ライセンの大迷宮

さて、大樹で今後の旅の目的である、再生を含む計三つの神代魔法の入手と定めた後、カム達を京矢の手持ちのガチャ産アイテムとハジメの錬成魔法の合同で作り上げた地下要塞都市に案内するとハウリア族は驚きの声を上げていた。

王都の四倍の巨大な地下都市は半分はハジメ達の隠れ家として使っているが、それでも王都の倍の面積を残している。
簡易的な家屋を建てているのでハウリア族の生活の心配は無いだろう。
その地下都市の入り口を守る為に設置された地下要塞の上面となる砦は樹海特有の霧だけでなく、有事の際は激獣ボンゴレ拳の激技の霧によって敵の感覚を奪いさり、侵入しようとするものの大半を仕留める事だろう。

そんな地下都市の居住スペースでは現在進行形でハウリア族の手によって獣拳の修練場が現在進行形で建設されている。

現在京矢達はハウリア地下要塞都市で次の目的地と旅の準備を整えていた。

ユエとシア、ベルファストの三人がエンタープライズを引きずって女同士で旅の準備をしている時、京矢とハジメは顔を付き合わせていた。

京矢用のバイクを三人で乗れる様にサイドカータイプに改造していた時(同じく三人乗りのハジメ達だが、ユエは小柄なので問題はない)の事だ。

「そう言えば、いつの間にかガチャが引ける様になってたな」

「マジかよ!?」

何となくそう呟く京矢に強く反応するのはハジメだった。何気に1日一回とは言え地球の食べ物を召喚できる魔法のテーブルクロスは重宝しているのだ。

他にも京矢のガチャから出てくるアイテムにも、非常に興味がある。

「ああ。街中じゃ使えそうもないから、今のうちにやっとくか?」

「そうだな」

またヴィランのカプセルなんて引き当ててそれを街中でウッカリ開けてしまったら事だし、味方を呼び出せるにしても街中で急に仲間が増えても怪しまれる。
その可能性を考えて二人は顔を付き合わせてガチャのアプリを開く。

そのアプリを起動させると光と共に現れる10個のカプセル。その中の一つを手に取る。


『パンチングコングプログライズキー』


「バルカンの強化アイテムか。南雲、使うか?」

「おっ、サンキュー」

最初のカプセルの中身はバルカンの強化アイテムだ。どうせ自分は使えないし、バルカンを使うハジメが使った方がいいと判断して、それをハジメへと渡す。

「でも、気を付けろよ。それを使ってフォームチェンジすると、スピードタイプからパワータイプに変わるから」

「確かにバルカンってのはスピードタイプだったから、こいつでパワータイプにか、悪くないな」

そう言いながらも京矢から貰ったプログライズキーを受け取るハジメの顔は心底嬉しそうだった。

最初のカプセルの中身を確認し終えた二人は次のカプセルに視線を向ける。


『鎧の魔槍(DQダイの大冒険)』


「槍か……」

「……槍だな……」

二つ目のカプセルの中から出て来た武器は槍。既に似た能力の鎧の魔剣が有るので必要はなく、メインウェポンが剣と銃の二人には使えない。

「あの魔剣と言い、この世界のアーティファクトよりスゲェ武器だよな。魔法が効かないんだろ、これも?」

「ああ、そう言う金属らしいから、加工したのが鎧への変形機能を持った槍だな」

「どっちにしても、凄いのには変わりないな。勇者の聖剣がもうオレには棍棒にしか見えねえよ」

「いや、中盤の街の剣程度にしといてやれよ」

「どっちにしても、錬成魔法を使ってもこんな槍は、今のオレじゃ作れないな」

何気に勇者(笑)をネタに笑いながら何かに使えるだろうとそれは四次元ポケットの中にしまい込む。内心、後で研究させてもらおうと思うハジメであった。

「欲しけりゃやるぞ」

「いや、オレも研究させてもらえればそれで良い」

槍は使わないからと簡単に渡す京矢だが、別にハジメとしても研究させてもらえれば良いのだ。
渡してもいいヤツが居れば渡すかと思いながら気を取り直して新たなカプセルを二つ手に取る。


『フレイムソード(ファイナルファンタジー)』
『アイスブランド(ファイナルファンタジー)』


トータスに於いては強力なアーティファクトだが京矢にとっては単なる武器だ。格上の剣は魔剣目録の中に大量にある。
なお、ゲーム中では普通に店売りの武器だ。

「いや、これって聖剣に匹敵しねえか?」

「中盤の店売りの剣だぜ」

「これも、今度調べさせて貰っていいか?」

「良いぜ。剣だけど安物だしな」

別に魔剣目録の中身があれば必要はないので、ここに捨てていってもいいが一応しまっておく。
勇者(笑)の聖剣、中盤の店で売られている剣と同レベルと認定された瞬間だった。
こうして京矢の魔剣目録の中身と比較すると王国の宝物庫がガラクタ置き場に見えてくるハジメだった。

(そうなるとあいつらってガラクタを好き好んで振り回してるのか?)

異世界召喚されたクラスメイトが古い鍋や棍棒で武装して居る姿が脳裏に浮かび爆笑しそうになるハジメだった。
さて、次のカプセルを開けるとベルトと果物の着いた錠前が三つセットになっていた。

「おっ、おい、これって、まさか!?」

「ああ、間違いねえ!」

京矢とハジメの顔に歓喜と緊張が混ざる。何気にハジメも研究の合間に京矢のガチャ産DVDで仮面ライダーシリーズは全部視聴済みなのだ。


『戦極ドライバー』
『オレンジ、イチゴ、パインのロックシードセット』


「鎧武のベルトとロックシードだぜ!?」

「うおおおおおおお! 主役ライダーだぞ、神様になった人だぞ!」

二人の男がベルトと錠前の前で歓喜の踊りを踊る様はシュールな物だった。

さて、二人が正気に戻るまで十数分が過ぎた時、二人は新たなカプセルを開ける。
中から出て来たのは一振りの剣。


『聖剣イグザシオン(慎重勇者)』


「聖剣らしいけど、聞いたことないな」

「天之河の奴みたいにビームが出るのか?」

「魔剣みたいな回復不能のダメージと、バフの強制解除と高速移動スキルだな。あと、なんか呪われそうだぜ、この聖剣」

「うわー、これ魔剣と間違えてるんじゃねえか?」

「サソードヤイバーとサソードゼクターが有れば高速移動なんて簡単にできるからな、手に入れてないけど」

哀れ聖剣。二人の中では仮面ライダーの武器の方が上の扱いであった。

呪われそうだが、一応それなりに強力な聖剣と言うことで魔剣目録に収め、次のガチャの戦利品へと視線を向ける。
……ここまで意図的に見て居なかったとも言えなくもない。
三人の着物姿の女性達だ。


『天城(アズールレーン)』
『赤城(アズールレーン)』
『加賀(アズールレーン)』



恐らくはエンタープライズとベルファストの関係者だろう彼女達を眺めながらどうすべきかと思うが意を決して天城から呼び出していく二人だった。

まあ、その後瀕死で呼び出された天城の蘇生で大騒ぎになったり、後から呼び出された赤城と加賀が天城に出会って感極まった事。
その後二人が赤城から妙に崇拝されるようになった事。
準備を終えたエンタープライズとベルファストが来た事で一悶着が起きた事を除けば何事も無く準備は終わった。



…………訂正、事しか無かった。




そんな一悶着の後、ハウリア族の隠れ里で京矢達の隠れ家の防衛を任せた赤城達重桜の艦船組とカム達の見送りを受けた京矢、エンタープライズ、ベルファスト、ハジメ、ユエ、シアは魔力駆動二輪に乗り込んで平原を疾走していた。

design

その際に赤城が悔しそうな目をエンタープライズ達に向けて天城にたしなめられて居たがそれはそれ。外見的に亜人族で通じそうな彼女達は此処を守って貰うにはちょうど良いのだ。
位置取りは、ハジメ側はユエ、ハジメ、シアの順番で、京矢側は京矢の後ろにエンタープライズが、サイドカー側にベルファストが載っている。

肩越しにシアがハジメへと質問する。

「ハジメさん。そう言えば聞いていませんでしたが目的地は何処ですか?」

「あ? 言ってなかったか?」

「聞いてませんよ!」

「……私は知っている」

「オレも知ってるぜ」

「私も知っている」

「私も知っていました」

得意気なユエだけでなく隣を走っていた京矢達の言葉に、むっと唸り抗議の声を上げるシア。

「わ、私だって仲間なんですから、そういうことは教えて下さいよ! コミュニケーションは大事ですよ!」

「悪かったって。次の目的地はライセン大峡谷だ」

「ライセン大峡谷?」

ハジメの告げた目的地に疑問の表情を浮かべるシア。
現在、確認されている七大迷宮は、【ハルツィナ樹海】を除けば、【グリューエン大砂漠の大火山】と【シュネー雪原の氷雪洞窟】である。
確実を期すなら、次の目的地はそのどちらかにするべきでは? と思ったのだ。その疑問を察したのかハジメが意図を話す。

「一応、ライセンも七大迷宮があると言われているからな。シュネー雪原は魔人国の領土だから面倒な事になりそうだし、取り敢えず大火山を目指すのがベターなんだが、どうせ西大陸に行くなら東西に伸びるライセンを通りながら行けば、途中で迷宮が見つかるかもしれないだろ?」

「そうだな。魔人国の方は行けないこともないけど、大火山とライセンを早めに押さえておいた方が良さそうだからな」

「つ、ついででライセン大峡谷を渡るのですか……」

京矢とハジメの返答に思わず、頬が引き攣るシア。
ライセン大峡谷は地獄にして処刑場というのが一般的な認識であり、つい最近、一族が全滅しかけた場所でもあるため、そんな場所を唯の街道と一緒くたに考えている事に内心動揺する。

ハジメは、密着しているせいかシアの動揺が手に取るようにわかり、呆れた表情をした。

「お前なぁ、少しは自分の力を自覚しろよ。今のお前なら谷底の魔物もその辺の魔物も変わらねぇよ。ライセンは、放出された魔力を分解する場所だぞ? 身体強化に特化したお前なら何の影響も受けずに十全に動けるんだ。むしろ独壇場だろうが」

「……師として情けない」

「うぅ~、面目ないですぅ」

ユエにも呆れた視線を向けられ目を泳がせるシア。話題を逸らそうとする。

「で、では、ライセン大峡谷に行くとして、今日は野営ですか? それともこのまま、近場の村か町に行きますか?」

「出来れば、鳳凰寺に頼り切りな調味料関係を揃えたいし、今後のためにも素材を換金しておきたいから町がいいな。前に見た地図通りなら、この方角に町があったと思うんだよ」

「序でに色々と情報も集めときたいからな」

ベルファストのおかげで味も栄養も満足な食事を取れているが、そろそろ調味料を仕入れなければ底を尽きる。
それに今後、町で買い物なり宿泊なりするなら金銭が必要になる。素材だけなら腐る程持っているので換金してお金に替えておきたかった。
それにもう一つ、ライセン大峡谷に入る前に落ち着いた場所で、やっておきたいこともあったのだ。

「はぁ~そうですか……よかったです」

ハジメの言葉に、何故か安堵の表情を見せるシア。ハジメが訝しそうに「どうした?」と聞き返す。

「いやぁ~、ハジメさん達のことだから、ライセン大峡谷でも魔物の肉をバリボリ食べて満足しちゃうんじゃないかと思ってまして……ユエさんはハジメさんの血があれば問題ありませんし……どうやって私用の食料を調達してもらえるように説得するか考えていたんですよぉ~、杞憂でよかったです。ハジメさんもまともな料理食べるんですね!」

「当然です。その様な食事はさせる訳には行きません」

「目を離したらエンタープライズはレーションばっかり食べそうだからな」

「あっ、あれは効率が……」

「……お前、俺を何だと思ってるんだ……」

「ベルファストさん達と違って、プレデターという名の新種の魔物?」

「OK、お前、町に着くまで車体に括りつけて引きずってやる」

「ちょ、やめぇ、どっから出したんですかっ、その首輪! ホントやめてぇ~そんなの付けないでぇ~、ユエさん見てないで助けてぇ!」

「……自業自得」

ある意味、非常に仲の良い様子で騒ぎながら草原を進む一同。

数時間ほど走り、そろそろ日が暮れるという頃、前方に町が見えてきた。
ハジメと京矢の頬が綻ぶ、奈落から出て空を見上げた時のような、〝戻ってきた〟という気持ちが湧き出したからだ。
懐のユエもどこかワクワクした様子。きっと、ハジメと同じ気持ちなのだろう。

ベルファストとエンタープライズも始めてみるこの世界の町に頬を緩ませる。

「あのぉ~、いい雰囲気のところ申し訳ないですが、この首輪、取ってくれませんか? 何故か、自分では外せないのですが……あの、聞いてます? ハジメさん? ユエさん? 京矢さん? エンタープライズさん? ベルファストさん? ちょっと、無視しないで下さいよぉ~、泣きますよ! それは、もう鬱陶しいくらい泣きますよぉ!」

シアの悲鳴をBGMにハジメとユエは微笑みあった。

「首輪の何が問題なのでしょうか?」

「……ベルファスト、変な誤解されない様にチョーカーを外しといてくれ。こっちの世界には奴隷制度があるんだ」

「かしこまりました」







***








遠くに町が見える。周囲を堀と柵で囲まれた小規模な町だ。
街道に面した場所に木製の門があり、その傍には小屋もある。おそらく門番の詰所だろう。
小規模といっても、門番を配置する程度の規模はあるようだ。

「これで久しぶりに買い物ができるな」

「いや、お前が何を買うってんだよ?」

「調味料とか、香辛料とかだな」

そろそろ元の世界で用意していた調味料とか香辛料も底をつきそうだと、そんな会話を交わしながら、それなりに充実した買い物が出来そうだと京矢もハジメも頬を緩めていた。

「……お二人共、機嫌がいいのなら、いい加減、この首輪取ってくれませんか?」

街の方を見て微笑むハジメに、シアが憮然とした様子で頼み込む。
シアの首にはめられている黒を基調とした首輪は、小さな水晶のようなものも目立たないが付けられている、かなりしっかりした作りのもので、シアの失言の罰としてハジメが無理矢理取り付けた物だ。
何故か外れないため、シアが外してくれるよう頼んでいるのだがハジメはスルーしている。
京矢の方にも頼んで見たのだが、京矢からも全力でスルーされている。

そろそろ、町の方からも彼等を視認できそうな距離なので、魔力駆動二輪を〝宝物庫〟にしまい、徒歩に切り替える京矢達。
流石に、この世界には存在しない漆黒のバイクで乗り付けては大騒ぎになるだろう。

道中、シアがまだブチブチと文句を垂れていたが、やはり全員がスルーして遂に町の門までたどり着いた。
案の定、門の脇の小屋は門番の詰所だったらしく、武装した男が出てきた。格好は、革鎧に長剣を腰に身につけているだけで、兵士というより冒険者に見える。その冒険者風の男が京矢達を呼び止めた。

「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」

規定通りの質問なのだろう。どことなくやる気なさげである。
一行を代表してハジメは、門番の質問に答えながらステータスプレートを取り出した。

「食料の補給がメインだ。旅の途中でな」

ふ~んと気のない声で相槌を打ちながら門番の男がハジメのステータスプレートをチェックする。そして、目を瞬かせた。ちょっと遠くにかざしてみたり、自分の目を揉みほぐしたりしている。
その門番の様子をみて、ハジメは「あっ、ヤベ、隠蔽すんの忘れてた」と内心冷や汗を流した。

ステータスプレートには、ステータスの数値と技能欄を隠蔽する機能があるのだ。
冒険者や傭兵においては、戦闘能力の情報漏洩は致命傷になりかねないからである。ハジメは、咄嗟に誤魔化すため、嘘八百を並べ立てた。

「ちょっと前に、魔物に襲われてな、その時に壊れたみたいなんだよ」

「こ、壊れた? いや、しかし……」

困惑する門番。無理もないだろう。何せ、ハジメのステータスプレートにはレベル表示がなく、ステータスの数値も技能欄の表示もめちゃくちゃだからだ。
ステータスプレートの紛失は時々聞くが、壊れた(表示がバグるという意味で)という話は聞いたことがない。なので普通なら一笑に付すところだが、現実的にありえない表示がされているのだから、どう判断すべきかわからないのだ。

ハジメは、いかにも困った困ったという風に肩を竦めて追い討ちをかける。

「壊れてなきゃ、そんな表示おかしいだろ? まるで俺が化物みたいじゃないか。門番さん、俺がそんな指先一つで町を滅ぼせるような化物に見えるか?」

横でハジメの言い分に笑いを堪えている京矢に『この野郎』と思いつつ、両手を広げておどける様な仕草をするハジメに、門番は苦笑いをする。
ステータスプレートの表示が正しければ、文字通り魔王や勇者すら軽く凌駕する化物ということになるのだ。例え聞いたことがなくてもプレートが壊れたと考える方がまともである。

実はハジメが本当に化物だと知ったら、きっと、この門番は卒倒するに違いない。
いけしゃあしゃあと嘘をつくハジメに、ユエとシアは呆れた表情を向けている。

「はは、いや、見えないよ。表示がバグるなんて聞いたことがないが、まぁ、何事も初めてというのはあるしな……そっちの五人は……」

「ああ、実はオレ達二人以外はさっき言った魔物の襲撃で失くしちまってな」

京矢達にもステータスプレートの提示を求める門番に苦笑しながらそう言って京矢は自分のプレートを渡す。
当然ながらハジメの失敗を見ていたのでステータスは隠蔽済みだ。

「天職は……剣聖!? 何なんだよ、この天職は!?」

「おう、珍しい天職だろ? オレは自由気ままに旅をするのが好きなんでな。内緒にしててくれよ、珍しい天職が原因で仕えろとか言ってくる貴族とか鬱陶しいから」

「あ、ああ」

「こっちの兎人族は……わかるだろ?」

京矢の天職だけは隠しようがないので珍しい天職だけど貴族に仕えるのが面倒だから自由気ままに旅をしていると言う説明で誤魔化されたのかは定かではないが、シアの事は簡単に納得してくれた。

もう、バグ表記疑惑のステータスとかレアな天職とかで門番の人の頭は混乱寸前だった。

そんな中女性陣に視線を向ける。そして硬直した。みるみると顔を真っ赤に染め上げると、ボーと焦点の合わない目で彼女達を交互に見ている。
ユエは言わずもがな、精巧なビスクドールと見紛う程の美少女だ。そして、シアも喋らなければ神秘性溢れる美少女である。
ベルファストとエンタープライズも文句無く神秘的な美女だ。
つまり、門番の男は彼女達に見惚れて正気を失っているのだ。

なるほどと頷いてステータスプレートをハジメと京矢に返す。

「それにしても随分な綺麗どころを手に入れたな。白髪の兎人族なんて相当レアなんじゃないか? それに、メイドを連れて旅してるって、あんた等って意外に金持ち?」

未だチラチラと彼女達を見ながら、羨望と嫉妬の入り交じった表情で門番がハジメ達に尋ねる。
ハジメは肩をすくめるだけ、京矢も意味深な笑みを浮かべるだけで何も答えなかった。

「まぁいい。通っていいぞ」

「ああ、どうも。おっと、そうだ。素材の換金場所って何処にある?」

「あん? それなら、中央の道を真っ直ぐ行けば冒険者ギルドがある。店に直接持ち込むなら、ギルドで場所を聞け。簡単な町の地図をくれるから」

「おぉ、そいつは親切だな。ありがとよ」

「助かるぜ、ありがとさん」

町に入る一行、最後に一礼して行くベルファストに鼻の下を伸ばしながら門番は彼等を手を振って見送った。









門のところで確認したがこの町の名前はブルックというらしい。
町中は、それなりに活気があった。かつて見たオルクス近郊の町ホルアドほどではないが露店も結構出ており、呼び込みの声や、白熱した値切り交渉の喧騒が聞こえてくる。

「よっしゃ、さっさと換金して買い物でもしようぜ、屋台や露店とかも見て見たいしな」

「おっ、それも良さそうだな」

「京矢様、ハジメ様、不要な間食は看破できませんが」

こう言う騒がしさは訳もなく気分を高揚させてくれる。ハジメと京矢だけでなく、ユエもエンタープライズも楽しそうだ。ベルファストだけは目に見えて気分が高揚している様子は無い。
だが、そんな中シアだけは先程からぷるぷると震えて、涙目でハジメを睨んでいた。

怒鳴ることもなく、ただジッと涙目で見てくるので、流石に気になって溜息を吐くハジメ。楽しい気分に水を差しやがって、と内心文句を言いながらシアに視線を合わせる。

「どうしたんだ? せっかくの町なのに、そんな上から超重量の岩盤を落とされて必死に支えるゴリラ型の魔物みたいな顔して」

「誰がゴリラですかっ! ていうかどんな倒し方しているんですか! ハジメさんなら一撃でしょうに! 何か想像するだけで可哀想じゃないですか!」

「……脇とかツンツンしてやったら涙目になってた」

「まさかの追い討ち!? 酷すぎる!」

「いや、鳳凰寺程じゃ無いぜ。あいつは何処まで耐えられるか試してやるよ? とか言って魔剣で|岩の重さ《重力》を倍増させてたからな」

「もっと酷い!? ってそうじゃないですぅ!」

怒って、ツッコミを入れてと大忙しのシア。手をばたつかせて体全体で「私、不満ですぅ!」と訴えている。
ちなみに、ゴリラ型の魔物のエピソードは圧縮錬成の実験台にした時の話だ。序でとばかりに京矢も重力を増加させる剣の実験をしていたりしたが、決して虐めて楽しんでいたわけではない。ユエはやたらとツンツンしていたが。
なお、この魔物が〝豪腕〟の固有魔法持ちである。

「これです! この首輪! これのせいで奴隷と勘違いされたじゃないですか! ハジメさん、わかっていて付けたんですね! うぅ、酷いですよぉ~、私達、仲間じゃなかったんですかぁ~」

「いや、むしろ無い方が危険だろ?」

「え?」

ショックな様子のシアに京矢が「何言ってんだ、コイツ」と言わんばかりの様子で告げると目を点にする。

「奴隷でも無い亜人族の人気種族が街の真ん中を堂々と歩いてたら、人攫いの嵐だろうが」

そんな人気は嬉しく無いだろうが兎人族は高額で取引される奴隷だ。だから、帝国が軍隊を率いてキシリュウジンに驚いて逃げるまで長々と出て来るのを待つまでしたのだ。
一人でも捕まえれば待つ間の物資の消費は補え、大半を捕まえられれば逆に利益に繋がる。そう判断されたからだろう。

そもそも、助けられたのだって奴隷として捕らえようとしていた帝国からだと言うのを忘れているのだろうかと京矢も疑問に思うほどだ。

人攫いに襲われたとしても奴隷という所有物を狙ったのならば人攫いの上に窃盗の現行犯で多少乱暴な手段での対応の理由にもなる。

「まして、お前は白髪の兎人族で物珍しい上、容姿もスタイルも抜群。断言するが、誰かの奴隷だと示してなかったら、町に入って十分も経たず目をつけられるぞ。後は、絶え間無い人攫いの嵐だろうよ。面倒……ってなにクネクネしてるんだ?」

京矢の言葉に続けて言い訳あるなら言ってみろやゴラァ! という感じでハジメを睨んでいたシアだが、話を聞いている内に照れたように頬を赤らめイヤンイヤンし始めた。ユエが冷めた表情でシアを見ている。
更に調子に乗って話を盛るシアの頬に、ユエの黄金の右ストレートが突き刺さり可愛げの欠片もない悲鳴を上げて倒れるシア。
身体強化していなかったので、別の意味で赤くなった頬をさすりながら起き上がる。

「まあ、面倒ごとを避けるため、身を守る為の物になるんだから、我慢してくれ、なあ南雲?」

「ああ。人間族のテリトリーでは、むしろ奴隷という身分がお前を守っているんだよ。それ無しじゃあ、トラブルホイホイだからな、お前は」

「それは……わかりますけど……」

京矢とハジメの言い分もわかる。
だがやはり、納得し難いようで不満そうな表情のシア。仲間というものに強い憧れを持っていただけに、そう簡単に割り切れないのだろう。そんなシアに、今度はユエが声をかけた。

「……有象無象の評価なんてどうでもいい」

「ユエさん?」

「……大切な事は、大切な人が知っていてくれれば十分。……違う?」

「………………そう、そうですね。そうですよね」

「……ん、不本意だけど……シアは私が認めた相手……小さい事気にしちゃダメ」

「……ユエさん……えへへ。ありがとうございますぅ」

かつて大衆の声を聞き、大衆のために力を振るった吸血姫。
裏切りの果てに至った新たな答えは、例え言葉少なでも確かな重みがあった。
だからこそ、その言葉はシアの心にストンと落ちる。自分がハジメとユエの大切な仲間であるということは、ハウリア族のみなも、ハジメやユエも分かっている。いらぬトラブルを招き寄せてまで万人に理解してもらう必要はない。もちろん、それが出来るならそれに越したことはないが……。

じゃれあっている三人を邪魔しないように京矢は先に行ってるぞ、と言って冒険者ギルドを探そうと先行する。

「指揮官、彼らは放っておいて良いのか?」

「まっ、下手に首を突っ込んで馬に蹴られたくはねえからな」

あの、ただの首輪ではなく、かなりの技術と素材を使って作られた通信用のアーティファクトである事の説明をしている三人を横目で見ながらエンタープライズの言葉にそう答える。

「私も同じ物を南雲様にお願いした方が良いでしょうか?」

「いや、ベルファストの場合は別の意味でトラブルになりそうだから遠慮してくれ」

真剣にシアの首輪と同じ物。愛用の鎖付きチョーカーのデザインで作ってもらおうと考えているベルファストには多少頭を悩ませてしまうが。
シアが人攫いを避ける為に首輪を着けているのに対して、ベルファストからチョーカーを外させたのは逆に売買交渉を避ける為だ。

京矢達がメインストリートを歩いて行き、一本の大剣が書かれた看板を発見する。

後ろでは美しい曲線を描いて飛来したユエの蹴りが後頭部に決まり、奇怪な悲鳴を上げながら倒れるシアにユエから、冷ややかな声がかけられていた。
近接戦苦手だったんじゃ……と言いたくなるくらい見事なハイキックを披露するユエに、シアは涙目で謝っていた。

ハジメ達と合流すると鎧の魔剣を背負った明らかに分かりやすい戦士スタイルの京矢が一行を代表して先頭で重厚そうな扉を開いて中に足を踏み入れた。
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