ライセンの大迷宮

「で、どうするんだ、鳳凰寺?」

「メタルスライムと戦ってる気分なのは間違い無いな」

ヨクリュウオーのコックピットの中のハジメからの問いにキシリュウジンの中の京矢はそう返す。
逃げ足は早く、当たっても一撃では致命傷にならない。正にメタルスライムで有る。

「なら、会心の一撃を叩き込めば良いんだろ?」

「そう言う事だ」

一撃で目の前の逃げ足の速い倒し難い奴を仕留められそうな大技を、キシリュウジンも、ヨクリュウオーも有しているのだ。上手く動きを止めて必殺技を打ち込むチャンスさえ掴めれば勝てる。

「……ハジメ、何だか嬉しそう」

「楽しんでいるって、感じでも有りますよね」

ユエとシアの呟きが聞こえてくる。
……ヨクリュウオーを操縦するハジメの声に若干高揚感があったのは気のせいではないだろう。
まあ、ガチの特撮ヒーローになれて、巨大ロボを見れて、巨大ロボを操縦できたのだから無理もない。

「南雲、教えてやろうぜ、これは第二ラウンドじゃ無いってな」

「ああ。これは、ファイナルラウンドだ」

コックピットの中で笑みを浮かべるハジメと京矢。
二体の巨大ロボから逃げるミレディゴーレムを左右に分かれて追いかけるキシリュウジンとヨクリュウオー。

「ど、どうするんですか!? ハジメさん!」

「まだ手はある。何とかしてヤツの動きを封じるぞ!」

「……ん、了解」

「だったら、ヨクリュウオーなら動きを止められるぜ」

そもそもそれが再生するゴーレム対策にガイソーケンを用意していた最大の理由なのだ。

「ヨクリュウオーは氷の力を持った、空の王者だぜ」

そう言葉を交わし、ハジメが京矢の考えを理解する。恐らく最大のチャンスは一度のみ、二度目以降は逃げられる可能性の方が高い。

浮遊するブロックを避けながら空中を舞い追いかけるヨクリュウオーと、浮遊するブロックを足場に飛び回りながら追いかけるキシリュウジン。
彼らを押しつぶさんと迫る浮遊ブロックを空中を飛びながら避けるヨクリュウオーと、次々と押し潰そうとするブロックを足場に飛び移りながら避けるキシリュウジン。

流石にミレディも、そろそろ小さいゴーレム騎士で巨大ロボを相手にする上での有効打を理解したのか、二体の視界を奪う様に飛んでくるゴーレム騎士も地味に鬱陶しくなってきた。

「何時迄も逃げ回ってると思ったら大間違いだよぉ~」

ミレディ・ゴーレムの気の抜けた声と共に足場にしていた浮遊ブロックが高速で回転する。

「しまっ!?」

いきなり、足場を回転させられバランスを崩すキシリュウジン。そこへモーニングスターが絶大な威力を以て激突した。

「鳳凰寺!」

キシリュウジンは、木っ端微塵に砕かれた足場から放り出され、空中に投げ出されたキシリュウジンの姿にハジメは慌てて助けようとするが、両肩のコブラーゴ達と胸のディノミーゴの頭が腕と合体し、伸びた頭を利用し別の浮遊ブロックに捕まり、態勢を立て直して別の浮遊ブロックに不時着する。

そこへ狙いすました様にミレディゴーレムがフレイムナックルを突き出して突っ込んだ。

「食いやがれ、ディノダイナバイト!」

キシリュウジンの右腕に合体したディノミーゴの頭でミレディゴーレムのフレイムナックルを迎え撃つ。

ディノミーゴの頭が噛み砕く様にミレディゴーレムの腕を砕けば左腕に合体した尻尾を鞭の様に叩きつける。

「つぅ~。やっぱりマトモに遣り合うのは良くないね~」

噛み砕かれた腕と尻尾を叩きつけられた脇腹を再生せながら離れようとするミレディゴーレムだが、時すでに遅し。

「えっ?」

横に落ちようとしたミレディゴーレムが何かにぶつかる形で阻まれる。その視線の先には巨大な氷の壁が有った。

「よお、待ってたぜ」

そんな時に響くのはハジメの声。其方の方へと視線を向けたミレディゴーレムが見たのは自身を見下ろすヨクリュウオーの姿だった。

「上手くいったな、南雲」

「ああ、まさかこんな力が有るなんて思いもしなかったけどな」

見れば周囲を囲む氷の壁だけではない。足場さえも氷に覆われ、騎士ゴーレム達も氷漬けにされている。

「う、嘘ぉ!? この迷宮は魔力が使えないはずなのに!?」

「へっ、残念ながら騎士竜の力は魔力とは別物って事だ」

ヨクリュウオーの力で氷に包まれた戦闘フィールドを作り出し、同時にすぐには逃げられない様に氷の壁で閉じめる。魔力とは別物の力でもユエが天才的な才で繊細かつ大規模な操作をしてくれた訳だ。

そして、向こうから効かないにしても攻撃を仕掛けてくるのは予想ができていた。それならば狙われるのは、自由に空を飛べる空中戦用のヨクリュウオーでは無く、地上戦用のキシリュウジンだろうとも。

あとは簡単、何度も共に戦い、操縦の熟練度の高い京矢達の乗るキシリュウジンを囮にして、その隙に魔力操作に長けたユエの乗るヨクリュウオーの戦闘フィールドにミレディゴーレムを閉じ込める。それが彼らの狙いだったのだ。

「で、でも、まだ逃げ道は……」

「ユエ!」

ミレディの言葉を無視して、ハジメがヨクリュウオーのコックピットの中で隣に立つユエの名を呼ぶ。

「凍って!」

願いと共にその力のトリガーが引かれる。
本来、氷系統の魔法は、水系統の魔法の上級魔法だ。この領域では中級以上は使えないはずである。
だが、ヨクリュウオーの、プテラードンの力を使えば、魔力を一切使うことなく上級魔法と同等の力を振るえる。

故に、一時的に、などと言う問題ではない。完全にミレディゴーレムを拘束することができる。

逃げ道を塞がれて唯一の逃げ道である真上から逃げようとしていたミレディ・ゴーレムが足元から一瞬で凍りつき、浮遊ブロックに固定される。

「なっ!? 何で上級魔法が!?」

驚愕の声を上げるミレディ。騎士竜の力など知らないミレディにとっては上級魔法を使った様にしか見えない。魔力の使えない迷宮で、だ。

「良くやったぞ、ユエ!」

「……ん!」

ミレディゴーレムの動きを止める為に氷漬けにしたユエを称賛するハジメにユエも誇らしげだ。
騎士竜の力は京矢でも彼女ほど操れないだろう。魔力とは異質でありながらも、その力を魔力の様に操って見せたユエに内心で京矢も称賛の言葉を送る。

「さてと……」

「二体分の必殺技、遠慮なく喰らってけ」

「諦めて神代魔法を渡すなら……」

後は|王手《チェックメイト》を掛けるだけ。神代魔法を渡すならばトドメは刺さないと言おうとした時、先ほどからミレディが黙っている事に不審に思う。

「…おい、何黙ってやがる?」

「おいおい、大人しく負けを認めたらどうだ?」

不気味なまでに黙り込んでいるミレディに苛立ちを覚えるハジメと敗北を認める様に勧告する京矢。だが、二人の言葉にミレディからは反応はない。

ミレディの様子に訝しんだ時、頭部の瞳から光が放たれる。

「「ッ!」」

それを見た瞬間、ミレディが黙っていたのではなく何かに集中していたのだと理解する二人。

「ハジメさん!!!」

そんな中、シアの声が響く。

「未来が見えました! 降ってきます!!!」

そう言って真上を指差すシア。

「まさか、これは」

「おいおい、そう言うことかよ?」

ヨクリュウオーに乗っているシアが命の危険に晒されることは少ないだろう。
戦隊ヒーローの巨大化したヴィランでも現れない限りは、可能性は一つしかない。
そんな彼女が未来を見てしまった。それが示す答えは一つ。

「ふふふ、とっておきの仕返しだよぉ」

地響きを思わせる音を立てて真上から天井が落ちようとしていた。

「今からこの部屋の天井全てを、君たちの頭上へ、落とす」

真上から落ちてくる天井。

「その巨人でも押し潰されれば一溜りもないでしょ? ……さぁ、見事これを凌いで見せてよ」

ミレディの宣言に京矢は笑みを浮かべる。

「凌いで、やろうじゃねえか! ベルファスト!」

「かしこまりました。出番です、パキガルー様、チビガルー様!」

京矢の指示でベルファストが召喚する新たな騎士竜、カンガルーの親子とパキケファロサウルスが混ざったような親子騎士竜パキガルーとチビガルーだ。

新たな騎士竜の登場に驚く間も無く、京矢は、

「来い、南雲! 受けてやろうじゃねえか、その挑戦! エンタープライズ!」

「分かった!」

パキガルー親子を引き連れて、その場から逃げようとしたハジメ達のヨクリュウオーを連れて、逆に天井へと飛翔する。

「お、おい!」

「「「竜装合体」」」

京矢の行動に戸惑うハジメからの抗議の声を聞き流しながら、キシリュウジンとヨクリュウオー、パキガルー親子は青と紫の混ざり合った光となって天井へと激突する。
それの意味するところをハジメは理解した。そして、感無量とばかりに感動の涙を流した。序でに『先に言えよ、俺も叫びたかった』と言う後悔も涙も。

「嘘……」

粉々になって砕け散る天井の破片が突風によって吹き飛ばされる。
ヨクリュウオーの青い翼を背負い、両手にパキガルー親子の変形したナイトグローブを装着したキシリュウジンの姿が、高らかと右手を振り上げた体勢で、砂煙を振り払って現れる。

「完成、キシリュウジンジェット!!!」

京矢の宣言が響き渡る。

「……嘘だろ、合体までするのかよ?」

再びコックピットの中で合流したハジメは唖然としながらキシリュウジンジェットの姿に驚いていた。

「おいおい、南雲。複数のロボが合体ってのはオレ達の世界じゃ、よくある話だろ?」

「確かに、そりゃそうだな」

「え? ハジメさん達の世界、こんな巨人が沢山いるんですか?」

「沢山いるな、確かに(テレビの中に)」

「ど、どんな恐ろしい世界なんですか?」

「……ん」

京矢とハジメの会話に何か誤解しているユエとシア。二人の脳裏には巨大ロボットが大挙して動き回っている絵が想像されているのだろう。

「京矢様、そろそろ拘束から逃れる頃なのでは」

「余計な時間を与えては、また何かしてくるかもしれない」

ベルファストとエンタープライズの警告を聞き、ミレディゴーレムの全身を拘束していた氷が少しずつ砕けていく様が視界に入る。

「ッ! こりゃ、急いだ方が良さそうだな」

流石にここまで追い詰めて逃げられてしまうのはゴメンだ。

「南雲、鬱憤が溜まったんだろ? トドメは任せるぜ」

『必殺技の名前は』と言葉を続ける京矢の言葉に笑みを浮かべるハジメ。

「ああ。存分に晴らさせてもらうぜ」

ハジメの言葉を聞き、背中の翼を広げ両手のナイトグローブをぶつけ合い、両手のナイトグローブに炎と氷が纏われる。
この状況でそれを言わせてもらえると言うのは、ハジメとしては心から感謝してしまう。

「キシリュウジンジェット!」

「「ブリザードインフェルノ!!!」」

京矢の宣言と共にハジメと声をそろえて必殺技の名を叫ぶと右手の氷と左手の炎を纏った連続パンチを撃ち出す。

「そりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃ」

シアの掛け声と共にコックピットの中で放つラッシュに合わせてキシリュウジンジェットがラッシュを放つ。

「こんな力が有れば大丈夫かな」

ミレディの視界に映し出されるのは炎と氷の壁。そんな圧倒的な光景を前にどこか満足げに呟く。

「狂った神共に勝つ為には」

全身を炎と氷のパンチで滅多打ちにされながらどこか嬉しそうにミレディは呟く。氷と炎の温度変化により強度を落としたアザンチウムが砕け、コアが露わになる。

トドメとばかりにキシリュウジンジェットから分離したチビガルーが飛び出し、剥き出しになったコアにラッシュを叩き込み、遂に完全に粉砕した。

ミレディゴーレムの目から光が消える。チビガルーが再合体するとキシリュウジンジェットはミレディゴーレムから離れる。

一行はそれを確認すると力を抜き安堵の溜息を吐いた。
ラッシュを終えたシアは横に居る二人に向けて満面の笑みでサムズアップする。ハジメとユエは、それに応えるように笑みを浮かべながらサムズアップを返した。

京矢は残心を解くとゆっくりとガイソーケンを梅雨払いする。

七大迷宮が一つ、ライセン大迷宮の最後の試練が確かに攻略された瞬間だった。

***

辺りに粉塵が舞い、地面にはクレーターが作られており、その中に胸部を砕かれた巨大なゴーレムが横たわっていた。

そのミレディゴーレムの前で片膝をついたキシリュウジンジェットから降りた一同の中、ハジメが感慨深い視線をキシリュウジンジェットに向けていた。

「……オレ、本当に乗ってたんだな。巨大ロボに」

片膝をついて立つキシリュウジンジェットを見上げながら感慨深げに呟くハジメ。
異世界に召喚され、奈落に落とされ地獄を味わい、この世界以上の非常識の塊だった友人の真実を知り、その友人に特撮ヒーローに変身するアイテムをもらい、巨大ロボを見せて貰い、巨大ロボにも乗れた。もはや感無量といった様子である。
何やら不満げなユエとシアもいるのだがそれはそれ。

「あのぉ~、ちょっといいかなぁ~? そろそろヤバいんだけどぉ~」

突如聞こえて来る物凄く聞き覚えのある声。
京矢達がハッとしてミレディ・ゴーレムを見ると、消えたはずの眼の光がいつの間にか戻っていることに気がついた。

咄嗟に、飛び退り距離を置くハジメ達。確かに核は砕いたはずなのにと警戒心も露わに身構える。

「いや、どうやら最後の力で会話してるだけみたいだぜ」

ハジメ達が警戒をあらわにする中、京矢はミレディゴーレムに近づいてコンコンと装甲部分を叩きながらそう告げる。

「そうそう! 大丈夫だってぇ~。試練はクリア! あんたたちの勝ち! 核の欠片に残った力で少しだけ話す時間をとっただけだよぉ~、もう数分も持たないから」

京矢と当人の言葉にハジメが少し警戒心を解き、ミレディゴーレムに話しかける。

「で? 何の話だ? 死にぞこない。死してなお空気も読めんとは……残念さでは随一の解放者ってことで後世に伝えてやろうか」

「ちょっ、やめてよぉ~、何その地味な嫌がらせ。ジワジワきそうなところが凄く嫌らしい」

「おいおい、そう虐めてやるなよ。こんな状況で最後に言い残す事なんだ。聞くだけは聞いてやろうぜ」

「それもそうだな。で? 〝クソ野郎共〟を殺してくれっていう話なら聞く気ないぞ?」

「こっちから率先して始末はしねえよ。向こうから手を出して来るなら、輪廻転生も出来ないように、念入りに始末してやるけどな」

京矢とハジメの機先を制するような言葉に、何となく苦笑いめいた雰囲気を出すミレディゴーレム。
京矢は内心では、地球がトータスかは分からないが、戦う未来は必ず来ると確信してはいるが。

「言わないよ。言う必要もないからね。話したい……というより忠告だね。訪れた迷宮で目当ての神代魔法がなくても、必ず私達全員の神代魔法を手に入れること……君達の望みのために必要だから……」

ミレディの力が尽きかけているのか、次第に言葉が不鮮明に、途切れ途切れになってゆく。
だが、そんなことは気にした様子もなくハジメが疑問を口にする。

「全部ね……なら他の迷宮の場所を教えろ。失伝していて、ほとんどわかってねぇんだよ」

「あぁ、そうなんだ……そっか、迷宮の場所がわからなくなるほど……長い時が経ったんだね……うん、場所……場所はね……」

いよいよ、ミレディ・ゴーレムの声が力を失い始める。
どこか感傷的な響きすら含まれた声に、ユエやシア、エンタープライズやベルファストが神妙な表情をする。長い時を、使命、あるいは願いのために意志が宿る器を肉の体から無機質なゴーレムに入れ替えてまで生きた者への敬意を瞳に宿した。

ミレディは、ポツリポツリと残りの七大迷宮の所在を語っていく。中には驚くような場所にあるようだ。

「以上だよ……頑張ってね」

「……随分としおらしいじゃねぇの。あのウザったい口調やらセリフはどうした?」

ハジメの言う通り、今のミレディは、迷宮内のウザイ文を用意したり、あの人の神経を逆なでする口調とは無縁の誠実さや真面目さを感じさせた。
戦闘前にハジメの目的を聞いたときに垣間見せた、おそらく彼女の素顔が出ているのだろう。消滅を前にして取り繕う必要がなくなったということなのかもしれない。

「あはは、ごめんね~。でもさ……あのクソ野郎共って……ホントに嫌なヤツらでさ……嫌らしいことばっかりしてくるんだよね……だから、少しでも……慣れておいて欲しくてね……」

「おい、こら。狂った神のことなんざ興味ないって言っただろうが。なに、勝手に戦うこと前提で話してんだよ」

「……成る程。これから先、嫌でも向こうから手を出して来る、って訳か」

「……本当に鋭いね……そうだよ。……戦うよ。君達が君達である限り……必ず……君達は、神殺しを為す」

「……意味がわかんねぇよ。そりゃあ、俺の道を阻むなら殺るかもしれないが……」

「…………」

若干困惑するハジメ。そんなハジメとは逆に、ミレディの言葉の真意をある程度は推測した京矢は押し黙る。

下手したらエヒトの遊び場としては、セフィーロや時空管理局のことを含めて仕舞えば、地球の方が面白味は強い可能性もあるのだ。どれだけ面白いゲームも何は飽きる時が来る。そろそろ、トータスと言う世界に飽きて、エヒトが新しいゲーム盤を求めても不思議では無い。そして、自分達の召喚は新しい盤上を見つける為の物とも考えられる。

ミレディは、その様子に楽しげな笑い声を漏らす。

「ふふ……それでいい……君は君の思った通りに生きればいい…………君の選択が……きっと…………この世界にとっての……最良だから……」

いつしか、ミレディ・ゴーレムの体は燐光のような青白い光に包まれていた。その光が蛍火の如く、淡い小さな光となって天へと登っていく。死した魂が天へと召されていくようだ。とても、とても神秘的な光景である。

その時、おもむろにユエがミレディ・ゴーレムの傍へと寄って行った。既に、ほとんど光を失っている眼をジッと見つめる。

「何かな?」

 囁くようなミレディの声。それに同じく、囁くようにユエが一言、消えゆく偉大な〝解放者〟に言葉を贈った。

「……お疲れ様。よく頑張りました」

「……」

それは労いの言葉。たった一人、深い闇の底で希望を待ち続けた偉大な存在への、今を生きる者からのささやかな贈り物。
本来なら、遥かに年下の者からの言葉としては不適切かもしれない。だが、やはり、これ以外の言葉を、ユエは思いつかなかった。

ミレディにとっても意外な言葉だったのだろう。言葉もなく呆然とした雰囲気を漂わせている。
やがて、穏やかな声でミレディがポツリと呟く。

「……ありがとね」

「……ん」

付け加えると、ユエとミレディが最後の言葉をかわすその後ろで、知った風な口を聞かれてイラっとしたハジメが「もういいから、さっさと逝けよ」と口にしそうになり、それを敏感に察したシアと京矢に「空気読めてないのはどっちですか! ちょっと黙ってて下さい!」「いや、空気を読んで黙ってた方が良いだろう……一応」と後ろから羽交い絞めにされて口を塞がれモゴモゴさせていたのだが、幸いなことに二人は気がついておらず、厳かな雰囲気は保たれていた。

「……さて、時間の……ようだね……君達のこれからが……自由な意志の下に……あらんことを……」

オスカーと同じ言葉をハジメ達に贈り、〝解放者〟の一人、ミレディは淡い光となって天へと消えていった。

辺りを静寂が包み、余韻に浸るようにユエとシアが光の軌跡を追って天を見上げる。

「……何だろうな、ミレディの性格を考えると、直ぐにこの感動が台無しになりそうな予感があるのは?」

「……指揮官、流石にそれはないと思うぞ」

「そうだと良いんだけどな……」

過去にあった別れの時のことを思い出しながらそんな事を思ってしまった京矢だった。
妙に天に登るタイミングが良すぎる気もするのだし、もしかしたら、なんて考えも浮かんでしまう。

そんな京矢の判断も一理あるとでも思ったのか、エンタープライズもベルファストからはハジメの様にKY扱いはされていない。

そんな雑談をしていると、いつの間にか壁の一角が光を放っていることに気がついた京矢達。
騎士竜の姿に戻ったディノミーゴとプテラードンが小さくなりポケットの中に入り込むと気を取り直して、その場所に向かう。
上方の壁にあるので浮遊ブロックを足場に跳んでいこうと、ブロックの一つに三人で跳び乗った。と、その途端、足場の浮遊ブロックがスィーと動き出し、光る壁まで京矢達を運んでいく。

「……」

「わわっ、勝手に動いてますよ、これ。便利ですねぇ」

「……サービス?」

「……指揮官?」

「……京矢様?」

「ああ、なんか、オレの予想が当たりそうだな……」

勝手に京矢達を運んでくれる浮遊ブロックにシアは驚き、ユエは首をかしげる。ハジメは何故か嫌そうな表情だ。エンタープライズとベルファストも京矢の予想が正しかったのではないかと言う様な視線を彼へと向ける。二人の視線を受け頭を抱えながら溜息を吐く。
十秒もかからず光る壁の前まで進むと、その手前五メートル程の場所でピタリと動きを止めた。すると、光る壁は、まるで見計らったようなタイミングで発光を薄れさせていき、スっと音も立てずに発光部分の壁だけが手前に抜き取られた。奥には光沢のある白い壁で出来た通路が続いている。

京矢達の乗る浮遊ブロックは、そのまま通路を滑るように移動していく。どうやら、ミレディ・ライセンの住処まで乗せて行ってくれるようだ。
そうして進んだ先には、オルクス大迷宮にあったオスカーの住処へと続く扉に刻まれていた七つの文様と同じものが描かれた壁があった。
京矢達が近づくと、やはりタイミングよく壁が横にスライドし奥へと誘う。浮遊ブロックは止まることなく壁の向こう側へと進んでいった。

くぐり抜けた壁の向こうには……

「やっほー、さっきぶり! ミレディちゃんだよ!」

ちっこいミレディ・ゴーレムがいた。

「……大体そうだろうと思ってたけど、やっぱり生きてたのかよ」

「予想通りだったな、指揮官」

「この方もあのまま消えていればよかったのですが」

「こんなこったろうと思ったよ」

予想通り早々に再登場してくれたミレディに対して頭痛でも堪える様に頭を抱える京矢と感動を返せとでも言う様に冷たい視線をミレディへと向けるエンタープライズとベルファスト。言葉もないユエとシア。京矢と同じくハジメの方は予想がついていたようでウンザリした表情をしている。

ハジメが、この状況を予想できたのは、単にふざけたミレディも真面目なミレディもどっちも彼女であることに変わりはないということを看破していたからだ。
ウザイ文のウザさやトラップの嫌らしさは、本当に真面目な人間には発想できないレベルだった。また、ミレディは、意思を残して自ら挑戦者を選定する方法をとっている。
だとしたら、一度の挑戦者が現れ撃破されたらそれっきり等という事は有り得ない。それでは、一度のクリアで最終試練がなくなってしまうからだ。

なので、ハジメは、ミレディゴーレムを破壊してもミレディ自身は消滅しないと予想していた。
それは浮遊ブロックが京矢達を乗せて案内するように動き出した時点で確信に変わっていた。浮遊ブロックを意図的に動かせるのはミレディだけだからだ。

「あの馬鹿でかい末端は試練用で、力を持った狂信者みたいな信用できない相手に突破された時はあの場でゲームオーバーにすることも可能って訳か」

「そうだよ! うん、そんな試練を考えるなんてやっぱり天才!」

キラーンと擬音でもつきそうなポーズを決めてくれるミレディに更に頭を抱えたくなる京矢だった。あんな演出するなら出てくるなよ、と思いながら。
19/20ページ
スキ