クラスメイト達との再会

その頃のクラスメイト達……











場所はとある階層の最奥付近の部屋。

その正八角形の大きな部屋には四つの入口があるのだが、実は今、そのうちの二つの入口の間にはもう一つ通路があり、奥には隠し部屋が存在している。
入口は上手くカモフラージュされて閉じられており、隠し部屋は十畳ほどの大きさだ。

そこでは、風魔達から逃げ出せた光輝達が思い思いに身を投げ出し休息をとっていた。
だが、その表情は一様に暗い。深く沈んだ表情で顔を俯かせる者ばかりだ。中には恐怖のあまり震えが止まらない者もいる。
皆、満身創痍であるがそれ以上に犠牲になった仲間と、特撮ヒーローに敵として迎え撃たれたと言う事実に打ちのめされている者が多い。

いつもなら、そのカリスマを以て皆を鼓舞する光輝も、全身をひどい倦怠感と敗北感に襲われており壁に背を預けたまま口を真一文字に結んで黙り込んでいる。
だが、それはそれで良かったかもしれない。下手に鼓舞などしよう物なら間違い無く大部分の生徒達から罵声が飛んできた事だろう。地球に帰れる可能性という希望を奪った張本人が何を言っても意味はない。現状への絶望感が光輝への憎悪を和らげている様な物だ。

『何でヒーローが敵になるんだよ? オレ達は勇者だろ……』
『こんな時、鳳凰寺が居てくれれば……』

京矢がいてくれればと言う声に光輝は更に屈辱を感じずにはいられない。
生徒達の中には最初の絶望の象徴であったベヒモスを打ち払う姿が強く印象付いているのだ。だからこそ、こんな時にも京矢がいればと思ってしまう。

龍太郎に至ってはゼロダークネスにトラウマでも植え付けられたのか、大きな体が小さく見えるほどに怯えている。この世界だけではない、地球での経験も含めて、今まで積み重ねてきたものが粉々に砕かれた様子だ。

そして、こういう時、いい意味で空気を読まず場を盛り上げてくれるクラス一のムードメイカーは、血の気の引いた青白い顔で、やはり苦痛に眉根を寄せながら荒い息を吐いて眠ったままだった。その事実も、皆が顔を俯かせる理由の一つだろう。

運悪いのではない、面倒な結界師である鈴を狙って放たれたのだ。鈴が受けた手裏剣の攻撃は全て重要な血管を狙い、そこを損傷させる事で彼女の体から大量の血を失わせた。香織だからこそ、治療が間に合ったと言える。

もっとも、いくら香織でも鈴が失った大量の血を直ぐさま補充することは出来ない。精々、異世界製増血薬を飲ませるくらいが限界だ。なので、鈴の体調が直ぐに戻るということはないだろう。安静が必要である。

薄暗い即席の空間に漂う重苦しい空気に、雫が眉間に皺を寄せながら何とか皆を鼓舞しなければと頭を捻る。元来、雫は寡黙な方なので鈴のように場を和ませるのは苦手だ。
しかし、自分が何とかできると言う可能性を知ってしまった以上、何とかしなければならないだろうと、生来の面倒見の良さから考えているのだ。本当に苦労人である。

雫自身、肉体的には疲労こそ有るが傷一つ無い代わりに、一撃でも攻撃を受ければ即死する状況により、精神的に限界が近い事も有り、だんだん頭を捻るのも面倒になってきて、もういっそのこと空気を読まずに玉砕覚悟の一発ギャグでもかましてやろうかと、ちょっと壊れ気味なことを考えていると、即席通路の奥から野村と辻綾子が話をしながら現れた。

「ふぅ、何とか上手くカモフラージュ出来たと思う。流石に、あんな繊細な魔法行使なんてしたことないから疲れたよ……もう限界」

「壁を違和感なく変形させるなんて領分違いだものね……一から魔法陣を構築してやったんだから無理もないよ。お疲れ様」

二人の会話からわかるように、この空間を作成し、入口を周囲の壁と比べて違和感がないようにカモフラージュしたのは〝土術師〟の野村健太郎だ。

〝土術師〟は土系統の魔法に対して高い適性を持つが、土属性の魔法は基本的に地面を直接操る魔法であり、〝錬成〟のように加工や造形のような繊細な作業は出来ない。
例えば、地面を爆ぜさせたり、地中の岩を飛ばしたり、土を集束させて槍状の棘にして飛ばしたり、砂塵を操ったり、上級になれば石化やゴーレム(自立性のない完全な人形)を扱えるようになるが、様々な鉱物を分離したり掛け合わせたりして物を作り出すようなことは出来ないのだ。

なので、手持ち魔法陣で大雑把に壁に穴を開ける事は出来るが、周囲と比べて違和感のない壁を〝造形〟することは完全に領分外であり、野村は一から魔法陣を構築しなければならなかったのである。

なお、辻綾子が野村について行ったのは、忍者プレイヤー達による野村の傷を治療するためだ。

「お疲れ様、野村君。これで少しは時間が稼げそうね」

「……だといいんだけど。もう、ここまで来たら回復するまで見つからない事を祈るしかないな。浩介の方は……あっちも祈るしかないか」

「……浩介なら大丈夫だ。影の薄さでは誰にも負けない」

「いや、重吾。それ、聞いてるだけで悲しくなるから口にしてやるなよ……」

隠れ家の安全性が増したという話に、僅かに沈んだ空気が和らいだ気がして、とんだ黒歴史を作りそうになった雫は頬を綻ばせて野村を労った。

それに対して、野村は苦笑いしながら、今はここにいないもう一人の親友の健闘を祈って遠い目をする。

そう、今この場所には、仲間が一人いないのである。それは、遠藤浩介。〝暗殺者〟の天職を持つ、永山重吾と野村健太郎の親友である。
特に、暗いわけでも口下手なわけでもなく、また存在を忘れられるわけでもない。誰とでも気さくに話せるごく普通の男子高校生なのだが、何故か〝影が薄い〟のだ。気がつけば、皆、彼の姿を見失い「あれ? アイツどこいった?」と周囲を意識して見渡すと、実はすぐ横にいて驚かせるという、本人が全く意図しない神出鬼没さを発揮するのである。もちろん、日本にいた頃の話だ。

本人は、極めて不本意らしいのだが、今は、それが何よりも役に立つ。
遠藤は、たった一人、パーティーを離れてメルド達に事の次第を伝えに行ったのである。本来なら、いくら異世界から召喚されたチートの一人でも、八十層台を単独で走破するなど余程の例外でも無ければ自殺行為だ。光輝達が、少し余裕をもって攻略できたのも十数人という仲間と連携して来たからである。

だが、遠藤なら、〝影の薄さでは世界一ぃ!〟と胸を張れそうなあの男なら、隠密系の技能をフル活用して、魔物達に見つからずメルド団長達のいる七十層にたどり着ける可能性がある。
そう考えて、光輝達は遠藤を送り出したのである。追いつかれた際に体を張って敵を引き付けて。
その際にまたクラスメイトが二人ほど風魔とダークゴーストによって致命傷を負ってしまい、見捨てるしかなかった。永山と龍太郎の二人で必死にゼロダークネスと戦うが、嬲り殺しにされていなければ、今頃二人も犠牲者の仲間入りだろう。そして、もう、その二人は生きていないだろうと諦めている。

別れるとき、遠藤は少し涙目だったが……きっと、仲間を置いて一人撤退することに感じるものがあったに違いない。
例え説得として「お前の影の薄さなら鋭敏な感覚をもつ魔物だって気づかない! 影の薄さでは誰にも負けないお前だけが、魔物にすら気づかれずに突破できるんだ!」と皆から口々に言われたからではないはずだ。
逃げ道に立ち塞がった滅亡迅雷の四人の仮面ライダーに対して決死の覚悟を持って、命に変えても突破してやると決意したのに一瞥もされずにスルーされて簡単に間を通り抜けられたからでは無い。後ろから「ん? 誰かいない様な気がする」「気のせいだよ〜」「それもそうだな、全員いるな」と言う風魔とダークゴーストの会話が聞こえてきたからでも無い。
無いったら無い!

本当なら、光輝達も直ぐにもっと浅い階層まで撤退したかったのだが、如何せん、それをなすだけの余力がなかった。満身創痍のメンバーに、心が折れかけている今では、とても八十層台を突破できるとは思えなかったのだ。

もちろん、メルド団長達が救援に来られるとは思っていない。
メルド団長を含め七十層で拠点を築ける実力を持つのは六人。彼等を中心にして、次ぐ実力をもつ騎士団員やギルドの高ランク冒険者達の助力を得て、安全マージンを考えなければ七十層台の後半くらいまでは行けるだろうが、それ以上は無理だ。

仮にそこまで来てくれたとしても、八十層台は光輝達が自力で突破しなければならない。つまり、遠藤を一人行かせたのは救援を呼ぶためではなく、自分達の現状と魔人族が率いる魔物の情報を伝えるためなのだ。
だが、自分達と同じ地球人が魔人族に味方していると言うのは報告させるのは迷っていた。メルド達との信頼関係に罅が入ると言う理由だけでは無い。地球への帰還方法が失われてしまうのが恐ろしいと言うのも有る。

そんな事を考えていると規則正しい金属音が聞こえて来る。それを聞いた一同は声を抑えて息を殺す。メルド達が助けに来てくれたのでは無い、自分達を狙う風魔達が三度追いついて来たのだ。
早くどこかへ行ってくれと願いながら息を殺す生徒達を他所にすぐ近くで足音が止まる。この隠れ家の近くを中心にフロア全体を探索すると言う様な会話も聞こえて来る。

すぐ近くに恐ろしい敵が待ち伏せしている。ここは逃げ場のない小部屋。見つかったら死を意味する。その事実が彼らの神経を更に擦り減らす。
時折り、「まだ見つからないのか!?」と言う叫びと共に、壁に衝撃音が響くことで、野村の作った壁を中々見つからないことに苛立って殴っているのだろうが理解出来る。
崩れないでくれ、早くどこかへ行ってくれと言う願いを抱きながら彼等は恐怖に震えるのだった。
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