ウルの街防衛戦

愛子が吠えた後、ベルファストに注意され、他の客の目もあるからとVIP席の方へ案内された京矢達。
そこで、愛子や園部優花達生徒から怒涛の質問を投げかけられつつも、二人は、目の前の今日限りというニルシッシル(異世界版カレー)に夢中で端折りに端折った答えをおざなりに返していく。

Q、橋から落ちた後、どうしたのか?
A(ハジメ)、超頑張った
A(京矢)、魔物を片っ端から切った
Q、なぜハジメは白髪なのか
A(ハジメ)、超頑張った結果
Q、ハジメのその目はどうしたのか
A(ハジメ)、超超頑張った結果
Q、なぜ、直ぐに戻らなかったのか
A(ハジメ)、戻る理由がない
A(京矢)、あのアホに振り回されたく無い、本気で関わる気をなくしたから
Q、一緒に落ちた檜山はどうしたのか?
A(ハジメ)、オレとは一緒じゃなかったから知らない、鳳凰寺に聞いてくれ
A(京矢)、…………

最後の問いに対して僅かに答えを迷った後、愛子へと視線を向け、

「あいつなら死んだよ。正確にはオレが見つけた時には、もう瀕死だったな。生きたまま魔物の餌になってたな。その魔物もオレが切ったから、一応仇は討ってやった事にはなるか?」

京矢の端的な言葉に息を飲む一同。ハジメと京矢が生きていたなら、檜山ももしかしたらと思ったが、

「檜山には、あの時の南雲の様に幸運が有った訳でも、オレの様に力があった訳でも無かった。それだけの話だ」

檜山を餌にしていた魔物は死んでもあの傷なら助からないだろう。
あの時点で京矢には檜山を助ける手段は有ったが、自分やハジメを殺そうとした男を、隠すべき秘密を見せてまで助けるほど京矢は甘くは無い。

錬成師と言う天職が有ったからこそ手にできた幸運が有ったハジメ、純粋に圧倒的な力の差で魔物を倒す事の出来た京矢。だが、檜山はハジメほどの幸運にも恵まれず、京矢ほどの力も無かった。
力も運もなかった檜山は死んで力と運が有った二人は生き延びた。それだけの話だ。

露出狂等と言う技能のせいで武器以外の装備どころか服を着ていると、この世界の一般女性にさえおとる、スライム程度の能力しかない檜山では生き残ることは不可能だったと言う事だろう。
……まあ、檜山の場合は露出狂よりもっと酷い|勇者(笑)王《ぜんらおう》と言うスキルだが。

暗く沈んだ空気になる愛子達を他所に目を合わせることもなく、京矢達は美味そうに、時折感想を言い合いながらニルシッシルに舌鼓を打つ。表情は非常に満足そうである。

その様子にキレたのは、愛子専属護衛隊隊長のデビッドだ。
愛する女性が蔑ろにされていることに耐えられなかったのだろう。拳をテーブルに叩きつけながら大声を上げた。

「おい、お前達! 愛子が悲しんでいるのだぞ! その態度はなんだ!」

ハジメと京矢、チラリとデビッドを見ると、はぁと溜息を吐いた。

「食事中だぞ? 行儀よくしろよ」

「食事中にギャーギャー喚くな。どんだけ育ちが悪いんだよ、アンタ」

全く相手にされていないことが丸分かりの物言い。元々、神殿騎士にして重要人物の護衛隊長を任されているということから自然とプライドも高くなっているデビッドは、我慢ならないと顔を真っ赤にした。
そして、何を言ってものらりくらりとして明確な答えを返さない京矢達から矛先を変え、その視線がシアに向く。

「ふん、行儀だと? その言葉、そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前の方が礼儀がなってないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ? 少しは人間らしくなるだろう」

侮蔑をたっぷりと含んだ眼で睨まれたシアはビクッと体を震わせた。ブルックの町では、宿屋での第一印象や、キャサリンと親しくしていたこと、ハジメ達の存在もあって、むしろ友好的な人達が多かったし、フューレンでも蔑む目は多かったが、奴隷と認識されていたからか直接的な言葉を浴びせかけられる事はなかった。

つまり、彼等と旅に出てから初めて、亜人族に対する直接的な差別的言葉の暴力を受けたのである。
有象無象の事など気にしないと割り切ったはずだったが、少し、外の世界に慣れてきていたところへの不意打ちだったので、思いの他ダメージがあった。シュンと顔を俯かせるシア。

よく見れば、デビッドだけでなく、チェイス達他の騎士達も同じような目でシアを見ている。彼等がいくら愛子達と親しくなろうと、神殿騎士と近衛騎士である。聖教教会や国の中枢に近い人間であり、それは取りも直さず、亜人族に対する差別意識が強いということでもある。
何せ、差別的価値観の発信源は、その聖教教会と国なのだから。デビッド達が愛子と関わるようになって、それなりに柔軟な思考が出来るようになったといっても、ほんの数ヶ月程度で変わる程、根の浅い価値観ではないのである。

あんまりと言えばあんまりな物言いに、思わず愛子が注意をしようとするが、その前に俯くシアの手を握ったユエが、絶対零度の視線をデビッドに向ける。
最高級ビスクドールのような美貌の少女に体の芯まで凍りつきそうな冷ややかな眼を向けられて、デビッドは一瞬たじろぐも、見た目幼さを残す少女に気圧されたことに逆上する。普段ならここまでキレやすい人間ではないのだが、思わず言ってしまった言葉に、愛しい愛子からも非難がましい視線を向けられて軽く我を失っているようだった。

「何だ、その眼は? 無礼だぞ! 神の使徒でもないのに、神殿騎士に逆らうのか!」

思わず立ち上がるデビッドを、副隊長のチェイスは諌めようとするが、それよりも早く、ユエの言葉が騒然とする場にやけに明瞭に響き渡った。

「……小さい男」

それは嘲りの言葉。たかが種族の違い如きで喚き立て、少女の視線一つに逆上する器の小ささを嗤う言葉だ。
唯でさえ、怒りで冷静さを失っていたデビッドは、よりによって愛子の前で男としての器の小ささを嗤われ完全にキレた。

「……異教徒め。そこの獣風情と一緒に地獄へ送ってやる」

無表情で静かに呟き、傍らの剣に手をかけるデビッド。
突如現れた修羅場に、生徒達はオロオロし、愛子やチェイス達は止めようとする。だが、デビッドは周りの声も聞こえない様子で、遂に鞘から剣を僅かに引き抜いた。

その瞬間、金属のぶつかる音が響く。

「は?」

抜いたはずの剣が細切れにされる。刀身が金属片へと変わる。それが剣だったと認識出来る者はいないだろう。
だが、デビットに起こったのはそれだけでは無い。
身を包んでいた神殿騎士の鎧が細切れになって地に落ちる。トドメとばかりに服もバラバラになって抜け切れと変わり風に吹き飛ばされていく。唖然とした顔のまま最後の情けとばかりに残されたパンツ一丁にされてしまう。

「取り敢えず、剣を抜いといて命は残してやったんだ。有り難く思え」

全員が、それを行った京矢が斬鉄剣を鞘に収めている姿を見た瞬間、乾いた破裂音が〝水妖精の宿〟全体に響きわたり、同時に、唖然としていたデビッドの頭部が弾かれたように後方へ吹き飛んだ。

デビッドは、そのままパンツ一丁で背後の壁に凄まじい音を立てながら後頭部を強打し、白目を向いてズルズルと崩れ落ちる。

誰もが、今起こった出来事を正しく認識できず硬直する。視線は、白目を向いて倒れるデビッドに向けられたままだ。
すると、そこへ、大きな破裂音に何事かと、フォスがカーテンを開けて飛び込んできた。そして、目の前の惨状に目を丸くして硬直する。

代わりに、フォスが入ってきた事で愛子達が我を取り戻した。デビッドに向けられていた視線は、破裂音の源へと自然に引き寄せられる。

其処には、愛子達にとって知識にはあるが、実際には見たことのない、異世界にあるはずのない物、騎士達にとっては完全に未知の物、〝銃〟を座席に座ったまま構えるハジメの姿があった。
ドンナーからは白煙が上がっている。一応、撃ったのは非致死性のゴム弾だ。

詳細は分からないが攻撃したのがハジメと京矢であると察した騎士達が、一斉に剣に手をかけて殺気を放つ。
しかし、直後、騎士達の殺気などとは比べ物にならない凄絶な殺気が、まるで天から鉄槌となって襲ってきたかのように降り注ぎ、首筋に走る冷たさが立ち上がりかけた騎士達を強制的に座席に座らせた。

「おいおい、それを抜くなよ。流石に、その人数相手に手加減するのは面倒なんでな」

直接、殺気を浴びているわけではないが、京矢とハジメから放たれる桁違いの威圧感に、愛子達も顔を青ざめさせてガクガクと震えている。

ハジメがドンナーをゴトッとわざとらしく音を立てながらテーブルの上に置く。威嚇のためだ。

京矢は別段何もしていないが、何時でも霊剣を使える様にしている。教会側の人間に威嚇する手間をかける気はない。向かってくるのならば、容赦無く斬るだけだ。

そして、ハジメは自分の立ち位置と愛子達に求める立ち位置を明確に宣言する。

「俺は、あんたらに興味がない。関わりたいとも、関わって欲しいとも思わない。いちいち、今までの事とかこれからの事を報告するつもりもない。ここには仕事に来ただけで、終わればまた旅に出る。そこでお別れだ。あとは互いに不干渉でいこう。あんたらが、どこで何をしようと勝手だが、俺の邪魔だけはしないでくれ。今みたいに、敵意をもたれちゃ……つい殺っちまいそうになる」

「あー、安心しろよ。そっちの教会の飼い犬の連中以外は、流石に南雲が殺そうとしたら、それは止めるからな」

わかったか? そう眼で問いかけるハジメと京矢に、誰も何も言えなかった。
直接、視線を向けられたチェイス達騎士は、かかるプレッシャーに必死に耐えながら、京矢からは侮辱の言葉を掛けられているのに僅かに頷くので精一杯だった。

「そう言うわけで、先生。みんなの所に連れて行く。なんて言うのはやめてくれよ。流石にそろそろあのバカには我慢の限界なんでな」

京矢は続いて愛子達にそう言葉を告げる。愛子は、何も言わない。いや、言えないのだろう。
迸る威圧感のせいだけでなく、二人の言葉を了承してしまったら何も分からぬまま変わってしまった教え子を放置してしまうことになる。それは、愛子の教師としての矜持が許さなかった。

ハジメは溜息を吐き肩を竦めると〝威圧〟を解いた。
京矢も京矢でやれやれと肩を竦めながら殺気を解く。
愛子から返事はなかったが、なんとなくその心情を察した二人は、無理に返事を求めなかった。他の生徒達は、明らかに怯えた様子だったので、敢えて関わっては来ないだろうと推測した。

凄まじい圧迫感が消え去り、騎士達がドウッと崩れ落ちて大きく息を吐いた。愛子達も疲れたように椅子に深く座り込む。
ハジメが何事もなかったように食事を再開しながら、シュンとしているシアをユエと共に慰めている横で、京矢達はハジメ達のラブコメチックなやり取りを、もう慣れたとばかりに気にせずに異世界風カレーを味わっている。

ついさっきまで下手をすれば皆殺しにされるのではと錯覚しそうな緊迫感が漂っていたのに、今は何故か桃色空間が広がっている不思議に、愛子達も騎士達も目を白黒させた。

「あー、コレって南雲達にしたら何時ものことだからな。気にしたら負けだぜ」

そして、威圧どころか殺意を向けてきていた奴が、ハジメ達を指差しながら改めてフレンドリーに話しかけて来る。もう、どうリアクションをとれば良いのか分からない。

しばらく、ハジメ達のラブコメちっくなやり取りを見ていると、男子生徒の一人相川昇が我慢できずにポツリとこぼす。

「あれ? 不思議だな。さっきまで南雲達のことマジで怖かったんだけど、今は殺意しか湧いてこないや……」

「お前もか。つーか、他の二人も凄い美人だけど、あの二人も、ヤバイくらい可愛いんですけど……どストライクなんですけど……なのに、目の前でいちゃつかれるとか拷問なんですけど……」

「……南雲の言う通り、何をしていたか何てどうでもいい。だが、異世界の女の子と仲良くなる術だけは……聞き出したい! ……昇! 明人!」

「「へっ、地獄に行く時は一緒だぜ、淳史!」」

「おう、そう言う話なら幾らでも付き合うぜ、お前ら」

「「「鳳凰寺!!!」」」

何時の間にやら食事を終えて男子の会話に混ざった京矢の言葉に感極まる三人。先程まで目の前の相手の殺気に怯えていたのだが、何時の間にか学校の教室のノリだ。

「京矢さま、皆さまも食後のお茶は如何ですか?」

「「「はい、喜んで!!!」」」

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更にはベルファストからの微笑みながら告げられた言葉に心底嬉しそうに手をあげて賛同する男子達。
ベルファストが淹れてくれた紅茶を飲みながら美味いと感涙さえ流す男子生徒達。すっかり、シリアスな雰囲気が吹き飛び、本来の調子を取り戻し始めた女生徒達が、そんな男子生徒達に物凄く冷めた目を向けていた。

チェイスが、場の雰囲気が落ち着いたのを悟り、デビッドの治癒に当たらせる。
同時に、警戒心と敵意を押し殺して、微笑と共に京矢達に問い掛けた。彼等の事情はともかく、どうしても聞かなければならない事があったのだ。

「南雲君、鳳凰寺君でいいでしょうか? 先程は、隊長が失礼しました。何分、我々は愛子さんの護衛を務めておりますから、愛子さんに関することになると少々神経が過敏になってしまうのです。どうか、お許し願いたい」

ハジメの内心は兎も角、この状況で警戒心と敵意を押し殺して話しかけて来るチェイスの話の内容が気になった京矢は聞くだけは聞いてみることにする。

「そのアーティファクト……でしょうか。寡聞にして存じないのですが、相当強力な物とお見受けします。弓より早く強力にもかかわらず、魔法のように詠唱も陣も必要ない。そして、その剣。鋼鉄をたやすく切り裂く程の切れ味。一体、何処で手に入れたのでしょう?」

微笑んでいるが、目は笑っていないチェイス。
先ほどのやり取りで、ハジメの武器に魔力が使われたような気配がないことから、弓のように純粋な物理な機構が用いられているなら量産が可能かもしれないと考える。
そして、そうなれば、戦争の行く末すら左右しかねないため、自分達が束になってもハジメには敵わないかもしれないとは思いつつも、聞かずにはいられなかったのだ。

(ほー、流石に銃の有用性に気付いたか)

京矢が感心しながらも当然だろうなと考えているとハジメが、チラリとチェイスを見る。そして、何かを言おうとして、興奮した声に遮られた。
クラス男子の玉井淳史だ。

「そ、そうだよ、南雲、鳳凰寺。それ銃に日本刀だろ!? 何で、そんなもん持ってんだよ!」

玉井の叫びにチェイスが反応する。

「銃? 日本刀? 玉井は、あれが何か知っているのですか?」

「え? ああ、そりゃあ、知ってるよ。オレ達の世界の武器だからな」

「まっ、付け加えておくと、刀は日本、オレ達の国独特の刀剣って所だな」

刀の事はこの世界の剣と大差ない情報なので伝えておいても構わないだろう。銃と違って知られた所で何一つ戦争には影響は出ないのだから。

ふと、京矢はハジメへと視線を向ける。斬鉄剣のことを誤魔化してくれと言う視線だ。

「ほぅ、つまり、この世界に元々あったアーティファクトではないと……とすると、異世界人によって作成されたもの……作成者は当然……」

「俺だな」

ハジメは、あっさりと自分が創り出したと答えた。……銃の方は嘘ではないが、刀の制作者ではないことまでは気が付いてはおらず、両方ともハジメが作ったと誤解してくれている様子だ。
チェイスは、ハジメに秘密主義者という印象を抱いていたため、あっさり認めたことに意外感を表にする。

「あっさり認めるのですね、南雲君。君達はその武器が持つ意味を理解していますか? それは……」

「ああ。地球の歴史を知ってりゃ簡単に予想できるぜ。戦争の歴史を変えた武器って事はな」

「量産できればな。大方、言いたいことはやはり戻ってこいとか、せめて作成方法を教えろとか、そんな感じだろ? 当然、全部却下だ。諦めろ」

「ああ、寝言は寝て言え」

取り付く島もない京矢とハジメの言葉。あらかじめ用意していた言葉をそのまま伝えたようだ。
だが、チェイスも食い下がる。二人の武器はそれだけ魅力的だったのだ。

「ですが、それを量産できればレベルの低い兵達も高い攻撃力を得ることができます。そうすれば、来る戦争でも多くの者を生かし、勝率も大幅に上がることでしょう。あなたが協力する事で、お友達や先生の助けにもなるのですよ? ならば……」

「……もしかして、鉄を簡単に切れるのが普通、なんて思ってるなら教えてやるけど、刀は量産した所で今は無理だぜ」

「……違うのですか?」

「残念ながら、扱い方を知らない奴が使った所でなんの意味もねえよ。鈍器に近い剣しか使ったことが無いアンタらが使ってもな」

鉄をも切り裂ける斬鉄剣が超一級品な代物なだけで普通の物を量産して普通の兵士に持たせた所で何の意味もない。
そして、日本においても戦国時代の戦場では槍の方が活躍したそうだ。要するに、今から刀を使い方を覚え直すくらいなら長い槍を構えて突撃した方が遥かに早い。

「なんと言われようと、協力するつもりはない。奪おうというなら敵とみなす。その時は……戦争前に滅ぶ覚悟をしろ」

「まあ、盗めたとしても、一つ有ってもアンタ達に量産できるとは思えないがな。出来たとしても年単位は必要だろ?」

銃にしても、火縄銃の構造さえ理解出来ないであろう物が最新の物を量産しようとしても不可能だろう。
主に作り方だけでは無く使い方、どの部品がどう言う役割を果たすパーツなのかと言う事に対する理解。知識の無いこの世界の錬成師が一から調べる時間や試作品の作成、量産試作品の制作と過程を考えると、最初から製造方法を知るハジメの協力でも無ければ、量産体制には年単位で掛かるだろう。

教えた所で意味はないと暗に言っている京矢の言葉に口を噤むチェイス。そこへ愛子が執り成すように口を挟む。

「チェイスさん。南雲君達には南雲君達の考えがあります。私の生徒に無理強いはしないで下さい。南雲君も、鳳凰寺君もあまり過激な事は言わないで下さい。もっと穏便に……南雲君も、鳳凰寺君も、本当に戻ってこないつもり何ですか?」

「ああ、戻るつもりは無いな」

「オレ達は明朝、仕事に出て依頼を果たしたら、そのままここを出る」

「どうして……」

愛子が悲しそうにハジメを見やり、理由を聞こうとするが、それより早くハジメが席を立った。いつの間にか、ユエやシアも食事を終えている。
食後のお茶を終えた京矢もベルファストが茶器を片付けるとさっさと立ち去って行く。

其処で一度立ち止まると愛子達の方へと視線を向け、

「そうそう、一つ忠告してやるけど……今の南雲を無理やり連れ帰ろうなんてすると、間違いなく死ぬぞ。だから止めとけよ」

過去に無能と蔑んでいた事を引き合いに出す様に、冷たい視線を向ける。自分の目が届く所ならば一度は助けてやるが、率先して助けてやる義理はない。
故に面倒を減らすために、最低限の忠告はしておく。その一度がこの忠告だ。

忠告を終えるとヒラヒラと手を振りながらエンタープライズとベルファストの二人を伴って二階へと立ち去っていった。

愛子が彼等を引きとめようとするが、無視して二階への階段を上っていってしまった。後に残された愛子達の間には、何とも言えない微妙な空気が流れた。
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