ライセンの大迷宮

「って言うのがオレの考えだけど、お前はどう思う?」

「確かに、それは悪くない考えだな」

京矢の案にハジメも同意していた。
解放者達ではないが、エヒトから敵と認識されてしまうと人間や魔人族が敵に回るだろう。最悪の場合はクラスメイトとも戦う必要が出てくる。
それに関しては別に良い。そもそも亜人族や魔人族を敵としているのならば、姿形は似ていてもトータス人と地球人は別の存在と言える。言ってみれば異星人に近い。エヒトの目的を考えるとトータス人は地球侵略を企むヒューマノイドタイプのエイリアンだと割り切れば、斬る事に躊躇は無い。クラスメイトに至ってもそこまで行けば斬る理由もできる。
だが、敵の本拠地のど真ん中となる以上、その時のために各地にいざという時の為の避難所となる秘密基地みたいなものを作る必要がある。

そんな京矢の案にハジメも同意する。ハジメも男の子だ、そんな秘密基地作りには楽しみな物がある。

「で、その第一号をここに作ろうと思う訳だ」

霧の晴れるまでの十日間の間、時間潰しのためにハウリア族を自分達と別れた後も生き延びられるために鍛えるのと並行してハウリア族の隠れ集落兼自分達の避難所の第一号を作る。

「あんまり便利じゃなかったから使わなかった道具が三つあるから、これを使えば最低でも三つの秘密基地は作れるな」

「そうか!?」

流石に普段はハウリア族を住まわせるだけに100%ハジメ好みには出来ないだろうが、第二と第三の隠れ家を作る際の参考になるだろう。





そんな訳で京矢とハジメによるハウリア族育成と秘密基地制作が決まったのだった。






「さて、お前等には戦闘訓練を受けてもらおうと思う」

フェアベルゲンを追い出されたハジメ達が、一先ず大樹の近くに拠点を作って一息ついた時の、ハジメの第一声がこれだった。
拠点といっても、ハジメがさり気なく盗ん……貰ってきたフェアドレン水晶を使って結界を張って簡単な城壁で囲んだだけのものだ。その中で切り株などに腰掛けながら、ウサミミ達はポカンとした表情を浮かべた。

「え、えっと……ハジメさん。戦闘訓練というのは……」

困惑する一族を代表してシアが尋ねる。

「そのままの意味だ。どうせ、これから十日間は大樹へはたどり着けないんだろ? ならその間の時間を有効活用して、軟弱で脆弱で負け犬根性が染み付いたお前等を一端の戦闘技能者に育て上げようと思ってな」

「な、なぜ、そのようなことを……」

ハジメの据わった目と全身から迸る威圧感にぷるぷると震えるウサミミ達。シアが、あまりに唐突なハジメの宣言に当然の如く疑問を投げかける。

「なぜ? なぜと聞いたか? 残念ウサギ」

「ってか、いい加減自覚した方が良いぜ、残念ウサギ」

「あぅ、まだ名前で呼んでもらえない……」

落ち込むシアを尻目にハジメが語る。

「いいか、俺がお前達と交わした約束は、案内が終わるまで守るというものだ。じゃあ、案内が終わった後はどうするのか、それをお前等は考えているのか?」

ハウリア族達が互いに顔を見合わせ、ふるふると首を振る。カムも難しい表情だ。
漠然と不安は感じていたが、激動に次ぐ激動で頭の隅に追いやられていたようだ。あるいは、考えないようにしていたのか。それとも、その両方なのか?

「考えてねえんだろうな。まあ、考えても答えなんて出ないだろうから仕方ないって言えば仕方ないか」

「ああ。お前達は弱く、悪意や害意に対しては逃げるか隠れることしかできない。そんなお前等は、遂にフェアベルゲンという隠れ家すら失った。つまり、俺達の庇護を失った瞬間、再び窮地に陥るというわけだ」

「下手したらオレ達の脅迫で処刑を免れたことが気に入らない連中が、改めて処刑しに来る、なんてのも考えた方が良いな」

「「「「「「……」」」」」」

全くその通りなので、ハウリア族達は皆一様に暗い表情で俯く。そんな、彼等にハジメの言葉が響く。

「お前等に逃げ場はない。隠れ家も庇護もない。だが、魔物も人も容赦なく弱いお前達を狙ってくる。このままではどちらにしろ全滅は必定だ……それでいいのか? 弱さを理由に淘汰されることを許容するか? 弱肉強食は自然界の掟ってよく言うが、幸運にも拾った命を無駄に散らすか? どうなんだ?」

誰も言葉を発さず重苦しい空気が辺りを満たす。そして、ポツリと誰かが零した。

「そんなものいいわけがない」

その言葉に触発されたようにハウリア族が顔を上げ始める。シアは既に決然とした表情だ。

「そうだ。弱肉強食。それもある意味は真理だろうが、それを黙って受け入れていい訳はねえ。だったら簡単だ。強くなれば、食われる側じゃなくなる」

「襲い来るあらゆる障碍を打ち破り、自らの手で生存の権利を獲得すればいい」

「……ですが、私達は兎人族です。虎人族や熊人族のような強靭な肉体も翼人族や土人族のように特殊な技能も持っていません……とても、そのような……」

兎人族は弱いという常識がハジメと京矢の言葉に否定的な気持ちを生む。
自分達は弱い、戦うことなどできない。どんなに足掻いてもハジメの言う様に強くなど成れるものか、と。

そんな空気を読んだのか激を飛ばす役は最初から強かった自分では無くハジメが適任と考え、彼に任せて京矢は一歩下がる。

「俺は鳳凰寺と違って、かつての仲間から〝無能〟と呼ばれていたぞ?」

「え?」

「〝無能〟だ〝無能〟。ステータスも技能も平凡極まりない一般人。仲間内の最弱。戦闘では足でまとい以外の何者でもない。故に、かつての仲間達は俺を〝無能〟と呼んでいたんだよ。実際、その通りだった」

ハジメの告白にハウリア族は例外なく驚愕を表にする。ライセン大峡谷の凶悪な魔物を苦もなく一蹴したハジメが〝無能〟で〝最弱〟など誰が信じられるというのか。

「だが、奈落の底に落ちて俺は強くなるために行動した。出来るか出来ないかなんて頭になかった。出来なければ死ぬ、その瀬戸際で自分の全てをかけて戦った。……気がつけばこの有様さ」

淡々と語られる内容に、しかし、あまりに壮絶な内容にハウリア族達の全身を悪寒が走る。
一般人並のステータスということは、兎人族よりも低スペックだったということだ。その状態で、自分達が手も足も出なかったライセン大峡谷の魔物より遥かに強力な化物達を相手にして来たというのだ。
実力云々よりも、実際生き残ったという事実よりも、最弱でありながら、そんな化け物共に挑もうとしたその精神の異様さにハウリア族は戦慄した。自分達なら絶望に押しつぶされ、諦観と共に死を受け入れるだろう。長老会議の決定を受け入れたように。

「お前達の状況は、かつての俺と似ている。約束の内にある今なら、絶望を打ち砕く手助けくらいはしよう。自分達には無理だと言うのなら、それでも構わない。その時は今度こそ全滅するだけだ。約束が果たされた後は助けるつもりは毛頭ないからな。残り僅かな生を負け犬同士で傷を舐め合ってすごせばいいさ」

『それでどうする?』と目で問うハジメ。ハウリア族達は直ぐには答えない。いや、答えられなかったというべきか。
自分達が強くなる以外に生存の道がないことは分かる。ハジメは、正義感からハウリア族を守ってきたわけではない。故に、約束が果たされれば容赦なく見捨てられるだろう。
だが、そうは分かっていても、温厚で平和的、心根が優しく争いが何より苦手な兎人族にとって、ハジメの提案は、まさに未知の領域に踏み込むに等しい決断だった。ハジメの様な特殊な状況にでも陥らない限り、心のあり方を変えるのは至難なのだ。

黙り込み顔を見合わせるハウリア族。しかし、そんな彼等を尻目に、先程からずっと決然とした表情を浮かべていたシアが立ち上がった。

「やります。私に戦い方を教えてください! もう、弱いままは嫌です!」

樹海の全てに響けと言わんばかりの叫び。これ以上ない程思いを込めた宣言。
シアとて争いは嫌いだ。怖いし痛いし、何より傷つくのも傷つけるのも悲しい。しかし、一族を窮地に追い込んだのは紛れもなく自分が原因であり、このまま何も出来ずに滅ぶなど絶対に許容できない。とあるもう一つの目的のためにも、シアは兎人族としての本質に逆らってでも強くなりたかった。

不退転の決意を瞳に宿し、真っ直ぐハジメを見つめるシア。
その様子を唖然として見ていたカム達ハウリア族は、次第にその表情を決然としたものに変えて、一人、また一人と立ち上がっていく。
そして、男だけでなく、女子供も含めて全てのハウリア族が立ち上がったのを確認するとカムが代表して一歩前へ進み出た。

「ハジメ殿……宜しく頼みます」

言葉は少ない。だが、その短い言葉には確かに意志が宿っていた。襲い来る理不尽と戦う意志が。

「わかった。覚悟しろよ? あくまでお前等自身の意志で強くなるんだ。俺は唯の手伝い。途中で投げ出したやつを優しく諭してやるなんてことしないからな。おまけに期間は僅か十日だ……死に物狂いになれ。待っているのは生か死の二択なんだから」

ハジメの言葉に、ハウリア族は皆、覚悟を宿した表情で頷いた。

十分に最初から奈落を生き抜けた自分よりも、弱くとも奈落を生き抜く意思を貫いたハジメの方が、ハウリア族に激を送るには適任と考え一歩下がっていたが、それは正解だった様だ。やる気になったハウリア族の様子を見ながらそう考える。



















先ずは最初の5日はハジメが基礎訓練を施す傍、京矢がハウリア族の隠れ里兼自分達の秘密基地となる地下空間の下準備に入る。

1日目、
京矢は城壁に囲まれた空間内に大量の木材を運び込む。
その辺の樹木も京矢が斬鉄剣で切り倒し、使いやすい大きさに裁断する。
その際に炎属性の魔剣の力で急速に水分を奪い乾燥させる事で建築に使えるレベルには出来たと思うが、乾燥させすぎて逆に燃えやすくなったので、一部にのみの使用を決め、耐火性を考えて石造りの小屋の建設を決める。

2日目、
隠すための小屋作りはハジメに任せて先に地下都市の基盤を作る。建設用の石材を斬鉄剣でその辺の岩を適度なサイズに切り出しながら集めつつ、後はハジメに任せようと材料集めにのみ奔走する。

3日目、
材料も揃ったので地下都市を作ることにする。
使うのは使い勝手が悪かったのでお蔵入りになっていたガチャ産の道具『ポップ地下室』。
地面に埋めてスイッチを押せば手軽に地下空間が出来るドラえもんのひみつ道具である。
それを使って地下室を作ったのだが…………

「京矢様、これは……」

「少し、と言うよりもかなり広すぎじゃないのか?」

「ああ。設定失敗したな」

広々としすぎた空間を眺めながら呆然と呟く、京矢、ベルファスト、エンタープライズの三人。
ハウリア族の隠れ里と自分たちの秘密基地のための空間なのだが、そこに王都四つ分のスペースが確保できてしまった。

「ま、まあ、広いのは良いことだろう」

そう思って無理やり納得する京矢だった。


4日目、
技術面を担当する京矢は鍛え方について調べるためにポケットの中を漁る。京矢の専門は剣術であるが、寧ろ兎人族の技能的に向いていないだろうと考えて、他の戦闘技能を漁る。
そんな中、出てきたのはT2ガイアメモリ全種の入ったスーツケースと『獣拳』の指南書だった。

劇場版仮面ライダーWに出てくるAtoZのガイアメモリだが、そちらは危険性から即座にポケットの中に仕舞い込む。
そうなると残ったのは獣拳戦隊ゲキレンジャーの獣拳の指南書だ。

他に選択肢がない事もあり、無言のままに『基礎編『暮らしの中に修行あり』著シャーフー』を手に取る。
他に合計10冊の指南書を手に取り、兎人族に学ばせる事を決めた。

…………だが、流石に臨獣拳編の3冊『絶望が力をくれる』『嫉妬が力をくれる』『怒りで全てを制する』のタイトルの3冊はポケットの中に仕舞い込むのだった。

***

5日目、
ハジメとの交代の為に京矢達は彼と合流したのだが、

「ボス。お題の魔物、きっちり狩って来やしたぜ?」

「へー、中々良い仕上がりになってるな」

口調も雰囲気も変わっているカムを一瞥し、京矢は基礎はしっかりとできていると感心する。
カム達は、この樹海に生息する魔物の中でも上位に位置する魔物の牙やら爪やらをバラバラと取り出したのだから、十分に力は会得しているだろう。
5日では予想以上の仕上がりだ。

そこまではハジメの手腕に感心していた。…………そこまでは、だ。

「……俺は一体でいいと言ったと思うんだが……」

そのハジメの言葉に何故か嫌な予感を覚える京矢。
ハジメの課した訓練卒業の課題は上位の魔物を一チーム一体狩ってくることだ。しかし、眼前の剥ぎ取られた魔物の部位を見る限り、優に十体分はある。京矢はそれは偶々十体に遭遇したのだと思う事にした。
ハジメの疑問に対し、カム達は不敵な笑みを持って答えた。


「ええ、そうなんですがね? 殺っている途中でお仲間がわらわら出てきやして……生意気にも殺意を向けてきやがったので丁重にお出迎えしてやったんですよ。なぁ? みんな?」

「そうなんですよ、ボス。こいつら魔物の分際で生意気な奴らでした」

「きっちり落とし前はつけましたよ。一体たりとも逃してませんぜ?」

「ウザイ奴らだったけど……いい声で鳴いたわね、ふふ」

「見せしめに晒しとけばよかったか……」

「まぁ、バラバラに刻んでやったんだ、それで良しとしとこうぜ?」

彼等から出て来たのは不穏な発言のオンパレードだった。最早全員、元の温和で平和的な兎人族の面影が微塵もない。
ギラついた目と不敵な笑みを浮かべたままハジメに物騒な戦闘報告をする。

「なあ、南雲」

「うん、完全にやり過ぎたな、コレ」

「ああ、完全なやり過ぎだな、これは」

ニタァと笑いながらナイフを舐めたり、ヒャハハと笑いながら刈り取った魔物の尻尾を振り回している姿には、最早温和と言われた種族の面影などない。

なお、シアはユエが見ているそうなので心配はいらないだろう。
半ば現実逃避気味に京矢が用意した隠れ家の下地の説明をしつつ、後の仕上げを専門家のハジメに任せる旨を伝える。

「何でここまで変貌したんだよ……?」

「ああ、それはな……」

全員がヒャッハーと叫んで暴れまわりそうな集団と化した彼らを眺めながら京矢は思う。
ガイアメモリを選ばなくて良かった、と。

遠い目をしたハジメから京矢は全てのきっかけである訓練二日目の話を聞く。
何でも兎人族の其の性質故か、魔物一匹殺すたびに変なドラマが始まったそうだ。

曰く、ハウリア族の男が絶命させた魔物に縋り付く。まるで互いに譲れぬ信念の果て親友を殺した男のように。
曰く、魔物の首を裂いた小太刀を両手で握り、わなわな震えるハウリア族の女。まるで狂愛の果て、愛した人をその手で殺めた女のようだ。
曰く、瀕死の魔物が、最後の力で己を殺した相手に一矢報いる。体当たりによって吹き飛ばされたカムが、倒れながら自嘲気味に「ふっ、これが刃を向けた私への罰というわけか……当然の結果だな……」と呟く。
そして、その度に始まるその訳の分からないドラマと言う三文芝居に遂にキレるハジメ。
終いには実は戦闘訓練中毎回足元のお花やら虫やらに気を付けていたと言うことに完全に激怒し、地球では俗にハー○マン式と言うとか言わないとか言う手段で訓練を施したそうだ。

「まあ、それなら仕方ねえな」

「分かってくれるか?」

「ああ」

流石に強い弱い言う以前の問題なのだからハジメの対応は間違っていない筈だ。

「それにしても、どうしよう、コレ?」

「どうしようもねえだろう。オレの方で、精神面の修行を中心にやらせる」

技術を下手に教えたら危険と、精神面の訓練を中心に鍛えようと誓う京矢であった。
そして、先ずは彼らに上下関係を叩き込む為にバーサークラビット達との戦闘に入る京矢であった。








6日目、この日から京矢担当の初日に入る。

「多少は力を付けたようだが、お前達の力は知っての通り、まだまだ未熟だ」

「はっ、はい! 京矢の兄貴!?」

叩きのめされて正座させられているカム達ハウリア族の一同。ベルファストを秘書の様に控えさせ、京矢は宣言する。

「此れからの5日、お前達の技と心を徹底的に鍛えてやる……覚悟は良いな?」

『サッ、サー、イエッサー!!!』

ハウリア族の悲鳴にも似た叫びが響き渡ったのだ。彼らに拒否権などない。力を得るか命を落とすかな修行のみだ。
……そこまでする気は無いが。

「先ずはこの言葉を心に刻み永遠に忘れるな! 偉大なるグランドマスターの言葉を! 『暮らしの中に修行あり』、それ即ち、生きること全てが修行であると!」

『サー! イエッサー!』























そして、十日後、

そろそろ、ハジメと京矢のハウリア族への訓練と隠れ家の建設も終わる頃だと、不機嫌そうなユエと上機嫌なシアは二人並んでハジメ達がいるであろう場所へ戻って来た。
ユエとシアがハジメ達のもとへ到着したとき、ハジメは腕を組んで近くの樹にもたれたまま瞑目しているところだった。

二人の気配に気が付いたのか、ハジメはゆっくり目を開けると二人の姿を視界に収める。
全く正反対の雰囲気を纏わせているユエとシアに訝しそうにしつつ、ハジメは片手を上げて声をかけた。

「よっ、二人共。勝負とやらは終わったのか?」

ハジメも、二人が何かを賭けて勝負していることは聞き及んでいる。シアのために超重量の大槌を用意したのは他ならぬハジメだ。
シアが、真剣な表情で、ユエに勝ちたい、武器が欲しいと頼み込んできたのは記憶に新しい。
ユエ自身も特に反対しなかったことから、何を賭けているのかまでは知らなかったし、聞いても教えてもらえなかったが、ユエの不利になることもないだろうと作ってやったのだ。

実際、ハジメは、ユエとシアが戦っても十中八九、ユエが勝つと考えていた。奈落の底でユエの実力は十二分に把握している。いくら魔力の直接操作が出来るといっても今まで平和に浸かってきたシアとは地力が違うのだ。

だがしかし、帰ってきた二人の表情を見るに、どうも自分の予想は外れたようだと内心驚愕するハジメ。そんなハジメにシアが上機嫌で話しかけた。

どうやら、無事シアはユエに勝利した様だ。
そもそも、シアがユエに勝てばシアを彼らの旅に同行させる事に賛同すると言うのが賭けだったのだが、その後は嫌そうな、不機嫌そうながらもユエの取りなしによるシアの動向に賛成する意見によって折れたハジメ。

「おっ、二人とも戻って来たのか?」

シアが「えへへ、うへへへ、くふふふ~」と同行を許されて上機嫌のシアが奇怪な笑い声を発しながら緩みっぱなしの頬に両手を当ててクネクネと身を捩らせてた時、京矢が戻って来た。

シアの先程までのハジメと問答した時の真剣な表情が嘘のように残念な姿に若干引き気味である。

「……キモイ」

見かねたユエがボソリと呟く。シアの優秀なウサミミは、その呟きをしっかりと捉えた。

「……ちょっ、キモイって何ですか! キモイって! 嬉しいんだからしょうがないじゃないですかぁ。何せ、ハジメさんの初デレですよ? 見ました? 最後の表情。私、思わず胸がキュンとなりましたよ~、これは私にメロメロになる日も遠くないですねぇ~」

「あるのか、そんな日?」

「ありますよぉ~、必ず~!」

「そんな事より、何があったんだ?」

「同行者が一人増えた」

『そんな事って酷いです~』と喚いているシアを他所にハジメに問いかけた京矢。

シアの表情に真剣な物が宿る。飽くまでユエが説得できるのはハジメのみだ。京矢についてはシアは自力で認めて貰うしかない。

「お前がオッケーならオレは反対しねえよ」

そんなシアの不安を他所に京矢は彼女の同行をアッサリと認めた。

「良いのか?」

「当人が望んでるんだ。相応の力が有るなら文句はねえよ」

アッサリとし過ぎた京矢の態度に逆に疑問に思って問い掛けるハジメの言葉に京矢はそう返した。

シアの動向について協力こそしないが、一方的に邪魔をすると言う様な真似はしない。
ちょっとだけ負い目があるし。

「お前、何かあるのか?」

「ん? あ、あー、別に何も無いぜ」

そんな京矢の意図に気がついたのかハジメは京矢に問いかけるが、目を逸らす姿にどこから見ても何かやったとしか思えない。
そんな風に(シアだけ)騒いでいると、霧をかき分けて数人のハウリア族が戻って来た。

シアは久しぶりに再会した家族に頬を綻ばせる。本格的に修行が始まる前、気持ちを打ち明けたときを最後として会っていなかったのだ。
たった十日間とはいえ、文字通り死に物狂いで行った修行は、日々の密度を途轍もなく濃いものとした。そのため、シアの体感的には、もう何ヶ月も会っていないような気がしたのだ。

早速、父親であるカムに話しかけようとするシア。報告したいことが山ほどあるのだ。
しかし、シアは話しかける寸前で、発しようとした言葉を呑み込んだ。カム達が発する雰囲気が何だかおかしいことに気がついたからだ。

歩み寄ってきたカムはシアを一瞥すると僅かに笑みを浮かべただけで、直ぐに視線を京矢達に戻した。そして……

「マスター京矢、マスターユエ、マスターハジメ! ただいま戻りました!!!」

背をまっすぐ伸ばし、理知的な空気を纏わせた何処か武道家な雰囲気のカムが礼と共に挨拶をする。

「マ、マスター? と、父様? 何だか口調が……というか雰囲気が……」

バーサーカーから武道家に雰囲気がクラスチェンジしたハウリア族の姿に何があったのかと思うハジメと、十日前とは違い過ぎるカム達の変わり様に唖然とするユエとシア。

「それで、首尾は?」

そんなハジメ達を他所に京矢はカム達に成果を促す。

「はっ!」

取り出されるのは三体の上位魔物の死体。
強力な打撃によって一撃で絶命した個体、
どうやったのか全身の骨を粉々にされた個体、
頭から綺麗に真っ二つにされた個体。
そんな彼らに良くやったと頷きながら宣言する。

「良いだろう、お前たち。その心と拳に宿した獣の名を名乗る事をグランドマスターに変わり許可しよう」

『ありがとうございます、マスター京矢!』

そんな権限など無いのだが、そこは黙っておく。

「激獣ホッパー拳、カームバンティス」

背後に宿したのは紫のオーラを纏ったバッタのオーラを纏ったカムが構えを取りながら宣言する。それに続く様に他のハウリア族たちも、

「激獣スクイッド拳、ラナインフェリナ」

「激獣ファルコン拳、バルドフェルド」

「激獣ボンゴレ拳、ネアシュタットルム」

紫のオーラを纏って獣のオーラを背に構えともに宣言する兎人族の皆さん。
そんな姿に唖然とするハジメ達。

「……何とか此処まで引き戻したんだよ」

取り敢えず、バーサーカーから武道家にクラスチェンジさせる事になんとか成功したのだが、

「これは良い反応って捉えるべきなのか?」

「……流石、ハジメと京矢……闇魔法も使わずに洗脳するなんて……凄い」

「ひ、ひ、ひ…………人の家族に、何してくれてんですかぁー!!!」

己の家族のあまりの変わり様に、シアの絶叫が樹海の中に響き渡ったのだった。
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