 仲間だろ!」
「……仲間?」
「いや、あの阿呆の仲間なんて悍ましいこと言ってんじゃねえよ」
考え事のため逸らしていた視線を元に戻し、冷めた表情でヒートアップする遠藤を見つめ返した。
その瞳に宿る余りの冷たさに思わず身を引く浩介。先程の殺気を思い出し尻込みするが、それでも、貴重な戦力を逃すわけにはいかないので半ば意地で言葉を返す。
「あ、ああ。仲間だろ! なら、助けに行くのはとうぜ……」
「勝手に、お前等の仲間にするな。はっきり言うが、俺がお前等にもっている認識は唯の〝同郷〟の人間程度であって、それ以上でもそれ以下でもない。他人と何ら変わらない」
「なっ!? そんな……何を言って……」
「黙れよ、本気で殺すぞ」
京矢の殺気を受けた浩介はそのまま黙り込む。
京矢にしてみれば光輝の仲間などと言われるのは吐き気がするレベルだ。
(別に殺し合いに進んで参加した奴らだ。ここで死んでも大差ないだろうな……)
とは言え、この場で一応助けに行く際のメリットとデメリット、見捨てた場合のメリットとデメリットを考える程度の冷静さはある。
(……待てよ。此処であの阿保が死んだら……)
そもそも、関わり合いになる事全てがデメリットの塊の光輝だ。デメリットなど考えるだけ、思い浮かぶものが多すぎて時間の無駄なので、仮に此処で光輝達が全滅した場合、教会の行動を考えてみる。
一番真っ当な手段としては、愛子先生達の誰かを新しい勇者として立てる。
一番最悪な手段は、自分達の地球ではないかも知れないが、新しい勇者を召喚すると言う事だ。
(悪霊擬きのゲームの駒って考えると、別の手段を選ぶとは限らない、か)
要するに、此処で光輝達が死ねば、また新しい被害者が大量に出てしまうと言う訳だ。
流石に無関係な者達が……光輝の同類ならば別に心は痛まないが、エヒトの新しい被害者を大量生産させる位ならば、此処で光輝達を助けておいて、矢面に立たせておくのが一番被害の少なくなるマシな状況だろう。
「で、どうする、南雲?」
取り敢えず、己の中に浮かんだ考えを頭に浮かべながら、ハジメに問いかける。
「……ああ」
ハジメに判断を委ねた京矢にハジメは一言そう返した。恐らく京矢としては僅かながらメリットはあるが、そのメリットはハジメ達には関係がない為に、積極的に参加するかは迷っているのだろう。
そして、頭をカリカリと掻きながら、傍らで自分を見つめている愛しいパートナーを見やる。
「……ハジメのしたいように。私は、どこでも付いて行く」
「……ユエ」
「わ、私も! どこまでも付いて行きますよ! ハジメさん!」
「ふむ、妾ももちろんついて行くぞ。ご主人様」
「ふぇ、えっと、えっと、ミュウもなの!」
ハジメとユエがまた二人の世界を作り始めたので、慌てて自己主張するシアとティオ。ミュウは、よくわかっていないようだったが、取り敢えず仲間はずれは嫌なのでギュッと抱きつきながら同じく主張する。
「指揮官、私は貴方の意思に従おう」
「京矢様、私も同じ考えです」
「ああ、助かる。流石にあの阿呆には関わり合いになりたく無いし、お前達を関わらせたくねえが……どうも、もう暫くあの連中には、元気に踊って貰ってた方が良さそうだ」
内心で、先程トータスに置いていく奴のリストに名前が記述された浩介に知られない様に『地球に戻ってトータスから干渉されない様に対策をするまで』と付け加える。
地球に帰ってからもトータスで得たスキルが使えるなら、ハジメとも話し合ってエヒトの干渉を防ぐ手段を講じる必要もあるだろう。
対面で浩介が「え? 何このハーレム……」と呟いてるのを尻目に、京矢とハジメは仲間に己の意志を伝えた。
京矢としては、ハジメの事を気に病んで無茶をしているであろう香織には、顔見せくらいはしてやりたいと思った事に付いては、面倒な事になりそうだとは思ったが。
生存を信じて心を砕いている香織に対する義理とは言うが……
(義理を果たした後は着いてきそうだけどな……)
そう確信めいた考えがあったりする。自動的に光輝まで付いてきそうなので、その辺の判断はハジメに任せようと思う。
「え、えっと、結局、一緒に行ってくれるんだよな?」
「ああ、ロア支部長。一応、対外的には依頼という事にしておきたいんだが……」
「上の連中に無条件で助けてくれると思われたくないからだな?」
「そうだ。それともう一つ。帰ってくるまでミュウのために部屋貸しといてくれ」
「ああ、それくらい構わねぇよ」
「……悪い、エンタープライズ、ベルファスト、ミュウちゃんの護衛に残って貰えるか?」
結局、京矢とハジメが一緒に行ってくれるということに安堵して深く息を吐く浩介を無視して、ハジメはロアとさくさく話を進め、京矢はミュウの護衛としてベルファストとエンタープライズには残って貰うことにした。
流石に、迷宮の深層まで子連れで行くわけにも行かない。ミュウをギルドに預けていく事にする。その際、ミュウが置いていかれることに激しい抵抗を見せたが、何とか全員で宥めすかし、ついでに子守役兼護衛役にエンタープライズとベルファストに加えてティオも置いていく事にして、ようやく一行は浩介の案内で出発することが出来た。
左側のライセン大峡谷と右側の雄大な草原に挟まれながら、魔力駆動二輪二台と四輪が太陽を背に西へと疾走する。
街道の砂埃を巻き上げながら、それでも道に沿って進む四輪とサイドカータイプの二輪と異なり、通常タイプの二輪の方は、峡谷側の荒地や草原を行ったり来たりしながらご機嫌な様子で爆走していた。
「……シアのやつご機嫌だな。世紀末な野郎みたいな雄叫び上げやがって」
「……むぅ。ちょっとやってみたいかも」
四輪の運転席で、窓枠に肘をかけながら片手でハンドルを握るハジメが、呆れたような表情で呟いた。
ハジメの言葉通り、今、シアは四輪の方には乗っていない。一人で二輪を運転しているのである。
もともとシアは、二輪の風を切って走る感じがとても気に入っていたのだが、最近、人数が多くなり、すっかり四輪での移動が主流になっていたため、サイドカータイプの二輪を使っている京矢達を羨ましく思っていたのだ。
窓から顔を出して風を感じることは出来るが、やはり何とも物足りないし、四輪の車内ではハジメの隣りはユエの指定席なので、二輪の時のようにハジメにくっつくことも出来ない。それならば、運転の仕方を教わり自分で二輪を走らせてみたいとハジメに懇願したのである。
魔力駆動二輪は、魔力の直接操作さえ出来れば割と簡単に動かすことができる。場合によっては、ハンドル操作を自らの手で行わずとも、それすら魔力操作で行えるのだ。なので、シアにとっては大して難しいものでもなく、あっという間に乗りこなしてしまった。そして、その魅力に取り憑かれたのである。
今も、奇声を発しながら右に左にと走り回り、ドリフトしてみたりウイリーをしてみたり、その他にもジャックナイフやバックライドなどプロのエクストリームバイクスタント顔負けの技を披露している。
アクセルやブレーキの類も魔力操作で行えるので、地球のそれより難易度は遥かに簡単ではあるのだが……
それでも、既に京矢と同レベルなほど乗りこなしていた。京矢が「やるねぇ」と言う感じで通常タイプの二輪で技を披露してシアがそれを真似てと言う感じで新しいテクニックを会得していたりする。
シアのウサミミが「へいへい、どうだい、私のテクは?」とでも言うように、ちょっと生意気な感じで時折ハジメの方を向くのが地味にイラっとくる。横目で仮面ライダーに変身できる京矢に、もっと派手なテクニックを見せてやれと京矢を見るが、京矢はサイドカーに乗っているのでそれは無理だろう。
「ってか、危ないだろ、あれは」
四輪の中でミュウやユエと戯れているハジメを横目に京矢は二輪のハンドルの上に立ち、右手の五指を広げた状態で顔を隠しながら左手を下げ僅かに肩を上げるという奇妙なポーズでアメリカンな笑い声を上げるシアに呆れた目を向けていたりする。
戦闘時にもバイクを使う事が多い京矢としては、ああ言う明らかな危険運転は止めろと言いたいが、魔導二輪の特性ゆえのテクニックと自分の中で結論付ける。…………事故るのも自己責任なのだし。
ミュウと旅し始めて少し経つが、既に「パパ」という呼び名については諦めているハジメ。
当初は、何が何でも呼び名を変えようとあの手この手を使ったのだが、そうする度に、ミュウの目端にジワッと涙が浮かび、ウルウルした瞳で「め、なの? ミュウが嫌いなの?」と無言で訴えてくるのだ。しかも、京矢も京矢で「おいおい、こんな子を嫌うのかよ?」と言う目で諦めろと肩を叩いて来る。
奈落の魔物だって蹴散らせるハジメだが、何故かミュウには、ユエと京矢には同じくらい勝てる気がしなかった。特に京矢には物理的な意味で。
一応、ライダーシステム持ち出せば良い勝負できるが、ブレイドとギャレンなら対等に戦えても、バルカンじゃ無きゃバールクスに圧倒される。
結局、なし崩し的に「パパ」の呼び名が定着してしまった。
「パパ」の呼び名を許容(という名の諦め)してからというもの、何だかんだでミュウを気にかけるハジメ。
今では、むしろ過保護と言っていいくらいだった。シアは残念ウサギだし、ティオは変態だし、京矢は甘やかし過ぎるし、エンタープライズは問題無さそうだが食生活がレーションな所は問題だし、全面的に安心できる相手がベルファストだけな以上は、母親の元に返すまでミュウは俺が守らねば! とか思っているようだ。
世話を焼きすぎる時は、むしろユエやベルファストがストッパーになってミュウに常識を教えるという構図が現在のハジメ達だった。
そんな訳で一行はホルアドへの道を爆走していたのだ。……流石にヨクリュウオーを使えば更に早く着くだろうが、流石にそれは目立ち過ぎるので自重した。
そんな訳で京矢達は、現在、宿場町ホルアドにいた。
本来なら素通りしてもよかったのだが、フューレンのギルド支部長イルワから頼まれごとをされたので、それを果たすために寄り道したのだ。
といっても、もともと【グリューエン大砂漠】へ行く途中で通ることになるので大した手間ではない。
ハジメと京矢は、懐かしげに目を細めて町のメインストリートをホルアドのギルドを目指して歩いた。
ハジメに肩車してもらっているミュウが、そんなハジメの様子に気がついたようで、不思議そうな表情をしながらハジメのおでこを紅葉のような小さな掌でペシペシと叩く。
「パパ? どうしたの?」
「ん? あ~、いや、前に来たことがあってな……まだ四ヶ月程度しか経ってないのに、もう何年も前のような気がして……」
「……ハジメ、大丈夫?」
「ああ……何か、朝起きたら変質者の檜山が外で樽に顔を突っ込んで寝てたり、木の枝にぶら下りながら昼寝してたりしてたな……」
嫌な事を思い出したと言う表情を浮かべるハジメ。今や死んだ(方がマシな改造人間にされた)檜山は変質者と言う事になっていたりする。
……なお、それらは全部京矢にぶちのめされた結果である。寝ていたのでは無い、気絶したのだ。
序でに勇者一行には露出狂の変態達がいると言う不名誉な噂は、必死に教会が揉み消そうとしているが、迷宮内での大量の目撃情報から揉み消せてはいない。脱いだ方が強いのだから、最早当たらなければと言うのを身を持って証明する羽目になった小悪党達には哀れとしか言いようが無い。
そんな、ティオの派生が居るのかと言う驚愕を浮かべるユエの他所に、
「ああ、問題ない。ちょっとな、えらく濃密な時間を過ごしたもんだと思って感慨に耽っちまった。思えば、ここから始まったんだよなって……緊張と恐怖と若干の自棄を抱いて鳳凰寺に励まされて一晩過ごして、次の日に迷宮に潜って……そしてオレ達は落ちた」
「……」
ある意味運命の日とも言うべきあの日のことを思い出し独白をするハジメの言葉を、神妙な雰囲気で聞くユエ達と懐かしいなと言う顔を浮かべる京矢。
ユエは、ジッとハジメを見つめている。ティオが、興味深げにハジメに尋ねた。
「ふむ。ご主人様は、やり直したいとは思わんのか? 元々の仲間がおったのじゃろ? ご主人様の境遇はある程度聞いてはいるが……皆が皆、ご主人様を傷つけたわけではあるまい? 仲の良かったものもいるのではないか?」
「確かに、そういう奴等もいたな……でも、もし仮にあの日に戻ったとしても、俺は何度でも同じ道を辿るさ」
「ほぅ、なぜじゃ?」
「もちろん……ユエに会いたいからだ」
「……ハジメ」
そして、声には出してないが、巨大ロボットに乗って自由に操って、リアル特撮ヒーローをやれて、劇場版のヒーローの気分まで味わえたし、と言うのもユエの次くらいにはある。
ホルアドの町は、直ぐ傍にレベル上げにも魔石回収による金稼ぎにも安全マージンを取りながら行える【オルクス大迷宮】があるため、冒険者や傭兵、国の兵士がこぞって集まり、そして彼等を相手に商売するため多くの商人も集まっていることから、常時、大変な賑わいを見せている。当然、町のメインストリートといったら、その賑わいもひとしおだ。
そんな多くの人々で賑わうメインストリートのど真ん中で、突如立ち止まり見つめ合い出すハジメとユエ。
周囲のことなど知ったことかと二人の世界を作って、互いの頬に手を伸ばし、今にもキスしそうな雰囲気だ。好奇心や嫉妬の眼差しが二人にこれでもかと注がれ、若干、人垣まで出来そうになっているが、やはり、ハジメとユエは気がつかない。お互いのことしか見えていないようである。
「ティオさん、聞きました? そこは、〝お前達に〟っていうところだと思いません? ユエさんオンリーですよ。また、二人の世界作ってますよ。もう、場所も状況もお構いなしですよ。それを傍から見てる私達にどうしろと? いい加減、あの空気を私との間にも作ってくれていいと思うんです。私は、いつでも受け入れ態勢が整っているというのに、いつまで経っても、残念キャラみたいな扱いで……いや、わかっていますよ? ユエさんが特別だということは。私も、元々はお二人の関係に憧れていたからこそ、一緒にいたいと思ったわけですし。だから、ユエさんが特別であることは当然で、それはそうあっていいと思うんですけどね。
〜中略〜
そこんとこ変態代表のティオさんはどう思います!?」
「シ、シアよ。お主が鬱憤を溜め込んでおるのはわかったから、少し落ち着くのじゃ。むしろ、公道でとんでもないこと叫んでおるお主の方が注目されとる。というか、最後さりげなく妾を罵りおったな……こんな公の場所で変態扱いされてしもうた、ハァハァ、心なし周囲の妾を見る目が冷たい気がする……ハァハァ、んっんっ」
「よっ! お熱いな、御両人」
ハジメとユエを揶揄っている京矢と、笑顔で拍手するベルファストと無言でやれやれと言う表情で拍手をするエンタープライズを他所に、メインストリートのど真ん中で、エロいことして欲しいと叫ぶウサミミ少女と変態と罵られて怪しげな雰囲気を醸し出しながらハァハァと息を荒げる妙齢の美女。
好奇心に集まっていた周囲の人々がドン引きして後退っていく。
「パパ~、お兄ちゃ〜ん、シアお姉ちゃんとティオお姉ちゃんが……」
「ミュウ。見ちゃダメだ。他人の振りをするんだ」
「そうだぜ、あっちの樽の方が面白いぞ……樽に頭から入るのが趣味の勇者がな……」
「……シア……今度、ハジメを縛ってシアと一緒に……」
「ユエ様……?」
「……っ!?」
シアの雄叫びに、流石に気がついて我を取り戻したハジメとユエと京矢は、事態が呑み込めずキョトンとしていたミュウに、取り敢えずシアとティオを見せないようにして他人のフリをする。
ユエが小声で何やら恐ろしいことを呟いていた気がしたが、それはベルファストに鎮圧されていたりする。最強の吸血姫も万能メイドには勝てなかった様子だ。
遠くの方に、何の騒ぎだ! と町の警備兵がチラホラと見え出したので、ハジメは仕方なくシアとティオの首根っこを掴んで引きずりながら、京矢達と共にその場を離脱した。
町に行く度に、美女、美少女に囲まれているハジメには羨望と嫉妬の目が突き刺さるのだが……この時ばかりは何故かハジメに対して同情的な視線が多かったと感じたのは、きっと気のせいではないだろう。
……普通に羨望と嫉妬を向けられてる京矢が羨ましいなどとは思っても居ない。
***
一行は、周囲の人々の視線を無視しながら、ようやく冒険者ギルドのホルアド支部に到着した。
相変わらずミュウを肩車したまま、ハジメはギルドの扉を開ける。他の町のギルドと違って、ホルアド支部の扉は金属製だった。重苦しい音が響き、それが人が入ってきた合図になっているようだ。
前回、ハジメと京矢がホルアドに来たときは、冒険者ギルドに行く必要も暇もなかったので中に入るのは今回が初めてだ。ホルアド支部の内装や雰囲気は、最初、ハジメが抱いていた冒険者ギルドそのままだった。
壁や床は、ところどころ壊れていたり大雑把に修復した跡があり、泥や何かのシミがあちこちに付いていて不衛生な印象を持つ。
内部の作り自体は他の支部と同じで入って正面がカウンター、左手側に食事処がある。しかし、他の支部と異なり、普通に酒も出しているようで、昼間から飲んだくれたおっさん達がたむろしていた。二階部分にも座席があるようで、手すり越しに階下を見下ろしている冒険者らしき者達もいる。
二階にいる者は総じて強者の雰囲気を出しており、そういう制度なのか暗黙の了解かはわからないが、高ランク冒険者は基本的に二階に行くのかもしれない。
冒険者自体の雰囲気も他の町とは違うようだ。誰も彼も目がギラついていて、ブルックのようなほのぼのした雰囲気は皆無である。これが本来の冒険者ギルドなのかも知れないが。
冒険者や傭兵など、魔物との戦闘を専門とする戦闘者達が自ら望んで迷宮に潜りに来ているのだから気概に満ちているのは当然といえば当然なのだろう。
しかし、それを差し引いてもギルドの雰囲気はピリピリしており、尋常ではない様子だった。
明らかに、歴戦の冒険者をして深刻な表情をさせる何かが起きているようだ。
一行がギルドに足を踏み入れた瞬間、冒険者達の視線が一斉に彼等を捉えた。その眼光のあまりの鋭さに、ハジメに肩車されるミュウが「ひぅ!」と悲鳴を上げ、ヒシ! とハジメの頭にしがみついた。
冒険者達は、美女・美少女に囲まれた挙句、一人は幼女を肩車して現れた京矢とハジメに、色んな意味を込めて殺気を叩きつけ始める。
ますます、震えるミュウを肩から降ろし、ハジメは、片腕抱っこに切り替えた。ミュウは、ハジメの胸元に顔をうずめ外界のあれこれを完全シャットアウトした。
血気盛んな、あるいは酔った勢いで席を立ち始める一部の冒険者達。
彼等の視線は、「ふざけたガキ共をぶちのめす」と何より雄弁に物語っており、このギルドを包む異様な雰囲気からくる鬱憤を晴らす八つ当たりと、単純なやっかみ混じりの嫌がらせであることは明らかだ。
京矢達は単なる依頼者であるという可能性もあるのだが……既に彼等の中にそのような考えはないらしい。仮にそうだったとしても、取り敢えず話はぶちのめしてからだという、荒くれ者そのものの考え方で彼等の方へ踏み出そうとした。
内心、仕方ないと思いながら青筋を浮かべているハジメを後ろに下げて苦笑を浮かべながら前に出ると、冒険者達へと本気の殺気を放つ。
スキルも一つも使っていないと言うのに、先程、冒険者達から送られた殺気が、まるで子供の癇癪に思えるほど絶大な圧力。既に物理的な力すらもっていそうなそれは、未熟な冒険者達の意識を瞬時に刈り取り、立ち上がっていた冒険者達の全てを触れることなく再び座席につかせる。四度も世界を救うレベルの戦いを潜り抜けた戦士の殺気なのだから当然だろう。
京矢の殺気を受けながら意識を辛うじて失っていない者も、大半がガクガクと震えながら必死に意識と体を支え、滝のような汗を流して顔を青ざめさせている。
と、永遠に続くかと思われた威圧がふとその圧力を弱めた。その隙に止まり掛けていた呼吸を必死に行う冒険者達。中には失禁したり吐いたりしている者もいるが……そんな彼等にハジメがニッコリ笑いながら話しかけた
「おい、今、こっちを睨んだやつ」
「「「「「「「!」」」」」」」
ハジメの声にビクッと体を震わせる冒険者達。
おそるおそるといった感じでハジメの方を見るその眼には、化け物を見たような恐怖が張り付いていた。だが、そんな事はお構いなしに、ハジメは彼等に向かって要求……もとい命令をする。
「笑え」
「「「「「「「え?」」」」」」」
「へ?」
いきなり、状況を無視した命令に戸惑うのは冒険者達だけじゃない、京矢もだ。
ハジメが、更に言葉を続ける。
「聞こえなかったか? 笑えと言ったんだ。にっこりとな。怖くないアピールだ。ついでに手も振れ。お前らのせいで家の子が怯えちまったんだ。トラウマになったらどうする気だ? ア゛ァ゛? 責任とれや」
「いや、無茶振りするなよ」
だったら、そもそもこんな場所に幼子を連れてくるなよ! と全力でツッコミたい冒険者達だったが、化け物じみた相手の仲間にそんな事言えるはずもなく、戸惑っている内にハジメの眼光が鋭くなってきたので、頬を盛大に引き攣らせながらも必死に笑顔を作ろうとする。ついでに、ちゃんと手も振り始めた。
内心、普通にツッコミを入れてくれた京矢には恐怖ではなく感謝しか浮かばない。
「うわ〜」
コメントに困る顔を浮かべる京矢。
こわもてのガタイのいい男達が揃って引き攣った笑みを浮かべて小さく手を振る姿は、途轍もなくシュールだったが、やはり、そんな事はお構いなく、ハジメは満足そうに頷くと胸元に顔を埋めるミュウの耳元にそっと話しかけた。
何を言われたのか、ミュウはおずおずと顔を上げると、ハジメを潤んだ瞳で見上げる。そして、ハジメの視線に誘われてゆっくり振り向いた。そこには当然、必死に愛想を振りまくこわもて軍団。
「ひっ!」
案の定、ミュウは怯えてハジメの胸元に逆戻りした。眉が釣り上がるハジメ。
眼光の鋭さが増し、「どういうことだ、ゴラァ!」と冒険者達を睨みつける。「無茶言うな!」と泣きそうな表情になって内心ツッコミを入れる冒険者達、「いや、オレでも不気味だと思うぞ!」とハジメを止める京矢。
冒険者達は、遂に、ハジメの傍らにいるユエ達に助けを求める懇願の視線を向けた。
その視線を受けて、ユエが「はぁ~」と深い溜息を吐くと、トコトコとミュウに近寄り、先程のハジメと同じく耳元に何かを囁く。すると、ミュウは、やはり先程と同じくおずおずと顔を上げると、再び冒険者達の方を見た。冒険者達は慌てて愛想を振りまく。
しばらく、そんな冒険者達をジッと見つめていたミュウだったが、何かに納得したのかニヘラ~と笑うと小さく手を振り返した。
その笑顔と仕草が余りに可愛かったので、状況も忘れてこわもて軍団も思わず和む。ハジメも、満足したようで再びミュウを肩車すると、もう冒険者達に興味はないとカウンターへと歩いて行った。
普段は魅力的であろう受付嬢の表情は緊張でめちゃくちゃ強張っていたが。
「支部長はいるか? フューレンのギルド支部長から手紙を預かっているんだが……本人に直接渡せと言われているんだ」
ハジメは、そう言いながら自分のステータスプレートを受付嬢に差し出す。受付嬢は、緊張しながらもプロらしく居住まいを正してステータスプレートを受け取った。
他の方も出してくださいと言う表情を向けられたので、京矢も自分のステータスプレートを差し出す。
「お、お二人共、き〝金〟ランク!?」
冒険者において〝金〟のランクを持つ者は全体の一割に満たない。
そして、〝金〟のランク認定を受けた者についてはギルド職員に対して伝えられるので、当然、この受付嬢も全ての〝金〟ランク冒険者を把握しており、ハジメのこと等知らなかったので思わず驚愕の声を漏らしてしまった。
その声に、ギルド内の冒険者も職員も含めた全ての人が、受付嬢と同じように驚愕に目を見開いて二人を凝視する。建物内がにわかに騒がしくなった。
「まっ、なったのは最近だからな、まだ連絡が入ってねえだけだろ?」
朗らかに語る京矢の言葉に、受付嬢は、自分が個人情報を大声で晒してしまったことに気がついてサッと表情を青ざめさせる。
そして、ものすごい勢いで頭を下げ始めた。
「も、申し訳ありません! 本当に、申し訳ありません!」
「驚くのも分かるから、オレは気にしてねえから、そんなに謝らないでくれ。……なあ、南雲」
「あ~、ああ。別にいいから。取り敢えず、支部長に取り次ぎしてくれるか?」
「は、はい! 少々お待ちください!」
放っておけばいつまでも謝り続けそうな受付嬢に、京矢とハジメは苦笑いする。
ウルで軽く特撮ヒーローの劇場版をリアルに再現し、巨大ロボまで持ちだした巨大ロボ同士の大合戦を演じて、フューレンで裏組織を巨大ロボまで持ち出して壊滅させるなど大暴れしてきた以上、身分の秘匿など今更だと思ったのだ。
子連れで美女・美少女ハーレムを持つ二人の見た目少年の〝金〟ランク冒険者に、ギルド内の注目がこれでもかと集まるが、注目されるのは何時ものことなので割り切って受付嬢を待つ一行。
注目されることに慣れていないミュウが、居心地悪そうなので全員であやす。情操教育的に悪そうなあやし方をしそうなティオをベルファストが引き離す。
やがて、と言っても五分も経たないうち、ギルドの奥からズダダダッ! と何者かが猛ダッシュしてくる音が聞こえだした。
何事だと、ハジメ達が音の方を注目していると、カウンター横の通路から全身黒装束の少年がズザザザザザーと床を滑りながら猛烈な勢いで飛び出てきて、誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡し始めた。
見覚えはあるが誰だっけと言う微妙に思い出せない顔に頭を悩ませる京矢を他所に、ハジメは、その人物に見覚えがあり、こんなところで再会するとは思わなかったので思わず目を丸くして呟いた。
「……遠藤?」
「……誰だ?」
ちゃんと彼を知ってたハジメに対して、何気に酷過ぎる反応をしめす京矢だった。
そもそも、『遠藤って誰だっけ?』と言うのが京矢にとっての遠藤浩介と言うクラスメイトの印象だった。
光輝に付き合って戦争に参加したいなら勝手にこっちで死ねば良いと切り捨てられたかもしれない側の人間にされていたかもしれない相手だ。……影が薄すぎて。
不幸にも今まで京矢に一度も認識されていないと言うのが彼にとっての最大の不幸で、此処で認識してもらえたと言うのが最大の幸運であったかもしれないのだ。
ハジメの呟きと京矢の酷い呟きに〝!〟と某ダンボール好きな傭兵のゲームに出てくる敵兵のような反応をする黒装束の少年、遠藤浩介は、辺りをキョロキョロと見渡し、それでも目当ての人物が見つからないことに苛立ったように大声を出し始めた。
「南雲ぉ! 鳳凰寺ぃ! いるのか! お前等なのか! 何処なんだ! 南雲ぉ! 鳳凰寺ぃ! 生きてんなら出てきやがれぇ! 南雲ハジメェー! 鳳凰寺京矢ァー!」
あまりの大声に、思わず耳に指で栓をする人達が続出する。その声は、単に死んだ筈のクラスメイトが生存しているかもしれず、それを確かめたいという気持ち以上の必死さが含まれているようだった。
ユエ達の視線が一斉にハジメと京矢の方を向く。
ハジメは、未だに自分の名前を大声で連呼する遠藤に、頬をカリカリと掻くとあまり関わりたくないなぁという表情をしながらもどうするべきかと京矢に視線を向けるが、其処にはいつの間にか京矢の姿が無かった。何処にいるのかと探してみると、意外な所に居た。
「くそっ! 声は聞こえるのに姿が見当たらねぇ! 幽霊か? やっぱり化けて出てきたのか!? 俺には姿が見えないってのか!?」
「……へへへっ……そうだぜ、地獄からお前達を迎えに……」
いつの間にか気配と足音を消して誰にも気付かれないように浩介に近づいた京矢が死角からそんな言葉をかけた。
驚いた浩介が振り向く前に死角から死角へと移動しながらそれを繰り返して、幽霊が耳元で囁いでいる様に呟いて驚かせて、無駄に実力を発揮して完全に遊んでいる。
もう、姿の見えない京矢に地獄から二人が恨みつらみでやってきたとでも思ってるのか頭を抱えて怯えている姿は流石に哀れみさえ覚えてしまう。
「遊ぶなよ、鳳凰寺」
「いや、此処でオレ達が死んでるって思わせといた方が後々あの阿保勇者に絡まれないで済むかと思ってな」
要するに今後の為の行動としてらしい。怖がらせて追い返そうとしていたと言う訳だ。
「おい、目の前にいるだろうが、ど阿呆。つか、いい加減落ち着けよ。影の薄さランキング生涯世界一位」
「オレは今日まで名前さえ知らなかったからな。実は存在抹消ってスキルでも有るんじゃねえのか?」
「!? また、声が!? ていうか、誰がコンビニの自動ドアすら反応してくれない影が薄いどころか、存在自体が薄くて何時の間にか消えてる男だ! 自動ドアくらい三回に一回はちゃんと開くわ!」
「三回中二回は開かないのか……お前流石だな」
「いや、あれって影の薄さとか関係ないだろ? 地球にいた頃から物理的な存在感も消せたって、もはや才能だな……」
ハジメが京矢の行動を止めてくれた事で、目の前の白髪眼帯の男が会話している本人だと気がついたようで、遠藤は、ハジメの顔をマジマジと見つめ始める。
男に見つめられて喜ぶ趣味はないので嫌そうな表情で顔を背けるハジメに、遠藤は、まさかという面持ちで声をかけた。
「鳳凰寺に……お、お前……お前が南雲……なのか?」
「はぁ……ああ、そうだ。見た目こんなだが、正真正銘南雲ハジメだ」
「面影はほとんど無いからな……」
迷宮で再開した時は一瞬分からなかったぜ、と言う京矢に、あの時はお前の方が面影無かったと思うハジメであった。
「お前等……生きていたのか」
「今、目の前にいるんだから当たり前だろ」
「まっ、檜山はもう生きてないけどな」
「何か、南雲は、えらく変わってるんだけど……見た目とか雰囲気とか口調とか……」
「奈落の底から自力で這い上がってきたんだぞ? そりゃ多少変わるだろ」
「そ、そういうものかな? いや、でも、鳳凰寺は全然……」
「そりゃ、オレにとっては奈落の底程度じゃ変わる必要も無かったからな。割と余裕で生き抜けたしな」
食料の問題と寝床の確保に目を瞑れば戦闘力だけなら余裕だった。
「そ、そうか……ホントに生きて……」
あっけらかんとした京矢とハジメの態度に困惑する浩介だったが、それでも死んだと思っていたクラスメイトが本当に生きていたと理解し、安堵したように目元を和らげた。
いくらハジメが香織に構われていることに他の男と同じように嫉妬の念を抱いていたとしても、死んでもいいなんて恐ろしいことを思えるはずもない。
ベヒーモスを一太刀で真っ二つにして見せた京矢の強さを、光輝を簡単にあしらい、メルドとも互角に渡り合った最強の剣士が死んだのには絶望した。
ハジメと京矢の死は大きな衝撃であった。だからこそ、浩介は、純粋にクラスメイトの生存が嬉しかったのだ。
「っていうかお前達……冒険者してたのか? しかも〝金〟て……」
「ん~、まぁな」
「一騎当千って感じの大暴れしたら貰えた様なモンだしなぁ」
二人の返答に浩介の表情がガラリと変わる。
クラスメイトが生きていた事にホッとしたような表情から切羽詰ったような表情に。改めて、よく見てみると浩介がボロボロであることに気がつく。
一体、何があったんだと内心首を捻る。
「……つまり、鳳凰寺だけじゃなくて南雲も、迷宮の深層から自力で生還できる上に、冒険者の最高ランクを貰えるくらい強いってことだよな? 信じられねぇけど……」
「まぁ、そうだな」
浩介の真剣な表情でなされた確認に肯定の意をハジメが示すと、浩介はハジメに飛びかからんばかりの勢いで肩をつかみに掛かり、今まで以上に必死さの滲む声音で、表情を悲痛に歪めながら懇願を始めた。
「なら頼む! 一緒に迷宮に潜ってくれ! 早くしないと皆死んじまう! 一人でも多くの戦力が必要なんだ! 健太郎も重吾も死んじまうかもしれないんだ! 頼むよ、南雲! 鳳凰寺!」
「はぁ? そんなモン、お前等が望んだ事だろ? 勝手に死ね」
京矢はそんな浩介の懇願を一言で切り捨てる。あまりの返答に言葉を失う浩介を他所に、京矢は異世界に見捨てていく奴等のリストに心の中で浩介と健太郎と重吾の三人の名を刻むのだった。
「俺や先生が止めても聞かずに、あの阿呆に洗脳されて勝手に戦場に突っ込んで行った結果だろうが。死ぬのもお前等の責任だ、望み通り、勝手に死んでろ」
元々京矢は光輝とは違い戦争反対の立場をとっていた。そんな光輝について行った結果、ついていった連中が死んだとしても自業自得だと切り捨てる。
「ちょっと待て、鳳凰寺。状況が全くわからないんだが? 死んじまうって何だよ。天之河がいれば大抵何とかなるだろ? メルド団長がいれば、二度とベヒモスの時みたいな失敗もしないだろうし……」
「いや、あの毎回オレにお約束みたいな負け方してた『剣道界のお笑い芸人』のホームランボールだぞ、あと2回くらいは繰り返すんじゃねえか?」
ハジメが、普段目立たない浩介のあまりに切羽詰った尋常でない様子に、困惑しながら問い返すが、京矢に言われてあり得そうだと思い直す。
地球では剣道大会の度に京矢によって竹刀で派手に殴り飛ばされ、壁に叩きつけられて『ホームランボール』と渾名されてた光輝を思い出すと、そうかもしれないと思ってしまう。
しかも、光輝の事を剣道界のスーパースターとして盛り上げようとしていたマスコミの前でそれをやってしまった訳だから、全国ネットで恥を晒してしまった訳だ。今やすっかり、学校外では光輝は剣道芸人である。
だが、浩介はメルド団長の名が出た瞬間、ひどく暗い表情になって膝から崩れ落ちた。そして、押し殺したような低く澱んだ声でポツリと呟く。
「……んだよ」
「は? 聞こえねぇよ。何だって?」
「……死んだって言ったんだ! メルド団長もアランさんも他の皆も! 迷宮に潜ってた騎士は皆死んだ! 俺を逃がすために! 俺のせいで! 死んだんだ! 死んだんだよぉ!」
「そうか……。惜しい人たちを亡くしちまったな……」
「……そうか」
癇癪を起こした子供のように、「死んだ」と繰り返す浩介に、京矢は悔やみの言葉を、ハジメはただ一言、そう返した。
ハジメの天職が非戦系であるために、ハジメとメルド団長との接点はそれほど多くなかったハジメとは違い、京矢は何度も正面から訓練の為に剣を交えた事もある。
そんな関わりの薄いハジメでもメルド団長が気のいい男であったことは覚えているし、京矢もメルド団長の人柄は好ましく思っていた。あの日、二人が奈落に落ちた日、最後の場面で最強だった京矢は兎も角、〝無能〟の自分を信じてくれたことも覚えている。
そんな彼が死んだと聞かされれば、奈落から出たばかりの頃のハジメなら「あっそ」で終わらせたかもしれないが、今は、少し残念さが胸中をよぎる。
少なくとも、心の中で冥福を祈るくらいには。
「で? 何があったんだ?」
「だな。あの阿保が周りを巻き込んで自滅したなら兎も角、メルド団長達まで巻き込んで、なんて、普通じゃ無いだろ?」
「それは……」
尋ねるハジメと京矢に、浩介は膝を付きうなだれたまま事の次第を話そうとする。と、そこでしわがれた声による制止がかかった。
「話の続きは、奥でしてもらおうか。そっちは、俺の客らしいしな」
「そうだな、こんな所で騒ぐ様な話でも無さそうだ」
声の主は、六十歳過ぎくらいのガタイのいい左目に大きな傷が入った迫力のある男だった。
その眼からは、長い年月を経て磨かれたであろう深みが見て取れ、全身から覇気が溢れている。
ハジメは、先程の受付嬢が傍にいることからも彼がギルド支部長だろうと当たりをつけた。そして、浩介の慟哭じみた叫びに再びギルドに入ってきた時の不穏な雰囲気が満ち始めた事から、この場で話をするのは相応しくないだろうと判断し大人しく従う事にした。
おそらく、浩介は既にここで同じように騒いで、勇者組や騎士団に何かがあったことを晒してしまったのだろう。
ギルドに入ったときの異様な雰囲気はそのせいだ。
ギルド支部長と思しき男は、浩介の腕を掴んで強引に立たせると有無を言わさずギルドの奥へと連れて行った。
浩介は、かなり情緒不安定なようで、今は、ぐったりと力を失っている。
きっと、話の内容は碌な事じゃないんだろうなと嫌な予想をしながら京矢達は後を付いていった。
「……魔人族……だけじゃなくて」
「特撮ヒーローかよ?」
冒険者ギルドホルアド支部の応接室にハジメと京矢の呟きが響く。
対面のソファーにホルアド支部の支部長ロア・バワビスと遠藤浩介が座っており、彼のの正面にハジメと京矢が、そのハジメの横にユエとシアが座って、ティオがハジメの後ろに、ベルファストとエンタープライズは京矢の後ろに立っている。ミュウは、ハジメの膝の上だ。
浩介から事の次第を聞き終わった二人の第一声が先程の呟きだった。
魔人族の襲撃に遭い、勇者パーティーが窮地にあるというその話に浩介もロアも深刻な表情をしており、室内は重苦しい雰囲気で満たされていた。
特撮ヒーローという言葉はロアは理解出来ていないが、それだけに地球組には伝わっている。敵に地球人がいると。
「ダークゴーストに風魔か……」
「それって」
京矢が持っている仮面ライダーシリーズに出てくるダークライダーの名前だ。これでサーベラとソーサラーと名乗った女二人と合わせて四人もこの世界に地球人が、仮面ライダーの力を持って存在している事になる。
「しかも、連中の狙いは……バールクスか?」
間違いなく連中の狙いは京矢だ。シンのライドウォッチを当て馬のアナザーライダー付きで渡してきた事からもよく分かる。
…… 部屋は重苦しい雰囲気で満たされていた。のだが、ハジメの膝の上で幼女がモシャモシャと頬をリスのよう膨らませながらお菓子を頬張っているため、イマイチ深刻になりきれていなかった。
ミュウには、京矢達の話は少々難しかったようだが、それでも不穏な空気は感じ取っていたようで、不安そうにしているのを見かねてハジメがお菓子を与えておいたのだ。
「つぅか! 何なんだよ! その子! 何で、菓子食わしてんの!? 状況理解してんの!? みんな、死ぬかもしれないんだぞ!」
「ひぅ!? パパぁ!」
場の雰囲気を壊すようなミュウの存在に、ついに耐え切れなくなった浩介がビシッと指を差しながら怒声を上げる。
それに驚いてミュウが小さく悲鳴を上げながらハジメに抱きついた。
当然、ハジメから吹き出す人外レベルの殺気。パパは娘の敵を許さない。
「てめぇ……何、ミュウに八つ当たりしてんだ、ア゛ァ゛? 殺すぞ?」
「ひぅ!?」
ハジメの殺気に怯えた瞬間、頭を何かに掴まれる。頭を握り潰さんばかりの握力で掴んでる者の正体は……
「よーし、今から、この建物の裏に行こうか? 其処で、さっさと首を刺し出せ」
マジメに首を切り落とそうとしていた京矢だった。
「ヒイイイイ!?」
ミュウと同じような悲鳴を上げて浮かしていた腰を落とす浩介。
ユエから「……もう、すっかりパパ」とか「さっき、さり気なく〝家の子〟とか口走ってましたしね~」とか「果てさて、ご主人様はエリセンで子離れ出来るのかのぉ~」とか聞こえてくるが、ハジメは無視する。
挙げ句の果てに刀を持って立ち上がろうとする京矢の殺意に本気で命の危機を感じていた。
***
ソファーに捕まってガクブルと震える浩介を尻目にミュウを宥めるハジメに、冷たい表情で脳天を鷲掴みにしてギルドの裏に連れて行こうと画策する京矢に、ロアが呆れたような表情をしつつ、埒があかないと話に割り込んだ。
「さて、ハジメ、京矢。イルワからの手紙でお前の事は大体分かっている。随分と大暴れしたようだな?」
「まぁ、全部成り行きだけどな」
「大した手間でも無かったしな?」
成り行き程度の心構えで成し遂げられる事態では断じてなかった上に、大した手間でも無いと言えるレベルの事態でも無いのだが、事も無げな様子で肩をすくめる二人に、ロアは面白そうに唇の端を釣り上げた。
「手紙には、お前の〝金〟ランクへの昇格に対する賛同要請と、できる限り便宜を図ってやって欲しいという内容が書かれていた。一応、事の概要くらいは俺も掴んではいるんだがな……たった数人で六万近い魔物の殲滅、半日でフューレンに巣食う裏組織の壊滅……にわかには信じられんことばかりだが、イルワの奴が適当なことをわざわざ手紙まで寄越して伝えるとは思えん……もう、お前達が実は魔王だと言われても俺は不思議に思わんぞ」
ロアの言葉に、浩介が大きく目を見開いて驚愕をあらわにする。
京矢は兎も角、自力で【オルクス大迷宮】の深層から脱出したハジメの事を、それなりに強くなったのだろうとは思っていたが、それでも自分よりは弱いと考えていたのだ。
元々、遠藤が冒険者ギルドにいたのは、高ランク冒険者に光輝達の救援を手伝ってもらうためだった。
もちろん、深層まで連れて行くことは出来ないが、せめて転移陣の守護くらいは任せたかったのである。駐屯している騎士団員もいるにはいるが、彼等は王国への報告などやらなければならないことがあるし、何より、レベルが低すぎて精々三十層の転移陣を守護するのが精一杯だった。
七十層の転移陣を守護するには、せめて〝銀〟ランク以上の冒険者の力が必要だったのである。
そう考えて冒険者ギルドに飛び込んだ挙句、二階のフロアで自分達の現状を大暴露し、冒険者達に協力を要請したのだが、人間族の希望たる勇者が窮地である上に騎士団の精鋭は全滅、おまけに依頼内容は七十層で転移陣の警備というとんでもないもので、誰もが目を逸らし、同時に人間族はどうなるんだと不安が蔓延したのである。
そして、騒動に気がついたロアが、浩介の首根っこを掴んで奥の部屋に引きずり込み事情聴取をしているところで、二人のステータスプレートをもった受付嬢が駆け込んできたというわけだ。
そんなわけで、浩介は、自分がハジメの実力を過小評価していたことに気がつき、もしかすると京矢と同様に自分以上の実力を持っているのかもしれないと、過去のハジメと比べて驚愕しているのである。
浩介が驚きのあまり硬直している間も、ロアとハジメの話は進んでいく。
「バカ言わないでくれ……魔王だなんて、そこまで弱くないつもりだぞ?」
「魔王なんざ雑魚にしか見えねえな、デボネアと比べると」
「ふっ、魔王を雑魚扱いか? 随分な大言を吐くやつだ……だが、それが本当なら俺からの、冒険者ギルドホルアド支部長からの指名依頼を受けて欲しい」
「……勇者達の救出だな?」
浩介が、救出という言葉を聞いてハッと我を取り戻す。
そして、身を乗り出しながら、二人に捲し立てた。
「そ、そうだ! 南雲! 鳳凰寺! 一緒に助けに行こう! そんなに強いなら、きっとみんな助けられる!」
「……」
「……はぁ……」
見えてきた希望に瞳を輝かせる浩介だったが、二人の反応は芳しくない。
遠くを見て何かを考えていたり、頭を抱えているようだ。
浩介は、当然、二人が一緒に救出に向かうものだと考えていたので、即答しないことに困惑する。
「どうしたんだよ! 今、こうしている間にもアイツ等は死にかけているかもしれないんだぞ! 何を迷ってんだよ! 仲間だろ!」
「……仲間?」
「いや、あの阿呆の仲間なんて悍ましいこと言ってんじゃねえよ」
考え事のため逸らしていた視線を元に戻し、冷めた表情でヒートアップする遠藤を見つめ返した。
その瞳に宿る余りの冷たさに思わず身を引く浩介。先程の殺気を思い出し尻込みするが、それでも、貴重な戦力を逃すわけにはいかないので半ば意地で言葉を返す。
「あ、ああ。仲間だろ! なら、助けに行くのはとうぜ……」
「勝手に、お前等の仲間にするな。はっきり言うが、俺がお前等にもっている認識は唯の〝同郷〟の人間程度であって、それ以上でもそれ以下でもない。他人と何ら変わらない」
「なっ!? そんな……何を言って……」
「黙れよ、本気で殺すぞ」
京矢の殺気を受けた浩介はそのまま黙り込む。
京矢にしてみれば光輝の仲間などと言われるのは吐き気がするレベルだ。
(別に殺し合いに進んで参加した奴らだ。ここで死んでも大差ないだろうな……)
とは言え、この場で一応助けに行く際のメリットとデメリット、見捨てた場合のメリットとデメリットを考える程度の冷静さはある。
(……待てよ。此処であの阿保が死んだら……)
そもそも、関わり合いになる事全てがデメリットの塊の光輝だ。デメリットなど考えるだけ、思い浮かぶものが多すぎて時間の無駄なので、仮に此処で光輝達が全滅した場合、教会の行動を考えてみる。
一番真っ当な手段としては、愛子先生達の誰かを新しい勇者として立てる。
一番最悪な手段は、自分達の地球ではないかも知れないが、新しい勇者を召喚すると言う事だ。
(悪霊擬きのゲームの駒って考えると、別の手段を選ぶとは限らない、か)
要するに、此処で光輝達が死ねば、また新しい被害者が大量に出てしまうと言う訳だ。
流石に無関係な者達が……光輝の同類ならば別に心は痛まないが、エヒトの新しい被害者を大量生産させる位ならば、此処で光輝達を助けておいて、矢面に立たせておくのが一番被害の少なくなるマシな状況だろう。
「で、どうする、南雲?」
取り敢えず、己の中に浮かんだ考えを頭に浮かべながら、ハジメに問いかける。
「……ああ」
ハジメに判断を委ねた京矢にハジメは一言そう返した。恐らく京矢としては僅かながらメリットはあるが、そのメリットはハジメ達には関係がない為に、積極的に参加するかは迷っているのだろう。
そして、頭をカリカリと掻きながら、傍らで自分を見つめている愛しいパートナーを見やる。
「……ハジメのしたいように。私は、どこでも付いて行く」
「……ユエ」
「わ、私も! どこまでも付いて行きますよ! ハジメさん!」
「ふむ、妾ももちろんついて行くぞ。ご主人様」
「ふぇ、えっと、えっと、ミュウもなの!」
ハジメとユエがまた二人の世界を作り始めたので、慌てて自己主張するシアとティオ。ミュウは、よくわかっていないようだったが、取り敢えず仲間はずれは嫌なのでギュッと抱きつきながら同じく主張する。
「指揮官、私は貴方の意思に従おう」
「京矢様、私も同じ考えです」
「ああ、助かる。流石にあの阿呆には関わり合いになりたく無いし、お前達を関わらせたくねえが……どうも、もう暫くあの連中には、元気に踊って貰ってた方が良さそうだ」
内心で、先程トータスに置いていく奴のリストに名前が記述された浩介に知られない様に『地球に戻ってトータスから干渉されない様に対策をするまで』と付け加える。
地球に帰ってからもトータスで得たスキルが使えるなら、ハジメとも話し合ってエヒトの干渉を防ぐ手段を講じる必要もあるだろう。
対面で浩介が「え? 何このハーレム……」と呟いてるのを尻目に、京矢とハジメは仲間に己の意志を伝えた。
京矢としては、ハジメの事を気に病んで無茶をしているであろう香織には、顔見せくらいはしてやりたいと思った事に付いては、面倒な事になりそうだとは思ったが。
生存を信じて心を砕いている香織に対する義理とは言うが……
(義理を果たした後は着いてきそうだけどな……)
そう確信めいた考えがあったりする。自動的に光輝まで付いてきそうなので、その辺の判断はハジメに任せようと思う。
「え、えっと、結局、一緒に行ってくれるんだよな?」
「ああ、ロア支部長。一応、対外的には依頼という事にしておきたいんだが……」
「上の連中に無条件で助けてくれると思われたくないからだな?」
「そうだ。それともう一つ。帰ってくるまでミュウのために部屋貸しといてくれ」
「ああ、それくらい構わねぇよ」
「……悪い、エンタープライズ、ベルファスト、ミュウちゃんの護衛に残って貰えるか?」
結局、京矢とハジメが一緒に行ってくれるということに安堵して深く息を吐く浩介を無視して、ハジメはロアとさくさく話を進め、京矢はミュウの護衛としてベルファストとエンタープライズには残って貰うことにした。
流石に、迷宮の深層まで子連れで行くわけにも行かない。ミュウをギルドに預けていく事にする。その際、ミュウが置いていかれることに激しい抵抗を見せたが、何とか全員で宥めすかし、ついでに子守役兼護衛役にエンタープライズとベルファストに加えてティオも置いていく事にして、ようやく一行は浩介の案内で出発することが出来た。