ライセンの大迷宮

「やほ~、はじめまして~、皆大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

凶悪な装備と全身甲冑に身を固めた眼光鋭い巨体ゴーレムから……やたらと軽い挨拶をされた。
何を言っているか分からないだろうが、ハジメにもわからない。頭がどうにかなる前に現実逃避しそうだった。
ユエとシアも、包囲されているということも忘れてポカンと口を開けている。
京矢もガイソーグに変身しようとしたタイミングでリアクションに困っている。
エンタープライズとベルファストもまたポカーンとフリーズしていた。……この二人のこの姿は結構レアかもしれない。

そんな硬直する一行に、巨体ゴーレムは不機嫌そうな声を出した。声質は女性のものだ。

「あのねぇ~、挨拶したんだから何か返そうよ。最低限の礼儀だよ? 全く、これだから最近の若者は……もっと常識的になりたまえよ」

「……幻聴じゃなかったんだな」

実にイラっとする話し方である。
しかも、巨体ゴーレムは、燃え盛る右手と刺付き鉄球を付けた左手を肩まで待ち上げると、やたらと人間臭い動きで「やれやれだぜ」と言う様に肩を竦める仕草までした。
普通にイラっとする京矢達。道中散々見てきたウザイ文を彷彿とさせる。〝ミレディ・ライセン〟と名乗っていることから本人である可能性もあるが、彼女は既に死んでいるはずであるし、人間だったはずだ。

京矢からの探りを入れてくれと言う視線を受けてハジメは取り敢えず、その辺りのことを探ってみる事にした。
内心、コミュ力高い京矢の方が向いてないかと思わないこともないが。

「そいつは、悪かったな。だが、ミレディ・ライセンは人間で故人のはずだろ? まして、自我を持つゴーレム何て聞いたことないんでな……目論見通り驚いてやったんだから許せ。そして、お前が何者か説明しろ。簡潔にな」

「あれぇ~、こんな状況なのに物凄く偉そうなんですけど、こいつぅ」

全く探りになってなかった。むしろド直球に聞きに行った。
流石に、この反応は予想外だったのかミレディを名乗る巨体ゴーレムは若干戸惑ったような様子を見せる。が、直ぐに持ち直して、人間なら絶対にニヤニヤしているであろうと容易に想像付くような声音で京矢達に話しかけた。

「ん~? ミレディさんは初めからゴーレムさんですよぉ~。何を持って人間だなんて……」

「オスカーの手記にお前のことも少し書いてあった。きちんと人間の女として出てきてたぞ?」

「ああ。精巧な|自動人形《オートマタ》って言うなら人間と勘違いしていたって推測も出来るが、それが錬成師、しかも神代魔法まで使える上級の錬成師が相手なら話は別だ。そんな奴が人間か|自動人形《オートマタ》か判断を誤る訳がない」

京矢がミレディの言葉を否定する理由は簡単、専門家が専門分野で間違える訳が無いと言うある種のオスカーの能力への信頼だ。

「というか、そんな阿呆な問答をする気はない。簡潔にと言っただろう。どうせ立ち塞がる気なんだろうから、やることは変わらん。お前をスクラップにして先に進む。だから、その前にガタガタ騒いでないで、吐くもん吐け」

「お、おおう。久しぶりの会話に内心、狂喜乱舞している私に何たる言い様。っていうかオスカーって言った? もしかして、オーちゃんの迷宮の攻略者?」

「ああ、オスカー・オルクスの迷宮なら攻略した。というか質問しているのはこちらだ。答える気がないなら、戦闘に入るぞ? 別にどうしても知りたい事ってわけじゃない。俺達の目的は神代魔法だけだからな」

「つー訳だ。戦闘前に久しぶりの会話を楽しみたいなら、サクサク答えろ」

ハジメがドンナーを巨体ゴーレムに向け、京矢がガイソーケンを構える。それに合わせて戦闘態勢に入るエンタープライズとベルファスト。
ユエはすまし顔だが、シアの方は「うわ~、ブレないなぁ~」と感心半分呆れ半分でハジメ達を見ていた。

「……神代魔法ねぇ、それってやっぱり、神殺しのためかな? あのクソ野郎共を滅殺してくれるのかな? オーちゃんの迷宮攻略者なら事情は理解してるよね?」

「あの悪霊擬きを始末しろって言うなら、オレ達の目的には始末する必要はあるな。封印で良いなら、永遠に退屈な何も無い場所に送ってやるところだがな」

「ん~、君の言う封印がどんなのかは知らないけど、やめておいた方が良いかな? あのクソ野郎にも空間魔法は有るから」

「成る程。アレは封印するなら確実だけど、流石に異空間を閉じるのに百年位掛かるから、空間魔法とやらで不安定な所に干渉されたら拙いか」

間違いなく邪魔だと判断し、結構エヒト退治に乗り気な京矢はミレディの言葉は参考になると頷いている。完全に空間を閉じさえして仕舞えば良いが、それでも不安定な期間が百年も有れば出るのは容易い事だろう。
手持ちの封印系対神武器は通用しないと考える。

「おい、質問しているのはこちらだと言ったはずだ。先にこちらの質問にも答えろ」

「こいつぅ~こっちの彼と違ってホントに偉そうだなぁ~、まぁ、いいけどぉ~、えっと何だっけ……ああ、私の正体だったね。うぅ~ん」

「簡潔にな。オスカーみたいにダラダラした説明はいらないぞ」

「あはは、確かに、オーちゃんは話が長かったねぇ~、理屈屋だったしねぇ~」

「技術者ってのは大抵そんなモンだろうからな」

巨体ゴーレムは懐かしんでいるのか遠い目をするかのように天を仰いだ。本当に人間臭い動きをするゴーレムである。
ユエは相変わらず無表情で巨体ゴーレムを眺め、シアは周囲のゴーレム騎士達に気が気でないのかそわそわしていて、エンタープライズとベルファストは周囲のゴーレム騎士達が動いたら即座に攻撃できる様にしている。

「うん、要望通りに簡潔に言うとね。私は、確かにミレディ・ライセンだよ。ゴーレムの不思議は全て神代魔法で解決! もっと詳しく知りたければ見事、私を倒してみよ! って感じかな」

「結局、説明になってねぇ……」

「まあ、大体の答えにはなってるだろ? 目の前のゴーレムに入っているのが、ミレディ本人の魂かそのコピーかは別にして、この迷宮の最後の試練は解放者からのテストって理解すれば十分だ」

「ははは、君はなかなか飲み込みがはやいね~。それにさ、攻略する前に情報なんて貰えるわけないじゃん? 迷宮の意味ないでしょ?」

「そりゃそうだ」

今度は巨大なゴーレムの指でメッ! をするミレディ・ゴーレム。
中身がミレディ・ライセンというのは頂けないが、それを除けば愛嬌があるように思えてきた。
ケラケラと、一人だけ割とミレディ相手にも持ち前のコミュ力で馴染みつつある京矢を他所にユエが、「……中身だけが問題」とボソリと呟いていることからハジメと同じ感想のようだ。

そして、その中身について、結局ほとんど何もわからなかったに等しいが、ミレディ本人だというなら、残留思念などを定着させたもの、京矢の推理が正しいのでは無いかと推測するハジメ。
ハジメは、確かクラスメイトの中村恵里が降霊術という残留思念を扱う天職を持っていたっけと朧げな記憶を掘り起こす。しかし、彼女の降霊術は、こんなにはっきりと意思を持った残留思念を残せるようなものではなかったはずだ。
つまり、その辺と、その故人の意思? なんかをゴーレムに定着させたのが神代魔法ということだろう。

「どっちにしても、此処の神代魔法は魂魄に関係するものか、重力系統を操作するものだろ? オレ達が欲しいモンじゃねえのは確かだ」

京矢の言葉が全てだった。目の前のゴーレムやら此処までのゴーレム達の重力を無視した動き。どう考えてもその二択だろう。

「ん~? 中々鋭いね? その推理は当たってるよ。ちなみに、私の神代魔法は別物だよぉ~、魂の定着の方はラーくんに手伝ってもらっただけだしぃ~」

「なら、重力系統か。悪く無いな」

妙に嬉しそうな笑みを浮かべる京矢にハジメは落胆した様子で反論する。

「だったら、ここには用がないんだがなぁ」

「何だよ、手に入れておけば便利じゃねえか?」

ハジメの目当てはあくまで世界を超えて故郷に帰ること。
重力だか知らないが、それを操れる神代魔法を手に入れても意味はない。そう思って言ったのだが、返ってきた京矢の答えはハジメの推測とは異なるものだった。

「此処までの来たのに帰るなんて勿体ないだろ? それに、他の迷宮攻略しなきゃ入れない迷宮もあるだろうし、重力なんて使い様によれば強力な攻撃魔法とか幾らでも作れるんじゃねえか?」

「使い方?」

どう言う事だと思って疑問に思うハジメだが、

「ほら、エボルみたいに」

「っ!? そうか、エボルみたいに!?」

京矢の言葉にハジメの頭に浮かんだのは陽気なフォーリナー、仮面ライダーエボルの姿。重力の魔法はブラックホールを作り出すことも可能だろう。

「ん~ん~、ミレディさんの神代魔法がそれだって言ってないんだけどな~?」

「じゃあ、お前の神代魔法は何なんだ?」

「ん~ん~、知りたい? そんなに知りたいのかなぁ?」

再びニヤついた声音で話しかけるミレディに、イラっとしつつ返答を待つハジメ。そんなハジメの肩を「落ち着け」と言って叩く京矢。

「知りたいならぁ~、その前に今度はこっちの質問に答えなよ」

最後の言葉だけ、いきなり声音が変わった。今までの軽薄な雰囲気がなりを潜め真剣さを帯びる。
その雰囲気の変化に少し驚く京矢達。表情には出さずにハジメが問い返す。

「なんだ?」

「目的は何? 何のために神代魔法を求める?」

嘘偽りは許さないという意思が込められた声音で、先程までのふざけた雰囲気など微塵もなく問いかけるミレディ。もしかすると、本来の彼女はこちらの方なのかもしれない。
思えば、彼女も大衆のために神に挑んだ者。自らが託した魔法で何を為す気なのか知らないわけにはいかないのだろう。オスカーが記録映像を遺言として残したのと違い、何百年もの間、意思を持った状態で迷宮の奥深くで挑戦者を待ち続けるというのは、ある意味拷問ではないだろうか。
軽薄な態度はブラフで、本当の彼女は凄まじい程の忍耐と意志、そして責任感を持っている人なのかもしれない。

ユエも同じことを思ったのか、先程までとは違う眼差しでミレディ・ゴーレムを見ている。
深い闇の底でたった一人という苦しみはユエもよく知っている。だからこそ、ミレディが意思を残したまま闇の底に留まったという決断に、共感以上の何かを感じたようだ。

京矢はそんなミレディの本質を測りかねているが、内心ではどっちも素なんだろうなとも思っている。

ハジメは、ミレディ・ゴーレムの眼光を真っ直ぐに見返しながら嘘偽りない言葉を返した。

「俺の目的は故郷に帰ることだ。お前等のいう狂った神とやらに無理やりこの世界に連れてこられたんでな。世界を超えて転移できる神代魔法を探している……お前等の代わりに神の討伐を目的としているわけじゃない。この世界のために命を賭けるつもりは毛頭ない」

「オレはその悪霊擬きが帰る上での邪魔になりそうだし、上手く切り抜けてもオレ達の世界に関わられても困るから出来れば始末しておきたい。最悪の場合でも向こうで迎撃の準備を整えておく必要は有るな。なにより」

「……」

ハジメに続いて口を開いた京矢がそこで言葉を切るとミレディは無言で続きを促す。

「あの悪霊擬きは三つの理由で始末しなきゃ気が済まなくなった。それだけだ」

ミレディ・ゴーレムはしばらく、ジッとハジメを見つめた後、何かに納得したのか小さく頷いた。
そして、ただ一言「そっか」とだけ呟いた。と、次の瞬間には、真剣な雰囲気が幻のように霧散し、軽薄な雰囲気が戻る。

「ん~、そっかそっか。なるほどねぇ~、別の世界からねぇ~。うんうん。それは大変だよねぇ~よし、ならば戦争だ! 見事、この私を打ち破って、神代魔法を手にするがいい!」

「上等だ! 相手になってやるぜ!」

「脈絡なさすぎて意味不明なんだが……何が『ならば』何だよ。っていうか、鳳凰寺、お前もノリが良すぎないか?」

「いや、寧ろこれからこの迷宮のラストバトルって場面でお前の方こそ、ノリが悪く無いか?」

「そうそう、ノリが悪いよ〜」

自分が悪いのか? と言う疑問を飲み込みながら、妙にミレディのノリに付き合っている友人に対して何を考えているのかと言う視線を向けるハジメ。

「いや、折角今までの悪質な罠の恨みを晴らすチャンスなんだ。乗ってやらなきゃ損だろ?」

取り敢えず、京矢が罠を仕掛けてくれた張本人の顔を殴れるチャンスを活かしたいと言うのは分かった。

「エンタープライズ!」

「了解した!」

この時のためにと大体3日目辺りで京矢から渡されていた小型ガトリング銃に似た武器モサチェンジャーを取り出すエンタープライズ。

「出番だぜ、ピーたん!」

そう言ってポケットの中から取り出すのは青い卵の様な何かだった。

***

「「「「はっ?」」」」

京矢の取り出したピーたんと呼称されている青い卵に顔と短い手足の付いた様な物体に呆れた声を上げてしまうハジメとユエ、シアにミレディゴーレム。

突然そんな物体を取り出した京矢の真意が読めないハジメ達とミレディがリアクションに困っている様子だ。
短い手足をバタつかせてることからピーたんと呼んだそれは生き物?なのは分かる。

「プッ……アハハハハハハッ! そんな変な生き物取り出して何しようって言うのさ?」

真っ先に再起動して爆笑したのはミレディだった。

「ムッ! おい、こんなカッコいい騎士竜を捕まえて変な生き物だと!?」

そして、そんなミレディの言葉に真っ先に反応したのはピーたんと呼ばれた青い生き物だった。
ミレディの言葉に怒った様な声を上げて手足をバタつかせながら怒っている。

「カッコいい、ですか?」

「……カッコいいと言うより……可愛い?」

「いや、ちょっと待て。アイツ、今、自分の事を騎士竜って言わなかったか?」

ハジメの指摘に真っ先にユエとシアの頭に浮かぶのは京矢の使役する(厳密には違うが)ディノミーゴの姿だ。
確かに、ディノミーゴも自分の事を騎士竜と名乗っていた。

「へー、言葉を話すのには驚いたけど、そんな変な生き物に何が出来るのかな~? 何かするなら〜待っててあげるからやってみなよ~」

「お言葉に甘えてそうさせて貰うぜ」

京矢の手から離れたピーたんが空中に浮かび上がり、光に包まれその姿を変える。

「え?」

突如上空に現れたそれに、先ほどまで持っていたミレディの余裕が消えた様な惚けた声が響く。

「おぉ!!!」

自分たちを覆う巨大な青き影に歓喜の声を上げるハジメと、驚いて声も出ないユエとシア。

「え、ええええええっー!? な、何それぇ~!?」

己を見下ろす空飛ぶ巨大な青いドラゴンの異様に驚愕の声を上げるミレディ。

「へっ、こいつが空の王者、騎士竜プテラードンの真の姿だ!」

「そうだ! 皆、目を開き空を見よ! 鳥か? 飛行機か? いや、プテラードンだ!」

高らかにディノミーゴに続く第二の騎士竜プテラードンの名を宣言する京矢と誇り高く己の名を宣言するプテラードンに、事情を知っていたエンタープライズとベルファスト以外の面々が驚きをあらわにする。

先ほどまで京矢達を見下ろしていたミレディが逆に見上げる、上空を飛ぶプテラードンの勇姿に、特にハジメは心を揺さぶられていた。
そして、ディノミーゴにも負けない巨体である事から、ハジメは察したのだ。

「おい、鳳凰寺!? ディノミーゴだけじゃ、キシリュウジンだけじゃなかったのかよ!?」

驚きも歓喜を込めて質問してくるハジメ。そんなハジメに京矢は悪戯が成功した子供の様な笑みを浮かべ、

「もう一体巨大メカが居ない、なんて言ってないだろ?」

「そうだよな。待て、それじゃあ、やっぱり、あのプテラノドンもなるのか、巨大ロボに?」

「当然だぜ」

「うおおおおおおおおおおおおお!!!」

京矢の言葉に拳を振り上げて歓喜の叫びを上げるハジメの図。

「エンタープライズ、頼む」

「分かった。竜装変形」

ワクワクとした目を向けるハジメの目の前で、京矢から預けられたモサチェンジャーを持ったエンタープライズの掛け声と共にプテラードンが姿を変える。

翼竜の姿から、胸にプテラノドンの頭を持った透き通る青い翼の細身のボディに変形していく。
目の前での巨大ロボの変形に見るのはキシリュウジンに続いて二度目のユエも絶句して、初めてのシアは唖然としている。
そして、ハジメは新たな巨大ロボの変形に大興奮していた。

「え? え? えええええっ!?」

驚愕するミレディを他所に、最後に頭部の形に変形したヒエヒエソウルがエンタープライズを含めた6人を収容。コックピットとなる空間に京矢達が入るとボディと一体化し、変形が完了する。

「ヨクリュウオー、|戦闘開始《エンゲージ》」

ヨクリュウオーのコックピットの空間にここは何処と言う様な様子のユエとシアに、巨大ロボのコックピットに乗れたことに歓喜するハジメを残して、コックピットについた京矢とベルファストとエンタープライズ。
そんな中で、エンタープライズの凛とした声が響くとミレディの前には自身を見下ろす巨体のヨクリュウオーが戦闘態勢を取る。

「さあ、何処からでも掛かってきやがれ!」

「ミレディさん、それ、いくら何でも反則だと思うんだけどなぁ!?」

自身を指差したヨクリュウオーから聞こえる京矢からの宣言にミレディの絶叫が響き渡った。

「……こうして見ると小さい?」

「そりゃ巨大ロボだからな。ってか、ティラノサウルスの次はプテラノドンかよ!?」

先ほどまで巨大に見えていたミレディゴーレムもヨクリュウオーのコックピットから見ると今度は小さく見える。
周囲を包囲していた騎士ゴーレム達がヨクリュウオーが腕を振るたびに吹き飛び砕かれて再構築していくが、ヨクリュウオーの巨体ならば敵にすらなっていない。

最早自棄と言うような態度で燃え盛る右腕を振り抜くミレディゴーレムとそれに対抗すべくヒエヒエクローを装備した右手をぶつけるヨクリュウオー。

燃え盛る右腕が逆にヨクリュウオーの力によって凍結させられ、そのまま右腕を砕く。

「ウッソー!? 何それ!?」

「ヨクリュウオーは氷の力を操る騎士竜だ。重力を操って落ちるお前と、重力を振り切って飛べるヨクリュウオー。どっちがこの場で有利かな?」

ヨクリュウオーの力には慌てたものの、右腕を砕かれながらも大して堪えた様子のないミレディゴーレム。
ミレディ・ゴーレムは、近くを通ったブロックを引き寄せると、それを砕きそのまま砕けた右腕の材料にして再構成する。

「ぐぬぬぬぬ~。そんな物を持ってるなんて思わなかったけど、負けないもんね~!」

そう楽しそうに笑って、ミレディ・ゴーレムは左腕のフレイル型モーニングスターをヨクリュウオーに向かって射出した。
それは投げつけたのではない。予備動作なくいきなりモーニングスターが猛烈な勢いで飛び出したのだ。おそらく、ゴーレム達と同じく重力方向を調整して〝落下〟させたのだろう。

「おっと!」

砕くのは余裕だが態々受けてやる理由もないので、背中の翼ナイトエッジを広げてブロックを蹴ると空中へと飛びそれを避ける。
……その際にヨクリュウオーに跳ねられたゴーレム騎士達が派手に砕かれていくが気に止めた様子もない。

「うおおおお! 本当に飛べるのかよ、このロボット!?」

「ああ、空の王者の名は伊達じゃないぜ!」

ブロックの浮かぶ空間では面白みに欠けるが、コックピットから見える空を飛ぶ映像に興奮気味のハジメ。
モーニングスターは、ヨクリュウオーがいたブロックを木っ端微塵に破壊しそのまま宙を泳ぐように旋回しつつ、ミレディゴーレムの手元に戻った。

「よし、エンタープライズ、ベルファスト、ミレディを破壊するぞ」

「了解した、指揮官」

「かしこまりました」

京矢の言葉に答えるエンタープライズとベルファスト。だが、

「オレ達はどうすりゃ良いんだよ?」

巨大戦に巻き込まない様にコックピットの中に入れたハジメ達だが、現行何もする事が無い。

「いざとなったら頼むかもしれないから、これを持っててくれ」

そう言ってハジメ達に渡すのは操縦用の三本のリュウソウケン。

「んじゃ、改めて……行くぜ!」

京矢の掛け声と共に、七大迷宮が一つ、ライセン大迷宮最後の戦いが始った。

大剣を掲げたまま待機状態だったゴーレム騎士達が、京矢の掛け声を合図にしたかのように一斉に動き出した。
通路でそうしたのと同じように、自身を弾丸として頭をヨクリュウオーに向けて一気に突っ込んでくる。

ヨクリュウオーの巨体に対して人間サイズでは弾丸でしかないが、砕かれた弾丸は再構築されて再度ヨクリュウオーに襲い掛かる。

「あはは、効かないか~、でも総数五十体の無限に再生する騎士達の砲弾と私、果たして同時に捌けるかなぁ~」

「残念ながら、その弾丸は鬱陶しいだけでダメージは無えな!」

嫌味ったらしい口調で、ミレディ・ゴーレムが再度、モーニングスターを射出したが、それをヨクリュウオーが叩き砕く。

素早く真上へと飛行し加速と質量を持ってヒエヒエクローを叩き付けようとするが、

「見え透いてるよぉ~」

そんな言葉と共に、ミレディ・ゴーレムは急激な勢いで横へ移動する。横へ〝落ちた〟のだろう。

「重力を振りきれても、こんな事は出来ないよね~?」

攻撃がカラぶったヨクリュウオーの上下からブロックが襲いかかってくる。

「操れるのが騎士だけとは一言も言ってないよぉ~」

騎士ゴーレムの弾丸は効果が薄いと判断したのか、今度はブロックを直接操ってぶつけようよ言うのだろう。

「チッ!」

加速を殺さぬまま下から襲いかかってくるブロックの上に着地し、その上をスライディングする様に滑りながら再度飛び立つと、上下から落ちてきたブロックがぶつかり合う。

流石のヨクリュウオーの力でもブロックの質量は簡単には砕けない。

(手は無いわけじゃ無えけどな)

軌道を変えて襲いかかってくるブロックを避けながら、逃げ回るミレディゴーレムを追いかけるヨクリュウオーだが、スピードでは優っているものの、その大きさの差が仇となったのか、上手く落下を利用した急激な軌道の変化とブロックを盾にされて逃げられている。

「チィッ!」

此方の視界を覆う様に飛び込んで来る騎士ゴーレム達も鬱陶しい。

「ああ! また逃げられた!」

「……鬱陶しい」

「こらー、待ちやがれですぅ!」

「追いかけっことマラソンは違うか、やっぱり」

足が早くとも追いかけっこには勝てない。寧ろこのフィールドを利用できる分ミレディの方が有利だろう。

「京矢様、どうなさいますか?」

「言っただろ、考えはあるってな」

ベルファストの問いに笑みを浮かべてそう答える京矢。そして、ハジメ達を振り返り、

「お前もやって見るか?」

「やらせてくれるのか?」

京矢のその言葉で考えの全てを悟ったのかハジメが笑みを浮かべて答える。











「あははは~、鬼さん此方~」

ヨクリュウオーを挑発する様に手を振りながら左右へと落ちていくミレディゴーレム。
襲いかかる浮遊ブロックを避けながらではスピードで優れたヨクリュウオーも追いつけないのか、ミレディゴーレムには動きにもキレがなくなっている様にも見える。

「中々のスピードだね~」

「だろ?」

「っ!?」

ヨクリュウオーから響くハジメの声に驚愕するミレディゴーレム。

「コンビネーションも中々のものだぜ、オレ達はな」

後ろから聞こえる京矢の声。それに驚愕し慌てて声のした方向に視線を転じるミレディ・ゴーレム。

後ろに立つもう一体の巨人、キシリュウジンの斬撃が振り返ったミレディゴーレムの胸部を切り裂いた。

「浅いか? だが、逃さねえ!」

エンタープライズ、ベルファストと共にキシリュウジンのコックピットの中で舌打ちするとミレディゴーレムの胸部を狙いキシリュウジンに剣を振るわせる。

「ミレディの核は、心臓と同じ位置だ! それを破壊するぞ!」

「ああ!」

「んなっ! 何で、わかったのぉ!」

胸部装甲を切り裂かれその奥の黒い装甲が露わになるミレディゴーレム。

ヨクリュウオーの中のハジメの表情は険しい。
なぜなら、破壊された胸部の装甲の奥にある漆黒の装甲、それには傷一つ付いていなかったからだ。
ハジメには、その装甲の材質に覚えがあった。

「んぅ~、これが気になるのかなぁ~」

ミレディ・ゴーレムがハジメの視線に気がつき、ニヤつき声で漆黒の装甲を指差す。
勿体ぶるような口調で「これはねぇ~」と、その正体を明かそうとして、ハジメが悪態と共に続きを呟いた。

「……アザンチウムか、くそったれ」

「流石に並みの攻撃じゃ、それは壊せねえかよ」

追いかけっこの最中にヨクリュウオーの操縦をハジメ達に任せ、ヨクリュウオーから降りた京矢達が別の場所で合体したキシリュウジンに乗ってミレディゴーレムを待ち伏せし、ハジメ達がヨクリュウオーでミレディゴーレムをそこに誘導した訳だ。
狙いはうまく行ったが強力な装甲に阻まれてしまった訳だ。

アザンチウム鉱石は、ハジメの装備の幾つかにも使われている世界最高硬度を誇る鉱石だ。
薄くコーティングする程度でもドンナーの最大威力を耐え凌ぐ。道理で、キシリュウジンの一撃で傷一つ付かない訳である。

「あれを壊すには必殺技を叩き込む必要あるな」

「やっぱりあるのか、必殺技も!?」

「だけど、当てるのは難しそうだぜ」

あのアザンチウム装甲を破るのは大技しかないと判断する京矢に妙に嬉しそうに反応するハジメ。

「おや? 知っていたんだねぇ~、ってそりゃそうか。オーくんの迷宮の攻略者だものねぇ、生成魔法の使い手が知らないわけないよねぇ~、さぁさぁ、程よく絶望したところで、第二ラウンド行ってみようかぁ!」

ミレディは、砕いた浮遊ブロックから素材を奪い、表面装甲を再構成するとモーニングスターを射出しながら自らも猛然と突撃を開始した。
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