ライセンの大迷宮

京矢達は、トラップに注意しながら更に奥へと進む。

今のところ魔物は一切出てきていない。魔物のいない迷宮とも考えられるが、それは楽観が過ぎるというものだろう。
それこそトラップという形で、いきなり現れてもおかしくない。

「気を付けろよ、どんな罠が有るか分からねえからな」

「ああ」

京矢達は、通路の先にある空間に出た。
その部屋には三つの奥へと続く道がある。取り敢えずマーキングだけしておき、ハジメ達は階下へと続く階段がある一番左の通路を選んだ。

「うぅ~、何だか嫌な予感がしますぅ。こう、私のウサミミにビンビンと来るんですよぉ」

階段の中程まで進んだ頃、突然、シアがそんなことを言い出した。
言葉通り、シアのウサミミがピンッと立ち、忙しなく右に左にと動いている。

「お前、変なフラグ立てるなよ。そういうこと言うと、大抵、直後に何か『ガコン』…ほら見ろっ!」

「変な様式美を守ってる迷宮だな、ここは」

「わ、私のせいじゃないすぅッ!?」

「!? ……フラグウサギッ!」

ハジメ達が話している最中に、嫌な音が響いたかと思うと、いきなり階段から段差が消えた。
かなり傾斜のキツイ下り階段だったのだが、その階段の段差が引っ込みスロープになったのだ。しかもご丁寧に地面に空いた小さな無数の穴からタールのようなよく滑る液体が一気に溢れ出してきた。

「ッチ! こっちの通路自体がハズレかよ!? エンタープライズ!」

「分かっている!」

素早くエンタープライズへと指示を出し、彼女が艦載機を出現させるとエンタープライズとベルファストと共にその上に乗り床から離れる。

「くっ、このっ!」

時間が無かったので京矢達だけしか空中には避難できず、段差が引っ込んで転倒しかけたハジメは靴の底に仕込んだ鉱石を錬成してスパイクにし、義手の指先からもスパイクを出して滑り落ちないように堪える。
ユエは、咄嗟にハジメに飛びついたので滑り落ちることはなかった。ハジメが、踏ん張ることを読んでいたのだろう。この辺りは流石、阿吽の呼吸である。

滑り落ちなかった事に安堵してハジメ達を引き上げようとした京矢達だったが、そんな連携などできないのが一人。言わずもがな、シアである。

「うきゃぁあ!?」

一人、段差が消えた段階で悲鳴を上げながら転倒し後頭部を地面に強打。「ぬぅああ!」と身悶えている間に、液体まみれになり滑落。そのまま、M字開脚の状態でハジメの顔面に衝突した。

「ぶっ!?」

「南雲!」

その衝撃で義手のスパイクが外れてしまい、ハジメは、右手にユエを掴んだまま後方にひっくり返った。
足のスパイクも外れてしまい、スロープの下方に頭を向ける形で滑り落ちていく。シアは、そんなハジメの上に逆方向で仰向けに乗っかっている状態だ。

「南雲ぉ!!!」

安全地帯にいる京矢が滑り落ちていくハジメに手を伸ばすが届く訳もなく、

「てめぇ! ドジウサギ! 早くどけ!」

「しゅみません~、でも身動きがぁ~」

そんな会話を残して坂道の先に消えて行った。
艦載機の上に乗ったまま彼らを追いかけるが三人の滑り落ちる速度の方が早いのか追いつかない。

「指揮官、彼らの所にも私の」

「いえ、エンタープライズ様。追い付けません」

「拙いな。考えられる、この罠の続きは……」

この先に有るのがトドメの罠。滑り台の先にある罠等、どんな罠が有るかは簡単に想像できる。変な様式美を守っている様な迷宮だ。そう想像すると急いで助けなければならない。

「急ぐぞ!」

「ああ」

エンタープライズの返事を聞き、坂道の先へと急ぐ京矢達。スロープの終わりが見えてくると艦載機に乗ったまま躊躇無くそこに飛び込む。

落ちた可能性を考えて下を見て後悔した。

『カサカサカサ、ワシャワシャワシャ、キィキィ、カサカサカサ』と、そんな音を立てながらおびただしい数のサソリが蠢いていたのだ。
体長はどれも十センチくらいだろう。かつてのサソリモドキのような脅威は感じないのだが、生理的嫌悪感はこちらの方が圧倒的に上だ。

その中にハジメ達の姿は見えない。サソリに飲み込まれたのかと思っていると、

「おーい、こっちだ」

上から声が聞こえてくる。其処にはワイヤー一本で天井からぶら下がっているハジメ達の姿があった。アンカーで落下を防がなければ、サソリの海に飛び込んでいたかと思うと、全身に鳥肌が立つ思いである。

新たにエンタープライズが呼び出した艦載機の上に立つとハジメ達は安堵の声を上げる。

「無事か、南雲?」

「ああ……。本当にお前がいてくれて良かったぜ」

安心するが下を見たら生理的嫌悪を誘う蠍の群れ。直視したくないと思って上を向くと何やら発光する文字があることに気がついた。既に察しはついているが、つい読んでしまう京矢達。

〝彼等に致死性の毒はありません〟
〝でも麻痺はします〟
〝存分に可愛いこの子達との添い寝を堪能して下さい、プギャー!!〟

わざわざリン鉱石の比重を高くしてあるのか、薄暗い空間でやたらと目立つその文字。
ここに落ちた者はきっと、サソリに全身を這い回られながら、麻痺する体を必死に動かして、藁にもすがる思いで天に手を伸ばすだろう。そして発見するのだ。このふざけた言葉を。

『……』

また違う意味で黙り込む京矢達。「相手にするな、相手するな」と自分に言い聞かせ、何とか気を取り直すと周囲を観察する。

「……ハジメ、あそこ」

「ん?」

すると、ユエが何かに気がついたように下方のとある場所を指差した。そこにはぽっかりと横穴が空いている。

「横穴か……どうする? このまま落ちてきたところを登るか、あそこに行ってみるか」

「先に道が有るならそっちの方を優先しようぜ。また同じ罠を体験するのはごめんだからな」

「私達は指揮官の決定に従おう」

「わ、私は、ハジメさんの決定に従います。ご迷惑をお掛けしたばかりですし……」

「いや、そのお仕置きは迷宮出たらするから気にするな」

「逆に気になりますよぉ! そこは『気にするな』だけでいいじゃないですかぁ」

「……図々しい。お仕置き二倍」

「んなっ、ユエさんも加わると!? うぅ、迷宮を攻略しても未来は暗いです」

「そうですね。私も少々お話ししたい事がございます」

「其処にさらにベルファストさんのお説教も追加ですかぁ!?」

ハジメとユエに更にベルファストまで加わる未来に絶叫するシア。

「はぁ、お前の〝選択未来〟が何度も使えればいいんだがなぁ~」

「うっ、それはまだちょっと。練習してはいるのですが……」

「まあ、世の中には未来予知をするのに死ななきゃならない不死身の大学生も居るからな。ノーリスクで使えるだけ御の字だろう」

「そうだよな……。って、誰だよ、それは!?」

「俺の地球の知り合いだぜ」

サラリと言ってくる京矢にハジメは改めて思う。既に異世界を救った親戚がいたり、世界の歌姫がいたり、未来予知ができる知り合いが居たり、こいつの交友関係はどうなっているのか? と。

「まあ、別にハズレだったとしても、此処を通るのを最小限にできるからな」

「だな。ないものねだりしても仕方ない。戻るより、進む方が気分がいいし、横穴を行こう」

京矢がサソリ達が蠢いている真下を指差しながら告げる言葉に全力で同意するハジメだった。
流石に何度も通りたい場所ではない。

「……ん」

「はいです」

「ああ」

「かしこまりました」

ユエ、シア、エンタープライズ、ベルファストも2人の意見に同意する。

京矢達を乗せたエンタープライズの艦載機は彼らを無事に横穴へと運ぶ。

京矢達は、この先も嫌らしいトラップがあるんだろうなぁとウンザリしながらリン鉱石の照らす通路を進むのだった。

「なあ、南雲……手榴弾とか作ってないか? サソリの群れの中に投げ込んできたいんだけどな」

「……無い。…………それを聞いたら作っときゃ良かったって後悔してるよ。………………お前の魔剣の中に無いか? そう言うの?」

「有るには幾らでも有るけど、強力過ぎるんだよな」

それでもミレディにムカついたのでサソリの駆除くらいはしておきたいと思った京矢だった。
ハジメはハジメで京矢の言葉に、せめてもの腹いせにはなったと思うと作っておけば良かったと思うのだった。

***

とある通路の出入り口。そこは何故か壁になっていた。普通に考えれば唯の行き止まりと見るべきだろう。だが、その壁の部分、実はほんの数分前まで普通に奥の部屋へと続いていたのだ。

静寂が漂う中、突如、その行き止まりらしき壁が紅いスパークを放ち始めたかと思うと、人が中腰で通れる程度の穴が空いた。そこから這い出してきたのは……

「ぜはっーぜはっー、ちょ、ちょっと焦ったぜ」

「……ん、潰されるのは困る」

「いやいや、困るとかそんなレベルの話じゃないですからね? 普通に死ぬところでしたからね?」

「こう言う迷宮のお約束のトラップなんだろうけど、体験するのはゴメンだぜ」

京矢達である。京矢達は、サソリ部屋の横穴からしばらく迷宮を彷徨よった。
そして、たどり着いた部屋で天井がまるごと落ちてくるという悪辣で定番なトラップが発動し潰されかけたのである。

逃げ場はなく、奥の通路までは距離がありすぎて間に合いそうにない。
咄嗟に、京矢がバールクスに変身し、真上の天井を破壊しようと使ったロボライダーライドウォッチが何故かアーマーを纏えた。
今まで使えなかったアーマータイムが使えたのかと言う疑問は湧いたが、ロボライダーの膂力と装甲を受け継いだアーマーの力で天井を支え、その隙にハジメが天井を錬成し穴を開けたのだ。
もっとも、強力な魔法分解作用のせいで錬成がやりにくい事この上なく、錬成速度は普段の四分の一、範囲は一メートル強で、数十倍の魔力をごっそりと持っていかれることになった。
そうやって、なんとか小さな空間で全員密着しながらハジメの錬成で穴を掘りつつ、出口に向かったのである。

その際、ユエがやたらと不愉快そうな顔をしているように見えたが、それは気のせいだろう。

「くそ、〝高速魔力回復〟も役に立たねぇな。回復が全然進まねぇ」

「……取り敢えず回復薬…いっとく?」

「ささっ、一杯どうぞぉ~」

「お前等、何だかんだで余裕だな……」

ハジメが少し疲れた様子で壁にもたれて座ると、ユエが手でおチョコを使って飲むジェスチャーを、シアがポーチから魔力回復薬を取り出す。
魔晶石から蓄えた分の魔力を補給してもいいのだが、意思一つで魔力を取り出せる便利な魔晶石は温存し、服用の必要がある回復薬の方が確かにこの場合は妥当だ。
回復薬を飲んでいるハジメを横目に見ながら壁に背中を預けて休憩していた京矢はある方向を指差し、

「南雲、あっちは見ない方が良いぜ」

京矢の言葉に何が有るのか理解しながらも、つい其方の方を見てしまった。

其処にあったのは何時ものウザイ文。戻ったような気がした活気が再び失われていく気がするハジメだった。

〝ぷぷー、焦ってやんの~、ダサ~い〟

どうやらこのウザイ文は、全てのトラップの場所に設置されているらしい。ミレディ・ライセン……嫌がらせに努力を惜しまないヤツである。

「……忠告、サンキューな」

「結局見ちまったけどな」

流石に2人とも頭に#マークを浮かべていた。

「あ、焦ってませんよ! 断じて焦ってなどいません! ださくないですぅ!」

ハジメの視線を辿り、ウザイ文を見つけてしまったシアが「ガルルゥ!」という唸り声が聞こえそうな様子で文字に向かって反論する。
シアのミレディに対する敵愾心は天元突破しているらしい。ウザイ文が見つかる度にいちいち反応している。もし、ミレディが生きていたら「いいカモが来た!」とほくそ笑んでいることだろう。

「本人がいないんだから、相手にするだけ無駄だぜ」

「いいから、行くぞ。いちいち気にするな」

「……思うツボ」

「こう言うのは無視するのが一番です」

「うぅ、はいですぅ」

その後も、進む通路、たどり着く部屋の尽くで罠が待ち受けていた。
突如、全方位から飛来する毒矢、硫酸らしき、物を溶かす液体がたっぷり入った落とし穴、アリジゴクのように床が砂状化し、その中央にワーム型の魔物が待ち受ける部屋、そしてウザイ文。京矢達のストレスはマッハだった。

それでも全てのトラップを突破し、この迷宮に入って一番大きな通路に出た。幅は六、七メートルといったところだろう。
結構急なスロープ状の通路で緩やかに右に曲がっている。おそらく螺旋状に下っていく通路なのだろう。

京矢達は警戒する。
こんな如何にもな通路で何のトラップも作動しないなど有り得ない。ある意味罠のお約束だ。

「ある意味、そう言う点じゃ信用できるからな」

「持ちたく無い信用だけどな」

そして、その考えは正しかった。もう嫌というほど聞いてきた「ガコンッ!」という何かが作動する音が響く。既に、スイッチを押そうが押すまいが関係なく発動している気がする。
なら、スイッチなんか作ってんじゃねぇよ! と盛大にツッコミたいハジメだったが、きっとそんな思いもミレディ・ライセンを喜ばせるだけに違いないとグッと堪える。

「この状況のお約束を守るなら、通路ギリギリの大岩を転がしてくるだろうな」

京矢の言葉に正解とでも言うように通路の奥から『ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ』と明らかに何が重いものが転がってくる音が響いてくる。

『……』

全員が予想通りの音に顔を見合わせる。同時に頭上を見上げた。
スロープの上方はカーブになっているため見えない。異音は次第に大きくなり、そして……カーブの奥から京矢の予想通り通路と同じ大きさの巨大な大岩が転がって来た。岩で出来た大玉である。全くもって定番のトラップだ。そう言うのを見るたびにどうやって一度しか使えないような罠を用意するのか疑問に思うこともあるが、現実に直視するとそんな疑問も湧かないものだと思う。
そして、きっと必死に逃げた先には、またあのウザイ文があるに違いない。

ユエとシアとエンタープライズ、ベルファストが踵を返し脱兎のごとく逃げ出そうとする。しかし、少し進んで直ぐに立ち止まった。京矢とハジメが付いて来ないからだ。


『ライダータイム! 仮面ライダー、バールクス! アーマータイム! (ロボライダーの変身音) RX! ロボライダー!』


バールクスに変身する京矢の前に現れる黄色の重厚感のある鎧が現れ、バールクスの体に装着されると最後に顔の文字が『ライダー』から『ロボ』に変化する。
仮面ライダーバールクス ロボライダーアーマーに変身すると仮面の奥で不適に笑みを浮かべながら、

「散々やってくれたな! 何時迄も黙ってると思ったら大間違いだ!」

ロボライダーアーマーの全力でのパンチを問答無用に叩きつけるバールクス。
そのパンチ力に押されて逆方向に、坂を逆に登ると言う体験をさせられる大岩。更にその破壊力によりパンチを打ち込まれた場所から徐々にヒビが広がっていく。

「先を越されたか」

そんな光景を感心した様に、或いは残念そうに見つめるハジメ。だが、その顔は実に清々しいものだった。
「やってくれたぜ!」という気持ちが如実に表情に表れている。京矢だけでなくハジメ自身も相当、感知できない上に作動させなくても作動するトラップとその後のウザイ文にストレスが溜まっていたようだ。

ロボライダーアーマーのパワーにより打ち込まれた拳によって後退させられた岩は全体にヒビが広がると逆走しながら砕け散っていった。

それを確認するとゆっくりとベルトを外し変身を解除する。何故今まで使えなかったライドウォッチのアーマーの力を使えたかは疑問だが、それは分からないが使えるのだから問題ないと判断した。
寧ろ、ミレディに一矢報いてやったと言う達成感しか無かった。

満足気な表情で戻って来た京矢をエンタープライズとベルファストが迎えた。

「京矢様、お見事です」

「ああ、流石だ、指揮官」

「…………」

「どうかしましたか?」

「いや、なんか嫌な予感が、な」

そう、本当にこれで終わりなのかと言う疑問が浮かんでいる。此処までのウザイメッセージから考えるミレディの性格上、第二の罠があっても不思議では無い。

そんな京矢の予感が的中してしまった様に再び『ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ』という聞き覚えのある音が聞こえて来た。
ユエとシアに浮かべていた笑顔のまま固まるハジメ。同じく笑顔で固まるシアと無表情ながら頬が引き攣っているユエ。ギギギと油を差し忘れた機械のようにぎこちなく背後を振り向いた彼等の目に映ったのは……


――――岩で出来た大玉からバージョンアップした黒光りする金属製の大玉だった。


「あー! クソ! しっかりとバージョンアップさせてやがる!」

当たって欲しくなかった予感が的中してしまい思わずそう叫んでしまう京矢。しかも、それだけではない。

「京矢様、気のせいで無ければ、その……何か変な液体を撒き散らしながら転がって来ている様なのですが」

「……溶けているな、あれは」

しかも、金属製の大玉は表面に空いた無数の小さな穴から液体を撒き散らしながら迫ってきており、その液体が付着した場所がシュワーという実にヤバイ音を響かせながら溶けているようなのである。

ロボライダーアーマーなら耐えられるだろうが試したくは無い。

エンタープライズとベルファスト、ハジメと視線で『逃げるぞ』と合図を送り、ハジメの『逃げるぞ、ちくしょう!』と言う叫びと共に走り出す4人。4人に遅れてユエとシアも走り出す。

「ミレディのヤロー! 絶対許さねぇ!!! 倒すしかねぇ!!!」

鎧武の様な京矢の叫びは全員の心境そのものであった。

背後からは、溶解液を撒き散らす金属球が凄まじい音を響かせながら徐々に速度を上げて迫る。

「いやぁあああ!! 轢かれた上に溶けるなんて絶対に嫌ですぅ~!」

「……ん、とにかく走って」

「叫んでる暇があるなら走って下さい」

通路内をシアの泣き言が木霊する。


「っていうかハジメさ~ん! 京矢さ~ん! エンタープライズさ~ん! ベルファストさ~ん! 先に逃げるなんてヒドイですよぉ! 薄情ものぉ! 鬼ぃ!」

先を走る4人に向かってシアが抗議の声を上げる。

「やかましいわ! 誤差だ誤差! 黙って走れ!」

「置いていったくせに何ですかその言い草! 私の事なんてどうでもいいんですね!? うわぁ~ん、死んだら化けて出てやるぅ!」

「……シア、意外に余裕?」

「コイツには身体能力強化が有るからな……」

必死に逃げながらも、しっかり文句は言っているシアに、ユエが呆れたような目線を向ける。

「おい! 何か良いもの持ってないか!?」

「残念ながら、こんな状況には対応できる道具はねぇ! ……しかも、あれは下手に壊したら中身の液体が一気に溢れ出すぞ!」

「流石にこの高さだと私の艦載機でも逃げられない可能性が高いな」

「全力で走って逃げるのが、現状はベターって奴だ」

「やっぱりかよ!? ちくしょう!!!」

壊さない事もないが、下手に壊すと全員が頭からあの液体をかぶる羽目になる為に壊さないと言う京矢に、走って逃げるしかないと言う事実を再確認してしまうハジメ。

そうこうしている内に通路の終わりが見えた。
ハジメが〝遠見〟で確認すると、どうやら相当大きな空間が広がっているようだ。だが見える範囲が少しおかしい。部屋の床がずっと遠くの部分しか見えないのだ。
おそらく、部屋の天井付近に京矢達が走る通路の出口があるのだろう。

「真下に降りるぞ!」

「んっ」

「はいっ!」

「ああ!」

念の為にエンタープライズに何時でも艦載機を出せる様にと指示を出しておく。
ミレディの性格を考えると出口付近に罠の一つも用意していてもおかしく無いと推測したのだ。

ハジメ達は、スライディングするように通路の先の部屋に飛び込み、出口の真下へと落下した。

そして、

「げっ!?」

「んっ!?」

「ひんっ!?」

三者三様の呻き声を上げた。出口の真下が明らかにヤバそうな液体で満たされてプールになっていたからだ。

「エンタープライズ!」

「ああっ!」

エンタープライズの艦載機に捕まり難を逃れる一行。
直後、頭上を溶解液を撒き散らしながら金属球が飛び出していき、眼下のプールへと落下した。そのままズブズブと煙を吹き上げながら沈んでいく。

「〝風壁〟」

最後にユエの魔法で飛び散った溶解液が吹き散らさられる。
しばらく、周囲を警戒したが特に何も起こらないので、京矢達はようやく肩から力を抜いた。

『はぁ~』

安堵の声を上げた京矢達は艦載機に捕まりながら、溶解液のプールを飛び越えて今度こそ部屋の地面に着地した。

***

溶解液のプールを飛び越えた先にある部屋、その部屋は長方形型の奥行きがある大きな部屋だった。
壁の両サイドには無数の窪みがあり騎士甲冑を纏い大剣と盾を装備した身長二メートルほどの像が並び立っている。部屋の一番奥には大きな階段があり、その先には祭壇のような場所と奥の壁に荘厳な扉があった。祭壇の上には菱形の黄色い水晶のようなものが設置されている。

雰囲気は何処かオルクスの迷宮でヒュドラ及び複製RXと戦った部屋に似ている。

ハジメは周囲を見渡しながら微妙に顔をしかめた。

「いかにもな扉だな。ミレディの住処に到着か? それなら万々歳なんだが……この周りの騎士甲冑に嫌な予感がするのは俺だけか?」

「この状況で何も無いって考えられる方が変だろ」

「……大丈夫、お約束は守られる」

「それって襲われるってことですよね? 全然大丈夫じゃないですよ?」

「いえ、予想出来ている、と言う点が大丈夫なのでは無いでしょうか?」

「確かに。予想出来ていれば対応もし易い、と言う事か」

そんなことを話しながら京矢達が警戒しながら部屋の中央まで進んだとき、確かにお約束は守られた。

『ガコン!』と言う毎度お馴染みのあの音である。

ピタリと立ち止まる京矢達。
内心で「やっぱりなぁ~」と思いつつ周囲を見ると、騎士達の兜の隙間から見えている眼の部分がギンッと光り輝いた。
そして、ガシャガシャと金属の擦れ合う音を立てながら窪みから騎士達が抜け出てきた。その数、総勢五十体。

「ははっ、ホントにお約束だな。動く前に壊しておけばよかったか。まぁ、今更の話か……ユエ、シア、やるぞ?」

「んっ」

「か、数多くないですか? いや、やりますけども……」

「まっ、精々これ迄のストレス解消のために暴れようぜ、エンタープライズ、ベルファスト」

「ええ、私も少々頭に来て居ますから」

「これくらいで足りるかは疑問だがな」

互いにベルトを取り出し装着する京矢とハジメ。
ハジメの場合、数には機関砲のメツェライが有効だが、この部屋にどれだけのトラップが仕掛けられているかわからない。無差別にバラまいた弾丸がそれらを尽く作動させてしまっては目も当てられない。従って、今回は京矢から貰ったばかりの特撮ヒーローの力を使う。

「残らずぶっ潰してやる」

苛立ちを込めてそう宣言すると、ハジメは左手に持ったプログライズキーを小指から順に握りしめ人差し指でボタンを押し、プログライズキーを無理やりこじ開ける。
そして、こじ開けたキーをショットライザーに装填するハジメ。

内心、無理やりこじ開けなくても大丈夫だとも思いながら、京矢もジクウドライバーを装着し、バールクスライドウォッチを起動させる。


『バレット!』
『バールクス!』

《AUTHORIZE……KAMEN RIDER KAMEN RIDER KAMEN RIDER KAMEN RIDER》


「「変身!」」

こじ開けたキーをショットライザーに装填し前方に向けて弾丸を発射するハジメと、ジクウドライバーにバールクスライドウォッチを装着し回転させる京矢。

《SHOT RIZE!》

騎士達を貫きながら自身へと向かってくる弾丸を正拳突きで拳を叩きつける事で弾丸が展開、バルカンのスーツを展開する。

その間に終えていたバールクスへの変身も、ライダーの四文字が騎士達を吹き飛ばしながら仮面に刻まれると赤く輝き変身シークエンスを終える。


『The elevation increases as the bullet is fired.』
『ライダータイム! 仮面ライダー、バールクス!』


バールクスとバルカンへの同時変身を終えた二人はこの時だけはミレディへの怒りも忘れてこの状況での同時変身、悪く無いな、などと考えていたりする。

特にハジメはギャレンに続く2つ目の特撮ヒーローへの変身に対する高揚感、特に敵を目の前にした変身という特撮ヒーロー其の物な状況に完全に内心で感動していた。

「シア」

「は、はいぃ! な、何でしょう、ハジメさん」

緊張に声が裏返って腰が引け気味のシアに、ハジメは声をかける。
それは、どことなく普段より柔らかい声音だった……シアの気のせいかもしれないが。

「お前は強い。俺達が保証してやる。こんなゴーレム如きに負けはしないさ。だから、下手なこと考えず好きに暴れな。ヤバイ時は必ず助けてやる」

「……ん、弟子の面倒は見る」

シアは、ハジメとユエの言葉に思わず涙目になった。
単純に嬉しかったのだ。色々と扱いが雑だったので、ひょっとして付いて来た事も迷惑に思っているんじゃと、ちょっぴり不安になったりもしたのだが……杞憂だったようだ。
ならば、未熟者は未熟者なりに出来ることを精一杯やらねばならない。シアは、全身に身体強化を施し、力強く地面を踏みしめた。

「ふふ、ハジメさんが少しデレてくれました。やる気が湧いてきましたよ! ユエさん、下克上する日も近いかもしれません」

「「……調子に乗るな」」

ハジメとユエの両方に呆れた眼差しを向けられるも、テンションの上がってきたシアは聞いていない。真っ直ぐ前に顔を向けて騎士達を睨みつける。

「かかってこいやぁ! ですぅ!」

「いや、だから、何でそのネタ知ってんだよ……あっ、つっこんじまった」

「こっちにも似たネタが有るんじゃねえのか?」

「……だぁ~」

「……つっこまないぞ。絶対つっこまないからな」

「へんに我慢するくらいなら、素直にツッコミ入れれば良いんじゃないのか?」

五十体のゴーレム騎士を前に、戦う前から何処か疲れた表情をするハジメ。
そんなハジメの状態を知ってか知らずか……ゴーレム騎士達は一斉に侵入者達を切り裂かんと襲いかかった。

そんなゴーレム騎士達を一瞥し、気を取り直すと、

「へへへ……まあ、こいつを試す良い機会でもあるんだよな」

「そう言う事だぜ、あいては単なるゴーレム。存分にぶっ壊してやろうじゃねえか」

「ああ。こんな時だけど、実はちょっと楽しみなんだよな」

初めて使うバルカンの力。ギャレンの時は無我夢中だったが、今回は落ち着いて力を使える。
実際に特撮ヒーローに変身して戦うなんて言う経験など異世界に呼ばれた時にも出来るとは思えなかった。それが現実になり、しかも、二種のヒーローに変身できた。
この状況に高揚しないわけがない。

「フォローは引き受けてやるから、存分に戦えよ」

「では、私とエンタープライズ様でお二人のフォローをいたしましょう」

この場で一番未熟なシアと、この迷宮で一番火力不足のユエのフォローを買って出るのはベルファストとエンタープライズだ。

「ってな訳だ。存分に試してみろよ、その力をな」

「ああ!」

狼の仮面の奥で獰猛ともいえる笑みを浮かべながら、ベルトからエイムズショットライザーを手に取る。

彼らに向かうゴーレム騎士達の動きは、その巨体に似合わず俊敏だった。
ガシャンガシャンと騒音を立てながら急速に迫るその姿は、装備している武器や眼光と相まって凄まじい迫力である。まるで四方八方から壁が迫って来たと錯覚すらしそうだ。

だが、自分の元にある力の前にはその程度の壁など薄紙に等しい。
ゴーレム騎士達に先手を打ったのはハジメだ。引き抜いたエイムズショットライザーの引き金を引くと、その威力を遺憾なく発揮してゴーレム騎士達数体の頭を撃ち抜く。

「流石は特撮ヒーローの武器、こんなゴーレム相手じゃ簡単に圧倒できるか」

「ああ、悪くないな、こっちも」

手に持った剣で纏めてゴーレム騎士達を切り刻みながら掛けられたバールクスからの軽口に答えるハジメ。
ギャレンとは違う武器だが生身でも銃として使えて便利だと思う反面、まだまだ自分の錬成魔法では遠く及ばない物しか作らないのは悔しく思う。

右腕で無造作に殴り付けると、殴り飛ばされたゴーレム騎士が後方にいた味方を巻き込んで吹き飛んでいき、振り下ろされた剣を右腕で防げば逆に敵の剣が砕け散る。超硬鋼「ZIA209-03」によって作られた装甲はファンタジーの世界でさえ強力な武具になるという事だ。

同時にそのスペックはカタログ上では腕力と走力は主役ライダーであるゼロワンよりも高い。トン単位のパワーが敵にとって脅威でないはずがない。

「最ッ高だな、これは!?」

仲間の体や盾でハジメの銃撃を防ごうとするも、ショットライザーの銃弾はそんな防御など容易く撃ち抜いていく。

「おい、あんまり前に出過ぎるなよ、南雲!」

周囲を取り囲むゴーレム騎士をまとめて切り捨てながらハジメと合流するバールクス。互いに背中を守るように立ちながら、

「悪いな、鳳凰寺。でもな、散々調子乗ってくれたミレディに一泡吹かせてやれるんじゃないかと思うとな」

「確かに。ちょっと調子に乗りたくなるな、そいつは」
15/20ページ
スキ