ウルの街防衛戦

気づかわしげに愛子とベルファストが彼の容態を見ているが、ハジメは手っ取り早く青年の正体を確認したいのでギリギリと力を込めた義手デコピンを眠る青年の額に容赦無くぶち当てた。

ハンドサインでハジメにGOサインを出しつつ、予め魔剣目録の中から出していた天生牙をいつでも出せるような体制でその様子を眺めていた京矢は、エンタープライズへと視線を向け、

(万が一、そいつが死んでた場合は……)

(分かっている。その時は、指揮官のクラスメイトを遠ざけておく)

そんな事をアイコンタクトで確認し合う。

バチコンッ!!

「ぐわっ!!」

そんな音が響くと、デコピンを打ち込まれた事で悲鳴を上げて目を覚まし、額を両手で抑えながらのたうつ青年。どうやら間に合った様だ。
愛子達が、あまりに強力なデコピンと容赦のなさに戦慄の表情を浮かべる。ハジメは、そんな愛子達をスルーして、涙目になっている青年に近づくと端的に名前を確認する。

「お前が、ウィル・クデタか? クデタ伯爵家三男の」

「いっっ、えっ、君達は一体、どうしてここに……」

状況を把握出来ていないようで目を白黒させる青年に、ハジメは再びデコピンの形を作って額にゆっくり照準を定めていく。

「驚く気持ちはわかるけど、先にこっちの質問に答えてもらえるか?」

「先ずはこっちの質問に答えろ。答え以外の言葉を話す度に威力を二割増で上げていくからな」

「えっ、えっ!?」

京矢もハジメの意見に賛成なのか彼の行動を別段止めようとはしていない。
デコピン程度なら問題ないのだし、単なる確認なのだ、相手も黙秘することもないだろう。

「お前は、ウィル・クデタか?」

「えっと、うわっ、はい! そうです! 私がウィル・クデタです! はい!」

一瞬、青年が答えに詰まると、京矢が視線でヤレと合図を出し、それを見たハジメの眼がギラリと剣呑な光を帯び、ぬっと左手が掲げられ、それに慌てた青年が自らの名を名乗った。
どうやら、本当に本人のようだ。奇跡的に生きていたらしい。

「そうか。無事で良かった。オレは鳳凰寺京矢。こいつは……」

「俺はハジメだ。南雲ハジメ。フューレンのギルド支部長イルワ・チャングからの依頼で捜索に来た。(俺達の都合上)生きていてよかった」

「イルワさんが!? そうですか。あの人が……また借りができてしまったようだ……あの、あなたも有難うございます。イルワさんから依頼を受けるなんてよほどの凄腕なのですね」

尊敬を含んだ眼差しと共に礼を言うウィル。先程、有り得ない威力のデコピンを受けたことは気にしていないらしい。
もしかすると、案外大物なのかもしれない。
同じ貴族でも、いつかのブタとは大違いである。京矢からの評価もかなり高い部類に入った瞬間だったりする。
それから、各人の自己紹介と、何があったのかをウィルから聞いた。

要約すると、ウィル達は五日前、ハジメ達と同じ山道に入り五合目の少し上辺りで、突然、十体のブルタールと遭遇したらしい。
流石に、その数のブルタールと遭遇戦は勘弁だと、ウィル達は撤退に移ったらしいのだが、襲い来るブルタールを捌いているうちに数がどんどん増えていき、気がつけば六合目の例の川にいた。
そこで、一行はブルタールの群れに囲まれ、その包囲網を脱出するために、盾役と軽戦士の二人が犠牲になったのだという。それから、追い立てられながら大きな川に出たところで、前方に絶望が現れた。

それは、漆黒の竜だったらしい。その黒竜は、ウィル達が川沿いに出てくるや否や、特大のブレスを吐き、幸か不幸かその攻撃でウィルは吹き飛ばされ川に転落。流されながら見た限りでは、そのブレスで一人が跡形もなく消え去り、残り二人も後門のブルタール、前門の竜に挟撃されていたという。

状況から考えて、残りの2人も生存は絶望的だろう。

「……竜か? 今更ながら、万が一遭遇したら手間だな」

「ああ。流石に先生達がいるとな」

件の漆黒の龍との遭遇戦に対する対策に思考が向かう京矢とハジメ。デカブツ相手ならキシリュウジンやヨクリュウオーで戦いたい所だが、流石に愛子達に、京矢所有の巨大ロボットまで見せられない。
また、地球の神話の伝説でも龍は強大な存在と書かれている。だが、同時に龍殺しの英雄譚も同等の数だけ存在している。その中には当然ながら、龍殺しの聖剣や魔剣も多々存在している。流石に愛子達の前でそう簡単には取り出せないので、後の説明が面倒になってしまうだろう。

そして、川に落ちた事で生き残ったウィルは、流れに流されるまま滝壺に落ち、偶然見つけた洞窟に進み空洞に身を隠していたらしい。

何となく、誰かさんの境遇に少し似ていると思わなくもない。

ウィルは、話している内に、感情が高ぶったようですすり泣きを始めた。
無理を言って同行したのに、冒険者のノウハウを嫌な顔一つせず教えてくれた面倒見のいい先輩冒険者達、そんな彼等の安否を確認することもせず、恐怖に震えてただ助けが来るのを待つことしか出来なかった情けない自分、救助が来たことで仲間が死んだのに安堵している最低な自分、様々な思いが駆け巡り涙となって溢れ出す。

「わ、わだじはさいでいだ。うぅ、みんなじんでしまったのに、何のやぐにもただない、ひっく、わたじだけ生き残っで……それを、ぐす……よろごんでる……わたじはっ!」

洞窟の中にウィルの慟哭が木霊する。
誰も何も言えなかった。顔をぐしゃぐしゃにして、自分を責めるウィルに、どう声をかければいいのか見当がつかなかった。
生徒達は悲痛そうな表情でウィルを見つめ、愛子はウィルの背中を優しくさする。ユエは何時もの無表情、シアは困ったような表情だ。

そんな時、『パァーン!』と言う乾いた音が響いた。
それには歩み寄ろうとしていたハジメも何かを言おうとしていた京矢も呆気に取られる。

「目は覚めましたか? 生きていて嬉しいのは人として当然の感情です」

「だ、だが……私は……」

「彼らの死を無駄にする気ですか? それでは、彼らの命は無駄になってしまいますよ。そうで無いなら、今は貴方自身が彼らの命を無駄にしない為にできる事を考えなさい! その上で彼らの命を背負って生き続けなさい!」

「……生き続ける」

ベルファストだった。そう言葉を告げると一礼してウィルの元を離れていく。彼女の言葉に突然の行動に抗議の声を上げようとした愛子も何も言えなくなる。

「京矢様、ハジメ様、出過ぎた真似をして申し訳ありませんでした」

「いや、気にするな」

ベルファストの謝罪にそう返す京矢。今のウィルに対して必要な言葉だったのは確かだ。
ハジメも自分と少し似た境遇に置かれたウィルが、自らの生を卑下したことが、まるで「お前が生き残ったのは間違いだ」と言われているような気がして、熱くなりそうになった所で毒気が抜かれてしまったのだ。
振り上げそうになった手のやり場は困るが。

もちろん、ハジメのそれは完全なる被害妄想だ。半分以上八つ当たり、子供の癇癪と大差ない。
色々達観したように見えて、ハジメもまだ十七歳の少年で、四度も世界を救うような戦いを経験したわけでは無い。学ぶべきことは多いということだ。
その自覚があるハジメは軽く自己嫌悪に陥る。そんなハジメのもとにトコトコと傍に寄って来たユエは、ギュッとハジメの手を握った。

2人の世界を作り始めたハジメとユエに苦笑しつつ、エンタープライズの意見を聞きつつ今後の活動方針を決める。

「さて、此処は急いで降りた方が良さそうだな」

「ああ。護衛対象がいる以上は無理な行動は避けた方が良いだろう」

ブルタールの群れや漆黒の竜の存在は気になるが、それは京矢達の任務外だ。
冒険者ギルドに報告すれば、適切な対応をしてくれるだろう。最悪は国の軍隊や勇者達でも動かして大規模な当伐になる可能性だってある。王国側も勇者達が育っているのなら、箔付けの為に討伐に動かすかもしれない。だったら、そんな面倒な敵の相手など任せて仕舞えば良いだろう。
少なくとも、戦闘能力が低い上に体力的にも精神的にも弱っている保護対象を連れたまま調査などもってのほかだ。
ウィルも、自身が足手まといになると理解しているようで、撤退の案を了承した。
他の生徒達は、町の人達も困っているから調べるべきではと微妙な正義感からの主張をしたが、京矢の調査したいならお前達だけでやれと言う冷たい言葉と、黒竜やらブルタールの群れという危険性の高さから愛子が頑として調査を認めなかったため、結局、下山することになった。

だが、事はそう簡単には進まない。氷も砕けた事で、ユエの魔法で滝壺から出てきた一行を熱烈に歓迎するものがいたからだ。

「グゥルルルル」

低い唸り声を上げ、漆黒の鱗で全身を覆い、翼をはためかせながら空中より金の眼で睥睨する……それはまさしく〝竜〟だった。

その竜の体長は七メートル程。漆黒の鱗に全身を覆われ、長い前足には五本の鋭い爪がある。背中からは大きな翼が生えており、薄らと輝いて見えることから魔力で纏われているようだ。

空中で翼をはためかせる度に、翼の大きさからは考えられない程の風が渦巻く。
だが、何より印象的なのは、夜闇に浮かぶ月の如き黄金の瞳だろう。爬虫類らしく縦に割れた瞳孔は、剣呑に細められていながら、なお美しさを感じさせる光を放っている。

その黄金の瞳が、空中より京矢達を睥睨していた。低い唸り声が、黒竜の喉から漏れ出している。

その圧倒的な迫力は、かつてライセン大峡谷の谷底で見たハイベリアの比ではない。
ハイベリアも、一般的な認識では、厄介なことこの上ない高レベルの魔物であるが、目の前の黒竜に比べれば、まるで小鳥だ。その偉容は、ヨクリュウオーにこそ劣るが、空の王者というに相応しい。

蛇に睨まれた蛙のごとく、愛子達は硬直してしまっている。特に、ウィルは真っ青な顔でガタガタと震えて今にも崩れ落ちそうだ。脳裏に、襲われた時の事がフラッシュバックしているのだろう。

ハジメも、川に一撃で支流を作ったという黒竜の残した爪痕を見ているので、それなりに強力な魔物だろうとは思っていたが、実際に目の前の黒竜から感じる魔力や威圧感は、想像の三段は上を行くと認識を改めた。
奈落の魔物で言えば、ヒュドラには遠く及ばないが、九十層クラスの魔物と同等の力を持っていると感じるほどだ。

エンタープライズもベルファストも初めて目にする竜と言う存在に息を飲む。

「おー、確かにあれは竜だな」

だが、此処に一人だけ例外が居た。…………京矢である。

一同の視線が普通に竜を眺めている京矢に集まる。

「どうせ、逃しちゃくれそうに無いんだから、さっさと潰して押し通るぞ、南雲」

「あ、ああ」

変わらぬ様子の京矢の言葉にどうリアクションすれば良いのかわからないと言った顔のハジメだが、

「キシリュウジンやヨクリュウオーに比べたら、龍って言っても驚く必要は無いだろ?」

「…………それもそうだな」

流石に何処かで竜には会えるかと思っていたが、こんな異世界で会えると思わなかった巨大ロボット二体に会えたのだ。それに比べたら、ドラゴンは普通なのかもしれないと無理やり納得する。

ぶっちゃけ、改めて見ると竜を見た時よりも、キシリュウジンとヨクリュウオーを初めて見た時の方が驚いた気がするハジメだった。

京矢にしてみれば、目の前の黒龍はまだまだ弱い部類に入るだろう。複製の仮面ライダーBLACKRXやら闇の書の闇やらデボネアやらと比較すると。

「さて、ドラゴン退治でもしていくとするか、南雲」

「乗ったぜ、鳳凰寺」

「おう、目指せ、ドラゴンスレイヤー! 北欧の大英雄みたいにな!」

鎧の魔剣の他にテン・コマンドメンツを抜く。ウィルや生徒達はそんな大剣を二本も出してどうするのかと疑問に思う。

*

そんな彼等の姿を気にも止めず、その黒竜は、ウィルの姿を確認するとギロリとその鋭い視線を向けた。
そして、硬直する人間達を前に、おもむろに頭部を持ち上げ仰け反ると、鋭い牙の並ぶ顎門をガパッと開けてそこに魔力を集束しだした。

キュゥワァアアア!!

不思議な音色が夕焼けに染まり始めた山間に響き渡る。
ハジメの脳裏に、川の一部と冒険者を消し飛ばしたというブレスが過ぎった。

「ッ! 退避し……」

「|封印の剣《ルーン・セイブ》! そして、|鎧化《アムド》!」

ハジメが警告を発するよりも早く、鎧の魔剣を鎧に変化させ、京矢がルーン・セイブを振う。
ハジメの警告に、ウィルとクラスメイト達が反応出来ないであろう可能性を考慮した上での行動だ。

ハジメとユエとシアは反応して退避しているが案の定、ウィルと愛子とクラスメイト達は動けていない。

愛子達は、あまりに突然の事態に体がついてこず、ウィルは恐怖に縛られて視線すら逸らせていなかった。

そんな彼等の前に京矢はルーン・セイブを構えながら立つ。

「はあ!」

直後、竜からレーザーの如き黒色のブレスが一直線に放たれた。
音すら置き去りにして一瞬で京矢の元へと到達したブレスは、轟音と共に衝撃と熱波を撒き散らしながらも、回転させたルーン・セイブによって周囲への余波をも許さず霧散させていく。

剣を回転させたのは下手に斬っても完全に消せるとは限らないし、後ろが無事とは限らないのでこの方法を選択したが、元々バトンの様に回転させる物ではないので、結構負担がある。

「悪いな、オレに魔力攻撃は効かねえぜ」

「凄い……」

封印の剣を盾にブレスを消し去る姿に思わず優花が感嘆の声を上げる。
とは言え一瞬でも動きを緩めたら吹き飛ばされかねないし、そろそろ剣を回転させてる腕が少し疲れてきたので、早く助けて欲しいと、そんな事を考えていると、遂に、待望の声が聞こえた。

「〝禍天〟」

その魔法名が宣言された瞬間、黒竜の頭上に直径四メートル程の黒く渦巻く球体が現れる。
見ているだけで吸い込まれそうな深い闇色のそれは、直後、落下すると押し潰すように黒竜を地面に叩きつけた。

「グゥルァアアア!?」

豪音と共に地べたに這い蹲らされた黒竜は、衝撃に悲鳴を上げながらブレスを中断する。しかし、渦巻く球体は、それだけでは足りないとでも言うように、なお消えることなく、黒竜に凄絶な圧力をかけ地面に陥没させていく。

 〝禍天〟

それはユエの重力魔法だ。渦巻く重力球を作り出し、消費魔力に比例した超重力を以て対象を押し潰す。重力方向を変更することにも使える便利な魔法だ。

重力魔法は、自らにかける場合はさほど消費の激しいものではない。しかし、物、空間、他人にかける場合や重力球自体を攻撃手段とする場合は、今のところ、ユエでも最低でも十秒の準備時間と多大な魔力が必要になる。
ユエ自身、まだ完全にマスターしたわけではないので、鍛錬していくことで発動時間や魔力消費を効率よくしていくことが出来るだろう。

「あー、助かった……」

「嘘つけ、絶対にまだ余裕あっただろう?」

「いや、オレはともかく、後ろの連中はな」

横に立ったハジメの言葉に軽口でそう返す。ベルファストとエンタープライズに後ろの連中を拾って逃げてもらう前にユエの魔法が間に合ったのは助かった。

地面に磔にされたトータスの現空の王者は、苦しげに四肢を踏ん張り何とか襲いかかる圧力から逃れようとしている。が、直後、天からウサミミなびかせて「止めですぅ~!」と雄叫び上げるシアがドリュッケンと共に降ってきた。
激発を利用し更に加速しながら大槌を振りかぶり、黒竜の頭部を狙って大上段に振り下ろす。

ドォガァアアア!!!

その衝撃は、今までの比ではない。インパクトの瞬間、轟音と共に地面が放射状に弾け飛び、爆撃でも受けたようにクレーターが出来上がる。
それは、ハジメがドリュッケンに施した改造のせいだ。主材である圧縮されたアザンチウムに重力魔法を付与してある。ただし、無人偵察機のように重力を〝中和〟するものではなく、逆に〝加重〟する性質の鉱石だ。注いだ魔力に合わせて重量を増していく。今のドリュッケンは、まさしく○○トンハンマー! といった漫画のような性能なのだ。

「ベルファスト、エンタープライズ! そいつら頼んだ!」

先ほどのお返しとばかりに|音速の剣《ファルシオン》に変え高速で走りながら、地面を蹴って上空に舞い上がる。

「速・重連係」

黒竜の真上で振り上げた所で、ファルシオンから|重力の剣《グラビティ・コア》へと変える。

「グラビティ・ミーティア!」

自身の斬撃と十形態最重量のグラビティ・コアの重さを活かした落下速度を加えた一撃を叩き込む。

「グルァアア!!」

「チィッ!」

竜特有の直撃の瞬間、竜特有の膂力でシアと京矢の重量級の連続攻撃を尽く何とか回避したらしい。

黒竜の咆哮と共に火炎弾が豪速でユエに迫った。
ユエは、咄嗟に右に〝落ちる〟事で緊急回避する。だが、代わりに重力球の魔法が解けてしまった。

黒竜は、拘束のなくなった体を鬱憤を晴らすように高速で一回転させドリュッケンを引き抜いたばかりのシアに大質量の尾を叩きつけようとするが、再度ファルシオンへと変化させた京矢がシアを掴んで回避する。

流石にマッハは出せない上に重量級の武器のドリュッケンまで持ったシアを引っ張っての回避だが、なんとか逃げ切れた。

黒竜は、一回転の勢いのまま体勢を戻すと、黄金の瞳でギラリとハジメを……素通りして背後のウィルを睨みつけた。
ハジメは、直ぐさまドンナー・シュラークを抜きざまに発砲する。轟音と共に幾条もの閃光が空を切り裂いて黒竜を襲った。
回避など出来ようはずもない破壊の嵐の直撃を受けた黒竜はその場から吹き飛ばされ、地響きを立てながら後方の川へと叩きつけられ、盛大に水しぶきが上がった。

「へっ、流石そう簡単には行かねえか」

シアを引っ張って逃れてきた京矢の声が聞こえて来る。

「そうだな」

そんな京矢の言葉に軽く返すと、ハジメは、射線上にウィルがいるのはマズイと、自ら黒竜に突貫する。その意図を理解した京矢もファルシオンによる高速移動を利用して反対側から黒竜に迫る。

手元でドンナー・シュラークをガンスピンさせ空中リロードをしながら、再度連射し追い討ちをかけるハジメと、|真空の剣《メル・フォース》に変化させ真空の刃を放つ京矢。
しかし、黒竜は、川の水を吹き散らしながら咆哮と共に起き上がると、何と、ハジメと京矢を無視してウィルに向けて火炎弾を撃ち放とうとする。

「チッ! |爆発の《エクス》……」

無視しているのならばと黒竜の顔に近づき、

「|剣《プロージョン》!」

爆発の剣『エクスプロージョン』をその横面に叩きつけ、火炎弾の軌道を発射前に無理やり変化させる。

ウィルが狙われないように、敢えて接近し怒涛の攻撃をして注意を引こうとしたのに、黒竜は、そんな思惑など知ったことではないと言わんばかりにウィルを狙い撃ちにする姿に妙な違和感を覚える京矢。

明後日の方向に飛んだ火炎弾の爆発に「ひっ!」と情けない悲鳴を上げながら身を竦めるウィル。
と、その時、生徒達が怒涛の展開にようやく我を取り戻したのか魔法の詠唱を始めた。加勢しようというのだろう。早々に発動した炎弾や風刃は弧を描いて黒竜に殺到する。

だが……

「ゴォアアア!!」

生徒達の攻撃は竜の咆哮による衝撃だけであっさり吹き散らされてしまった。
しかも、その咆哮の凄まじさと黄金の瞳に睨まれて、ウィル同様に「ひっ」と悲鳴を漏らして後退りし、女子生徒達に至っては尻餅までついている。

「エンタープライズ、ベルファスト! そいつらを連れて離れていてくれ!」

完全に彼らが戦力外だと判断した京矢は、エンタープライズとベルファストに彼等をこの場所から離すよう声を張り上げた。
逡巡する愛子。ハジメも京矢も愛子の教え子である以上、強力な魔物を前に置いていっていいものかと、教師であろうとするが故の迷いを生じさせる。

「何をしている、早く離れるぞ」

「で、ですが……」

「京矢様達の足を引っ張る気ですか? この場で貴女達にできる事は無いんですよ?」

逃げる様に促すエンタープライズとベルファストだが、その間に、周囲の川の水を吹き飛ばしながら黒竜は翼をはためかせて上空に上がろうとした。
しかも、ご丁寧にウィルに向けて火炎弾を連射しながら。

「ユエ!」

「んっ〝波城〟」

身を竦めるウィルの前に、ハジメの指示でユエの作った高密度の水の壁が出来上がる。飛来した火炎弾はユエの構築した城壁の如き水の壁に阻まれて霧散した。

ハジメも先程からレールガンを連射しているのだが、一向に注意を引けない。黒竜の竜鱗は、レールガンの直撃を受けても表面を薄く砕く程度の効果しかないようだ。

黒竜は執拗にウィルだけを狙っている。まるで、何かに操られてでもいるように。命令に忠実に従うロボットのようである。
先程の重力による拘束のようにウィルの殺害を直接、邪魔するようなものでない限り他の一切は眼中にないのだろう。

そこまで執拗にウィルを狙う理由はわからなかったが、目標が定まっているなら好都合だと、ハジメはユエに指示を飛ばした。

「ユエ! ウィルの守りに専念しろ! こいつは俺達がやる!」

「んっ、任せて!」

「なら、南雲。チャンスが有ったらなるべく長く動きを止めてくれ」

「何か手があるのか?」

「丁度いい魔剣が有るのを思い出した」

「丁度いい?」

「……魔剣?」

京矢の言葉に魔剣目録の中身に有るのだろうと考えたハジメとユエだが、京矢の口振りだと使うのにも取り出すのにも時間が掛かるのだろう。

使いやすい剣と違ってあまり使わない剣は京矢にも魔剣目録の中から取り出すのは多少手間がかかる上に、最大限に力を発揮するにも、相応の時間が掛かる。

だが、

「あの黒竜。あいつと北欧の邪竜とどっちが上か、試してやろうじゃねぇか。なあ?」

笑みを浮かべてそう問いかけてくる京矢に、ハジメは彼が使おうとしている剣の正体に見当がついた。

「良し! ユエ、守りは任せた!」


「んっ、任せて!」

ユエは、ハジメの指示を聞くとウィルの方へ〝落ちる〟ことで急速に移動し、その前に立ちはだかった。
チラリと後ろを振り返り、愛子と生徒達を見ると、エンタープライズ、ベルファスト、シアの三人に促されながらも、こういう状況で碌に動けていない事に苛立ちをあらわにしつつ不機嫌そうな声で呟いた。

「……死にたくないなら、私の後ろに」

生徒達に関してはどうでもよかったが、エンタープライズもベルファストもシアは仲間で、愛子に関しては、ハジメもそれなりに気にかけている人物でもあるから一応、死なせないように声を掛けておく。
ついでに、愛子や生徒達に邪魔になるから余計なことはするなと釘を刺すのも忘れない。
逃す事が出来なかったことを謝罪するエンタープライズ達にはそっけない様な態度だが気にするなとも返す。

そんな様子を見て京矢は魔剣目録を取り出す。

「開け、魔剣目録!」

京矢の手の中で開かれた魔剣目録が光を放ち、虚空に凡ゆる言語で書かれた文字が飛び交う中、その中央に京矢は立つ。

虚空を飛び交う光の文字に囲まれる幻想的な光景に思わず息を飲むウィルと愛子とクラスメイト達。

飛び交う文字の読み方は理解できないが、視界に文字の放つ光が飛び込むと同時に京矢の脳に直接剣の名を刻み込む。

「魔剣、聖剣、妖剣、邪剣……お前に相応しい剣は……」

その中の一つに手をかざすと。残された文字が魔剣目録の中に消え、魔剣目録の文字が一振りの剣へと変わる。

「こいつだ!」

フィンランド語アルファベットで書かれていた文字が京矢の手の中で一振りの魔剣へと姿を変える。

「さあ、トータスと地球、どっちのドラゴンが上か、こいつで試してやろうじゃねえか!」

遠くから見ている愛子達にも、その剣の放つ力の凄まじさは理解してしまっていた。

「幻想大剣、バルムンク!」

京矢の宣言と共に魔剣目録の中に収められた剣の一振りが完全にその中より解き放たれたのだった。

その一振りの銘は、バルムンク。北欧の神話にその名を刻む竜殺しの大英雄ジークフリートの持つ黄昏の剣だ。
9/17ページ
スキ