ライセンの大迷宮

一同がシアの声がした方へ行くと、そこには、巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれ掛かるように倒れおり、壁面と一枚岩との間に隙間が空いている場所があった。
シアはその隙間の前で、ブンブンと腕を振っている。その表情は、信じられないものを見た! というように興奮に彩られていた。

「こっち、こっちですぅ! 見つけたんですよぉ!」

「わかったから、取り敢えず引っ張るな。身体強化全開じゃねぇか。興奮しすぎだろ」

「……うるさい」

はしゃぎながらハジメとユエの手を引っ張るシアに、ハジメは少し引き気味に、ユエは鬱陶しそうに顔をしかめる。京矢もエンタープライズとベルファストを伴い苦情を浮かべる。
シアに一同が導かれて岩の隙間に入ると、壁面側が奥へと窪んでおり、意外なほど広い空間が存在した。
そして、その空間の中程まで来ると、シアが無言で、しかし得意気な表情でビシッと壁の一部に向けて指をさした。

『はぁ?』

その指先をたどって視線を向けた京矢達は、そこにあるものを見て思わず呆けた声を出し目を瞬かせた。

その視線の先、其処には壁を直接削って作ったのであろう見事な装飾の長方形型の看板があり、それに反して妙に女の子らしい丸っこい字でこう掘られていた。

〝おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪〟

「疑いようも無いけど、怪しく見えてくるな、これは」

「あからさま過ぎて罠にも思えないな」

京矢とエンタープライズの表情は、まさに〝信じられないものを見た!〟という表現がぴったり当てはまるものだ。2人だけでは無い、ハジメとユエも同様の表情を浮かべていた。
4人共、呆然と地獄の谷底(一般的な意見)には似つかわしくない看板を見つめている。

「何って、入口ですよ! 大迷宮の! おトイ……ゴホッン、お花を摘みに来たら偶然見つけちゃいまして。いや~、ホントにあったんですねぇ、ライセン大峡谷に大迷宮って」

能天気なシアの声が響く中、4人はようやく硬直が解けたのか、何とも言えない表情になり、困惑しながらお互いを見た。

「……南雲、オレ達には判断材料は無いから」

「……ああ。ユエ、マジだと思うか?」

「…………………………ん」

「長ぇ間だな。根拠は?」

「……|ミレディ《・・・・》」

「やっぱそこだよな……」

『ミレディ』の名はオスカーの手記に出てきたライセンのファーストネーム。
ライセンの名は世間にも伝わっていて有名ではあるが、ファーストネームの方は知られていない。故に、その名が記されているこの場所がライセンの大迷宮である可能性は非常に高かった。
当人も意図的にファミリーネームのライセンではなく、神代魔法を求める者はミレディの名を掘っておけば目印となると考えた可能性もある。残念ながら、当人にしか分からないが。

まあ、それは目印にはなる。なるのだが、

「だが、これは信用して良いのか?」

「だよなあ」

看板そのものが本当に信用して良いのかを疑うレベルの看板である。

「此処まであからさまですと、逆に信用出来るのでは無いでしょうか?」

「…………」

ベルファストの言葉に頷きたくなる京矢だった。
そうだよなと内心で納得しつつ隣にいるハジメと目があった。

「「何でこんなチャラいんだよ……」」

同じ事を考えた京矢とハジメ、2人の声が重なるのだった。
その声には妙に疲れた様な響きが有るのはご愛嬌である。

過酷なオルクスの大迷宮の内容を考えるとこの軽さは京矢、ハジメ、ユエと三人揃って脱力させられる。
……大迷宮攻略後に仲間になったエンタープライズ、ベルファスト、シアの三人はそんな複雑な心理は分からないのだろう。

「でも、入口らしい場所は見当たりませんね? 奥も行き止まりですし……」

そんなハジメとユエの微妙な心理に気づくこともなく、シアは入口はどこでしょう? と辺りをキョロキョロ見渡したり、壁の窪みの奥の壁をペシペシと叩いたりしている。

その余りにも不用意な行動をハジメが止めようとするが、

「ふきゃ!?」

〝あんまり不用意に動き回るな〟そう言おうとしたハジメの眼前で、シアの触っていた窪みの奥の壁が、ガコン! と言う音を立てて突如グルンッと回転する。
それに巻き込まれたシアはそのまま壁の向こう側へ姿を消した。さながら忍者屋敷の仕掛け扉だ。

『…………』

奇しくもシアによって大迷宮の入り口が発見されたことで看板の信憑性が増した。……………………増しちゃったのである。

((これで良いのか大迷宮!?))

バルカンやバールクスに変身した上で最大級の警戒を持って乗り込もうと考えていた矢先の、遊園地の謳い文句の様な看板に対してハジメと京矢は思った。『オルクスのシリアスな空気を返せ』と。

無言でシアが消えた回転扉を見つめていた一行は、一度顔を見合わせて溜息を吐くとシアと同じように回転扉に手をかけた。

扉の仕掛けが作用して、京矢達を同時に扉の向こう側へと送る。中は真っ暗だった。扉がグルリと回転し元の位置にピタリと止まる。と、その瞬間、無数の風切り音が響いいたかと思うと暗闇の中をハジメ達目掛けて何かが飛来した。ハジメの〝夜目〟はその正体を直ぐさま暴く。それは矢だ。全く光を反射しない漆黒の矢が侵入者を排除せんと無数に飛んできているのだ。

「旋っ!」

京矢が剣を振るい、巻き起こした竜巻が漆黒の矢を叩き落とす。

本数にすれば二十本。
一本の金属から削り出したような艶のない黒い矢が竜巻の壁に阻まれ地面に散らばり、最後の矢が地面に叩き落とされる音を最後に再び静寂が戻った。

「相変わらず、便利な技だな」

「だろ?」

京矢とハジメの会話が交わされると同時に周囲の壁がぼんやりと光りだし辺りを照らし出す。
京矢達のいる場所は、十メートル四方の部屋で、奥へと真っ直ぐに整備された通路が伸びていた。
そして部屋の中央には石版があり、看板と同じ丸っこい女の子文字でとある言葉が掘られていた。


〝ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ〟
〝それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ〟


『…………』

割と余裕で対応出来た為、結構的外れな内容だがその場にいる全員は思った。『こいつ、うぜぇ~』と。
しかも、態々〝ニヤニヤ〟と〝ぶふっ〟の部分だけ彫りが深く強調されているのが余計腹立たしい。特に、パーティーで踏み込んで誰か死んでいたら、間違いなく生き残りは怒髪天を衝くだろう。

ハジメとユエも額に青筋を浮かべてイラっとしている。

「あー、それは良いけど、せめて少しくらいは心配してやれよ」

そう言って回転扉を再度作動させる京矢。彼が指差す先には回転扉に縫い付けられた姿のシアがいた。

「うぅ、ぐすっ、ハジメざん……見ないで下さいぃ~、でも、これは取って欲しいでずぅ。ひっく、見ないで降ろじて下さいぃ~」

何というか実に哀れを誘う姿だった。
シアは、おそらく矢が飛来する風切り音に気がつき見えないながらも天性の索敵能力で何とか躱したのだろう。だが、本当にギリギリだったらしく、衣服のあちこちを射抜かれて非常口のピクトグラムに描かれている人型の様な格好で固定されていた。ウサミミが稲妻形に折れ曲がって矢を避けており、明らかに無理をしているようでビクビクと痙攣している。もっとも、シアが泣いているのは死にかけた恐怖などではないようだ。なぜなら……足元が盛大に濡れていたからである。

「そう言えば花を摘みに行っている途中だったな……まぁ、何だ。よくあることだって……」

「ありまぜんよぉ! うぅ~、どうして先に済ませておかなかったのですかぁ、過去のわたじぃ~!!」

「ってか、鳳凰寺、お前はよく気が付いたな」

「ああ。回転扉を潜った時に気配を感じたんでな」

京矢の生物相手の索敵能力は、戦闘状態に意識を切り替えていれば視力を封じられたとしても気配だけで戦えるほどだ。暗闇と分かった瞬間、気を張って警戒していたのだ。

京矢とハジメがシアから目を逸らしている間のそんな会話中にユエが拘束から解放してベルファストが着替えを用意してくれていた。

そして、シアの準備も整い、いざ迷宮攻略へ! と意気込み奥へ進もうとして、シアが石版に気がついた。

顔を俯かせ垂れ下がった髪が表情を隠す。
しばらく無言だったシアは、おもむろにドリュッケンを取り出すと一瞬で展開し、渾身の一撃を石板に叩き込んだ。ゴギャ! という破壊音を響かせて粉砕される石板。
よほど腹に据えかねたのか、親の仇と言わんばかりの勢いでドリュッケンを何度も何度も振り下ろした。

すると、砕けた石板の跡、地面の部分に何やら文字が彫ってあり、そこには……

〝ざんね~ん♪ この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ~プークスクス!!〟

「ムキィーー!!」

シアが遂にマジギレして更に激しくドリュッケンを振い始めた。
部屋全体が小規模な地震が発生したかのように揺れ、途轍もない衝撃音が何度も響き渡る。

発狂するシアを尻目にハジメはポツリと呟いた。

「ミレディ・ライセンだけは〝解放者〟云々関係なく、人類の敵で問題ないな」

「ああ。間違いなく人類の敵だな、ミレディ・ライセン。此処までイラついたのは、悪霊擬きを除いたら今のところ、デボネア以来だぜ」

「……激しく同意」

京矢が言うデボネアが何者かは理解していないが全員が同意見だと頷いている。
だが、当のデボネアもミレディと同じベクトルで扱って欲しくは無いだろう。

「……なあ、あれって、|封印の剣《ルーン・セイブ》で切れば再生出来なく出来るんじゃねえか?」

「……それは言ってやるなよ」

テン・コマンドメンツの力が何処まで有効か分からないが、あの石板の再生を封じることができれば、この迷宮の攻略もたやすいだろう。
だが、ライセンの大迷宮は、オルクス大迷宮とは別の意味で一筋縄ではいかない場所のようだった。

***

さて、入り口の遊園地の謳い文句の様な看板とは裏腹に、ライセンの大迷宮は想像以上に厄介な場所だった。

まず、魔法がまともに使えない。谷底より遥かに強力な分解作用が働いているためだ。
魔法特化のユエにとっては相当負担のかかる場所である。何せ、上級以上の魔法は使用できず、中級以下でも射程が極端に短い。五メートルも効果を出せれば御の字という状況だ。
何とか、瞬間的に魔力を高めれば実戦でも使えるレベルではあるが、今までのように強力な魔法で一撃とは行かなくなった。

また、魔晶石シリーズに蓄えた魔力の減りも馬鹿にできないので、考えて使わなければならない。それだけ消費が激しいのだ。
魔法に関しては天才的なユエだからこそ中級魔法が放てるのであって、大抵の者は役立たずになってしまうだろう。

ハジメにとっても多大な影響が出ている。
〝空力〟や〝風爪〟といった体の外部に魔力を形成・放出するタイプの固有魔法は全て使用不可となっており、頼みの〝纏雷〟もその出力が大幅に下がってしまっている。ドンナー・シュラークは、その威力が半分以下に落ちているし、シュラーゲンも通常のドンナー・シュラークの最大威力レベルしかない。

よって、この大迷宮では身体強化が何より重要になってくる。
京矢達の中では、まさに身体強化が可能なシア以外には、根本的に魔力に頼らない京矢とエンタープライズ、ベルファストの独壇場となる領域なのだ。
だが、メンバーの内の四人が問題が無いのならば安心だ、とも思える様な場所とは思えないのだし、油断は出来ない。

気を扱う京矢にとっては魔力を分解されたところで何の影響もない。いつも通り平然と剣から竜巻を起こしたり、気刃を飛ばしたりしている。

エンタープライズとベルファストの場合は艦装による物だ。京矢と同じく最初から何一つこの迷宮の影響を受けていない。

更にライダーシステムは根本的に科学技術の割合が高いので問題なく使え、ブレイドのラウズカードの力にも影響は与えていない。
恐らくだが、ガイソーグの鎧やリュウソウルも使えるだろうし、広い空間に出ればキシリュウジンも余裕で戦える事だろう。

「飽くまで、この世界の魔力、若しくは術式だけが妨害されるって事なんだろうぜ」

京矢はそう推測している。だからこそ、気をエネルギー源とする京矢の力や、異質な力であるリュウソウルやラウズカードの力には影響は及ぼされない、そう京矢は推測している。
逆にウィザードの様な魔力を使うタイプはユエと同じく力を制限されるだろうが、幸いにも京矢の手持ちのライダーシステムは全て科学サイド寄りだ。この場所でも問題なく使える。

ハジメにもバルカンとギャレンの変身アイテムを渡しているので、最悪はそれを使えば問題ない。

「キツいんだったら、バルカンかギャレンに変身しとくか?」

「いや、なるべく切り札は後に残しときたいからな」

この迷宮で余裕に戦えるのが4人もいるのだから、態々最初から切り札を使う必要もない。そう考えてハジメはライダーシステムの使用を控えていた。

そして、意図的に意識から外していた、頼もしきウサミミはというと……

「殺ルDeathよぉ……絶対、住処を見つけてめちゃくちゃに荒らして殺ルDeathよぉ」

大槌ドリュッケンを担ぎ、据わった目で獲物を探すように周囲を見渡していた。
明らかにキレている。
それはもう深く深~くキレている。言葉のイントネーションも何処ぞのザババコンビの緑の子を思わせる様に、所々おかしいことになっている。その理由は、ミレディ・ライセンの意地の悪さを考えれば容易に想像つくだろう。

シアの気持ちはよく分かるので、何とも言えない一同。
凄まじく興奮している人が傍にいると、逆に冷静になれるということがある。彼等の現在の心理状態はまさにそんな感じだ。
現在、それなりに歩みを進めてきた京矢達だが、ここに至るまでに実に様々なトラップや例のウザイ言葉の彫刻に遭遇してきた。
シアがマジギレしてなければ、歴戦の勇士である京矢やエンタープライズ、ベルファストはともかく、ハジメとユエがキレていただろう。そりゃもう、迷宮をパンチングゴングのパワーで叩き壊して進む程度には。
下手な挑発には乗らない様に気を付けている京矢がハジメまで暴走しない様に、彼の気が紛れる様に会話を交わしてもいる。

遂に、「フヒヒ」と奇怪な笑い声を発するようになったシアを横目に、ハジメはここに至るまでの悪質極まりない道程を思い返した。




















シアが、最初のウザイ石板を破壊し尽くしたあと、京矢達は道なりに通路を進み、とある広大な空間に出た。

そこは階段や通路、奥へと続く入り口が不規則にゴチャゴチャと繋がり合っており、例えるならばレゴブロックを無造作に組み合わせてできた様な場所だった。
一階から伸びた階段が三階の通路につながっているかと思えば、その三階の通路は緩やかなスロープになって一階の通路に繋がっていたり、二階から伸びる階段の先が、何もない唯の壁だったり、本当にめちゃくちゃだった。

「こりゃまた、ある意味迷宮らしいと言えばらしい場所だな」

「……ん、迷いそう」

「見てるだけで方向感覚無くしそうだな」

「ふん、流石は腹の奥底まで腐ったヤツの迷宮ですぅ。このめちゃくちゃ具合がヤツの心を表しているんですよぉ!」

「……気持ちは分かるから、そろそろ落ち着けよ」

「確かに。シア様の仰る事も一理あるかもしれませんね」

「まあ、この混沌具合を見ればな……」

未だ怒り心頭のシア。それに呆れ半分同情半分の視線を向けつつ、ハジメは「さて、どう進んだものか」と思案する。

「どうするよ、南雲?」

「ん~、まぁ、そうだな。取り敢えず基本的な手段の、マーキングとマッピングしながら進むしかないか」

「おう。……そんな基本を通用させてくれれば良いけどな……」

京矢の言葉に頷くハジメ。
だが、内心では京矢はミレディが簡単に基本的なダンジョン攻略をやらしてくれるとは思っていなかった。
現代の地球のゲームでさえ毎回構造が変わる迷宮はある。性格が歪んでいるのか、悪意を全開にして煮詰めた結果なのかは定かでは無いが、迷宮の構造が変わる程度の事はしてくれるだろう。

なお、ハジメのいう〝マーキング〟とは、ハジメの〝追跡〟の固有魔法のことだ。
この固有魔法は、自分の触れた場所に魔力で〝マーキング〟することで、その痕跡を追う事ができるというもので、生物に〝マーキング〟した場合、ハジメにはその生物の移動した痕跡が見えるのである。
今回の場合は、壁などに〝マーキング〟することで通った場所の目印にする。
〝マーキング〟は可視化することもできるのでハジメ以外にもわかる。魔力を直接添付しているので、分解作用も及ばず効果があるようだ。

ハジメが早速、入り口に近い位置にある右脇の通路にマーキングしている間に周囲の様子を窺っているが、記憶しているだけで正気が無くなりそうな混沌とした風景なので早々にそれを諦めた。

通路は幅二メートル程で、レンガ造りの建築物のように無数のブロックが組み合わさって出来ていた。
やはり壁そのものが薄ら発光しているので視界には困らない。緑光石とは異なる鉱物のようで薄青い光を放っている。

ハジメが試しに〝鉱物系鑑定〟を使ってみると、〝リン鉱石〟と出た。
どうやら空気と触れることで発光する性質をもっているようだ。最初の部屋は、おそらく何かの処置をすることで最初は発光しないようにしてあったのだろう。
イメージとしてはラピュ○に出てくる飛○石の洞窟を思い浮かべればいいだろう。石の声が聞けるおじいさんがいた、あの場所である。もっとも、リン鉱石は空気に触れても発光を止めることはないようだが。

「光る石か。使い方次第で便利な照明になりそうだな。天空の城は似た様なの持ってるしな」

「っ!? え? 何? お前、持ってるのかよ、天空の城!?」

何気なく呟かれた京矢の言葉に反応するハジメだった。
トータス以前のガチャで何気に天空に浮かぶ城は持っていたりするのだ。一時期プレシアとアリシアを匿っていた場所でもある。

京矢の言葉に反応して歩いていると注意が散漫になっていたのか、ガコンッという音を響かせてハジメの足が床のブロックの一つを踏み抜いた。
そのブロックだけハジメの体重により沈んでいる。京矢達が思わず「えっ?」と一斉にその足元を見た。

「南雲、これはお約束の展開だよな?」

「ああ、良くあるパターンだよな」

2人の言葉に応える様に『シャァアアア!!』と言う刃が滑るような音を響かせながら、左右の壁のブロックとブロックの隙間から高速回転・振動する円形でノコギリ状の巨大な刃が飛び出してきた。
右の壁からは首の高さで、左の壁からは腰の高さで前方から薙ぐように迫ってくる。

「回避!」

「ダメだ、間に合わねえ!」

ハジメの叫びに京矢が答え、素早く魔剣目録の中から新たな剣を取り出す。

「破壊し尽くせ! |破壊の聖剣《エクスカリバー・デストラクション》!!!」

魔剣目録の中から取り出した剣を振り回して自分達に迫る刃を、壁ごと、床ごと破壊する。

(あの愉快犯みたいな性格の奴だ。罠はこれで終わりじゃねえ!)

ミレディの性格を想定して次の行動を先読みすると|破壊の聖剣《エクスカリバー・デストラクション》を手放し、斬鉄剣を抜く。

「指揮官、上だ!」

「剣掌!」

エンタープライズの警告が響くと同時に京矢が気刃を放った直後、京矢達がいた場所に頭上からギロチンの如く無数の刃が射出されるが、京矢の放った気刃に撃ち落とされて床に落ちる。

冷や汗を流して、京矢の一連の行動と足先数センチに落とされた刃を見つめるハジメ。ユエとシアも硬直している。

「……完全な物理トラップか。魔眼石じゃあ、感知できないわけだ」

「ああ、しかも確実に命を取りに来るな。油断した所に来ると思ってたから対処出来たが、油断したら終わりだな」

ハジメがまんまとトラップに掛かった理由は、魔法のトラップに集中していたからだ。
今までの迷宮のトラップと言えばほとんどが魔法を利用したものだった。そして、魔法のトラップなら、ハジメの魔眼は尽く看破できる。
それ故に、魔眼に反応しなければ大丈夫という先入観を持ってしまっていたのだ。要は、己の力を過信したということである。

京矢が相手の性格から追撃の一つも用意していると予想していたので対処出来たが、油断していたら最初の罠を回避した所に追撃の罠が飛んできて終わりだっただろう。

「しかし、鳳凰寺。罠ごと破壊するか?」

「罠の解除の一番楽な方法は破壊する事だろ? 人の土地だ、遠慮する必要もねえからな」

|破壊の聖剣《エクスカリバー・デストラクション》を魔剣目録の中に戻しつつ軽く笑いを浮かべてハジメの言葉に応える。

サラリと罠の解除の道具に使った剣も勇者(笑)の聖剣よりも上級な聖剣なのがハジメにとって京矢の規格外振りを物語っている。
しかも、その剣もオリジナルのエクスカリバーの欠片を核とした劣化品でしかないのだ。

「ですが、京矢様。今後は回避を推奨します」

「ああ。相応な力の聖剣、魔剣の類じゃなきゃ上手くいかなかっただろうな」

魔力の篭らない物理トラップ相手ならばと判断しての選択だったが、今後は上手くいくとは限らない。ベルファストの進言を聞き入れて回避する事を選択する。

先ほどのトラップは唯の人間を殺すには明らかにオーバーキルというべき威力が込められていた。
並みの防具では、歯牙にもかけずに両断されていただろう。ハジメのように奈落の鉱物を用いた武器防具や、京矢の様にライダーシステムか超常的な力を持った武具でも持っていなければ回避以外に生存の道はない。

付け加えるならば、動き易さを優先した軽装の京矢では変身していなければ、撃ち漏らしては致命傷になる危険もある。

「でもまぁ、あれくらいなら問題ないか」

「でも、ベルファストに心配をかけたくないから慎重に行こうぜ」

どんな危険な罠があるか分からないのだからと会話を交わす京矢とハジメ。
どれだけ威力があっても、唯の物理トラップではハジメは殺しきれないだろう。そして、ユエには〝自動再生〟がある。トラップにかかっても死にはしない。
変身していれば京矢にしてみても無傷で切り抜ける自信はある。
となると……必然的にヤバイのはエンタープライズとベルファストとシアであるが、エンタープライズとベルファストに付いても罠の動きに気付く程度の実戦経験はある。
つまり、一番危険なのはシアだ。そのことに気がついているのかいないのか分からないが、シアのストレスが天元突破するであろうことだけは確かだった。

「あれ? ハジメさん、京矢さん、何でそんな哀れんだ目で私を……」

「強く生きろよ、シア……」

「生きてりゃ良いことは必ずあるさ。希望を捨てるなよ」

「え、ええ? なんですか、いきなり。何か凄く嫌な予感がするんですけど……」
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