ウルの街防衛戦
北の山脈地帯
「見えてきたか」
サイドカータイプの魔力駆動二輪を運転する京矢の視界に映る標高千メートルから八千メートル級の山々が連なるそこは、どういうわけか生えている木々や植物、環境がバラバラという不思議な場所だ。
異世界なのだからこれが普通なのだろうと割り切ってはいるが、日本人としての感覚では不思議な光景でしかない。エリア毎に季節が違うのか、日本の秋の山のような色彩が見られたかと思ったら、次のエリアでは真夏の木のように青々とした葉を広げていたり、逆に冬の様な枯れ木ばかりという場所もある。
また、普段見えている山脈を越えても、その向こう側には更に山脈が広がっており、北へ北へと幾重にも重なっている。現在確認されているのは四つ目の山脈までで、その向こうは完全に未知の領域である。
何処まで続いているのかと、とある冒険者が五つ目の山脈越えを狙ったことがあるそうだが、山を一つ越えるたびに生息する魔物が強力になっていくので、結局、成功はしなかった。
なお、第一の山脈で最も標高が高いのは、かの【神山】である。
今回、ハジメ達が訪れた場所は、神山から東に千六百キロメートルほど離れた場所だ。紅や黄といった色鮮やかな葉をつけた木々が目を楽しませ、知識あるものが目を凝らせば、そこかしこに香辛料の素材や山菜を発見することができる。
それはウルの町が潤うはずで、実に実りの多い山である。
京矢達は、その麓に魔力駆動四輪と魔力駆動二輪を止めると、しばらく見事な色彩を見せる自然の芸術に見蕩れた。
女性陣の誰かが「ほぅ」と溜息を吐く。先程まで、生徒の膝枕で爆睡するという失態を犯し、真っ赤になって謝罪していた愛子も、鮮やかな景色を前に、彼女的黒歴史を頭の奥へ追いやることに成功したようである。
既に四次元ポケットの中に二輪を戻してゆっくりと景色を鑑賞している京矢を見て、ハジメはもっとゆっくり鑑賞したい気持ちを押さえて、四輪を〝宝物庫〟に戻すと、代わりにとある物を取り出した。
それは、全長三十センチ程の鳥型の模型と小さな石が嵌め込まれた指輪だった。模型の方は灰色で頭部にあたる部分には水晶が埋め込まれている。
「んじゃ、南雲。頼む」
「ああ」
愛子達の前では艦装を使わない方が良いと判断してチラリとエンタープライズの方を見た京矢の言葉に端的に答え、ハジメは指輪を自らの指に嵌めると、同型の模型を四機取り出し、おもむろに空中へ放り投げた。
そのまま、重力に引かれ地に落ちるかと思われた偽物の鳥達は、しかし、その場でふわりと浮く。愛子達が「あっ」と声を上げた。
四機の鳥は、その場で少し旋回すると山の方へ滑るように飛んでいった。
「あの、あれは……」
音もなく飛んでいった鳥の模型を遠くに見ながら愛子が代表して聞く。
それに対するハジメの答えは〝無人偵察機〟という自動車や銃よりも、ある意味異世界に似つかわしくないものだった。
ハジメが〝無人偵察機〟と呼んだ鳥型の模型は、ライセンの大迷宮で遠隔操作されていたゴーレム騎士達を参考に、貰った材料から作り出したものだ。
生成魔法により、そのままでは適性がないために使い物にならない重力魔法を鉱物に付与して、重力を中和して浮く鉱物:重力石を生成した。それに、ゴーレム騎士を操る元になっていた感応石を組み込み、更に、遠透石を頭部に組み込んだのだ。遠透石とは、ゴーレム騎士達の目の部分に使われていた鉱物で、感応石と同じように、同質の魔力を注ぐと遠隔にあっても片割れの鉱物に映る景色をもう片方の鉱物に映すことができるというものだ。ミレディは、これでハジメ達の細かい位置を把握していたらしい。ハジメは、魔眼石に、この遠透石を組み込み、〝無人偵察機〟の映す光景を魔眼で見ることが出来るようになったのである。
もっとも、人の脳の処理能力には限界があるので、単純に上空を旋回させるという用途でも四機の同時操作が限界である。
ミレディがどうやって五十騎ものゴーレムを操作していたのか全くもって謎だが、京矢と話した結果、人間の肉体ではなくゴーレムの体になった事で、結果的に巨大な迷宮の制御システムとなっていたのではと推測している。
生身の肉体ではないから、最悪は魂さえ無事なら無理は効くと言うことだろう。
ハジメは一応、〝瞬光〟に覚醒してから脳の処理能力は上がっているようで、一機までなら自らも十全に動きつつ、精密操作することが可能である。
また、〝瞬光〟使用状態では、タイムリミット付きではあるが同時に七機を精密操作することも可能だ。
京矢はハジメと違ってそんな精密操作が苦手なので、今回は戦闘以外は完全にハジメに丸投げするしかない。生存者の気を探ろうにも探索範囲は狭く、弱っていたり死んでいたりした場合は見落としてしまう危険もある。
なので鎧の魔剣を地面に突き刺し、何時でも動けるような体制をとっていた。
今回は、捜索範囲が広いので上空から確認出来る範囲だけでも無人偵察機で確認しておくのは有用だろうと取り出したのである。何かしらの戦闘痕さえ見付ければ、ある程度捜索すべき範囲は絞られる。
既に彼方へと飛んでいった無人偵察機を遠くに見つめながら、愛子達は、もういちいちハジメのすることに驚くのは止めようと、おそらく叶うことのない誓いを立てるのだった。
何より、それは全てハジメの行動だけで、一切京矢の行動は見ていないのだ。
そんな訳で、京矢達は冒険者達も通ったであろう山道を進む。
魔物の目撃情報があったのは、山道の中腹より少し上、六合目から七号目の辺りだ。ならば、ウィル達冒険者パーティーも、その辺りを調査したはずである。
そう考えて、ハジメは無人偵察機をその辺りに先行させながら、ハイペースで山道を進んだ。
おおよそ一時間と少しくらいで六合目に到着した京矢達は、一度そこで立ち止まった。
理由は、そろそろ辺りに上空からは見つけ難い痕跡がないか調べる必要があったのと……
「はぁはぁ、きゅ、休憩ですか……けほっ、はぁはぁ」
「ぜぇー、ぜぇー、大丈夫ですか……愛ちゃん先生、ぜぇーぜぇー」
「うぇっぷ、もう休んでいいのか? はぁはぁ、いいよな? 休むぞ?」
「……ひゅぅーひゅぅー」
「ゲホゲホ、鳳凰寺は分かるけど、南雲達も化け物か……」
「はあ……。オレが1人で先行して探した方が良かったか?」
「お前は探索は得意じゃないだろ」
京矢1人で動きやすい木の上を跳びながら先行して探索しても良かったが、流石に探索は得意分野ではないので見落としがあると拙いから足並みを揃えていたのだが、予想以上に愛子達の体力がなく、休む必要があったのである。
もちろん、本来、愛子達のステータスは、この世界の一般人の数倍を誇るので、六合目までの登山ごときでここまで疲弊することはない。
ただ、京矢達の移動速度が速すぎて、殆ど全力疾走しながらの登山となり、気がつけば体力を消耗しきってフラフラになっていたのである。
四つん這いになり必死に息を整える愛子達に、京矢は苦笑して若干困った視線を向けつつも、どちらにしろ、詳しく周囲を探る必要があるので休憩がてら近くの川に行くことにした。足取りを追うとすれば、冒険者達も休息に水場を利用した可能性も有るのだし。
ここに来るまでに、ハジメが無人偵察機からの情報で位置は把握している。
「ベルファスト、愛子先生達の事を頼む」
「かしこまりました、京矢様」
メイド服を汚すこともなく息切れ一つしていないベルファストからの返事を聞いて愛子達の事を任せ、未だ荒い呼吸を繰り返す愛子達に場所だけ伝えて、京矢達は先に川へと向かった。
ウィル達も、休憩がてらに寄った可能性は高い。そこで痕跡を見つければ、上手くすれば次に向かった方向が分かるかもしれない。
二人はユエとシア、エンタープライズを連れて山道から逸れて山の中を進む。
シャクシャクと落ち葉が立てる音を何げに楽しみつつ木々の間を歩いていると、やがて川のせせらぎが聞こえてきた。
耳に心地良い音だ。シアの耳が嬉しそうにピッコピッコと跳ねている。
そうして京矢達がたどり着いた川は、小川と呼ぶには少し大きい規模のものだった。
索敵能力が一番高いシアが周囲を探り、敵意に対する索敵能力はシアに次ぐ京矢が周囲の気配を探り、ハジメも念のため無人偵察機で周囲を探るが魔物の気配はしない。
取り敢えず息を抜いて、京矢達は川岸の岩に腰掛けつつ、今後の捜索方針を話し合った。
途中、ユエが、「少しだけ」と靴を脱いで川に足を浸けて楽しむというわがままをしたが、どちらにしろ愛子達が未だ来てすらいないので大目に見るハジメ。どこまでもユエには甘い男である。ついでにシアも便乗した。
京矢はエンタープライズにも2人に便乗しなくて良いのかと聞くが、恥ずかしそうに断られてしまう。
エンタープライズはユエがパシャパシャと素足で川の水を弄ぶ姿を羨ましそうに眺める。
と、そこへようやく息を整えた愛子達がベルファストの先導のもとにやって来た。
置いていったことに思うところがあるのかジト目をしている。が、男子三人が、素足のユエとシアを見て歓声を上げると「ここは天国か」と目を輝かせ、女性陣の冷たい眼差しは矛先を彼等に変えた。身震いする男衆。玉井達の視線に気がつき、ユエ達も川から上がった。
休憩と言うこともあり、軽食と飲み物をベルファストが愛子達に配っている。男三人が感動の涙でも流しそうな勢いで、飲み物と軽食を受け取っている様に女性陣の冷たい眼差しは更に冷気を増していく。
「うぅ、本当にベルファストさん、凄いんですね」
飲み物と軽食を受け取り、ベルファストに対して、何でもできる大人の女性と言うイメージを強くした愛子がそんな事を思う。
あの大人の雰囲気の一部でも自分にあれば、と。
その後、何時の間にかハジメとユエとシアで発生した桃色空間に愛子は頬を赤らめ、園部達女生徒はキャーキャーと歓声を上げ、玉井達男子はギリギリと歯を噛み締めた。ハジメはハジメで、二人を振りほどくことなどなく、そっぽを向いている。照れているようだ。
だが、そんなハジメの表情も次の瞬間には一気に険しくなった。
「……これは」
「ん……何か見つけた?」
「何か見つけたか?」
ハジメがどこか遠くを見るように茫洋とした目をして呟くのを聞き、ユエと京矢が確認する。
その様子に、愛子達も何事かと目を瞬かせた。
「川の上流に……これは盾か? それに、鞄も……まだ新しいみたいだ。当たりかもしれない。みんな、行くぞ」
「ん……」
「はいです!」
「おう」
京矢達が、阿吽の呼吸で立ち上がり出発の準備を始めた。
愛子達は本音で言えばまだまだ休んでいたかったが、無理を言って付いて来た上、何か手がかりを見つけた様子となれば動かないわけには行かない。疲労が抜けきらない重い腰を上げて、再び猛スピードで上流へと登っていくハジメ達に必死になって追随した。
「エンタープライズ、ベルファスト、愛子先生達についていてくれ」
その様子を見てそこを狙って魔物でも現れたら面倒だと判断した京矢がエンタープライズとベルファストに指示を出す。
京矢達が到着した場所には、ハジメが無人偵察機で確認した通り、小ぶりな金属製のラウンドシールドと鞄が散乱していた。ただし、ラウンドシールドは、ひしゃげて曲がっており、鞄の紐は半ばで引きちぎられた状態で、だ。
「戦闘の跡って感じだな。一撃は受け止めた物の壊れて、邪魔になるから手放したってところか? だったら、他にも痕跡があるかも知れない」
戦闘の跡を簡単に調べる京矢。その言葉を聞いたハジメ達は、注意深く周囲を見渡す。
すると、近くの木の皮が禿げているのを発見した。高さは大体二メートル位の位置だ。何かが擦れた拍子に皮が剥がれた、そんな風に見える。高さからして人間の仕業ではないだろう。
ハジメは、シアに全力の探知を指示しながら、自らも感知系の能力を全開にして、傷のある木の向こう側へと踏み込んでいった。
先へ進むと、京矢の予想通り、次々と争いの形跡が発見できた。
半ばで立ち折れた木や枝。踏みしめられた草木、更には、折れた剣や血が飛び散った痕もあった。それらを発見する度に、特に愛子達の表情が強ばっていく。
(……それが、天之河のせいで戦争に巻き込まれた、お前達の明日の姿かも知れないんだけどな)
戦闘の跡と生々しい死の気配に表情を強ばらせる愛子達に内心そんな事を思う京矢。それは明日の自分達の姿でもあるのだ。冥福を祈るのは死亡を確認してからと足を進める。
しばらく、争いの形跡を追っていくと、シアが前方に何か光るものを発見した。
「ハジメさん、これ、ペンダントでしょうか?」
「ん? ああ……遺留品かもな。確かめよう」
シアからペンダントを受け取り汚れを落とすと、どうやら唯のペンダントではなくロケットのようだと気がつく。
留め金を外して中を見ると、女性の写真が入っていた。おそらく、誰かの恋人か妻と言ったところか。大した手がかりではないが、古びた様子はないので最近のもの……冒険者一行の誰かのものかもしれない。なので、一応回収しておく。
「誰のかは分からないが、遺品くらいは持ち帰ってやれるか」
「遺体も見つかれば幸運か」
京矢の言葉に答えるハジメだが、遺体が見付かれば冒険者達は本当に幸運だろう。京矢の天生牙なら蘇生できるのだし。
*
その後も、遺品と呼ぶべきものが散見され、京矢が纏めて四次元ポケットの中に収納して回収していく。
どれくらい探索したのか、既に日はだいぶ傾き、そろそろ野営の準備に入らねばならない時間に差し掛かっていた。
(……にしても、随分平和なピクニックだな)
未だ、野生の動物以外で生命反応はない。ウィル達を襲った魔物との遭遇も警戒していたのだが、それ以外の魔物すら感知されなかった。魔物とのエンカウントを警戒していた京矢として拍子抜けと言ったところだ。
位置的には八合目と九合目の間と言ったところ。山は越えていないとは言え、普通なら、弱い魔物の一匹や二匹出てもおかしくないはずで、そんな静けさに京矢達は逆に不気味さを感じていた。
しばらくすると、再び、無人偵察機が異常のあった場所を探し当てた。
東に三百メートル程いったところに大規模な破壊の後があったのだ。ハジメは全員を促してその場所に急行した。
そこは大きな川だった。上流に小さい滝が見え、水量が多く流れもそれなりに激しい。本来は真っ直ぐ麓に向かって流れていたのであろうが、現在、その川は途中で大きく抉れており、小さな支流が出来ていた。まるで、横合いからレーザーか何かに抉り飛ばされたようだ。
そのような印象を持ったのは、抉れた部分が直線的であったとのと、周囲の木々や地面が焦げていたからである。
更に、何か大きな衝撃を受けたように、何本もの木が半ばからへし折られて、何十メートルも遠くに横倒しになっていた。川辺のぬかるんだ場所には、三十センチ以上ある大きな足跡も残されている。
「ここで本格的な戦闘があったようだな……この足跡、大型で二足歩行する魔物……確か、山二つ向こうにはブルタールって魔物がいたな。だが、この抉れた地面は……」
「かなり強力な魔法か……。レーザー見たいな攻撃が出来るような魔物じゃないよな?」
ハジメの言うブルタールとは、RPGで言うところのオークやオーガの事だ。大した知能は持っていないが、群れで行動することと、〝金剛〟の劣化版〝剛壁〟の固有魔法を持っているため、中々の強敵と認識されている。普段は二つ目の山脈の向こう側におり、それより町側には来ないはずの魔物だ。
それに、川に支流を作るような攻撃手段は持っていないはずである。それどこらかこんなことが出来る攻撃手段など、今までの記憶ではオルクスの迷宮で戦ったヒュドラと……京矢位しか思い付かない。
ハジメは、しゃがみ込みブルタールのものと思しき足跡を見て少し考えた後、上流と下流のどちらに向かうか逡巡した。
ここまで上流に向かってウィル達は追い立てられるように逃げてきたようだが、これだけの戦闘をした後に更に上流へと逃げたとは考えにくい。体力的にも、精神的にも町から遠ざかるという思考ができるか疑問である。
「可能性は下流が高いだろうな。体力が尽きて川に流されたとしたら下流だろうし、川を下って逃げたって考える方が自然だろうな」
「そうだな」
京矢の推測にはハジメも同意する。念のためにハジメは、無人偵察機を上流に飛ばしながら自分達は下流へ向かうことにした。
ブルタールの足跡が川縁にあるということは、川の中にウィル達が逃げ込んだ可能性が高いということだ。ならば、きっと体力的に厳しい状況にあった彼等は流された可能性が高いと考えたのだ。
京矢の推測に他の者も賛同し、今度は下流へ向かって川辺を下っていった。
すると、今度は、先ほどのものとは比べ物にならないくらい立派な滝に出くわした。
京矢達は、軽快に滝横の崖をひょいひょいと降りていき滝壺付近に着地する。滝の傍特有の清涼な風が一日中行っていた探索に疲れた心身を優しく癒してくれる。
と、そこでハジメの〝気配感知〟に反応が出た。
「! これは……」
「……ハジメ?」
「なるほど。推測は正解だったみたいだな」
ユエが直ぐ様反応し問いかける。ハジメの反応を見た京矢が気配を探ってみると
滝壺の奥に微かに人の気を感じ取れる。
「人間らしい反応が滝の奥にあった。運が良いのか、狙って逃げたのかは分からねえが、ここに誰かが逃げ込んだらしい」
「生きてる人がいるってことですか!」
シアの驚きを含んだ確認の言葉にハジメと京矢は頷いた。
人数を問うユエに「一人だ」と答える。愛子達も一様に驚いているようだ。
それも当然だろう。生存の可能性はゼロではないとは言え、実際には期待などしていなかった。ウィル達が消息を絶ってから五日は経っているのである。
もし生きているのが彼等のうちの一人なら奇跡だ。
「ユエ、頼む」
「……ん」
ハジメは滝壺を見ながら、ユエに声をかける。滝壺に生命反応があると言うことはそう言うことだろう。
ユエは、それだけでハジメの意図を察し、魔法のトリガーと共に右手を振り払った。
「〝波城〟 〝風壁〟」
すると、滝と滝壺の水が、紅海におけるモーゼの伝説のように真っ二つに割れ始め、更に、飛び散る水滴は風の壁によって完璧に払われた。
高圧縮した水の壁を作る水系魔法の〝波城〟と風系魔法の〝風壁〟である。
「コイツは、オマケだ」
その状態を維持するのは手間だろうと、何時の間にやら取り出した雷神剣を振るうと、京矢の雷神剣から放たれた冷気で真っ二つに割れた滝がそのままの状態で凍り付いた。割と広範囲に凍らせたので全員が中に入るまでは待つだろう。
「おいおい、そんなことも出来たのかよ、お前のその剣は?」
「こいつは嵌め込む宝玉の力で、扱える力が変わるんでな」
そう言って七つの宝玉を取り出す京矢。雷神剣は剣としては斬鉄剣よりも格上の日本刀型の魔剣だが、特殊な力を操ると言うのが京矢の好みでは無いらしい。
詠唱をせず陣もなしに、二つの属性の魔法を同時に応用して行使したことや、滝を丸ごと凍らせるなどと言う、とんでもない力を見せる魔剣を簡単に使って見せた京矢に愛子達は、もう何度目かわからない驚愕に口をポカンと開けた。
きっと、モーゼを前にしたかつてのヘブライ人達も同じような顔をしていたに違いない。
「なあ、鳳凰寺のあの剣って南雲が作ったのか?」
「そうじゃないのか? 多分」
「あれって、天之河の聖剣より凄くないか?」
先ほどの京矢とハジメの会話が聞こえていなかった様子の生徒達からヒソヒソとそんな会話が交わされる。
良い具合の誤解がされているが、精々ハジメを無能扱いしていた事を後悔すれば良いと、京矢も勘違いを敢えて訂正はしない。
「そう言う役割だったんじゃないのか、南雲は。まったく、城の豚と溝川も馬鹿な事をしたな」
勘違いを助長させるような事を言っておくのも忘れない京矢だ。
後方支援や補給の重要性を理解しない特攻精神しかない勇者(笑)への不信感を助長させる意味合いもある。
暫くは凍りついた事でその状態を固定できているだろうが、時間は有限だ。
ハジメは愛子達を促し、滝壺から奥へ続く洞窟らしき場所へ踏み込んだ。
洞窟は入って直ぐに上方へ曲がっており、そこを抜けるとそれなりの広さがある空洞が出来ていた。
天井からは水と光が降り注いでおり、落ちた水は下方の水溜りに流れ込んでいる。溢れないことから、きっと奥へと続いているのだろう。
その空間の一番奥に横倒しになっている男を発見した。
傍に寄って確認すると、二十歳くらいの青年とわかった。端正で育ちが良さそうな顔立ちだが、今は青ざめて死人のような顔色をしている。
だが、大きな怪我はないし、鞄の中には未だ少量の食料も残っているので、単純に眠っているだけのようだ。顔色が悪いのは、彼がここに一人でいることと関係があるのだろう。
「見えてきたか」
サイドカータイプの魔力駆動二輪を運転する京矢の視界に映る標高千メートルから八千メートル級の山々が連なるそこは、どういうわけか生えている木々や植物、環境がバラバラという不思議な場所だ。
異世界なのだからこれが普通なのだろうと割り切ってはいるが、日本人としての感覚では不思議な光景でしかない。エリア毎に季節が違うのか、日本の秋の山のような色彩が見られたかと思ったら、次のエリアでは真夏の木のように青々とした葉を広げていたり、逆に冬の様な枯れ木ばかりという場所もある。
また、普段見えている山脈を越えても、その向こう側には更に山脈が広がっており、北へ北へと幾重にも重なっている。現在確認されているのは四つ目の山脈までで、その向こうは完全に未知の領域である。
何処まで続いているのかと、とある冒険者が五つ目の山脈越えを狙ったことがあるそうだが、山を一つ越えるたびに生息する魔物が強力になっていくので、結局、成功はしなかった。
なお、第一の山脈で最も標高が高いのは、かの【神山】である。
今回、ハジメ達が訪れた場所は、神山から東に千六百キロメートルほど離れた場所だ。紅や黄といった色鮮やかな葉をつけた木々が目を楽しませ、知識あるものが目を凝らせば、そこかしこに香辛料の素材や山菜を発見することができる。
それはウルの町が潤うはずで、実に実りの多い山である。
京矢達は、その麓に魔力駆動四輪と魔力駆動二輪を止めると、しばらく見事な色彩を見せる自然の芸術に見蕩れた。
女性陣の誰かが「ほぅ」と溜息を吐く。先程まで、生徒の膝枕で爆睡するという失態を犯し、真っ赤になって謝罪していた愛子も、鮮やかな景色を前に、彼女的黒歴史を頭の奥へ追いやることに成功したようである。
既に四次元ポケットの中に二輪を戻してゆっくりと景色を鑑賞している京矢を見て、ハジメはもっとゆっくり鑑賞したい気持ちを押さえて、四輪を〝宝物庫〟に戻すと、代わりにとある物を取り出した。
それは、全長三十センチ程の鳥型の模型と小さな石が嵌め込まれた指輪だった。模型の方は灰色で頭部にあたる部分には水晶が埋め込まれている。
「んじゃ、南雲。頼む」
「ああ」
愛子達の前では艦装を使わない方が良いと判断してチラリとエンタープライズの方を見た京矢の言葉に端的に答え、ハジメは指輪を自らの指に嵌めると、同型の模型を四機取り出し、おもむろに空中へ放り投げた。
そのまま、重力に引かれ地に落ちるかと思われた偽物の鳥達は、しかし、その場でふわりと浮く。愛子達が「あっ」と声を上げた。
四機の鳥は、その場で少し旋回すると山の方へ滑るように飛んでいった。
「あの、あれは……」
音もなく飛んでいった鳥の模型を遠くに見ながら愛子が代表して聞く。
それに対するハジメの答えは〝無人偵察機〟という自動車や銃よりも、ある意味異世界に似つかわしくないものだった。
ハジメが〝無人偵察機〟と呼んだ鳥型の模型は、ライセンの大迷宮で遠隔操作されていたゴーレム騎士達を参考に、貰った材料から作り出したものだ。
生成魔法により、そのままでは適性がないために使い物にならない重力魔法を鉱物に付与して、重力を中和して浮く鉱物:重力石を生成した。それに、ゴーレム騎士を操る元になっていた感応石を組み込み、更に、遠透石を頭部に組み込んだのだ。遠透石とは、ゴーレム騎士達の目の部分に使われていた鉱物で、感応石と同じように、同質の魔力を注ぐと遠隔にあっても片割れの鉱物に映る景色をもう片方の鉱物に映すことができるというものだ。ミレディは、これでハジメ達の細かい位置を把握していたらしい。ハジメは、魔眼石に、この遠透石を組み込み、〝無人偵察機〟の映す光景を魔眼で見ることが出来るようになったのである。
もっとも、人の脳の処理能力には限界があるので、単純に上空を旋回させるという用途でも四機の同時操作が限界である。
ミレディがどうやって五十騎ものゴーレムを操作していたのか全くもって謎だが、京矢と話した結果、人間の肉体ではなくゴーレムの体になった事で、結果的に巨大な迷宮の制御システムとなっていたのではと推測している。
生身の肉体ではないから、最悪は魂さえ無事なら無理は効くと言うことだろう。
ハジメは一応、〝瞬光〟に覚醒してから脳の処理能力は上がっているようで、一機までなら自らも十全に動きつつ、精密操作することが可能である。
また、〝瞬光〟使用状態では、タイムリミット付きではあるが同時に七機を精密操作することも可能だ。
京矢はハジメと違ってそんな精密操作が苦手なので、今回は戦闘以外は完全にハジメに丸投げするしかない。生存者の気を探ろうにも探索範囲は狭く、弱っていたり死んでいたりした場合は見落としてしまう危険もある。
なので鎧の魔剣を地面に突き刺し、何時でも動けるような体制をとっていた。
今回は、捜索範囲が広いので上空から確認出来る範囲だけでも無人偵察機で確認しておくのは有用だろうと取り出したのである。何かしらの戦闘痕さえ見付ければ、ある程度捜索すべき範囲は絞られる。
既に彼方へと飛んでいった無人偵察機を遠くに見つめながら、愛子達は、もういちいちハジメのすることに驚くのは止めようと、おそらく叶うことのない誓いを立てるのだった。
何より、それは全てハジメの行動だけで、一切京矢の行動は見ていないのだ。
そんな訳で、京矢達は冒険者達も通ったであろう山道を進む。
魔物の目撃情報があったのは、山道の中腹より少し上、六合目から七号目の辺りだ。ならば、ウィル達冒険者パーティーも、その辺りを調査したはずである。
そう考えて、ハジメは無人偵察機をその辺りに先行させながら、ハイペースで山道を進んだ。
おおよそ一時間と少しくらいで六合目に到着した京矢達は、一度そこで立ち止まった。
理由は、そろそろ辺りに上空からは見つけ難い痕跡がないか調べる必要があったのと……
「はぁはぁ、きゅ、休憩ですか……けほっ、はぁはぁ」
「ぜぇー、ぜぇー、大丈夫ですか……愛ちゃん先生、ぜぇーぜぇー」
「うぇっぷ、もう休んでいいのか? はぁはぁ、いいよな? 休むぞ?」
「……ひゅぅーひゅぅー」
「ゲホゲホ、鳳凰寺は分かるけど、南雲達も化け物か……」
「はあ……。オレが1人で先行して探した方が良かったか?」
「お前は探索は得意じゃないだろ」
京矢1人で動きやすい木の上を跳びながら先行して探索しても良かったが、流石に探索は得意分野ではないので見落としがあると拙いから足並みを揃えていたのだが、予想以上に愛子達の体力がなく、休む必要があったのである。
もちろん、本来、愛子達のステータスは、この世界の一般人の数倍を誇るので、六合目までの登山ごときでここまで疲弊することはない。
ただ、京矢達の移動速度が速すぎて、殆ど全力疾走しながらの登山となり、気がつけば体力を消耗しきってフラフラになっていたのである。
四つん這いになり必死に息を整える愛子達に、京矢は苦笑して若干困った視線を向けつつも、どちらにしろ、詳しく周囲を探る必要があるので休憩がてら近くの川に行くことにした。足取りを追うとすれば、冒険者達も休息に水場を利用した可能性も有るのだし。
ここに来るまでに、ハジメが無人偵察機からの情報で位置は把握している。
「ベルファスト、愛子先生達の事を頼む」
「かしこまりました、京矢様」
メイド服を汚すこともなく息切れ一つしていないベルファストからの返事を聞いて愛子達の事を任せ、未だ荒い呼吸を繰り返す愛子達に場所だけ伝えて、京矢達は先に川へと向かった。
ウィル達も、休憩がてらに寄った可能性は高い。そこで痕跡を見つければ、上手くすれば次に向かった方向が分かるかもしれない。
二人はユエとシア、エンタープライズを連れて山道から逸れて山の中を進む。
シャクシャクと落ち葉が立てる音を何げに楽しみつつ木々の間を歩いていると、やがて川のせせらぎが聞こえてきた。
耳に心地良い音だ。シアの耳が嬉しそうにピッコピッコと跳ねている。
そうして京矢達がたどり着いた川は、小川と呼ぶには少し大きい規模のものだった。
索敵能力が一番高いシアが周囲を探り、敵意に対する索敵能力はシアに次ぐ京矢が周囲の気配を探り、ハジメも念のため無人偵察機で周囲を探るが魔物の気配はしない。
取り敢えず息を抜いて、京矢達は川岸の岩に腰掛けつつ、今後の捜索方針を話し合った。
途中、ユエが、「少しだけ」と靴を脱いで川に足を浸けて楽しむというわがままをしたが、どちらにしろ愛子達が未だ来てすらいないので大目に見るハジメ。どこまでもユエには甘い男である。ついでにシアも便乗した。
京矢はエンタープライズにも2人に便乗しなくて良いのかと聞くが、恥ずかしそうに断られてしまう。
エンタープライズはユエがパシャパシャと素足で川の水を弄ぶ姿を羨ましそうに眺める。
と、そこへようやく息を整えた愛子達がベルファストの先導のもとにやって来た。
置いていったことに思うところがあるのかジト目をしている。が、男子三人が、素足のユエとシアを見て歓声を上げると「ここは天国か」と目を輝かせ、女性陣の冷たい眼差しは矛先を彼等に変えた。身震いする男衆。玉井達の視線に気がつき、ユエ達も川から上がった。
休憩と言うこともあり、軽食と飲み物をベルファストが愛子達に配っている。男三人が感動の涙でも流しそうな勢いで、飲み物と軽食を受け取っている様に女性陣の冷たい眼差しは更に冷気を増していく。
「うぅ、本当にベルファストさん、凄いんですね」
飲み物と軽食を受け取り、ベルファストに対して、何でもできる大人の女性と言うイメージを強くした愛子がそんな事を思う。
あの大人の雰囲気の一部でも自分にあれば、と。
その後、何時の間にかハジメとユエとシアで発生した桃色空間に愛子は頬を赤らめ、園部達女生徒はキャーキャーと歓声を上げ、玉井達男子はギリギリと歯を噛み締めた。ハジメはハジメで、二人を振りほどくことなどなく、そっぽを向いている。照れているようだ。
だが、そんなハジメの表情も次の瞬間には一気に険しくなった。
「……これは」
「ん……何か見つけた?」
「何か見つけたか?」
ハジメがどこか遠くを見るように茫洋とした目をして呟くのを聞き、ユエと京矢が確認する。
その様子に、愛子達も何事かと目を瞬かせた。
「川の上流に……これは盾か? それに、鞄も……まだ新しいみたいだ。当たりかもしれない。みんな、行くぞ」
「ん……」
「はいです!」
「おう」
京矢達が、阿吽の呼吸で立ち上がり出発の準備を始めた。
愛子達は本音で言えばまだまだ休んでいたかったが、無理を言って付いて来た上、何か手がかりを見つけた様子となれば動かないわけには行かない。疲労が抜けきらない重い腰を上げて、再び猛スピードで上流へと登っていくハジメ達に必死になって追随した。
「エンタープライズ、ベルファスト、愛子先生達についていてくれ」
その様子を見てそこを狙って魔物でも現れたら面倒だと判断した京矢がエンタープライズとベルファストに指示を出す。
京矢達が到着した場所には、ハジメが無人偵察機で確認した通り、小ぶりな金属製のラウンドシールドと鞄が散乱していた。ただし、ラウンドシールドは、ひしゃげて曲がっており、鞄の紐は半ばで引きちぎられた状態で、だ。
「戦闘の跡って感じだな。一撃は受け止めた物の壊れて、邪魔になるから手放したってところか? だったら、他にも痕跡があるかも知れない」
戦闘の跡を簡単に調べる京矢。その言葉を聞いたハジメ達は、注意深く周囲を見渡す。
すると、近くの木の皮が禿げているのを発見した。高さは大体二メートル位の位置だ。何かが擦れた拍子に皮が剥がれた、そんな風に見える。高さからして人間の仕業ではないだろう。
ハジメは、シアに全力の探知を指示しながら、自らも感知系の能力を全開にして、傷のある木の向こう側へと踏み込んでいった。
先へ進むと、京矢の予想通り、次々と争いの形跡が発見できた。
半ばで立ち折れた木や枝。踏みしめられた草木、更には、折れた剣や血が飛び散った痕もあった。それらを発見する度に、特に愛子達の表情が強ばっていく。
(……それが、天之河のせいで戦争に巻き込まれた、お前達の明日の姿かも知れないんだけどな)
戦闘の跡と生々しい死の気配に表情を強ばらせる愛子達に内心そんな事を思う京矢。それは明日の自分達の姿でもあるのだ。冥福を祈るのは死亡を確認してからと足を進める。
しばらく、争いの形跡を追っていくと、シアが前方に何か光るものを発見した。
「ハジメさん、これ、ペンダントでしょうか?」
「ん? ああ……遺留品かもな。確かめよう」
シアからペンダントを受け取り汚れを落とすと、どうやら唯のペンダントではなくロケットのようだと気がつく。
留め金を外して中を見ると、女性の写真が入っていた。おそらく、誰かの恋人か妻と言ったところか。大した手がかりではないが、古びた様子はないので最近のもの……冒険者一行の誰かのものかもしれない。なので、一応回収しておく。
「誰のかは分からないが、遺品くらいは持ち帰ってやれるか」
「遺体も見つかれば幸運か」
京矢の言葉に答えるハジメだが、遺体が見付かれば冒険者達は本当に幸運だろう。京矢の天生牙なら蘇生できるのだし。
*
その後も、遺品と呼ぶべきものが散見され、京矢が纏めて四次元ポケットの中に収納して回収していく。
どれくらい探索したのか、既に日はだいぶ傾き、そろそろ野営の準備に入らねばならない時間に差し掛かっていた。
(……にしても、随分平和なピクニックだな)
未だ、野生の動物以外で生命反応はない。ウィル達を襲った魔物との遭遇も警戒していたのだが、それ以外の魔物すら感知されなかった。魔物とのエンカウントを警戒していた京矢として拍子抜けと言ったところだ。
位置的には八合目と九合目の間と言ったところ。山は越えていないとは言え、普通なら、弱い魔物の一匹や二匹出てもおかしくないはずで、そんな静けさに京矢達は逆に不気味さを感じていた。
しばらくすると、再び、無人偵察機が異常のあった場所を探し当てた。
東に三百メートル程いったところに大規模な破壊の後があったのだ。ハジメは全員を促してその場所に急行した。
そこは大きな川だった。上流に小さい滝が見え、水量が多く流れもそれなりに激しい。本来は真っ直ぐ麓に向かって流れていたのであろうが、現在、その川は途中で大きく抉れており、小さな支流が出来ていた。まるで、横合いからレーザーか何かに抉り飛ばされたようだ。
そのような印象を持ったのは、抉れた部分が直線的であったとのと、周囲の木々や地面が焦げていたからである。
更に、何か大きな衝撃を受けたように、何本もの木が半ばからへし折られて、何十メートルも遠くに横倒しになっていた。川辺のぬかるんだ場所には、三十センチ以上ある大きな足跡も残されている。
「ここで本格的な戦闘があったようだな……この足跡、大型で二足歩行する魔物……確か、山二つ向こうにはブルタールって魔物がいたな。だが、この抉れた地面は……」
「かなり強力な魔法か……。レーザー見たいな攻撃が出来るような魔物じゃないよな?」
ハジメの言うブルタールとは、RPGで言うところのオークやオーガの事だ。大した知能は持っていないが、群れで行動することと、〝金剛〟の劣化版〝剛壁〟の固有魔法を持っているため、中々の強敵と認識されている。普段は二つ目の山脈の向こう側におり、それより町側には来ないはずの魔物だ。
それに、川に支流を作るような攻撃手段は持っていないはずである。それどこらかこんなことが出来る攻撃手段など、今までの記憶ではオルクスの迷宮で戦ったヒュドラと……京矢位しか思い付かない。
ハジメは、しゃがみ込みブルタールのものと思しき足跡を見て少し考えた後、上流と下流のどちらに向かうか逡巡した。
ここまで上流に向かってウィル達は追い立てられるように逃げてきたようだが、これだけの戦闘をした後に更に上流へと逃げたとは考えにくい。体力的にも、精神的にも町から遠ざかるという思考ができるか疑問である。
「可能性は下流が高いだろうな。体力が尽きて川に流されたとしたら下流だろうし、川を下って逃げたって考える方が自然だろうな」
「そうだな」
京矢の推測にはハジメも同意する。念のためにハジメは、無人偵察機を上流に飛ばしながら自分達は下流へ向かうことにした。
ブルタールの足跡が川縁にあるということは、川の中にウィル達が逃げ込んだ可能性が高いということだ。ならば、きっと体力的に厳しい状況にあった彼等は流された可能性が高いと考えたのだ。
京矢の推測に他の者も賛同し、今度は下流へ向かって川辺を下っていった。
すると、今度は、先ほどのものとは比べ物にならないくらい立派な滝に出くわした。
京矢達は、軽快に滝横の崖をひょいひょいと降りていき滝壺付近に着地する。滝の傍特有の清涼な風が一日中行っていた探索に疲れた心身を優しく癒してくれる。
と、そこでハジメの〝気配感知〟に反応が出た。
「! これは……」
「……ハジメ?」
「なるほど。推測は正解だったみたいだな」
ユエが直ぐ様反応し問いかける。ハジメの反応を見た京矢が気配を探ってみると
滝壺の奥に微かに人の気を感じ取れる。
「人間らしい反応が滝の奥にあった。運が良いのか、狙って逃げたのかは分からねえが、ここに誰かが逃げ込んだらしい」
「生きてる人がいるってことですか!」
シアの驚きを含んだ確認の言葉にハジメと京矢は頷いた。
人数を問うユエに「一人だ」と答える。愛子達も一様に驚いているようだ。
それも当然だろう。生存の可能性はゼロではないとは言え、実際には期待などしていなかった。ウィル達が消息を絶ってから五日は経っているのである。
もし生きているのが彼等のうちの一人なら奇跡だ。
「ユエ、頼む」
「……ん」
ハジメは滝壺を見ながら、ユエに声をかける。滝壺に生命反応があると言うことはそう言うことだろう。
ユエは、それだけでハジメの意図を察し、魔法のトリガーと共に右手を振り払った。
「〝波城〟 〝風壁〟」
すると、滝と滝壺の水が、紅海におけるモーゼの伝説のように真っ二つに割れ始め、更に、飛び散る水滴は風の壁によって完璧に払われた。
高圧縮した水の壁を作る水系魔法の〝波城〟と風系魔法の〝風壁〟である。
「コイツは、オマケだ」
その状態を維持するのは手間だろうと、何時の間にやら取り出した雷神剣を振るうと、京矢の雷神剣から放たれた冷気で真っ二つに割れた滝がそのままの状態で凍り付いた。割と広範囲に凍らせたので全員が中に入るまでは待つだろう。
「おいおい、そんなことも出来たのかよ、お前のその剣は?」
「こいつは嵌め込む宝玉の力で、扱える力が変わるんでな」
そう言って七つの宝玉を取り出す京矢。雷神剣は剣としては斬鉄剣よりも格上の日本刀型の魔剣だが、特殊な力を操ると言うのが京矢の好みでは無いらしい。
詠唱をせず陣もなしに、二つの属性の魔法を同時に応用して行使したことや、滝を丸ごと凍らせるなどと言う、とんでもない力を見せる魔剣を簡単に使って見せた京矢に愛子達は、もう何度目かわからない驚愕に口をポカンと開けた。
きっと、モーゼを前にしたかつてのヘブライ人達も同じような顔をしていたに違いない。
「なあ、鳳凰寺のあの剣って南雲が作ったのか?」
「そうじゃないのか? 多分」
「あれって、天之河の聖剣より凄くないか?」
先ほどの京矢とハジメの会話が聞こえていなかった様子の生徒達からヒソヒソとそんな会話が交わされる。
良い具合の誤解がされているが、精々ハジメを無能扱いしていた事を後悔すれば良いと、京矢も勘違いを敢えて訂正はしない。
「そう言う役割だったんじゃないのか、南雲は。まったく、城の豚と溝川も馬鹿な事をしたな」
勘違いを助長させるような事を言っておくのも忘れない京矢だ。
後方支援や補給の重要性を理解しない特攻精神しかない勇者(笑)への不信感を助長させる意味合いもある。
暫くは凍りついた事でその状態を固定できているだろうが、時間は有限だ。
ハジメは愛子達を促し、滝壺から奥へ続く洞窟らしき場所へ踏み込んだ。
洞窟は入って直ぐに上方へ曲がっており、そこを抜けるとそれなりの広さがある空洞が出来ていた。
天井からは水と光が降り注いでおり、落ちた水は下方の水溜りに流れ込んでいる。溢れないことから、きっと奥へと続いているのだろう。
その空間の一番奥に横倒しになっている男を発見した。
傍に寄って確認すると、二十歳くらいの青年とわかった。端正で育ちが良さそうな顔立ちだが、今は青ざめて死人のような顔色をしている。
だが、大きな怪我はないし、鞄の中には未だ少量の食料も残っているので、単純に眠っているだけのようだ。顔色が悪いのは、彼がここに一人でいることと関係があるのだろう。