ライセンの大迷宮

翌朝、朝食を食べた後、ハジメは京矢達に金を渡し、旅に必要な物の買い出しを頼んだ。
チェックアウトは昼なのでまだ数時間は部屋を使える。なので、京矢達に買出しに行ってもらっている間に、部屋で済ませておきたい用事があったのだ。

「ちょっと作っておきたいものがあるんだよ。構想は出来ているし、数時間もあれば出来るはずだ。ホントは昨夜やろうと思っていたんだが……何故か妙に疲れて出来なかったんだよ」

「……そ、そうだ。ユエさん、ベルファストさん、エンタープライズさん。私、服も見ておきたいんですけどいいですか?」

「……ん、問題ない。私は、露店も見てみたい」

「あっ、いいですね! 昨日は見ているだけでしたし、買い物しながら何か食べましょう」

「オレはギルドでこの辺の情報を調べておきたいから別行動で良いか?」

主に魔物についての情報だ。昨日仲良くなった冒険者達から色々と仕入れたが、少なくとも奈落レベルの魔物は此処にはいないが、念の為に魔物の素材の相場も調べておくに越したことはない。

「宝石とか換金可能な品を用意しておくのも良いけど、手数料取られるのは面倒だからな」

だから変に交渉するよりも楽に済む依頼や素材の換金で資金稼ぎは済ませたい。

「確かに、其方の方が安全かも知れませんね」

「序でに、報酬は良くても受けない方がいい相手や、報酬は低くても極悪な魔物を相手にする塩漬け依頼とかもな」

前者は絶対に受けない為、後者は手早く片付けて報酬の高い依頼を受けやすくする為だ。

「資金稼ぎじゃ、短時間で稼げる上、冒険者の仕事が一番安全性が高いからな」

都合が良いのは、主に教会やら国やらの目が届きにくいという点だ。
各地を転々とする以上そう簡単には居場所は捕まらないだろうが、宝石など下手な物を売って目立ちすぎるのも面倒だ。

今はまだ国や教会にケンカを売る時期ではない。向こうから売ってきたのなら遠慮無く買ってやるが。
この世界の強者の基準が|勇者(笑)《天之河 光輝》なら余裕で国を相手にしても勝つ自信はある。
解放者とは違い、この世界の人間じゃない自分にとって敵対するならば無辜の民も魔物も大差無い相手に変わるだけだ。

「最悪ドルイドン幹部を放したり、貧民街やら奴隷階級の連中にガイアメモリ蔓延させれば勝手に国に問題は増えるだろう」

そして、最悪はドーパンドやらドルイドンやらマイナソーなどの特撮怪人達が好き勝手暴れまわってるうちに、国に傷は増えていくだろう。

後は一時的にでも自分達が行方を眩ませばメモリの毒素で精神を蝕まれた者達は、その力を身近な敵、貴族や王族に向ける時が来るだろう。

魔力を持っていない亜人を虐げる事を当然と思う者達が、神に等しき超人の如き力を持ったら、それを持たない者達が貴族や王族と名乗っている状況に何と思うだろうか?
ましてや貧民街の住人や人間の奴隷階級の者達が絶対的な力を手に入れて、メモリの毒に精神を蝕まれたら、王や貴族に尊さなど感じなくなるのも時間の問題だ。国を自分達が乗っ取る事を考える者も出てくるだろう。

最悪の場合の対国手段を考えると京矢は一度其処で危険な方向に傾いていた思考を止める。
トドメとしてキシリュウジンで城を卓袱台返しするのは確定していたが。

「……何考えてんだよ、お前?」

「ん? あの国を物理的にひっくり返すタイミング」

その言葉だけで何を考えているか納得してしまうハジメだった。
巨大ロボを所持している友人なら間違いなくできる。

「そん時は手伝ってくれよ、二機でやった方が楽だからな」

「任せろ!」

その言葉に即答するハジメだった。
巨大ロボに乗れるのならば、別にいい思い出のない城をひっくり返す(物理)位は協力する。

その日、とある国のお姫様が言葉にできない悪寒を感じたのだが、その理由を理解できる日はまだ先であった。

















さて、女性陣やハジメと分かれ、京矢は一人別行動をとっていた。ギルド内で仲良くなった冒険者達から仕事の傾向を聞いた後、露店で買った食べ物を食べながら街を回っていた。

難癖を付けられて報酬をろくに払わない依頼主からの依頼などは論外だ。最悪、ハジメが撃ち殺しかねない。

自分達も依頼を受ける必要がある時の為にと思って調べていたのだが、

「こ、これは」

「ああ、それね。つい最近、教会と帝国から大々的に依頼があってね」

「えー?」

受け付けのおばちゃんの言葉と、その前の二枚のとある魔物の依頼について絶句してしまっていた。

教会から討伐依頼が出ている何処かで見たことのある真っ赤な目に黒いボディの昆虫みたいな人型。
帝国から調査依頼が出ている何処かで見たことのある雄々しい鎧姿の胸にティラノサウルスの戦士。

どこからどう見ても仮面ライダーブラックRXとキシリュウジンです。

(な、何があった? ってか、生きてたのかよ、複製のRX!?)

「ああ、それね。最近になって現れたって言う黒い人型の魔物と、ライセン大峡谷に現れたって言う紫の鎧を着た巨人なんだって」

「へ、へぇー、そうなんだ……」

キャサリンさんの言葉に視線を逸らしながらそう答える京矢だった。
間違いなく前者はオルクス大迷宮の最後に京矢が戦った複製のRXで、後者は自分の出したキシリュウジンのことだ。

「信じられないかもしれないけど、この巨人は帝国の兵士が大勢目撃したんだって」

何でも、キシリュウジンについては皇帝が直々に出した調査依頼で、是非とも巨人騎士を臣下に加えたいそうだ。

京矢の呼び出したキシリュウジンを目撃した兵士達から皇帝に伝わり、こうして依頼になった様子だが……。

(マジでどうしよう……)

そう思うしかない京矢だった。


















「さて、買い出しも終わったし、どうするのかな?」

ギルドでのRXとキシリュウジンの事は考えない様にして、掘り出し物の剣でもあるかと露店を覗くのも良いが流石に国宝級の武器が天之河の聖剣程度では見る価値も薄いだろうが、力を失った、或いは使い手に恵まれず力を発動できないでいる剣が売られている可能性もある。

魔剣目録に入れる価値がある剣が簡単に手に入るわけはないが、聖剣以外のこの世界の上位の剣も興味があるのだ。
まあ、普段使いの剣はテンコマンドメンツや鎧の魔剣、斬鉄剣と丁度いいのが揃っているが。

そう思ってしばらくの間露店を巡ってみたが良いものは見つからなかったので、適当にギルドの敷地を借りて剣から読み取った技の習熟をしていれば良かったかと思いながら道を歩いていると女性陣の姿を見つけた。

声をかけようかと思ったが、


「「「「「「ユエちゃん、俺と付き合ってください!!」」」」」」
「「「「「「シアちゃん! 俺の奴隷になれ!!」」」」」」
「「「「「「ベルファストさん、俺のメイドになってください!!」」」」」」
「「「「「「エンタープライズさん! 俺と付き合ってください!!」」」」」」


なんか、大勢の男達に一斉に告白されて居たので声を掛けるのは憚られたが。

エンタープライズ達とシアで口説き文句が異なるのはシアが亜人だからだろう。……メイドであるベルファストは兎も角。

奴隷の譲渡は主人の許可が必要だが、昨日の宿でのやり取りでシアとハジメ達の仲が非常に近しい事が周知されており、まずシアから落とせばハジメ達も説得しやすいだろう……とでも思ったのかもしれない。

馬に蹴られたくないので手を出さない方が良いかもしれない。……オルフェノクやらファンガイアやら、最近の馬は切りかかってくるのもいるし。

なお、宿でのことは色々インパクトが強かったせいか、奴隷が主人に逆らうという通常の奴隷契約では有り得ない事態についてはスルーされているようだ。
でなければ、早々にシアが実は奴隷ではないとバレているはずだ。契約によっては拘束力を弱くすることもできるが、態々そんな事をする者はいないからだ。

彼らの告白をスルーして歩みを再開しようとしたり、バッサリと眼中にないと言う態度で断られたりして四つん這いになって項垂れている男達の姿は憐れみさえ誘う。

だが、諦めが悪い奴はどこにでもいる。
まして、エンタープライズ達の美貌は他から隔絶したレベルだ。多少、暴走するのも仕方ないといえば仕方ないかもしれない。

「なら、なら力づくでも俺のものにしてやるぅ!」

暴走男の雄叫びに、他の連中の目もギンッと光を宿す。彼女達を逃さないように取り囲み、ジリジリと迫っていく。

そして遂に、最初に声を掛けてきた男が、雄叫びを上げながらユエに飛びかかった。

「おっ、ルパンダイブ」

日本人である京矢はその男の動きを眺めながらそう呟いた。
何処ぞの大泥棒の孫を思わせる動きなんて初めて見たと思いながらそう呟く。

ユエからの冷めた視線と共に放たれた魔法で氷漬けにされて「グペッ!?」と言う叫びを上げて飛びかかった体制のまま墜落する。

「大抵失敗するんだよな」

そんな事を京矢が思ってる間、周囲の男連中は水系上級魔法に分類される氷の柩を一言で発動したユエに困惑と驚愕の表情を向けていた。
ヒソヒソと「事前に呪文を唱えていた」とか「魔法陣は服の下にでも隠しているに違いない」とか勝手に解釈してくれている。流石に無詠唱で使えたとは思って居ない様だ。

トドメとばかりに最初に飛びかかった男を他の連中への見せしめにすべくトドメを刺すユエの姿に、男として同情した京矢は心の中で冥福を祈りながらさっさとその場から離れる事にした。

後ろから男の悲鳴が響き渡るが聞こえないふりをした。
配管工がコインを取得した時の様な効果音を響かせて執拗に一部を狙い撃ちにされる男の悲鳴など聞こえない。

周囲の男達が、囲んで居た連中も、関係ない野次馬も、近くの露店の店主も関係なく崩れ落ちてるが、目を逸らして見えてないふりをした。

京矢が立ち去って行った頃に永遠に続くかと思われた集中砲火は、男の意識の喪失と同時に終わりを告げた。
一撃で意識を失わせず、しかし、確実にダメージを蓄積させる風の魔法。まさに神業である。ユエは人差し指の先をフッと吹き払い、置き土産に言葉を残した。

「……|漢女《おとめ》になるがいい」

この日、一人の男が死に、新たに漢女が、第二のクリスタベル、後のマリアベルちゃんが生まれた。
彼は、クリスタベル店長の下で修行を積み、二号店の店長を任され、その確かな見立てで名を上げるのだが……それはまた別のお話。

ユエに、〝股間スマッシャー〟という二つ名が付き、後に冒険者ギルドを通して王都にまで名が轟き、男性冒険者を震え上がらせるのだが、それもまた別の話だ。

エンタープライズ達は、畏怖の視線を向けてくる男達の視線をさらっと無視して買い物の続きに向かった。
道中、女の子達が「ユエお姉様……」とか呟いて熱い視線を向けていた気がするがそれも無視して買い物に向かった。

なお、後にエンタープライズの事もお姉様と呼ばれているが、それは当人も知る由も無い。

***

京矢達が合流して宿に戻ると、ハジメもちょうど作業を終えた所だった様だ。

「お疲れさん、何か、町中が騒がしそうだったが、何かあったか?」

どうやら、先の騒動を感知していたようである。

「……問題ない」

「あ~、うん、そうですね。問題ないですよ」

色々とあったのだが何も無かったと流す二人。お前は何か知ってるかと言う視線を京矢に向けてくるが、京矢も「さあな」とはぐらかす。

そんな彼らにハジメは少し訝しそうな表情をするも、まぁいいかと肩を竦めた。

「必要なものは全部揃ったか?」

「……ん、大丈夫」

「こっちもだ」

「ですね。食料も沢山揃えましたから大丈夫です。にしても宝物庫ってホント便利ですよね~」

ハジメは、買い物にあたってユエに〝宝物庫〟を預けていた。その指輪を羨ましそうに見やるシアに、ハジメは苦笑いする。
説明が面倒なので京矢の四次元ポケットも宝物庫の一種と言う事にしているが、その内時間が取れたら改めて説明するべきかと思っている。

今のハジメの技量では、未だ〝宝物庫〟は作成出来なかった。便利であることは確かなので、作れるようになったらユエとシアにも作ってやるつもりだ。
京矢も予備の四次元ポケット、正式には四次元ランプと四次元ハットを持っているがカウボーイハットとランプと言ったデザインのために管理が面倒だと思い渡して居ないが。
ランプは兎も角カウボーイハットはこの世界では目立つだろうし。何よりどれもハジメの宝物庫よりも利便性は低いのだ。

「いや、無制限に入れられるのは凄いだろ?」

「取り出すのは手間だろ?」

無制限に入れられる四次元ポケットか、利便性が高いが物量が制限される宝物庫か? 似た道具を待つだけに相手の利点が羨ましいものがある。

なお、宇宙一つ分の収納規模と取り出したい物を自由に取り出せる魔剣目録に議論が行ってないのは剣限定と言う所だろう。

「さて、シア。こいつはお前にだ」

そう言ってハジメはシアに直径四十センチ長さ五十センチ程の円柱状の物体を渡した。
銀色をした円柱には側面に取っ手のようなものが取り付けられている。

ハジメが差し出すそれを反射的に受け取ったシアは、あまりの重さに思わずたたらを踏みそうになり慌てて身体強化の出力を上げた。

「な、なんですか、これ? 物凄く重いんですけど……」

「そりゃあな、お前用の新しい大槌だからな。重いほうがいいだろう」

「へっ、これが……ですか?」

シアの疑問はもっともだ。円柱部分は、槌に見えなくもないが、それにしては取っ手が短すぎる。何ともアンバランスだ。

「ああ、その状態は待機状態だ。取り敢えず魔力流してみろ」

「えっと、こうですか? ッ!?」

言われた通り、槌モドキに魔力を流すと、カシュン! カシュン! という機械音を響かせながら取っ手が伸長し、槌として振るうのに丁度いい長さになった。

この大槌型アーティファクト:ドリュッケン(ハジメ命名)は、幾つかのギミックを搭載したシア用の武器だ。
京矢の持つ鎧の魔剣と魔槍を参考に魔力を特定の場所に流すことで変形したり内蔵の武器が作動したりする。

ハジメの済ませておきたいこととは、この武器の作成だったのだ。
午前中、ユエ達が買い物に行っている間に、改めてシア用の武器を作っていたのである。

「京矢の鎧の魔剣みたいな物を作りたかったんだが、今の俺にはこれくらいが限界だ。腕が上がれば随時改良していくつもりだ」

生成魔法を会得し錬成師としては、トータスに於いて頂点に立ったと言っても過言では無いハジメでも、大魔王さえ認めた名工ロン・ベルクの域には遠く及ばないと言う事だろう。

「これから何があるか分からないからな。ユエのシゴキを受けたとは言え、たったの十日。まだまだ、危なっかしい。その武器はお前の力を最大限生かせるように考えて作ったんだ。使いこなしてくれよ? 仲間になった以上勝手に死んだらぶっ殺すからな?」

「ハジメさん……ふふ、言ってることめちゃくちゃですよぉ~。大丈夫です。まだまだ、強くなって、どこまでも付いて行きますからね!」

シアは嬉しそうにドリュッケンを胸に抱く。あまりに嬉しそうなので、ちょっと不機嫌だったユエも仕方ないという様に肩を竦めた。ハジメは苦笑いだ。
自分がした事とは言え、大槌のプレゼントに大喜びする美少女という図は中々にシュールだったからだ。
京矢も完全に苦笑いをしていた。

はしゃぐシアを連れながら、宿のチェックアウトを済ませる。
未だ、宿の女の子が京矢達を見ると頬を染めるが無視だ。

宿から外に出ると太陽は天頂近くに登り燦々と暖かな光を降らせている。
それを眺めながら京矢は笑みを浮かべる。旅立ちには良い日だ、と。
ベルファストが恭しい仕草で差し出してきた鎧の魔剣を背負い、腰の斬鉄剣に触れる。
振り返ると、エンタープライズとベルファストが京矢を見つめている。

隣に立つハジメと拳をぶつけ合い彼女達に頷くと、スっと前に歩みを進めた。彼女達も追従する。

旅の再開の時だ。




















死屍累々。

そんな言葉がピッタリな光景がライセン大峡谷の谷底に広がっていた。ある魔物はひしゃげた頭部を地面にめり込ませ、またある魔物は頭部を粉砕されて横たわり、全身を蜂の巣にされたり、綺麗に首を刎ねられていたり、更には全身を炭化させた魔物など、死に方は様々だが一様に一撃で絶命しているようだ。

当然、この世の地獄、処刑場と人々に恐れられるこの場所で、こんなことが出来るのは……

「一撃必殺ですぅ!」

「……邪魔」

「うぜぇ」

「散れ」

「どけ」

「邪魔です」

京矢、ハジメ、エンタープライズ、ベルファスト、ユエ、シアの六人である。
京矢達はブルックの町を出た後(女性陣のファンらしき人々の見送り付き)、魔力駆動二輪を走らせて、かつて通った【ライセン大峡谷】の入口にたどり着いた。

その際に帝国の連中が建てたらしきキシリュウジンの絵と情報を求む。と言う立て看板に対して京矢が引き立った表情を浮かべた事を除いては何事もなかった。
(なお、鎧の巨人の目撃情報だけでもかなりの高額の報酬が払われる様子だ)

そして現在は、そこから更に進み、野営もしつつ、【オルクス大迷宮】の転移陣が隠されている洞窟も通り過ぎて、更に二日ほど進んだあたりだ。

【ライセン大峡谷】では、相変わらず懲りもしない魔物達がこぞって襲ってくる。

シアの大槌が、その絶大な膂力をもって振るわれ文字通り一撃必殺となって魔物を叩き潰す。
攻撃を受けた魔物は自身の耐久力を遥かに超えた衝撃に為す術なく潰され絶命する。餅つきウサギも真っ青な破壊力である。

ユエは、至近距離まで迫った魔物を、魔力に物を言わせて強引に発動した魔法で屠っていく。
ユエ自身の魔力が膨大であることもあるが、魔晶石シリーズに蓄えられた魔力が莫大であることから、まるで弾切れのない爆撃だ。谷底の魔力分解作用のせいで発動時間・飛距離共に短くとも、超高温の炎がノータイムで発動するので魔物達は一体の例外もなく炭化して絶命する。

ハジメは、言うまでもない。魔力駆動二輪を走らせながらドンナーで頭部を狙い撃ちにしていく。
魔力駆動二輪を走らせながら〝纏雷〟をも発動させ続けるのは相当魔力を消費する行為なのだが、やはり魔力切れを起こす様子はない。

京矢は元より魔力では無く気によって身体能力を高めるのが基本的な戦闘スタイルだ。この渓谷の影響など受ける筈もない。
近づく者は斬鉄剣により切り捨て、離れてる者は飛ぶ斬撃である剣掌によって切り裂かれていく。離れても近づいても切り捨てる京矢は魔物達にとって死神の如き姿を見せつけている。

エンタープライズの艦載機によって空中にいる魔物は撃ち落とされていく。
遠近共に優れた弓術もあるが、その悉くは近づく前に絶命させて行く。

最後にベルファストだが、他の五人の撃ち漏らしを掃討する立ち位置にいる。攻撃を逃れたモノを確実に仕留めて行く。

谷底に跋扈する地獄の猛獣達が完全に雑魚扱いだった。大迷宮を示す何かがないかを探索しながら片手間で皆殺しにして行く。
彼らの手によって道中には魔物の死体が溢れかえっていた。

「はぁ~、ライセンの何処かにあるってだけじゃあ、やっぱ大雑把過ぎるよなぁ」

「変に見つかっても面倒だろうから、しっかり隠してあるんだろうけどな」

そもそも、解放者達のことを考えるとオルクスの大迷宮の様に多くの者達に探索されているのが間違っているのかもしれない。
そして、大迷宮を制覇した者がエヒト側である可能性も考慮して詳しい位置までは残しておかなかったのだろう。
洞窟などがあれば調べようと、注意深く観察はしているのだが、それらしき場所は一向に見つからない。
理解しているが、ついつい愚痴をこぼしてしまうハジメと京矢だ。

「まぁ、大火山に行くついでなんですし、見つかれば儲けものくらいでいいじゃないですか。大火山の迷宮を攻略すれば手がかりも見つかるかもしれませんし」

「まぁ、そうなんだけどな……」

「ですが、方向が真逆と言う可能性も有りますよ」

「確かに。火山のついでに見つからない為にって、場所を選んでるかも知れないか」

「その可能性もあるか……」

「ん……でも魔物が鬱陶しい」

「あ~、ユエさんには好ましくない場所ですものね~」

「オレ達には縁の無い悩みだからな……」

そんな風に愚痴をこぼし、魔物の多さに辟易しつつも、ユエからの京矢達三人への羨ましそうな視線をスルーしつつ、更に走り続けること三日。その日も収穫なく日が暮れて、谷底から見上げる空に上弦の月が美しく輝く頃、京矢達はその日の野営の準備をしていた。
野営テントを取り出し、夕食の準備をする。町で揃えた食材と調味料と共に、調理器具も取り出す。この野営テントと調理器具、実は全てハジメ謹製のアーティファクトだったりする。

野営テントは、生成魔法により創り出した〝暖房石〟と〝冷房石〟が取り付けられており、常に快適な温度を保ってくれる。
また、冷房石を利用して〝冷蔵庫〟や〝冷凍庫〟も完備されている。魔法のテーブルクロスで召喚された地球のジュースやアイスクリームが収納されてもいる。さらに、金属製の骨組みには〝気配遮断〟が付加された〝気断石〟を組み込んであるので敵に見つかりにくい。

調理器具には、流し込む魔力量に比例して熱量を調整できる火要らずのフライパンや鍋、魔力を流し込むことで〝風爪〟が付与された切れ味鋭い包丁などがある。スチームクリーナーモドキなんかもある。
どれも旅の食事を豊かにしてくれるハジメの愛し子達だ。しかも、魔力の直接操作が出来ないと扱えないという、ある意味防犯性もある。

〝神代魔法超便利〟

調理器具型アーティファクトや冷暖房完備式野営テントを作った時のハジメの言葉だ。
まさに無駄に洗練された無駄のない無駄な技術力である。最早、野宿というよりもちょっとしたグランピングだろう。

ちなみに、その日の夕食はクルルー鳥のトマト煮である。
クルルー鳥とは、空飛ぶ鶏のことだ。肉の質や味はまんま鶏である。この世界でもポピュラーな鳥肉だ。
一口サイズに切られ、先に小麦粉をまぶしてソテーしたものを各種野菜と一緒にトマトスープで煮込んだ料理だ。肉にはバターの風味と肉汁をたっぷり閉じ込められたまま、スっと鼻を通るようなトマトの酸味が染み込んでおり、口に入れた瞬間、それらの風味が口いっぱいに広がる。肉はホロホロと口の中で崩れていき、トマトスープがしっかり染み込んだジャガイモ(モドキ)はホクホクで、ニンジン(モドキ)やタマネギ(モドキ)は自然な甘味を舌に伝える。旨みが溶け出したスープにつけて柔くしたパンも実に美味しい。

調理器具は魔力操作ができないベルファスト用に魔力を蓄えるバッテリー式にした物も作ってある。

大満足の夕食を終えて、その余韻に浸りながら、いつも通り食後の雑談をする京矢達。
テントの中にいれば、それなりに気断石が活躍し魔物が寄ってこないので比較的ゆっくりできる。たまに寄ってくる魔物は、テントに取り付けられた窓からハジメが手だけを突き出し発砲して処理するか、エンタープライズが艦載機を使って始末する。
そして、就寝時間が来れば、三人ずつで見張りを交代しながら朝を迎えるのだ。

その日も、そろそろ就寝時間だと寝る準備に入るハジメとユエとシア。
最初の見張りは京矢達だ。テントの中にはふかふかの布団があるので、野営にもかかわらず快適な睡眠が取れる。と、布団に入る前にシアがテントの外へと出ていった時に事態は大きく動いた。

「ハ、ハジメさ~ん! ユエさ~ん! 京矢さ〜ん! エンタープライズさ〜ん! ベルファストさ〜ん! 大変ですぅ! こっちに来てくださぁ~い!」

と、シアが、魔物を呼び寄せる可能性も忘れたかのように大声を上げたのだ。
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