ウルの街防衛戦
カラン、カランとそんな音を立てて冒険者ギルド:ブルック支部の扉は開いた。入ってきたのは六人の人影、ここ数日ですっかり有名人となったハジメ、京矢、ユエ、シア、エンタープライズ、ベルファストである。
ギルド内のカフェには、何時もの如く何組かの冒険者達が思い思いの時を過ごしており、京矢達の姿に気がつくと片手を上げて挨拶してくる者もいる。男は相変わらず女性陣に見蕩れ、ついでハジメと京矢に羨望と嫉妬の視線を向けるが、そこに陰湿なものはない。
それどころか
「やぁ、京矢さん!」
「こんにちは!」
「ご機嫌はいかがですか?」
「ベルファストさん、こんにちは!」
「エンタープライズお姉様!」
「おう」
冒険者の大半どころか町の人たちがフレンドリーに挨拶してくる始末だ。一部、ベルファストとエンタープライズに挨拶してる人達もいるが。
僅か数日間で、すっかり町の顔みたいになった京矢に、お前何やったんだよと言う視線を向けるハジメ。
「いや、この一週間体が鈍らないように適当にモンスター狩りの依頼を受けたりしてただけなんだけどな」
その時に群れに出くわして命の危険に瀕していた冒険者達を、単騎で群れに飛び込み無双して助けたりとか色々とやっていたが自覚は無かったりする。
なお、その滞在期間の間にユエかシアかエンタープライズかベルファストを手に入れようと決闘騒ぎを起こした者は数知れず。
かつて、〝股間スマッシュ〟という世にも恐ろしい所業をなしたユエ達本人を直接口説く事は出来ないが、外堀を埋めるように男二人から攻略してやろうという輩がそれなりにいたのである。
もちろん、ハジメの場合、そんな面倒事をまともに受けるわけがない。最終的には、決闘しろ! というセリフの〝け〟の部分で既に発砲、非致死性のゴム弾が哀れな挑戦者の頭部に炸裂し三回転ひねりを披露して地面とキスするというのが常であり、この町では、〝股間スマッシャー〟たるユエと、そんな彼女が心底惚れており、決闘が始まる前に相手を瞬殺する〝決闘スマッシャー〟たるハジメのコンビは有名であり一目置かれる存在なのである。
京矢は京矢で魔物の群れを……それこそ、鎧の魔剣からスキルによって会得したアバン流刀殺法の熟練の為に狩っている姿を見たので誰もが決闘のけの字も口に出していない。誰だって命は惜しいのだ。一人を残酷に殺して百人の敵に警告すると言う戦術もあるが魔物が相手ならば傷む心も必要ない。
全身鎧となるアーティファクトの剣を持ち、一太刀で魔物を断ち切るその姿からいつの間にかハジメとは違い〝魔剣士〟なる二つ名で呼ばれ始めていた。
そんな彼等はギルドでパーティー名の申請等していないのにいつの間にやら派手に目立っていた〝スマッシュ・ラヴァーズ〟というパーティー名が浸透しており、自分と京矢の二つ名と共にそれを知ったハジメがしばらく遠い目をしていたのは記憶に新しい。
京矢は自分に名付けられたマトモな二つ名には思う所も有る様子だが、最近愛用している鎧の魔剣に関係しているのだろうとハジメは思う。
ちなみに、同じ様に存在感が薄いエンタープライズとベルファストは気にしていないのに、自分の存在感が薄いとシアが涙したのは余談である。
「おや、今日は全員一緒かい?」
ハジメ達がカウンターに近づくと、いつも通り、おばちゃ……キャサリンがおり、先に声をかけた。
キャサリンの声音に意外さが含まれているのは、この一週間でギルドにやって来たのは大抵、京矢とハジメが一人だけかシアとユエの二人組、または京矢がエンタープライズとベルファストの二人を伴ってだからだ。
「ああ。明日にでも町を出るんで、あんたには色々世話になったし、一応挨拶をとな。ついでに、目的地関連で依頼があれば受けておこうと思ってな」
「ああ、色々と此処の奴等には世話になったからな」
周囲から「京矢さん、出て行っちゃうんですか!?」と言う声が聞こえているが、最早すっかり町の顔で有る。
寧ろオレ達の方が世話になってますよと、他の冒険者達から別れを惜しまれている京矢と違い、ハジメが世話になったというのは、ハジメがギルドの一室を無償で借りていたことだ。
せっかくの重力魔法なので生成魔法と組み合わせを試行錯誤するのに、それなりに広い部屋が欲しかったのである。
キャサリンに心当たりを聞いたところ、それならギルドの部屋を使っていいと無償で提供してくれたのだ。
なお、京矢は魔物を相手にしての実戦の中で、ユエとシアは郊外で重力魔法の鍛錬である。
「そうかい。行っちまうのかい。そりゃあ、寂しくなるねぇ。あんた達が戻ってから賑やかで良かったんだけどねぇ~」
「ああ。結構此処は楽しかったけどな」
「勘弁してくれよ。宿屋の変態といい、服飾店の変態といい、ユエとシアに踏まれたいとか言って町中で突然土下座してくる変態どもといい、〝お姉さま〟とか連呼しながら二人をストーキングする変態どもといい、決闘を申し込んでくる阿呆共といい……碌なヤツいねぇじゃねぇか。出会ったヤツの七割が変態で二割が阿呆とか……どうなってんだよこの町」
「そう言う星の元なんじゃねえのか?」
「お前だって、変態に絡まれてないか? エンタープライズお姉様とか言ってる変態とかは?」
「……言わないでくれ。あれには少し頭が痛くなった」
ハジメからの指摘に頭を抱えるのはエンタープライズだった。
「いや、あれくらいなら許容範囲だろ?」
寧ろ、それを許容範囲と受け止めている京矢の懐の深さに驚きを隠せないハジメだった。
そんな京矢にとってはこの町もそれなりに楽しい場所だったのだろう。
「まあ、宿屋の女の子には困ったけどな」
「ああ、そうだな」
特殊部隊の様な技能を持った宿屋の看板娘には二人とも同意見だった様だ。
持てる技能の全てを費やして覗きに勤しみながら、毎回いい笑顔のベルファストに捕獲されて絶叫からの母親への引き渡しと言う流れが常になっていた。
満面の微笑みの鬼となったベルファストと母親の二人にお仕置きされながらも懲りることなく毎晩繰り返している彼女には流石に頭を抱えていた。……それでも利用し続けていたのは飯がうまかったからである。
クリスタベルは会う度に京矢とハジメに肉食獣の如き視線を向け舌なめずりをしてくるので、何度寒気を感じたかわからない。
「似た様な知り合いが二人もいるから」と言う言葉で耐性と危機感知能力のある京矢は寒気を感じていなかった様子だが。
謎の交友関係のある友人に呆れを通り越してしまう。
また、ブルックの町には四大派閥が出来ており、日々しのぎを削っている。
一つは「ユエちゃんに踏まれ隊」
一つは「シアちゃんの奴隷になり隊」
一つは「ベルファストさんにお世話され隊」
最後が「お姉さまと姉妹になり隊」
である。
それぞれ、文字通りの願望を抱え、実現を果たした隊員数で優劣を競っているらしい。
あまりにぶっ飛んだネーミングと思考の集団に流石にドン引きの京矢達。
町中でいきなり土下座するとユエに向かって「踏んで下さい!」とか絶叫するのだ。もはや恐怖である。
シアに至ってはどういう思考過程を経てそんな結論に至ったのか理解不能だ。亜人族は被差別種族じゃなかったのかとか、お前らが奴隷になってどうするとかツッコミどころは満載だが、深く考えるのが嫌だったので出会えば即刻排除している。
比較的マトモなのはベルファストに対する連中だが、一番達が悪いかもしれないのは最後の女性のみで結成された集団で、主にエンタープライズ、次いでベルファスト、最後にユエとシアに付き纏うか、京矢とハジメの排除行動が主だ。
一度は、「お姉さまに寄生する害虫が! 玉取ったらぁああーー!!」とか叫びながらナイフを片手に突っ込んで来た少女もいる。
簡単にその少女からナイフを弾いてナイフの使い方を指導する京矢も京矢だが、そのせいで妙にナイフの使い方が上手くなった少女に襲われたハジメは、その少女を裸にひん剥いた後、亀甲縛りモドキ(知識がないので)をして一番高い建物に吊るし上げた挙句、〝次は殺します〟と書かれた張り紙を貼って放置した。
あまりの所業と淡々と書かれた張り紙の内容に、少女達の過激な行動がなりを潜めたのはいい事である。
だが、淡々とした対応に見えるが内心真っ青になってたりする。その少女は京矢の指導が良かったのか、ステータス的に刺されても平気そうなハジメでも、本気で死ぬかと思うレベルのナイフ使いであった。
学校の剣道部の後輩から、日頃から光輝よりも京矢に指導してほしいと言われるレベルの指導力を遺憾なく発揮した結果だ。
後日、その少女の技能に軍隊式ナイフ術のスキルが追加されていたりするが、それはそれ。
そんな出来事を思い出し顔をしかめるハジメに、キャサリンは苦笑いだ。
「まぁまぁ、何だかんで活気があったのは事実さね」
「確かに活気はあったな」
「やな、活気だな」
「で、何処に行くんだい?」
「フューレンだ」
そんな風に雑談しながらも、仕事はきっちりこなすキャサリン。早速、フューレン関連の依頼がないかを探し始める。
フューレンとは、中立商業都市。
ハジメ達の次の目的地は【グリューエン大砂漠】にある七大迷宮の一つ【グリューエン大火山】である。
その為、大陸の西に向かわなければならないのだが、その途中に【中立商業都市フューレン】があるので、大陸一の商業都市に一度は寄ってみようという話になったのである。
「う~ん、おや。ちょうどいいのがあるよ。商隊の護衛依頼だね。ちょうど空きがあと二人分あるよ……どうだい? 受けるかい?」
キャサリンにより差し出された依頼書を受け取り内容を確認するハジメ。
確かに、依頼内容は、商隊の護衛依頼のようだ。中規模な商隊のようで、十五人程の護衛を求めているらしい。ユエとシアにエンタープライズとベルファストは冒険者登録をしていないので、京矢とハジメの分でちょうどだが。
「連れを同伴するのはOKなのか?」
「ああ、問題ないよ。あんまり大人数だと苦情も出るだろうけど、荷物持ちを個人で雇ったり、奴隷を連れている冒険者もいるからね。まして、その子達も結構な実力者だ。二人分の料金で更に四人も優秀な冒険者を雇えるようなもんだ。断る理由もないさね」
「そうか、ん~、どうすっかな?」
ハジメは少し逡巡し、意見を求めるように京矢達の方を振り返った。
正直な話、配達系の任務でもあればと思っていたのだ。というのも、彼等だけなら魔力駆動車があるので、馬車の何倍も早くフューレンに着くことができる。
わざわざ、護衛任務で他の者と足並みを揃えるのは手間と言えた。
「……急ぐ旅じゃない」
「そうですねぇ~、たまには他の冒険者方と一緒というのもいいかもしれません。ベテラン冒険者のノウハウというのもあるかもしれませんよ?」
「良いんじゃないのか、護衛任務って奴も。偶にはのんびりと移動するのも。次の町のこととか色々と話も聞けそうだしな」
「指揮官が言うなら私は反論は無い」
「私も京矢様の判断に従います」
「……そうだな、急いても仕方ないし、たまにはいいか……」
ハジメは京矢達の意見に「ふむ」と頷くとキャサリンに依頼を受けることを伝える。
ユエの言う通り、七大迷宮の攻略にはまだまだ時間がかかるだろう。急いて事を仕損じては元も子もないというし、シアの言うように冒険者独自のノウハウがあれば今後の旅でも何か役に立つことがあるかもしれない。京矢のいう通り次の町の情報などの話を聞けるというのも悪くない。
「あいよ。先方には伝えとくから、明日の朝一で正面門に行っとくれ」
「了解した」
「おう」
京矢とハジメが依頼書を受け取るのを確認すると、キャサリンが二人の後ろの女性陣に目を向けた。
「あんた達も体に気をつけて元気でおやりよ? この子達に泣かされたら何時でも家においで。あたしがぶん殴ってやるからね」
「……ん、お世話になった。ありがとう」
「はい、キャサリンさん。良くしてくれて有難うございました!」
「ありがとうございます、キャサリン様」
「よくしてくれた事、感謝する」
キャサリンの人情味あふれる言葉にユエとシア、ベルファストとエンタープライズの頬も緩む。
特にシアは嬉しそうだ。この町に来てからというもの自分が亜人族であるということを忘れそうになる。もちろん全員が全員、シアに対して友好的というわけではないが、それでもキャサリンを筆頭にソーナやクリスタベル、ちょっと引いてしまうがファンだという人達はシアを亜人族という点で差別的扱いをしない。
土地柄かそれともそう言う人達が自然と流れ着く町なのか、それはわからないが、いずれにしろシアにとっては故郷の樹海に近いくらい温かい場所であった。
「あんた達も、こんないい子達泣かせんじゃないよ? 精一杯大事にしないと罰が当たるからね?」
「……ったく、世話焼きな人だな。言われなくても承知してるよ」
「ああ。大事にしないとな」
キャサリンの言葉に苦笑いで返す京矢とハジメ。
そんなハジメに、キャサリンが一通の手紙を差し出す。疑問顔で、それを受け取るハジメ。
「これは?」
「あんた達、色々厄介なもの抱えてそうだからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなものだよ。他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね」
バッチリとウインクするキャサリンに、思わず頬が引き攣るハジメ。
手紙一つでお偉いさんに影響を及ぼせるアンタは一体何者だ? という疑問がありありと表情に浮かんでいる。
「おや、詮索はなしだよ? いい女に秘密はつきものさね」
「確かに。良い女の秘密はアクセサリーだな」
京矢の言葉に分かってるじゃないかいと笑うキャサリン。本当に京矢のコミュ力の高さには呆れてしまうハジメだった。
「……はぁ、わーたよ。これは有り難く貰っとく」
「素直でよろしい! 色々あるだろうけど、死なないようにね」
謎多き、片田舎の町のギルド職員キャサリン。京矢達は、そんな彼女の愛嬌のある魅力的な笑みと共に送り出された。
***
その後、京矢達は、クリスタベルの所にも寄った。
ハジメは断固拒否したが、ユエとシアがどうしてもというので仕方なく付き添った……。京矢にも世話になった相手なのだからと説得もされた。
だが、町を出ると聞いた瞬間、クリスタベルは最後のチャンスとばかりに京矢とハジメに襲いかかる巨漢の化物と化し、恐怖のあまり振動破砕を使って葬ろうとするハジメを、ユエとシアが必死に止めるという衝撃的な出来事があったが……詳しい話は割愛だ。
尽く避ける京矢には本当に似た様な知り合いがいるのだろう。地球への帰還後もその知り合いにだけは関わりたくない。改めてそう思うハジメであった。
京矢、エンタープライズとベルファストはハジメと一度分かれて親しくなった冒険者達から別れを惜しまれていた。
特に京矢と親しくなったヒャッハー三兄弟は残念ながら遠出の護衛依頼を受けた為に暫く戻らないそうだ。此処で出来た一番の友人達に直接別れを言えない事を残念に思いながら、彼等によろしくと伝言を頼むと冒険者達と別れる。
そして、最後の晩と聞き、遂には堂々と風呂場に乱入、そして部屋に突撃を敢行したソーナちゃんが、ベルファストに捕獲され、ブチギレた母親に本物の亀甲縛りをされて一晩中、宿の正面に吊るされるという事件の話も割愛だ。
なぜ、母親が亀甲縛りを知っていたのかという話も割愛である。
そして翌日早朝。
そんな愉快(?)なブルックの町民達を思い出にしながら、正面門にやって来た京矢達を迎えたのは商隊のまとめ役と他の護衛依頼を受けた冒険者達だった。
どうやら京矢達が最後のようで、まとめ役らしき人物と十四人の冒険者が、やって来た彼らを見て一斉にざわついた。
「お、おい、まさか残りの奴等って〝スマ・ラヴ〟なのか!?」
「マジかよ! 嬉しさと恐怖が一緒くたに襲ってくるんですけど!」
「見ろよ、俺の手。さっきから震えが止まらないんだぜ?」
「いや、それはお前がアル中だからだろ?」
「おお、魔剣戦士もいるぜ! あいつが居れば百人力だぞ!」
ユエとシア、エンタープライズとベルファストの登場に喜びを顕にする者、股間を両手で隠し涙目になる者、手の震えを京矢達のせいにして仲間にツッコミを入れられる者など様々な反応だ。
京矢は苦笑いを浮かべながら、ハジメは嫌そうな表情をしながら近寄ると、商隊のまとめ役らしき人物が声をかけた。
「君達が最後の護衛かね?」
「ああ、これが依頼書だ」
ハジメは、懐から取り出した自分と京矢の依頼書を見せる。
それを確認して、まとめ役の男は納得したように頷き、自己紹介を始めた。
「私の名はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ」
(もっと、ユンケル? 疲れているみたいな名前だよな)
「……もっとユンケル? ……商隊のリーダーって大変なんだな……」
日本のとある栄養ドリンクを思い出させる名前に、ハジメの眼が同情を帯びる。
なぜ、そんな眼を向けられるのか分からないモットーは首を傾げながら、「まぁ、大変だが慣れたものだよ」と苦笑い気味に返した。
「へへっ、期待には応えさせてもらうぜ。オレは京矢。こっちはエンタープライズとベルファスト」
「俺はハジメだ。こっちはユエとシア」
「それは頼もしいな……ところで、この兎人族……売るつもりはないかね? それなりの値段を付けさせてもらうが」
モットーの視線が値踏みするようにシアを見た。兎人族で青みがかった白髪の超がつく美少女だ。
商人の性として、珍しい商品に口を出さずにはいられないということか。首輪から奴隷と判断し、即行で所有者たるハジメに売買交渉を持ちかけるあたり、きっと優秀な商人なのだろう。
其処で何となくハジメの反応を予想した京矢は、気配を周囲に同化させながら、さり気無くハジメの背後に近づく。
モットーの視線を受けて、シアが「うっ」と嫌そうに唸りハジメの背後にそそっと隠れる。ユエのモットーを見る視線が厳しい。
だが、一般的な認識として樹海の外にいる亜人族とは、すなわち奴隷であり、珍しい奴隷の売買交渉を申し出るのは商人として当たり前のことだ。モットーが責められるいわれはない。寧ろ、その嗅覚は商人として優秀と言えるだろう。
「ほぉ、随分と懐かれていますな…中々、大事にされているようだ。ならば、私の方もそれなりに勉強させてもらいますが、いかがです?」
「ま、あんたはそこそこ優秀な商人のようだし……答えはわかるだろ?」
シアの様子を興味深そうに見ていたモットーが更にハジメに交渉を持ちかけるが、ハジメの対応はあっさりしたものである。モットーも、実はハジメが手放さないだろうとは感じていたが、それでもシアが生み出すであろう利益は魅力的だったので、何か交渉材料はないかと会話を引き伸ばそうとする。
だが、そんな意図もハジメは読んでいたのだろう。やはりあっさりしているが、揺るぎない意志を込めた言葉をモットーに告げようとする。
「ほら、そんなに殺気立つなよ、南雲」
「っ!? 鳳凰寺!?」
ハジメから殺気が漏れそうになった時、いつの間にか後ろに回っていた京矢に肩を叩かれて気が抜けてしまう。
流石にこんな所で依頼の頭で、雇い主を脅すような真似は止めて欲しいので止めておいたのだ。
そんな京矢の意思を理解したのか、気を取り直してハジメは
「例え、どこぞの神が欲しても手放す気はないな……理解してもらえたか?」
「…………えぇ、それはもう。仕方ありませんな。ここは引き下がりましょう。ですが、その気になったときは是非、我がユンケル商会をご贔屓に願いますよ。それと、もう間も無く出発です。護衛の詳細は、そちらのリーダーとお願いします」
当人達は気にしていないが、ハジメの発言は相当危険なものだった。下手をすれば聖教教会から異端の烙印を押されかねない発言だ。
一応、魔人族は違う神を信仰しているし、歴史的に最高神たる〝エヒト〟以外にも崇められた神は存在するので、直接、聖教教会にケンカを売る言葉ではない。
だが、それでもギリギリの発言であることに変わりはなく、それ故に、モットーはハジメがシアを手放すことはないと心底理解させられた。
ハジメが、すごすごと商隊の方へ戻るモットーを見ていると、周囲が再びざわついている事に気がついた。
「すげぇ……女一人のために、あそこまで言うか……痺れるぜ!」
「流石、決闘スマッシャーと言ったところか。自分の女に手を出すやつには容赦しない……ふっ、漢だぜ」
「いいわねぇ~、私も一度くらい言われてみたいわ」
「いや、お前、男だろ? 誰が、そんなことッあ、すまん、謝るからっやめっアッーー!!」
ハジメは、愉快(?)な護衛仲間の愉快な発言に頭痛を感じたように手で頭を抑えた。やっぱりブルックの町の奴らは阿呆ばっかりだと。
「おお、確かに、一度は言ってみたいセリフだよな」
「……お前だったら、恥ずかしげもなく言えるだろうが」
自分が気がつかないレベルで気配を消して後ろまで近づくなどという芸当をやらかしてくれた友人の言葉にも頭を抱えながら答える。
そんな技能については異世界を含めて世界を4回も救った経験は伊達では無いのだろうな、と思っておくことにした。奈落程度を生き抜いた自分とは格が違うのだろう、と。
「残念ながら、そう言う相手は居ないんだよな」
京矢の言葉にハジメは「どの口が言うか?」と言う言葉を飲み込む。地球にいた頃から世界の歌姫のマリアやら義理の妹の直葉やら、こっちに来てからは新たにエンタープライズ、ベルファスト、赤城等等、美人、美少女が大勢周りにはいるだろう、と思う。
その後、モットーへの言葉に感激したシアに抱きつかれたハジメを他所に、ごゆっくりと言って京矢はエンタープライズとベルファストの元に戻る。
「宜しいのですか?」
「邪魔しちゃ悪いだろ? 人の恋路は邪魔しない主義なんでな」
「……いいか? 特別な意味はないからな? 勘違いするなよ?」「うふふふ、わかってますよぉ~、うふふふ~」等と会話しているハジメとシアを眺めながら、身内を見捨てるような真似はしないと言う事なのだろう。
それを分かっていながら、あえて其処は指摘しない。
そして、ハジメの心情を察し、トコトコと近づいて慰めるユエに、ハジメは感謝の言葉を告げながら優しく頬を撫でた。気持ちよさそうに目を細めるユエ。
早朝の正門前、多数の人間がいる中で、背中に幸せそうなウサミミ美少女をはりつけ、右手には金髪紅眼のこれまた美少女を纏わりつかせる男、南雲ハジメ。
両隣に二人のタイプの違う銀髪美女を従えた男、鳳凰寺京矢。
商隊の女性陣は生暖かい眼差しで、男性陣は死んだ魚のような眼差しでその光景を見つめる。
京矢達に突き刺さる煩わしい視線や言葉は、きっと自業自得である。
……そんな視線を一切気にしちゃいない京矢ではあったが。
さてさて、ブルックの町から目的地の中立商業都市フューレンまでは馬車で片道約4~6日の距離である。
京矢達単独ならば大幅に時間は短縮できただろう。……人目さえ気にしなければキシリュウジンやヨクリュウオーを使って1日と掛からず移動することも可能だろう。
日の出前に出発し、日が沈む前に野営の準備に入る。それを繰り返すこと今日で三回目。京矢達は、フューレンまで三日の位置まで来ていた。
道程はあと半分である。ここまで特に何事もなく順調に進んで来た。京矢達は、隊の後方を預かっているのだが実にのどかなものである。
さて、そんな長閑な旅路だが、京矢達はまたまたやらかしてしまった事がある。
初日の夜、焚き火を囲みながら現在の行程を確認していた際の話だ。
「今日はどのくらい進んだんだ?」
「大体三分の一って所ですな。順当に行けばあと4日ほどで着くでしょう」
「結構かかるな」
「まっ、順当って言えば順当な旅路なんじゃ無いか?」
内心で良くも悪くも、と付け加える京矢。重ねて言うがハジメと京矢の移動手段ならばもっと早く着くことも可能だ。
「ちなみに食事はどうされるおつもりで? 一応食料の販売もしてはいますが……」
冒険者達は任務中は酷く簡易な食事で済ませてしまう。
ある程度凝った食事を準備すると、それだけで荷物が増えて、いざという時邪魔になるからなのだという。仮に一日三食分の食事の材料と調理器具を持って二十四時間のマラソンをすると言う状況を想像するだけでも大変なのは分かるので当然だろう。
代わりに、町に着いて報酬をもらったら懐も暖かいので即行で美味いものを腹一杯食うのがセオリーなのだとか。
「ああ、そう言った心配は要らないな」
「だな」
宝物庫と四次元ポケットの中から食料と調味料及び調理器具を取り出してシアとベルファストに渡すハジメと京矢。
その光景にモットーは唖然とするしか無かった。
「頼んだぞ、食事係」
「今日もうまい飯を頼むぜ、ベルファスト」
「おまかせくださーい!」
「かしこまりました」
そんなモットーの様子も気付かずに、他の冒険者と同じく糧食で済ませようとするエンタープライズからそれを取り上げつつ会話を交わす京矢とベルファスト。
だが、京矢は完全に失念していた。ハジメが普段から、戦闘中にも便利に使っている為に忘れていたが、この世界において宝物庫と言うアーティファクトがどれだけ希少かという事を。
「なっ……何ですか、その道具は!?」
再起動は絶叫と共に。である。ハジメ自身は隠す気が無かった為に宝物庫の事を教えるが。
「言い値で買う!!! 幾ら欲しい!?」
宝物庫と言うアーティファクトは正に商人にとっては夢のアイテムである。
大量の物を運ぶ以上移動に時間もかかり護衛も多く必要になる。だが、宝物庫が有れば僅か一台の馬車で済む事だろう。倉庫一つ分、否、部屋一つ分の容量でもだ。
それ以外にも考えられる利点は大量にある。あり過ぎるのだ。
(……いや、これは使えるかもな)
そこまで考えた後、ふとそんな事を考える京矢。京矢のはアーティファクトの宝物庫と違い直接手を入れて取り出す必要のある四次元ポケットだが、同じ四次元ポケット系列の道具は二つもあるのだ。
商人の情報網は馬鹿にできない。諜報力もこの文明の警察組織のそれよりも高いかもしれないのだ。
目を血走らせてハジメに宝物庫の事を質問するモットーを眺めながら、情報網を利用する手段を考えていた。
「京矢様、何をお考えですか?」
「商人の情報網で王国に残ったクラスメイトの情報が手に入らないか? なんて思ってな」
ベルファストの問いに京矢は自分の考えを答える。
「成る程、確かに二つ残っていた筈だが、危険では無いか、指揮官」
エンタープライズの考えももっともだ。迂闊に四次元ポケット系列の道具を渡しては教会に情報が渡ってしまう事になる。勇者達の事を知りたいなど、余計にだ。
「それに着いちゃ、勇者一行に居る強い剣士に興味があるって誤魔化すつもりだったけどな」
「だが、それでも露骨に聞いては怪しまれる。いや、彼に怪しまれなかったとしても、教会や国に知られる危険があるのでは無いか?」
単純に剣士としての興味として知りたいと言う話に持っていこうと思ったが、確かにエンタープライズの怪訝ももっともだ。
「王国の情報全般にしても、もうちょっと見極めてみるか」
最悪は金と情報の二つを対価にして四次元ランプ辺りを使って情報網を作ろうかとも思っていたが、即断は拙そうだと判断する。
ギルド内のカフェには、何時もの如く何組かの冒険者達が思い思いの時を過ごしており、京矢達の姿に気がつくと片手を上げて挨拶してくる者もいる。男は相変わらず女性陣に見蕩れ、ついでハジメと京矢に羨望と嫉妬の視線を向けるが、そこに陰湿なものはない。
それどころか
「やぁ、京矢さん!」
「こんにちは!」
「ご機嫌はいかがですか?」
「ベルファストさん、こんにちは!」
「エンタープライズお姉様!」
「おう」
冒険者の大半どころか町の人たちがフレンドリーに挨拶してくる始末だ。一部、ベルファストとエンタープライズに挨拶してる人達もいるが。
僅か数日間で、すっかり町の顔みたいになった京矢に、お前何やったんだよと言う視線を向けるハジメ。
「いや、この一週間体が鈍らないように適当にモンスター狩りの依頼を受けたりしてただけなんだけどな」
その時に群れに出くわして命の危険に瀕していた冒険者達を、単騎で群れに飛び込み無双して助けたりとか色々とやっていたが自覚は無かったりする。
なお、その滞在期間の間にユエかシアかエンタープライズかベルファストを手に入れようと決闘騒ぎを起こした者は数知れず。
かつて、〝股間スマッシュ〟という世にも恐ろしい所業をなしたユエ達本人を直接口説く事は出来ないが、外堀を埋めるように男二人から攻略してやろうという輩がそれなりにいたのである。
もちろん、ハジメの場合、そんな面倒事をまともに受けるわけがない。最終的には、決闘しろ! というセリフの〝け〟の部分で既に発砲、非致死性のゴム弾が哀れな挑戦者の頭部に炸裂し三回転ひねりを披露して地面とキスするというのが常であり、この町では、〝股間スマッシャー〟たるユエと、そんな彼女が心底惚れており、決闘が始まる前に相手を瞬殺する〝決闘スマッシャー〟たるハジメのコンビは有名であり一目置かれる存在なのである。
京矢は京矢で魔物の群れを……それこそ、鎧の魔剣からスキルによって会得したアバン流刀殺法の熟練の為に狩っている姿を見たので誰もが決闘のけの字も口に出していない。誰だって命は惜しいのだ。一人を残酷に殺して百人の敵に警告すると言う戦術もあるが魔物が相手ならば傷む心も必要ない。
全身鎧となるアーティファクトの剣を持ち、一太刀で魔物を断ち切るその姿からいつの間にかハジメとは違い〝魔剣士〟なる二つ名で呼ばれ始めていた。
そんな彼等はギルドでパーティー名の申請等していないのにいつの間にやら派手に目立っていた〝スマッシュ・ラヴァーズ〟というパーティー名が浸透しており、自分と京矢の二つ名と共にそれを知ったハジメがしばらく遠い目をしていたのは記憶に新しい。
京矢は自分に名付けられたマトモな二つ名には思う所も有る様子だが、最近愛用している鎧の魔剣に関係しているのだろうとハジメは思う。
ちなみに、同じ様に存在感が薄いエンタープライズとベルファストは気にしていないのに、自分の存在感が薄いとシアが涙したのは余談である。
「おや、今日は全員一緒かい?」
ハジメ達がカウンターに近づくと、いつも通り、おばちゃ……キャサリンがおり、先に声をかけた。
キャサリンの声音に意外さが含まれているのは、この一週間でギルドにやって来たのは大抵、京矢とハジメが一人だけかシアとユエの二人組、または京矢がエンタープライズとベルファストの二人を伴ってだからだ。
「ああ。明日にでも町を出るんで、あんたには色々世話になったし、一応挨拶をとな。ついでに、目的地関連で依頼があれば受けておこうと思ってな」
「ああ、色々と此処の奴等には世話になったからな」
周囲から「京矢さん、出て行っちゃうんですか!?」と言う声が聞こえているが、最早すっかり町の顔で有る。
寧ろオレ達の方が世話になってますよと、他の冒険者達から別れを惜しまれている京矢と違い、ハジメが世話になったというのは、ハジメがギルドの一室を無償で借りていたことだ。
せっかくの重力魔法なので生成魔法と組み合わせを試行錯誤するのに、それなりに広い部屋が欲しかったのである。
キャサリンに心当たりを聞いたところ、それならギルドの部屋を使っていいと無償で提供してくれたのだ。
なお、京矢は魔物を相手にしての実戦の中で、ユエとシアは郊外で重力魔法の鍛錬である。
「そうかい。行っちまうのかい。そりゃあ、寂しくなるねぇ。あんた達が戻ってから賑やかで良かったんだけどねぇ~」
「ああ。結構此処は楽しかったけどな」
「勘弁してくれよ。宿屋の変態といい、服飾店の変態といい、ユエとシアに踏まれたいとか言って町中で突然土下座してくる変態どもといい、〝お姉さま〟とか連呼しながら二人をストーキングする変態どもといい、決闘を申し込んでくる阿呆共といい……碌なヤツいねぇじゃねぇか。出会ったヤツの七割が変態で二割が阿呆とか……どうなってんだよこの町」
「そう言う星の元なんじゃねえのか?」
「お前だって、変態に絡まれてないか? エンタープライズお姉様とか言ってる変態とかは?」
「……言わないでくれ。あれには少し頭が痛くなった」
ハジメからの指摘に頭を抱えるのはエンタープライズだった。
「いや、あれくらいなら許容範囲だろ?」
寧ろ、それを許容範囲と受け止めている京矢の懐の深さに驚きを隠せないハジメだった。
そんな京矢にとってはこの町もそれなりに楽しい場所だったのだろう。
「まあ、宿屋の女の子には困ったけどな」
「ああ、そうだな」
特殊部隊の様な技能を持った宿屋の看板娘には二人とも同意見だった様だ。
持てる技能の全てを費やして覗きに勤しみながら、毎回いい笑顔のベルファストに捕獲されて絶叫からの母親への引き渡しと言う流れが常になっていた。
満面の微笑みの鬼となったベルファストと母親の二人にお仕置きされながらも懲りることなく毎晩繰り返している彼女には流石に頭を抱えていた。……それでも利用し続けていたのは飯がうまかったからである。
クリスタベルは会う度に京矢とハジメに肉食獣の如き視線を向け舌なめずりをしてくるので、何度寒気を感じたかわからない。
「似た様な知り合いが二人もいるから」と言う言葉で耐性と危機感知能力のある京矢は寒気を感じていなかった様子だが。
謎の交友関係のある友人に呆れを通り越してしまう。
また、ブルックの町には四大派閥が出来ており、日々しのぎを削っている。
一つは「ユエちゃんに踏まれ隊」
一つは「シアちゃんの奴隷になり隊」
一つは「ベルファストさんにお世話され隊」
最後が「お姉さまと姉妹になり隊」
である。
それぞれ、文字通りの願望を抱え、実現を果たした隊員数で優劣を競っているらしい。
あまりにぶっ飛んだネーミングと思考の集団に流石にドン引きの京矢達。
町中でいきなり土下座するとユエに向かって「踏んで下さい!」とか絶叫するのだ。もはや恐怖である。
シアに至ってはどういう思考過程を経てそんな結論に至ったのか理解不能だ。亜人族は被差別種族じゃなかったのかとか、お前らが奴隷になってどうするとかツッコミどころは満載だが、深く考えるのが嫌だったので出会えば即刻排除している。
比較的マトモなのはベルファストに対する連中だが、一番達が悪いかもしれないのは最後の女性のみで結成された集団で、主にエンタープライズ、次いでベルファスト、最後にユエとシアに付き纏うか、京矢とハジメの排除行動が主だ。
一度は、「お姉さまに寄生する害虫が! 玉取ったらぁああーー!!」とか叫びながらナイフを片手に突っ込んで来た少女もいる。
簡単にその少女からナイフを弾いてナイフの使い方を指導する京矢も京矢だが、そのせいで妙にナイフの使い方が上手くなった少女に襲われたハジメは、その少女を裸にひん剥いた後、亀甲縛りモドキ(知識がないので)をして一番高い建物に吊るし上げた挙句、〝次は殺します〟と書かれた張り紙を貼って放置した。
あまりの所業と淡々と書かれた張り紙の内容に、少女達の過激な行動がなりを潜めたのはいい事である。
だが、淡々とした対応に見えるが内心真っ青になってたりする。その少女は京矢の指導が良かったのか、ステータス的に刺されても平気そうなハジメでも、本気で死ぬかと思うレベルのナイフ使いであった。
学校の剣道部の後輩から、日頃から光輝よりも京矢に指導してほしいと言われるレベルの指導力を遺憾なく発揮した結果だ。
後日、その少女の技能に軍隊式ナイフ術のスキルが追加されていたりするが、それはそれ。
そんな出来事を思い出し顔をしかめるハジメに、キャサリンは苦笑いだ。
「まぁまぁ、何だかんで活気があったのは事実さね」
「確かに活気はあったな」
「やな、活気だな」
「で、何処に行くんだい?」
「フューレンだ」
そんな風に雑談しながらも、仕事はきっちりこなすキャサリン。早速、フューレン関連の依頼がないかを探し始める。
フューレンとは、中立商業都市。
ハジメ達の次の目的地は【グリューエン大砂漠】にある七大迷宮の一つ【グリューエン大火山】である。
その為、大陸の西に向かわなければならないのだが、その途中に【中立商業都市フューレン】があるので、大陸一の商業都市に一度は寄ってみようという話になったのである。
「う~ん、おや。ちょうどいいのがあるよ。商隊の護衛依頼だね。ちょうど空きがあと二人分あるよ……どうだい? 受けるかい?」
キャサリンにより差し出された依頼書を受け取り内容を確認するハジメ。
確かに、依頼内容は、商隊の護衛依頼のようだ。中規模な商隊のようで、十五人程の護衛を求めているらしい。ユエとシアにエンタープライズとベルファストは冒険者登録をしていないので、京矢とハジメの分でちょうどだが。
「連れを同伴するのはOKなのか?」
「ああ、問題ないよ。あんまり大人数だと苦情も出るだろうけど、荷物持ちを個人で雇ったり、奴隷を連れている冒険者もいるからね。まして、その子達も結構な実力者だ。二人分の料金で更に四人も優秀な冒険者を雇えるようなもんだ。断る理由もないさね」
「そうか、ん~、どうすっかな?」
ハジメは少し逡巡し、意見を求めるように京矢達の方を振り返った。
正直な話、配達系の任務でもあればと思っていたのだ。というのも、彼等だけなら魔力駆動車があるので、馬車の何倍も早くフューレンに着くことができる。
わざわざ、護衛任務で他の者と足並みを揃えるのは手間と言えた。
「……急ぐ旅じゃない」
「そうですねぇ~、たまには他の冒険者方と一緒というのもいいかもしれません。ベテラン冒険者のノウハウというのもあるかもしれませんよ?」
「良いんじゃないのか、護衛任務って奴も。偶にはのんびりと移動するのも。次の町のこととか色々と話も聞けそうだしな」
「指揮官が言うなら私は反論は無い」
「私も京矢様の判断に従います」
「……そうだな、急いても仕方ないし、たまにはいいか……」
ハジメは京矢達の意見に「ふむ」と頷くとキャサリンに依頼を受けることを伝える。
ユエの言う通り、七大迷宮の攻略にはまだまだ時間がかかるだろう。急いて事を仕損じては元も子もないというし、シアの言うように冒険者独自のノウハウがあれば今後の旅でも何か役に立つことがあるかもしれない。京矢のいう通り次の町の情報などの話を聞けるというのも悪くない。
「あいよ。先方には伝えとくから、明日の朝一で正面門に行っとくれ」
「了解した」
「おう」
京矢とハジメが依頼書を受け取るのを確認すると、キャサリンが二人の後ろの女性陣に目を向けた。
「あんた達も体に気をつけて元気でおやりよ? この子達に泣かされたら何時でも家においで。あたしがぶん殴ってやるからね」
「……ん、お世話になった。ありがとう」
「はい、キャサリンさん。良くしてくれて有難うございました!」
「ありがとうございます、キャサリン様」
「よくしてくれた事、感謝する」
キャサリンの人情味あふれる言葉にユエとシア、ベルファストとエンタープライズの頬も緩む。
特にシアは嬉しそうだ。この町に来てからというもの自分が亜人族であるということを忘れそうになる。もちろん全員が全員、シアに対して友好的というわけではないが、それでもキャサリンを筆頭にソーナやクリスタベル、ちょっと引いてしまうがファンだという人達はシアを亜人族という点で差別的扱いをしない。
土地柄かそれともそう言う人達が自然と流れ着く町なのか、それはわからないが、いずれにしろシアにとっては故郷の樹海に近いくらい温かい場所であった。
「あんた達も、こんないい子達泣かせんじゃないよ? 精一杯大事にしないと罰が当たるからね?」
「……ったく、世話焼きな人だな。言われなくても承知してるよ」
「ああ。大事にしないとな」
キャサリンの言葉に苦笑いで返す京矢とハジメ。
そんなハジメに、キャサリンが一通の手紙を差し出す。疑問顔で、それを受け取るハジメ。
「これは?」
「あんた達、色々厄介なもの抱えてそうだからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなものだよ。他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね」
バッチリとウインクするキャサリンに、思わず頬が引き攣るハジメ。
手紙一つでお偉いさんに影響を及ぼせるアンタは一体何者だ? という疑問がありありと表情に浮かんでいる。
「おや、詮索はなしだよ? いい女に秘密はつきものさね」
「確かに。良い女の秘密はアクセサリーだな」
京矢の言葉に分かってるじゃないかいと笑うキャサリン。本当に京矢のコミュ力の高さには呆れてしまうハジメだった。
「……はぁ、わーたよ。これは有り難く貰っとく」
「素直でよろしい! 色々あるだろうけど、死なないようにね」
謎多き、片田舎の町のギルド職員キャサリン。京矢達は、そんな彼女の愛嬌のある魅力的な笑みと共に送り出された。
***
その後、京矢達は、クリスタベルの所にも寄った。
ハジメは断固拒否したが、ユエとシアがどうしてもというので仕方なく付き添った……。京矢にも世話になった相手なのだからと説得もされた。
だが、町を出ると聞いた瞬間、クリスタベルは最後のチャンスとばかりに京矢とハジメに襲いかかる巨漢の化物と化し、恐怖のあまり振動破砕を使って葬ろうとするハジメを、ユエとシアが必死に止めるという衝撃的な出来事があったが……詳しい話は割愛だ。
尽く避ける京矢には本当に似た様な知り合いがいるのだろう。地球への帰還後もその知り合いにだけは関わりたくない。改めてそう思うハジメであった。
京矢、エンタープライズとベルファストはハジメと一度分かれて親しくなった冒険者達から別れを惜しまれていた。
特に京矢と親しくなったヒャッハー三兄弟は残念ながら遠出の護衛依頼を受けた為に暫く戻らないそうだ。此処で出来た一番の友人達に直接別れを言えない事を残念に思いながら、彼等によろしくと伝言を頼むと冒険者達と別れる。
そして、最後の晩と聞き、遂には堂々と風呂場に乱入、そして部屋に突撃を敢行したソーナちゃんが、ベルファストに捕獲され、ブチギレた母親に本物の亀甲縛りをされて一晩中、宿の正面に吊るされるという事件の話も割愛だ。
なぜ、母親が亀甲縛りを知っていたのかという話も割愛である。
そして翌日早朝。
そんな愉快(?)なブルックの町民達を思い出にしながら、正面門にやって来た京矢達を迎えたのは商隊のまとめ役と他の護衛依頼を受けた冒険者達だった。
どうやら京矢達が最後のようで、まとめ役らしき人物と十四人の冒険者が、やって来た彼らを見て一斉にざわついた。
「お、おい、まさか残りの奴等って〝スマ・ラヴ〟なのか!?」
「マジかよ! 嬉しさと恐怖が一緒くたに襲ってくるんですけど!」
「見ろよ、俺の手。さっきから震えが止まらないんだぜ?」
「いや、それはお前がアル中だからだろ?」
「おお、魔剣戦士もいるぜ! あいつが居れば百人力だぞ!」
ユエとシア、エンタープライズとベルファストの登場に喜びを顕にする者、股間を両手で隠し涙目になる者、手の震えを京矢達のせいにして仲間にツッコミを入れられる者など様々な反応だ。
京矢は苦笑いを浮かべながら、ハジメは嫌そうな表情をしながら近寄ると、商隊のまとめ役らしき人物が声をかけた。
「君達が最後の護衛かね?」
「ああ、これが依頼書だ」
ハジメは、懐から取り出した自分と京矢の依頼書を見せる。
それを確認して、まとめ役の男は納得したように頷き、自己紹介を始めた。
「私の名はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ」
(もっと、ユンケル? 疲れているみたいな名前だよな)
「……もっとユンケル? ……商隊のリーダーって大変なんだな……」
日本のとある栄養ドリンクを思い出させる名前に、ハジメの眼が同情を帯びる。
なぜ、そんな眼を向けられるのか分からないモットーは首を傾げながら、「まぁ、大変だが慣れたものだよ」と苦笑い気味に返した。
「へへっ、期待には応えさせてもらうぜ。オレは京矢。こっちはエンタープライズとベルファスト」
「俺はハジメだ。こっちはユエとシア」
「それは頼もしいな……ところで、この兎人族……売るつもりはないかね? それなりの値段を付けさせてもらうが」
モットーの視線が値踏みするようにシアを見た。兎人族で青みがかった白髪の超がつく美少女だ。
商人の性として、珍しい商品に口を出さずにはいられないということか。首輪から奴隷と判断し、即行で所有者たるハジメに売買交渉を持ちかけるあたり、きっと優秀な商人なのだろう。
其処で何となくハジメの反応を予想した京矢は、気配を周囲に同化させながら、さり気無くハジメの背後に近づく。
モットーの視線を受けて、シアが「うっ」と嫌そうに唸りハジメの背後にそそっと隠れる。ユエのモットーを見る視線が厳しい。
だが、一般的な認識として樹海の外にいる亜人族とは、すなわち奴隷であり、珍しい奴隷の売買交渉を申し出るのは商人として当たり前のことだ。モットーが責められるいわれはない。寧ろ、その嗅覚は商人として優秀と言えるだろう。
「ほぉ、随分と懐かれていますな…中々、大事にされているようだ。ならば、私の方もそれなりに勉強させてもらいますが、いかがです?」
「ま、あんたはそこそこ優秀な商人のようだし……答えはわかるだろ?」
シアの様子を興味深そうに見ていたモットーが更にハジメに交渉を持ちかけるが、ハジメの対応はあっさりしたものである。モットーも、実はハジメが手放さないだろうとは感じていたが、それでもシアが生み出すであろう利益は魅力的だったので、何か交渉材料はないかと会話を引き伸ばそうとする。
だが、そんな意図もハジメは読んでいたのだろう。やはりあっさりしているが、揺るぎない意志を込めた言葉をモットーに告げようとする。
「ほら、そんなに殺気立つなよ、南雲」
「っ!? 鳳凰寺!?」
ハジメから殺気が漏れそうになった時、いつの間にか後ろに回っていた京矢に肩を叩かれて気が抜けてしまう。
流石にこんな所で依頼の頭で、雇い主を脅すような真似は止めて欲しいので止めておいたのだ。
そんな京矢の意思を理解したのか、気を取り直してハジメは
「例え、どこぞの神が欲しても手放す気はないな……理解してもらえたか?」
「…………えぇ、それはもう。仕方ありませんな。ここは引き下がりましょう。ですが、その気になったときは是非、我がユンケル商会をご贔屓に願いますよ。それと、もう間も無く出発です。護衛の詳細は、そちらのリーダーとお願いします」
当人達は気にしていないが、ハジメの発言は相当危険なものだった。下手をすれば聖教教会から異端の烙印を押されかねない発言だ。
一応、魔人族は違う神を信仰しているし、歴史的に最高神たる〝エヒト〟以外にも崇められた神は存在するので、直接、聖教教会にケンカを売る言葉ではない。
だが、それでもギリギリの発言であることに変わりはなく、それ故に、モットーはハジメがシアを手放すことはないと心底理解させられた。
ハジメが、すごすごと商隊の方へ戻るモットーを見ていると、周囲が再びざわついている事に気がついた。
「すげぇ……女一人のために、あそこまで言うか……痺れるぜ!」
「流石、決闘スマッシャーと言ったところか。自分の女に手を出すやつには容赦しない……ふっ、漢だぜ」
「いいわねぇ~、私も一度くらい言われてみたいわ」
「いや、お前、男だろ? 誰が、そんなことッあ、すまん、謝るからっやめっアッーー!!」
ハジメは、愉快(?)な護衛仲間の愉快な発言に頭痛を感じたように手で頭を抑えた。やっぱりブルックの町の奴らは阿呆ばっかりだと。
「おお、確かに、一度は言ってみたいセリフだよな」
「……お前だったら、恥ずかしげもなく言えるだろうが」
自分が気がつかないレベルで気配を消して後ろまで近づくなどという芸当をやらかしてくれた友人の言葉にも頭を抱えながら答える。
そんな技能については異世界を含めて世界を4回も救った経験は伊達では無いのだろうな、と思っておくことにした。奈落程度を生き抜いた自分とは格が違うのだろう、と。
「残念ながら、そう言う相手は居ないんだよな」
京矢の言葉にハジメは「どの口が言うか?」と言う言葉を飲み込む。地球にいた頃から世界の歌姫のマリアやら義理の妹の直葉やら、こっちに来てからは新たにエンタープライズ、ベルファスト、赤城等等、美人、美少女が大勢周りにはいるだろう、と思う。
その後、モットーへの言葉に感激したシアに抱きつかれたハジメを他所に、ごゆっくりと言って京矢はエンタープライズとベルファストの元に戻る。
「宜しいのですか?」
「邪魔しちゃ悪いだろ? 人の恋路は邪魔しない主義なんでな」
「……いいか? 特別な意味はないからな? 勘違いするなよ?」「うふふふ、わかってますよぉ~、うふふふ~」等と会話しているハジメとシアを眺めながら、身内を見捨てるような真似はしないと言う事なのだろう。
それを分かっていながら、あえて其処は指摘しない。
そして、ハジメの心情を察し、トコトコと近づいて慰めるユエに、ハジメは感謝の言葉を告げながら優しく頬を撫でた。気持ちよさそうに目を細めるユエ。
早朝の正門前、多数の人間がいる中で、背中に幸せそうなウサミミ美少女をはりつけ、右手には金髪紅眼のこれまた美少女を纏わりつかせる男、南雲ハジメ。
両隣に二人のタイプの違う銀髪美女を従えた男、鳳凰寺京矢。
商隊の女性陣は生暖かい眼差しで、男性陣は死んだ魚のような眼差しでその光景を見つめる。
京矢達に突き刺さる煩わしい視線や言葉は、きっと自業自得である。
……そんな視線を一切気にしちゃいない京矢ではあったが。
さてさて、ブルックの町から目的地の中立商業都市フューレンまでは馬車で片道約4~6日の距離である。
京矢達単独ならば大幅に時間は短縮できただろう。……人目さえ気にしなければキシリュウジンやヨクリュウオーを使って1日と掛からず移動することも可能だろう。
日の出前に出発し、日が沈む前に野営の準備に入る。それを繰り返すこと今日で三回目。京矢達は、フューレンまで三日の位置まで来ていた。
道程はあと半分である。ここまで特に何事もなく順調に進んで来た。京矢達は、隊の後方を預かっているのだが実にのどかなものである。
さて、そんな長閑な旅路だが、京矢達はまたまたやらかしてしまった事がある。
初日の夜、焚き火を囲みながら現在の行程を確認していた際の話だ。
「今日はどのくらい進んだんだ?」
「大体三分の一って所ですな。順当に行けばあと4日ほどで着くでしょう」
「結構かかるな」
「まっ、順当って言えば順当な旅路なんじゃ無いか?」
内心で良くも悪くも、と付け加える京矢。重ねて言うがハジメと京矢の移動手段ならばもっと早く着くことも可能だ。
「ちなみに食事はどうされるおつもりで? 一応食料の販売もしてはいますが……」
冒険者達は任務中は酷く簡易な食事で済ませてしまう。
ある程度凝った食事を準備すると、それだけで荷物が増えて、いざという時邪魔になるからなのだという。仮に一日三食分の食事の材料と調理器具を持って二十四時間のマラソンをすると言う状況を想像するだけでも大変なのは分かるので当然だろう。
代わりに、町に着いて報酬をもらったら懐も暖かいので即行で美味いものを腹一杯食うのがセオリーなのだとか。
「ああ、そう言った心配は要らないな」
「だな」
宝物庫と四次元ポケットの中から食料と調味料及び調理器具を取り出してシアとベルファストに渡すハジメと京矢。
その光景にモットーは唖然とするしか無かった。
「頼んだぞ、食事係」
「今日もうまい飯を頼むぜ、ベルファスト」
「おまかせくださーい!」
「かしこまりました」
そんなモットーの様子も気付かずに、他の冒険者と同じく糧食で済ませようとするエンタープライズからそれを取り上げつつ会話を交わす京矢とベルファスト。
だが、京矢は完全に失念していた。ハジメが普段から、戦闘中にも便利に使っている為に忘れていたが、この世界において宝物庫と言うアーティファクトがどれだけ希少かという事を。
「なっ……何ですか、その道具は!?」
再起動は絶叫と共に。である。ハジメ自身は隠す気が無かった為に宝物庫の事を教えるが。
「言い値で買う!!! 幾ら欲しい!?」
宝物庫と言うアーティファクトは正に商人にとっては夢のアイテムである。
大量の物を運ぶ以上移動に時間もかかり護衛も多く必要になる。だが、宝物庫が有れば僅か一台の馬車で済む事だろう。倉庫一つ分、否、部屋一つ分の容量でもだ。
それ以外にも考えられる利点は大量にある。あり過ぎるのだ。
(……いや、これは使えるかもな)
そこまで考えた後、ふとそんな事を考える京矢。京矢のはアーティファクトの宝物庫と違い直接手を入れて取り出す必要のある四次元ポケットだが、同じ四次元ポケット系列の道具は二つもあるのだ。
商人の情報網は馬鹿にできない。諜報力もこの文明の警察組織のそれよりも高いかもしれないのだ。
目を血走らせてハジメに宝物庫の事を質問するモットーを眺めながら、情報網を利用する手段を考えていた。
「京矢様、何をお考えですか?」
「商人の情報網で王国に残ったクラスメイトの情報が手に入らないか? なんて思ってな」
ベルファストの問いに京矢は自分の考えを答える。
「成る程、確かに二つ残っていた筈だが、危険では無いか、指揮官」
エンタープライズの考えももっともだ。迂闊に四次元ポケット系列の道具を渡しては教会に情報が渡ってしまう事になる。勇者達の事を知りたいなど、余計にだ。
「それに着いちゃ、勇者一行に居る強い剣士に興味があるって誤魔化すつもりだったけどな」
「だが、それでも露骨に聞いては怪しまれる。いや、彼に怪しまれなかったとしても、教会や国に知られる危険があるのでは無いか?」
単純に剣士としての興味として知りたいと言う話に持っていこうと思ったが、確かにエンタープライズの怪訝ももっともだ。
「王国の情報全般にしても、もうちょっと見極めてみるか」
最悪は金と情報の二つを対価にして四次元ランプ辺りを使って情報網を作ろうかとも思っていたが、即断は拙そうだと判断する。