ウルの街防衛戦
「まあ、予想通りの反応をしてくれたモンだな」
ベッドに腰掛けながら京矢はそんな事を呟く。
すでに時間は夜中の深夜を回っている。京矢達がいるのはガチャ産アイテムのディメンションルームと言う道具で入ることのできる異空間だ。
教会騎士の連中からの襲撃を警戒しての行動だが、実はこっちの方がそれなりに良い寝具が使えたりするのだ。
そんな中で思うのはハジメの作った銃を見たこの世界の人間の反応だ。
元々火縄銃の時点で、日本の歴史に於いて、連射しにくいという欠点こそあれ、其処さえ補えればその欠点を補え、当時最強と言われた騎馬隊を相手に勝ったのだ。
ハジメが作り上げたのは、それよりも進化した現代の品。それが量産されれば戦争の歴史など一気に変えてしまう、下手したら剣と魔法の世界から銃と魔法の世界に成りかねないレベルだ。少なくとも錬成師と言う存在がいる以上、弓矢は間違いなく不要になるだろう。
これでライダーシステム等見せた日にはどうなるかは想像もできない。量産など間違い無く不可能だろうが、加速度などと言うレベルの変化ではない。
「京矢様、愛子様のことは宜しいんでしょうか?」
「そっちは南雲の判断に任せるさ」
南雲は愛子には解放者から聞いたこの世界の真実を教えることにしたそうだ。
聞いた後どうするのかは愛子の判断に委ねるそうだが、行動原理が生徒を中心としている愛子ならば、そう悪い事にはならないだろう。
「あのバカには教えない方がいいだろうけどな」
そう、主に光輝である。光輝の場合、大勢の人たちが信じ、崇める〝エヒト様〟を愚弄したとして非難されるのがオチだろう。
愛子に伝えておけば、とも思ったが間違い無く愛子の場合は全員を連れて帰る事を望むだろうが、それだと光輝に邪魔される危険がある。
「無駄な上に面倒なことは嫌いだが、一度は顔を見に行く必要はあるか」
具体的には龍太郎の様な光輝派と判断できる生徒は、帰還の際の邪魔になりそうなので、望み通りこの世界に捨てていくためだ。帰還の目処さえつけば、ハウリアの砦に残した天城達の回収の必要はあるが、光輝側についた生徒達は可哀想だが、己の判断の後悔しつつこの世界に残ってもらおう。
そう言う意味では愛子親衛隊の面々は帰還時にはちゃんと連れて帰る側の生徒達だ。
「まあ、それであのアホ側に立った生徒を説得してくれればそれで良い」
それでも、愛子が影響を与えたとしても、光輝と龍太郎と小悪党の残りを置いていくのは確定だ。
時間との勝負になる可能性が高い帰還までの間に光輝の説得などと言う無駄な事に費やす暇はない。……暇があったとしてもそんな面倒な事をしたくは無いが。
「京矢様、前にお聞きした話では、直葉様にお話ししたのではありませんか?」
「ああ。その男がクラスメイトを戦争に参加させる様に先導した事と、そのせいで一人は死んだ事を」
「連れて帰っても周りから責められるのがオチだな」
間違っても帰ったところで人気者にはなれない。下手したら既に光輝の家族もあの街で生きていけないであろう。
「大体、戦争に参加させるときのセリフが『オレが守る』だ。その時点で」
「バカだな」
「愚かとしか言えませんね」
戦場を知るエンタープライズとベルファスト、二度もセフィーロを舞台に戦った京矢からしてみれば、守るのならばお前だけが戦えと言いたい。
京矢はその使命の都合上、セフィーロの戦いでは光達をサポートするしか無かったが、そうでないのならば自分一人でなんとかする道を選んでいた。
そもそも、守ると言うのならば最初から共に戦おうなどと言うのではなく、自分だけが戦うから戦うなと言うべきだ。
「まっ、アホが魔王に勝ったところで、悪霊擬きがそう簡単に勇者(笑)なんて丁度いい玩具を手放すとは思えねえからな」
京矢とハジメの考えはそれだ。魔王を倒したところで帰してなどくれない、また新しいゲームを画策されるだろう。と。それが大魔王と名乗る新たな敵か、魔王以上の巨大な魔物か、或いは別の何かかは分からないが。
仮にエヒトが京矢達の排除の為に、かつての解放者達の様にこの世界の者達を使って敵対させたとしても、地球人で有る京矢達にとってトータス人は同胞では無い。姿形は似ていても魔人族と人間族の様に考えるならば躊躇は無く、其方は容赦なく始末しても良い。
……少なくとも亜人族は敵対する意思は無いだろうから、その結果、この世界の支配権を亜人側が持つ未来が待ってたとしてもそれはそれでどうでも良い。
が、それに光輝達が加わると面倒さが増えるので、なるべく数が減った方が楽だと判断した結果だ。
…………それでも敵対した場合は容赦無く、全員纏めてキシリュウジンで跳ね飛ばすつもりだが。
「まっ、その辺は南雲が何処まで話すのかと、愛子先生の判断だな」
その後は話を聞いたクラスメイト達の判断だ。敵対するならば容赦はしない。最早クラスメイトとは思わず、圧倒的な力で叩き潰すだけだ。
そう考えてベッドに横になる。
なお、このベッドを含むディメンションルーム内の家具はオスカーの隠れ家で見つけた予備の品で有る。
夜明け。
月が輝きを薄れさせ、東の空がしらみ始めた頃、ハジメ、ユエ、シア、京矢、エンタープライズ、ベルファストの六人はすっかり旅支度を終えて、〝水妖精の宿〟の直ぐ外にいた。
手には、移動しながら食べられるようにと握り飯が入った包みを持っている。極めて早い時間でありながら、嫌な顔一つせず、朝食にとフォスが用意してくれたものだ。流石は高級宿、粋な計らいだと感心しながら京矢達は遠慮なく感謝と共に受け取った。
朝靄が立ち込める中、京矢達はウルの町の北門に向かう。そこから北の山脈地帯に続く街道が伸びているのだ。
馬で丸一日くらいだというから、今から魔力駆動二輪で飛ばせば三、四時間くらいで着くだろう。
ウィル・クデタ達が、北の山脈地帯に調査に入り消息を絶ってから既に五日。
生存は絶望的だ。ハジメも京矢もウィル達が生きている可能性は低いと考えているので、既に遺体を見つけてからの天生牙での蘇生を考えている。
生きて帰せば、イルワのハジメ達に対する心象は限りなく良くなるだろうから、モンスターの餌になる前に出来るだけ急いで捜索するつもりだ。
幸いなことに天気は快晴。搜索にはもってこいの日だ。
幾つかの建物から人が活動し始める音が響く中、表通りを北に進み、やがて北門が見えてきた。
と、二人はその北門の傍に複数の人の気配を感じ目を細める。特に動くわけでもなくたむろしているようだ。
「おいおい、何しに来たんだか?」
朝靄をかきわけ見えたその姿は……愛子と生徒六人の姿だった。
「……何となく想像つくけど一応聞こう……何してんの?」
京矢達が半眼になって愛子に視線を向ける。一瞬、気圧されたようにビクッとする愛子だったが、毅然とした態度を取るとハジメと京矢に正面から向き合った。
ばらけて駄弁っていた生徒達、園部優花、菅原妙子、宮崎奈々、玉井淳史、相川昇、仁村明人も愛子の傍に寄ってくる。
「私達も行きます。行方不明者の捜索ですよね? 人数は多いほうがいいです」
「邪魔。足手纏いは必要ねえな」
「却下だ。行きたきゃ勝手に行けばいい。が、一緒は断る」
「な、なぜですか?」
「単純に足の速さが違う。先生達に合わせてチンタラ進んでなんていられないんだ」
「ってか、戦闘力も違う。邪魔な障害物はなぎ倒すにしても足手纏いがいたら邪魔だ」
見れば、愛子達の背後には馬が人数分用意されていた。一瞬、こいつ等乗馬出来るのか? と疑問に思ったが、至極どうでもいいことなのでスルーする。
乗れようが乗れまいが、どちらにしろ魔力駆動車の速度に敵うはずがないのだ。
だが、ハジメと京矢の物言いにカチンと来たのか愛ちゃん大好き娘、親衛隊の実質的リーダー園部優花が食ってかかる。どうやら、昨日のハジメの威圧感や京矢の殺気や負い目を一時的に忘れるくらい愛ちゃん愛が強いらしい。
「ちょっと、そんな言い方ないでしょ? 南雲達が私達のことよく思ってないからって、愛ちゃん先生にまで当たらないでよ」
何とも的外れな物言いに、ハジメは「はぁ?」と呆れた表情になり、京矢が面倒だから早く行こうぜと肩を叩く。
京矢の意見に同意しながら、ハジメは確かに説明するのも面倒くさいと、無言で〝宝物庫〟から魔力駆動二輪を取り出す。
突然、虚空から大型のバイクが出現し、ギョッとなる愛子達。そんな彼女達を他所に京矢も4次元ポケットの中からサイドカータイプの魔力駆動二輪を取り出す。
「理解したか? お前等の事は昨日も言ったが心底どうでもいい。だから、八つ当たりをする理由もない。そのままの意味で、移動速度が違うと言っているんだ」
「そう言う事。お前達のペースに合わせて長々と丸1日も掛けて行く気はないんでな」
魔力駆動二輪の重厚なフォルムと、異世界には似つかわしくない存在感に度肝を抜かれているのか、マジマジと見つめたまま答えない愛子達。
そこへ、クラスの中でもバイク好きの相川が若干興奮したようにハジメに尋ねた。
「こ、これも昨日の銃みたいに南雲が作ったのか?」
「まぁな。それじゃあ俺等は行くから、そこどいてくれ」
「エンタープライズ、お前はサイドカーの方に乗ってくれ。ベルファストは後ろな」
おざなりに返事をして出発しようとするハジメと、もはや無視して今回は偵察用の艦載機が使える様にと座席の指示を出す京矢。それでもなお愛子が食い下がる。愛子としては、是が非でも京矢達に着いて行きたかったのだ。
理由は二つ。一つは、昨夜のハジメの発言の真偽を探るためだ。〝死んだ檜山に殺されかけた〟という愛子にとって看過できないその言葉が、本当にハジメの勘違いでなく真実なのか、ハジメからもっと詳しい話を聞きたかった。捜索が終わった後、もう一度京矢達と会えるかはわからない以上、この時を逃すわけには行かなかったのだ。
もう一つの理由は、現在、行方不明になっている清水幸利の事だ。
八方手を尽くして情報を集めているが、近隣の村や町でもそれらしい人物を見かけたという情報が上がってきていない。しかし、そもそも人がいない北の山脈地帯に関しては、まだ碌な情報収集をしていなかったと思い当たったのだ。
事件にしろ自発的失踪にしろ、まさか北の山脈地帯に行くとは考えられなかったので当然ではある。なので、これを機に自ら赴いて、京矢達の捜索対象を探しながら清水の手がかりもないかを調べようと思ったのである。
*
なお、園部達がいるのは半ば偶然である。愛子が、京矢達より早く正門に行って待ち伏せするために夜明け前に起きだして宿を出ようとしたところを、トイレに行っていた園部優花に見つかったのだ。
旅装を整えて有り得ない時間に宿を出ようとする愛子を、愛ちゃん護衛隊の園部は誤魔化しは許さないと問い詰めた。結果、愛ちゃんを、変貌したハジメに任せる訳にはいかないと(京矢も京矢で頼れないと考えて)、園部が生徒全員をたたき起こし全員で搜索に加わることになったのである。
なお、騎士達は、心底嫌っている京矢達がいるとまた諍いを起こしそうなのを通り越して、京矢に本当に斬られかねないので、置き手紙で留守番を指示しておいた。聞くかどうかはわからないが……
愛子はハジメに身を寄せると小声で決意を伝える。
ハジメは、話の内容が内容だけに他に聞かれないよう顔を寄せた愛子の顔に、よく見れば化粧で隠してはいるが色濃い隈があることに気がついた。
きっと、ハジメの話を聞いてからほとんど眠れなかったのだろう。
「南雲君、先生は先生として、どうしても南雲君からもっと詳しい話を聞かなければなりません。だから、きちんと話す時間を貰えるまでは離れませんし、逃げれば追いかけます。南雲君にとって、それは面倒なことではないですか? 移動時間とか捜索の合間の時間で構いませんから、時間を貰えませんか? そうすれば、南雲君の言う通り、この町でお別れできますよ……一先ずは」
ハジメは、愛子の瞳が決意に光り輝いているのを見て、昨夜の最後の言葉は失敗だったかと少し後悔した。
愛子の行動力(空回りが多いが)は理解している。誤魔化したり、逃げたりすれば、それこそ護衛騎士達も使って大々的に捜索するかもしれない。
愛子から視線を逸らし天を仰げば、空はどんどん明るくなっていく。ウィルの生存の可能性、最悪の場合の蘇生を考えるとここで連れていくのは拙い。京矢にとって魔剣目録は伏せておきたい手札の一つなのだ。クラスメイトとは言え見せたくはないだろうと考えた。
つまり、ここで愛子達を連れて行くことはウィルの生存の可能性を低くしてしまうことになる。
そんな中で意外なところから愛子に助け船が出る。
「押し問答してる時間も惜しい。仕方ないから連れて行ってやろうぜ」
「良いのか?」
その良いのかは最悪魔剣目録を見せる事になる危険性だ。ウィルが死亡していた場合など早めに蘇生した方が良いだろうし、
「最悪の場合は適当に理由を付けてお前達で遠ざけてくれ。その間にオレが蘇生する。微かに息があったから、オレが神水を飲ませたら息を吹き返したって事にすれば良いだろ?」
京矢の言葉にそれもそうだと納得するハジメ。見られなければ問題ないし、最悪は五人で京矢が棺桶に入れて宝物庫の中に入れて家族の元に持ち帰る準備をする間の周囲の警戒といえば良い。
「自業自得って事で諦めろ。お前の判断で不利益が出ても、先生への説明はお前に任せたんだ。後から責めねえよ」
ハジメは京矢の言葉に一度深く溜息を吐くと、自業自得だと自分を納得させ、改めて愛子に向き直った。
「わかったよ。鳳凰寺が問題ないなら同行を許そう。といっても話せることなんて殆どないけどな……」
「構いません。ちゃんと南雲君の口から聞いておきたいだけですから」
「はぁ、全く、先生はブレないな。何処でも何があっても先生か」
「まっ、そこが先生たる所以だろ?」
「当然です!」
京矢の説得でハジメが折れたことに喜色を浮かべ、むんっ! と胸を張る愛子。どうやら交渉が上手くいったようだと、生徒達もホッとした様子だ。
「……京矢様、宜しいのですか?」
「ああ、どこまでも〝教師〟なんでな。生徒の事に関しては妥協しねぇだろから、下手に放置しておく方が、後で絶対面倒になる」
「生徒思いの良い先生と言うわけか。……それに」
「ああ」
京矢とエンタープライズの視線がベルファストに向く。
「ベルファストにメイドとして妥協しろって言う様なモンだしな」
「それは有り得ないな」
既にメイドとは何なのか分からなくなるレベルのハイスペックなベルファストだが、既にネゴシエーターと料理人と秘書のスキルがあるのは確認出来る。
京矢も、ブレずに自分達の〝先生〟であろうとする愛子の姿勢を悪く思っていなかった。
例え、既に生徒やクラスメイトというカテゴリーに何の価値も見出していなかったとしても、数少ない敬意を払うべき貴重な大人の一人であるとは思っているのだ。
「でも、このバイクじゃ乗れても三人でしょ? どうするの?」
園部がもっともな事実を指摘する。
馬の速度に合わせるのは時間的に論外であるし、愛子を乗せて代わりにユエかシア、エンタープライズかベルファストを置いて行くなど有り得ない。
仕方なく、ハジメは魔力駆動二輪を〝宝物庫〟にしまうと、代わりに魔力駆動四輪を取り出した。
ポンポンと大型の物体を消したり出現させたりする二人に、おそらくアーティファクトを使っているのだろうとは察しつつも、やはり驚かずにはいられない愛子達。
今のハジメを見て、一体誰が、かつて〝無能〟と呼ばれていたなどと想像できるのか。園部達に、「乗れない奴は荷台な」と言い残し、さっさと運転席に行くハジメと肩を竦めてサイドカーに向かう京矢に複雑な眼差しを向けるのだった。
前方に山脈地帯を見据えて真っ直ぐに伸びた道を、ハマーに似た魔力駆動四輪とサイドカータイプの魔力駆動二輪が爆走する。
魔力駆動四輪もサスペンションがあるので、街道とは比べるべくもない酷い道ではあるが、大抵の衝撃は殺してくれる上、二輪と同じく錬成による整地機能が付いているので、車内は当然、車体後部についている硬い金属製の荷台に乗り込むことになった男子生徒も特に不自由さは感じていないようだった。
なお、〝宝物庫〟があるのに、わざわざ荷台を取り付けたのは、荷台にガトリングをセットし走行しながらぶっ放すという行為に、ちょっと憧れがあったからだ。
製作者であるハジメのささやかなこだわりである。
車内はベンチシートになっており、運転席には当然ハジメが乗り、隣の席には愛子が、その隣にユエが乗っており、京矢達三人がサイドカーで隣を並走している。なお、京矢も同じ魔力駆動四輪を貰っているが、常に二輪を使うのは仮面ライダーの力を使う京矢の細やかなこだわりで有る。
愛子がハジメの隣なのは例の話をするためだ。愛子としては、まだ他の生徒には聞かれたくないらしく、直ぐ傍で話せるようにしたかったらしい。
出来れば愛子としては、京矢とも話をしたかったが、流石に全員が乗れる様な大きさではないので京矢達は一緒ではない。
後部座席に座っているシア達は少々窮屈を感じている様子だ。
シアは言わずもがな、園部や菅原は肉感的な女子なので、それなりに場所をとっている。スレンダーな宮崎が物凄く居心地が悪そうだ。
そんな彼女達の様子を見ながら内心安堵しているのはエンタープライズだ。
先程から、園部と菅原に挟まれて、ハジメとの関係を根掘り葉掘り聞かれている姿に、シアには悪いが彼方に乗らなくて良かったとも思っている。
異世界での異種族間恋愛など花の女子高生としては聞き逃せない出来事なのだろう。興味津々といった感じでシアに質問を繰り返しており、シアがオロオロしながら頑張って質問に答えている。
「京矢様は彼方でなくてよろしかったのですか?」
ベルファストがそう問いかけてくる。
「ああ、警戒するに越した事はねえからな。一応、ギルドマスターの話からして、足手纏いが居たとしても、それでも十分って判断できるベテランチームが音信不通になる程の危険なモンスターか、大規模な群れか……」
「魔人族、この世界の人間の戦争相手がいる可能性がある、そう言うことか?」
「ああ」
京矢の推測の最後の一つをエンタープライズが京矢に変わって告げる。そもそも、魔人族の存在を京矢は一番警戒しているのだ。
大規模な魔物の群れならば広範囲の殲滅で地形の事を考えなければ何とかなる。強力な魔物も何とかする方法は思い付く。現状、警戒すべき未知の相手が魔人族と言う訳だ。
この辺に敵対勢力の軍勢が有るとすれば、目的はウルの町だろう。戦略的に必要かは分からないが、観光地であるが故に城壁の無い街は準備さえ整えば簡単に滅ぼせるだろう。
そして、冒険者達はその準備の最中に目撃されたから口封じの為に消された。そう考えることもできる。
「有りえる可能性ですね」
「強力なモンスターや群れの方がまだマシだよな。壊滅させるのは簡単だけど、手札を見せたく無いからな」
主に広範囲用の対軍性能を持った魔剣や聖剣やキシリュウジンやヨクリュウオーだ。
銃でさえ喉から手が出るほど欲しがられるのに、対軍兵器や巨大ロボなど正に殺してでも奪い取ると言う反応されかねない。
愛子も魔法が打ち込まれた時のことを聞いている様子だが、檜山が落ちた時の事や、死んだ時のことは知らないとしか答えられないだろう。
道連れにしたのは反射的に反撃した京矢の仕業なのだし、最後まで一緒だったのは京矢だ。
つまり、その時の檜山の事は京矢しか知らない。
なお、檜山の事については間違いなどとは思っていない。後ろから飛んできた殺気と魔法の元へとっさに鬼勁を放ったのだが、位置と動機の両方が合致している上に、助けを求める檜山から直接確認をしてもいる。
「自業自得で死んだアホの事なんざ、今更思い出したくも無いからな」
檜山という人間は、もう京矢の中ではどうでも良い相手だ。力を得て、自分が一方的に殺せると勘違いした奴が反撃されて死んだ。その程度の事。今更思い出しても面倒なだけだ。
「それもそうでしたね。申し訳ありません、京矢様」
京矢の意思を察したベルファストの謝罪を「気にするな」と一言だけ返して周囲の警戒に意識を割く。
荷台に乗ってる男子生徒、特にバイク好きの相川が羨ましそうに見ていたのは、後ろにベルファストを乗せていることか、それとも魔力駆動二輪を運転できることが、それともその両方か定かでは無いが、羨ましいと騒いでいる男子生徒達の姿はこれから、正体不明の異変が起きている危険地帯に行くとは思えない騒がしさだった。
実は車内でも愛子を膝枕しながら、それでもいつの間にか二人の世界を作るハジメとユエ。そんな二人を後部座席からキャッキャと見つめる女子高生、そして不貞腐れるウサミミ少女と、これから、正体不明の異変が起きている危険地帯に行くとは思えない騒がしさだったりする。
真面目にこの先に有るであろう危険性を考え、それを警戒しているのは京矢達だけだったそうだ。
そのことを京矢が知ったら流石に叫ぶだろう。「少しは警戒しろ!」と。
ベッドに腰掛けながら京矢はそんな事を呟く。
すでに時間は夜中の深夜を回っている。京矢達がいるのはガチャ産アイテムのディメンションルームと言う道具で入ることのできる異空間だ。
教会騎士の連中からの襲撃を警戒しての行動だが、実はこっちの方がそれなりに良い寝具が使えたりするのだ。
そんな中で思うのはハジメの作った銃を見たこの世界の人間の反応だ。
元々火縄銃の時点で、日本の歴史に於いて、連射しにくいという欠点こそあれ、其処さえ補えればその欠点を補え、当時最強と言われた騎馬隊を相手に勝ったのだ。
ハジメが作り上げたのは、それよりも進化した現代の品。それが量産されれば戦争の歴史など一気に変えてしまう、下手したら剣と魔法の世界から銃と魔法の世界に成りかねないレベルだ。少なくとも錬成師と言う存在がいる以上、弓矢は間違いなく不要になるだろう。
これでライダーシステム等見せた日にはどうなるかは想像もできない。量産など間違い無く不可能だろうが、加速度などと言うレベルの変化ではない。
「京矢様、愛子様のことは宜しいんでしょうか?」
「そっちは南雲の判断に任せるさ」
南雲は愛子には解放者から聞いたこの世界の真実を教えることにしたそうだ。
聞いた後どうするのかは愛子の判断に委ねるそうだが、行動原理が生徒を中心としている愛子ならば、そう悪い事にはならないだろう。
「あのバカには教えない方がいいだろうけどな」
そう、主に光輝である。光輝の場合、大勢の人たちが信じ、崇める〝エヒト様〟を愚弄したとして非難されるのがオチだろう。
愛子に伝えておけば、とも思ったが間違い無く愛子の場合は全員を連れて帰る事を望むだろうが、それだと光輝に邪魔される危険がある。
「無駄な上に面倒なことは嫌いだが、一度は顔を見に行く必要はあるか」
具体的には龍太郎の様な光輝派と判断できる生徒は、帰還の際の邪魔になりそうなので、望み通りこの世界に捨てていくためだ。帰還の目処さえつけば、ハウリアの砦に残した天城達の回収の必要はあるが、光輝側についた生徒達は可哀想だが、己の判断の後悔しつつこの世界に残ってもらおう。
そう言う意味では愛子親衛隊の面々は帰還時にはちゃんと連れて帰る側の生徒達だ。
「まあ、それであのアホ側に立った生徒を説得してくれればそれで良い」
それでも、愛子が影響を与えたとしても、光輝と龍太郎と小悪党の残りを置いていくのは確定だ。
時間との勝負になる可能性が高い帰還までの間に光輝の説得などと言う無駄な事に費やす暇はない。……暇があったとしてもそんな面倒な事をしたくは無いが。
「京矢様、前にお聞きした話では、直葉様にお話ししたのではありませんか?」
「ああ。その男がクラスメイトを戦争に参加させる様に先導した事と、そのせいで一人は死んだ事を」
「連れて帰っても周りから責められるのがオチだな」
間違っても帰ったところで人気者にはなれない。下手したら既に光輝の家族もあの街で生きていけないであろう。
「大体、戦争に参加させるときのセリフが『オレが守る』だ。その時点で」
「バカだな」
「愚かとしか言えませんね」
戦場を知るエンタープライズとベルファスト、二度もセフィーロを舞台に戦った京矢からしてみれば、守るのならばお前だけが戦えと言いたい。
京矢はその使命の都合上、セフィーロの戦いでは光達をサポートするしか無かったが、そうでないのならば自分一人でなんとかする道を選んでいた。
そもそも、守ると言うのならば最初から共に戦おうなどと言うのではなく、自分だけが戦うから戦うなと言うべきだ。
「まっ、アホが魔王に勝ったところで、悪霊擬きがそう簡単に勇者(笑)なんて丁度いい玩具を手放すとは思えねえからな」
京矢とハジメの考えはそれだ。魔王を倒したところで帰してなどくれない、また新しいゲームを画策されるだろう。と。それが大魔王と名乗る新たな敵か、魔王以上の巨大な魔物か、或いは別の何かかは分からないが。
仮にエヒトが京矢達の排除の為に、かつての解放者達の様にこの世界の者達を使って敵対させたとしても、地球人で有る京矢達にとってトータス人は同胞では無い。姿形は似ていても魔人族と人間族の様に考えるならば躊躇は無く、其方は容赦なく始末しても良い。
……少なくとも亜人族は敵対する意思は無いだろうから、その結果、この世界の支配権を亜人側が持つ未来が待ってたとしてもそれはそれでどうでも良い。
が、それに光輝達が加わると面倒さが増えるので、なるべく数が減った方が楽だと判断した結果だ。
…………それでも敵対した場合は容赦無く、全員纏めてキシリュウジンで跳ね飛ばすつもりだが。
「まっ、その辺は南雲が何処まで話すのかと、愛子先生の判断だな」
その後は話を聞いたクラスメイト達の判断だ。敵対するならば容赦はしない。最早クラスメイトとは思わず、圧倒的な力で叩き潰すだけだ。
そう考えてベッドに横になる。
なお、このベッドを含むディメンションルーム内の家具はオスカーの隠れ家で見つけた予備の品で有る。
夜明け。
月が輝きを薄れさせ、東の空がしらみ始めた頃、ハジメ、ユエ、シア、京矢、エンタープライズ、ベルファストの六人はすっかり旅支度を終えて、〝水妖精の宿〟の直ぐ外にいた。
手には、移動しながら食べられるようにと握り飯が入った包みを持っている。極めて早い時間でありながら、嫌な顔一つせず、朝食にとフォスが用意してくれたものだ。流石は高級宿、粋な計らいだと感心しながら京矢達は遠慮なく感謝と共に受け取った。
朝靄が立ち込める中、京矢達はウルの町の北門に向かう。そこから北の山脈地帯に続く街道が伸びているのだ。
馬で丸一日くらいだというから、今から魔力駆動二輪で飛ばせば三、四時間くらいで着くだろう。
ウィル・クデタ達が、北の山脈地帯に調査に入り消息を絶ってから既に五日。
生存は絶望的だ。ハジメも京矢もウィル達が生きている可能性は低いと考えているので、既に遺体を見つけてからの天生牙での蘇生を考えている。
生きて帰せば、イルワのハジメ達に対する心象は限りなく良くなるだろうから、モンスターの餌になる前に出来るだけ急いで捜索するつもりだ。
幸いなことに天気は快晴。搜索にはもってこいの日だ。
幾つかの建物から人が活動し始める音が響く中、表通りを北に進み、やがて北門が見えてきた。
と、二人はその北門の傍に複数の人の気配を感じ目を細める。特に動くわけでもなくたむろしているようだ。
「おいおい、何しに来たんだか?」
朝靄をかきわけ見えたその姿は……愛子と生徒六人の姿だった。
「……何となく想像つくけど一応聞こう……何してんの?」
京矢達が半眼になって愛子に視線を向ける。一瞬、気圧されたようにビクッとする愛子だったが、毅然とした態度を取るとハジメと京矢に正面から向き合った。
ばらけて駄弁っていた生徒達、園部優花、菅原妙子、宮崎奈々、玉井淳史、相川昇、仁村明人も愛子の傍に寄ってくる。
「私達も行きます。行方不明者の捜索ですよね? 人数は多いほうがいいです」
「邪魔。足手纏いは必要ねえな」
「却下だ。行きたきゃ勝手に行けばいい。が、一緒は断る」
「な、なぜですか?」
「単純に足の速さが違う。先生達に合わせてチンタラ進んでなんていられないんだ」
「ってか、戦闘力も違う。邪魔な障害物はなぎ倒すにしても足手纏いがいたら邪魔だ」
見れば、愛子達の背後には馬が人数分用意されていた。一瞬、こいつ等乗馬出来るのか? と疑問に思ったが、至極どうでもいいことなのでスルーする。
乗れようが乗れまいが、どちらにしろ魔力駆動車の速度に敵うはずがないのだ。
だが、ハジメと京矢の物言いにカチンと来たのか愛ちゃん大好き娘、親衛隊の実質的リーダー園部優花が食ってかかる。どうやら、昨日のハジメの威圧感や京矢の殺気や負い目を一時的に忘れるくらい愛ちゃん愛が強いらしい。
「ちょっと、そんな言い方ないでしょ? 南雲達が私達のことよく思ってないからって、愛ちゃん先生にまで当たらないでよ」
何とも的外れな物言いに、ハジメは「はぁ?」と呆れた表情になり、京矢が面倒だから早く行こうぜと肩を叩く。
京矢の意見に同意しながら、ハジメは確かに説明するのも面倒くさいと、無言で〝宝物庫〟から魔力駆動二輪を取り出す。
突然、虚空から大型のバイクが出現し、ギョッとなる愛子達。そんな彼女達を他所に京矢も4次元ポケットの中からサイドカータイプの魔力駆動二輪を取り出す。
「理解したか? お前等の事は昨日も言ったが心底どうでもいい。だから、八つ当たりをする理由もない。そのままの意味で、移動速度が違うと言っているんだ」
「そう言う事。お前達のペースに合わせて長々と丸1日も掛けて行く気はないんでな」
魔力駆動二輪の重厚なフォルムと、異世界には似つかわしくない存在感に度肝を抜かれているのか、マジマジと見つめたまま答えない愛子達。
そこへ、クラスの中でもバイク好きの相川が若干興奮したようにハジメに尋ねた。
「こ、これも昨日の銃みたいに南雲が作ったのか?」
「まぁな。それじゃあ俺等は行くから、そこどいてくれ」
「エンタープライズ、お前はサイドカーの方に乗ってくれ。ベルファストは後ろな」
おざなりに返事をして出発しようとするハジメと、もはや無視して今回は偵察用の艦載機が使える様にと座席の指示を出す京矢。それでもなお愛子が食い下がる。愛子としては、是が非でも京矢達に着いて行きたかったのだ。
理由は二つ。一つは、昨夜のハジメの発言の真偽を探るためだ。〝死んだ檜山に殺されかけた〟という愛子にとって看過できないその言葉が、本当にハジメの勘違いでなく真実なのか、ハジメからもっと詳しい話を聞きたかった。捜索が終わった後、もう一度京矢達と会えるかはわからない以上、この時を逃すわけには行かなかったのだ。
もう一つの理由は、現在、行方不明になっている清水幸利の事だ。
八方手を尽くして情報を集めているが、近隣の村や町でもそれらしい人物を見かけたという情報が上がってきていない。しかし、そもそも人がいない北の山脈地帯に関しては、まだ碌な情報収集をしていなかったと思い当たったのだ。
事件にしろ自発的失踪にしろ、まさか北の山脈地帯に行くとは考えられなかったので当然ではある。なので、これを機に自ら赴いて、京矢達の捜索対象を探しながら清水の手がかりもないかを調べようと思ったのである。
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なお、園部達がいるのは半ば偶然である。愛子が、京矢達より早く正門に行って待ち伏せするために夜明け前に起きだして宿を出ようとしたところを、トイレに行っていた園部優花に見つかったのだ。
旅装を整えて有り得ない時間に宿を出ようとする愛子を、愛ちゃん護衛隊の園部は誤魔化しは許さないと問い詰めた。結果、愛ちゃんを、変貌したハジメに任せる訳にはいかないと(京矢も京矢で頼れないと考えて)、園部が生徒全員をたたき起こし全員で搜索に加わることになったのである。
なお、騎士達は、心底嫌っている京矢達がいるとまた諍いを起こしそうなのを通り越して、京矢に本当に斬られかねないので、置き手紙で留守番を指示しておいた。聞くかどうかはわからないが……
愛子はハジメに身を寄せると小声で決意を伝える。
ハジメは、話の内容が内容だけに他に聞かれないよう顔を寄せた愛子の顔に、よく見れば化粧で隠してはいるが色濃い隈があることに気がついた。
きっと、ハジメの話を聞いてからほとんど眠れなかったのだろう。
「南雲君、先生は先生として、どうしても南雲君からもっと詳しい話を聞かなければなりません。だから、きちんと話す時間を貰えるまでは離れませんし、逃げれば追いかけます。南雲君にとって、それは面倒なことではないですか? 移動時間とか捜索の合間の時間で構いませんから、時間を貰えませんか? そうすれば、南雲君の言う通り、この町でお別れできますよ……一先ずは」
ハジメは、愛子の瞳が決意に光り輝いているのを見て、昨夜の最後の言葉は失敗だったかと少し後悔した。
愛子の行動力(空回りが多いが)は理解している。誤魔化したり、逃げたりすれば、それこそ護衛騎士達も使って大々的に捜索するかもしれない。
愛子から視線を逸らし天を仰げば、空はどんどん明るくなっていく。ウィルの生存の可能性、最悪の場合の蘇生を考えるとここで連れていくのは拙い。京矢にとって魔剣目録は伏せておきたい手札の一つなのだ。クラスメイトとは言え見せたくはないだろうと考えた。
つまり、ここで愛子達を連れて行くことはウィルの生存の可能性を低くしてしまうことになる。
そんな中で意外なところから愛子に助け船が出る。
「押し問答してる時間も惜しい。仕方ないから連れて行ってやろうぜ」
「良いのか?」
その良いのかは最悪魔剣目録を見せる事になる危険性だ。ウィルが死亡していた場合など早めに蘇生した方が良いだろうし、
「最悪の場合は適当に理由を付けてお前達で遠ざけてくれ。その間にオレが蘇生する。微かに息があったから、オレが神水を飲ませたら息を吹き返したって事にすれば良いだろ?」
京矢の言葉にそれもそうだと納得するハジメ。見られなければ問題ないし、最悪は五人で京矢が棺桶に入れて宝物庫の中に入れて家族の元に持ち帰る準備をする間の周囲の警戒といえば良い。
「自業自得って事で諦めろ。お前の判断で不利益が出ても、先生への説明はお前に任せたんだ。後から責めねえよ」
ハジメは京矢の言葉に一度深く溜息を吐くと、自業自得だと自分を納得させ、改めて愛子に向き直った。
「わかったよ。鳳凰寺が問題ないなら同行を許そう。といっても話せることなんて殆どないけどな……」
「構いません。ちゃんと南雲君の口から聞いておきたいだけですから」
「はぁ、全く、先生はブレないな。何処でも何があっても先生か」
「まっ、そこが先生たる所以だろ?」
「当然です!」
京矢の説得でハジメが折れたことに喜色を浮かべ、むんっ! と胸を張る愛子。どうやら交渉が上手くいったようだと、生徒達もホッとした様子だ。
「……京矢様、宜しいのですか?」
「ああ、どこまでも〝教師〟なんでな。生徒の事に関しては妥協しねぇだろから、下手に放置しておく方が、後で絶対面倒になる」
「生徒思いの良い先生と言うわけか。……それに」
「ああ」
京矢とエンタープライズの視線がベルファストに向く。
「ベルファストにメイドとして妥協しろって言う様なモンだしな」
「それは有り得ないな」
既にメイドとは何なのか分からなくなるレベルのハイスペックなベルファストだが、既にネゴシエーターと料理人と秘書のスキルがあるのは確認出来る。
京矢も、ブレずに自分達の〝先生〟であろうとする愛子の姿勢を悪く思っていなかった。
例え、既に生徒やクラスメイトというカテゴリーに何の価値も見出していなかったとしても、数少ない敬意を払うべき貴重な大人の一人であるとは思っているのだ。
「でも、このバイクじゃ乗れても三人でしょ? どうするの?」
園部がもっともな事実を指摘する。
馬の速度に合わせるのは時間的に論外であるし、愛子を乗せて代わりにユエかシア、エンタープライズかベルファストを置いて行くなど有り得ない。
仕方なく、ハジメは魔力駆動二輪を〝宝物庫〟にしまうと、代わりに魔力駆動四輪を取り出した。
ポンポンと大型の物体を消したり出現させたりする二人に、おそらくアーティファクトを使っているのだろうとは察しつつも、やはり驚かずにはいられない愛子達。
今のハジメを見て、一体誰が、かつて〝無能〟と呼ばれていたなどと想像できるのか。園部達に、「乗れない奴は荷台な」と言い残し、さっさと運転席に行くハジメと肩を竦めてサイドカーに向かう京矢に複雑な眼差しを向けるのだった。
前方に山脈地帯を見据えて真っ直ぐに伸びた道を、ハマーに似た魔力駆動四輪とサイドカータイプの魔力駆動二輪が爆走する。
魔力駆動四輪もサスペンションがあるので、街道とは比べるべくもない酷い道ではあるが、大抵の衝撃は殺してくれる上、二輪と同じく錬成による整地機能が付いているので、車内は当然、車体後部についている硬い金属製の荷台に乗り込むことになった男子生徒も特に不自由さは感じていないようだった。
なお、〝宝物庫〟があるのに、わざわざ荷台を取り付けたのは、荷台にガトリングをセットし走行しながらぶっ放すという行為に、ちょっと憧れがあったからだ。
製作者であるハジメのささやかなこだわりである。
車内はベンチシートになっており、運転席には当然ハジメが乗り、隣の席には愛子が、その隣にユエが乗っており、京矢達三人がサイドカーで隣を並走している。なお、京矢も同じ魔力駆動四輪を貰っているが、常に二輪を使うのは仮面ライダーの力を使う京矢の細やかなこだわりで有る。
愛子がハジメの隣なのは例の話をするためだ。愛子としては、まだ他の生徒には聞かれたくないらしく、直ぐ傍で話せるようにしたかったらしい。
出来れば愛子としては、京矢とも話をしたかったが、流石に全員が乗れる様な大きさではないので京矢達は一緒ではない。
後部座席に座っているシア達は少々窮屈を感じている様子だ。
シアは言わずもがな、園部や菅原は肉感的な女子なので、それなりに場所をとっている。スレンダーな宮崎が物凄く居心地が悪そうだ。
そんな彼女達の様子を見ながら内心安堵しているのはエンタープライズだ。
先程から、園部と菅原に挟まれて、ハジメとの関係を根掘り葉掘り聞かれている姿に、シアには悪いが彼方に乗らなくて良かったとも思っている。
異世界での異種族間恋愛など花の女子高生としては聞き逃せない出来事なのだろう。興味津々といった感じでシアに質問を繰り返しており、シアがオロオロしながら頑張って質問に答えている。
「京矢様は彼方でなくてよろしかったのですか?」
ベルファストがそう問いかけてくる。
「ああ、警戒するに越した事はねえからな。一応、ギルドマスターの話からして、足手纏いが居たとしても、それでも十分って判断できるベテランチームが音信不通になる程の危険なモンスターか、大規模な群れか……」
「魔人族、この世界の人間の戦争相手がいる可能性がある、そう言うことか?」
「ああ」
京矢の推測の最後の一つをエンタープライズが京矢に変わって告げる。そもそも、魔人族の存在を京矢は一番警戒しているのだ。
大規模な魔物の群れならば広範囲の殲滅で地形の事を考えなければ何とかなる。強力な魔物も何とかする方法は思い付く。現状、警戒すべき未知の相手が魔人族と言う訳だ。
この辺に敵対勢力の軍勢が有るとすれば、目的はウルの町だろう。戦略的に必要かは分からないが、観光地であるが故に城壁の無い街は準備さえ整えば簡単に滅ぼせるだろう。
そして、冒険者達はその準備の最中に目撃されたから口封じの為に消された。そう考えることもできる。
「有りえる可能性ですね」
「強力なモンスターや群れの方がまだマシだよな。壊滅させるのは簡単だけど、手札を見せたく無いからな」
主に広範囲用の対軍性能を持った魔剣や聖剣やキシリュウジンやヨクリュウオーだ。
銃でさえ喉から手が出るほど欲しがられるのに、対軍兵器や巨大ロボなど正に殺してでも奪い取ると言う反応されかねない。
愛子も魔法が打ち込まれた時のことを聞いている様子だが、檜山が落ちた時の事や、死んだ時のことは知らないとしか答えられないだろう。
道連れにしたのは反射的に反撃した京矢の仕業なのだし、最後まで一緒だったのは京矢だ。
つまり、その時の檜山の事は京矢しか知らない。
なお、檜山の事については間違いなどとは思っていない。後ろから飛んできた殺気と魔法の元へとっさに鬼勁を放ったのだが、位置と動機の両方が合致している上に、助けを求める檜山から直接確認をしてもいる。
「自業自得で死んだアホの事なんざ、今更思い出したくも無いからな」
檜山という人間は、もう京矢の中ではどうでも良い相手だ。力を得て、自分が一方的に殺せると勘違いした奴が反撃されて死んだ。その程度の事。今更思い出しても面倒なだけだ。
「それもそうでしたね。申し訳ありません、京矢様」
京矢の意思を察したベルファストの謝罪を「気にするな」と一言だけ返して周囲の警戒に意識を割く。
荷台に乗ってる男子生徒、特にバイク好きの相川が羨ましそうに見ていたのは、後ろにベルファストを乗せていることか、それとも魔力駆動二輪を運転できることが、それともその両方か定かでは無いが、羨ましいと騒いでいる男子生徒達の姿はこれから、正体不明の異変が起きている危険地帯に行くとは思えない騒がしさだった。
実は車内でも愛子を膝枕しながら、それでもいつの間にか二人の世界を作るハジメとユエ。そんな二人を後部座席からキャッキャと見つめる女子高生、そして不貞腐れるウサミミ少女と、これから、正体不明の異変が起きている危険地帯に行くとは思えない騒がしさだったりする。
真面目にこの先に有るであろう危険性を考え、それを警戒しているのは京矢達だけだったそうだ。
そのことを京矢が知ったら流石に叫ぶだろう。「少しは警戒しろ!」と。