ウルの街防衛戦

自分達の群れのリーダーが既に存在していないことに気がつくと、しばらくの硬直の後、一体、また一体と後退りし、遂には踵を返して京矢とハジメを迂回しながら北を目指して必死の逃亡を図り始めた。

魔物の群れという名の水流は、まるで川中の岩と同じように二人を避けて左右に分かれながら逃亡していく。
その様子を、ギャレンの仮面の奥で鋭い眼で確認していたハジメは、どさくさに紛れて、おそらく最後の一頭と思われる黒い四目狼にまたがり逃亡を計る幸利の姿を発見した。

ハジメは、膝立ちになりギャレンラウザーを両手でしっかり構えると、連続して引き金を引く。
絶妙なタイムラグをもって宙を駆けた弾丸は、不穏な気配を感じたのかチラリと振り返った黒い四目狼の〝先読〟により一撃目を避けられたものの、二撃目でその大腿部を撃ち抜き地に倒れさせた。その衝撃で幸利も吹き飛ぶ。身体スペックは高いので、体を強かに打ち付けつつも直ぐさま起き上がり、黒い四目狼に駆け寄って何か喚きながら、その頭部を蹴りつけ始めた。

おそらく、さっさと立てとか何とかそんな感じのことを喚いているのだろう。見るからにヒステリックな感じである。しまいには、暗示か何かで無理やり動かそうというのか、横たわる黒い四目狼の頭部に手をかざしながら詠唱を始めた。


『ファイア』『バレット』
『ファイアバレット』


ハジメは、その様子をみながら、問答無用でファイアバレットをぶっ放し、黒い四目狼に止めを刺す。
余波で再び吹き飛んだ幸利は、わたわたと手足を動かしながら、今度は自力で逃げようというのか魔物達と同じく北に向けて走り始めた。

だが、それを見越していた京矢がブルースペイダーに乗って加速し、瞬く間に清水に追いつく。
後ろからキィイイイ! という耳慣れぬ音に振り返った幸利が、異世界に存在しないはずのバイクを見てギョッとした表情をしつつ必死に手足を動かして逃げる。

「何だよ! 何なんだよ! ありえないだろ! 本当なら、俺が勇者グペッ!?」

「取り敢えず、その辺で黙っとけ」

悪態を付きながら必死に走る幸利の後頭部を、二輪の勢いそのまま軽く殴りつける京矢。ブレイドのライダーシステムまで使ってバイクの加速付きで全力で殴ったら普通に死ぬだろうし、そこは加減した。
それでも殴られた勢いで幸利は、顔面から地面にダイブし、シャチホコのような姿勢で数メートルほど地を滑って停止した。

「さて、先生はどうする気だろうな? こいつの事も……場合によっては俺達の事も……」

「さあな。まっ、こいつの事は約束通り先生に任せるけど、オレらの事はな……」

京矢とハジメはそんな事を話しながら逃げられない様に幸利にワイヤーを括り付けると、そのまま町へと踵を返した。
荒れ果てた大地の砂埃と魔物が撒き散らした血肉に塗れながら二人の|特撮ヒーロー《仮面ライダー》に引きずられる幸利の姿は……正しく捕らえられた悪の組織の一員と言った有様だった。…………其処で戦闘員と言わないのは最後の情けである。

















さて、清水幸利にとって、異世界召喚とは、まさに憧れであり夢であった。
ありえないと分かっていながら、その手の本、Web小説を読んでは夢想する毎日。夢の中で、何度世界を救い、ヒロインの女の子達とハッピーエンドを迎えたかわからない。それをリアルで四度も成し遂げた京矢に言わせれば、『想像の中だけで済ませとけ』と吐き捨てるところだろう。力が有っても祝福の風は救えなかった。エメロード姫を光達に殺させてしまった。良かったと言える結末を迎えたとしても、其処に後悔が無い戦いなど一つも無かった。

清水幸利は真性のオタクである。但し、その事実を知る者は、クラスメイトの中にはいない。
それは、幸利自身が徹底的に隠したからだ。理由は、言わずもがなだろう。ハジメに対する京矢以外のクラスメイトの言動を間近で見て、なお、オタクであることをオープンにできるような者はそうはいない。

クラスでの幸利は、彼のよく知る言葉で表すなら、まさにモブだ。
ハジメにとっての京矢の様に特別親しい友人もおらず、いつも自分の席で大人しく本を読む。話しかけられれば、モソモソと最低限の受け答えはするが自分から話すことはない。
元々、性格的に控えめで大人しく、それが原因なのか中学時代はイジメに遭っていた。当然の流れか登校拒否となり自室に引きこもる毎日で、時間を潰すために本やゲームなど創作物の類に手を出すのは必然の流れだった。親はずっと心配していたが、日々、オタクグッズで埋め尽くされていく部屋に、兄や弟は煩わしかったようで、それを態度や言葉で表すようになると、幸利自身、家の居心地が悪くなり居場所というものを失いつつあった。
鬱屈した環境は、表には出さないが内心では他者を扱き下ろすという陰湿さを幸利にもたらした。そして、ますます、創作物や妄想に傾倒していった。

そんな幸利であるから、異世界召喚の事実を理解したときの脳内は、まさに「キターー!!」という状態だった。
愛子がイシュタルに猛然と抗議している時も、光輝が人間族の勝利と元の世界への帰還を決意し息巻いている時も、京矢がそんな彼らに冷水を浴びせてる時も、檜山が京矢と光輝が軽く触っただけで痛みで転げ回ってる時も、幸利の頭の中は、何度も妄想した異世界で華々しく活躍する自分の姿一色だ。
ありえないと思っていた妄想が現実化したことに舞い上がって、異世界召喚の後に主人公を理不尽が襲うパターンは頭から追いやられている。

そして実際、幸利が期待したものと、現実の異世界ライフには齟齬が生じていた。
まず、幸利は確かにチート的なスペックを秘めていたが、それは他のクラスメイトも同じであり、更に、〝勇者〟は自分ではなく光輝であること、その勇者を越える絶対的な強者として京矢が存在している事。
その為か、自分は〝その他大勢の一人〟に過ぎなかった事だ。これでは、日本にいた時と何も変わらない。
念願が叶ったにもかかわらず、望んだ通りではない現実に陰湿さを増す幸利は、内心で不満を募らせていった。

都合の悪いことは全て他者のせい、自分だけは特別という自己中心的な考えが幸利の心を蝕んでいった。

そんな折だ。あの【オルクス大迷宮】への実戦訓練が催されたのは。幸利は、チャンスだと思った。
誰も気にしない。居ても居なくても同じ。そんな背景のような扱いをしてきたクラスメイト達も、遂には自分の有能さに気がつくだろうと、そんな何処までもご都合主義な幸利は……しかし、ようやく気がつくことになる。


自分が決して特別な存在などではなく、ましてご都合主義な展開などもなく、ふと気を抜けば次の瞬間には確かに〝死ぬ〟存在なのだと。


トラウムソルジャーに殺されかけて、遠くでより凶悪な怪物を特撮ヒーローの様な鎧姿に変わり一太刀で断ち切る|剣聖《最強》とそれを見事にサポートする|錬成師《最弱》を見て、抱いていた異世界への幻想がガラガラと音を立てて崩れた。

そして、奈落へと落ちて〝死んだ〟クラスメイト達、しかもあの化物を簡単に殺した最強が死ぬ瞬間を目の当たりにし、心が折れた。
それは京矢の想定していた事だったが、自分に都合のいい解釈ばかりして、他者を内心で下に見ることで保ってきた心の耐久度は当然の如く強くはなかったのだ。

幸利は、王宮に戻ると再び自室に引き篭ることになった。
だが、日本の部屋のように幸利の心を慰めてくれる創作物は、ここにはない。当然の流れとして、幸利は自分の天職〝闇術師〟に関する技能・魔法に関する本を読んで過ごすことになった。

闇系統の魔法は、相手の精神や意識に作用する系統の魔法で、実戦などでは基本的に対象にバッドステータスを与える魔法と認識されている。幸利の適性もそういったところにあり、相手の認識をズラしたり、幻覚を見せたり、魔法へのイメージ補完に干渉して行使しにくくしたり、更に極めれば、思い込みだけで身体に障害を発生させたりということができる。

そして、浮かれた気分などすっかり吹き飛んだ陰鬱な心で読んだ本から、幸利は、ふとあることを思いついた。
闇系統魔法は、極めれば対象を洗脳支配できるのではないか?
というものだ。幸利は興奮した。自分の考えが正しければ、誰でも好きなように出来るのだ。そう、好きなように。幸利の心に暗く澱んだものがはびこる。その日から一心不乱に修練に励んだ。

しかし、そう簡単に行く訳もなかった。まず、人のように強い自我のある者には、十数時間という長時間に渡って術を施し続けなければ到底洗脳支配など出来ない。当然、無抵抗の場合の話だ。
流石に、術をかけられて反応しないものなど普通はいない。それこそ強制的手段で眠らせるか何かする必要がある。人間相手に、隠れて洗脳支配するのは環境的にも時間的にも厳しく、ばれた時のことを考えると非常にリスクが高いと幸利は断念せざるを得なかった。

肩を落とす幸利だったが、ふと召喚の原因である魔人族による魔物の使役を思い出す。
人とは比べるべくもなく本能的で自我の薄い魔物ならば洗脳支配できるのではないか。幸利は、それを確かめるために夜な夜な王都外に出て雑魚魔物相手に実験を繰り返した。
その結果、人に比べて遥かに容易に洗脳支配できることが実証できた。もっとも、それは既に闇系統魔法に極めて高い才能を持っていたチートの一人である幸利だから出来た事だ。
以前、イシュタルの言ったように、この世界の者では長い時間をかけてせいぜい一、二匹程度を操るのが限度である。
京矢が聞いたら寧ろ褒めていた所だろう。個人で軍を得られる、その力は勇者なんかよりもよっぽど凄いと。それが彼にとっての不幸だ。

王都近郊での実験を終えた幸利は、どうせ支配下に置くなら強い魔物がいいと考えた。ただ、光輝達について迷宮の最前線に行くのは気が引けた。
そして、どうすべきかと悩んでいたとき、愛子の護衛隊の話を耳にしたのだ。それに付いて行き遠出をすれば、ちょうどいい魔物とも遭遇出来るだろうと考えて。

結果、愛子達とウルの町に来ることになり、北の山脈地帯というちょうどいい魔物達がいる場所で配下の魔物を集めるため姿を眩ませたのだ。
次に再会した時は、誰もが自分のなした偉業に畏怖と尊敬の念を抱いて、特別扱いすることを夢想して。

***

本来なら、僅か二週間と少しという短い期間では、いくら幸利が闇系統に特化した天才でも、そして群れのリーダーだけを洗脳するという効率的な方法をとったとしても精々千に届くか否かという群れを従えるので限界だっただろう。
それも、おそらく二つ目の山脈にいるブルタールレベルを従えるのが精々だ。それでも、千を超える兵を自由に動かせるのだ、個人が持つ兵力としては十分過ぎる。

だが、ここでとある存在の助力と、風魔とダークゴーストに与えられた力、偶然支配できたティオの存在が、効率的に四つ目の山脈の魔物まで従える力を幸利に与えた。
と、同時に、そのとある存在との契約と日々増強していく魔物の軍勢、与えられた力に、清水の心のタガは完全に外れてしまった。
そして遂に、やはり自分は特別だったと悦に浸りながら、満を持して大群を町に差し向けたのだった。



そして、その結果は……



見るも無残な姿に成り果てて、愛子達の前に跪かされるというものだった。
敗残兵の様な姿になっている理由は、ハジメと京矢に魔物の血肉や土埃の舞う大地を足を持って引き摺られて来たからである。

白目を向いて意識を喪失している幸利が、なお、頭をゴンゴンと地面に打ちつけながら眼前に連れて来られたのを見て、愛子達の表情が引き攣っていたのは仕方がないことだろう。

ちなみに、場所は町外れに移しており、この場にいるのは、愛子と生徒達の他、護衛隊の騎士達と町の重鎮達が幾人か、それにウィルと京矢達だけである。
流石に、町中に今回の襲撃の首謀者を連れて行っては、騒ぎが大きくなり過ぎるだろうし、そうなれば対話も難しいだろうという理由だ。町の残った重鎮達が、現在、事後処理に東奔西走している。

未だ白目を向いて倒れている幸利に、愛子が歩み寄った。黒いローブを着ている姿が、そして何より戦場から直接連行して来られたという事実が、動かぬ証拠として彼を襲撃の犯人だと示している。
信じたくなかった事実に、愛子は悲しそうに表情を歪めつつ、幸利の目を覚まそうと揺り動かした。

デビッド達が、それは危険だと止めようとするが愛子は首を振って拒否する。拘束も同様だ。それでは、きちんと幸利と対話できないからと。愛子はあくまで先生と生徒として幸利と話をするつもりなのだろう。

やがて、愛子の呼びかけに幸利の意識が覚醒し始めた。ボーっとした目で周囲を見渡し、自分の置かれている状況を理解したのか、ハッとなって上体を起こす。
咄嗟に、距離を取ろうして立ち上がりかけたのだが、まだ京矢に殴られた後頭部へのダメージが残っているのか、ふらついて尻餅をつき、そのままズリズリと後退りした。
警戒心と卑屈さ、苛立ちがない交ぜになった表情で、目をギョロギョロと動かしていると、彼の視界に白刃が飛び込んできた。

「ひっ!?」

「逃げんなよ。流石に先生の前で、お前を切りたくは無いんでな」

幸利の首筋に鞘に収められたままの斬鉄剣が添えられる。
この状況で何を出来るか分からないが、京矢もハジメも変身は解除しているのだが、なおも警戒してバックルはつけている。

「鳳凰寺君、やめて下さい。脅かさないでいてあげて下さい」

「分かったよ、先生」

愛子からの言葉に従って斬鉄剣を首筋から離して、幸利から離れて行く。

「清水君、落ち着いて下さい。誰もあなたに危害を加えるつもりはありません……先生は、清水君とお話がしたいのです。どうして、こんなことをしたのか……どんな事でも構いません。先生に、清水君の気持ちを聞かせてくれませんか?」

膝立ちで幸利に視線を合わせる愛子に、幸利のギョロ目が動きを止める。そして、視線を逸らして顔を俯かせるとボソボソと聞き取りにくい声で話……というより悪態をつき始めた。

「なぜ? そんな事もわかんないのかよ。だから、どいつもこいつも無能だっつうんだよ。馬鹿にしやがって……勇者、勇者、剣聖、剣聖うるさいんだよ。俺の方がずっと上手く出来るのに……気付きもしないで、モブ扱いしやがって……ホント、馬鹿ばっかりだ……だから俺の価値を示してやろうと思っただけだろうが……」

「てめぇ……自分の立場わかってんのかよ! 危うく、町がめちゃくちゃになるところだったんだぞ!」

「そうよ! 馬鹿なのはアンタの方でしょ!」

「愛ちゃん先生がどんだけ心配してたと思ってるのよ!」

「まっ、あの国の貴族やらオウサマやらがバカってのには同意するがな」

反省どころか、周囲への罵倒と不満を口にする幸利に、玉井や園部など生徒達が憤りをあらわにして次々と反論する中、京矢だけがサラリとため息混じりで王国側へと毒を吐く。
その生徒達の勢いに押されたのか、ますます顔を俯かせ、だんまりを決め込む幸利。

愛子は、そんな幸利が気に食わないのか更にヒートアップする生徒達を抑えると、なるべく声に温かみが宿るように意識しながら清水に質問する。

「そう、沢山不満があったのですね……でも、清水君。みんなを見返そうというのなら、なおさら、先生にはわかりません。どうして、町を襲おうとしたのですか? もし、あのまま町が襲われて……多くの人々が亡くなっていたら……多くの魔物を従えるだけならともかく、それでは君の〝価値〟を示せません」

愛子のもっともな質問に、幸利は少し顔を上げると薄汚れて垂れ下がった前髪の隙間から陰鬱で暗く澱んだ瞳を愛子に向け、薄らと笑みを浮かべた。
そして、これは好機だと思った。コイツらはまだ自分に与えられた、本当の勇者の力のことは知らないのだ、と。先ずはチャンスを得る為に時間を稼ぐ為会話を続ける。

「……示せるさ……魔人族になら」

「なっ!?」

幸利の口から飛び出したまさかの言葉に愛子のみならず、京矢達を除いた、その場の全員が驚愕を表にする。幸利は、その様子に満足気な表情となり、聞き取りにくさは相変わらずだが、先程までよりは力の篭った声で話し始めた。

「魔物を捕まえに、一人で北の山脈地帯に行ったんだ。その時、俺は一人の魔人族と出会った。最初は、もちろん警戒したけどな……その魔人族は、俺との話しを望んだ。そして、わかってくれたのさ。俺の本当の価値ってやつを。だから俺は、そいつと……魔人族側と契約したんだよ」

「契約……ですか? それは、どのような?」

戦争の相手である魔人族とつながっていたという事実に愛子は動揺しながらも、きっとその魔人族が自分の生徒を誑かしたのだとフツフツと湧き上がる怒りを抑えながら聞き返す。
だが、それでも幸利は風魔とダークゴーストの事は口には出さない。自分に与えられた真の勇者の力の事を、自分に力を与えて導いてくれる仲間と、勇者である自分を支えてくれるヒロインの事を教えてなどやるものか、と。

そんな愛子に、目の前に転がってきてくれたチャンスを前に、ニヤニヤしながら幸利が衝撃の言葉を口にする。

「……畑山先生……あんたを殺す事だよ」

獲物が自分から近くに来てくれたのだ。これを喜ばずに居られる訳がない。

「……え?」

愛子は、一瞬何を言われたのかわからなかったようで思わず間抜けな声を漏らした。
周囲の者達も同様で、一瞬ポカンとするものの、愛子よりは早く意味を理解し、激しい怒りを瞳に宿して幸利を睨みつけた。

幸利は、己の力故か、生徒達や護衛隊の騎士達のあまりに強烈な怒りが宿った眼光に射抜かれても尚もニヤニヤと、嘲笑いながら話を続けた。

新しいチートを持った自分以下の騎士など怖くもない。自分の新しい力が有れば護衛隊など敵では無い。格下から向けられる怒りの感情の心地よさにニヤケが止まらない。

「何だよ、その間抜面。自分が魔人族から目を付けられていないとでも思ったのか? ある意味、勇者より厄介な存在を魔人族が放っておくわけないだろ……〝豊穣の女神〟……あんたを町の住人ごと殺せば、俺は、魔人族側の〝勇者〟として招かれる。そういう契約だった。俺の能力は素晴らしいってさ。天之河の下で燻っているのは勿体無いってさ。やっぱり、分かるやつには分かるんだよ。実際、超強い魔物も貸してくれたし、それで、想像以上の軍勢も作れたし……だから、だから絶対、あんたを殺せると思ったのに! 何だよ! 何なんだよっ! 何で、六万の軍勢が負けるんだよ! 何で異世界に特撮ヒーローみたいなのが出てくるんだよ!? お前は、お前達は一体何なんだよっ!」

最初は嘲笑するように、生徒から放たれた〝殺す〟という言葉に呆然とする愛子を見ていた幸利だったが、話している内に興奮してきたのか、京矢の隣にいるハジメの方に視線を転じ喚き立て始めた。
その眼は、思い通りにいかない現実への苛立ちと、邪魔したハジメや京矢達への憎しみ、そして、自分の特別性が奪われた事への苛立ち等がない交ぜになってドロドロとヘドロのように濁っており狂気を宿していた。

どうやら、幸利は目の前の白髪眼帯の少年をクラスメイトの南雲ハジメだとは気がついていないらしい。
尚、もう、彼の中でも、京矢については京矢なら仕方ないかと諦めの境地に有るらしい。
元々、ハジメとは話したこともない関係なので仕方ないと言えば仕方ないが……

幸利は、今にも襲いかからんばかりの形相でハジメを睨み罵倒を続けるが、突然矛先を向けられたハジメはと言うと、幸利の罵倒の中に入っていた「厨二キャラのくせに」という言葉と、その言葉に爆笑している京矢に、結構深いダメージをくらい現実逃避気味に遠くを見る目をしていたので、その態度が「俺、お前とか眼中にないし」という態度に見えてしまい、更に幸利を激高させる原因になっていた。

ハジメの心情を察して、後ろから背中をポンポンしてくれているユエの優しさがまた泣けてくる。

シリアスな空気を無視して自分の世界に入っているハジメと、爆笑する京矢のおかげ? で、衝撃から我を取り戻す時間が与えられた愛子は、一つ深呼吸をすると激昂しながらもその場を動かない幸利の片手を握り、静かに語りかけた。

「清水君。落ち着いて下さい」

「な、なんだよっ!」

突然触れられたことにビクッとして、咄嗟に振り払おうとする幸利だったが、愛子は決して離さないと云わんばかりに更に力を込めてギュッと握り締める。
それでも、もう最大のチャンスが来てくれたのだ。振り払えなくて良かったと思った。後は、自分の力を使うだけだ。
それでも、愛子の真剣な眼差しと視線を合わせることが出来ないのか、再び俯き、前髪で表情を隠した。

「清水君……君の気持ちはよく分かりました。〝特別〟でありたい。そう思う君の気持ちは間違ってなどいません。人として自然な望みです。そして、君ならきっと〝特別〟になれます。だって、方法は間違えたけれど、これだけの事が実際にできるのですから……でも、魔人族側には行ってはいけません。君の話してくれたその魔人族の方は、そんな君の思いを利用したのです。そんな人に、先生は、大事な生徒を預けるつもりは一切ありません……清水君。もう一度やり直しましょう? みんなには戦って欲しくはありませんが、清水君が望むなら、先生は応援します。君なら絶対、天之河君達とも肩を並べて戦えます。そして、いつか、みんなで日本に帰る方法を見つけ出して、一緒に帰りましょう?」

幸利は、愛子の話しを黙って聞きながら、何時しか肩を震わせていた。
生徒達も護衛隊の騎士達も、幸利が愛子の言葉に心を震わせ泣いているのだと思った。実は、クラス一涙脆いと評判の園部優花が、既に涙ぐんで二人の様子を見つめている。

が、そんなに簡単に行くほど甘くはなかった。
肩を震わせ項垂れる幸利の頭を優しい表情で撫でようと身を乗り出した愛子に対して、幸利は突然、笑いながら握られていた手を逆に握り返しグッと引き寄せ、愛子の首に腕を回してキツく締め上げたのだ。
思わず呻き声を上げる愛子を後ろから羽交い絞めにする。

「あははは! 肩を並べる? 何言ってんだよ、何で俺を、天之河みたいな雑魚と、同列に扱ってんだよぉ!?」


何処からか何かのスイッチが入る音が響く。


『……シン』


その瞬間、清水の体が異形の怪物に変わり、全身を洗礼された特撮ヒーローの様な装甲が包む。
禍々しい邪悪な本性を外面だけ美しい物で取り繕うかの様に。
最後に頭を覆うバイザーに生々しい本体の視線が金色に輝いて映ると胸に1992と言う数字と真という文字が現れる。

「オレは天之河よりも、鳳凰寺よりも強いんだよおおおおおおお!!!」

アナザーシンと言う|アナザーライダー《怪人》に姿を変えた幸利は叫びを上げる。

***

「1992?」

「真?」

胸に刻まれた数字と文字。それは京矢がガチャで手に入れた仮面ライダーシリーズのDVDで出てきた怪人の特徴と合致する。

「おい、あいつ……」

「アナザーライダーに似ている」

残念ながら昭和ライダーのDVDはガチャで手に入れていないのでハジメの知識にはディケイドの映画での出番でしか無いが、京矢には真と言う名前に心当たりはある。

仮面ライダーシン。1992年に放映された映画の主人公の変身する仮面ライダーだ。
数ある仮面ライダー達の中でも異形のその姿は主役ライダー同士で並んだら、知らない者にも忘れられないインパクトがあるだろう。

目の前の相手はシンを思わせる緑の体色と、頭部から伸びる触覚を思わせるアンテナ程度しか仮面ライダーシンの姿の面影はない。だが、何処かメカニカルながらもアナザーシンの姿はシンを思わせる。

「元が元だけに、ヒーローっぽい姿だな」

「動くなぁ! ぶっ殺すぞぉ!」

裏返ったヒステリックな声でそう叫ぶ幸利改めアナザーシン。
バイザーと金属の装甲に包まれたその表情は読み取れないが、眼は京矢とハジメに向けていた時と同じ狂気を宿している。

「…………」

「…………」

「特撮ヒーローみたいな姿になってやる言動か?」

「特撮の怪人でも、人質取ってあんな余裕ない声でしないだろ?」

ってか、下手したら戦闘員でもそんな三下なチンピラの台詞は吐かない。人質とっても動くなと余裕ある様子で宣言する。
もはや焦ってヒステリックに叫んでるその姿はヒーロー然とした姿が泣くレベルで情け無い。

だが当然ながら、アナザーシンの力は人間を遥かに凌駕している。愛子が苦しそうに自分の喉に食い込むアナザーシンの腕を掴んでいるが彼女の力では引き離せないようだ。
周囲の者達が、アナザーシンの警告を受けて飛び出しそうな体を必死に押し止める。アナザーシンの様子から、やると言ったら本気で殺るということが分かったからだ。
みな、口々に心配そうな、悔しそうな声音で愛子の名を呼び、アナザーシンを罵倒する。

事前に京矢とハジメによる仮面ライダーへの変身等と言うものを見せた事が原因なのか、アナザーシンを見たクラスメイト達には意外と動揺は無い。
此れは、怪人とヒーローと言う違いこそあるが、そこはアナザーシンの外見が良い方に絡んでくれたと言う事だろうか。

「いいかぁ、今のオレは人の首をねじ切る事なんで簡単なんだよ! わかったら、全員、武器を捨てて手を上げろ!」

アナザーシンの狂気を宿した言葉に、周囲の者達が顔を青ざめさせる。
完全に動きを止めた生徒達や護衛隊の騎士達にニヤニヤと笑っているのだろうアナザーシンは、その視線を京矢とハジメに向ける。

「ってか、ヒステリックに叫びすぎだろ? 怪人でもそんな三下は居ないだろうが」

「全くだな」

そんなアナザーシンの様子を、我関せずと冷めた目で見て酷評している京矢とハジメの図。

「おい、お前等、鳳凰寺と厨二野郎、お前等だ! 後ろじゃねぇよ! 厨二野郎はお前だっつってんだろっ! 馬鹿にしやがって、クソが! これ以上ふざけた態度とる気なら、マジで殺すからなっ! わかったら、そのベルトを寄越せ! それと他の兵器もだ!」

アナザーシンの余りに酷い呼び掛けに、つい後ろを振り返って「自分じゃない」アピールをしてみるが無駄に終わり、嫌そうな顔をするハジメと、その呼び掛けに爆笑しそうになっている京矢。
緊迫した状況にもかかわらず、全く変わらない態度で平然としていることに、またもや馬鹿にされたと思いアナザーシンは癇癪を起こす。そして、ヒステリックに、二人の持つライダーシステムと重火器を渡せと要求した。

「え? ヤダけど」

「バカだろ、お前? 渡すわけねーだろ?」

二人の言葉にアナザーシンも含めて全員が「え?」と言った様子でフリーズする。

「お前、自分で言ってただろ? どっちにしたって、お前は先生を殺さなきゃ目的は達成出来ないだろうが」

「うるさい、うるさい、うるさい! いいから黙って全部渡しやがれ! お前らみたいな馬鹿どもは俺の言うこと聞いてればいいんだよぉ!」

「お前がうるさい3連発しても気色悪いだけだからやめろ。大体バカはお前だ。根本的に人質を間違えてるぜ」

ゆっくりと言葉を続けながら京矢はアナザーシンに近づいて行く。

「一つはターゲットを人質に選んだ事。自分を守る盾にしたつもりだろうが、殺した瞬間お前は自分を守る盾が無くなる」

「うるさい!」

「人質に取るなら他の生徒の誰かを選ぶべきだったな。そうして、先生に武器を持ってこいとでも要求すれば人質と標的を同時に確保出来た」

「うるさい! うるさい!」

「こっちは愛子先生と押し問答する羽目になったんだ。そっちの方が面倒だ」

「黙れ! 黙れ! 黙れぇ!」

ヒステリックに騒ぐアナザーシンを他所に、ゆっくりと腰の斬鉄剣へと手を伸ばして行く京矢。

「そして、一番の悪手は……」

「聞こえねぇのか!? 黙れって言ってんだよぉ!?」

アナザーシンが腕を振り上げた瞬間、京矢が居合の要領で斬鉄剣を抜刀する。
護衛の騎士達は何故そんなところでと思うが、クラスメイト達やハジメ達は違う。その距離こそが、京矢の攻撃範囲の中なのだ。

「ガッ!?」

京矢の斬撃の軌跡より放たれた気刃がアナザーシンの顔面を打つ。
幸いにも小さ……小柄な愛子の背丈はアナザーシンよりも低い。だからこそ、頭を狙った方が、その一撃が愛子に当たる可能性が一番低いのだ。
そして、京矢の気刃には並の魔物ならば簡単に頭を斬り飛ばす程の力が有るが、残念ながらアナザーシンには怯ませる程度しか効果はなかった様だ。

京矢の行動に反応してハジメ達が動く前に、

「ッ!? ダメです! 避けて!」

そう叫びながら、シアが一瞬で完了した全力の身体強化で縮地並みの高速移動をし、愛子に飛びかかった。

突然の事態に、体制を崩したアナザーシンが逃げられる前に愛子の頭を叩き潰そうとする。
シアが無理やり愛子を引き剥がし何かから庇うように身を捻ったのと、蒼色の水流が、アナザーシンの胸に、ついさっきまで愛子の頭があった場所をレーザーの如く直撃したのはほぼ同時だった。

シアの方は、愛子を抱きしめ突進の勢いそのままに肩から地面にダイブし地を滑った。もうもうと砂埃を上げながら、ようやく停止したシアは、「うぐっ」と苦しそうな呻き声を上げて横たわったままだ。

「シア!」

突然の事態に誰もが硬直する中、ユエがシアの名を呼びながら全力で駆け寄る。そして、追撃に備えてシアと彼女が抱きしめる愛子を守るように陣取った。

ハジメは、何も言わずとも望んだ通りの行動をしてくれたユエに内心で感謝と称賛を送りながら、ドンナーを両手で構え〝遠見〟で〝破断〟の射線を辿る。
すると、遠くで黒い服を来た耳の尖った男が、大型の鳥のような魔物に乗り込む姿が見えた。

だが、

「テメェかぁ!!!」

ハジメが引き金を引くよりも早く、胸に水流が直撃したが、水流程度では致命傷どころか装甲を傷付ける事すら出来なかったのだろうアナザーシンが、激昂しながら両胸の装甲を展開させる。
其処から出現したレンズのような器官に、光の粒子が集まっていくと其処からレーザーが放出される。

後ろから迫ってくる極光に振り返り驚愕する表情を浮かべる男と、その男の乗る鳥の様な魔物が極光に飲み込まれ跡形も無く消え去って行った。

あまりの光景に膠着する一同を他所にアナザーシンは肩で息をしながら狂った様に笑い始める。
先ほどの攻撃には相当消耗するのだろう、それでも自分の手にした勇者である光輝すら超えた力に歓喜する。

「あははははははははっ! ヤッパリ、凄い力を持つとああ言う輩も出てくるよなぁ!? オレの力に嫉妬してオレを殺そうとする奴とかよぉ!? でもどうだ、この力……天之河なんて雑魚だろう!?」

狂ったように笑うアナザーシンをただ呆然と見つめるしか無いクラスメイト達。

「オレにはオレに力をくれた仲間とヒロインがいるんだ!? 認めてくれる仲間がいるんだよぉ!?」

(力を与えた……仲間?)

そんなアナザーシンの絶叫を疑問に思うが、今はそんな事を考えている場合では無い。
今は力を与えた黒幕よりも、アナザーシン自身をどうにかする必要がある。
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