ウルの街防衛戦
「話は大体聞かせてもらいました。証人も大勢いる事ですし嘘はないのでしょうね。やり過ぎな気もしますが……そこは、まぁ、死んでいませんし許容範囲としましょう」
ドット秘書長と呼ばれた男は、ダラダラと冷や汗を流しながら、片手の中指でクイッとメガネを押し上げると落ち着いた声音で京矢達に話しかけた。
「取り敢えず、彼らが目を覚まし一応の話を聞くまでは、フューレンに滞在はしてもらうとして、身元証明と連絡先を伺っておきたいのですが……取り敢えず、今はそれで勘弁していただけませんか!?」
もう、今はこれで譲渡してくださいと言う勢いで頭を下げて京矢達……正確には目の前で優雅にお茶を飲んでいるベルファストにお願いしているドットさんでした。
「そうですね……如何致しますか、京矢様?」
「ま、まあ、そのくらいの譲渡はしてやろうぜ。お前も良いよな、南雲?」
「あ、ああ、構わない。そっちのブタがまだ文句を言うようなら、むしろ連絡して欲しいくらいだしな。今度はもっと丁寧な説得を心掛けるよ」
ベルファストの交渉術に負けて勘弁してくれと言うドットにドン引きな京矢とハジメであった。
黒と言うランクの冒険者ギルドの上位の実力者の一人が人攫いを行おうとしていた事。
それを今回護衛依頼を受けたモットーに伝えに行こうとしたのである。フューレンの冒険者ギルドは裏組織と繋がりがある。いや、冒険者ギルド自体が裏組織の隠れ蓑と化していると。
この世界には名誉毀損などは無い。
知人が危険な犯罪者ギルドから護衛を雇って金品を強奪され命を奪われるのを防ぐため、まだこの街に残っている前の街からの護衛を個人で雇った方が良い。と。
ついでに知人の商人にも伝えた方が良い。フューレンの町は危険だと。
と言う話から始まりレガニドが人攫いに協力していた事実があるため、話が広まったら色々と拙い事になりそうな方向に話を進めていったベルファストに完全に敗北した秘書長であった。
下手したら商業都市をモットーを利用して寂れさせかねない方向に話が進みそうになっていた。
まあ、モットーがそんな話に乗るかは知らないし興味もない。今回は単なる交渉のネタとして上げただけなのだし。
「なあ、鳳凰寺。最近のメイドはネゴシエーターの技能が必要なのか?」
「最低限料理人と栄養士の能力があるのは分かるけどな」
「この程度はメイドの嗜みでございます」
ドン引きな京矢とハジメに美しい笑顔で言ってくれる完璧メイド長。ドット秘書長は「メイドってそんなだったか?」と頭を抱えている。
一応王族出身のユエは地球のメイドのレベルがベルファスト基準になりつつある様子だ。
トータスのメイドはベルファストに言わせれば子供の遊びなのかも知れない。
ベルファストと言うよりもロイヤルのメイドのレベルが高すぎるだけかも、だが。
「残念ながら、連絡先についてはお勧めの滞在先を聴いてたところだったんだよ。だから、後でそこの案内人に聞いてくれ。彼女の勧めた宿に泊まるだろうしな」
京矢から視線を向けられたリシーは、ビクッとした後、やっぱり私が案内するんですねと諦めの表情で肩を落とした。
「ふむ、そう言う事ならそれでいいでしょう……〝青〟ですか。向こうで伸びている彼は〝黒〟なんですがね……そちらの方達のステータスプレートはどうしました?」
京矢とハジメから渡されたステータスプレートに表示されている冒険者ランクが最低の〝青〟であることに僅かな驚きの表情を見せるドット。
しかし、二人の女性の方がレガニドを倒したと聞いていたので、彼女達の方が強いのかとユエとシアのステータスプレートの提出を求める。
「いや、彼女達はステータスプレートは紛失してな、再発行はまだしていない。ほら、高いだろ?」
「ああ。エンタープライズとベルファストの分も紛失しててな。まあ、冒険者ギルドに登録してあるのはオレ達だし、無くても問題は無かったからな」
さらりと嘘をつくハジメと京矢。
ユエとシアの異常とも言える強さを見せた後では意味がないかもしれないが、それでもはっきりと詳細を把握されるのは出来れば避けたい。
「しかし、身元は明確にしてもらわないと。記録をとっておき、君達が頻繁にギルド内で問題を起こすようなら、流石に加害者・被害者のどちらかに関係なくブラックリストに載せる事になりますからね。よければ、彼の行いのお詫びも兼ねてギルドで立て替えますが?」
ドットの口ぶりから、どうしても身元証明は必要らしい。
しかし、ステータスプレートを作成されれば、隠蔽前の技能欄に確実に二人の固有魔法が表示されるだろうし、ベルファストとエンタープライズの種族も問題になる可能性もある。それどころか今や、神代魔法も表示されるはずだ。大騒ぎになることは間違いない。
騒ぎになったところで京矢達を害そうとするのなら全部なぎ倒せばいいとも思えるが、それでは、もうまともに滞在はできないだろう。
京矢がどうするかと考えている横で何だか色々面倒になってきたハジメ。その思考を読んだようにユエがハジメに話しかけた。
「……ハジメ、手紙」
「? ああ。あの手紙か……」
ユエの言葉で、ハジメはブルックの町を出るときに、ブルック支部のキャサリンから手紙を貰ったことを思い出す。
ギルド関連で揉めたときにお偉いさんに見せれば役立つかもしれないと言って渡された得体の知れない手紙だ。
「ああ。あの人からもらった手紙か。まあ、それなりに顔が広いなら紹介状の代わりにはなってくれるんじゃねえか?」
最悪の場合、必要な買い物だけ済ませてライダーシステムを使ってでもコッソリ都市から出れば良いのだから。
京矢からも賛同されてダメで元々、場合によってはさっさと都市から出ていこうと考え、ハジメは懐から手紙を取り出しドットに手渡した。
キャサリンの言葉は話半分で聞いていたので、内容は知らない。ハジメは、こんなことなら内容を見ておけばよかったと若干後悔する
「身分証明の代わりになるかわからないが、知り合いのギルド職員に、困ったらギルドのお偉いさんに渡せと言われてたものがある」
「? 知り合いのギルド職員ですか? ……拝見します」
京矢達の服装の質や装備、主に京矢の背負ったどう見ても売れば一財産築けそうなアーティファクトとしか見えない大剣から、それほど金に困っているように思えなかったので、金がかかると言う理由で、ステータスプレート再発行を拒むような態度に疑問を覚えるドットだったが、代わりにと渡された手紙を開いて内容を流し読みする内にギョッとした表情を浮かべた。
そして、京矢達の顔と手紙の間で視線を何度も彷徨わせながら手紙の内容をくり返し読み込む。
目を皿のようにして手紙を読む姿から、どうも手紙の真贋を見極めているようだ。やがて、ドットは手紙を折りたたむと丁寧に便箋に入れ直し、ハジメ達に視線を戻した。
「この手紙が本当なら確かな身分証明になりますが……この手紙が差出人本人のものか私一人では少々判断が付きかねます。支部長に確認を取りますから少し別室で待っていてもらえますか? そうお時間は取らせません。十分、十五分くらいで済みます」
ドットの予想以上の反応に、「マジでキャサリンって何者なんだ」と引き気味の京矢達。
「ああ、それなら構わないから、待たせてもらうぜ」
「職員に案内させます。では、後ほど」
ドットは傍の職員を呼ぶと別室への案内を言付けて、手紙を持ったまま颯爽とギルドの奥へと消えていった。
指名された職員が、京矢達を促す。彼等がそれに従い移動しようと歩き出したところで、困惑したような、しかし、どこか期待したような声がかかった。
「あの~、私はどうすれば?」
そう、リシーだった。
ギルドでお話があるならお役目御免ですよね? とその瞳が語っている。明らかに厄介の種であるハジメ達とは早めにお別れしたいらしい。
京矢は、申し訳ないと言う表情で頷くと端的に答えた。
「悪いけど待っててくれ……。迷惑料として報酬は弾むぜ」
「……はぃ」
肩を落としてカフェの奥にある座席に向かうリシー。その背中には、どこの世界も変わらない、嫌な仕事も引き受けねばならない社会人の哀愁が漂っていた。
そして、遠巻きに此方を見ていた冒険者達を見回し、一度咳払いをして懐……正確には四次元ポケットの中から金の入った袋を取り出しカフェの店員に渡すと。
「あんた等、騒がせた迷惑料だ。この場はオレが奢るぜ」
静まってた後に歓声を受ける京矢。
そんな京矢の姿に本当にコミュ力が高いと思うハジメだった。完全に目撃者を味方につけている。
さて、京矢達が応接室に案内されてから、きっかり十分後、遂に、扉がノックされた。
ハジメの返事から一拍置いて扉が開かれる。そこから現れたのは、金髪をオールバックにした鋭い目付きの三十代後半くらいの男性と先ほどのドットだった。
「初めまして、冒険者ギルド、フューレン支部支部長イルワ・チャングだ。ハジメ君、京矢君、ユエ君、シア君、エンタープライズ君、ベルファスト君……でいいかな?」
簡潔な自己紹介の後、ハジメ達の名を確認がてらに呼び握手を求める支部長イルワ。一同を代表してハジメも握手を返しながら返事をする。
常に自分が一行の|代表《リーダー》にされている中、内心、戦闘系転職でコミュ力高いんだからお前が変われよ、と京矢に対して思うハジメだった。
ユエとシアは基本的にハジメがリーダーなのは反対する理由はないし、エンタープライズとベルファストは京矢がそれで良いのなら反対はしない。
「ああ、構わない。名前は、手紙に?」
「その通りだ。先生からの手紙に書いてあったよ。随分と目をかけられている……というより注目されているようだね。将来有望、ただしトラブル体質なので、出来れば目をかけてやって欲しいという旨の内容だったよ」
「トラブル体質か? よく分からねえけど、退屈はしないな」
「いや、お前のはトラブルですむのかよ? ま、まぁ、それはいい。肝心の身分証明の方はどうなんだ? それで問題ないのか?」
京矢の場合、トラブル体質で済むとは思えないハジメだった。このトータス以前、地球を救ったり、異世界を救ったり、絡んできた檜山達を返り討ちにして変質者にしたり、計画段階で済んだが徒党を組んで襲って来たら全員をコサックダンスの世界記録で名前を残してやろうと計画していた奴がトラブル体質で済むとは思えないハジメだった。
……小悪党のトラブルが世界の危機と同列に扱われるのはどうかと思うが。
それでも、味方としては頼もしい事この上ない親友と言う認識である。
「ああ、先生が問題のある人物ではないと書いているからね。あの人の人を見る目は確かだ。わざわざ手紙を持たせるほどだし、この手紙を以て君達の身分証明とさせてもらうよ」
どうやらキャサリンの手紙は本当にギルドのお偉いさん相手に役立に立ったようだ。随分と信用がある。キャサリンを〝先生〟と呼んでいることからかなり濃い付き合いがあるように思える。
ハジメの隣に座っているシアは、キャサリンに特に懐いていたことから、その辺りの話が気になるようでおずおずとイルワに訪ねた。
「あの~、キャサリンさんって何者なのでしょう?」
「ん? 本人から聞いてないのかい? 彼女は、王都のギルド本部でギルドマスターの秘書長をしていたんだよ。その後、ギルド運営に関する教育係になってね。今、各町に派遣されている支部長の五、六割は先生の教え子なんだ」
イルワはそう言いながら昔を懐かしみながら懐から取り出した写真のようなものを取り出し、それを全員に見えるようにテーブルの上に置く。
「隣にいるのが若い頃の「ちょっと待て、誰だそれは?」誰って? 若い頃のキャサリン先生だが?」
そこにある女性の姿を見ながら一同は思った。
「私もその一人で、彼女には頭が上がらなくてね。その美しさと人柄の良さから、当時は、僕らのマドンナ的存在、あるいは憧れのお姉さんのような存在だった。その後、結婚してブルックの町のギルド支部に転勤したんだよ。子供を育てるにも田舎の方がいいって言ってね。彼女の結婚発表は青天の霹靂でね。荒れたよ。ギルドどころか、王都が」
時間の流れは残酷だ。と。
「はぁ~そんなにすごい人だったんですね~」
「……キャサリンすごい」
「只者じゃないとは思っていたが……思いっきり中枢の人間だったとはな。ていうか、そんなにモテたのに……今は……いや、止めておこう」
「ああ。言わない方が良いだろうさ」
時の流れの残酷さに思いを馳せながら京矢とハジメは今のキャサリンのことを語るのはやめたのだった。
「まぁ、それはそれとして、問題ないならもう行っていいよな?」
元々、身分証明のためだけに来たわけなので、用が終わった以上長居は無用だとハジメがイルワに確認する。
しかし、イルワは、瞳の奥を光らせると「少し待ってくれるかい?」と京矢達を留まらせる。何となく嫌な予感がするハジメ。
イルワは、隣に立っていたドットを促して一枚の依頼書を京矢達の前に差し出した。
「実は、君達の腕を見込んで、一つ依頼を受けて欲しいと思っている」
「断る」
「悪い、断る」
イルワが依頼を提案した瞬間、ハジメは被せ気味に断りを入れ席を立とうとする。京矢にしても面倒な空気を感じたのか珍しく話も聞かずに断ろうとする。
ユエとシア、エンタープライズとベルファストも続こうとするが、続くイルワの言葉に思わず足を止めた。
「ふむ、取り敢えず話を聞いて貰えないかな? 聞いてくれるなら、今回の件は不問とするのだが……」
「……」
それは言外に、話を聞かなければ今回の件について色々面倒な手続きをするぞ? ということだ。
周囲の人間による証言で、京矢達がブタ男達にしたことに関し罪に問われることはないだろうが、いささか過剰防衛の傾向はあるので、正規の手続き通り、当事者双方の言い分を聞いてギルドが公正な判断をするという手順を踏むなら相応の時間が取られるだろう。
結果は、ハジメ達に非がないということになるだろうが、逆に言えば、結果のわかりきった手続きをバカみたいに時間をかけて行わなければならないということだ。
そして、この手続きから逃げると、めでたくブラックリストに乗るということだろう。今後、町でギルドを利用するのに面倒なことこの上ない事になるのだ。
***
「仕方ねえな。話だけは聞こうぜ。依頼を受けるか受けないかは、別ってことらしいからな」
京矢が〝依頼を引き受ければ〟ではなく〝話を聞けば〟と言っていることから、話くらいで面倒事を回避できるならいいかと判断し、座席に座り直した。
「聞いてくれるようだね。ありがとう」
「……流石、大都市のギルド支部長。いい性格してるよ」
「君達も大概だと思うけどね。さて、今回の依頼内容だが、そこに書いてある通り、行方不明者の捜索だ。北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行が予定を過ぎても戻ってこなかったため、冒険者の一人の実家が捜索願を出した、というものだ」
イルワの話を要約すると、つまりこういうことだ。
最近、北の山脈地帯で魔物の群れを見たという目撃例が何件か寄せられ、ギルドに調査依頼がなされた。
北の山脈地帯は、一つ山を超えるとほとんど未開の地域となっており、大迷宮の魔物程ではないがそれなりに強力な魔物が出没するので高ランクの冒険者がこれを引き受けた。
ただ、この冒険者パーティーに本来のメンバー以外の人物がいささか強引に同行を申し込み、紆余曲折あって最終的に臨時パーティーを組むことになった。
この飛び入りが、クデタ伯爵家の三男ウィル・クデタという人物らしい。
クデタ伯爵は、家出同然に冒険者になると飛び出していった息子の動向を密かに追っていたそうなのだが、今回の調査依頼に出た後、息子に付けていた連絡員も消息が不明となり、これはただ事ではないと慌てて捜索願を出したそうだ。
「伯爵は、家の力で独自の捜索隊も出しているようだけど手数は多い方がいいと、ギルドにも捜索願を出した。つい、昨日のことだ。最初に調査依頼を引き受けたパーティーはかなりの手練でね、彼等に対処できない何かがあったとすれば、並みの冒険者じゃあ二次災害だ。相応以上の実力者に引き受けてもらわないといけない。だが、生憎とこの依頼を任せられる冒険者は出払っていてね。そこへ、君達がタイミングよく来たものだから、こうして依頼しているというわけだ」
「前提として、俺達にその相応以上の実力ってやつがないとダメだろう? 生憎俺は〝青〟ランクだぞ?」
「いや、黒ランクを瞬殺したのは目撃されてるから、目を付けられたんだろ?」
『だから、ブタ男の方を威圧で気絶させとけば良かったのに』と言う京矢の視線にそうしておけば良かったと思うハジメ。
「それに……ライセン大峡谷を余裕で探索出来る者を相応以上と言わずして何と言うのかな?」
「! 何故知って……手紙か? だが、彼女にそんな話は……」
ハジメ達がライセン大峡谷を探索していた話は誰にもしていない。イルワがそれを知っているのは手紙に書かれていたという事以外には有り得ない。
しかし、ならば何故キャサリンは、それを知っていたのかという疑問が出る。ハジメが頭を捻っていると、おずおずとシアが手を上げた。
ハジメが、シアに胡乱な眼差しを向ける。
「何だ、シア?」
「え~と、つい話が弾みまして……てへ?」
「……後でお仕置きな」
「!? ユ、ユエさんもいました!」
「……シア、裏切り者」
「二人共お仕置きな」
どうやら、原因はユエとシアのようだ。ハジメのお仕置き宣言に、二人共、平静を装いつつ冷や汗を掻いている。
そんな様子を見て苦笑いしながら、イルワは話を続けた。
なお、エンタープライズとベルファストは、話は盛り上がったもののシアがキシリュウジンの事を話しそうになった時には慌てて口止めしたらしい。流石に巨大ロボの事は知られる訳にはいかないのだ。
「生存は絶望的だが、可能性はゼロではない。伯爵は個人的にも友人でね、できる限り早く捜索したいと考えている。どうかな。今は君達しかいないんだ。引き受けてはもらえないだろうか?」
懇願するようなイルワの態度には、単にギルドが引き受けた依頼という以上の感情が込められているようだ。伯爵と友人ということは、もしかするとその行方不明となったウィルとやらについても面識があるのかもしれない。個人的にも、彼の安否を憂いているのだろう。
「引き受けても良いけど、絶望的って事は死んでる事を前提に行動することになるけど……良いのか?」
「……構わない」
口ではそう言っているが、最悪ある程度綺麗に遺体が残っていれば京矢なら天生牙で蘇生はできる。そう考えると京矢達に依頼を持って来たイルワの運は良いと言って良い。
「おい、鳳凰寺!」
だが、そんな乗り気な京矢にハジメが待ったをかける。
「忘れたのか? 俺達には旅の目的地がある。ここは通り道だったから寄ってみただけなんだ。北の山脈地帯になんて行ってられない。断らせてもらう」
京矢の真意は分からないが、ハジメとしては、そんな貴族の三男の生死など心底どうでもいいので躊躇いなく断りを入れた。
しかし、それを見越していたのか、ハジメが席を立つより早くイルワが報酬の提案をする。
「報酬は弾ませてもらうよ? 依頼書の金額はもちろんだが、私からも色をつけよう。ギルドランクの昇格もする。君達の実力なら一気に〝黒〟にしてもいい」
「いや、金は最低限でいいし、ランクもどうでもいいから……」
「なら、今後、ギルド関連で揉め事が起きたときは私が直接、君達の後ろ盾になるというのはどうかな? フューレンのギルド支部長の後ろ盾だ、ギルド内でも相当の影響力はあると自負しているよ? 君達は揉め事とは仲が良さそうだからね。悪くない報酬ではないかな?」
「報酬は期待してたけど、随分な大盤振る舞いだな?」
「ああ、大盤振る舞いだな。友人の息子相手にしては入れ込み過ぎじゃないか?」
二人の言葉に、イルワが初めて表情を崩す。後悔を多分に含んだ表情だ。
「彼に……ウィルにあの依頼を薦めたのは私なんだ。調査依頼を引き受けたパーティーにも私が話を通した。異変の調査といっても、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題ないと思った。実害もまだ出ていなかったしね。ウィルは、貴族は肌に合わないと、昔から冒険者に憧れていてね……だが、その資質はなかった。だから、強力な冒険者の傍で、そこそこ危険な場所へ行って、悟って欲しかった。冒険者は無理だと。昔から私には懐いてくれていて……だからこそ、今回の依頼で諦めさせたかったのに……」
「実力が及ばないことを体で判らせようと思ったら、最悪な状況になったって訳か」
二人はイルワの独白を聞きながら、僅かに思案する。
ハジメが思っていた以上に、イルワとウィルの繋がりは濃いらしい。
すまし顔で話していたが、イルワの内心はまさに藁にもすがる思いなのだろう。生存の可能性は、時間が経てば経つほどゼロに近づいていく。
無茶な報酬を提案したのも、イルワが相当焦っている証拠なのだろう。
「オレは上手くすれば、エンタープライズ達のステータスカードの問題も解決するかと思って受けようと思ったけど、お前はどうする?」
京矢の言葉にハジメは思案する。
町に寄り付く度に、ユエとシアの身分証明について言い訳するのは、いい加減うんざりしてきたところであるし、この先、お偉いさんに対する伝手があるのは、町の施設利用という点で便利だ。
「それにまともな部類の貴族に恩が売れるって思えば、それくらいの手間は易いモンだろ?」
京矢の言い分はもっともだ。京矢なら最悪の場合の蘇生さえも可能なのだ。確実に恩は売れる。
それに、聖教教会や王国に迎合する気がゼロである以上、いつ、異端のそしりを受けるかわからない。その場合、町では極めて過ごしにくくなるだろう。
個人的な繋がりで、その辺をクリア出来るなら嬉しいことだ。
なので、大都市のギルド支部長が後ろ盾になってくれるというなら、この際、自分達の事情を教えて口止めしつつ、不都合が生じたときに利用させてもらおうとハジメは考えた。
ウィル某とは、随分懇意にしていたようだから、生きて連れて帰れば、そうそう不義理な事もできないだろう。京矢がいるなら、高い確率で連れて帰ることができるのだから。
「お前が嫌なら、俺達が別行動で動いても良いぜ?」
今後少しでも動き易くする為に先手を打つと言う京矢の判断も悪く無いと思う。ならば、全員で動いてさっさと終わらせた方が良いとも思う。
「そこまで言うなら考えなくもないが……二つ条件がある」
「条件?」
「ああ、そんなに難しいことじゃない。彼女達四人にステータスプレートを作って欲しい。そして、そこに表記された内容について他言無用を確約する事、更に、ギルド関連に関わらず、アンタの持つコネクションの全てを使って、俺達の要望に応え便宜を図る事。この二つだな」
「それはあまりに……」
「出来ないなら、この話はなしだ。もう行かせてもらう。お前もそれで良いよな?」
「ああ。断られたなら仕方ねえな」
交渉決裂と席を立とうとするハジメと京矢に、イルワもドットも焦りと苦悩に表情を歪めた。
一つ目の条件は特に問題ないが、二つ目に関しては、実質、フューレンのギルド支部長が一人の冒険者の手足になるようなものだ。責任ある立場として、おいそれと許容することはできない。
「何を要求する気かな?」
「そんなに気負わないでくれ。無茶な要求はしないぞ? ただ俺達は少々特異な存在なんで、教会あたりに目をつけられると……いや、これから先、ほぼ確実に目をつけられると思うが、その時、伝手があった方が便利だなっとそう思っただけだ。面倒事が起きた時に味方になってくれればいい。ほら、指名手配とかされても施設の利用を拒まないとか……」
「指名手配されるのが確実なのかい?」
「ああ。確実になるな」
「ふむ、個人的にも君達の秘密が気になって来たな。キャサリン先生が気に入っているくらいだから悪い人間ではないと思うが……そう言えば、そちらのシア君は怪力、ユエ君は見たこともない魔法を使ったと報告があったな……その辺りが君達の秘密か…そして、それがいずれ教会に目を付けられる代物だと…大して隠していないことからすれば、最初から事を構えるのは覚悟の上ということか……そうなれば確かにどの町でも動きにくい……故に便宜をと……」
流石、大都市のギルド支部長。頭の回転は早い。イルワは、しばらく考え込んだあと、意を決したようにハジメに視線を合わせた。
「犯罪に加担するような倫理にもとる行為・要望には絶対に応えられない。君達が要望を伝える度に詳細を聞かせてもらい、私自身が判断する。だが、できる限り君達の味方になることは約束しよう……これ以上は譲歩できない。どうかな」
「ああ。そんなところで十分だ。あと報酬は依頼が達成されてからでいいぜ。最悪の場合でも、お坊ちゃん自身か遺品あたりでも持って帰ればいいだろう?」
四人のステータスプレートを手に入れるのが一番の目的だ。
この世界では何かと提示を求められるステータスプレートは持っていない方が不自然であり、この先、町による度に言い訳するのは面倒なことこの上ない。
問題は、最初にステータスプレートを作成した者に騒がれないようにするにはどうすればいいかという事だったのだが、イルワの存在がその問題を解決した。
ただ、条件として口約束をしても、やはり密告の疑いはある。いずれ、京矢達の特異性はばれるだろうが、積極的に手を回されるのは好ましくない。
なので、ステータスプレートの作成を依頼完了後にした。一回限りで条件こそあるが死者蘇生さえも可能な京矢が居るなら高い確率で心を苛む出来事に、一番幸いな答えをもたらした彼等を、イルワも悪いようにはしないだろうという打算だ。
イルワもハジメの意図は察しているのだろう。苦笑いしながら、それでも捜索依頼の引き受け手が見つかったことに安堵しているようだ。
「本当に、君達の秘密が気になってきたが……それは、依頼達成後の楽しみにしておこう」
「ああ、其れは後の楽しみにしていてくれ。可能な限り最善の結果もおまけに付けるぜ」
「京矢君の言う通り、どんな形であれ、ウィル達の痕跡を見つけてもらいたい……ハジメ君、京矢君、ユエ君、シア君、エンタープライズ君、ベルファスト君……宜しく頼む」
イルワは最後に真剣な眼差しで京矢達を見つめた後、ゆっくり頭を下げた。
大都市のギルド支部長が一冒険者に頭を下げる。そうそう出来ることではない。キャサリンの教え子というだけあって、人の良さがにじみ出ている。
そんなイルワの様子を見て、京矢達は立ち上がると気負いなく実に軽い調子で答えた。
「あいよ」
「任せな」
「……ん」
「はいっ」
「最善を尽くそう」
「かしこまりました」
その後、支度金や北の山脈地帯の麓にある湖畔の町への紹介状、件の冒険者達が引き受けた調査依頼の資料を受け取り、京矢達は部屋を出て行った。
バタンと扉が締まる。その扉をしばらく見つめていたイルワは、「ふぅ~」と大きく息を吐いた。部屋にいる間、一言も話さなかったドットが気づかわしげにイルワに声をかける。
「支部長……よかったのですか? あのような報酬を……」
「……ウィルの命がかかっている。彼ら以外に頼めるものはいなかった。仕方ないよ。それに、彼等に力を貸すか否かは私の判断でいいと彼等も承諾しただろう。問題ないさ。それより、彼らの秘密……」
「ステータスプレートに表示される〝不都合〟ですか……」
「ふむ、ドット君。知っているかい? ハイリヒ王国の勇者一行は皆、とんでもないステータスらしいよ? 特に最初から剣聖の天職の青年は騎士団長とも互角に渡り合えたほどの逸材だったそうだ」
ドットは、イルワの突然の話に細めの目を見開いた。
「! 支部長は、彼等が召喚された者…〝神の使徒〟であると? しかし、彼等はまるで教会と敵対するような口ぶりでしたし、勇者一行は聖教教会が管理しているでしょう?」
「ああ、その通りだよ。でもね……およそ四ヶ月前、剣聖を含めて三人がオルクスで亡くなったらしいんだよ。神が遣わしたという剣を使い紫紺の鎧を纏った剣聖が、魔物を倒した直後奈落の底に落ちたってね」
「……まさか、その者達が生きていたと? 四ヶ月前と言えば、勇者一行もまだまだ未熟だったはずでしょう? オルクスの底がどうなっているのかは知りませんが、とても生き残るなんて……」
ドットは信じられないと首を振りながら、イルワの推測を否定する。しかし、イルワはどこか面白そうな表情で再びハジメ達が出て行った扉を見つめた。
「そうだね。二人しかいないのなら、三人目はすでに死んでいるのだろう。でも、もし、そうなら……なぜ、彼等は仲間と合流せず、旅なんてしているのだろうね? 彼等は一体、闇の底で何を見て、何を得たのだろうね?」
「何を……ですか……」
「ああ、何であれ、きっとそれは、教会と敵対することも辞さないという決意をさせるに足るものだ。それは取りも直さず、世界と敵対する覚悟があるということだよ」
「世界と……」
「私としては、そんな特異な人間とは是非とも繋がりを持っておきたいね。例え、彼等が教会や王国から追われる身となっても、ね。もしかすると、先生もその辺りを察して、わざわざ手紙なんて持たせたのかもしれないよ」
「支部長……どうか引き際は見誤らないで下さいよ?」
「もちろんだとも」
スケールの大きな話に、目眩を起こしそうになりながら、それでもイルワの秘書長として忠告は忘れないドット。
しかし、イルワは、何かを深く考え込みドットの忠告にも、半ば上の空で返すのだった。
???
彼は自身の技能で魔物達を使役できるのではと考え、それを実行していた。
そして、その最中に魔人族と出会い始末してほしい者を殺せば、魔人族の勇者として招くとスカウトを受けたのだ。
やっと自分の望んでいる展開が起こったのだと彼は歓喜に震える。
だが、次の瞬間に背中に氷を入れられるどころではない、全身を氷漬けにされるかのような寒気を味わう羽目になった。彼の前に現れた二人の男女によって。
「落ち着け。先ほどの男と同じだ。オレ達は話があるだけだ」
忍者を思わせる装飾の特撮ヒーローの様な男はフレンドリーな態度で気安く話しかけてくるが、対抗しようものなら一瞬で殺されると思った。
「名乗らないのは不便だな。まあ、フーマ、風魔と呼んでくれ」
「私はダークゴーストだよ~。ダークゴーストって呼んでね~」
ブカブカの袖の制服の様な服を着た可愛らしい少女が手を握って握手をしてくれる。手から感じる温もりと柔らかさに、ちょっとだけ照れてしまって緊張を緩んでしまう。
同時に二人はトータスの人間ではなく地球の人間なのかとも思ってしまう。少女の服は明らかに地球の服だ。
「オレ達は君にプレゼントを持って来た。それだけだ」
勇者である天之河も一瞬で殺せそうな奴からそう言われて、何のつもりなのかと疑問は湧くが、抵抗できるわけはない。
「魔人族の勇者として招かれるんだ。相応の格好というのが必要だろう?」
そう言ってトータスに来てから久しく見ていない機械……時計のような物を取り出す風魔。
『……』
起動音の様に何かの音が鳴ると風魔は彼の胸にそれを押し付ける。
「っ!!!!!!」
時計の様なものが彼の中に飲み込まれていくと、彼は激痛と不快感を味わい、悲鳴を上げながら地面をのたうち廻る。
喉の渇きを覚え近くにあった湖を覗き込むと、そこには自分の顔がなかった。
有るのはまるでテレビの中のヒーローの様な姿となった己の姿だった。
「これが……オレ?」
いつの間にか不快感も渇きも消え立ち上がると湖に浮かぶ自分の姿を見る。
緑色の金属質な体にクリアグリーンのバイザーの様な物に包まれた顔に光る金色に輝く瞳。
洗礼された姿は特撮ヒーロー物の主人公の様な姿ではないか?
胸にある1992の数字の意味と『真』の文字の意味は分からないが、天之河よりも主人公にふさわしい姿になった自分がここに居る。
元の姿に戻れと念じれば姿が歪み変身が解けた。
「おめでとう。その力がオレたちから君への贈り物だ」
「私達も魔人族の味方なんだよ~。こっちに来たら一緒に戦おうね~」
そんな言葉に彼は確信を持つ。彼等が魔人族の勇者となった自分の仲間と自分のヒロインなのだと。
彼は手に入れた力に酔う様に、狂ったように笑い続けた。
『アナザーシン』
それが彼が手に入れた力。怪人、ヴィランたるアナザーライダーの力。仮面ライダーシンを歪めたアナザーライダーである。
ドット秘書長と呼ばれた男は、ダラダラと冷や汗を流しながら、片手の中指でクイッとメガネを押し上げると落ち着いた声音で京矢達に話しかけた。
「取り敢えず、彼らが目を覚まし一応の話を聞くまでは、フューレンに滞在はしてもらうとして、身元証明と連絡先を伺っておきたいのですが……取り敢えず、今はそれで勘弁していただけませんか!?」
もう、今はこれで譲渡してくださいと言う勢いで頭を下げて京矢達……正確には目の前で優雅にお茶を飲んでいるベルファストにお願いしているドットさんでした。
「そうですね……如何致しますか、京矢様?」
「ま、まあ、そのくらいの譲渡はしてやろうぜ。お前も良いよな、南雲?」
「あ、ああ、構わない。そっちのブタがまだ文句を言うようなら、むしろ連絡して欲しいくらいだしな。今度はもっと丁寧な説得を心掛けるよ」
ベルファストの交渉術に負けて勘弁してくれと言うドットにドン引きな京矢とハジメであった。
黒と言うランクの冒険者ギルドの上位の実力者の一人が人攫いを行おうとしていた事。
それを今回護衛依頼を受けたモットーに伝えに行こうとしたのである。フューレンの冒険者ギルドは裏組織と繋がりがある。いや、冒険者ギルド自体が裏組織の隠れ蓑と化していると。
この世界には名誉毀損などは無い。
知人が危険な犯罪者ギルドから護衛を雇って金品を強奪され命を奪われるのを防ぐため、まだこの街に残っている前の街からの護衛を個人で雇った方が良い。と。
ついでに知人の商人にも伝えた方が良い。フューレンの町は危険だと。
と言う話から始まりレガニドが人攫いに協力していた事実があるため、話が広まったら色々と拙い事になりそうな方向に話を進めていったベルファストに完全に敗北した秘書長であった。
下手したら商業都市をモットーを利用して寂れさせかねない方向に話が進みそうになっていた。
まあ、モットーがそんな話に乗るかは知らないし興味もない。今回は単なる交渉のネタとして上げただけなのだし。
「なあ、鳳凰寺。最近のメイドはネゴシエーターの技能が必要なのか?」
「最低限料理人と栄養士の能力があるのは分かるけどな」
「この程度はメイドの嗜みでございます」
ドン引きな京矢とハジメに美しい笑顔で言ってくれる完璧メイド長。ドット秘書長は「メイドってそんなだったか?」と頭を抱えている。
一応王族出身のユエは地球のメイドのレベルがベルファスト基準になりつつある様子だ。
トータスのメイドはベルファストに言わせれば子供の遊びなのかも知れない。
ベルファストと言うよりもロイヤルのメイドのレベルが高すぎるだけかも、だが。
「残念ながら、連絡先についてはお勧めの滞在先を聴いてたところだったんだよ。だから、後でそこの案内人に聞いてくれ。彼女の勧めた宿に泊まるだろうしな」
京矢から視線を向けられたリシーは、ビクッとした後、やっぱり私が案内するんですねと諦めの表情で肩を落とした。
「ふむ、そう言う事ならそれでいいでしょう……〝青〟ですか。向こうで伸びている彼は〝黒〟なんですがね……そちらの方達のステータスプレートはどうしました?」
京矢とハジメから渡されたステータスプレートに表示されている冒険者ランクが最低の〝青〟であることに僅かな驚きの表情を見せるドット。
しかし、二人の女性の方がレガニドを倒したと聞いていたので、彼女達の方が強いのかとユエとシアのステータスプレートの提出を求める。
「いや、彼女達はステータスプレートは紛失してな、再発行はまだしていない。ほら、高いだろ?」
「ああ。エンタープライズとベルファストの分も紛失しててな。まあ、冒険者ギルドに登録してあるのはオレ達だし、無くても問題は無かったからな」
さらりと嘘をつくハジメと京矢。
ユエとシアの異常とも言える強さを見せた後では意味がないかもしれないが、それでもはっきりと詳細を把握されるのは出来れば避けたい。
「しかし、身元は明確にしてもらわないと。記録をとっておき、君達が頻繁にギルド内で問題を起こすようなら、流石に加害者・被害者のどちらかに関係なくブラックリストに載せる事になりますからね。よければ、彼の行いのお詫びも兼ねてギルドで立て替えますが?」
ドットの口ぶりから、どうしても身元証明は必要らしい。
しかし、ステータスプレートを作成されれば、隠蔽前の技能欄に確実に二人の固有魔法が表示されるだろうし、ベルファストとエンタープライズの種族も問題になる可能性もある。それどころか今や、神代魔法も表示されるはずだ。大騒ぎになることは間違いない。
騒ぎになったところで京矢達を害そうとするのなら全部なぎ倒せばいいとも思えるが、それでは、もうまともに滞在はできないだろう。
京矢がどうするかと考えている横で何だか色々面倒になってきたハジメ。その思考を読んだようにユエがハジメに話しかけた。
「……ハジメ、手紙」
「? ああ。あの手紙か……」
ユエの言葉で、ハジメはブルックの町を出るときに、ブルック支部のキャサリンから手紙を貰ったことを思い出す。
ギルド関連で揉めたときにお偉いさんに見せれば役立つかもしれないと言って渡された得体の知れない手紙だ。
「ああ。あの人からもらった手紙か。まあ、それなりに顔が広いなら紹介状の代わりにはなってくれるんじゃねえか?」
最悪の場合、必要な買い物だけ済ませてライダーシステムを使ってでもコッソリ都市から出れば良いのだから。
京矢からも賛同されてダメで元々、場合によってはさっさと都市から出ていこうと考え、ハジメは懐から手紙を取り出しドットに手渡した。
キャサリンの言葉は話半分で聞いていたので、内容は知らない。ハジメは、こんなことなら内容を見ておけばよかったと若干後悔する
「身分証明の代わりになるかわからないが、知り合いのギルド職員に、困ったらギルドのお偉いさんに渡せと言われてたものがある」
「? 知り合いのギルド職員ですか? ……拝見します」
京矢達の服装の質や装備、主に京矢の背負ったどう見ても売れば一財産築けそうなアーティファクトとしか見えない大剣から、それほど金に困っているように思えなかったので、金がかかると言う理由で、ステータスプレート再発行を拒むような態度に疑問を覚えるドットだったが、代わりにと渡された手紙を開いて内容を流し読みする内にギョッとした表情を浮かべた。
そして、京矢達の顔と手紙の間で視線を何度も彷徨わせながら手紙の内容をくり返し読み込む。
目を皿のようにして手紙を読む姿から、どうも手紙の真贋を見極めているようだ。やがて、ドットは手紙を折りたたむと丁寧に便箋に入れ直し、ハジメ達に視線を戻した。
「この手紙が本当なら確かな身分証明になりますが……この手紙が差出人本人のものか私一人では少々判断が付きかねます。支部長に確認を取りますから少し別室で待っていてもらえますか? そうお時間は取らせません。十分、十五分くらいで済みます」
ドットの予想以上の反応に、「マジでキャサリンって何者なんだ」と引き気味の京矢達。
「ああ、それなら構わないから、待たせてもらうぜ」
「職員に案内させます。では、後ほど」
ドットは傍の職員を呼ぶと別室への案内を言付けて、手紙を持ったまま颯爽とギルドの奥へと消えていった。
指名された職員が、京矢達を促す。彼等がそれに従い移動しようと歩き出したところで、困惑したような、しかし、どこか期待したような声がかかった。
「あの~、私はどうすれば?」
そう、リシーだった。
ギルドでお話があるならお役目御免ですよね? とその瞳が語っている。明らかに厄介の種であるハジメ達とは早めにお別れしたいらしい。
京矢は、申し訳ないと言う表情で頷くと端的に答えた。
「悪いけど待っててくれ……。迷惑料として報酬は弾むぜ」
「……はぃ」
肩を落としてカフェの奥にある座席に向かうリシー。その背中には、どこの世界も変わらない、嫌な仕事も引き受けねばならない社会人の哀愁が漂っていた。
そして、遠巻きに此方を見ていた冒険者達を見回し、一度咳払いをして懐……正確には四次元ポケットの中から金の入った袋を取り出しカフェの店員に渡すと。
「あんた等、騒がせた迷惑料だ。この場はオレが奢るぜ」
静まってた後に歓声を受ける京矢。
そんな京矢の姿に本当にコミュ力が高いと思うハジメだった。完全に目撃者を味方につけている。
さて、京矢達が応接室に案内されてから、きっかり十分後、遂に、扉がノックされた。
ハジメの返事から一拍置いて扉が開かれる。そこから現れたのは、金髪をオールバックにした鋭い目付きの三十代後半くらいの男性と先ほどのドットだった。
「初めまして、冒険者ギルド、フューレン支部支部長イルワ・チャングだ。ハジメ君、京矢君、ユエ君、シア君、エンタープライズ君、ベルファスト君……でいいかな?」
簡潔な自己紹介の後、ハジメ達の名を確認がてらに呼び握手を求める支部長イルワ。一同を代表してハジメも握手を返しながら返事をする。
常に自分が一行の|代表《リーダー》にされている中、内心、戦闘系転職でコミュ力高いんだからお前が変われよ、と京矢に対して思うハジメだった。
ユエとシアは基本的にハジメがリーダーなのは反対する理由はないし、エンタープライズとベルファストは京矢がそれで良いのなら反対はしない。
「ああ、構わない。名前は、手紙に?」
「その通りだ。先生からの手紙に書いてあったよ。随分と目をかけられている……というより注目されているようだね。将来有望、ただしトラブル体質なので、出来れば目をかけてやって欲しいという旨の内容だったよ」
「トラブル体質か? よく分からねえけど、退屈はしないな」
「いや、お前のはトラブルですむのかよ? ま、まぁ、それはいい。肝心の身分証明の方はどうなんだ? それで問題ないのか?」
京矢の場合、トラブル体質で済むとは思えないハジメだった。このトータス以前、地球を救ったり、異世界を救ったり、絡んできた檜山達を返り討ちにして変質者にしたり、計画段階で済んだが徒党を組んで襲って来たら全員をコサックダンスの世界記録で名前を残してやろうと計画していた奴がトラブル体質で済むとは思えないハジメだった。
……小悪党のトラブルが世界の危機と同列に扱われるのはどうかと思うが。
それでも、味方としては頼もしい事この上ない親友と言う認識である。
「ああ、先生が問題のある人物ではないと書いているからね。あの人の人を見る目は確かだ。わざわざ手紙を持たせるほどだし、この手紙を以て君達の身分証明とさせてもらうよ」
どうやらキャサリンの手紙は本当にギルドのお偉いさん相手に役立に立ったようだ。随分と信用がある。キャサリンを〝先生〟と呼んでいることからかなり濃い付き合いがあるように思える。
ハジメの隣に座っているシアは、キャサリンに特に懐いていたことから、その辺りの話が気になるようでおずおずとイルワに訪ねた。
「あの~、キャサリンさんって何者なのでしょう?」
「ん? 本人から聞いてないのかい? 彼女は、王都のギルド本部でギルドマスターの秘書長をしていたんだよ。その後、ギルド運営に関する教育係になってね。今、各町に派遣されている支部長の五、六割は先生の教え子なんだ」
イルワはそう言いながら昔を懐かしみながら懐から取り出した写真のようなものを取り出し、それを全員に見えるようにテーブルの上に置く。
「隣にいるのが若い頃の「ちょっと待て、誰だそれは?」誰って? 若い頃のキャサリン先生だが?」
そこにある女性の姿を見ながら一同は思った。
「私もその一人で、彼女には頭が上がらなくてね。その美しさと人柄の良さから、当時は、僕らのマドンナ的存在、あるいは憧れのお姉さんのような存在だった。その後、結婚してブルックの町のギルド支部に転勤したんだよ。子供を育てるにも田舎の方がいいって言ってね。彼女の結婚発表は青天の霹靂でね。荒れたよ。ギルドどころか、王都が」
時間の流れは残酷だ。と。
「はぁ~そんなにすごい人だったんですね~」
「……キャサリンすごい」
「只者じゃないとは思っていたが……思いっきり中枢の人間だったとはな。ていうか、そんなにモテたのに……今は……いや、止めておこう」
「ああ。言わない方が良いだろうさ」
時の流れの残酷さに思いを馳せながら京矢とハジメは今のキャサリンのことを語るのはやめたのだった。
「まぁ、それはそれとして、問題ないならもう行っていいよな?」
元々、身分証明のためだけに来たわけなので、用が終わった以上長居は無用だとハジメがイルワに確認する。
しかし、イルワは、瞳の奥を光らせると「少し待ってくれるかい?」と京矢達を留まらせる。何となく嫌な予感がするハジメ。
イルワは、隣に立っていたドットを促して一枚の依頼書を京矢達の前に差し出した。
「実は、君達の腕を見込んで、一つ依頼を受けて欲しいと思っている」
「断る」
「悪い、断る」
イルワが依頼を提案した瞬間、ハジメは被せ気味に断りを入れ席を立とうとする。京矢にしても面倒な空気を感じたのか珍しく話も聞かずに断ろうとする。
ユエとシア、エンタープライズとベルファストも続こうとするが、続くイルワの言葉に思わず足を止めた。
「ふむ、取り敢えず話を聞いて貰えないかな? 聞いてくれるなら、今回の件は不問とするのだが……」
「……」
それは言外に、話を聞かなければ今回の件について色々面倒な手続きをするぞ? ということだ。
周囲の人間による証言で、京矢達がブタ男達にしたことに関し罪に問われることはないだろうが、いささか過剰防衛の傾向はあるので、正規の手続き通り、当事者双方の言い分を聞いてギルドが公正な判断をするという手順を踏むなら相応の時間が取られるだろう。
結果は、ハジメ達に非がないということになるだろうが、逆に言えば、結果のわかりきった手続きをバカみたいに時間をかけて行わなければならないということだ。
そして、この手続きから逃げると、めでたくブラックリストに乗るということだろう。今後、町でギルドを利用するのに面倒なことこの上ない事になるのだ。
***
「仕方ねえな。話だけは聞こうぜ。依頼を受けるか受けないかは、別ってことらしいからな」
京矢が〝依頼を引き受ければ〟ではなく〝話を聞けば〟と言っていることから、話くらいで面倒事を回避できるならいいかと判断し、座席に座り直した。
「聞いてくれるようだね。ありがとう」
「……流石、大都市のギルド支部長。いい性格してるよ」
「君達も大概だと思うけどね。さて、今回の依頼内容だが、そこに書いてある通り、行方不明者の捜索だ。北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行が予定を過ぎても戻ってこなかったため、冒険者の一人の実家が捜索願を出した、というものだ」
イルワの話を要約すると、つまりこういうことだ。
最近、北の山脈地帯で魔物の群れを見たという目撃例が何件か寄せられ、ギルドに調査依頼がなされた。
北の山脈地帯は、一つ山を超えるとほとんど未開の地域となっており、大迷宮の魔物程ではないがそれなりに強力な魔物が出没するので高ランクの冒険者がこれを引き受けた。
ただ、この冒険者パーティーに本来のメンバー以外の人物がいささか強引に同行を申し込み、紆余曲折あって最終的に臨時パーティーを組むことになった。
この飛び入りが、クデタ伯爵家の三男ウィル・クデタという人物らしい。
クデタ伯爵は、家出同然に冒険者になると飛び出していった息子の動向を密かに追っていたそうなのだが、今回の調査依頼に出た後、息子に付けていた連絡員も消息が不明となり、これはただ事ではないと慌てて捜索願を出したそうだ。
「伯爵は、家の力で独自の捜索隊も出しているようだけど手数は多い方がいいと、ギルドにも捜索願を出した。つい、昨日のことだ。最初に調査依頼を引き受けたパーティーはかなりの手練でね、彼等に対処できない何かがあったとすれば、並みの冒険者じゃあ二次災害だ。相応以上の実力者に引き受けてもらわないといけない。だが、生憎とこの依頼を任せられる冒険者は出払っていてね。そこへ、君達がタイミングよく来たものだから、こうして依頼しているというわけだ」
「前提として、俺達にその相応以上の実力ってやつがないとダメだろう? 生憎俺は〝青〟ランクだぞ?」
「いや、黒ランクを瞬殺したのは目撃されてるから、目を付けられたんだろ?」
『だから、ブタ男の方を威圧で気絶させとけば良かったのに』と言う京矢の視線にそうしておけば良かったと思うハジメ。
「それに……ライセン大峡谷を余裕で探索出来る者を相応以上と言わずして何と言うのかな?」
「! 何故知って……手紙か? だが、彼女にそんな話は……」
ハジメ達がライセン大峡谷を探索していた話は誰にもしていない。イルワがそれを知っているのは手紙に書かれていたという事以外には有り得ない。
しかし、ならば何故キャサリンは、それを知っていたのかという疑問が出る。ハジメが頭を捻っていると、おずおずとシアが手を上げた。
ハジメが、シアに胡乱な眼差しを向ける。
「何だ、シア?」
「え~と、つい話が弾みまして……てへ?」
「……後でお仕置きな」
「!? ユ、ユエさんもいました!」
「……シア、裏切り者」
「二人共お仕置きな」
どうやら、原因はユエとシアのようだ。ハジメのお仕置き宣言に、二人共、平静を装いつつ冷や汗を掻いている。
そんな様子を見て苦笑いしながら、イルワは話を続けた。
なお、エンタープライズとベルファストは、話は盛り上がったもののシアがキシリュウジンの事を話しそうになった時には慌てて口止めしたらしい。流石に巨大ロボの事は知られる訳にはいかないのだ。
「生存は絶望的だが、可能性はゼロではない。伯爵は個人的にも友人でね、できる限り早く捜索したいと考えている。どうかな。今は君達しかいないんだ。引き受けてはもらえないだろうか?」
懇願するようなイルワの態度には、単にギルドが引き受けた依頼という以上の感情が込められているようだ。伯爵と友人ということは、もしかするとその行方不明となったウィルとやらについても面識があるのかもしれない。個人的にも、彼の安否を憂いているのだろう。
「引き受けても良いけど、絶望的って事は死んでる事を前提に行動することになるけど……良いのか?」
「……構わない」
口ではそう言っているが、最悪ある程度綺麗に遺体が残っていれば京矢なら天生牙で蘇生はできる。そう考えると京矢達に依頼を持って来たイルワの運は良いと言って良い。
「おい、鳳凰寺!」
だが、そんな乗り気な京矢にハジメが待ったをかける。
「忘れたのか? 俺達には旅の目的地がある。ここは通り道だったから寄ってみただけなんだ。北の山脈地帯になんて行ってられない。断らせてもらう」
京矢の真意は分からないが、ハジメとしては、そんな貴族の三男の生死など心底どうでもいいので躊躇いなく断りを入れた。
しかし、それを見越していたのか、ハジメが席を立つより早くイルワが報酬の提案をする。
「報酬は弾ませてもらうよ? 依頼書の金額はもちろんだが、私からも色をつけよう。ギルドランクの昇格もする。君達の実力なら一気に〝黒〟にしてもいい」
「いや、金は最低限でいいし、ランクもどうでもいいから……」
「なら、今後、ギルド関連で揉め事が起きたときは私が直接、君達の後ろ盾になるというのはどうかな? フューレンのギルド支部長の後ろ盾だ、ギルド内でも相当の影響力はあると自負しているよ? 君達は揉め事とは仲が良さそうだからね。悪くない報酬ではないかな?」
「報酬は期待してたけど、随分な大盤振る舞いだな?」
「ああ、大盤振る舞いだな。友人の息子相手にしては入れ込み過ぎじゃないか?」
二人の言葉に、イルワが初めて表情を崩す。後悔を多分に含んだ表情だ。
「彼に……ウィルにあの依頼を薦めたのは私なんだ。調査依頼を引き受けたパーティーにも私が話を通した。異変の調査といっても、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題ないと思った。実害もまだ出ていなかったしね。ウィルは、貴族は肌に合わないと、昔から冒険者に憧れていてね……だが、その資質はなかった。だから、強力な冒険者の傍で、そこそこ危険な場所へ行って、悟って欲しかった。冒険者は無理だと。昔から私には懐いてくれていて……だからこそ、今回の依頼で諦めさせたかったのに……」
「実力が及ばないことを体で判らせようと思ったら、最悪な状況になったって訳か」
二人はイルワの独白を聞きながら、僅かに思案する。
ハジメが思っていた以上に、イルワとウィルの繋がりは濃いらしい。
すまし顔で話していたが、イルワの内心はまさに藁にもすがる思いなのだろう。生存の可能性は、時間が経てば経つほどゼロに近づいていく。
無茶な報酬を提案したのも、イルワが相当焦っている証拠なのだろう。
「オレは上手くすれば、エンタープライズ達のステータスカードの問題も解決するかと思って受けようと思ったけど、お前はどうする?」
京矢の言葉にハジメは思案する。
町に寄り付く度に、ユエとシアの身分証明について言い訳するのは、いい加減うんざりしてきたところであるし、この先、お偉いさんに対する伝手があるのは、町の施設利用という点で便利だ。
「それにまともな部類の貴族に恩が売れるって思えば、それくらいの手間は易いモンだろ?」
京矢の言い分はもっともだ。京矢なら最悪の場合の蘇生さえも可能なのだ。確実に恩は売れる。
それに、聖教教会や王国に迎合する気がゼロである以上、いつ、異端のそしりを受けるかわからない。その場合、町では極めて過ごしにくくなるだろう。
個人的な繋がりで、その辺をクリア出来るなら嬉しいことだ。
なので、大都市のギルド支部長が後ろ盾になってくれるというなら、この際、自分達の事情を教えて口止めしつつ、不都合が生じたときに利用させてもらおうとハジメは考えた。
ウィル某とは、随分懇意にしていたようだから、生きて連れて帰れば、そうそう不義理な事もできないだろう。京矢がいるなら、高い確率で連れて帰ることができるのだから。
「お前が嫌なら、俺達が別行動で動いても良いぜ?」
今後少しでも動き易くする為に先手を打つと言う京矢の判断も悪く無いと思う。ならば、全員で動いてさっさと終わらせた方が良いとも思う。
「そこまで言うなら考えなくもないが……二つ条件がある」
「条件?」
「ああ、そんなに難しいことじゃない。彼女達四人にステータスプレートを作って欲しい。そして、そこに表記された内容について他言無用を確約する事、更に、ギルド関連に関わらず、アンタの持つコネクションの全てを使って、俺達の要望に応え便宜を図る事。この二つだな」
「それはあまりに……」
「出来ないなら、この話はなしだ。もう行かせてもらう。お前もそれで良いよな?」
「ああ。断られたなら仕方ねえな」
交渉決裂と席を立とうとするハジメと京矢に、イルワもドットも焦りと苦悩に表情を歪めた。
一つ目の条件は特に問題ないが、二つ目に関しては、実質、フューレンのギルド支部長が一人の冒険者の手足になるようなものだ。責任ある立場として、おいそれと許容することはできない。
「何を要求する気かな?」
「そんなに気負わないでくれ。無茶な要求はしないぞ? ただ俺達は少々特異な存在なんで、教会あたりに目をつけられると……いや、これから先、ほぼ確実に目をつけられると思うが、その時、伝手があった方が便利だなっとそう思っただけだ。面倒事が起きた時に味方になってくれればいい。ほら、指名手配とかされても施設の利用を拒まないとか……」
「指名手配されるのが確実なのかい?」
「ああ。確実になるな」
「ふむ、個人的にも君達の秘密が気になって来たな。キャサリン先生が気に入っているくらいだから悪い人間ではないと思うが……そう言えば、そちらのシア君は怪力、ユエ君は見たこともない魔法を使ったと報告があったな……その辺りが君達の秘密か…そして、それがいずれ教会に目を付けられる代物だと…大して隠していないことからすれば、最初から事を構えるのは覚悟の上ということか……そうなれば確かにどの町でも動きにくい……故に便宜をと……」
流石、大都市のギルド支部長。頭の回転は早い。イルワは、しばらく考え込んだあと、意を決したようにハジメに視線を合わせた。
「犯罪に加担するような倫理にもとる行為・要望には絶対に応えられない。君達が要望を伝える度に詳細を聞かせてもらい、私自身が判断する。だが、できる限り君達の味方になることは約束しよう……これ以上は譲歩できない。どうかな」
「ああ。そんなところで十分だ。あと報酬は依頼が達成されてからでいいぜ。最悪の場合でも、お坊ちゃん自身か遺品あたりでも持って帰ればいいだろう?」
四人のステータスプレートを手に入れるのが一番の目的だ。
この世界では何かと提示を求められるステータスプレートは持っていない方が不自然であり、この先、町による度に言い訳するのは面倒なことこの上ない。
問題は、最初にステータスプレートを作成した者に騒がれないようにするにはどうすればいいかという事だったのだが、イルワの存在がその問題を解決した。
ただ、条件として口約束をしても、やはり密告の疑いはある。いずれ、京矢達の特異性はばれるだろうが、積極的に手を回されるのは好ましくない。
なので、ステータスプレートの作成を依頼完了後にした。一回限りで条件こそあるが死者蘇生さえも可能な京矢が居るなら高い確率で心を苛む出来事に、一番幸いな答えをもたらした彼等を、イルワも悪いようにはしないだろうという打算だ。
イルワもハジメの意図は察しているのだろう。苦笑いしながら、それでも捜索依頼の引き受け手が見つかったことに安堵しているようだ。
「本当に、君達の秘密が気になってきたが……それは、依頼達成後の楽しみにしておこう」
「ああ、其れは後の楽しみにしていてくれ。可能な限り最善の結果もおまけに付けるぜ」
「京矢君の言う通り、どんな形であれ、ウィル達の痕跡を見つけてもらいたい……ハジメ君、京矢君、ユエ君、シア君、エンタープライズ君、ベルファスト君……宜しく頼む」
イルワは最後に真剣な眼差しで京矢達を見つめた後、ゆっくり頭を下げた。
大都市のギルド支部長が一冒険者に頭を下げる。そうそう出来ることではない。キャサリンの教え子というだけあって、人の良さがにじみ出ている。
そんなイルワの様子を見て、京矢達は立ち上がると気負いなく実に軽い調子で答えた。
「あいよ」
「任せな」
「……ん」
「はいっ」
「最善を尽くそう」
「かしこまりました」
その後、支度金や北の山脈地帯の麓にある湖畔の町への紹介状、件の冒険者達が引き受けた調査依頼の資料を受け取り、京矢達は部屋を出て行った。
バタンと扉が締まる。その扉をしばらく見つめていたイルワは、「ふぅ~」と大きく息を吐いた。部屋にいる間、一言も話さなかったドットが気づかわしげにイルワに声をかける。
「支部長……よかったのですか? あのような報酬を……」
「……ウィルの命がかかっている。彼ら以外に頼めるものはいなかった。仕方ないよ。それに、彼等に力を貸すか否かは私の判断でいいと彼等も承諾しただろう。問題ないさ。それより、彼らの秘密……」
「ステータスプレートに表示される〝不都合〟ですか……」
「ふむ、ドット君。知っているかい? ハイリヒ王国の勇者一行は皆、とんでもないステータスらしいよ? 特に最初から剣聖の天職の青年は騎士団長とも互角に渡り合えたほどの逸材だったそうだ」
ドットは、イルワの突然の話に細めの目を見開いた。
「! 支部長は、彼等が召喚された者…〝神の使徒〟であると? しかし、彼等はまるで教会と敵対するような口ぶりでしたし、勇者一行は聖教教会が管理しているでしょう?」
「ああ、その通りだよ。でもね……およそ四ヶ月前、剣聖を含めて三人がオルクスで亡くなったらしいんだよ。神が遣わしたという剣を使い紫紺の鎧を纏った剣聖が、魔物を倒した直後奈落の底に落ちたってね」
「……まさか、その者達が生きていたと? 四ヶ月前と言えば、勇者一行もまだまだ未熟だったはずでしょう? オルクスの底がどうなっているのかは知りませんが、とても生き残るなんて……」
ドットは信じられないと首を振りながら、イルワの推測を否定する。しかし、イルワはどこか面白そうな表情で再びハジメ達が出て行った扉を見つめた。
「そうだね。二人しかいないのなら、三人目はすでに死んでいるのだろう。でも、もし、そうなら……なぜ、彼等は仲間と合流せず、旅なんてしているのだろうね? 彼等は一体、闇の底で何を見て、何を得たのだろうね?」
「何を……ですか……」
「ああ、何であれ、きっとそれは、教会と敵対することも辞さないという決意をさせるに足るものだ。それは取りも直さず、世界と敵対する覚悟があるということだよ」
「世界と……」
「私としては、そんな特異な人間とは是非とも繋がりを持っておきたいね。例え、彼等が教会や王国から追われる身となっても、ね。もしかすると、先生もその辺りを察して、わざわざ手紙なんて持たせたのかもしれないよ」
「支部長……どうか引き際は見誤らないで下さいよ?」
「もちろんだとも」
スケールの大きな話に、目眩を起こしそうになりながら、それでもイルワの秘書長として忠告は忘れないドット。
しかし、イルワは、何かを深く考え込みドットの忠告にも、半ば上の空で返すのだった。
???
彼は自身の技能で魔物達を使役できるのではと考え、それを実行していた。
そして、その最中に魔人族と出会い始末してほしい者を殺せば、魔人族の勇者として招くとスカウトを受けたのだ。
やっと自分の望んでいる展開が起こったのだと彼は歓喜に震える。
だが、次の瞬間に背中に氷を入れられるどころではない、全身を氷漬けにされるかのような寒気を味わう羽目になった。彼の前に現れた二人の男女によって。
「落ち着け。先ほどの男と同じだ。オレ達は話があるだけだ」
忍者を思わせる装飾の特撮ヒーローの様な男はフレンドリーな態度で気安く話しかけてくるが、対抗しようものなら一瞬で殺されると思った。
「名乗らないのは不便だな。まあ、フーマ、風魔と呼んでくれ」
「私はダークゴーストだよ~。ダークゴーストって呼んでね~」
ブカブカの袖の制服の様な服を着た可愛らしい少女が手を握って握手をしてくれる。手から感じる温もりと柔らかさに、ちょっとだけ照れてしまって緊張を緩んでしまう。
同時に二人はトータスの人間ではなく地球の人間なのかとも思ってしまう。少女の服は明らかに地球の服だ。
「オレ達は君にプレゼントを持って来た。それだけだ」
勇者である天之河も一瞬で殺せそうな奴からそう言われて、何のつもりなのかと疑問は湧くが、抵抗できるわけはない。
「魔人族の勇者として招かれるんだ。相応の格好というのが必要だろう?」
そう言ってトータスに来てから久しく見ていない機械……時計のような物を取り出す風魔。
『……』
起動音の様に何かの音が鳴ると風魔は彼の胸にそれを押し付ける。
「っ!!!!!!」
時計の様なものが彼の中に飲み込まれていくと、彼は激痛と不快感を味わい、悲鳴を上げながら地面をのたうち廻る。
喉の渇きを覚え近くにあった湖を覗き込むと、そこには自分の顔がなかった。
有るのはまるでテレビの中のヒーローの様な姿となった己の姿だった。
「これが……オレ?」
いつの間にか不快感も渇きも消え立ち上がると湖に浮かぶ自分の姿を見る。
緑色の金属質な体にクリアグリーンのバイザーの様な物に包まれた顔に光る金色に輝く瞳。
洗礼された姿は特撮ヒーロー物の主人公の様な姿ではないか?
胸にある1992の数字の意味と『真』の文字の意味は分からないが、天之河よりも主人公にふさわしい姿になった自分がここに居る。
元の姿に戻れと念じれば姿が歪み変身が解けた。
「おめでとう。その力がオレたちから君への贈り物だ」
「私達も魔人族の味方なんだよ~。こっちに来たら一緒に戦おうね~」
そんな言葉に彼は確信を持つ。彼等が魔人族の勇者となった自分の仲間と自分のヒロインなのだと。
彼は手に入れた力に酔う様に、狂ったように笑い続けた。
『アナザーシン』
それが彼が手に入れた力。怪人、ヴィランたるアナザーライダーの力。仮面ライダーシンを歪めたアナザーライダーである。