ライセンの大迷宮
黙り込んで顔を俯かせるユエとシアとベルファストとエンタープライズに、ミレディが非常に軽い感じで話しかける。
「あれぇ? あれぇ? テンション低いよぉ~? もっと驚いてもいいんだよぉ~? あっ、それとも驚きすぎても言葉が出ないとか? だったら、ドッキリ大成功ぉ~だね☆」
ちっこいミレディ・ゴーレムは、巨体版と異なり人間らしいデザインだ。
華奢なボディに乳白色の長いローブを身に纏い、白い仮面を付けている。仮面にニコちゃんマークなところが微妙に腹立たしい。
そんなミニ・ミレディは、語尾にキラッ! と星が瞬かせながら、京矢達の眼前までやってくる。未だ、ユエとシアの表情は俯き、垂れ下がった髪に隠れてわからない。もっとも、先の展開は読めるので、ハジメは一歩距離をとった。
「離れてようぜ」
「ああ」
ふと、そんな事を話かけてきた京矢の視線を追ってみると笑顔に#マークを貼り付けているエンタープライズとベルファストの姿があった。
ユエ達がぼそりと呟くように質問する。
「……さっきのは?」
「ん~? さっき? あぁ、もしかして消えちゃったと思った? ないな~い! そんなことあるわけないよぉ~!」
「でも、光が昇って消えていきましたよね?」
「ふふふ、中々よかったでしょう? あの〝演出〟! やだ、ミレディちゃん役者の才能まであるなんて! 恐ろしい子!」
「つまり、すべて演技だったと?」
「そうだよ! ミレディちゃん、やっぱり天才!」
「…………」
「どうしたのかな? 何で黙ってるの?」
テンション上がりまくりのミニ・ミレディ。比例してウザさまでうなぎ上りだ。
そんなミニ・ミレディを前にして、ユエは手を前に突き出し、シアはドリュッケンを構え、エンタープライズは弓を構えて、ベルファストは艦装を展開する。
流石に、あれ? やりすぎた? と動きを止めるミニ・ミレディ。
ゆらゆら揺れながら迫ってくるユエとシア、エンタープライズと妙に良い笑顔のベルファストに、ミニ・ミレディは頭をカクカクと動かし言葉に迷う素振りを見せると意を決したように言った。
「テヘ、ペロ☆」
その言葉が彼女達の怒りを爆発させる最後の一欠片だった。
「……死ね」
「死んで下さい」
「死ね」
「死んでいただけますか?」
「ま、待って! ちょっと待って! このボディは貧弱なのぉ! これ壊れたら本気でマズイからぁ! 落ち着いてぇ! 謝るからぁ!」
しばらくの間、ドタバタ、ドカンバキッ、いやぁーなど悲鳴やら破壊音や爆発音が聞こえていたが、京矢とハジメは精神安定のためにその一切を無視して、部屋の観察に努めた。
部屋自体は全てが白く、中央の床に刻まれた魔法陣以外には何もなかった。唯一、壁の一部に扉らしきものがあり、おそらくそこがミニ・ミレディの住処になっているのだろうと二人は推測する。流石にゴーレムの体となっても意思は人間のままなのだろう、この白い部屋に何時迄もと言うのは精神的に来る物がありそうだ。先程の口調から考えると、場所柄故にかなりの長い期間、最悪は京矢達が来るまで迷宮に人が入る事も無かったとも考えられる。
京矢とハジメは、おもむろに魔法陣に歩み寄ると勝手に調べ始めた。
それを見たミニ・ミレディが慌てて二人のもとへやって来る。後ろからは、無表情の吸血姫とウサミミとメイド長とグレイゴーストがドドドドッと音を立てながら迫って来ている。
「君達ぃ~勝手にいじっちゃダメよぉ。ていうか、お仲間でしょ! 無視してないで止めようよぉ!」
そんな文句を言いながらミニ・ミレディはハジメと京矢の背後に回り、四人の悪鬼に対する盾にしようとする。
「……ハジメどいて、そいつ殺せない」
「退いて下さい。ハジメさん。そいつは殺ります。今、ここで」
「まさか、そのネタをこのタイミングで聞くとは思わなかった。」
「京矢様退いていただけますか? それは今直ぐ掃除致しませんと、この世から」
「それは沈めなければならない」
「いや、二人とも落ち着けって」
「っていうかいい加減遊んでないでやる事やるぞ」
ハジメは若干呆れた表情でユエとシアに軽い注意をして、京矢は結構本気でミレディを抹殺しようとしているエンタープライズとベルファストを止めている。
背後のミニ・ミレディが「そうだ、そうだ、真面目にやれぇ!」とか言ってはやし立てたのでハジメは顔面を義手でアイアンクローしている。ニコちゃんマークが微妙に歪み悲痛な表情になっているが気にしない。
そのまま力を入れていきミニ・ミレディの頭部からメキメキという音が響きだした。
京矢も京矢でミレディを袋叩きにするのは文句は無いが今は優先すべき事があるのだ。
そう決意して魔剣目録の中から適当に適度にヤバめの魔剣を取り出して刃の無い部分でペチペチとミレディの顔を叩く。
「このまま愉快なデザインになりたくなきゃ、さっさとお前の神代魔法をよこせ」
「おら、三枚に下ろされたくなきゃ、さっさと神代魔法出せ」
「あのぉ~、言動が完全に悪役だと気づいてッ『メキメキメキ』了解であります! 直ぐに渡すであります! だからストープ! これ以上は、ホントに壊れちゃう! って、なにその剣、見ただけで三枚おろしじゃ済まない雰囲気しか無いんだけど!?」
ジタバタともがくミニ・ミレディに取り敢えず溜飲を下げたのかユエとシアにエンタープライズとベルファストも落ち着きを取り戻し、これ以上ふざけると本気で壊されかねないと理解したのかミニ・ミレディもようやく魔法陣を起動させ始めた。
序でに京矢の取り出した魔剣には色んな意味で怯えていた。
魔法陣の中に入る京矢達。今回は、試練をクリアしたことをミレディ本人が知っているので、オルクス大迷宮の時のような記憶を探るプロセスは無く、直接脳に神代魔法の知識や使用方法が刻まれていく。京矢とハジメとユエは経験済みなので無反応だったが、エンタープライズとベルファスト、シアは初めての経験にビクンッと体を跳ねさせた。
ものの数秒で刻み込みは終了し、あっさりと京矢達はミレディ・ライセンの神代魔法を手に入れる。
「これは……やっぱり重力操作の魔法か」
「そうだよ~ん。ミレディちゃんの魔法は重力魔法。上手く使ってね…って言いたいところだけど、君とウサギちゃんとメイドちゃんと銀髪ちゃんは適性ないねぇ~もうびっくりするレベルでないね!」
「やかましいわ。それくらい想定済みだ。寧ろ、魔法には興味ないって顔をしてる鳳凰寺に適性有るのが驚きだ!」
「手持ちの剣に重力を操る剣は有るけどな。剣限定だけど」
主に重力剣とかテン・コマンドメンツのグラビティ・コアとか。
魔法適性については予想外だったが、即席の使い捨てアーティファクトの制作のように便利そうだと思う。
(剣の重さを上手く切り替えれば便利かな、これは?)
ミニ・ミレディの言う通り、ハジメとシアは重力魔法の知識等を刻まれてもまともに使える気がしなかった。ユエが、生成魔法をきちんと使えないのと同じく、適性がないのだろう。
寧ろ、剣士でありながら生成魔法にも重力魔法にも有る程度使えるだけとはいえ適性がある京矢の方が異常なのだ。
「まぁ、ウサギちゃんは体重の増減くらいなら使えるんじゃないかな。君は……生成魔法使えるんだから、それで何とかしなよ。金髪ちゃんは適性ばっちりだね。修練すれば十全に使いこなせるようになるよ。それから……」
そう言ってミニ・ミレディは京矢へと視線を向ける。
「……自由に重力を操れるアーティファクトの剣持ってるのは良いとして、剣士なのに適正有るのか疑問なんだよね」
グラビティ・コアの重力を重力魔法で中和して振り上げる練習をしている京矢に、珍しく呆れた顔を向けるミニ・ミレディ。
「でも、そっちの銀髪ちゃんとメイドちゃんには驚きを通り越して信じられないレベルに無いね」
それもある意味想定内だ。二人はこの世界の人間ではない以前に擬人化された艦船。魔法を会得できない可能性が高かったのだ。
そんなミニ・ミレディの幾分真面目な解説にハジメは肩を竦め、ユエは頷き、シアは打ちひしがれ、京矢は成る程と頷くとグラビティ・コアを扱いやすくなったと思い、全く使えないと言われたエンタープライズとベルファストは気にした様子はない。
だが、シアはせっかくの神代魔法を、適性なしと断じられ、使えたとしても体重を増減出来るだけ。ガッカリ感が凄まじい。
また、重くするなど論外だが、軽くできるのも問題だ。油断すると体型がやばい事になりそうである。むしろデメリットを背負ったんじゃ……とシアは意気消沈した。
落ち込むシアを尻目に、ハジメは更に要求を突きつける。遠慮、容赦は一切ない。
「おい、ミレディ。さっさと攻略の証を渡せ。それから、お前が持っている便利そうなアーティファクト類と感応石みたいな珍しい鉱物類も全部よこせ」
「……君、セリフが完全に強盗と同じだからね? 自覚ある?」
歪んだニコちゃんマークの仮面が、どことなくジト目をしている気がするが、ハジメは気にしない。
ミニ・ミレディは、ごそごそと懐を探ると一つの指輪を取り出し、それをハジメに向かって放り投げた。パシッと音をさせて受け取るハジメ。ライセンの指輪は、上下の楕円を一本の杭が貫いているデザインだ。
ミニ・ミレディは、更に虚空に大量の鉱石類を出現させる。おそらく〝宝物庫〟を持っているのだろう。
そこから保管していた鉱石類を取り出したようだ。やけに素直に取り出したところを見ると、元々渡す気だったのかもしれない。何故か、ミレディはハジメが狂った神連中と戦うことを確信しているようであるし、このくらいの協力は惜しまないつもりだったのだろう。
ハジメ達が戦利品を漁ってる間に京矢はミレディの前に簡易に作った爆弾がわりのアーティファクトとルーン・セイブに変化させたテン・コマンドメンツを取り出す。
「なあ、オレからも一ついいか?」
「何かな〜? 迷宮攻略のご褒美にミレディさん、なんでも教えてあげるよ」
「まあ、先ずは……」
そう言って目の前でルーン・セイブの力を見せてから、改めてミレディへと問う。
ルーン・セイブの力には流石のミレディも驚きは隠せない。
「物理的には何も切れないで、魔力みたいな物は切る……ううん、封印してるみたいだね。物凄いアーティファクトだとは思うけど、それがどうかしたの?」
「ああ。神代魔法を会得する魔法陣、それをこいつで切った場合の影響を制作者の一人であるあんたから聞きたい」
錬成師のハジメ以外は到達しても意味のないオスカーの迷宮では放置したが、元々他の迷宮の神代魔法は自分達が独占する為に、会得したあとには魔法陣を封印する予定だった。(最後に攻略すべき推奨レベルの迷宮ならば他の神代魔法を幾つか封印すればオスカーの迷宮は攻略不能と判断したと言う事もある)
だが、不安があった。後年に於いて必要になる時と別行動をした際に自分達全員が会得できない可能性だ。
此処で製作者の意見が聞けるのは有り難い。
「ん〜。多分、封印だからね、何年かすればとけるんじゃ無いかな? 無理矢理にでも再起動させる事も難しいけど出来ない事は無いと思うよ」
「成る程。悪霊擬きに利用されない為に封印しても」
「君達の話を聞く限り封印するのも良い考えしれないね」
機能を停止した簡易アーティファクトを手の中で玩びながらミニ・ミレディはそう答える。
神代魔法の大半を独占するという計画の不安な点もなんとかなるなら実行しても問題はないだろう。
出された鉱物類を自分の〝宝物庫〟に仕舞ったハジメは冷めた目を京矢との会話を終えたミニ・ミレディに向ける。
「おい、それ〝宝物庫〟だろう? だったら、それごと渡せよ。どうせ中にアーティファクト入ってんだろうが」
「あ、あのねぇ~。これ以上渡すものはないよ。〝宝物庫〟も他のアーティファクトも迷宮の修繕とか維持管理とかに必要なものなんだから」
「知るか。寄越せ」
「あっ、こらダメだったら!」
本当に根こそぎ奪っていこうとするハジメに焦った様子で後退るミニ・ミレディ。
彼女が所有しているアーティファクト類は全て迷宮のために必要なものばかりだ。むしろ、それ以外には役に立たないものばかりなので、ハジメが持っていても仕方がない。
その辺りのことを掻い摘んで説明するが、ハジメは「ほぅほぅ、よくわかった。じゃあ寄越せ」と容赦なく引渡しを要求する。どこからどう見ても、唯の強盗だった。
こいつをなんとかしてという視線を京矢に向けるが、京矢は京矢でハジメを止める気はないらしい。
***
「ええ~い、あげないって言ってるでしょ! もう、帰れ!」
なお、ジリジリと迫ってくるハジメに、ミニ・ミレディは勢いよく踵を返すと壁際まで走り寄り、浮遊ブロックを浮かせると天井付近まで移動する。
「逃げるなよ。俺はただ、攻略報酬として身ぐるみを置いていけと言ってるだけじゃないか。至って正当な要求だろうに」
「それを正当と言える君の価値観はどうかしてるよ! うぅ、いつもオーちゃんに言われてた事を私が言う様になるなんて……」
「ちなみに、そのオーちゃんとやらの迷宮で培った価値観だ」
「オーちゃぁーーん!!」
「……」
そのオーちゃんの迷宮での自分宛の試練が物凄くハードモードになってしまったことを思い出して複雑な表情を浮かべてしまうが、特にハジメを止める気の無い京矢は天井まで逃げたミニ・ミレディの行動に嫌な予感を感じて身構えていた。
そんなハジメに呆れた視線を向ける京矢を他所に、今までの散々弄ばれた事を根に持っていたユエとシアも報復とばかりに参戦し、ジリジリとミレディ包囲網を狭めていく。
半分は自業自得だが、もう半分はかつての仲間が創った迷宮のせいという辺りに何ともやるせなさを感じるミレディ。
「はぁ~、初めての攻略者がこんなキワモノだなんて……もぅ、いいや。君達を強制的に外に出すからねぇ! 戻ってきちゃダメよぉ!」
今にも飛びかからんとしていたハジメ達の目の前で、ミニ・ミレディは、いつの間にか天井からぶら下がっていた紐を掴みグイっと下に引っ張った。
「「「?」」」
一瞬、何してんだ? という表情をするハジメ達。だが、その耳に嫌というほど聞いてきたあの音が再び聞こえた。
ガコン!!
「「「!?」」」
そう、トラップの作動音だ。
その音が響き渡った瞬間、轟音と共に四方の壁から途轍もない勢いで水が流れ込んできた。正面ではなく斜め方向へ鉄砲水の様に吹き出す大量の水は、瞬く間に部屋の中を激流で満たす。同時に、部屋の中央にある魔法陣を中心にアリジゴクのように床が沈み、中央にぽっかりと穴が空いた。激流はその穴に向かって一気に流れ込む。
ハジメは慌てて京矢達に警告を送ろうとするが、既にエンタープライズとベルファストは四次元ポケットの中に避難し、京矢はブレイドに変身していた。
「鳳凰寺?」
「いや、あの状況で天井まで逃げたから、そこに強制排除用のトラップのスイッチとかありそうだな? なんて思ってな」
既に何かあった時の対策をしていた京矢に抗議するような視線を向けるハジメ。最後の最後まで気を抜かない事と、相手のホームグラウンドでは相手の行動の大半は怪しむべきと言う過去の経験ゆえの対応ではあるが、
「嫌なものは、水に流すに限るね☆」
ウインクするミニ・ミレディ。
ユエが咄嗟に魔法で全員を飛び上がらせようとする。この部屋の中は神代魔法の陣があるせいか分解作用がない。そのため、ユエに残された魔力は少ないが全員を激流から脱出させる程度のことは可能だった。
京矢も京矢で飛行可能なジャックフォームに変身することも出来たが、多少屈辱的だが楽に外まで運んでもらおうと敢えて抵抗はしない。重力系の魔法持ってる奴を相手に飛ぼうとしても邪魔されそうだし。
「〝来…〟」
「させなぁ~い!」
しかし、ユエが〝来翔〟の魔法を使おうとした瞬間、ミニ・ミレディが右手を突き出し、同時に途轍もない負荷が京矢達を襲った。
「あいつの神代魔法は重力だから、やっぱり、この状況で逃げるのは無理だったか」
「分かってたなら、もっと早く言えよ!?」
こうなると予想していて観念した声を呟く京矢にツッコミを入れるハジメ。
上から巨大な何かに押さえつけられるように激流へと沈められる。京矢の予想通り重力魔法で上から数倍の重力を掛けられたのだろう。
「それじゃあねぇ~、迷宮攻略頑張りなよぉ~」
「ごぽっ……てめぇ、俺たちゃ汚物か! いつか絶対破壊してやるからなぁ!」
「ケホッ……許さない」
「殺ってやるですぅ! ふがっ」
「あー、覚悟してたが、これだけは言っておく……次に会ったら覚えてろ!」
京矢達はそう捨て台詞を吐きながら、なすすべなく激流に呑まれ穴へと吸い込まれていった。
穴に落ちる寸前、ハジメから何かを受け取った京矢だけは仕返しとばかりに何かを投げたようだが。
彼等が穴に流されると、流れ込んだときと同じくらいの速度であっという間に水が引き、床も戻って元の部屋の様相を取り戻した。
「ふぅ~、濃い連中だったねぇ~。それにしてもオーちゃんと同じ錬成師、か。ふふ、何だか運命を感じるね。願いのために足掻き続けなよ……さてさて、迷宮やらゴーレムの修繕やらしばらく忙しくなりそうだね……ん? なんだろ、あれ」
汗などかくはずもないのに、額を拭う仕草をするとミニ・ミレディは流されて行った京矢達を見送りながらそう独りごちる。
そして、ふと視界の端に見慣れぬ物を発見した。壁に突き刺さったナイフとそれにぶら下がる黒い物体が幾つか。何だろう? と近寄る。
黒い物体、それは京矢が過去にガチャで大量に手に入れたハズレアイテムの一つ『時限バカ弾』だ。
ドラえもんに登場するバカバカしい道具の一つ。大量に手に入れたが、物が物だけに使い道がなくとも下手に処分もできないために数が貯まった単なる悪戯グッズだ。流される寸前でせめてもの仕返しにとハジメから受け取ったナイフに括りつけた数個の時限バカ弾を投擲したのだ。
殺傷力は無いが、一応爆発物だと気付かずに手にとってマジマジと見てしまうミニ・ミレディだったが、時すでに遅し。ミニ・ミレディが危険に気がついて踵を返した瞬間、白い部屋がカッと一瞬の閃光に満たされ、ついで激しい衝撃に襲われた。
『ベロベロバァー、オッペケペッポーペッポッポー、アジャラカモクレン! パッパラパー! スイスイスーダララ、ギッチョンチョンのパーイパイ!』
迷宮の最奥に、馬鹿踊りする女の叫び声とその後に自分の行動を認識して羞恥のあまり「ひにゃああー!!」という女の悲鳴が響き渡った。
物理的被害を与えなかっただけ感謝しろと仮面の奥で笑みを浮かべていた京矢がいたことを追記しておく。
一方、汚物の如く流された京矢達は、激流で満たされた地下トンネルのような場所を猛スピードで流されていた。息継ぎができるような場所もなく、ひたすら水中を進む。
何とか、壁に激突して意識を失うような下手だけは打たないように必死に体をコントロールした。
京矢はブレイドのシステムに守られている為にハジメ達よりも余裕はあるが、それでも下手に壁に激突してベルトが外れて変身解除というのは洒落にならないだろう。
壁に激突しそうなハジメ達をフォローしつつも、擬人化された艦船である二人を早めに四次元ポケットの中に避難させて良かったとも思う。
と、その時、京矢達の視界が自分達を追い越していく幾つもの影を捉えた。
それは、魚だった。どうやら流された場所は、他の川や湖とも繋がっている地下水脈らしい。
ただ、流されるハジメ達と違って魚達は激流の中を逞しく泳いでいるので、どんどんハジメ達を追い越して行く。
その内の一匹が、いつの間にか必死に息を止めているシアの顔のすぐ横を並走ならぬ並泳していた。何となし、その魚に視線を向けるシア。
目があった。
魚と。いや、魚ではあるが人間の顔、それもおっさん顔の目と。何を言っているかわからないだろうが、そうとしか言い様がない。つまり、シアと目があった魚は人面魚だったのだ。
どこかふてぶてしさと無気力さを感じさせるそのおっさん顔の人面魚は、あの懐かしきシーマ○を彷彿とさせた。
驚愕に大きく目を見開くシア。思わず息を吐きそうになって慌てて両手で口元を抑えた。しかし、驚愕のあまり視線を逸らすことができない。シアとおっさん(魚)は見つめ合ったまま激流の中を進む!
と、永遠に続くかと思われたシアとおっさん(魚)の時間は、唐突に終わりを迎えた。シアの頭に声が響いたからだ。
―――― 何見てんだよ
舌打ち付きだった。今度こそシアには耐えられなかった。水中でブフォア! と盛大に息を吐き出してしまった。もしかすると、このおっさん(魚)は魔物の一種なのかもしれない。そして〝念話〟のような固有魔法を持っているのかもしれない。だが、それを確かめる術はなく、おっさん(魚)はスイスイと激流の中を泳ぎあっという間に先へ行ってしまった。
後に残されたのは、何故そうなったのか、その経緯を彼女しか知らずに、白目を向いて力なく流されるウサミミ少女だけだった。
町と町、あるいは村々をつなぐ街道を一台の馬車と数頭の馬がパッカパッカとリズミカルな足音と共にのんびりと進んでいた。もちろん、その馬上には人が乗っている。冒険者風の出で立ちをした男が三人だ。馬車の方には、御者台に十五、六歳の女の子と化け物……もとい巨漢の漢女が乗っていた。
「ソーナちゃぁ~ん、もうすぐ泉があるから其処で少し休憩にするわよぉ~」
「了解です、クリスタベルさん。」
クリスタベルと呼ばれた漢女は、何を隠そうブルックの町でユエとシアが世話になった服飾店の店長である。そして、そのクリスタベルと隣に座る少女は、〝マサカの宿〟の看板娘ソーナ・マサカである。序でに冒険者風の男達は京矢と仲良くなったモヒカン頭の男がリーダー格の冒険者チームのヒャッハー三兄弟である。
何やら常に驚愕してそうな名前だが、ちょっと好奇心と脳内の桃色成分が多いだけの普通の少女だ。
この五人、現在、冒険者の護衛を付けながら、隣町からブルックへの帰還中なのである。
クリスタベルは、その巨漢からも分かる通り鬼強いので、服飾関係の素材を自分で取りに行く事が多い。今回も仕入れ等のために一時、町を出たのだ。それに便乗したのがソーナである。隣町の親戚が大怪我を負ったと聞き、宿を離れられない両親に代わって見舞いの品を届けに行ったのだ。
冒険者のヒャッハー三兄弟は任務帰りなので、ついでに護衛しているのである。
ブルックの町まであと一日といったところ。クリスタベル達は、街道の傍にある泉でお昼休憩を取ることにした。
泉に到着したクリスタベル達が、馬に水を飲ませながら自分達も泉の畔で昼食の準備をする。
ソーナが水を汲みに泉の傍までやって来た。そして、いざ水を汲もうと入れ物を泉に浸けたその瞬間、
ゴポッ! ゴポゴポッゴバッ!!
と音を立てながら突如、泉の中央が泡立ち一気に水が噴き出始めた。
「きゃあ!」
「ソーナちゃん!」
悲鳴を上げて尻餅をつくソーナに、クリスタベルが一瞬で駆け寄り庇うように抱き上げヒャッハー三兄弟のもとへ戻る。
その間にも、噴き上げる水は激しさを増していき、遂には高さ十メートル以上はありそうな水柱となった。
この泉は街道沿いの休憩場所としては、よく知られた場所で、こんな現象は一度として報告されていない。それ故に、クリスタベルやソーナ、ヒャッハー三兄弟も驚愕に口をポカンと開き、降り注ぐ雨の如き水滴も気にせず巨大な水柱を見上げた。
すると、
「どぅわぁあああーー!!」
「んっーーーー!!」
「…………」
噴き上がる水の勢いそのままに、五人……二人の人が悲鳴を上げながら飛び出してきた。
水が噴き上がる寸前で4次元ポケットの中から飛び出したエンタープライズが気絶していたシアを、ベルファストがユエを、ブレイドがハジメを受け止めて地面に降りる。
思わず「なにぃー!」と目が飛び出るクリスタベル達。ブレイドの姿に警戒するクリスタベル達の姿を見ると、クリスタベル達の前に降りたブレイドはゆっくりとバックルを外し、変身を解除する。
「「「「「「……」」」」」」
「な、何なの一体……」
言葉もない冒険者達とクリスタベル。ソーナの呟きが皆の気持ちを代弁していた。
「ふう……助かったな」
「そうだな、指揮官。それにしても……何故彼女だけこうなったんだ?」
白目を剥いているシアを一瞥しながら疑問を口にするエンタープライズ。
「それは解りませんが……。クリスタベル様、ソーナ様、お久しぶりです」
飛び出す際に濡れたメイド服のスカート部分の水気を絞っていたベルファストがソーナ達に気が付いて優雅な仕草で挨拶する。「あら? あなたたち確か……」と体をくねらせながら女性陣を記憶から呼び起こすクリスタベル。
その後、シアの人工呼吸で一悶着有ったが、自分達のいる場所が、ブルックの町から一日ほどの場所にあると判明し、ハジメ達も休息の為に町に寄って行くことにした。
クリスタベルの馬車に便乗させてくれるというので、その厚意に甘えることにする。濡れた服を着替え、道中、色々話をしながら、暖かな日差しの中を馬の足音をBGMに進んでいく。
新たな仲間と共に、二つ目の大迷宮の攻略を成し遂げたハジメと京矢。
馬車の荷台に寝転び燦々と輝く太陽を眩しげに見つめながら、京矢は、これからも色々あるだろう旅を思い薄らと口元に笑みを浮かべるのだった。
「あれぇ? あれぇ? テンション低いよぉ~? もっと驚いてもいいんだよぉ~? あっ、それとも驚きすぎても言葉が出ないとか? だったら、ドッキリ大成功ぉ~だね☆」
ちっこいミレディ・ゴーレムは、巨体版と異なり人間らしいデザインだ。
華奢なボディに乳白色の長いローブを身に纏い、白い仮面を付けている。仮面にニコちゃんマークなところが微妙に腹立たしい。
そんなミニ・ミレディは、語尾にキラッ! と星が瞬かせながら、京矢達の眼前までやってくる。未だ、ユエとシアの表情は俯き、垂れ下がった髪に隠れてわからない。もっとも、先の展開は読めるので、ハジメは一歩距離をとった。
「離れてようぜ」
「ああ」
ふと、そんな事を話かけてきた京矢の視線を追ってみると笑顔に#マークを貼り付けているエンタープライズとベルファストの姿があった。
ユエ達がぼそりと呟くように質問する。
「……さっきのは?」
「ん~? さっき? あぁ、もしかして消えちゃったと思った? ないな~い! そんなことあるわけないよぉ~!」
「でも、光が昇って消えていきましたよね?」
「ふふふ、中々よかったでしょう? あの〝演出〟! やだ、ミレディちゃん役者の才能まであるなんて! 恐ろしい子!」
「つまり、すべて演技だったと?」
「そうだよ! ミレディちゃん、やっぱり天才!」
「…………」
「どうしたのかな? 何で黙ってるの?」
テンション上がりまくりのミニ・ミレディ。比例してウザさまでうなぎ上りだ。
そんなミニ・ミレディを前にして、ユエは手を前に突き出し、シアはドリュッケンを構え、エンタープライズは弓を構えて、ベルファストは艦装を展開する。
流石に、あれ? やりすぎた? と動きを止めるミニ・ミレディ。
ゆらゆら揺れながら迫ってくるユエとシア、エンタープライズと妙に良い笑顔のベルファストに、ミニ・ミレディは頭をカクカクと動かし言葉に迷う素振りを見せると意を決したように言った。
「テヘ、ペロ☆」
その言葉が彼女達の怒りを爆発させる最後の一欠片だった。
「……死ね」
「死んで下さい」
「死ね」
「死んでいただけますか?」
「ま、待って! ちょっと待って! このボディは貧弱なのぉ! これ壊れたら本気でマズイからぁ! 落ち着いてぇ! 謝るからぁ!」
しばらくの間、ドタバタ、ドカンバキッ、いやぁーなど悲鳴やら破壊音や爆発音が聞こえていたが、京矢とハジメは精神安定のためにその一切を無視して、部屋の観察に努めた。
部屋自体は全てが白く、中央の床に刻まれた魔法陣以外には何もなかった。唯一、壁の一部に扉らしきものがあり、おそらくそこがミニ・ミレディの住処になっているのだろうと二人は推測する。流石にゴーレムの体となっても意思は人間のままなのだろう、この白い部屋に何時迄もと言うのは精神的に来る物がありそうだ。先程の口調から考えると、場所柄故にかなりの長い期間、最悪は京矢達が来るまで迷宮に人が入る事も無かったとも考えられる。
京矢とハジメは、おもむろに魔法陣に歩み寄ると勝手に調べ始めた。
それを見たミニ・ミレディが慌てて二人のもとへやって来る。後ろからは、無表情の吸血姫とウサミミとメイド長とグレイゴーストがドドドドッと音を立てながら迫って来ている。
「君達ぃ~勝手にいじっちゃダメよぉ。ていうか、お仲間でしょ! 無視してないで止めようよぉ!」
そんな文句を言いながらミニ・ミレディはハジメと京矢の背後に回り、四人の悪鬼に対する盾にしようとする。
「……ハジメどいて、そいつ殺せない」
「退いて下さい。ハジメさん。そいつは殺ります。今、ここで」
「まさか、そのネタをこのタイミングで聞くとは思わなかった。」
「京矢様退いていただけますか? それは今直ぐ掃除致しませんと、この世から」
「それは沈めなければならない」
「いや、二人とも落ち着けって」
「っていうかいい加減遊んでないでやる事やるぞ」
ハジメは若干呆れた表情でユエとシアに軽い注意をして、京矢は結構本気でミレディを抹殺しようとしているエンタープライズとベルファストを止めている。
背後のミニ・ミレディが「そうだ、そうだ、真面目にやれぇ!」とか言ってはやし立てたのでハジメは顔面を義手でアイアンクローしている。ニコちゃんマークが微妙に歪み悲痛な表情になっているが気にしない。
そのまま力を入れていきミニ・ミレディの頭部からメキメキという音が響きだした。
京矢も京矢でミレディを袋叩きにするのは文句は無いが今は優先すべき事があるのだ。
そう決意して魔剣目録の中から適当に適度にヤバめの魔剣を取り出して刃の無い部分でペチペチとミレディの顔を叩く。
「このまま愉快なデザインになりたくなきゃ、さっさとお前の神代魔法をよこせ」
「おら、三枚に下ろされたくなきゃ、さっさと神代魔法出せ」
「あのぉ~、言動が完全に悪役だと気づいてッ『メキメキメキ』了解であります! 直ぐに渡すであります! だからストープ! これ以上は、ホントに壊れちゃう! って、なにその剣、見ただけで三枚おろしじゃ済まない雰囲気しか無いんだけど!?」
ジタバタともがくミニ・ミレディに取り敢えず溜飲を下げたのかユエとシアにエンタープライズとベルファストも落ち着きを取り戻し、これ以上ふざけると本気で壊されかねないと理解したのかミニ・ミレディもようやく魔法陣を起動させ始めた。
序でに京矢の取り出した魔剣には色んな意味で怯えていた。
魔法陣の中に入る京矢達。今回は、試練をクリアしたことをミレディ本人が知っているので、オルクス大迷宮の時のような記憶を探るプロセスは無く、直接脳に神代魔法の知識や使用方法が刻まれていく。京矢とハジメとユエは経験済みなので無反応だったが、エンタープライズとベルファスト、シアは初めての経験にビクンッと体を跳ねさせた。
ものの数秒で刻み込みは終了し、あっさりと京矢達はミレディ・ライセンの神代魔法を手に入れる。
「これは……やっぱり重力操作の魔法か」
「そうだよ~ん。ミレディちゃんの魔法は重力魔法。上手く使ってね…って言いたいところだけど、君とウサギちゃんとメイドちゃんと銀髪ちゃんは適性ないねぇ~もうびっくりするレベルでないね!」
「やかましいわ。それくらい想定済みだ。寧ろ、魔法には興味ないって顔をしてる鳳凰寺に適性有るのが驚きだ!」
「手持ちの剣に重力を操る剣は有るけどな。剣限定だけど」
主に重力剣とかテン・コマンドメンツのグラビティ・コアとか。
魔法適性については予想外だったが、即席の使い捨てアーティファクトの制作のように便利そうだと思う。
(剣の重さを上手く切り替えれば便利かな、これは?)
ミニ・ミレディの言う通り、ハジメとシアは重力魔法の知識等を刻まれてもまともに使える気がしなかった。ユエが、生成魔法をきちんと使えないのと同じく、適性がないのだろう。
寧ろ、剣士でありながら生成魔法にも重力魔法にも有る程度使えるだけとはいえ適性がある京矢の方が異常なのだ。
「まぁ、ウサギちゃんは体重の増減くらいなら使えるんじゃないかな。君は……生成魔法使えるんだから、それで何とかしなよ。金髪ちゃんは適性ばっちりだね。修練すれば十全に使いこなせるようになるよ。それから……」
そう言ってミニ・ミレディは京矢へと視線を向ける。
「……自由に重力を操れるアーティファクトの剣持ってるのは良いとして、剣士なのに適正有るのか疑問なんだよね」
グラビティ・コアの重力を重力魔法で中和して振り上げる練習をしている京矢に、珍しく呆れた顔を向けるミニ・ミレディ。
「でも、そっちの銀髪ちゃんとメイドちゃんには驚きを通り越して信じられないレベルに無いね」
それもある意味想定内だ。二人はこの世界の人間ではない以前に擬人化された艦船。魔法を会得できない可能性が高かったのだ。
そんなミニ・ミレディの幾分真面目な解説にハジメは肩を竦め、ユエは頷き、シアは打ちひしがれ、京矢は成る程と頷くとグラビティ・コアを扱いやすくなったと思い、全く使えないと言われたエンタープライズとベルファストは気にした様子はない。
だが、シアはせっかくの神代魔法を、適性なしと断じられ、使えたとしても体重を増減出来るだけ。ガッカリ感が凄まじい。
また、重くするなど論外だが、軽くできるのも問題だ。油断すると体型がやばい事になりそうである。むしろデメリットを背負ったんじゃ……とシアは意気消沈した。
落ち込むシアを尻目に、ハジメは更に要求を突きつける。遠慮、容赦は一切ない。
「おい、ミレディ。さっさと攻略の証を渡せ。それから、お前が持っている便利そうなアーティファクト類と感応石みたいな珍しい鉱物類も全部よこせ」
「……君、セリフが完全に強盗と同じだからね? 自覚ある?」
歪んだニコちゃんマークの仮面が、どことなくジト目をしている気がするが、ハジメは気にしない。
ミニ・ミレディは、ごそごそと懐を探ると一つの指輪を取り出し、それをハジメに向かって放り投げた。パシッと音をさせて受け取るハジメ。ライセンの指輪は、上下の楕円を一本の杭が貫いているデザインだ。
ミニ・ミレディは、更に虚空に大量の鉱石類を出現させる。おそらく〝宝物庫〟を持っているのだろう。
そこから保管していた鉱石類を取り出したようだ。やけに素直に取り出したところを見ると、元々渡す気だったのかもしれない。何故か、ミレディはハジメが狂った神連中と戦うことを確信しているようであるし、このくらいの協力は惜しまないつもりだったのだろう。
ハジメ達が戦利品を漁ってる間に京矢はミレディの前に簡易に作った爆弾がわりのアーティファクトとルーン・セイブに変化させたテン・コマンドメンツを取り出す。
「なあ、オレからも一ついいか?」
「何かな〜? 迷宮攻略のご褒美にミレディさん、なんでも教えてあげるよ」
「まあ、先ずは……」
そう言って目の前でルーン・セイブの力を見せてから、改めてミレディへと問う。
ルーン・セイブの力には流石のミレディも驚きは隠せない。
「物理的には何も切れないで、魔力みたいな物は切る……ううん、封印してるみたいだね。物凄いアーティファクトだとは思うけど、それがどうかしたの?」
「ああ。神代魔法を会得する魔法陣、それをこいつで切った場合の影響を制作者の一人であるあんたから聞きたい」
錬成師のハジメ以外は到達しても意味のないオスカーの迷宮では放置したが、元々他の迷宮の神代魔法は自分達が独占する為に、会得したあとには魔法陣を封印する予定だった。(最後に攻略すべき推奨レベルの迷宮ならば他の神代魔法を幾つか封印すればオスカーの迷宮は攻略不能と判断したと言う事もある)
だが、不安があった。後年に於いて必要になる時と別行動をした際に自分達全員が会得できない可能性だ。
此処で製作者の意見が聞けるのは有り難い。
「ん〜。多分、封印だからね、何年かすればとけるんじゃ無いかな? 無理矢理にでも再起動させる事も難しいけど出来ない事は無いと思うよ」
「成る程。悪霊擬きに利用されない為に封印しても」
「君達の話を聞く限り封印するのも良い考えしれないね」
機能を停止した簡易アーティファクトを手の中で玩びながらミニ・ミレディはそう答える。
神代魔法の大半を独占するという計画の不安な点もなんとかなるなら実行しても問題はないだろう。
出された鉱物類を自分の〝宝物庫〟に仕舞ったハジメは冷めた目を京矢との会話を終えたミニ・ミレディに向ける。
「おい、それ〝宝物庫〟だろう? だったら、それごと渡せよ。どうせ中にアーティファクト入ってんだろうが」
「あ、あのねぇ~。これ以上渡すものはないよ。〝宝物庫〟も他のアーティファクトも迷宮の修繕とか維持管理とかに必要なものなんだから」
「知るか。寄越せ」
「あっ、こらダメだったら!」
本当に根こそぎ奪っていこうとするハジメに焦った様子で後退るミニ・ミレディ。
彼女が所有しているアーティファクト類は全て迷宮のために必要なものばかりだ。むしろ、それ以外には役に立たないものばかりなので、ハジメが持っていても仕方がない。
その辺りのことを掻い摘んで説明するが、ハジメは「ほぅほぅ、よくわかった。じゃあ寄越せ」と容赦なく引渡しを要求する。どこからどう見ても、唯の強盗だった。
こいつをなんとかしてという視線を京矢に向けるが、京矢は京矢でハジメを止める気はないらしい。
***
「ええ~い、あげないって言ってるでしょ! もう、帰れ!」
なお、ジリジリと迫ってくるハジメに、ミニ・ミレディは勢いよく踵を返すと壁際まで走り寄り、浮遊ブロックを浮かせると天井付近まで移動する。
「逃げるなよ。俺はただ、攻略報酬として身ぐるみを置いていけと言ってるだけじゃないか。至って正当な要求だろうに」
「それを正当と言える君の価値観はどうかしてるよ! うぅ、いつもオーちゃんに言われてた事を私が言う様になるなんて……」
「ちなみに、そのオーちゃんとやらの迷宮で培った価値観だ」
「オーちゃぁーーん!!」
「……」
そのオーちゃんの迷宮での自分宛の試練が物凄くハードモードになってしまったことを思い出して複雑な表情を浮かべてしまうが、特にハジメを止める気の無い京矢は天井まで逃げたミニ・ミレディの行動に嫌な予感を感じて身構えていた。
そんなハジメに呆れた視線を向ける京矢を他所に、今までの散々弄ばれた事を根に持っていたユエとシアも報復とばかりに参戦し、ジリジリとミレディ包囲網を狭めていく。
半分は自業自得だが、もう半分はかつての仲間が創った迷宮のせいという辺りに何ともやるせなさを感じるミレディ。
「はぁ~、初めての攻略者がこんなキワモノだなんて……もぅ、いいや。君達を強制的に外に出すからねぇ! 戻ってきちゃダメよぉ!」
今にも飛びかからんとしていたハジメ達の目の前で、ミニ・ミレディは、いつの間にか天井からぶら下がっていた紐を掴みグイっと下に引っ張った。
「「「?」」」
一瞬、何してんだ? という表情をするハジメ達。だが、その耳に嫌というほど聞いてきたあの音が再び聞こえた。
ガコン!!
「「「!?」」」
そう、トラップの作動音だ。
その音が響き渡った瞬間、轟音と共に四方の壁から途轍もない勢いで水が流れ込んできた。正面ではなく斜め方向へ鉄砲水の様に吹き出す大量の水は、瞬く間に部屋の中を激流で満たす。同時に、部屋の中央にある魔法陣を中心にアリジゴクのように床が沈み、中央にぽっかりと穴が空いた。激流はその穴に向かって一気に流れ込む。
ハジメは慌てて京矢達に警告を送ろうとするが、既にエンタープライズとベルファストは四次元ポケットの中に避難し、京矢はブレイドに変身していた。
「鳳凰寺?」
「いや、あの状況で天井まで逃げたから、そこに強制排除用のトラップのスイッチとかありそうだな? なんて思ってな」
既に何かあった時の対策をしていた京矢に抗議するような視線を向けるハジメ。最後の最後まで気を抜かない事と、相手のホームグラウンドでは相手の行動の大半は怪しむべきと言う過去の経験ゆえの対応ではあるが、
「嫌なものは、水に流すに限るね☆」
ウインクするミニ・ミレディ。
ユエが咄嗟に魔法で全員を飛び上がらせようとする。この部屋の中は神代魔法の陣があるせいか分解作用がない。そのため、ユエに残された魔力は少ないが全員を激流から脱出させる程度のことは可能だった。
京矢も京矢で飛行可能なジャックフォームに変身することも出来たが、多少屈辱的だが楽に外まで運んでもらおうと敢えて抵抗はしない。重力系の魔法持ってる奴を相手に飛ぼうとしても邪魔されそうだし。
「〝来…〟」
「させなぁ~い!」
しかし、ユエが〝来翔〟の魔法を使おうとした瞬間、ミニ・ミレディが右手を突き出し、同時に途轍もない負荷が京矢達を襲った。
「あいつの神代魔法は重力だから、やっぱり、この状況で逃げるのは無理だったか」
「分かってたなら、もっと早く言えよ!?」
こうなると予想していて観念した声を呟く京矢にツッコミを入れるハジメ。
上から巨大な何かに押さえつけられるように激流へと沈められる。京矢の予想通り重力魔法で上から数倍の重力を掛けられたのだろう。
「それじゃあねぇ~、迷宮攻略頑張りなよぉ~」
「ごぽっ……てめぇ、俺たちゃ汚物か! いつか絶対破壊してやるからなぁ!」
「ケホッ……許さない」
「殺ってやるですぅ! ふがっ」
「あー、覚悟してたが、これだけは言っておく……次に会ったら覚えてろ!」
京矢達はそう捨て台詞を吐きながら、なすすべなく激流に呑まれ穴へと吸い込まれていった。
穴に落ちる寸前、ハジメから何かを受け取った京矢だけは仕返しとばかりに何かを投げたようだが。
彼等が穴に流されると、流れ込んだときと同じくらいの速度であっという間に水が引き、床も戻って元の部屋の様相を取り戻した。
「ふぅ~、濃い連中だったねぇ~。それにしてもオーちゃんと同じ錬成師、か。ふふ、何だか運命を感じるね。願いのために足掻き続けなよ……さてさて、迷宮やらゴーレムの修繕やらしばらく忙しくなりそうだね……ん? なんだろ、あれ」
汗などかくはずもないのに、額を拭う仕草をするとミニ・ミレディは流されて行った京矢達を見送りながらそう独りごちる。
そして、ふと視界の端に見慣れぬ物を発見した。壁に突き刺さったナイフとそれにぶら下がる黒い物体が幾つか。何だろう? と近寄る。
黒い物体、それは京矢が過去にガチャで大量に手に入れたハズレアイテムの一つ『時限バカ弾』だ。
ドラえもんに登場するバカバカしい道具の一つ。大量に手に入れたが、物が物だけに使い道がなくとも下手に処分もできないために数が貯まった単なる悪戯グッズだ。流される寸前でせめてもの仕返しにとハジメから受け取ったナイフに括りつけた数個の時限バカ弾を投擲したのだ。
殺傷力は無いが、一応爆発物だと気付かずに手にとってマジマジと見てしまうミニ・ミレディだったが、時すでに遅し。ミニ・ミレディが危険に気がついて踵を返した瞬間、白い部屋がカッと一瞬の閃光に満たされ、ついで激しい衝撃に襲われた。
『ベロベロバァー、オッペケペッポーペッポッポー、アジャラカモクレン! パッパラパー! スイスイスーダララ、ギッチョンチョンのパーイパイ!』
迷宮の最奥に、馬鹿踊りする女の叫び声とその後に自分の行動を認識して羞恥のあまり「ひにゃああー!!」という女の悲鳴が響き渡った。
物理的被害を与えなかっただけ感謝しろと仮面の奥で笑みを浮かべていた京矢がいたことを追記しておく。
一方、汚物の如く流された京矢達は、激流で満たされた地下トンネルのような場所を猛スピードで流されていた。息継ぎができるような場所もなく、ひたすら水中を進む。
何とか、壁に激突して意識を失うような下手だけは打たないように必死に体をコントロールした。
京矢はブレイドのシステムに守られている為にハジメ達よりも余裕はあるが、それでも下手に壁に激突してベルトが外れて変身解除というのは洒落にならないだろう。
壁に激突しそうなハジメ達をフォローしつつも、擬人化された艦船である二人を早めに四次元ポケットの中に避難させて良かったとも思う。
と、その時、京矢達の視界が自分達を追い越していく幾つもの影を捉えた。
それは、魚だった。どうやら流された場所は、他の川や湖とも繋がっている地下水脈らしい。
ただ、流されるハジメ達と違って魚達は激流の中を逞しく泳いでいるので、どんどんハジメ達を追い越して行く。
その内の一匹が、いつの間にか必死に息を止めているシアの顔のすぐ横を並走ならぬ並泳していた。何となし、その魚に視線を向けるシア。
目があった。
魚と。いや、魚ではあるが人間の顔、それもおっさん顔の目と。何を言っているかわからないだろうが、そうとしか言い様がない。つまり、シアと目があった魚は人面魚だったのだ。
どこかふてぶてしさと無気力さを感じさせるそのおっさん顔の人面魚は、あの懐かしきシーマ○を彷彿とさせた。
驚愕に大きく目を見開くシア。思わず息を吐きそうになって慌てて両手で口元を抑えた。しかし、驚愕のあまり視線を逸らすことができない。シアとおっさん(魚)は見つめ合ったまま激流の中を進む!
と、永遠に続くかと思われたシアとおっさん(魚)の時間は、唐突に終わりを迎えた。シアの頭に声が響いたからだ。
―――― 何見てんだよ
舌打ち付きだった。今度こそシアには耐えられなかった。水中でブフォア! と盛大に息を吐き出してしまった。もしかすると、このおっさん(魚)は魔物の一種なのかもしれない。そして〝念話〟のような固有魔法を持っているのかもしれない。だが、それを確かめる術はなく、おっさん(魚)はスイスイと激流の中を泳ぎあっという間に先へ行ってしまった。
後に残されたのは、何故そうなったのか、その経緯を彼女しか知らずに、白目を向いて力なく流されるウサミミ少女だけだった。
町と町、あるいは村々をつなぐ街道を一台の馬車と数頭の馬がパッカパッカとリズミカルな足音と共にのんびりと進んでいた。もちろん、その馬上には人が乗っている。冒険者風の出で立ちをした男が三人だ。馬車の方には、御者台に十五、六歳の女の子と化け物……もとい巨漢の漢女が乗っていた。
「ソーナちゃぁ~ん、もうすぐ泉があるから其処で少し休憩にするわよぉ~」
「了解です、クリスタベルさん。」
クリスタベルと呼ばれた漢女は、何を隠そうブルックの町でユエとシアが世話になった服飾店の店長である。そして、そのクリスタベルと隣に座る少女は、〝マサカの宿〟の看板娘ソーナ・マサカである。序でに冒険者風の男達は京矢と仲良くなったモヒカン頭の男がリーダー格の冒険者チームのヒャッハー三兄弟である。
何やら常に驚愕してそうな名前だが、ちょっと好奇心と脳内の桃色成分が多いだけの普通の少女だ。
この五人、現在、冒険者の護衛を付けながら、隣町からブルックへの帰還中なのである。
クリスタベルは、その巨漢からも分かる通り鬼強いので、服飾関係の素材を自分で取りに行く事が多い。今回も仕入れ等のために一時、町を出たのだ。それに便乗したのがソーナである。隣町の親戚が大怪我を負ったと聞き、宿を離れられない両親に代わって見舞いの品を届けに行ったのだ。
冒険者のヒャッハー三兄弟は任務帰りなので、ついでに護衛しているのである。
ブルックの町まであと一日といったところ。クリスタベル達は、街道の傍にある泉でお昼休憩を取ることにした。
泉に到着したクリスタベル達が、馬に水を飲ませながら自分達も泉の畔で昼食の準備をする。
ソーナが水を汲みに泉の傍までやって来た。そして、いざ水を汲もうと入れ物を泉に浸けたその瞬間、
ゴポッ! ゴポゴポッゴバッ!!
と音を立てながら突如、泉の中央が泡立ち一気に水が噴き出始めた。
「きゃあ!」
「ソーナちゃん!」
悲鳴を上げて尻餅をつくソーナに、クリスタベルが一瞬で駆け寄り庇うように抱き上げヒャッハー三兄弟のもとへ戻る。
その間にも、噴き上げる水は激しさを増していき、遂には高さ十メートル以上はありそうな水柱となった。
この泉は街道沿いの休憩場所としては、よく知られた場所で、こんな現象は一度として報告されていない。それ故に、クリスタベルやソーナ、ヒャッハー三兄弟も驚愕に口をポカンと開き、降り注ぐ雨の如き水滴も気にせず巨大な水柱を見上げた。
すると、
「どぅわぁあああーー!!」
「んっーーーー!!」
「…………」
噴き上がる水の勢いそのままに、五人……二人の人が悲鳴を上げながら飛び出してきた。
水が噴き上がる寸前で4次元ポケットの中から飛び出したエンタープライズが気絶していたシアを、ベルファストがユエを、ブレイドがハジメを受け止めて地面に降りる。
思わず「なにぃー!」と目が飛び出るクリスタベル達。ブレイドの姿に警戒するクリスタベル達の姿を見ると、クリスタベル達の前に降りたブレイドはゆっくりとバックルを外し、変身を解除する。
「「「「「「……」」」」」」
「な、何なの一体……」
言葉もない冒険者達とクリスタベル。ソーナの呟きが皆の気持ちを代弁していた。
「ふう……助かったな」
「そうだな、指揮官。それにしても……何故彼女だけこうなったんだ?」
白目を剥いているシアを一瞥しながら疑問を口にするエンタープライズ。
「それは解りませんが……。クリスタベル様、ソーナ様、お久しぶりです」
飛び出す際に濡れたメイド服のスカート部分の水気を絞っていたベルファストがソーナ達に気が付いて優雅な仕草で挨拶する。「あら? あなたたち確か……」と体をくねらせながら女性陣を記憶から呼び起こすクリスタベル。
その後、シアの人工呼吸で一悶着有ったが、自分達のいる場所が、ブルックの町から一日ほどの場所にあると判明し、ハジメ達も休息の為に町に寄って行くことにした。
クリスタベルの馬車に便乗させてくれるというので、その厚意に甘えることにする。濡れた服を着替え、道中、色々話をしながら、暖かな日差しの中を馬の足音をBGMに進んでいく。
新たな仲間と共に、二つ目の大迷宮の攻略を成し遂げたハジメと京矢。
馬車の荷台に寝転び燦々と輝く太陽を眩しげに見つめながら、京矢は、これからも色々あるだろう旅を思い薄らと口元に笑みを浮かべるのだった。