ライセンの大迷宮

とある部屋の中、壁から放たれる青白い仄かな光が壁にもたれ掛かりながら寄り添うハジメ、ユエ、シアの三人の影を映す。ハジメを中心に右側にユエ、左側にシアが座り込んで肩にもたれ掛かっている。
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その近くでテーブルを囲んでゆっくりと食事をとっているのは京矢とエンタープライズとベルファストの三人だ。
部屋にはベルファストの用意した英国風カレーを食べている3人の食事の音が小さく響いているが、耳を澄ませばほんの僅かにスゥースゥーと呼吸音が聞こえる。ユエとシアの寝息だ。
京矢達が食事をする傍ら、二人はハジメの両腕を抱いたまま、その肩を枕替わりに睡眠をとっているのだ。

京矢達がライセンの迷宮に入ってから今日でちょうど一週間である。その間も数々のトラップとウザイ文に体よりも精神を削られ続けた。
スタート地点に戻されること七回、致死性のトラップに襲われること四十八回、全く意味のない唯の嫌がらせ百六十九回。
最初こそ、心の内をミレディ・ライセンへの怒りで満たしていた京矢達だが、四日を過ぎた辺りから何かもうどうでもいいやぁ~みたいな投げやりな心境になっていた。
なお、3日目辺りにはもう試練とかどうでもいいから、この迷宮をキシリュウジンで叩き壊してやろうと京矢に再度頼み込んでもいる。

食料は潤沢にあるし、全員が全員身体スペック的に早々死にはしないのが不幸中の幸いだ。今のように休息を取りながら少しずつ探索を進めている。
その結果、どうやら構造変化には一定のパターンがあることがわかった。〝マーキング〟を利用して、どのブロックがどの位置に移動したのかを確かめていったのだ。

もうそろそろ進展があるかもしれない。そんなことを思いながら、食欲を刺激する英国風カレーの香りに食欲を刺激されながらハジメは両隣で眠る少女達に視線を向けた。

「気持ちよさそうに寝やがって……ここは大迷宮だぞ? ってか、オレの分も残しておいてくれよ。さっきから腹減って仕方ないんだぞ!」

「安心しろ、ちゃんと全員分あるからな」

こんな迷宮の中で地球のレストランも真っ青な英国風カレーを食べられるとは夢にも思っていなかったハジメだ。
日本風と英国風の違いはよくわからないが、各種スパイスの香りがベルファストが準備を始めた所から漂って来ていて、それだけで腹が減る。

「当然、ハジメ様達の分も用意しておりますので、ご安心ください」

「そう言うことだ。食べるのも大事だからな」

「ああ、大盛りで頼む」

ハジメの苦笑い混じりの返答が響く。
見張り役なのでずっと起きていたのだが、ハジメは何となしに抱きしめられている腕をそっと解いて、ユエの髪を撫でる。僅かに頬が綻んだように見えた。ハジメの目元も僅かに緩む。

「むにゃ……あぅ……ハジメしゃん、大胆ですぅ~、お外でなんてぇ~、……皆見てますよぉ~」

「……」

その後に聞こえた妙なシアの寝言が聞こえた時点で視線を逸らしてのんびりとお茶を飲む京矢だが、

「ん~、ん? んぅ~!? んんーー!! んーー!!」

しあの苦し気な声が聞こえた時点で何が起こったのかを察して何事もないようにお茶を飲むことにした。

「ぷはっ! はぁ、はぁ、な、何するんですか! 寝込みを襲うにしても意味が違いますでしょう!」

ぜはぜはと荒い呼吸をしながら抗議するシアの声に、大体何があったか察した京矢は苦笑を浮かべる。

「で? お前の中で、俺は一体どれほどの変態なんだ? お外で何をしでかしたんだ? ん?」

「えっ? ……はっ、あれは夢!? そんなぁ~、せっかくハジメさんがデレた挙句、その迸るパトスを抑えきれなくなって、羞恥に悶える私を更に言葉責めしながら、遂には公衆の面前であッへぶっ!?」

聞いていられなくなってハジメが強化済みデコピンを額に叩き込む衝撃音が背後から聞こえてくるがそこは聞き流す京矢。やっぱり、残念なキャラは抜け出せないらしい。

「起きたなら飯でも食っておけよ、見張はオレが変わるぜ」

「ああ、頼む」

後頭部をさすりながら「何となく幸せな気持ちになったのですが気のせいでしょうか?」と呟くシアを他所に京矢の言葉にそう返すハジメ。
シアも起きた(強制的に)ので、ハジメはユエを優しく揺さぶり起こす。ユエは「……んぅ……あぅ?」と可愛らしい声を出しながらゆっくりと目を開いた。そして、ボーとした瞳で上目遣いにハジメを確認すると目元をほころばせ、一度、ハジメの肩口にすりすりすると、そっと離れて身だしなみを整えた。

寝起きにカレーはどうかと思うが、食欲を刺激される各種スパイスの風味で食も進む。席を立つ京矢とエンタープライズと入れ替わりにハジメ達がテーブルに着く。

「うぅ、ユエさんが可愛い……これぞ女の子の寝起きですぅ~、それに比べて私は……」と今度は落ち込み始めたシアに、ユエは不思議そうな目を向けるが、〝シアだから〟という理由で放置する。

女子力でユエに負けているシアの慟哭を聞き流しながら、京矢はハジメ達の食事が終わるまで警戒を変わる。
エンタープライズもシアの言葉に何か言いたげだが、突っ込むべきでは無いと判断して警戒に意識を向ける。

「女子力か。指揮官も可愛らしい方が……」

そんなエンタープライズの呟きを聞き流し、シアが少々やさぐれた様子で立ち上がるり、ユエとハジメは食事も終わり準備万端だ。
今度は、スタート地点に戻されないことを祈って、一行は迷宮攻略を再開した。




















再び嫌らしい数々のトラップとウザイ文を修羅に染まりそうになりながらも、菩薩の心境でクリアしていく。

そして、京矢達は、一週間前に訪れてから一度も遭遇することのなかった部屋に出くわした。
最初にスタート地点に戻して天元突破な怒りを覚えさせてくれたゴーレム騎士の部屋だ。ただし、今度は封印の扉は最初から開いており、向こう側は部屋ではなく大きな通路になっていた。

「ここか……また包囲されても面倒だ。扉は開いてるんだし一気に行くぞ!」

「んっ!」

「はいです!」

「おう!」

「了解した!」

「かしこまりました」

京矢達は、ゴーレム騎士の部屋に一気に踏み込んだ。
部屋の中央に差し掛かると、案の定、ガシャンガシャンと音を立ててゴーレム騎士達が両サイドの窪みから飛び出してくる。

「二度目の同じネタは面白くないんだよ!」

出鼻を抉いて前方のゴーレム騎士達を銃撃し、気刃を放ち、砲撃し、蹴散らしておく。そうやって稼いだ時間で、京矢達は更に加速し包囲される前に祭壇の傍まで到達した。
ゴーレム騎士達が猛然と追いかけるが、ハジメ達が扉をくぐるまでには追いつけそうにない。逃げ切り勝ちだと、ハジメはほくそ笑んだ。

「なんか嫌な予感がするんだが」

言い知れぬ不安な予感が京矢の直感を刺激する。それは四度に渡る激しい戦いと二度に渡る異世界冒険の経験がもたらしたものか。

ハジメの笑みは次の瞬間には剥がれ落ち、京矢の直感は的中してしまった。
何と、ゴーレム騎士達も扉をくぐって追いかけてきたからだ。それだけならばまだ良い。簡単に止まると言う性格の良いことをしてくれるとは思っていなかった。だが……

「なっ!? 天井を走ってるだと!?」

「……びっくり」

「重力さん仕事してくださぁ~い!」

「あの重さであの程度の速さで落ちないって……。ッチ! これもミレディって奴の仕業か!? ……って事はここの神代魔法か?」

そう、追いかけてきたゴーレム騎士達は、まるで重力など知らんとばかり壁やら天井やらをガシャンガシャンと重そうな全身甲冑の音を響かせながら走っているのである。
これには、流石のハジメ達も度肝を抜かれた。ハジメは、咄嗟に通路に対して〝鉱物系鑑定〟を使うが、材質は既知のものばかり。重力を中和したり、吸着や磁力の性質を持った鉱物等は一切検知できなかった。

そんな中で1人冷静に分析していた京矢は何気に正解に触れていたのだが、この時の彼らには知る由もなかった。

「やっぱり、キシリュウジンで迷宮を突き破ってもらうんだった!?」

そんな呟きが思わず口から漏れる。そして、再度、背後の騎士をチラリと振り返って更に度肝抜かれることになった。

天井を走っていたゴーレム騎士の一体が、走りながらピョンとジャンプすると、まるで砲弾のように凄まじい勢いで頭を進行方向に向けたまま宙を飛んできたのである。

「って、おい!? 今度は空飛びやがっただと!?」

慌てて気刃を放ち飛んできた騎士を斬る京矢。ゴーレム騎士は頭部と胴体が真っ二つに別れ、更に大剣と盾を手放す。しかし、それらは地面に落ちることなく、そのまま京矢達に向かって突っ込んできた。……砲弾が散弾になっちゃったのである。

「避けろ!」

猛烈な勢いで迫ってきたゴーレム騎士の頭部、胴体、大剣、盾を屈んだり跳躍したりして躱していく。
京矢達を通り過ぎたゴーレム騎士の残骸は、そのまま勢いを減じることなく壁や天井、床に激突しながら前方へと転がっていった。

「おいおい、あれじゃまるで……」

「ん……〝落ちた〟みたい」

「重力さんが適当な仕事してるのですね、わかります」

「若しくは、重力の働きが変化させられてるって事だろうな」

まさしくユエやシアの言葉が一番しっくりくる表現だった。

京矢の推測が正しいのなら、どうやらゴーレム騎士達は重力を操作できるらしい。
なぜ、前回は使わなかったのかはわからないが、もしかすると部屋から先の、この通路以降でなければならなかったのかもしれない。
単純にゴールに近づいた時の為に用意していた難易度なのかもしれない。だが、分かる事は一つ、

「罠の質が上がったって事は、こっちに有るのが本命の通路なんだろうな」

転がる途中で幾つかは反対側に蹴り返して時間を稼ぐが、再生できるなら僅かな破片でも挟み撃ちのための戦力の配置は容易いだろう。隊列を組んで京矢達を待ち構えていた。
盾を前面に押し出し腰をどっしりと据えて壁を作っている。ご丁寧に二列目のゴーレム騎士達は盾役の騎士達を後ろから支えていた。おそらく、一列だけではパワーで粉砕されると学習したのだろう。

(やっぱり、この迷宮はなんらかの学習機能、メインコンピューターみたいなのがいるって事か?)

無機質な罠のゴーレム騎士にそんな学習機能があるとは考えられず、ならば考えられるのは一つ。
この迷宮のボスは同時にこの迷宮の罠のコントロールを担っていると言う事だ。

それを破壊する事が攻略に必要な過程と推測するが、こちらの戦闘データを元に対策を立てられたのでは厄介この上ない。やはり、幾つかの切り札は残しておこうと考えを組み立てる。

***

「ちっ、面倒な」

「どうする、オレが切り札を斬ってもいいぜ」

「いや、此処はオレがやる」

ハジメは京矢の言葉答えるとドンナー・シュラークを太もものホルスターにしまう。そして〝宝物庫〟から一つの兵器を取り出す。

それを聞いて京矢は、この場はハジメに任せると、念のためにガイソーケンを取り出しながら、ハジメの後ろに下がる。

ハジメの手元に現れたのは十二連式の回転弾倉が取り付けられた長方形型のロケット&ミサイルランチャー:オルカンである。
ロケット弾は長さ三十センチ近くあり、その分破壊力は手榴弾より高くなっている。弾頭には生成魔法で〝纏雷〟を付与した鉱石が設置されており、この石は常に静電気を帯びているので、着弾時弾頭が破壊されることで燃焼粉に着火する仕組みだ。

ハジメは、オルカンを脇に挟んで固定すると口元を歪めて笑みを作った。

「全員! 耳塞げ! ぶっぱなすぞ!」

「ん」

「ああ!」

「えぇ~何ですかそれ!?」

初めて見るオルカンの異様にシアが目を見張る。
逆にそれを知っている他の4人は、走りながら人差し指を耳に突っ込んだ。

シアのウサミミはピンッと立ったままだが、お構いなしにハジメはオルカンの引き金を引く。

『バシュウウ!』と言う音と共に、後方に火花の尾を引きながらロケット弾が発射され、狙い違わず隊列を組んで待ち構えるゴーレム騎士に直撃した。

次の瞬間、轟音、そして大爆発が発生する。
通路全体を轟音が激震させ、大量に圧縮された燃焼粉が凄絶な衝撃を撒き散らした。
ゴーレム騎士達は、直撃を受けた場所を中心に両サイドの壁や天井に激しく叩きつけられ、原型をとどめないほどに破壊されている。
これなら再構築にもしばらく時間がかかるだろう。

「あんなに密集してたら単なる的だろうに」

吹き飛んでいくゴーレム騎士達を一瞥しながら呟く京矢の言葉に同意する様にエンタープライズとベルファストが頷く。
中世の時代やこの世界ならば有効な、正解とも言える戦術なのだろうが、近代兵器を基にしたアーティファクトの前では単なる的である。過去の戦術を新しい技術が過去の物に変えるならば、現代兵器の前に中世の戦術など無力以外の何者でもない。

京矢達はそんな哀れなゴーレム騎士達の残骸を飛び越えていく。

「ウサミミがぁ~、私のウサミミがぁ~!!」

耳を塞げた京矢達と併走しながら、一人耳を塞がなかったシアはウサミミをペタンと折りたたみ両手で押さえながら涙目になって悶えている。
兎人族……それは亜人族で一番聴覚に優れた種族である。そんな優れた聴覚に空気を揺らすほどの轟音を聞いてしまったのだ。そのダメージは大きいだろう。

「だから、耳を塞げって言っただろうが」

「ええ? 何ですか? 聞こえないですよぉ」

「……ホント、残念ウサギ……」

「って、また降ってくるぞ、ゴーレムが」

「晴れ時々鎧、ってか?」

ハジメとユエが呆れた表情でシアを見るが、悶えるシアは気がついていない。
再び落ちて来たゴーレム騎士達に京矢の剣掌・旋で後方に吹き飛ばすことで対処しながら、駆け抜けること五分。
遂に、遂に通路の終わりが見えた。通路の先は巨大な空間が広がっているようだ。道自体は途切れており、十メートルほど先に正方形の足場が見える。

「ユエ、シア! 飛ぶぞ!」

「エンタープライズ、ベルファスト、オレ達もだ! それから、エンタープライズ、艦載機をいつでも出せる様にしておいてくれ!」

ハジメの掛け声に頷くユエとシア(何とか聴力は回復した)に、京矢の指示に頷くエンタープライズとベルファスト。
背後からは依然、ゴーレム騎士達が落下してくる。それらを吹き飛ばし、躱しながら京矢達は通路端から勢いよく飛び出した。

身体強化された彼等の跳躍力はオリンピック選手のそれを遥かに凌ぐ。世界記録を軽々と超えて京矢達は眼下の正方形に飛び移ろうとした。





が、思った通りにいかないのがこの大迷宮の特徴。
放物線を描いて跳んだ京矢達の目の前で正方形のブロックがスィーと移動し始めたのだ。

「なにぃ!?」

この迷宮に来てから何度目かの叫びを上げるハジメ。目測が狂いこのままでは落下する。

「エンタープライズ!」

「分かっている!」

だが、その程度は予想していた異世界経験者が一人。
京矢である。予めエンタープライズにいつでも艦載機を出せる様に指示を出していた。その為に全員が乗れる数の艦載機を直ぐに呼び出す。

出現した艦載機は魔法由来ではないので、未だに離れて行こうとするブロックに追いつくことに成功する。ブロックの上にエンタープライズの艦載機が並走し、艦載機に捕まりながら慎重に降りるとハジメ達は安堵の息を吐く。

「ナ、ナイスだ、鳳凰寺、エンタープライズ」

「エンタープライズさん、流石ですぅ!」

「いや、指揮官の指示が的確だっただけだ」

落下せずに済み、安全に着地した事に安堵し、ハジメ達はエンタープライズを賞賛する。

だが、そんな和やかな雰囲気は空飛ぶゴーレム騎士達によって遮られた。
そう、ゴーレム騎士達は宙を飛んでいるのである。おそらく重力を制御して落下方向を決めているのだろう。

「くそっ、こいつら、重力操作かなんか知らんが動きがどんどん巧みになってきてるぞ」

「……たぶん、原因はここ?」

「大雑把なコントロールしか出来なかったのが、これだけ巧みに動かせるって事は……此処の近くに中核が有るんだろうな」

「あはは、常識って何でしょうね。全部|浮いて《・・・》ますよ?」

シアの言う通り、周囲の全ては浮遊していた。

京矢達が入ったこの場所は超巨大な球状の空間だった。直径二キロメートル以上ありそうである。
そんな空間には、様々な形、大きさの鉱石で出来たブロックが浮遊してスィーと不規則に移動をしているのだ。完全に重力を無視した空間である。
だが、不思議なことに京矢達はしっかりと重力を感じている。おそらく、この部屋の特定の物質だけが重力の制限を受けないのだろう。

「宇宙空間で戦うロボットになった気分だな」

そんな空間をゴーレム騎士達が縦横無尽に飛び回っているのを見て京矢はそう呟く。
ゴーレム騎士達は落下方向を調節しているのか、真ゲッターほどではないが方向転換が急激である。
生物なら凄まじいGで死んでいてもおかしくないだろう。この空間に近づくにつれて細やかな動きが可能になっていった事を考えると、京矢の推測通り、

「鳳凰寺の言う通り、ここに、ゴーレムを操っているヤツがいるってことかな?」

京矢とハジメの推測にユエとシアも賛同するように表情を引き締める。
ゴーレム騎士達は何故か、京矢達の周囲を旋回するだけで襲っては来ない。
取り敢えず、何処かに横道でもないかと周囲を見渡す。ここが終着点なのか、まだ続きがあるのか分からない。
だが、間違いなく深奥に近い場所ではあるはずだ。ゴーレム騎士達の能力上昇と、この特異な空間がその推測に説得力を持たせる。

「って事は此処の部屋の仕掛けを動かすしか無いだろうな。…………今までのパターンから考えると」

この迷宮の設計者の傾向から考えると部屋の罠の相手をしてやる必要が有るだろう。
ハジメは〝遠見〟で、この巨大な球状空間を調べようと目を凝らした。
と、次の瞬間、シアの焦燥に満ちた声が響く。

「逃げてぇ!」

『っ!?』

一同は何が? と問い返すこともなく、シアの警告に瞬時に反応し弾かれた様に飛び退いた。
運良く、ちょうど数メートル先に他のブロックが通りかかったので、それを目指して現在立っているブロックを離脱する。

直後、隕石が落下してきたのかと錯覚するような衝撃が今の今までハジメ達がいたブロックを直撃し木っ端微塵に爆砕した。
隕石というのはあながち間違った表現ではないだろう。赤熱化する巨大な何かが落下してきて、ブロックを破壊すると勢いそのままに通り過ぎていったのだ。

ハジメの頬に冷や汗が流れる。シアが警告を発してくれなければ確実に直撃を受けていた。〝金剛〟が使えない今、もしかしたら即死していたかもしれない。感知出来なかったわけではなかった。

「エンタープライズ、ベルファスト、無事か?」

「はい、シア様の警告が遅ければ危なかったかもしれませんが」

「私も無事だ。彼女の警告に助けられた」

京矢がエンタープライズとベルファストの無事を確認するとガイソーケンを構え、いつでもガイソーグに変身できる体制をとる。
シアが警告をした直後、京矢もハジメも、確かに気配を感じた。だが、落下速度が早すぎて感知してからの回避が間に合ったとは思えなかったのである。

「シア、助かったぜ。ありがとよ」

「……ん、お手柄」

「えへへ、〝未来視〟が発動して良かったです。代わりに魔力をごっそり持って行かれましたけど……」

どうやら、二人の感知より早く気がついたのはシアの固有魔法〝未来視〟が発動したからのようだ。
〝未来視〟は、シア自身が任意に発動する場合、シアが仮定した選択の結果としての未来が見えるというものだが、もう一つ、自動発動する場合がある。今回のように死を伴うような大きな危険に対しては直接・間接を問わず見えるのだ。

つまり、直撃を受けていれば少なくともシアは死んでいた可能性があるということだ。
改めて戦慄を感じながら、ハジメは通過していった隕石モドキの方を見やった。ブロックの淵から下を覗く。と、下の方で何かが動いたかと思うと猛烈な勢いで上昇してきた。それは瞬く間にハジメ達の頭上に出ると、その場に留まりギンッと光る眼光をもってハジメ達を睥睨した。

「おいおい、マジかよ」

「……すごく……大きい」

「お、親玉って感じですね」

「おいおい、キシリュウジン並みの大きさかよ」

三者三様の感想を呟く京矢達。若干、ユエの発言が危ない気がするが、ギリギリ許容範囲……のはずだ。

京矢達の目の前に現れたのは、宙に浮く超巨大なゴーレム騎士だった。
全身甲冑はそのままだが、全長が二十メートル弱なのでキシリュウジンよりは遥かに小さい。右手はヒートナックルとでも言うのか赤熱化しており、先ほどブロックを爆砕したのはこれが原因かもしれない。左手には鎖がジャラジャラと巻きついていて、フレイル型のモーニングスターを装備している。

京矢達が、巨体ゴーレムに身構えていると、周囲のゴーレム騎士達がヒュンヒュンと音を立てながら飛来し、ハジメ達の周囲を囲むように並びだした。
整列したゴーレム騎士達は胸の前で大剣を立てて構える。まるで王を前にして敬礼しているようだ。

すっかり包囲され京矢達の間にも緊張感が高まる。
辺りに静寂が満ち、まさに一触即発の状況。動いた瞬間、命をベットしてゲーム殺し合いが始まる。
そんな予感をさせるほど張り詰めた空気を破ったのは……

「やほ~、はじめまして~、みんな大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

……巨体ゴーレムのふざけた挨拶だった。

『……は?』

思わず呆けた声を上げてしまう京矢達。だが、一つだけ解ることがある。
この迷宮の怒りをぶつけるべき相手が現れたと言う事だ。
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