ウルの街防衛戦

護衛依頼の際の冒険者達の食事関係は自腹である。
周囲を警戒しながらの食事なので、商隊の人々としては一緒に食べても落ち着かないのだろう。故に別々に食べるのは暗黙のルールになっているようだ。
そして、冒険者達も任務中は酷く簡易な食事で済ませてしまう。ある程度凝った食事を準備すると、それだけで荷物が増えて、いざという時邪魔になるからなのだという。
代わりに、町に着いて報酬をもらったら即行で美味いものを腹一杯食うのがセオリーなのだとか。
そんな話を、この二日の食事の時間に京矢達は他の冒険者達から聞いていた。京矢達が用意した豪勢なシチューモドキをふかふかのパンを浸して食べながら。

「カッーー、うめぇ! ホント、美味いわぁ~、流石シアちゃん! もう、亜人とか関係ないから俺の嫁にならない?」

「ガツッガツッ、ゴクンッ、ぷはっ、てめぇ、何抜け駆けしてやがる! シアちゃんは俺の嫁!」

「はっ、お前みたいな小汚いブ男が何言ってんだ? 身の程を弁えろ。ところでシアちゃん、町についたら一緒に食事でもどう? もちろん、俺のおごりで」

「な、なら、俺はユエちゃんだ! ユエちゃん、俺と食事に!」

「ユエちゃんのスプーン……ハァハァ」

「ベルファストちゃん、町に着いたら一緒に食事でもどう!」

「あ! お前、なに抜け駆けしてやがる! 俺と一緒に食事でもどう!?」

「エンタープライズ、お姉さま……ハァハァ」

うまうまとベルファストとシアが調理したシチューモドキを次々と胃に収めていく冒険者達。
初日に彼等が干し肉やカンパンのような携帯食をもそもそ食べている横で、普通に〝宝物庫〟から取り出した食器と材料を使い料理を始めた京矢達。いい匂いを漂わせる料理に自然と視線が吸い寄せられ、ハジメ達が熱々の食事をハフハフしながら食べる頃には、全冒険者が涎を滝のように流しながら血走った目で凝視するという事態になり、物凄く居心地が悪くなったシアが、お裾分けを提案した結果、今の状態になった。

当初、飢えた犬の如き彼等を前に、京矢とハジメは平然と飯を食っていた。京矢はともかくハジメはもちろん、お裾分けするつもりなど皆無である。
しかし、野営時の食事当番をシアとベルファストが受け持つ以上は、外で美味い食事にありつくには二人を頼る必要がある。
糧食で済ませがちなエンタープライズは兎も角、京矢もハジメもユエも作れないわけではないが、どうしても大味なものになってしまうのだ。
ハジメと京矢は男料理ゆえに、ユエは元王族らしく経験がないために。なので、美味い飯を作ってくれる片割れのシアに、お裾分けを提案されては、流石のハジメも断りづらかった。

仕方ないとは言え冒険者の食生活に思う所のあったベルファストもお裾分けには賛成だった様子だが、主である京矢の許可なしに分けられない様子だったが、当の京矢が賛成した以上は問題も無かった。

それからというもの、冒険者達がこぞって、食事の時間にはハイエナの如く群がってくるのだが、最初は恐縮していた彼等も次第に調子に乗り始め、ことある毎に女性陣を軽く口説くようになったのである。

ぎゃーぎゃー騒ぐ冒険者達に、ハジメは無言で〝威圧〟を発動。
熱々のシチューモドキで体の芯まで温まったはずなのに、一瞬で芯まで冷えた冒険者達は、青ざめた表情でガクブルし始める。ハジメは、口の中の肉をゴクリと飲み込むと、シチューモドキに向けていた視線をゆっくり上げ囁くように、されどやたら響く声でポツリとこぼした。

「で? 腹の中のもん、ぶちまけたいヤツは誰だ?」

「「「「「調子に乗ってすんませんっしたー」」」」」

見事なハモリとシンクロした土下座で即座に謝罪する冒険者達。
彼等のほとんどは、ハジメよりも年上でベテランの冒険者なのだが、そのような威厳は皆無だった。ハジメから受ける威圧が半端ないというのもあるが、ブルックの町での所業を知っているのでハジメに逆らおうという者はいないのである。

「おいおい、そんなに怒るなよ南雲」

無理矢理何かをしようと言うなら容赦する気はないが、単なるナンパ程度ならば多目に見ると言うスタンスの京矢が威圧を放っていたハジメを止める。

「もう、ハジメさん。せっかくの食事の時間なんですから、少し騒ぐくらいいいじゃないですか。そ、それに、誰がなんと言おうと、わ、私はハジメさんのものですよ?」

「そんなことはどうでもいい」

「はぅ!?」

バッサリとシアの言い分を切り捨てたハジメを横目に、京矢は男の冒険者よりも女の冒険者にお姉様と慕われ始めたエンタープライズの肩を叩いて気にするなと慰める。

まあ、それも当然かもしれない。遠近共に優れた弓術もさることながら、近づかれたとしても弓兵ながら近接戦闘で魔物を制圧する様を見せつけた結果なのだから。……なお、今回の護衛任務の最中は全面的に遠距離タイプのエンタープライズに戦闘は任せているので残念ながら京矢は戦えていなかったりする。

そんな訳で、今回の任務ではテン・コマンドメンツではなく鎧の魔剣を背負っているのだが一度も使えていない。

美女と美少女二人に囲まれている京矢とハジメ。
客観的にその様子を見せつけられている男達の心の声は見事に一致しているだろう。すなわち「頼むから爆発して下さい!!」である。
内心でも敬語のあたりが彼等と京矢とハジメとの力関係を如実に示しており何とも虚しい。

そんな事があってから更に二日。残す道程があと一日に迫った頃、遂にのどかな旅路を壊す無粋な襲撃者が現れた。

最初にそれに気がついたのはシアだ。
街道沿いの森の方へウサミミを向けピコピコと動かすと、のほほんとした表情を一気に引き締めて警告を発した。

「敵襲です! 数は百以上! 森の中から来ます!」

その警告を聞いて、冒険者達の間に一気に緊張が走る。
現在通っている街道は、森に隣接してはいるが其処まで危険な場所ではない。何せ、大陸一の商業都市へのルートなのだ。道中の安全は、それなりに確保されている。なので、魔物に遭遇する話はよく聞くが、せいぜい二十体前後、多くても四十体くらいが限度のはずなのだ。

「くそっ、百以上だと? 最近、襲われた話を聞かなかったのは勢力を溜め込んでいたからなのか? ったく、街道の異変くらい調査しとけよ!」

護衛隊のリーダーであるガリティマは、そう悪態をつきながら苦い表情をする。商隊の護衛は、全部で十五人。
ユエとシア、ベルファストとエンタープライズを入れても十九人だ。この人数で、商隊を無傷で守りきるのはかなり難しい。単純に物量で押し切られるからだ。

なお、温厚の代名詞である兎人族であるシアを自然と戦力に勘定しているのは、ブルックの町で「シアちゃんの奴隷になり隊」の一部過激派による行動にキレたシアが、その拳一つで湧き出る変態達を吹き飛ばしたという出来事が、畏怖と共に冒険者達に知れ渡っているからである。

「彼らの反応からすると、この数が現れるのは異常事態なのだろう。どうする、指揮官?」

シアの報告を聴いた冒険者達の反応を見たエンタープライズが京矢へと問いかける。

「どうもこうもねぇだろ? さっさと殲滅する。それだけだ」

「それもそうだ」

ガリティマが、いっそ隊の大部分を足止めにして商隊だけでも逃がそうかと考え始めた時、京矢がエンタープライズの問いに答える。

「迷ってんなら、俺らが殺ろうか?」

「えっ?」

まるでちょっと買い物に行ってこようかとでも言うような気軽い口調で、信じられない提案をしたのは、他の誰でもないハジメである。
ガリティマは、ハジメの提案の意味を掴みあぐねて、つい間抜けな声で聞き返した。

「おう、迷ってるならオレ達で殲滅しようか?」

自分と同じ意見だったハジメの言葉に京矢も自身の意見を続ける。道中はエンタープライズに任せてばかりだったので、少し暇だと感じていたのだ。この辺の魔物が百匹なら丁度いい数だと判断した。

「い、いや、それは確かに、このままでは商隊を無傷で守るのは難しいのだが……えっと、出来るのか? このあたりに出現する魔物はそれほど強いわけではないが、数が……」

「数なんて問題ない。すぐ終わらせる。ユエがな」

「まっ、確かに。それなら、すぐ終わるか」

ハジメはそう言って、すぐ横に佇むユエの肩にポンッと手を置いた。
ユエも、特に気負った様子も見せずに、そんな仕事ベリーイージーですと言わんばかりに、「ん…」と返事をした。
広範囲殲滅などは魔法特化のユエには得意分野だ。本来ならばタイプは違えどエンタープライズにとっても得意分野だが、多くの冒険者達の前で艦載機は使えないと言う判断から、この場はユエに譲った。

ガリティマは少し逡巡する。一応、彼も噂でユエが類希な魔法の使い手であるという事は聞いている。
仮に、言葉通り殲滅できなくても、京矢達の態度から相当な数を削ることができるだろう。
半数にさえ削れれば弓使いであるエンタープライズの援護もあり、戦力を分散する危険を冒して商隊を先に逃がすよりは、堅実な作戦と考えられる。

「わかった。初撃はユエちゃんに任せよう。仮に殲滅できなくても数を相当数減らしてくれるなら問題ない。我々の魔法で更に減らし、最後は直接叩けばいい。みな、わかったな!」

「「「「了解!」」」」

ガリティマの判断に他の冒険者達が気迫を込めた声で応えた。
どうやら、ユエ一人で殲滅できるという話はあまり信じられていないらしい。ハジメは内心、そんな心配はいらないんだけどなぁ~と考えながら、百体以上の魔物を一撃で殲滅できるような魔法使いがそうそういないという常識からすれば、彼等の判断も仕方ないかと肩を竦めた。
京矢は京矢で軽い運動に2、30匹は残してくれて構わないと言った態度だ。

「んじゃ、オレも一応準備しておこうか? |鎧化《アムド》」

京矢は背中から鎧の魔剣を下ろす。
初めて手に取った鎧の魔剣にキーワードを叫ぶと、冒険者達の表情が驚きに変わる。
大剣と思われていた剣が京矢の全身を包みフルプレートの全身鎧となる様は驚き以外の何者でも無いだろう。更に念の為にと兜飾りに手を触れるとそれが一振りの長剣へと変わる。

驚きから気を取り直した冒険者達が、商隊の前に陣取り隊列を組む。緊張感を漂わせながらも、覚悟を決めた良い顔つきだ。
食事中などのふざけた雰囲気は微塵もない。道中、ベテラン冒険者としての様々な話を聞いたのだが、こういう姿を見ると、なるほど、ベテランというに相応しいと頷かされる。エンタープライズもそんな戦闘前の空気は悪く無いという風に笑みを浮かべる。
商隊の人々は、かなりの規模の魔物の群れが迫っていると聞いて怯えた様子で、馬車の影から顔を覗かせている。

京矢は全身鎧を纏っているので冒険者達と同じく前に立ち、エンタープライズとベルファストを含めたハジメ達は商隊の馬車の屋根の上だ。
万が一にも討ち漏らしが出ても京矢がしっかりと始末してくれそうなので、これで余計に心配もない。

「ユエ、一応、詠唱しとけ。後々、面倒だしな」

「……詠唱……詠唱……?」

「……もしかして知らないとか?」

「……大丈夫、問題ない」

「いや、そのネタ……何でもない」

「接敵、十秒前ですよ~」

周囲に追及されるのも面倒なので、ユエに詠唱をしておくよう告げるハジメだったが、ユエの方は、元々、詠唱が不要だったせいか頭に〝?〟を浮かべている。
なければないで、小声で唱えていたとでもすればいいので、大した問題ではないのだが、返された言葉が何故か激しくハジメを不安にさせた。

「彼の者、常闇に紅き光をもたらさん、古の牢獄を打ち砕き、障碍の尽くを退けん、最強の片割れたるこの力、彼の者と共にありて、天すら呑み込む光となれ、〝雷龍〟」

後ろから聞こえてくる、本来は必要のない呪文のを聞きながら京矢は、ハジメとの出会いでも歌ってるんだなと思う。

詠唱の途中から立ち込めた暗雲より雷で出来た龍が現れた。その姿は、蛇を彷彿とさせる東洋の龍だ。

「な、なんだあれ……」

それは誰が呟いた言葉だったのか。目の前に魔物の群れがいるにもかかわらず、誰もが暗示でも掛けられたように天を仰ぎ激しく放電する雷龍の異様を凝視している。
護衛隊にいた魔法に精通しているはずの後衛組すら、見たことも聞いたこともない魔法に口をパクパクさせて呆けていた。

そして、それは何も味方だけのことではない。森の中から獲物を喰らいつくそうと殺意にまみれてやって来た魔物達も、商隊と森の中間あたりの場所で立ち止まり、うねりながら天より自分達を睥睨する巨大な雷龍に、まるで蛇に睨まれたカエルの如く射竦められて硬直していた。

そして、天よりもたらされる裁きの如く、ユエの細く綺麗な指タクトに合わせて、天すら呑み込むと詠われた雷龍は魔物達へとその顎門を開き襲いかかった。

ゴォガァアアア!!!

「うわっ!?」

「どわぁあ!?」

「きゃぁあああ!!」

更には、ユエの指揮に従い、雷龍は魔物達の周囲をとぐろを巻いて包囲する。
逃走中の魔物が突然眼前に現れた雷撃の壁に突っ込み塵となった。
逃げ場を失くした魔物達の頭上で再び、落雷の轟音を響かせながら雷龍が顎門を開くと、魔物達は、やはり自ら死を選ぶように飛び込んでいき、苦痛を感じる暇もなく、荘厳さすら感じさせる龍の偉容を最後の光景に意識も肉体も一緒くたに塵へと還された。雷龍は、全ての魔物を呑み込むと最後にもう一度、落雷の如き雄叫びを上げて霧散した。

隊列を組んでいた冒険者達や商隊の人々が、轟音と閃光、そして激震に思わず悲鳴を上げながら身を竦める。
ようやく、その身を襲う畏怖にも似た感情と衝撃が過ぎ去り、薄ら目を開けて前方の様子を見ると……そこにはもう何もなかった。
あえて言うならとぐろ状に焼け爛れて炭化した大地だけが、先の非現実的な光景が確かに起きた事実であると証明していた。

なお、京矢の予想通りユエは馬車の上で「私とハジメの出会いを歌っています」とドヤっていたりする。

「おいおい、一匹くらいは残しといてくれよ」

神代魔法を得た後に開発したであろう魔法の威力を眺めながら、折角鎧を纏ったのに無駄になったと撃ち漏らしが無いことを残念そうに呟く京矢だった。

***

「……ん、やりすぎた」

「おいおい、あんな魔法、俺も知らないんだが……」

「ユエさんのオリジナルらしいですよ? ハジメさんから聞いた龍の話と例の魔法を組み合わせたものらしいです」

「俺がギルドに篭っている間、そんなことしてたのか……ていうかユエ、さっきの詠唱って……」

「ん……出会いと、未来を詠ってみた」

折角鎧を纏ったんだから少しくらいは敵を分けて欲しかった。と思っている京矢の後ろからハジメ達のそんな会話が聞こえてくる。

「指揮官、周囲に敵影はない。敵の群れはあれで全部だった様だ」

「だろうな。獣が百匹以上の群れを作れるとは思えねえからな」

群れを二つに分けるという考えも無ければ、出てきたとしても出遅れた魔物達が精々多くても十匹前後残るくらいだろうと思いながらエンタープライズの言葉に同意する。
その程度の数の魔物ならば、自分達も含めて万全の体制の冒険者十五人も居れば余裕で殲滅しながら進めるだろう。

と、京矢が少しは戦いたかったと思いながら会話していると、焼け爛れた大地を呆然と見ていた冒険者達が我に返り始めた。
そして、猛烈な勢いで振り向きハジメ達を凝視すると一斉に騒ぎ始める。

「おいおいおいおいおい、何なのあれ? 何なんですか、あれっ!」

「へ、変な生き物が……空に、空に……あっ、夢か」

「へへ、俺、町についたら結婚するんだ」

「動揺してるのは分かったから落ち着け。お前には恋人どころか女友達すらいないだろうが」

「魔法だって生きてるんだ! 変な生き物になってもおかしくない! だから俺もおかしくない!」

「いや、魔法に生死は関係ないからな? 明らかに異常事態だからな?」

「なにぃ!? てめぇ、ユエちゃんが異常だとでもいうのか!? アァン!?」

「落ち着けお前等! いいか、ユエちゃんは女神、これで全ての説明がつく!」

「「「「なるほど!」」」」

「いい具合に錯乱してんな……」

「あの様な光景を見れば仕方が無いことかと思います」

良い具合に錯乱している冒険者達を前に京矢とベルファストが呆れた様に呟く。ユエの魔法が衝撃的過ぎて、冒険者達は少し壊れ気味のようだった。
それも仕方がないだろう。何せ、既存の魔法に何らかの生き物を形取ったものなど存在しないのだ。まして、それを自在に操るなど国お抱えの魔法使いでも不可能だろう。
雷を落とす〝雷槌〟を行使出来るだけでも超一流と言われるのだから。

魔法を生物の形にするのはエンタープライズが矢を炎の鷲にする事とハジメから聞いたことのある龍からインスピレーションを得たらしい。
その手のアイディアは地球のファンタジー系のラノベには良くあるネタだが、此方の世界にはその手のアイディアは全く無い様子だった。

壊れて「ユエさま万歳!」とか言い出した冒険者達の中、唯一まともなリーダーガリティマは、そんな仲間達を見て盛大に溜息を吐くとハジメ達のもとへやって来た。

「はぁ、まずは礼を言う。ユエちゃんのおかげで被害ゼロで切り抜けることが出来た」

「今は、仕事仲間だろう。礼なんて不要だ。な?」

「……ん、仕事しただけ」

「はは、そうか……で、だ。さっきのは何だ?」

ガリティマが困惑を隠せずに尋ねる。そんなガリティマを眺めながら、京矢は自分が突っ込んで無双した方が良かったかとも思う。

「なあ、南雲、オレ達で無双すれば良かったんじゃねえか? 仮面ライダーになれば楽勝だしな」

「それも悪くなかったな」

百匹の魔物を相手に特撮ヒーローに変身して無双する光景を想像してみる。
戦闘員の大群の前で変身して無双する様なその様は、正に劇場版のヒーローの姿そのもの。それも悪く無いと思ってしまうハジメだった。
……あの程度のブレイドかバールクスに変身すれば楽に倒せる程度の敵でしか無いのだから。
そんな京矢とハジメの会話に更に表情を痙攣らせるガリティマ。

「……オリジナル」

「オ、オリジナル? 自分で創った魔法ってことか? 上級魔法、いや、もしかしたら最上級を?」

「……創ってない。複合魔法」

「複合魔法? だが、一体、何と何を組み合わせればあんな……」

「……それは秘密」

「ッ……それは、まぁ、そうだろうな。切り札のタネを簡単に明かす冒険者などいないしな……」

深い溜息と共に、追及を諦めたガリティマ。ベテラン冒険者なだけに暗黙のルールには敏感らしい。肩を竦めると、壊れた仲間を正気に戻しにかかった。

「このままだと、ユエ教なんて生まれそうな勢いだよな……」

京矢のいう通り、このままでは〝ユエ教〟なんて新興宗教が生まれかねないので、ガリティマには新興宗教の設立阻止の為にも是非とも頑張ってもらいたい、などと人ごとのように考えるハジメ。

そんな商隊の人々の畏怖と尊敬の混じった視線をチラチラと受けながら、一行は歩みを再開した。





















ユエが、全ての商隊の人々と冒険者達の度肝を抜いた日以降、特に何事もなく、一行は遂に中立商業都市フューレンに到着した。

フューレンの東門には六つの入場受付があり、そこで持ち込み品のチェックをするそうだ。
京矢達も、その内の一つの列に並んでいた。順番が来るまでしばらくかかりそうである。

馬車の屋根で、ユエに膝枕をされ、シアを侍らせながら寝転んでいたハジメと、エンタープライズとベルファストを侍らせながらお茶を飲んでいた京矢のもとにモットーがやって来た。何やら話があるようだ。
若干、呆れ気味に京矢達を見上げるモットーに、ハジメと京矢は軽く頷いて屋根から飛び降りた。

「まったく豪胆ですな。周囲の目が気になりませんかな?」

モットーの言う周囲の目とは、毎度お馴染みの京矢とハジメに対する嫉妬と羨望の目、そしてユエとシアとエンタープライズとベルファストに対する感嘆と嫌らしさを含んだ目だ。
それに加えて、今は、シアに対する値踏みするような視線も増えている。
流石は大都市の玄関口。様々な人間が集まる場所では、ユエもシアもエンタープライズもベルファストも単純な好色の目だけでなく利益も絡んだ注目を受けているようだ。

「さすが、これだけの大きさの商業都市だな。なんて思ってるさ」

「まぁ、煩わしいけどな、仕方がないだろう。気にするだけ無駄だ」

「向こうからやってきたら、その時は始末すりゃ良い。それだけだろ?」

「違いないな」

そう言って肩を竦めながら京矢の言葉に返すハジメにモットーは苦笑いだ。

「フューレンに入れば更に問題が増えそうですな。やはり、その兎人族と宝物庫を売る気は……」

さりげなくシアと宝物庫の売買交渉を申し出るモットーだったが、その話は既に終わっただろ? というハジメの無言の主張に、両手を上げて降参のポーズをとる。
内心では宝物庫は二つもあるのだから一つくらいは売ってもらえないかな?とも思っていたのも事実だ。
実際には京矢のそれは四次元ポケットであり、宝物庫では無い上に更にあと二つランプと帽子型の類似品が有るのだが、それはそれ。

「そんな話をしに来たわけじゃないだろ? 用件は何だ?」

「いえ、似たようなものですよ。売買交渉です。貴方達の持つアーティファクト。やはり譲ってはもらえませんか? 商会に来ていただければ、公証人立会の下、一生遊んで暮らせるだけの金額をお支払いしますよ。貴方のアーティファクト、特に〝宝物庫〟は、商人にとっては喉から手が出るほど手に入れたいものですからな」

「そりゃ、商人にしてみれば倉庫を持ち歩く様な物だからな」

「ええ。それに貴方のその大剣のアーティファクトも、見たところ国宝級の品だと思いますよ。売っていただけるのなら」

「悪いが武器は使われてこそ。って考えなんでな。それに、こいつは城に飾られて宝物にされる、なんて扱いされて満足する様な剣でもないからな」

喉から手が出るほどではなく、モットーの笑ってない目は正に「殺してでも奪い取る」と言った方が正しいだろう。
だがそれも無理はない。商人にとって常に頭の痛い懸案事項である商品の安全確実で低コストの大量輸送という問題が一気に解決するのだ。部屋一つ分、倉庫一つ分でも僅かな護衛で済み、移動も早くなる事だろう。
京矢の鎧の魔剣も商人ではなく騎士階級の貴族ならば幾らでも欲しがりそうな一品だ。キーワードと共に全身鎧になる大剣のアーティファクト。交渉次第では幾らでも吊り上げられるだろうし、王宮に献上すれば覚えも良くなるだろう。自身が使わなくとも幾らでも使い道がある。

まあ、その点については見る目があるとは思う。別の世界で魔界の名工と呼ばれた男の作り上げた武具の一つなのだ。
最終的には完全に砕け散ったとはいえ、オリハルコンを使い神が作り上げたとされる神剣を折った経緯を持つ。
これに比べれば、この世界の最高の聖剣などガラクタに等しい。
京矢の持つ鎧の魔剣は間違いなくその時に砕け散った剣と同じ物だ。少しでも価値の分かる騎士や冒険者が見れば欲しがるだろう。

ハジメのドンナー・シュラークに至っては戦いの歴史を塗り替えかねない代物なのは、地球の過去の歴史を見れば明らかだ。日本の織田信長やアメリカの西部開拓時代等はいい例だ。

「何度言われようと、何一つ譲る気はない。諦めな」

「しかし、そのアーティファクトは一個人が持つにはあまりに有用過ぎる。その価値を知った者は理性を効かせられないかもしれませんぞ? そうなれば、かなり面倒なことになるでしょうなぁ……例えば、彼女達の身に……」

モットーが、少々、狂的な眼差しでチラリと脅すように屋根の上にいるユエとシアに視線を向けた瞬間、ゴチッと額に冷たく固い何かが押し付けられた。壮絶な殺気と共に。
周囲は誰も気がついていない。馬車の影ということもあるし、ハジメの殺気がピンポイントで叩きつけられているからだ。

「それは、宣戦布告と受け取っていいのか?」

静かな声音。されど氷の如き冷たい声音で硬直するモットーの眼を覗き込むハジメの隻眼は、まるで深い闇のようだ。モットーは全身から冷や汗を流し必死に声を捻り出す。だが、モットーが声を捻り出す前に京矢がモットーの頭に押しつけられたものに触れる。

「落ち着けよ、南雲。この人はオレ達に忠告してくれただけだろ?」

何をしようとしていたのかは分からないが、京矢はこう言っているのだ「そう言うことにしておいてやる」と。

「そ、そうです……。どうか……私は、ぐっ……あなたが……あまり隠そうとしておられない……ので、そういうこともある……と。ただ、それだけで……うっ」

「だとさ。面倒ごとを避けるにはある程度手の内を隠すのが丁度いいって事だ」

京矢が比較的普通の剣よりの魔剣・聖剣を使っているのは、使いやすく良く切れる刀で有る斬鉄剣以外ではただの強力なアーティファクトの剣で済ませられるからだ。
それだけなら、鎧に変化したり、複数の姿と能力を持つ、珍しい上に希少で強力なアーティファクトで誤魔化せる。死者蘇生が出来る刀に比べれば。
魔剣目録を人前で開かないのもそれが理由だ。

だが、モットーの言う通りハジメはアーティファクトや実力をそこまで真剣に隠すつもりはなかった。
ちょっとの配慮で面倒事を避けられるなら、ユエに詠唱させたようなこともするが、逆に言えば、〝ちょっと〟を越える配慮が必要なら隠すつもりはなかった。
ハジメは、この世界に対し〝遠慮しない〟と決めているのだ。
敵対するものには容赦はしないが、京矢の場合はそれなりに配慮はする意思はある。
同じく敵対するものは全てなぎ倒して進む。その覚悟があるハジメと京矢の違いは配慮の大きさだ。

……まあ、下手したら普通に巨大ロボを持ち出して暴れて国を滅ぼす程度は簡単に出来るのが京矢なのだが。
なお、王国は下手したら物理的にひっくり返される危険もあった事を追記しておこう。あの国、京矢は王族貴族含めて敵視しているのだ。

「そうか、お前がそう言うなら、そういうことにしておこうか」

そう言って、ドンナーをしまい殺気を解くハジメ。
モットーがその場に崩れ落ちる前に京矢が肩を貸す。京矢に肩を借りたモットーは大量の汗を流し、肩で息をしている。

「別に、お前が何をしようとお前の勝手だ。あるいは誰かに言いふらして、そいつらがどんな行動を取っても構わない。ただ、敵意をもって俺の前に立ちはだかったなら……生き残れると思うな? 国だろうが世界だろうが関係ない。全て血の海に沈めてやる」

「へっ、血の海は辞めとけ。後始末が面倒だろ? 物理的にひっくり返してやった方が面白いだろ?」

「なるほど。それもそうだな」

「つー訳だ。モットーさん、取引相手が減るのはデメリットだろ? 何が正しい判断か、アンタなら分かるだろ?」

「……はぁはぁ、なるほど。割に合わない取引でしたな……」

未だ青ざめた表情ではあるが、気丈に返すモットーは優秀な商人なのだろう。
それに道中の商隊員とのやりとりから見ても、かなり慕われているようであった。本来は、ここまで強硬な姿勢を取ることはないのかもしれない。彼を狂わせるほどの魅力が、ハジメのアーティファクトにあったということだろう。

「では、私は手続きがあるので、これにて」

フューレンに入った所でモットーは冒険者達と別れる際に京矢達を呼び止め、

「とんだ失態を犯しました。ご入用の際は是非我が商会を」

自分の商会の宣伝をして行ったのだった。

「銃口突き付けた相手に営業かよ? ホント、商魂たくましいな」

「まっ、それだけ優秀な商人ってことだろ?」
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